表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/29

満月の夜におちる魔法、朝焼けの光にとける魔法…2


 夜空が澄んでくる秋の終わりにある遠吠え会は、一番大事なのだそう。冬に入るその手前、たくさん食べておきたいオオカミたちは、狩りに力を入れる。

 草食獣との約束を反故にしないためには、子育てに忙しい『春』とこの『秋』だけは、天候で会の延期も欠席すれば王族除籍もあり得るくらい。


 ウサギさんを護ろうと思えば、王家除籍されたら大変でしょう? でも、約束は有効だから……そこは心配しないでいいけど……。

 でも、だから、この二回だけは絶対に外せないんだ、って言ってた。

 そんな大切な会。


 きっと、そんなことも知らないまま、今までのウサギは過ごしてきた。

 ダイ様が除籍されても約束は有効。その意味するところも一ヶ月かかってやっと分かった。キャナルさんが頑張らせてあげてと言った理由も、同じように分かった。


 だから、頑張る。


 先月言われたことを思い出す。

 満月が真上に来るまでに食事を取って、仮眠する。

 温かくして出ておいで。この時期はとても冷え込むから。


 銀色のオオカミのダイ様が、「行ってらっしゃいませ」の後、綺麗な色のお菓子をくれた。食べて待っててって。


 マカロンって言う名前。

 可愛い名前だと思う。

 まぁるい形は、今日の満月とそっくり。


 サツマイモの味と、栗の味と、カボチャの味は、秋の特別なんだそう。


 キャナルさんが教えてくれたんだって。


 薄い黄みがかった白い色はりんご味。ニンジン味も私が好きそうだからと、箱に詰めてくれた。

 全部私が好きかなと思った味なんだって。


 それなのに、ダイ様の好きなりんご味が入ってる。


 変なの。


 だから、白色はダイ様で、ニンジン色は私。


 二つ並べて箱の中にしまっておく。



 ダイ様は秋の遠吠え会に行ってしまった。

 ダイ様の王族としての唯一の公務。

 リルラさんも帰ってしまっている。


 大きなお屋敷にマティとふたり。マティにはお部屋にふかふかの布団を敷いてあげて、ついさっきまで一緒に添い寝をしていた。


 箱は水色でピンクのお花の模様。金色のリボンが付いていた。ぎゅっと抱きしめて、空を見上げる。

 今日も綺麗な満月が、空に浮かんでいる。


 満月が真上に来た時に、遠吠えが始まる。


 マントの上からショールも掛けて、玄関入り口のポーチに座って空を眺めている。ぼんやりせずに、聞き耳を立てて、時を待つ。

 今日はここで待っててって、ダイ様が言った。

 何かあれば、すぐに家の中に入れるから。


 遠吠えは遠くにいる一般オオカミに向けてされるもの。『オオカミの国にいる一般ウサギを食べないように』もその遠吠えに含まれている。


 一匹狼がどれくらいいるのかは分からないそうだけれど、オオカミの国の国内で生きている群れの数は、現在五十程らしい。数が曖昧なのは、オオカミは移動するから、増えたり減ったりするのだそうだ。

 

 だから、五十回返事が返ってきたら、お終い。

だけど、残念ながら、別の国にいるオオカミには届かないそうだ。

 

 王族で遠吠え会に参加をするのは、ダイ様を入れて二十頭。


 ご両親である両陛下と序列第七位までのご兄弟、それから、おじ様おば様。その第三位までのお子様方。

 私の知らない人はまだまだたくさんいらっしゃる。


 あのサイ兄様も入っているそう。彼は第三位。四位までは王位に就くことが許される。でも、群れを引っ張る大事な役目にはあるけれど、彼も王位には就かないだろう、とダイ様が言っていた。


 オオカミの血が強すぎるんだそうだ。

 草食や人、色々なものが同位に存在するこの世界では、それが徒になる。

 逆に、ダイ様はオオカミの血が薄すぎるそう。

 もし、力の強い一般オオカミが出てきたら、抑えきれないかもしれないと危惧される。


 生肉でお腹を壊すんだ。

 だから、プティラのお婿さんになれた。

 って、笑って言って。


 ずっとプティラのお婿さんでいたいって言った。


 私もダイ様のお嫁さんになれてよかった。私もダイ様が良い。


 だから、耳をピンと立てて準備する。そろそろ始まる遠吠え会。


 おぉおーん。おうぉおーん。


 お腹の底に響く声にビクッとする。でも、これはきっと王様の声。お妃様と伯父様はオオカミ化しないので、一緒に聞いておられるそう。

 それから、王位継承第一位の方から順に続いていく。


 遠くからも聞こえてくる小さな遠吠え。

 きっと、畏まって「承知しました」って言っているんだと思う。


 オオカミのお嫁さんなら、一緒に参加していたのかもしれない。声も全部きっと覚えると思う。

 私は参加が出来ないから。でも、声は覚えられるから。


 十三番目に聞こえたのが、ダイ様の声。ダイ様はなんでも十三番。


 僕は終わりの方だと思うけど……。ぎりぎりな場所にいるから。

 そんなこと言っていたけど。


 大きな声。カッコいい声。優しい声。最初は「行ってきまーす」も怖かったけど、もう全然大丈夫。

 聞こえて嬉しい声。


 遠くからの遠吠えも元気に「分かりましたー」って言っているんだろう。


 目を瞑ってダイ様を想う。

 きっと満月の光を吸い込んだ毛並みが、白銀に輝いて、とっても綺麗なんだろうな。

 あんなに大きな目と大きな口だけど、とても優しいオオカミ。


 すこし東の空が白み始めた頃に最後の遠吠えが終わった。


 きっと「おやすみ~」の声。


 私はすくっと立ち上がる。


 飛んで帰ってくるから。


 太陽が少しずつ昇っていく。溢れ出した陽光が地平線を白にする。白い光が、空と大地が交わる頃に真っ赤に染まり、滲み出て、世界に色を与えていく。

 魔法のような夜が終わり、滲み広がっていくようにして、太陽の色に温められた、満月の魔法が、空に溶けていく。


 朝。


 爪が大地を蹴る音がする。門扉を押し開く音に、荒い息づかい。

 真っ赤な光を受けて、橙色に輝くダイ様が、ふわりと朝の風に吹かれる。私を見つけて、子どものように無邪気に駆けてくる。私はそっとポーチから下りて、佇まいを整える。ほんとうに飛んで帰ってきたダイ様の息が、冷たい空気に白く湯気立つ。

「ただいま」

「おかえりなさいませ」


 お辞儀の後に見つめたダイ様は、もうオオカミの姿ではない。銀灰色の髪に、金色の瞳。同じ容。優しく微笑むダイ様が、私をその腕に包み込み、「ただいま」の言葉をもう一度、落とした。


 大好きな匂い。太陽の匂い。温かい香り。


 その温かさにもっと近づきたくなる。ダイ様の胸に頭を預けると、名前を呼ばれた。太陽と同じダイ様の瞳が、私を見ていた。


 そして、……。


 見上げた私に、ダイ様の口が、そっと下りてきて。

 確かにある優しさに、触れて。

 解けてなくなる魔法じゃなくて。


 大丈夫。怖くない。


 私はオオカミの国で、大好きなダイ様のお妃様に、なるんだから。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 温かい香り もう、この一言に尽きますね。 望まぬ結婚だったかもしれませんが、プティラが辿り着いた幸福感は、ふたりが育んだ時間が間違ってはいなかったという証に他ならないでしょう。 素敵な関係…
[良い点] >大きな声。カッコいい声。優しい声。最初は「行ってきまーす」も怖かったけど、もう全然大丈夫。  聞こえて嬉しい声。 異世界恋愛! このあとも熱くて甘い言葉がいっぱいで、プティラ恋する乙女…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ