出来ない病のお姫様
今日は、リルラさんに繕い物を習う。
ウサギの国でもやったことはあるけれど、繕いというよりも刺繍だったから、少し勝手が違うのだ。
刺繍は縫い目を見せるけど、繕いはできるだけ縫い目を目立たさないようにする。リルラさんの縫った靴下は、どこに穴があったのか全然分からない。
私は縫い終わった靴下を目の前に持ち上げて、首を傾げる。
どうして穴が塞がらないんだろう。
リルラさんが笑うので、慌てて針をUターンさせて縫い直す。
「プティラ様、一度解かれた方がよろしいですよ」
よく分からなくて、首を傾げる。
「左右の靴下を並べてみてください」
言われたとおりに並べる。
足の裏の長さが変わっていた。恥ずかしくなって、慌てて解いた。
家の中のことなら出来るかなぁと思って、習い始めたけれど、全然上手くならないのだ。
刺繍は褒められてきたが、繕いは出来ない。
お茶の飲み方は知っているけれど、お茶の淹れ方が分からない。
テーブルマナーは知っているけど、お料理はしたことがない。
綺麗なお部屋には住んでいたけど、片付けは少し出来るけど、お掃除となるとよく分からない。
全然、役に立たない。
しゅんと耳を垂れてしまう。
「初めから上手に出来る方などいませんよ」
ウサギの国でも同じだが、王位に就かず、お城であろうと、すでに給金をもらってお勤めをしている王族の生活は、ほぼ庶民と変わらない。
養えないから出て行けというのが、多産の国の暗黙の了解である。
だったら、もう少しこういう練習も必要だったはずなのに……誰も気付くことなく、今までがあった。
もちろん、序列六番目と言われるダイ様は、完全に庶民というわけではないのだろうけれど。約束もあるから、王家からは抜けていないのだろけど。それをいうなら、私もお役目を持ってここに嫁いでいるから、王家からは抜けていないのだけれど。
だから、私も王子様のお妃様なのだろうけど。
でも、多分、リルラさんがお手伝いしてくれているのは、私がウサギだからだ。
ウサギのお嫁さんは役に立たないだろうと、リルラさんがお世話してくれているだけ。特別扱いされているのだ。
たとえ、本当に特別扱いではなくても、本来、お嫁さんなのだから、お客様のおもてなしくらい出来ないといけない。だけど、屋敷に来るお客様は、当たり前のようにオオカミだ。
荷物を届けてくれる人も、お手紙を届けてくれる人も、ダイ様を訪ねてくる方も。
椅子に座ってにこにこしているだけ、それすら出来ない。
私は、ここで生きているだけの『ウサギ』ではいたくないのに。ダイ様のことが怖くなくなったのに。もっと、一緒のものを見ていたいのに。
何にも出来ない。ダイ様は優しいから、何にも言わないけれど……。
また置いて行かれるようになるかもしれない。
……やっぱり、特別な意味はなかったんだろうな。
だって、何にも出来ないウサギだし……。大きく優れた取り柄もないからのこの役目だし。
「プティラ様、また出来ない病になっていませんか?」
「でも……」
ダイ様の休日に一緒にお買い物に行きたくて、果物屋さんなら行けるかなと思ったのに、結局、道中のことは何にも覚えていない。一度『後ろから襲われても護れない』と言われ、慌てて、ダイ様の腕にしがみついたけれど。やっと、果物屋さんの前に立ち止まったのに、言葉に詰まった私を助けたのは、果物屋さんだった。
「こんにちは、ダイ様と、姫さん。えっと、……姫さんはりんごかい?」
肯くしか出来なかった。今回はちゃんと皮を剥いて、お皿に載せられたけど。
ウサギりんごにも出来たけど。
ダイ様も、リルラさんも果物屋さんも怖くない。
でも、知らないオオカミは怖いし、あれ以来会っていないけれど、あのサイ兄様は格段に怖い。
「プティラ様は、出来るようになっていますよ。最初の目標は達成されましたし、『おかえりなさいませ』も言えるようになってきました」
初めは誰が入ってくるか分からない扉に近寄れなかったけれど、扉の前に立ってくれると、匂いと音で分かるようになってきた。帰って来たっ!と部屋から飛び出して、走り出したくなるのを我慢するけど。
『いってらっしゃいませ』も『おかえりなさいませ』も、慌てる私を見たダイ様が笑うから余計に恥ずかしいけど。
「慌てずに、落ち着いて、淑女らしく振る舞いたいのです」
「そうですね。プティラ様はお姫様ですものね」
どうしてか、リルラさんも笑う。
「プティラ様、まずはこの端と、この端を合わせて、動くのであればまち針で止めてみましょう。それから、二枚合わせて縫うのですよ」
色々とはぐらかされてしまった気がするけれど、目下の目標は穴を塞ぐである。これが出来るようになったら、また少し自信がつくのだろうか?
怖いものも減っていくだろうか。