明日は雨になりますように
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無事にお二人で昼食を終えられたことを見届けたリルラは、その後、プティラに声を掛けられた。
「布の端切れを分けていただけたら……あと、綿と紐と。ペンはお部屋にありましたから、大丈夫です」
「お持ちしますけれど、何をなさるのでしょうか?」
「ダイ様が『雨が良い』と仰っていたので、雨乞いをしようかと思います」
リルラはそのプティラを見て、微笑んだ。
とても嬉しそうにしている。
「お役に立てるか分かりませんが、お役に立ちたいのです」
雨が良い理由もきっと知らないままだと思うと教えたくもなる。いや、教えても今のプティラなら「大丈夫」だと言ってくれるのではないかと、期待してしまう。しかし、これは、二人の問題。リルラがお節介を焼きすぎることでもない。
「お手伝い致しましょうか?」
プティラは思った通り頭をぶんぶん振って、リルラの手伝いを断った。
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部屋に籠もって、リルラさんからもらった布の端切れを四角く整えていく。頭は重たい方がいいので、庭で拾った石も綿に包んでくるりと首を紐で縛った。
顔は、泣き顔の方が良いのかしら?
雨、降るかしら?
三つ吊してみたけれど、まだ雲の一つも出てこない。
「逆さ坊主さん、明日は雨にしてくださいね」
でも、次の満月は、マティのために晴れにしてください。
背伸びをして、もう一つ逆さ坊主を吊り下げる。
もっと吊り下げた方がきっと、お空の神様の目に止まりやすいわ。
「あ、マティ、その上で眠っちゃだめよ。次はその布を四角く切るのだから」
マティに言いながら、夢中で逆さ坊主を作り続けた。
いったい幾つ作っただろう、と目を覚ますと、朝の光が窓と逆さ坊主を抜けて入ってきていた。やってしまった……。
熱中すると寝ようとせずに、寝落ちてしまう癖。
起き上がった私は、布の上で伸びをした。頭がぼんやりとしている。突然動いた私に驚いたマティも慌てて、欠伸をしている。
「マティ、おはよう」
マティが鼻をヒクヒクさせて、落ちている逆さ坊主に気が付いた。
きっと、これを最後に、と思ってそのまま眠ってしまったのだ。
紐が足りなかったので、リボンを首に巻き付けた最後の一つ。窓には数十個の逆さ坊主が吊られている。
「ちょっと待ってね」
逆さ坊主を拾い上げ、窓の外に吊り下げる。
カーテンのように、ゆらゆら揺れる逆立ちしている子坊主たち。頭の重みが足りない子がてるてる坊主になっているので、それも逆さに戻す。
見上げた空は、でも青い。
雲一つない。
「お空の神様、どうか雨にしてください」
夜まで雨ならいいな、ってどういう意味だったのだろう?
仕事に行きたくないとか、そんなことなのかしら? でも、今日は公休日ってリルラさんが言ってたから、それは関係ない。
「お空の神様、どうか夜までの間のどこかで、雨になりますように」
よく分からないけれど、雨が降った方が良いのだろう。
マティがぴょこんと足元に来る。
「ご飯の時間ね」
最近は、マティのご飯は自分で準備できる。
ぼんやりした顔を洗い、髪に櫛を入れる。茶色の髪に少しずつ光が戻り、ちょっとは可愛くなった気がする。立ち上がり、ドレスを選ぶ。
毎日同じことの繰り返し。ちょっとは可愛くなるようにする。髪飾りもドレスに合わせて、変える。
アイティラ姉さまのように格式張ったドレスではない。自分で着られる簡易ドレス。
だけど、アイティラ姉さまが、プティラは可愛いからどんなものでも似合うのよ、とにこりとしてくれた。アイティラ姉さまは、誰にでも同じことを言っていたけれど、色だけはそれぞれ違っていた。
私には、水色が似合うとずっと言っていた。
「水色は、お月さまの光の色なのよ、知ってる? マティ」
もちろん、お腹が減ってきているマティが知ったことではないけれど、その水色の光を受けて、私は人化したのだ。
確かに月の光は、ほんの少し水色がかって見えるような気もする。太陽の光にはない色がすっきりと、落ちてくる。
太陽の光は、たくさんの色。魔法の色を探すのは難しいのかもしれない。
クローゼットには、たくさんの色のドレスが吊り下げられている。半分はウサギの国から持ってきたもの。半分はオオカミの国が用意してくれたもの。
早く外に出て、ちゃんとお嫁さんをしなくちゃ。ただ飯ぐらいのウサギじゃだめ。
オオカミの国が用意した黄色のドレスを取り出して、もう一度心に決める。
でも、私にいったい何ができるのだろう?
城勤めのダイ様だけど、社交界とかの縁はなさそうだし、……。家事仕事はリルラさんがしてくれているし……お買い物は、まだ無理そうだし……。
そこで、ちょっと寂しくなる。
所詮でいえば、私はここで生きているだけでいいのだ。そして、オオカミの国にとっては、良い頃合いで死んでしまえば丁度良い。
果物屋が言ったように、しばらくウサギの肉が食べられないのを、オオカミは我慢しているだけ。
マティのように人化しない方が、本当は幸せなのかもしれない。
そんな時に、扉が叩かれた。ダイ様の匂いだ。こんな時間に珍しい。逆さ坊主をたくさん作ったことをお知らせできたのに、服を着替えていなかったことを後悔した。
「あのね、プティラ、今日は、ぜったいに僕の部屋の前には来ないで」
扉を見つめて、そのまま立ち尽くしてしまった。