ダイ様は、犬っころの教育係
オオカミの名前はダイ様という。銀灰色の髪はちょんと後ろで結ばれていて、スズメのシッポみたいになっている。結婚式の時は結ばれていなかったけれど、出勤する彼を窓から眺めていると、いつも後ろで髪が結ばれていた。瞳の色は金色だったと思う。後ろ姿はよく見るけれど、正面は式の日以降見ていない。
金と銀でできている色合いは、やはり王族っぽい。
私は、明るい茶色の髪に茶色い瞳。兄弟姉妹、結構様々な色をしている。アイティラ姉さまは雪のように白い髪に、ルビーのような赤い瞳で、とても綺麗。
そして、お世話係でご飯を運んでくれるのは、リルラさん。リルラさんは黒髪に黒い瞳だから、ダイ様とは違う。
ダイ様は大きいけれど、リルラさんは小さい。
ちょうど、私と同じくらいの背で、少しふくよかで、おっとりした動きをしている。
だからなのか、リルラさんが扉の外に来ても、あまり怖くなくなっている。
そして、扉の外から励ましてくれる。
「今日、プティラ様はどこまで外に出られましたか?」
「扉を出て、五歩ほど」
「まぁ、あと少しで食堂じゃないですか」
「はい」
とても喜んでくれるリルラさんに、私も何だか嬉しくなって、頬に手を当てる。
「今日は何が怖かったのですか?」
「風が、窓を、叩きました」
でも目標は、一応妻らしく、あの「行ってきまーす」に間に合うように、ご挨拶をしにいくことなのだ。
そんな風に思えるようになったのも、リルラさんのおかげである。
「風だと分かれば、明日は大丈夫ですね」
そんなリルラさんと話ができるようになったきっかけは、三日目に野菜のお皿を持ってきてくれた時だった。リルラさんはまったく外に出てこようともせず、ご飯も食べない私にこう言った。
「プティラ様は、もちろんオオカミ史もお勉強されましたね」
「はい」
だから、余計に怖いのだ。オオカミの勇姿なんて、ホラーでしかない。
「では、それを全てお忘れ下さい」
「えっ?」
「本当に申し訳ない言い方をするのですが、ダイ様が王位に就くことはまずありません。それはお分かりですね」
確かに。王位に就くのであれば、オオカミのお姫様をお嫁さんにするはず。
「はい」
「ということは、オオカミ全体よりも、ダイ様を知っていただく方が、よろしいのです」
私は黙ってしまった。ダイ様を知ろうとすることは、その彼に近づかなければならない。まだ扉の外にもまともに出られず、「行ってきまーす」に慌てて部屋に飛び込んでいるのに、そんな無茶なこと、……。
「ダイ殿下は末のお子様で、体も小さく、喧嘩も弱い方です。だけど、兄弟の序列としては意外と高く六番目なのですよ。だから、足元も掬われずに城勤めもできるのです」
扉の向こうで、知らないダイ様のことをリルラさんが教えてくれる。
あれで小さいの?
が一番の疑問だけど。
「一番にならないと、せめて、この国の群れをリードするには四位には入らないと、意味はありませんけど」
リルラさんが何を言いたいのかは、なんとなく分かるけど。とりあえず、群れの中で役に立つ者としては存在できるのだろう。働きウサギと同じような感じかもしれない。
「それは、うちもだいたい同じなのでわかります……お城ではなんのお仕事を?」
何かに飛び抜けていることが求められたり、総じて平均以上であることが求められたりする。その辺りは草食の取捨選択の方が、非情である。
生け贄のように働くウサギもいるのだから。
絶対的優位な大型肉食の方が、情に篤いとも言える。
「犬っころの教育係です」
「犬っころ?」
リルラさんの笑い声が聞こえた。
「まだ人にならないオオカミの子達です。きっと、そちらと事情は同じでしょう」
どこも同じ。それは分かっている。親が子を野生に手放さなければならないことがあるのは、変わらない。だから、私はここに来たし、ダイ様は犬っころの教育係なのだ。
私の役目は、その野生に生きる子達を護ること。
「リルラさん、私のご飯、食堂に準備してください。あと一歩頑張ります」
私は私の仕事をしなくちゃいけない。