不器用なもう片方
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リルラはほぅと溜息を付いた。
まったく、誠実と言うべきか、なんと言うべきか。
ダイ様は良いお方ではあるが、部屋の前に来るなとは、言葉が足りなさすぎるのではないか。
プティラ様はあんなに頑張って逆さ坊主を作ってらっしゃったのに。
あれも、ちょっとやり過ぎなくらいの量だけど。
プティラ様の場合は、時間が余っているから仕方がないし、外に出てお務めなんて、まだ気持ちが付いていかないだろうし。
そもそも、草食獣のお姫様であれだけ頑張ろうとなさる方は、初めてなのだから。
友達のメイドから聞き及ぶ限り、部屋に閉じこもって、鬱々とした毎日を過ごすだけ。もちろん、旦那さまになるオオカミもできるだけ近寄らないようにする。
それは、ダイと違い、ただ、食欲へのストレスを感じなくするために。
「それがお互いのためなのよ。そうよ。だから、意外と気を使わなくて済むものよ」
友達はそう言って、リルラをヘラヘラ送り出した。
だから、リルラもそれを覚悟してここに勤め始めたのだ。
きっと、初めは居心地が悪いのだろうな、と思っていた。
しかし、勤め始めて、彼らは教えられていたのとは少し違うな、と思い始めたのだ。
真面目なのだろう。
ダイ様は「仲良くなる努力はするし、怖がらずに過ごせるようにはしたい」と仰るし、プティラ様は部屋の外へ出て、なんとか役に立とうと努力されるし。
お節介は焼かないようにしようと思っていたけれど、あんなに目を真っ赤にして泣かれては、一言申しつけたくなってくる。
そう思い、リルラはダイの部屋へ向かう廊下を歩き、そして、今一度、溜息を付くことになった。
外を窺うようにして、扉から顔を出しているダイがいたのだ。
まったく、こっちはこっちで。
「旦那さま」
リルラはその挙動不審なダイに声を掛けた。
「お食事をお持ちしましょうか?」
オオカミになる時は、お腹がとても減るのだそうだ。確かに、体の大きさも変わるのだから、相当な熱量が必要なのだろう。
「……できれば」
「味付け薄めの肉料理ですね」
そして、好みはどんどん一般オオカミに近づく。
ダイの場合、生肉はないけれど。そう思っていると、ダイが「お願いします……あ、火は通しておいてください……」と付け足した。
リルラは、にっこり微笑んだ。
一言申しつけようと思っていたが、プティラの実際を見てもらった方が、良いのかもしれないと思ったのだ。
だから、そのまま部屋に引き籠もろうとするダイを呼び止め、こう言った。
「ちょっと見ていただきたいものがあるのですけど、お時間大丈夫ですか?」
「お時間は、大丈夫……です」
リルラはその間抜けな顔の王子様に微笑んだ。
庭に出て、プティラの部屋の窓まで連れて行く。部屋のカーテンは引かれたままだ。
中ではまだプティラは泣いているのかもしれないし、泣き止んで服も着替えたかもしれない。プティラのお昼まではまだ少し時間があるから、落ち着くまでそっとしておきたい。そう思っていると、窓を眺めていたダイの大きな溜息が聞こえてきた。
「あ、たまに元に戻ってますけど」
静かにそう言いながら、てるてる坊主を逆さ坊主に戻す。
肩を落としていたダイが、リルラのその様子を不思議そうに眺めている。リルラの年齢の半分程の青年だ。
「昨夜からたくさん作っておられます。逆さ坊主なのですって。雨乞いで吊すのだそうです」
「プティラが雨を願ってくれてるの?」
窓に吊された無数の逆さ坊主が、風に揺れる。
青い空。雨は降りそうにない。だけど、大丈夫。
感極まったような、そんな表情を浮かべるダイを見ていると、先ほどプティラに言った「裏切らない」が、偽りではなかったことをリルラは確信した。
ダイが嬉しそうに逆さ坊主を眺めていた。