『一般獣』と『人化獣』
一般ウサギと言われる者達は、生まれた時からずっとウサギの形で過ごす。満月になっても、人にはならないし、次に生まれる子も一応人にならないと、言われている。
それがどうしてなのか、分からない。
でも、小さいときに教えてもらったおとぎ話には、こうあった。
むかし、人の王子様を愛してしまったウサギのお姫様がいました。
ウサギは、毎日お月さまにお願いします。
「どうか、人間にしてください」
お姫様は毎日まいにち、夜通し願います。
「どうか、人間にしてください」
何日も過ぎて、お月さまがまん丸になった時、眠たくて眠たくて仕方がないウサギのお姫様の真上に、お月さまがやってきて、「仕方がない、人間にしてやろう」と諦めたように言いました。
その声を聞いたお姫様は、嬉しくてぴょんぴょん跳びはねました。
「だから、良い子でおやすみ」
朝になり、目が覚めたウサギのお姫様は、人間のお姫様になっていたのです。
そして、王子様と幸せに暮らしました。
教えてくれたのはアイティラ姉さまだった。
「お姫様は、人族と結婚して幸せになったの?」
私が尋ねると、アイティラ姉さまが「きっと、そう。だって、その人は彼女にとって、とても安心出来る存在だったのだもの。だから、人間になりたかったの。だから、きっと、人の形の私達は、そのお姫様と同じなのよ。その大切な王子様を待っているの」と優しく微笑んでくれた。
完全に肉食じゃないけど、人だってウサギを食べるでしょう? 私はそんなお姫様と同じじゃないと思うわ。
優しいアイティラ姉さまには言えなかった。
リルラさんは優しいオオカミで、ダイ様に比べれば、オオカミの臭いが少ない。そんなこともあって今日の昼は食堂の入り口まで歩いて蹲った。その後はリルラさんに手を引っ張ってもらって、食堂の中でご飯を食べた。でも、ダイ様が帰ってきた後は、部屋からも出られなかった。
ダイ様はオオカミの臭いが多い気がする。
だから、夜も頑張りますと言ったけれど、結局出られなかったのだ。
その晩、ダイ様が私の部屋の扉に向かってお喋りを始めた。きっと、リルラさんがダイ様に何かを誤魔化してくれたのだ。
ダイ様は、私がご飯を食べていないことを気にされたようだけど、私は布団に慌てて潜り込んでいた。
「あのね、プティラ。ご飯は先に食べててくれて良いから。あとさ、プティラってやっぱりニンジンが好きなの? あのオレンジのお野菜。赤っぽい食べものだったら、僕はりんごが一番好きかなぁ。お肉以外だと。あ、甘い物とかは食べられる? キャナルさんっていう先輩がいてね、甘い物が好きでとっても詳しいんだ……えっと……」
怖い話をしているわけじゃないのは分かっている。「何が好き?」と言う話だけ。
でも、『お肉以外で』と言う言葉に、油断すると食べられてしまうのではないか、という不安がお腹の奥からどんどん湧き上がってしまい、さらに布団を被った。
「プティラ、おやすみ~」
ニンジンも好きですが、甘い物は私も好きです。
きっと、そう言えば良かったんだろう。掛け布団から頭だけ出して、静かになった扉を見つめた。
ダイ様は甘い物も好きなのでしょうか?
そんなことを思いながら、眠りに就いた。
部屋にいる間は、時間を持て余す。だから、忘れろと言われたけれど、オオカミ史を読んだ。
リルラさんの言葉が甦る。
「ダイ殿下を知っていただく方が、良いのです」
だから、余計に部屋の外が怖くなったのだ、きっと。
やっぱり、ホラーだった。
とりあえず、勇姿は飛ばす。
おおよそはウサギ史と変わらない。
ある日、人化する者が増えてきた。だから、初めは人化が異様とされ、共に過ごすことが難しかった。獣は人を恐れ、逃げるから。もちろん、母は傍に寄り添い続けてくれるが、大人だと見なされると、突き放されることもある。
鋭い牙も爪も持たない人化オオカミが野生で暮らすことは、難しかった。
獣もまともに仕留められない人化オオカミは、その群れでお荷物だったのだ。序列で言えば、最下位。ご飯も一番最後に食べる。一人でも生きられない。
だから、人化した獣たちが寄り集まって国を建てるようになった。人化する者を人化オオカミ、しないものを一般オオカミと呼ぶのは、ここからきている。
これはウサギも同じ。
建国のリーダーが今の王となっている。
生態としては、『人化』と『一般』が違ってくるのも同じだ。
共に暮らせなくなるのも同じ。
かといって、人族と友好的に過ごせたかと言えば、そういうわけにもいかなかった。
純粋な『人族』はずっと人のままであるため、私達を不思議に思って、初めはよく研究目的で攫われることも多かったそうだ。
それも分からなくはない。
ある日、耳だけが違う自分たちと同じような二足歩行の生き物が現れ、人の生き方を見たいと言い出したのだから。
そう、私達はどっちつかずであり、オリジナルであり、人からも獣からも危険視されたのだ。
比較的穏やかに人族と仲良くなったのは、犬族と猫族。それから、鳥類も。そこから、徐々に私達が危険ではないということが知られ始め、小型草食の私達から受け入れられるようになった。だから、先に国を建てることに成功したのは、人化草食獣だった。
しかし、多産に悩まされ始めるのだ。出産を一度に決めても兄弟が五から六は生まれてくる。そして、野性時代と違い、全てがほぼ安全に成長を遂げる。さらには、寿命が人族。
すぐさま貧困に陥った。
そこで、初めは『人』についてを教える代わりに、草食を肉食へ預けることを提案したのだ。
当時も今も、数を減らしたい。だけど、『種』を護りたいことに変わりはない。
草食はそれをリーダーである王族に望んだ。
この頃の大型肉食は迫害されていた。まだ野性も残す彼らは、人族から大きく恐れられたのだ。
当時の人化肉食獣は、餌だと思えば、どの獣でも食べていた。獣は見た目ではなく、匂いで食事を決めるから。同じような姿をしていても、彼らは肉食だったのだ。
しかし、草食と交流をし始め、人と同じように考えるようになってきた肉食獣族は、見た目もほとんど同じ人化動物や人族を積極的に狩り対象にしなくなった。
本当に昔のことなのだ。ずっとずっと、昔。もう、この世界に生きている者たちが、誰も食べられた家族を持っていないし、食べた家族も持っていない。
『彼らの先祖は』と語られるような長い時間が経っている。
だから、嫁ぎ先での不慮の事故。それは、食べられたからではない。
私達が勝手に怖がった結果、衰弱していることがほとんどなのだ。クティラはそのもの。カイクは適切な治療を拒んだから。
大丈夫、ではあるはず。
分かっているけれど……。
と、本を置き立ち上がる。そろそろ『行ってきまーす』の時間。
意を決して扉に向かう。こっそり外をのぞき見る。
今日こそは、ちゃんと。
「行ってきまーす」
大きな声に、慌てて扉を閉めてしまった。
あれから三日経っても、私は何も変わっていない。