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お庭でランチを


 市場へ出掛けた後から、庭でマティを遊ばせている。ダイ様に言われたからというのもあるし、ダイ様と食事を取るようになって、少しずつオオカミのニオイに慣れてきたというのもあるし。

 もちろん、外のオオカミのニオイは、ダイ様のものとは違うけれど……。他のオオカミは入ってこないとダイ様が言っていたから、大丈夫だと思えるのだ。


 リルラさんも今いない。日射しの強さを心配して、日傘を取りに行ってくれているのだ。だから、ひとり。だけど、やっぱり恐怖はない。

 それにマティがあんなにも無防備に跳ねていられるのだから、きっと、本当に安全なのだ。


「マティは良い子」

蹲るようにしてマティを見ていた私が声を掛けると、ぴょこっと立ち上がり、マティは私を探す。鼻をヒクヒクさせて、私を確認すると草をもぐもぐさせる。


「かわいい~。おいしいですね」

そんな仕草を見ていると、思わず、赤ちゃんに話しかけるようになってしまう。


「プティラ様も充分可愛らしゅうございますよ」

伸びてきた影の先にいたリルラさんが、クスクス笑いながら私を見下ろしていた。

「そうやっていると、ほんとうに大きなウサギさんですね」

「えっと、マティと目線を合わせたくて……」


恥ずかしくなって、座り直す。水色のドレスの胸元に付いてしまった芝生を払う私に、リルラさんが日傘を傾け、影を作ってくれた。


「お恥ずかしいところを見せてしまいました……日傘、ありがとうございます」

リルラさんとなら言葉に詰まることなくお喋りが出来るようになった。

「いいえ、こうして私を前に油断されているということが、嬉しゅうございますよ」

と、リルラさんが笑う。見下ろされても、歯が見えても、怖くない。リルラさんは笑っているのだから。そして、油断じゃなくて、信頼している、と思う。

 油断だと取られると、心が痛む。


「ごめんなさい……」

今までの私の態度のせいだ。

 するとリルラさんが「何か粗相でもありましたでしょうか?」と慌てた。

「何もありません……私のせいでリルラさんにもダイ様にも大きく気を使わせてしまっていたのだと思うと、苦しくて、謝りたくなりました」

すると真面目な顔をしたリルラさんが、一つ提案してきた。


「私は構いませんけれど、謝るくらいなら、……明後日はダイ様の公休日ですので、ダイ様とこのお庭で一緒にお昼を食べてみませんか。お二人で過ごす時間を作りましょう。広い場所なら、隣にいても逃げ場があって怖さも半減しますでしょう?」

やっぱり、もう一度謝りたくなったが、「逃げたいなんて思いません」と胸を張る自信もなかった。


「はい……」

だから、私は半分嘘をついた。


 食堂で距離を取りたいのは、恐怖で逃げたいばかりではないと思う。ダイ様にはどう接すれば良いのか、分からないのだ。


 今まで怖がって近づきもしなかった代償とでも言おうか。自分がダイ様にとってどの位置にいるのかが、全く分からない。


 もしかしたら、本当に食料用ではないウサギを二匹飼っているくらいにしか思われていないかもしれない。そうなると、一緒にごはんを食べる行為自体が、とても失礼かもしれないし。

 私だけが、一緒に食べられるようになった、と喜んでいるだけかもしれないし。


 ダイ様は怖くない。だけど、金色の瞳が私を捉える度に、目を伏せてしまう。

 嫌じゃないのに、こんな私を見ないでとも思ってしまう。

 口の中にあるご飯の味がしなくなる。それなのに、気になってまた視線をあげる、を繰り返す。ダイ様が食べ終わりそうになっているので、急いで食べ始める。

 『行ってらっしゃいませ』を言わなくちゃ。


 それなのに、彼は待ってくれない。プティラはゆっくり食べててね、と行ってしまう。急いで食べても間に合わない。

 人化している二人の口の大きさはそんなに変わらないと思うのに……。


「サンドイッチを作りますね。お野菜は何がよろしいですか?」

「……ニンジンとキャベツ」

でも、それだとダイ様と同じにならない。

「りんごも」

その言葉は、膝に飛び乗ってきていたマティに落としていた。何か、彼の役に立てることが欲しい。飼いウサギじゃなくて、ちゃんと同じ場所に立ちたい。


 おんなじ容なんだもの。

 どうしたら、また「ありがとう」と言ってくれるだろうか。


 女王様になるアイティラ姉さまだったら、どうなさるのだろうか。


『人になったウサギはね、何度生まれ変わっても、大切な人を待っているのよ。だから、大丈夫よ』

 私を送り出したアイティラ姉さまの言葉を思い出すと、胸がきゅうっと苦しくなった。

 私にいったい何ができるのだろう。とにかく、リルラさんが言うように、ダイ様の隣に立てるようにならなくちゃ、お話にならない。


 しかし、そんな私に、「ありがとう」の言葉が掛けられる機会はすぐにやってきた。お庭で一緒にお昼を食べる日に。


「元気になって良かった。ありがとう」

ぴょこんと跳ねそうになった私は、そっとダイ様を見上げる。バスケットを挟んで座るダイ様は、マティを真っ直ぐに見つめて、嬉しそうに微笑みを浮かべていた。マティはほんの少し首を傾げて、もぐもぐを続ける。


「はい」

私のサンドイッチよりも一回り大きなサンドイッチを、既に一つ食べ終わり、もう一つ摘まみ上げている。私は急いでサンドイッチを囓り始める。キャベツとニンジンのサラダは、あっさりと塩味で美味しいし、食べやすい。だけど、急いでもぐもぐしていると、なんだか喉の奥に詰まりそうになる。


 どうしよう、また置いていかれる。


「あのね、プティラ……」

「はい」

ダイ様が私に向き直っている。金色の瞳が何だか苦しそう。だから、その後の言葉がなかなか降りてこない。


 お体の調子が悪いのかしら。もしかしたら、マティのことでまだ悩んでらっしゃるのかしら。

 ダイ様はマティを助けてくれた特別なオオカミだから。

 だけど、今の間にちゃんと飲み込まなくちゃ……。マティはちゃんと回復しています。だから、気に病まないでくださいって言わなくちゃ。


 でも、……。


 いつも元気なダイ様の元気がないのは、別のことが関係しているのだろうか。マティが元気なことは知っているはずだし、それがきっかけだったら。


 もしかしたら、マティを野性に返さなくちゃならないのだろうか。

 やっとサンドイッチを飲み込んだ私は、思わぬ不安に襲われた。

 ダイ様が口を開く。私はじっと耳を傾ける。


「えっと、……えっとね、明日ね……、僕……、お、おお……雨降らないかなぁって思うんだ」


不思議な言葉に首を傾げた。おおおあめ……。


「大雨?」

首を傾げて尋ね返すが、それは私が思わぬ言葉だった。せっかくの満月なのに、雨が良いだなんて。マティが人になるかもしれない、そんな夜なのに。大雨だなんて。


「……うん、夜までずっと雨ならいいなって」

「……あめ?……」

もう一度繰り返す。雨、がいいんだ。マティを見つめる。ダイ様は雨がいいのですって。一緒に満月を見る方が、いいのに。


「雨が良いのですか?」

ダイ様は私の問いに、大きく肯いた。


 雨……。


私は青い空を見上げ、もう一度、雨かぁ、と考えた。


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