満月の夜におちる魔法、朝焼けの光にとける魔法…2
夜空が澄んでくる秋の終わりにある遠吠え会は、一番大事なのだそう。冬に入るその手前、たくさん食べておきたいオオカミたちは、狩りに力を入れる。
草食獣との約束を反故にしないためには、子育てに忙しい『春』とこの『秋』だけは、天候で会の延期も欠席すれば王族除籍もあり得るくらい。
ウサギさんを護ろうと思えば、王家除籍されたら大変でしょう? でも、約束は有効だから……そこは心配しないでいいけど……。
でも、だから、この二回だけは絶対に外せないんだ、って言ってた。
そんな大切な会。
きっと、そんなことも知らないまま、今までのウサギは過ごしてきた。
ダイ様が除籍されても約束は有効。その意味するところも一ヶ月かかってやっと分かった。キャナルさんが頑張らせてあげてと言った理由も、同じように分かった。
だから、頑張る。
先月言われたことを思い出す。
満月が真上に来るまでに食事を取って、仮眠する。
温かくして出ておいで。この時期はとても冷え込むから。
銀色のオオカミのダイ様が、「行ってらっしゃいませ」の後、綺麗な色のお菓子をくれた。食べて待っててって。
マカロンって言う名前。
可愛い名前だと思う。
まぁるい形は、今日の満月とそっくり。
サツマイモの味と、栗の味と、カボチャの味は、秋の特別なんだそう。
キャナルさんが教えてくれたんだって。
薄い黄みがかった白い色はりんご味。ニンジン味も私が好きそうだからと、箱に詰めてくれた。
全部私が好きかなと思った味なんだって。
それなのに、ダイ様の好きなりんご味が入ってる。
変なの。
だから、白色はダイ様で、ニンジン色は私。
二つ並べて箱の中にしまっておく。
ダイ様は秋の遠吠え会に行ってしまった。
ダイ様の王族としての唯一の公務。
リルラさんも帰ってしまっている。
大きなお屋敷にマティとふたり。マティにはお部屋にふかふかの布団を敷いてあげて、ついさっきまで一緒に添い寝をしていた。
箱は水色でピンクのお花の模様。金色のリボンが付いていた。ぎゅっと抱きしめて、空を見上げる。
今日も綺麗な満月が、空に浮かんでいる。
満月が真上に来た時に、遠吠えが始まる。
マントの上からショールも掛けて、玄関入り口のポーチに座って空を眺めている。ぼんやりせずに、聞き耳を立てて、時を待つ。
今日はここで待っててって、ダイ様が言った。
何かあれば、すぐに家の中に入れるから。
遠吠えは遠くにいる一般オオカミに向けてされるもの。『オオカミの国にいる一般ウサギを食べないように』もその遠吠えに含まれている。
一匹狼がどれくらいいるのかは分からないそうだけれど、オオカミの国の国内で生きている群れの数は、現在五十程らしい。数が曖昧なのは、オオカミは移動するから、増えたり減ったりするのだそうだ。
だから、五十回返事が返ってきたら、お終い。
だけど、残念ながら、別の国にいるオオカミには届かないそうだ。
王族で遠吠え会に参加をするのは、ダイ様を入れて二十頭。
ご両親である両陛下と序列第七位までのご兄弟、それから、おじ様おば様。その第三位までのお子様方。
私の知らない人はまだまだたくさんいらっしゃる。
あのサイ兄様も入っているそう。彼は第三位。四位までは王位に就くことが許される。でも、群れを引っ張る大事な役目にはあるけれど、彼も王位には就かないだろう、とダイ様が言っていた。
オオカミの血が強すぎるんだそうだ。
草食や人、色々なものが同位に存在するこの世界では、それが徒になる。
逆に、ダイ様はオオカミの血が薄すぎるそう。
もし、力の強い一般オオカミが出てきたら、抑えきれないかもしれないと危惧される。
生肉でお腹を壊すんだ。
だから、プティラのお婿さんになれた。
って、笑って言って。
ずっとプティラのお婿さんでいたいって言った。
私もダイ様のお嫁さんになれてよかった。私もダイ様が良い。
だから、耳をピンと立てて準備する。そろそろ始まる遠吠え会。
おぉおーん。おうぉおーん。
お腹の底に響く声にビクッとする。でも、これはきっと王様の声。お妃様と伯父様はオオカミ化しないので、一緒に聞いておられるそう。
それから、王位継承第一位の方から順に続いていく。
遠くからも聞こえてくる小さな遠吠え。
きっと、畏まって「承知しました」って言っているんだと思う。
オオカミのお嫁さんなら、一緒に参加していたのかもしれない。声も全部きっと覚えると思う。
私は参加が出来ないから。でも、声は覚えられるから。
十三番目に聞こえたのが、ダイ様の声。ダイ様はなんでも十三番。
僕は終わりの方だと思うけど……。ぎりぎりな場所にいるから。
そんなこと言っていたけど。
大きな声。カッコいい声。優しい声。最初は「行ってきまーす」も怖かったけど、もう全然大丈夫。
聞こえて嬉しい声。
遠くからの遠吠えも元気に「分かりましたー」って言っているんだろう。
目を瞑ってダイ様を想う。
きっと満月の光を吸い込んだ毛並みが、白銀に輝いて、とっても綺麗なんだろうな。
あんなに大きな目と大きな口だけど、とても優しいオオカミ。
すこし東の空が白み始めた頃に最後の遠吠えが終わった。
きっと「おやすみ~」の声。
私はすくっと立ち上がる。
飛んで帰ってくるから。
太陽が少しずつ昇っていく。溢れ出した陽光が地平線を白にする。白い光が、空と大地が交わる頃に真っ赤に染まり、滲み出て、世界に色を与えていく。
魔法のような夜が終わり、滲み広がっていくようにして、太陽の色に温められた、満月の魔法が、空に溶けていく。
朝。
爪が大地を蹴る音がする。門扉を押し開く音に、荒い息づかい。
真っ赤な光を受けて、橙色に輝くダイ様が、ふわりと朝の風に吹かれる。私を見つけて、子どものように無邪気に駆けてくる。私はそっとポーチから下りて、佇まいを整える。ほんとうに飛んで帰ってきたダイ様の息が、冷たい空気に白く湯気立つ。
「ただいま」
「おかえりなさいませ」
お辞儀の後に見つめたダイ様は、もうオオカミの姿ではない。銀灰色の髪に、金色の瞳。同じ容。優しく微笑むダイ様が、私をその腕に包み込み、「ただいま」の言葉をもう一度、落とした。
大好きな匂い。太陽の匂い。温かい香り。
その温かさにもっと近づきたくなる。ダイ様の胸に頭を預けると、名前を呼ばれた。太陽と同じダイ様の瞳が、私を見ていた。
そして、……。
見上げた私に、ダイ様の口が、そっと下りてきて。
確かにある優しさに、触れて。
解けてなくなる魔法じゃなくて。
大丈夫。怖くない。
私はオオカミの国で、大好きなダイ様のお妃様に、なるんだから。