第4話 三人の幼馴染
再会の挨拶で一悶着した後、三人は改めて丸いテーブルに着いて話し合う。
「こうして三人揃うのも久しぶりだね」
ソラは二人の顔を見ながら嬉しそうに語る。
「僕らみんな試験で忙しいかったからね」
「特にスティンは全然顔見せないんだもん」
「別に良いだろ。お前らの顔なんてもう見飽きてんだから」
スティンの軽口に「何さぁ!」と膨れっ面になるソラ。
「まあまあ、ところでスティン。その背中の物って……」
ソラをいさめて話題を変えるシンク。彼は目ざとくスティンの背中にある物について言及する。
「ああ、こいつが今回盗んで来たお宝。見せてやるよ」
そういって背中の荷物をテーブルに置き、風呂敷を広げる。出てきたのは肌触りの良い極上の絹布で包まれた丈夫そうな木箱。箱を開けると中には重厚なクッションと、それによって傷が付かないように守られた王冠が出てきた。それを見た二人から「おお」と感嘆の声が漏れる。
スティンは取り出した王冠を自分で冠ってみせた。
「似合うか?」
「あはは。全然似合ってない」
「うーん。頭を下げたくはならないね」
「王冠を被っても王様にはなれないか。別になりたくもねーけどな。お前らも被ってみろよ」
国宝をシンクに投げ渡す。
「あっぶないなぁ。傷がついたらどうするのさ」
シンクの言葉に「そんなヘマしないだろ」と言葉を返すスティン。幼い頃から共に技を磨いてきたこの二人なら国宝を傷つける様なミスはしないと信頼していた。
そのままシンクは王冠を被るとしみじみ語り出す。
「重たいね。肩が凝りそう。歴代の王様達は皆、この重さに悩まされてきたんだろうね」
シンクから王冠を手渡されたソラは頭に被らず、装飾である宝石の輝きに目を奪われる。
「うはぁ〜。凄い数の宝石。ねぇこれってどんなお宝なの?」
「その月の印。確かルアテアナ王国王家の王冠じゃなかったかな。国宝でしょ? 盗むの大変だったんじゃない?」
記憶から知識を引っ張ってくる博識なシンク。国宝ともなれば、盗む難易度は桁外れに高いと想像に難く無い。しかし、スティンの返答はそれを感じさせぬ簡素なものだった。
「それが全然。あんな数だけの警備。拍子抜け」
「スティンだからだよ。僕じゃそんな難しいお宝が課題なんてとてもとても」
三人とも同じ盗人の試験を受けているが、里から指定された盗む物はそれぞれ異なっていた。中でもスティンは特に難しい課題が多く要求されているのをシンクとソラは知っていた。
「それだけ頭領はスティンに期待してるんだよね」
王冠を箱に戻しながらソラはその理由を語る。里の頭領はスティンの事をもの凄く気に入っており、それは里の住人、誰の目から見ても明らかな程だった。そして、その事について誰も贔屓と捉えないのは、皆スティンが盗人として才能に溢れていると認知しているから。言ってしまえばスティンは次期頭領として期待されていた。
その事についてスティンは煩わしく感じていた。自分は自由に盗みを楽しみたいのであって、決して頭領になりたい訳ではなかったからだ。頭領になればしがらみも苦労も増える事になるのは目に見えている。
しかし期待されて嫌な気はしない。気分を良くしたスティンは言葉だけでも謙虚ぶりながら話を続ける。
「あんなの誰でも楽勝だよ。それでそっちは? 試験の進捗はどうなってんだ?」
質問してはみたものの、内心スティンは自分がこの中で一番試験を進めているだろうと自負していた。それだけ試験に真摯に向き合ってきたし、何よりも自分の才能に絶対の自信を持っているからこその確信でもあった。
「私はこの前ので九十個目突入」
「僕は今八十七個」
「スティンは? 今回ので何個目なの?」
二人の返答に思った通りだと内心得意げになるスティンは、自慢する様に鼻を鳴らして答えた。
「こいつで九十九個目だ」
その言葉に二人は驚いた。
「もう!? 次ラストじゃん」
「流石。次に受かれば晴れて一人前だね」
「まーな」
結果を想定しつつも、やはり自分が一番だと証明されると鼻高々になるスティン。
「でも最終試験の内容か〜。いったいどんなお宝かな?」
「さあ? なんであれ盗むだけだけどな」
長かった試験がいよいよ終わりを迎える。これから行われる最終試験に想像を働かせるソラと、何でも御座れのスティン。その二人にシンクはもしかしたらと可能性の話をする。
「うーん。なにせ最終試験だからね。国宝よりも難しいお宝……。ひょっとたら神の忘れ物だったりするかもしれない」
「神の忘れ物か……。そいつは面白いそうだ」
──神の忘れ物。
かつて世界には魔法が存在しており、魔法文明を築いていた。魔法による物資の運搬、通信技術。今より遥かに優れた時代だった。他にもドラゴンやユニコーンなど所謂魔法生物も存在していた。しかしそれも過去の事、千年以上昔の話だ。時代が進むに連れ魔法はどんどん効力を弱め、魔法生物も次々と姿を消していった。原因は不明だが人々はこれについて、神がこの世界から立ち去る際、魔法も一緒に持ち去ったと云われている。
しかし、僅かながら残った物もあった。かつて魔法使いが作った透明になるマントや、万病に効くユニコーンの角など。
そういった物を人々は神の残した奇跡、又は神の忘れ物と呼んでいる。
現在の技術において、再現しようの無い神の忘れ物は国宝よりも厳重に保管されている場合が多く。もしくは過酷な環境下で人の手には届かないところにひっそりと存在していたりするらしい。
難しければ難しい程、盗む事に、手に入れる事に喜びとやり甲斐を感じるスティンはまだ知らぬ最終試験に逸る気持ちを抑えられなくなる。
「さて、最終試験も気になるし。俺はもう行くぜ」
「ええ〜。もっと話そうよ。久しぶりなんだし」
「まぁ、スティンは疲れてるだろうから。また明日集まって話そうよ」
会話を切り上げて立ち上がるスティンに、夜更かしを続けたいと渋るソラ。そしてそれを嗜めるシンク。
「じゃあ明日! 三人で集合ってことで! わかったスティン?」
幼馴染二人に背中を向けて「はいはい。んじゃあーな」と手を振り去っていくスティン。
「じゃあ、私も部屋に戻るね。お風呂入りたいし」
「そう? じゃあ僕も部屋に戻って休むよ。おやすみソラ」
「おやすみシンク」
こうして三人は別れた。
明日また。そう言いつつ……昔に戻ったみたいに感じていた。でも後にシンクはこう思う。
──あの結末はもうこの時から、避けられない運命だったのだろうと──。