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獣の心音(シオン)  作者: 稲葉諸共
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第3話 盗人の隠れ里


 泉から少し進むと岩の壁に行手を塞がれる。木や樹葉に遮られても岩肌が隠し切れない程に高くて広い崖。その圧倒的な質量に進む者みな押し止められる。


 そんな壁に唯一隙間があった。巨大な崖を真っ二つにする縦に伸びた長い裂け目は奥に進む為の道になっていて、そこにフタをする様に杭丸太を繋ぎ合わせて作られた門が固く閉ざされていた。


 門番のアルチルが門に向かって手を振り合図を送ると静かに門が開きだした。門が開いたのを確認するとアルチルは「それじゃあまたね」と別れを告げた後、思い出したかの様に足を止める。


「そういえば今ソラとシンクも帰ってきてたはずだよ。久しぶりに三人で羽を伸ばしたら?」


 試験が始まって三年。ずっと精力的に活動してきたスティンは久しく会っていない同期達の名前に懐かしさを感じた。最終試験を前に現況を報告し合うのも悪くないかと、アルチルに「んー」と短く返事をしてそのまま裂け目へと足を踏み入れる。


 門の奥は先程までの月明かりに照らされた蒼銀の世界とは違い、どこか冷たい紺色の影が落ちる岩の道だった。地底から這い出てきた魍魎の声の様な冷たい風に吹かれ、この先にあるのは黄泉の国だろうかと彷彿させる。


 そんな不気味な道もスティンには勝手知ったる道。臆することなく進んでいく。やがて道の先で空間が開け、再び月光が差し込んでくる。



 抜けた先は月に照らされた影の里。



 周りを崖に囲まれ、巨木が乱立する中、自然に溶け込んだ盗人の里があった。

 

 巨大な木の中をくり貫いた家。剥き出しになった木の根を土ごと掘り返してできた穴の中の家。乱立する木の幹に設置したツリーハウスの数々に、それらを繋ぐ空中の吊り橋。奥には横に伸びた木々が階段の様に並び、それを利用して建てられた植物の集合住宅が存在している。


 建物には所々灯りがついているものの、夜に出歩いている人は少なく、静かな環境音がだけが心地良く胸に染み渡る。


 奥から流れ落ちてくる滝は血液の様に里を流れ、里の動力である水車を回し、その力を利用する事であちこちに設置された滑車が動く。滑車には吊り縄をいくつも垂らす事で足を引っ掛けて昇降する簡易エレベーターや、運搬用に大きな板が吊り下げられた荷物用エレベーターなどがあり、それらが上へ下へ左へ右へと常に動いていた。


 年季の入った簡易エレベーターの吊り縄に足を掛け、紐を握るスティン。ギシギシと軋みながらも力強く上昇していくエレベーター。里が一望できる程の高さで降り、木の間に架けられた空中通路を進む。


 里を見下ろしながら進んでいると、香ばしい香りが鼻を通り抜ける。目を向けるとその先にはツリーハウスの食堂。


 木を支柱にして造られた一階には調理の為のキッチンの他、テーブルとイスが並べられており、ニ階にはバルコニー席も設けられ、高さ二十メートル程の景色を堪能しながら食事ができる様になっている。一階から二階へは木の幹をグルリと周る様に階段が突き出していて、配膳を考慮して造られたであろう料理用滑車エレベーターも備え付けられている。


 この食堂は現役を引退した盗人で運営されており、四十代五十代の女性が目立って働いている。高年になり現役を引退した盗人はここでよく食事をとる。因みにテイクアウトも可能。


 遅い時間なだけに働いている人も食事している人も少ないが、スティンは二階のバルコニーで談笑している二人の人影を見つけた。


 スティンと同じ年頃の男女だった。



 ──月が綺麗だね──。



 男が女にそう告げた。


「懐かしい。昔は三人でよく月を眺めたっけ」


 女は思い出話に花を咲かせ始めた。


「覚えてる? 森で迷子になった時、一晩月を見て過ごしたの……」


「あれは忘れられないよ。迷子っていうか、僕ら遭難したんだもん」


「そうそう。秘密基地作ろうって大人達に内緒で森に出たら帰り道分からなくなっちゃったんだっけ」


 群青色の短髪で目元に朱色の刺青が特徴の聡明そうな少年の名前はシンク。

 

 肩で切り揃えた深緑の髪に頭に咲いた花飾りが特徴の活発そうな少女の名前はソラ。


 二人はスティンと同期の盗人。幼い頃から共に技を磨いてきた所謂幼馴染というやつだった。バルコニーの柵に背中を預け、柵の上に置かれた木皿から木の実パイをつまみつつ話し込む二人。

 

 盗人としての性だろうか。スティンはこっそり忍び寄る事にした。聞こえてくる二人の声は静かな森に命の体温を感じさせ、耳から入って来るその温度は懐かしかった。


「あの時はホントどうしようって困ってたけど、突然スティンが木に登って月見ようって言い出してさ。突然何をって思ったけど、月見てたら何か不安も吹っ飛んじゃって」


「月を見てると不思議と落ち着くよね」


 空に浮かぶ月を眺めては二人の口から思い出が溢れてくる。

 

「それからその場になってた木の実を三人でちびちび食べたりもしてさ」


「どっちかっていうとソラはもりもり食べてたよ」


「そんな事ないかな!?」


 シンクの指摘にソラは心外とばかりに顔を赤くした。


「でも今考えたらあれが正解だよね。自分たちが何処にいるのかも分からないのに、視界の効かない夜に動き回るなんて、危険だし返って状況が悪くなるから。朝を待ってじっとするのが得策だよ」


「たぶんその時のスティンはそこまで考えてなかったと思うなぁ」


「そうかもね。スティンって神経が太いから」


「というより無神経かな? こっちの気持ちなんて全然気にしてないんだもん」


 あの時も遭難なんてどこ吹く風。ただ単に月を見たくなっただけなのだろうと、この場に居ない幼馴染を二人は笑った。


 しかし残念ながらスティンはこの場に隠れていた。


 笑い合う二人にそこはかとなくバカにされた気がしたスティンは、仕返しに何か驚かせてやろうと画策していた。


 すると突然ソラはハァと艶めかしい息を吐いて呟く。


「今頃スティンはどうしてるかな……」


 胸の内から漏れ出た熱は、幼馴染に中々会えない寂しさだろうか、それとも何か別の意味を持つのだろうか。その様子を目の前で見たシンクにはどう映ったのか……。


 そんな事はいざ知らず。無神経にも(はかりごと)を巡らせているスティン。出て行くには最高のタイミング。しかし、このまま出ていくのは面白くないので、盗人らしく挨拶してやろうと考えたスティンはバルコニーの床下にコウモリみたく張り付き、柵に置いてある皿から木の実パイを掠め取った。


 ソラは空っぽの皿に手を伸ばし、そこに残っていたはずの最後の一欠が無くなっている事に気づく。


「あれ? 私のパイは?」


「自分で食べたんじゃない?」


「シンク。……怒るよ」


 上から聞こえる困惑を(さかな)にパイを一口頬張るスティン。パイの味に舌鼓を打っていると、柵を乗り越え、バルコニーに手を掛けてぶら下がったシンクと目が合った。


「あ。パイあったよ」


 シンクの言葉に反応して、ソラも勢いよく柵から身を乗り出し、逆さまになって床下を除き込む。


「スティン!」


「これ、いただいてるぜ」


 見せつける様にパイを頬張る。

 スティンは久しぶりの再開をしっかり嚙み締めた。


 

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