お悩み相談はキャナルさんにお任せ…2
肉なしコロッケに純粋ポテトサラダ。混じりっけなしのトマトサラダに、生粋ロールキャベツ、真っ赤かケチャップライス緑のお豆添え。小松菜パスタに菜の花の彩りを添えて、ニンジン入りマカロニグラタン。
正直な名称を添えながら作ってくれるお野菜バリエーションも、結構増えている。
とりあえず、リルラさんがそこに肉をこっそり添えてくれているけれど。パンに挟んでくれていたり、後から混ぜ込んでくれていたり……。
大変だと思う。以前はプティラとの距離があったから、お皿の中に隠れれば見えなかっただろうけど、今は斜め前で食べているから、本気で隠してくれているのがよく分かる。多分、多少の匂いはプティラも我慢しているんだろうなとも思う。
「もう、僕のことは怖くないみたいで」
そう言えば、以前キャナルさんが満月に悩む僕に助言をくれたことも、結局は合っていたことを思い出した。
オオカミに戻れば、嫌われる、と悩んでいたのに、キャナルさんは「惚れ直してくれる」と言い放った。
「キャナルさんの言ったとおり、あの満月の夜から、距離が縮まってきています」
「へへ。伊達に歳は食ってないだろう?」
褒めるとキャナルさんが前のめりになって話し出すのはいつものこと。
「はい、キャナルさんは流石です」
あの日、惚れ『直し』はもちろんなかったが、プティラが僕のことを嫌っていないことが分かったし、怖がられていないことも分かった。
「朝も、毎日『行ってらっしゃいませ』ってわざわざ言いに来てくれて、それがね、恥ずかしそうで、小動物みたいで可愛いんです」
そう言いながら、プティラはウサギさんだから、小動物で間違いないのか、と自分で納得してしまっていた。朝からそんなプティラに見送られて、出勤するから緩いのかもしれない。これは、プティラが可愛いから仕方がない。お見送り、止めて欲しくないし。一生懸命、僕の出勤に間に合わせようともぐもぐしているのも可愛いし。うん、思い出せば嫌なことも全部忘れられるくらいに、可愛いと思う。
「いやぁ、良いねぇ。新婚。新婚当初は、うちもそんな母ちゃんだったんだけど、今は見る影もない……」
キャナルさんもそんな時期があったんだ……。働き始めてこの半年ほど、愚痴ばかり聞いている気がしていたけれど……。僕は、見たこともないキャナルさんの奥さんの意外な過去に驚いてしまった。
「いつかご紹介に与りたいもんだよ。そんなにも可愛いウサギのお嫁さん。珍しいしな、上手くいくなんて」
しかし、その言葉に少しだけ不満を感じてしまう。
紹介はしたいとは思うけれど、珍しい物見たさは嫌である。プティラは見世物じゃないんだから。
だけど、それよりも、問題があるのだ。
「ご紹介したいんですけど、プティラは怖がりだから、なかなか外にも出られなくて……」
今のプティラの現状はそこ。
お客様が来ても部屋から出てこられないし、買い物に行きたいと言ったくせに、一緒に市場に出掛けても、ずっと背中に隠れて買い物どころじゃなかったし。背中だと後ろから襲われた時に護れないよと伝えると、やっと並んで歩いてくれたけど、それでも、腕にしがみついて離れなかった。肉屋の前は目を瞑って歩き出すし……。もしかしたら、息も止めてるんじゃないかと疑ってしまうくらいに、プティラは身を固くして歩いていた。
そして、やっぱり息を止めていた。
肉屋を通り過ぎて声を掛けると、「はぁぁあ」と大きな息を吸って、また俯いて歩き始めたのだから。
ちゃんと前を見なくちゃ危ないのに。息を止めてたら、苦しいのに。
結局、果物屋でりんごを買って、帰った。本当は何が買いたかったのか、今も分からない。
りんごはちょっと歪なウサギりんごになって夕食のお皿に載っていたけど……。
これが、『恐怖』からじゃなくて、ただ初めてで『不安だから怖い』だけならば、慣れれば良いだけなのだろうけど。
同じことや同じ人と会うことなら出来るようになっているんだろうけど。
少しずつなんだろうな、とは思うんだけど……。
犬っころも上手に散歩できるまでに時間がかかるわけだし……。
そんな風に考えていると、キャナルさんがまた頓珍漢になった。
「秋の遠吠え会もうすぐだねぇ……その時に、町外れのマカロン屋が『秋の芋栗南京祭』をするんだよな」
「キャナルさんはよくご存じですね」
怖くて外にも出られないプティラは、人通りの多いところは、無理なんですよ、キャナルさん。それに二ヶ月後に控えている秋の遠吠え会は、流石に参加しないと、遠吠え会に命を賭けているあのサイ兄さまが、また僕を呼びに来ます……あの時だって、ちゃんと欠席の通知は出してたのに。なんで、あんなによく分からない真面目なんだろう。
あの夜の次の日、問い質して分かったことだ。サイ兄様は、遠吠え会に二度も欠席通知を送ってきた不届き者の僕を迎えにやってきて、プティラに出会ったそうだ。
何が、散歩だよ……嘘つきやがって。
思い出す度にダイは悪態を付きたくなる。
だからって、美味しそうと思われても迷惑の他ならないし、二度と来るなとは言ったけれど……あの人は、こうと思うとどうあっても衝動的にしか進ない性質だから……。
だから、あの人のお嫁さん候補はみんな逃げたのに、まだ分からないのか、と思ってしまう。
「今、女子に大人気らしいんだよな」
「そうなんですか。考えておきます」
とりあえず、にこにこ笑っておいた。もしかしたら、キャナルさんが食べたいだけなのかもしれない。
あ、でも、僕自身は日中なら買いに行けるのか……。
論点がずれていることに気付かず、マカロンを買うということだけが頭に残った。