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おまけ③-2「りんごが好きなオオカミさん」


 久し振りにプティラが帰ってくる。オオカミの国にウサギをしっかり知ってもらうためだ。同じ立場の生き物として、認識してもらう機会だと、アイティラは未来を見つめる。人化から一般が生まれる今に必要なことだ。


 しかし、ウサギは恐怖する、まずこれを克服しなければ、話し合いの席にも立てない。

 ただ、ウサギの現状は騎士である夫のリクタを見れば火を見るよりも明らかだった。国を守る騎士ですらこうなのだ。


「もうすぐプティラが帰って来ますね」

「はい」

「嬉しくないの?」

アイティラは自分の夫が、義理であろうと妹の帰省を喜ばないことを、不満に思い詰め寄った。


「嬉しいです」

半分以上言わせた感はあったが、おそらく彼はその夫であるオオカミが怖いのだろう、とは十分に理解できた。


 だけど、プティラが連れてくるのだ。きっと恐ろしい方ではない。


 アイティラはそう信じて疑わない。それに、嫁いだ先から無事に帰省し、しかも幸せそうな顔を見ることが出来るだなんて、これほど嬉しいことはない。


「貴方と同じような髪の色だそうですよ」

「はい」

あまりにも怖がっているようなので、アイティラはプティラの手紙にあった内容を伝えてみる。銀灰色の髪らしい。かく言うリクタは鼠色に近いけれど。


「りんごがお好きなオオカミなのですって」

「はい、りんごが好きな銀灰色……銀鼠、少し白い……アイティラ様の髪に近いのかもしれませぬ」

「そうかもしれませんね」


そして、言っても無駄かもしれないと気づき、話を切り上げた。彼は王配であるが、王族ではないのだ。あまりの無理は強要できない。どうしてもなら、アイティラ一人でお相手をしなければならないのかもしれない、そう思い、苦笑いを浮かべる。アイティラ自身も人のことは言えないと思ったのだ。


 一対一くらいなら話し合える自信はあるが、肉食獣に囲まれて自分を保っていられるかと言えば、おそらく無理だ。


「喜んでいただけることを祈るわ」

プティラの手紙の内容を一分たりとも疑わないアイティラは、やはりにこにこしながら、りんごの積まれた器を眺め、プティラの偉大さを感じる。そして、少しでもプティラが安心して過ごせるのなら、りんごくらいいくらでも用意しようと思った。


 しかし、ダイはりんごを確かに好きだが、ダイの好物かと言えばそうでもない。

 赤い色をした食べものの中で、という枕詞は、プティラの中で抹消されているのだ。

 さらには毎回りんごのお菓子を作るプティラの好物がりんごであると、ダイの中では浸透しているくらいだ。


 勘違いは多いが、だからりんごがたくさん用意されていても、ふたりとも何も思わず、『伴侶のために好きなものを準備してくれている』としか思わない。


 そして、ウサギの国としてもりんごならたくさん準備できるので、喜ばしい。



 そんな勘違いの中、プティラがそのオオカミと共に王城へ帰ってきたことが伝えられた。



「アイティラ姉さまっ」

「プティラっ」

王城へ帰ってきたプティラはアイティラに飛びついて、「お元気ですか?」と大きな声で叫んでいた。


「プティラも元気そうで何よりです」

そう答えると、「美味しいりんごもたくさんありますよ」と玉座の間のまんなかにあるテーブルを知らせる。


「ありがとう、アイティラ姉さま。とても嬉しいです」

プティラが大きなお皿にたくさん載せられているりんごに近づき、ひとつ手に取る。


「ダイ様、りんごです」

とても嬉しそうに笑うプティラを見て、ダイも微笑み、ウサギの国の女王様に挨拶をした。


「ウサギの国のアイティラ陛下、この度はお招きいただき、このようなご好意まで。感謝申し上げます」

挨拶をしながらも、やっぱりプティラは愛されて育ってきたんだな、と思うだけ。本当にりんごが好きなんだな、と思うだけ。そして、まさか、オオカミのダイのためにりんごが準備されたとは思っていない。


 だが、りんごを見て喜んだと勘違いしたリクタは、「あ、本当にりんごが好きなオオカミなんだ」と緊張をほぐす。


「どうぞ、頭をお上げください。プティラがあんなに幸せそうに笑っていられるのは、あなたのおかげですから」

「いいえ。私などにそのような力はありません」

ダイは結婚式のあの日からのことを思い出しながら、素直にその姉に伝えた。


「オオカミの国に一人でやってきて、心細かったことと思います。しかし、一度も挫けず、私に付いてきてくれました。すべては、ウサギの国での土台があったからと存じます」


 思い起こせば、こんな日がやってくるとは思わなかった。

 今があるから、笑って思い出せる日々。


「ダイ様は謙虚な方でございますね」

アイティラは否定することなく、微笑み、自分の夫を紹介した。すでに、リクタもダイを怖がっていない。その辺り、やはり選ばれしウサギだったのだろう。


「色々と不便をお掛けするかと思いますが、もし、外出での視察も希望されるのであれば、私めが共に参りますので、お声をお掛け下さい」

「傷み入ります」


 背が高いと言われるリクタよりも、さらに一回り大きなオオカミへ対しての暴漢その他を、彼らが心配しているわけではないだろうが、王配であるリクタ自らが案内すると言うそれは、それほどに庶民のウサギがオオカミを恐怖の対象としているからなのだろう。


 彼が付くことで、ダイへの信頼へと繋がるのだ。

 そこで、アイティラが懐かしそうに城の中を眺めていたプティラを呼んだ。


「プティラ、ダイ様をお部屋に連れて差し上げて。まずは、一息おつきください」

「はい」

元気な返事がお城に響き、プティラはアイティラに対して膝を曲げて、お辞儀をした。


 ダイは案内されながら、自分の前をぴょこぴょこ歩くプティラの背を見つめた。

プティラはウサギさんだけど、『ウサギ』だとは思わないし、人化のウサギを食べようとも美味しそうとも思わない。

 もちろん、人化オオカミも特異体質の王族も、人化ウサギを食べようとは思わない。


 しかし、一般オオカミは人化でも大きなウサギだと思ってしまうし、一般オオカミに一生、一般ウサギまで食べるなとも言えない。


 これは、プティラが一生をオオカミの国で過ごせるということで出てきた弊害とも言えるのだろう。


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