表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
霊研の探偵さま  作者: とど
一章
9/74

3-2 望まない再会


「着いたぞ」


 英二が運転する車が止まったのは警視庁であった。促されて車から下りながら、千理は不思議そうな顔で英二を見上げる。


「依頼って特殊調査室なんですよね? 結局此処に来るんなら自分達で捜査した方が手っ取り早いと思うんですけど」

「人が足りねえんだよ。そもそも特殊調査室っていうのは東京の他に大阪とか名古屋とか大都市にぽつぽつあるだけで何処の県警にもあるわけじゃない。そんな数で全国を対応するとなると基本的にうちみたいな各地の民間企業に仕事の大部分を委託して、本当に大規模だったり警察の力が必要な案件だけに取りかからなきゃならねえ。ま、それでも十分忙しくてな、だから近かろうが任せられる仕事は任せるって感じだな」

「そもそもそんな霊とかに対応出来る人自体少ないでしょうしね……」

「霊研はこれでも十分人数が多い方だ。だから多く仕事が回ってくる」


 成程、と千理は頷く。彼女とて櫟に会うまで霊を見ることが出来る人間すら出会ったことがなかったのだ。それなのに更にそれを除霊したり、はたまた悪魔や怪物なんかに関わりのある人間などどれほど少ないことか。そしてそれを仕事にする人間の数などなどもっと減る。


「実働部隊も大変だが警察に提出する書類なんかも面倒でな。得意なのはコガネぐらいだったから正直お前が霊研に来て助かる」

「……ええ。所長から千理が書いた報告書を見せて頂きましたが随分としっかりしていましたし、僕も助かります」

「霊研も色々と大変だな」

「愁は報告書書く必要ないからな……そこは心底羨ましいわ」


 他人事のように呟いた愁を英二が若干恨めしそうに見る。……と、不意に彼は僅かに視線をずらして愁の後方、彼の体を突き抜けるようにして向こう側を見た。

 千理も釣られてそちらを見てみれば、警察署の入り口から二人の人間が出て来たところだった。


「それでは、また何かあればご連絡します」

「はい。失礼します」


 何かの事件関係者と見送りに出て来た警察官と言ったところか。会釈した男がこちらに歩いて来て車に乗り込むのをぼんやりと見てから再び警察官に視線を移したところで、千理は思わず顔が引き攣った。

 ちょうどこちらを見ていたらしい警察官と視線が合う。彼はみるみるうちにその表情を強張らせ、そしてぎり、と強く歯を噛み締めるように顔を歪めて千理を睨み付けた。


「貴様……伊野神千理!!」

「……滅茶苦茶しっかり覚えられてる」


 フルネームを叫ばれた彼女はげんなりと溜め息を吐く。忘れられていたらいいなという淡い希望はあっさりと打ち砕かれてしまった。つかつかとこちらにやってくる警察官と千理以外の三人は不思議そうに首を傾げる。


「知り合いですか?」

「千理に警察官の知り合いなんていたんだな」

「一度会っただけです……っていうか! なんで愁は覚えてないの!? 大体あんたの所為だったのに!」

「俺の所為?」

「だからこの前の事件――」

「また何か事件に首を突っ込みに来たのか!?」


 きっちりと七三分けされた髪に四角いフレームの眼鏡。酷く堅苦しい格好をした警察官は、以前千理が巻き込まれた事件を担当していた若葉という名前の刑事だった。不本意にもこの男の前で推理を披露する羽目になった千理はあの日帰るまでずっと睨まれていたし、そして今でもその感情は継続されているらしかった。


「……若葉刑事でしたね。どうも」

「此処はお前のような子供が遊びで来る場所じゃない。それとも何か? 今度はお前自身が事件を起こしたとでも言うのか」

「あー、あんた。刑事ならちょうどいい、ちょっと遺体を見たいから案内して欲しいんだが」

「は?」

「三日前の殺人事件で呼ばれた。霊研って言えば分かるか?」

「……霊研、だと?」


 千理に突っかかる若葉に割って入るようにした英二がそう声を掛けると、元々険しかった男の表情がこれ以上無いほどに忌々しげなものになった。


「霊能事象調査研究所……話は聞いたことがある。怪しいオカルトの霊感商法をしている詐欺集団め」

「詐欺って」

「詐欺だろう。勝手に捜査に乱入した挙げ句、幽霊だの妖怪だのありもしない話を持ち出して人を騙す。……待て、霊研と言ったがもしや貴様もそうだと言うのか伊野神千理!」

「一々フルネームで呼ばないで欲しいんですけど……。一応この前の事件の後から霊研に入りました。今後も関わるかもしれないのでよろしくお願いします」

「ふざけるなよ……! こんな小賢しいだけの子供を巻き込んで何処まで倫理観が無いんだお前達は」

「……英二、話が進まなそうですし他の人に頼んだらどうですか」

「いや、どうせ中に入ろうとしただけで騒ぎ立てるだろうからな。……ほら、あんたよりもずっと上の人間から正式な委任状も貰っている。若葉とか言ったな? 警察組織の人間なら当然規律にも従ってもらおうか」

「何だと」


 しつこく噛み付いてくる若葉に、英二は鞄から取り出した紙を眼前に突きつける。それをひったくるように手に取った彼は、そこに印字された文字を目で追う度にわなわなと震え、ぐしゃりと紙を握りしめた。


「こんな……こんなことがあっていいのか。上は何を考えているんだ!」

「餅は餅屋、効率的な事件解決を考えているに決まっているだろう。という訳で上司の命令にしっかり従う規律正しい若葉さんよ、案内頼むぞ」

「貴様……!」

「英二、あまり煽らないで下さい」


 楽しげに笑った英二の隣でコガネが額を押さえて溜め息を吐く。


「……着いて来い。いいか、俺の前で少しでも不審な動きを見せてみろ。すぐに叩き出してやるからな」

「どーも」

「ありがとうございます」

「……」


 返事はせずに早足で歩き出す若葉の後ろに着いて行く。とりあえず一難去ったと千理が小さく安堵していると、ずっと黙って彼女の隣に浮いていた愁がぽん、と手を叩いて「ああ」と頷いた。


「あの毒殺事件の時の刑事か」

「おっそ! 今頃思い出したの!?」

「おい伊野神千理! 貴様一体一人で何を叫んでいる!?」




    □ □ □  □ □ □




「此処だ」


 若葉に案内された部屋に入ると、狭い部屋の中央に布が被せられた物――被害者の遺体が安置されていた。全員が入ったところで扉が閉められると、若葉は顔をしかめながら千理を睨んだ。


「本当に貴様も見るのか」

「そうですけど」

「……後悔しても知らないからな」


 そう言って若葉は遺体の全身に被せられた布を取り去った。そこにあったのは一人の男の体――ただその体は顔から足まで全身切り裂かれており、非常にグロテスクなものだった。事前に全身滅多刺しという話は聞いていたもののそのあまりの惨状に、千理は若干顔色を悪くしたもののすぐに気を強く持ってしっかりと遺体を観察した。


「千理、大丈夫か」


 心配そうな愁の声に千理は視線だけで頷く。

 これは死体だ、幽霊のように襲いかかってくる訳でもないのだから恐れる必要などない。


「被害者の名前は幸田実こうたみのる、四十歳独身。三日前の夜に遺体で発見された。死因は刺殺、全身を何十カ所も刺され出血性ショック死だ」

「で、これが聞いてた魔法陣だが……」


 英二は遺体の左手の甲を覗き込んで顔をしかめる。そこには確かに円に囲まれた不思議な模様が描かれてはいたものの、それすらぐちゃぐちゃに切り裂かれていた。


「むしろここまで執拗に魔法陣を切り刻んでいるとなると何か理由がありそうですね」

「そうだな、全身の刺し傷の中でもこれが一番酷い」

「はい。それに何より気になるのはやはり、この魔法陣が一度発動されているということですね」

「……悪魔召喚を行うには、召喚者の体の何処かに魔法陣を書くこと。この際使用するのは血でもペンでもクレヨンでもなんでも構わない。そしてそこに召喚者の血を付けて悪魔を召喚……すると魔法陣が体に焼き付き、以後悪魔が送還されるまで消えることはない。悪魔を召喚した人間は通称悪魔憑きと呼ばれ、そして悪魔との契約は……自身の望みの対価に生け贄として人ひとりの魂を捧げる、でしたよね」

「悪魔……はっ、馬鹿馬鹿しい」


 千理が先程読んだ本の内容を思い出しながら呟くと若葉が酷く白けた顔で吐き捨てた。が、彼女は気にせずに続ける。


「切り刻まれて分かりづらいですけどこれ、本にあった魔法陣と細部が違いますよね? これでも悪魔って召喚出来るんですか?」

「実際発動はしているからな。コガネどうだ?」

「抉られて無くなっている箇所があるので完全に読むことはできませんが、普通に召喚出来そうですね。そもそも魔法陣というものは悪魔の言葉で書かれた契約書です。言語翻訳、契約内容、呼び出す悪魔の特定まで、内容が異なれば魔法陣が違うのは当たり前なんですよ」

「本に書かれていたものは一般的なテンプレートってことですか」

「そういうことです。今の人間は悪魔の言語を完全に把握出来ていませんからそれに従って魔法陣を書くわけですね」

「コガネさんは読めるんですよね」

「ええ、僕は古い悪魔ですから。この魔法陣の場合、どうやら特定の悪魔を呼び出す為のもののようで――」

「おい、くだらない談義に花を咲かせるんならとっとと追い出すぞ」

「この人ずっと怒ってるな。疲れないのか?」


 愁が不思議そうに若葉の前で手を振る。勿論彼は見えないし聞こえない訳だが、見える側の三人はそれを何とも言えない目で見た。


「……とにかく悪魔は呼び出された、これは確定だ。だが犯人かどうかまでは分からんな」

「召喚した人を悪魔が殺すってことあるんですか?」

「ありますね。契約内容が気に食わないとか、理不尽な理由で殺す悪魔はたまにいます。今回の件がどうかと言われるとまだ分かりませんが……」

「ふん、結局何も分からないってことか! 案内してやったのに残念だったな、さっさと帰るといい! なに、気にすることはない。犯人は俺達が責任を持って――」

「ちなみに容疑者はいるんですか?」


 妙に嬉しそうにぺらぺらと話し始めた若葉の言葉を千理が遮る。すると途端にすん、と静かになった彼は不愉快そうな目で千理を睨んだ。


「お前達はその悪魔とやらを調べるのが仕事なんだろう。人間の容疑者の情報なんて必要あるのか」

「ありますよ。人間だったらだったで犯人を捕まえないと、なんで魔法陣をこれだけ切り刻んだのか聞けませんから」

「……現在可能性が高いとされているのは二人、どちらも被害者と同じ会社に務める人間だ。同僚の笹原、それから上司の春川」

「何故その二人が?」

「被害者に恨みがあり、かつアリバイがない」

「もう少し詳しく教えて頂けますか?」


 千理と若葉が視線を交わす。目を逸らした方が負けだと言わんばかりにじっと見つめ合うこと数秒、舌打ちをしながら先に視線を外したのは若葉の方だった。


「……規律には従う。資料を見せるから来い」

「ありがとうございます、若葉刑事」


 さっさと部屋を出て行く若葉に、英二は肩を竦めて「正に四角四面、若いねえ」と茶化すように言ってその背を追いかけ始めた。


 遺体が保管されていた部屋を出て若葉が足を止めたのはとある小さな会議室の前だった。「此処で少し待っていろ」とだけ言い残して去って行った彼の言葉に従って部屋の中で待っていると、五分もしないうちに資料片手に彼は戻ってきた。


「刑事課に行くと説明が面倒だからな……。これが事件の資料だ、精々読み込め」

「千理、お前が最初に読め」

「はい」


 英二に促されて千理が一番に資料に手を伸ばす。しかし当然ながら一枚十秒のペースで読み進める彼女を見て「もっと真面目に読め」と若葉が苦言を呈した。一々面倒な人だなと思いながら千理がスルーしていると、不意に彼女の手が数枚目で止まった。


「千理、どうした」


 何か気になるところがあったのかと愁がその資料を背後から盗み見る。そこには一人の人間の情報が印字されていた。水野という名前のその男は先程若葉が告げた笹原と春川という容疑者とは異なっている。

 横から覗き込んだコガネが、ああと小さく呟いた。


「彼、先程警察署から出て来た方ですね。この方は容疑者ではないんですか? 資料には彼も同僚だと書かれていますが」

「歴としたアリバイがある。事件当時、水野は現場から10キロ以上離れたコンビニで監視カメラに映っていた。犯行は不可能だ。今日彼に来てもらったのは容疑者二人と被害者との関係について詳しく聞くためだ」

「成程、そういうことですか」

「……」

「千理? その人がそんなに気になるんですか?」


 未だに資料を捲らずに水野の写真を見続ける千理を見てコガネが訝しげな顔になる。彼女が顔を上げたのはそれから十秒は経った後で、眉間に皺を寄せながら傍に立つ若葉を見上げた。


「その監視カメラの映像、見せて頂いてもいいですか」

「は?」

「それで全部はっきりしますよ」




    □ □ □  □ □ □




「事件翌日と今日、あなたには署に足を運んで頂きました」


 かつ、かつ、と靴音を鳴らしながら若葉は狭い取調室の中を歩く。部屋の中央には小さな机と椅子があり、そこには一人の男が体を縮めるようにして座っていた。事件の資料に載せられていたその男の名前は水野。それは合っていて、また間違っていた。


「一度目に来て頂いた際には当日のアリバイ確認と顔写真や指紋の提出をして頂きました。監視カメラの映像との照合……しっかりと一致したためあなたは容疑者から外れ、そして今日、他の容疑者の話を伺う為に再びご足労頂いた訳です」

「……」

「だがそれはあなたのアリバイ工作だった。調べて驚きましたよ。あなたの二つ下の弟さん、双子かというほどあなたに非常によく似ていた」

「……」

「監視カメラに映っていたのは弟の方だ。そして一度目の取り調べに来たのも彼。あなたは今日初めて私と会ったことになる。恐らく弟では周囲の人間関係まで完全には分からずにぼろを出す可能性があったからでしょう」

「……全てお見通しですか。流石に警察は騙せなかったか」


 水野が諦めたような笑みでそう言った瞬間、ぴきりと若葉の額に血管が浮かんだ。拳を握りしめて必死に憤りを押さえた彼は、眼鏡を押し上げて持て余した感情を排出するように息を吐く。


「あなたは被害者を殺害後、このままではすぐに捕まってしまうと危惧して顔がそっくりな弟に頼んで共犯になってもらった。間違いありませんね?」

「はい。私があれを殺してしまったと言ったら向こうから自分を使ってアリバイを作れと言ってくれました。私は気が動転していてそこまで頭が回りませんでしたから正直助かりました」

「……愚かなことを。身内だからと犯罪を見逃すどころかその手伝いをするとは」

「でも刑事さん、あなただって家族が望まずに犯罪者になったらきっと手を貸してしまうと思いますよ」

「ありえない。そもそも望まずにとはどういうことだ。正当防衛だとでも言いたいのか」

「違いますよ。でも私は罪を犯したなんて思ってない。結果的に殺人罪で捕まろうが、私は人を殺してなんていないんですから」

「は?」

「あれは人じゃない……悪魔だ! あんなのが同じ人間なんて認めるものか!」


 水野が右手を強く机に叩き付けた。机が大きな音を立てて揺れ、そして更に何度も何度も拳は振り上げられては振り下ろされる。


「……悪魔だと?」

「そうだよ! あいつは悪魔だ! 平気な顔してうちの娘を殺して、何にも知らずに俺にそれをぺらぺらと自慢げに話す男だ! あれが悪魔じゃなくてなんだっていうんだ!」


 娘。その言葉に若葉は頭の中でこの男の資料を思い返した。離婚した妻との間に小学生の一人娘が居たが、確か先月原因不明の病で急死したと書いてあった。

 その子供を被害者が殺したとはどういうことなのか。若葉が訝しげな顔をしていると、水野は拳を叩き付け続けたまま、泣き崩れるように机に倒れ込んだ。


「この前無理矢理飲みに連れて行かれた時に酔っ払ったあいつが言っていたんだ。自分は悪魔を使役できるんだと。だけどそれには対価が必要で、たまたま外を歩いていた子供を生け贄にしたと……笑ってた」

「……」

「はじめはなんて馬鹿馬鹿しいと思ったさ。だけどあれが殺した子供のことを詳しく聞いたら、間違いなく突然原因不明で死んだ俺の子のことだった。離婚して名字が変わってるからやつは気付きもせず、ぺらぺらとご自慢に悪魔やら俺には力があるとか何とかしゃべってたさ」

「悪魔、対価……」

「刑事さんに言っても信じないと思いますけどね。それでも俺は――娘を殺したと楽しそうに言うあれを許すわけにはいかなかった。全身滅多刺しにして、ご自慢の魔法陣とやらもぐちゃぐちゃに切り刻んでやったさ。やつの言う悪魔なんて現れなかった。だけど悪魔なんて居なくてもあいつはきっと何かしらの方法でうちの娘を死に追いやったんだ」


「その話、もう少し聞かせてもらっていいか」

「!」


 水野の振り上げた拳が机に叩き付けられる前に受け止められた。はっと机から顔を上げた彼の目に映ったのは、いつの間に部屋の中に入ってきたのか自身と同年代に見える男だった。


「貴様……! 勝手に取調室に入るなど」

「今はそれどころじゃないだろ。で、水野さん。あんたの言う悪魔みたいな男が言ってた“悪魔”に関する情報、もうちっと詳しく話して欲しいんだが」


 水野は自分の手を掴む男――英二をまじまじと見つめてその手を振り払った。腕で涙を拭い、荒くなっていた呼吸を整えた彼は「あれの戯れ言ですか」と疲れたように肩を落とす。


「確か……悪魔の力でむかつくやつを殺してやったとか言ってた。だけどそれには代償がいるから適当に目に付いた子供を選んだ、と」

「他には何か言ってなかったか? 魔法陣がどうとか」

「……ああ。そういえば、自慢げに光る魔法陣を見せてきて、これは本物だとか百万で買ったんだとか何とか」

「買った? 確かにそう言ったのか」

「はい。今思うと麻薬でも買って幻覚を見ていたのかもしれません」

「……」


 話を聞く度に英二の顔が苦々しく歪められていく。水野に聞こえないくらい小声で「面倒になって来たな」と呟くと、彼はがしがしと頭を掻いて「協力感謝します」と再びさっさと部屋を出て行った。


「まずいですね。……営利目的となると他にも魔法陣を買った人間がいそうです」


 取調室の外、監視カメラで内部の様子が確認できるその部屋まで英二が戻ると、コガネが彼と同じように顔を歪めて溜め息を吐いた。


「つまりこういうことでしょうか。悪魔は初め何者かに召喚された。それが今回の事件の黒幕……で、その人はお金儲けの為に悪魔と契約して自分を呼び出させる魔法陣を作らせてそれを他人に売る。買った人間は自分の目的の為に悪魔を呼び出し、契約させる」

「黒幕は金儲けが出来て、悪魔も複数の魂を得られる。胸糞悪いですけどそういう契約なんでしょう」

「悪魔はそんなに何人も契約とかできるのか?」

「契約内容が被っていなければ大丈夫ですよ。基本的に悪魔は契約大好きですから」

「意外と真面目なのか何なのか……」


 頭痛がする思いで千理が頭を押さえる。実際その契約で人の命が理不尽に奪われているのだから堪ったものではない。

 結論として、千里達は件の黒幕を探し出して捕まえなければならないということだ。


「それにしても、よく犯人が弟と入れ替わってると分かったな」

「ああ、単純に運が良かっただけですよ。さっき本人を直接見ることが出来たので写真の人物と違うのが分かったんです」

「俺は今見てもちっとも違いが分からん」

「俺もだ。兄弟じゃなくて双子の間違いだろ」

「……僕もです」

「兄の方が微妙に鼻が高いのと、後は耳の形ですかね」

「流石、霊研の探偵様だな」

「探偵……ふん、下らんな」

「あ、若葉刑事」


 ちょうどその時取調室から若葉が出て来た。苛立たしげに千里達の元へやって来ると「犯人は捕まった、この事件は解決した訳だ。という訳でとっとと帰れ」と冷たく追い払うような手振りをして見せた。


「それは困る。悪魔が原因で死んだ可能性のある人物をピックアップして欲しい。水野の娘のように原因不明で突然死したやつをな。ついでにその周辺で容疑者も洗い出しておきたい」

「委任状にはこの事件への依頼しか書いていない、お前らが困ろうと俺が知ったことか。他の事件は全て俺達が解決する」

「ったく、自分達の仕事が減って楽できるぐらいに思っときゃいいのに頭固えな」

「そんなことを言うやつは刑事失格だ!!」

「……しゃーないな。ちょっと待ってろ」


 若葉の力強い声に、英二は少しばかり目を瞠ってからにやっと笑ってその場から離れる。スマホを片手で操作して耳に当てた彼は「……よお速水、ちっと頼みがあるんだが」と何処かへ電話を掛けながら部屋を出て行った。


「何処に掛けたんですか?」

「元の職場でしょうね」

「元の職場?」

「ええ、英二は此処……警視庁特殊調査室で働いていた元警察官ですよ」

「……は? あの男が、元警察?」


 「ああ成程」と千理と愁が頷き掛けた時、ただ一人若葉だけが呆けたようにぽかんと口を開いて硬直した。信じられないと大きく目を見開いている彼に追い打ちを掛けるように、コガネは更に「まあ僕もですが」と何のことはないように付け足す。


「コガネもか? だが悪魔が警察官になれるのか?」

「正確に言うと英二のついでで一緒に仕事をしていただけで正式な職員とは少し違いますけどね」

「警察官……こいつらが、嘘だろう。こんな霊感商法詐欺をするやつらが?」

「だから詐欺ではありませんって」

「おー待たせたな」


 と、英二がスマホを手に戻って来る。彼は楽しそうに笑いながら若葉の前まで来ると「スマホ出しとけよ。すぐに掛かってくるから」と告げた。そこでようやく我に返った若葉は言われた言葉を頭の中で反芻し、一体何を言っているのかと眉を顰めた。

 その数秒後、部屋の中に単調な電子音が響き渡った。


「……まさか」


 若葉がスマホの画面を見ながら顔を引き攣らせる。それでも大人しく電話に出た彼は初めは小声で相槌を打っていたものの、次第に声を大きくして「そんな!」と叫んだ。


「しかしやつらは部外者です! それなのに安直に頼るなどと……ですが……はい……」

「調査室の人に掛けたんですか?」

「ああ、コガネから聞いたのか。人外が関わっていると確証がある以上、特殊調査室の権限は通常より一気に跳ね上がる。それであいつの上司に情報を渡すように頼んでもらったんだよ」

「霊研と一緒で、調査室も刑事課に大層嫌われてそうですね」

「…………分かりました。失礼します」


 電話を切った若葉はぷるぷると震えながらスマホをしまい本日何度目かになるか分からないほどまた強く千理達を睨んだ。


「……あんた、名前は」

「? 朽葉英二だが」

「朽葉英二……覚えたぞ。俺がもっと昇進したら霊研になぞ一切頼らずに事件を解決してやるからな! 今のうちに精々貯金でもして再就職に備えていろ!!」


 ずび、と指を差してそう宣言した若葉。それに対し愁が「失業の心配してくれるなんて優しい人だな」とぼそっと呟いた。

 そういうことじゃない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ