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プティラ姫とダイ王子


 プティラがマティを足元で遊ばせながら、庭で花のお世話をしている。夏、秋に咲く花を植えてから、ずっと欠かさず水をやっていたのだ。やっと咲いた千日紅の花。濃い桃色と白色がはっきりとした花だ。少しウサギのしっぽに似ているな、ともリルラは思う。

 そして、プティラのその姿を見ていると、随分と落ち着かれてきたな、とも思う。


「プティラ様、お茶の時間に致しましょう」

「あ、リルラさん」

嬉しそうに笑う笑顔も、発せられる言葉も、どこも引きつっていない。


「これを飾ろうかと思って」

摘み取られた千日紅を数本見せて、目を細めると、「枯れてしまう前に摘み取って、乾燥させれば、冬でも色を楽しめるの」と続けた。


「それは、楽しゅうございますね」

「はい。ダイ様のお仕事の先輩がお見えになる日にも飾りたいです」

「では、花瓶も準備しておきましょう」

「よろしくお願いします」

リルラに声を掛ける姿も、淑女らしくなっている。


 きっと、本来のプティラなのだろう。

 ウサギの王国で二十三番目とはいえ、姫君として育てられてきた、歴としたお姫様。リルラには到底届かない気品がある。


 お料理に繕い物、簡単なお掃除に、お洗濯。そんなことをさせても良いのだろうか、とさえ思えてくる。だけど、プティラは嫌がらずに、進んでそれらをし、役に立てたことを喜ぶ。

「私は、ダイ様のお役に立てていますか?」

それが今の彼女の口癖である。


 特定のオオカミとしか関われない、ただそれだけがプティラの劣等感を深めてしまう。

 リルラもダイも『気にしなくてもいい』と思っている。

 怖がらなくなった、それだけで充分だとも思っている。

 いや、ダイには充分だと思ってもらっていては困るのだけど……。

 リルラは、今は嬉しそうなプティラを見ていると、ダイにそう思ってしまうのだけど……。


 しかし、ダイが王族として関わる仕事など、国王からすれば、特に大きな意味合いを持っていないのだから、その妃が公務に関わることすら、そもそも望まれていないのだ。


 それに、社交界などに出掛ければ、嫌でも肉を食べるオオカミの姿を見ることになるのだ。それがプティラに耐えられるとは思えない。

 きっと、プティラはそれもあって、後ろめたい気持ちになるのだろう。


「今日はどちらでお茶を準備致しましょう?」

「お庭が良いわ。マティも一緒に楽しめるもの」

オオカミのニオイがする庭でも、お茶を楽しめるようになっているのに。そう思うと、ほんとうにプティラが不憫に思えてくる。


 テーブルを準備すると、お茶はプティラが淹れる。白いカップを二つ。リルラがいくら辞退しても、一緒がいいと誘われる。そして、恋する乙女は使用人のリルラに相談するのだ。

「どうすれば、ダイ様を怖がらずに『行ってらっしゃいませ』が言えるようになると思いますか?」

リルラはその鈍感なお姫様にいつもこう答える。


「乙女は恥じらうものでございます」

「はい……でも、怖がっているつもりもないのですけど、あんなに短い言葉に恥ずかしいことなど……本当にダメなウサギです……」

なんでも良いから自信を付ければ、なんとかなるかと思っていたが、そこはリルラの考えが甘かったようだ。


「怖くないとお伝えしたのでございましょう?」

「えぇ……お伝えしましたが、まだビクッとすることもありますし。ドキドキして、言葉も出ないこともありますし、信用されていないのだと思います。どうして怖くないのに、声が震えるのでしょう? やっぱり、私がまだオオカミさんを怖がっているからでしょうか? 怖いですけど、嫌いとも違うようになってきているのですけど。リルラさんも果物屋さんも、好きですし……ダイ様のことはちゃんと旦那さまで、特別だと思えていますし」

リルラは、その答えを聞きながらお茶を一口飲んだ。いつものやりとりなのだ。


「大好きな方を怖いと思ってしまうのも、信用されないのはお辛いですよねぇ」

「はい……」


暗い表情に戻るプティラを前に、リルラは溜息のような笑顔を落とすと、「どうして繋がらないのでしょうねぇ……」と呆れてしまうのだ。


 プティラ様、それは恋をしているからなのではないのですか?


「リルラさん、明日、今度は、タルトタタンを作りたいのです。りんごがお好きでも毎回同じだと飽きてしまわれるでしょう? お客様にお出ししてもよろしいでしょうか?」

リルラが市場に行くたびに着いてきて、ダイがただ好きだと言っただけのりんごを買いに行く。果物屋も呆れたように笑いながら、一番美味しいりんごを探しておいてくれる。


 先週はアップルパイを作り、ダイが喜んで食べたと、それ以上に喜んでいたプティラだ。様々に挑戦することは、きっと良い方向へ進むはず。

 市場へ行くのも、背中に隠れなくなってきているわけだし。

 リルラはにっこり笑って、プティラに答えた。


「喜ばれると思いますよ。お客様も甘い物好きだということですから」

 そして、同じようなものだったな、とダイを思い出す。


 ダイが先輩のキャナルさんを連れてきてもいいだろうか? とリルラに相談してきたのは、一週間前のことだった。


「もう、止められなくて……」

「大丈夫だと思いますよ」

自信満々に答えるリルラにダイがそれでも不安そうに続けた。


「リルラさんも一緒に隣に座っていてあげてくれませんか」

「わかりました」

もう、立場が、というのも無粋な気がしたのだ。


 そもそも、この面子ではダイが一番なのに、キャナルさんが仕事の先輩。そのキャナルさんはリルラと同じ庶民。


 そして、一番大切にされているのは、オオカミ殿下ではなく、ウサギのお姫様なのだから。


「よろしくお願いします」

ほっとしたようなダイにお願いされたリルラは、やっぱり嫌な気がしなかった。そして、今も、この鈍感なお姫様が一生懸命に自分の夫のことを考えている姿は、とても微笑ましい。


「では、明日にでも市場に出掛けましょうね」

「はいっ」

プティラの元気な返事は、リルラも元気にするのだから。



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