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霊研の探偵さま  作者: とど
四章
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epilogue 土産話

同時更新(2/2)


「……成程? それで死神の力を使ったと」

「ご心配をお掛けしました」

「まったくだ。人間界からやたらと強い力を感じると思って慌てて仕事を放り出して来てしまったよ」


 はらはらと桜が舞い散る季節。櫟は公園のベンチの前に立って誰かと会話をしていた。

 櫟と同じくらいの年に見える優しげな男は、ベンチに据わったまま小さく溜め息を吐いて櫟を見上げる。


「それで、その紫苑という悪魔は」

「魔界へ戻りました。かなり力を使い果たしているので再び召喚されるまでは時間が掛かりますね」

「そうか。……何にせよ、三百年前の事件が再び起こらなくて安心したよ。当時でもかなり酷かったけど、今の人口であんな真似をされたらと思うとぞっとする」

「今度召喚する時にきちんと言い聞かせておきますよ」


 まあ言うことを聞くかは半々だが。

 櫟がそう言って肩を竦めてみせると、目の前の男は「随分と悪魔と親しくなったな」と呆れた顔になった。


「まあ、君が誰と親しくしようが自由だ。それはいい。僕は悪魔は嫌いだけど」

「魂を持って行かれるから、ですよね」

「ああ。……とはいえ人間が望んで契約したことに口を出すつもりはないけどね。イチイ、そんなことより……分かっているね? 人間の体でその力を使う代償を」

「勿論です」


 櫟は頷いて自分の体を見下ろす。死神の力を持つ櫟の目は特殊で、魂を関知したりその寿命を見ることができたりと普通の人間には無い力がある。そして寿命が見えるというのは……何も他人のものだけではない。


「二十年、ごっそり持って行かれましたね」

「……はああああ、そんな暢気に言う言葉じゃないんだよホントに」

「大丈夫ですよ師匠。今回はまさかの初の三十歳越えですよ? それに僕が寿命で死んだことなんて一度も無いんだから気にするだけ無駄です」

「ホントに、ホントにお前は……!」


 師匠と呼ばれた男が顔を覆って天を仰ぐ。この問題児の一番弟子はいつも彼を困らせる達人だ。最近は少し大人しくなったかと思ったのにすぐこれである。一度老人ぐらいになって精神年齢ももっと成長してほしいものだ。……本当に、それぐらい生きて欲しい。


「もっと命を大事にしろと何千回言ったかな。まったく……様子を見に来ただけだから僕はもう帰るよ。あまり此処に長居するのは良くないしね」

「はい。それじゃあまた死んだ時に――」


「櫟? 一人で何やってんだ?」


 櫟が目の前の男に頭を下げているその時、背後からいつも耳にする声が聞こえてきた。振り返ってみれば案の定、少し離れた場所に立つ英二が訝しげに櫟を見て首を傾げている。


「ああ英二、これから霊研?」

「そうだが……で? 誰も居ないベンチに向かって謝って何してたんだよ」

「さあね」


 頭を上げた櫟がふっと笑って英二の元へ歩いて行く。その途中で、彼は背中に回した手を英二に気付かれないようにひらりと振ってみせた。




    □ □ □  □ □ □



「俺はもう駄目だ……」

「……今度は何かあったのかな」


 英二と連れ立って霊研へと戻った櫟。そこで見たのは机に突っ伏してどんよりとしたオーラを纏った愁と、そして呆れた顔をする他の職員の姿だった。

 状況が飲み込めない二人にキッチンからエプロンを付けて現れたコガネがおずおずと近付く。


「所長、英二。お帰りなさい」

「ただいま。で? 愁はどうしたんだ」

「いえその、無事に体が戻って学校に復帰したらしいんですが……」

「終業式前に頑張って学校に行けるようになったのに、せっかく一年以内に間に合ったと思ったのに……何故だ、何故留年しなくちゃ行けないんだ!」

「ああ……」

「結局一緒に卒業出来ないじゃないか! なんでこうなるんだ!」

「いや、何でも何も……出席日数が足りないから」


 愁の隣で肩肘を付いた千理が呆れ顔で正論を口にする。そもそも少し前に愁が一緒に卒業出来ないかもしれないと言っていた時点でもう手遅れだったのだが、分かっていてもその時の千理は黙っていた。こんな感じで煩くなると思っていたので。


「俺はお前の隣でたまに授業を受けていたのに」

「そんなの分かる訳ないじゃない。ねえミケ」

「みい!」

「ふむ。ならば一度海外に行って飛び級してみるのはどうだろうか」

「千理と別の学校に行くんなら後輩になる方がましだ」

「ふふ、愛ねえ」


 腕を組み考えてから意見を出した或真と、相変わらずのほほんとした空気を醸し出している鈴子。二人は呆れてこそ居ないものの割と適当に返事をしている。皆愁に対する扱いが雑であるが、それもそのはず。このやりとりはおおよそ一時間前から変わっていないのだから。


 そろそろこいつをどうにかしろ、という雰囲気の視線がいくつも千理に突き刺さる。……仕方が無いと重い腰を上げた千理は、机に顔を付けたまま動かない愁の腕を軽く叩いた。するとあまり見たことのない拗ねたような表情の愁の顔が現れる。


「ねえ愁、私はこうやって愁が無事に生きてるだけで十分なんだけど」

「だが、一つ学年が変われば絶対にクラスは一緒にならないし予定も合わなくなる。ましてや来年になったら学校さえ変わるんだぞ」

「別に霊研でも家でもいくらでも会えるでしょ。歳が変わったからって私達の関係が変わる訳じゃないんだから」

「それはそうだが……いや、そうでもない」

「?」

「確かに歳は関係ないかもしれない。が、俺はお前との関係をいい加減変えたいと思ってる。ちょうどいいからこの機会に聞くが千理、この前の返事を聞かせてもらえるか」

「この前……」

「告白の返事を、聞かせてほしい」


 おお! と声を上げたのは誰だったか。思わず千理がそちらを見てしまうと全員が全員好き勝手な表情で千理達を凝視していた。微笑ましげにする人、面白がっている人、何故かイリスだけは「何で私の知らない間にそんな面白いことになってんのよ!?」と変に逆ギレしている。


「千理、こっち向け」


 と、愁の手がやんわりと千理の顔に触れて自分の方を向かせる。椅子に座っている為いつもよりも身長差がなく顔が近い。千理はうろうろと目を泳がせながら何度か心を落ち着かせようと呼吸した。

 返事などとうの昔から決まっている。だがこの改まった雰囲気が途轍もなく気恥ずかしくて、おまけに野次馬が大勢見ている。好きだと言われた時に勢いで返しておくべきだったと後悔してももう遅い。


「わ、私は」


 顔が熱い。触れている愁の手よりもずっと熱いだろうと自覚しながら千理は辿々しく口を開いた。


「私も、愁のことが……、す」

「こんにちは、千理は居ますか?」

「お兄様!!!」



 ようやく愁が待ち望んだその言葉を言おうとした口は、しかしそのタイミングで開かれた扉によって一瞬にして阻止された。いや阻止されたというよりかは完全に上書きされた。


 愁によって固定されていた顔を強引に振り切って入り口を見る。するとそこには品の良い格好で千理に向かって軽く片手を上げる万理の姿があった。

 周囲の視線を完全にスルーして千理が最愛の兄に駆け寄る。そのままの勢いで腕に抱き付いてきた妹を、万理は当然のように受け入れて軽く頭を撫でた。


「今日の格好何だかいつもより気合い入ってるね!」

「当たり前だよ。何せ今日はお前とのデートだからね。本当はバレンタインの後に予定してたけどようやく落ち着いたみたいだし」

「そう! 遅くなったけどお兄様にバレンタインのプレゼントがあるの! 私の手作りなんだけど……食べてくれる?」

「勿論だ。さ、行こうか」

「櫟さんちょっと出掛けて来ます!」


 久しぶりに兄にあってテンション爆上げの千理は、櫟の返事を待たずして万理と共に霊研を出て行く。あまりの勢いに誰も何も口を挟めなかった。扉が閉まり部屋の中が外部と遮断されたその時、ようやく最初の人間が声を上げた。


「は? ……は??」

「まあそうなるわな」


 呆然した顔で何とか一音絞り出した愁に英二が冷静に同意を示す。いつものことながら千理は兄のことになると頭のネジが何百本単位で抜け落ちる。


「……いや待て千理! 俺も混ぜろ! というか返事を先に聞かせろ!!」


 ようやく再起動した愁が即座に立ち上がって走り出す、というよりも飛び出す。椅子に座ったままの体を置いて、半透明になった愁が扉をすり抜けていく。


「いやいや待つのはお前だ! 体忘れてっぞ愁!!」


 置き去りになった愁の体が再び机に突っ伏すのを見て英二が叫ぶが、もう彼には聞こえていない。



「ふ、ふふ。あっはははは!! あー、おっかしいな」


 そして一連の光景を一歩離れた場所で眺めていた櫟は腹を押さえて笑った。


 まったく、生きているのも悪いもんじゃないなと彼は天を仰いだ。




「こんなの、いくらでも土産話が出来るじゃないか」



end


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