表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/29

外のニオイは危険な臭い

 結婚して一ヶ月と少し。


 食堂に私が来ないと、リルラさんが心配して部屋まで迎えに来てくれる。手を引き、食堂へ私を座らせる。

空腹だから『ごはん』をイメージしながら、食堂までは一応歩ける。だけど、空腹であるが、お皿を前にすると、お腹がいっぱいになる。リルラさんが心配して声を掛けてくれるが、余計にお腹がいっぱいになる。無理矢理に一口頬張って、そのまま部屋へ戻る。


 それを一日三回繰り返す。


 やっと、一人で食堂まで辿り着いた時に、リルラさんは「頑張ってますね」と褒めてくれた。

 でも、まったく嬉しくなかった。

 全然頑張れていないのに……。


 暗い部屋の中、お月さまを眺める。

 満月だった。

 なんだか、今日は嫌にオオカミの臭いがきつい。

 布団を頭から被り、ぎゅっと目を瞑る。


 もしかしたら、いい加減ダイ様が怒っているのかもしれない。

 なんにもせずに、ただ飯食らいのお嫁さん。

 必要ない、と怒っているのかもしれない。


 そう言えば、昨日と今日、「行ってきまーす」の声は聞こえなかった。それに、「あのね、プティラ」から始まるダイ様の独り言もない。

 やっぱり、怒らせてしまったのかもしれない。


 遠くで遠吠えの声が聞こえる。その声に答える、さらに遠くにある声。

 そして、噛み殺されるかもしれないと、やっぱり思ってしまう自分が、とても悲しかった。


 私が死んでしまえば、次のお嫁さんだってもらえるのだろうか。


 だけど、そんなことを思った次の日から、また「あのね、プティラ」から始まる、独り言が始まった。

 さらには、私に新しい目標が与えられてしまった。


 リルラさんがこう言った。「少しお屋敷には慣れてきていますよね」

 だから、こんな事態になっているのだ。


 確かに、扉の外からだとリルラさんとお喋りができる。お屋敷に慣れたというか、自室と食堂までの廊下には慣れたとも言えそう。

 でも、こうして後ろに控えて、リルラさんの背中に縋って歩き出すと、お喋りもできなくなる。


「プティラ様、立場上、本当はプティラ様が前を歩いていただかないと……」

ぶんぶん頭を振るが、もちろん、リルラさんには見えていない。


 後ろからオオカミが……いいえ、リルラさんが付いてきているなんて……信頼していますが、まだ怖いです。


「いえ、良いんですけどね。今日は玄関の扉までは頑張りましょうね」

今度は大きく肯く。


 目標が食堂からお庭へと変わった。体を動かせば、お腹もちゃんと空くのでは? というリルラさんの言葉からの目標だった。


 お庭には、行きたい。


 窓から眺められるけれど、芝生の上に座ると気持ち良さそう。まだ柔らかな毛に覆われていたちっちゃい時は、柔らかな葉っぱをもぐもぐしていたから、葉っぱの匂いは懐かしいのだ。

 窓を開ければ、青い匂いが空腹を刺激するし、ちゃんと眠気もやってくる。

 もしかしたら、草の上ならぐっすり眠れるかもしれないし。


「開けますよ」

玄関扉の前、リルラさんが声を掛ける。私は、リルラさんのエプロンの端っこを握りしめ、外に備える。


 明るい光が、目に染みて、思わず目を閉じると、嗅覚が研ぎ澄まされた。

 色んなオオカミの臭い……


「大丈夫ですか?」

こくこく頷いてはみるが、すでにリルラさんに凭れかかっていた。


 ダイ様とリルラさんのニオイには少し慣れてきているから、大丈夫だと思っていたのに……。無理だった。


「お部屋に戻りましょうね」

やっぱり、こくこくと肯くしかできなかった。


 ベッドにコロンと横にされて、そのまま寝かされる。リルラさんは小さな体に似合わず、力持ちだ。やっぱり、オオカミだからだろうか。ひょいと抱き上げられてしまう。


「お食事はこちらに持って参りますね」

リルラさんは、腰砕けの私を気遣いながら、やさしく布団を掛けてくれる。


「リルラさん……」

「どうされました?」

どうして呼び止めたのか、一瞬自分でもよく分からなかった。

 ダイ様は怒っていらっしゃいますか? と尋ねたかったのだ。でも、そんなことを尋ねては、リルラさんを困らせてしまうことは分かっていた。


「ダイ様はどうして毎晩扉の外から声を掛けてくださるの?」

リルラさんが、ふふふと笑った。


「プティラ様、ダイ様のお声、お怖くなくなられましたでしょう?」

「はい」

「だからです」

まだほんのちょっと怖い、とは言えなかったが、自分の頬を抑えてリルラさんから目を逸らせてしまった。


 でも、お喋りがないと不安になる。

 そう思って、ほんのちょっと、頬が熱くなった。リルラさん、気付いていなければ良いのだけれど。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ