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霊研の探偵さま  作者: とど
四章
71/74

32-1 絶対に手に入れる


「センリ、遅いわね」


 霊研の扉を見つめながらイリスが呟いた。時刻は午前十時半になったところで、千理が連絡して来た到着時刻を過ぎている。

 彼女以外、いや彼女と愁以外の霊研の職員はすでに待機している。これ以上は待てないなと櫟が顔をしかめていると、或真がばさりとコートの裾を翻しながら険しい表情で口を開いた。


「たとえ不測の事態が起こって間に合わないのなら連絡が来るだろう。しかしそれが無いということは……それすら出来ない状態になっている可能性がある」

「!」

「悪い予感がするな」


「みぃ!」


 或真の言葉に全員が息を詰める。その直後、張り詰めた空気の中で場違いな可愛らしい猫の鳴き声が霊研に飛び込んで来た。

 半透明の三毛猫は残像すら見えるスピードでイリスの元へと辿り着くと、みいみいにゃあにゃあと懸命に彼女に向かって何かを訴える。


「ミケ、どうしたの? ……え、」

「イリス、何と言っているのですか?」


 唯一ミケの言葉が分かるイリスが固まる。彼女は大きな目を零れんばかりに大きく見開き、わなわなと唇を振るわせながら全員に向かって叫んだ。


「センリが……シオンに攫われたって!!」




    □ □ □  □ □ □




「まったく手間を掛けさせる」


 魂だけならばともかく、肉体のある人間を運ぶのは面倒だと紫苑は煩わしそうに肩に千理を担いだまま通路を歩いていた。霊研の周辺で張っていればいずれ現れるだろうとは思ったが実際に一人の人間を探すのは随分骨を折った。

 この広い世界中から萩を探すことを思えばこんなものは労力のうちにも入らないが。


 紫苑が何百年振りにこの世界に召喚されてまずやったことは、召喚主以外の目の前の人間を皆殺しにし、そして萩と――ついでに櫟も探すことだった。

 しかし勿論そう簡単には行かない。何せ人間など何十億人もいるのだ、そして探している間にも弱い萩はすぐに死んでしまうかもしれない。おまけに紫苑は人間に召喚された悪魔で、目を放した隙に召喚主が彼女を送還したり、また勝手に死なれては魔界に逆戻りだ。紫苑はまずその対策をしなければならなかった。


 彼女が最初に目を付けたのは病院で入院していたとある少年だった。萩は体が弱いから病院にいるかもしれないと訪れたその場所で、完全に生気を失った目をした美しい顔の少年を見つけた。彼はまだ十代だというのに癌で余命を宣告されており、彼女はその様子に無意識に萩を重ねてしまった。


「死にたくない……」

「そうか。ならば私が生かしてやろう」


 虚ろな目で呟いた独り言に勝手に返事をした紫苑は、次の瞬間その少年を石化させて攫った。生命活動が続いているから死ぬのだ。石化させて体の時間を止めてしまえばそれ以上病状が進行することもない。

 少年を連れ帰った紫苑は彼の体に自分を召喚する魔法陣を施し、そして元の召喚主を殺した。どうせ主を選ぶのならば騒がしい醜悪な人間よりも静かで美しい人間の方がいいし、石化させていれば勝手に動くこともない。


 そうして萩を探し始めたのだが、半年後に問題が発生した。石化の術の効果が切れ、その隙に少年が自殺しようとしたのだ。たまたま拠点に戻っていた紫苑はすぐに術を掛け直すことで事なきを得たのだが、どうして死にたくないと願っておきながら自殺しようとしたのかと彼女は首を傾げた。

 ともかく召喚主が一人では問題だと判断した紫苑は更に予備として別の人間を用意することにした。二人目も病院で見た目麗しい少女を選んだ。紫苑の姿を見た瞬間にぎゃあぎゃあと騒がしくなったのはマイナスだが、どうせ石化させるのだから美しければどうでもいい。

 そして更に半年後、結局一人目の少年は自殺に成功してしまい死んでしまった。術がいつ解けるかなど正確には分からないので仕方が無いが残念だ。仕方が無いのでもう一人ストックを作っておこうと三人目を攫い、魔法陣を刻んだ。


 萩を捜索するのと平行して死者を蘇らせようとする人間を見つけては皆殺しにした。芽吹く前の種も摘んでおこうと“契約”を持ちかければ簡単に頷く人間は沢山いて、そして――全て殺した。適当に所持していたいらない魂を死者の体にぶち込んで暴れさせ、驚いている人間を殺させた。

 望み通り生き返ったぞ、これで満足なのだろうと紫苑は笑みも浮かべることなく酷く冷静にその殺戮現場を眺めた。死者蘇生を願う人間など全て居なくなればいい。そうすれば萩は何の憂いもなくこの世を生きていける。そして彼と再会し、今度こそ紫苑は萩の魂を手に入れる。櫟を探すのはその後でいい。どうせ彼は何百年経とうがきっと変わらないから、ゆっくり探して萩と共に会いに行く。




「大事な方を亡くされたんですか?」


 そして、あの日。紫苑はいつも通り病院で契約を持ちかけた。そして矮小な人間の女に頬を打たれたのだ。


「何が人を生き返らせるだ! 愁はこんなことじゃ死なない! 絶対にすぐに目覚める! それに万一そんなことになってもあんたみたいなのに頼る訳ない!!」


 そう言って去って行った小娘を紫苑は冷めた目で見ていた。どうだか、実際に死ねばどうせ考えは変わる。他人の命で大切な人が生き返るのならば、人間は簡単にそれを選ぶ。

 小娘――千理の言動に苛立ちを感じた紫苑は腹いせに彼女の大切な人間を次のストックに選んだ。何故だか魂の入っていない空っぽの体だったが、逃げ出したり自殺しようとしたりしないのであればむしろ好都合だ。顔だけは全く好みではなかったが。

 しかしその体が、まさか萩の魂の器であったなどとは微塵も思わなかった。



「萩、待たせたな」


 拠点――最初の召喚主の館を乗っ取った広い広い屋敷の中で、紫苑は重厚な扉を開けて中に入った。中には特殊な檻に入って項垂れる半透明の萩の魂があった。見た目は檻なので霊体はすり抜けてしまいそうだが、逃げ出さないように悪魔の術で閉じ込めている。


「何度言われようが俺はあんたと契約するつもりは――」

「お前がそう言うのでな、仕方が無くこの小娘を連れて来ることになった」


 顔を上げた愁が紫苑の肩に担がれた少女を見て目を見開いた。「千理!」と大声で彼女の名前を呼んで手を伸ばすものの、案の定檻に阻まれてそれ以上近付けない。


「千理に何をした!」

「ただ意識を失っているだけだ。直に目覚める。お前が往生際悪くちっとも契約をしないものでな、私も仕方が無くこのような手段を取らざるを得ないのだ」


 紫苑が千理を壁に寄り掛からせて座らせた。昨夜彼を連れて来てから何度も交渉を続けているが全く頷かないどころか敵意を剥き出しにしてろくに会話にもならないのだ。

 以前のようにそのうち契約できるだろうと生温く構えている訳にはいかない。今回の彼が死ねば、恐らくもう一度見つけることは叶わないだろうから。


「なあ萩、何が不満なのだ。何も私はお前を害そうとしている訳ではないのだ。今度こそ永遠に共にいる為の手段はこれしかないだけ。願いがあれば何でも叶えてやる、だから私と契約しろ」

「千理を害したやつの思惑に乗るつもりないし、そもそもお前に叶えてもらう願いなどない。俺は自分の願いは自分で叶える」

「……そういうところは変わらないな。だが、変わってもらわねばならないのだ」

「っ千理!」


 紫に燃える炎を纏った剣が千理の眼前に突きつけられる。愁に殺意の籠もった目で睨み付けられた紫苑は、それすらも嬉しくて笑った。


「今から私がこの小娘を殺すと言ってもお前は契約しないと言い続けられるか」

「ふざけるな!」

「ふざけるだと? 私は至って真面目に言っている。お前がこのまま契約を拒み続けるというのなら殺す。それだけだ」

「……お前、」

「たった一言契約すると、そう言ってくれればいい。そうすればこの女は傷一つ付かずに無事に家に帰れる。契約した後のことが気になるのならこの女は櫟に守らせればいい。あいつは強いからな、何の心配もない」


 愁の視線が揺れる。迷いが生じているのだ。あと少し、もう一押しすればきっと彼は頷く。紫苑がそう確信して、突きつけた剣をいっそう千理に近付けた。


「萩、返事を――」

「駄目だよ、愁。頷いちゃ駄目」

「!」


 その時、今までずっと意識を失っていた千理がゆっくりと頭を動かした。項垂れていた顔を上げ、敵意を込めて紫苑を睨み、そして閉じ込められた愁を見つめた。


「契約には別の生け贄が必要だ。私を助ける為に他の命を犠牲にするんなら、死人を生き返らせようとする人間と何も変わらない」

「千理……」

「間違えないで、愁は選ぶ方だ」

「余計なことを言うな小娘! 死にたいのか!」

「待てシオン!」


 思わず剣を振り上げた紫苑が愁の声に動きを止めた。あの顔じゃない、あの声じゃないのに反射的に体が動かなくなる。


「千理を髪の毛一本でも傷付ければ、俺はどんなことがあろうと一生、いや次に生まれ変わろうと絶対にお前と契約なんてしない」

「萩、貴様……!」

「それだけじゃない。俺はどんな手を使ってでもこの場所を抜け出して自分の体を殺す。生きていなければ契約はできないんだろう。お前の思い通りにはさせない!」


 紫苑の手が怒りと動揺で震える。酷く苦しげに千理と愁を見た彼女は、やがて剣を消失させ、空になった右手で牢を殴りつけた。


「何故だ、何故だ萩! どうして私を拒む!」

「俺は萩なんて名前じゃない。桑原愁だ」

「違う、お前は萩だ。私と櫟と、三人で旅をした萩だ!」

「生憎俺はそんな記憶など無いし、千理を怪我させた時点でお前は敵だ。俺は一生許す気はない」

「……っ貴様!」


 激昂した紫苑の右手が鉄格子の中に入り愁の頭に伸びる。この脳みそをぐちゃぐちゃに掻き回せば思い出すのかと、怒りのまま鋭い爪と常識外れの力で愁の頭を握りつぶそうとした彼女のだったが、ぎりぎりのところでその手をぴたりと止めた。


 そんなことをすれば彼は死んでしまう。駄目だ、本題を見失うなと必死に感情を抑え込む。

 紫苑は未だに震える手を押さえて無言で部屋の外に出た。あのまま萩を目の前にしていればきっと手に掛けてしまう。それだけは絶対にやってはならないことだ。

 しかしこのままでは膠着状態だ。紫苑は萩を傷付けられないし、万が一でも契約するまでに死なれては困る。そしてもし千理を害すれば二度と契約はしないという。

 そんなの紫苑に勝ち目など無いではないか。どちらにしろ契約しないというのなら千理を殺しても変わらないが、それで萩が死ねば魂を手に入れることはできない。


「萩……何故だ」


 ふらふらと歩きながら、音も無く床に涙が落ちる。


「やっと、お前ともう一度会えたというのに」




    □ □ □  □ □ □




「紫苑、手合わせして!」

「……毎度毎度呆れたものだな。そんなことをしてもお前は弱いしすぐにへばるだろうが」

「これでも前よりかは体力が付いたんだよ。こうやって紫苑達と旅をしているおかげでね」


 旅の途中、萩が木刀を抱えて紫苑に手合わせを願う。何度も繰り返された光景に紫苑は面倒くさそうな顔をするものの一度も断ったことはなかった。

 とは言うものの勝負は一瞬だ。いつもさっさと紫苑が萩の木刀を吹っ飛ばして終了。この日もまたそうだった。


「いったたた……」

「全く練習の成果が見られないな。人間とはもっと顕著に成長するものだと思っていたが」

「厳しいなあ」

「そもそも貴様、何故侍などになりたいのだ。戦など出る訳でもあるまいし」

「それはそうなんだけど……憧れだからね」


 地面に転がされた萩が土を払いながら立ち上がる。紫苑は人間社会には詳しくないが、蓮見家は何百年も前から続いている由緒正しい武家で形見の刀も代々受け継がれているものだという。


「僕のお爺様もそのまたお爺様も、皆立派な侍だったんだってさ。強くて、でも強いだけじゃなくて、優しくて皆に尊敬されていたんだ。父上だってもう戦はしないけど武士たるもの鍛錬を怠らないって言ってて、だから僕もご先祖様みたいに立派な人になりたいんだ」

「陳腐な理由だな」

「そうだね。でも、あともう少ししか生きられないんなら、せめてそれまでは自分で自分を誇れる人間になりたいんだ」

「……寿命を伸ばす力を与えてやろうか?」

「もう紫苑、隙あらば勧誘するんだから。言ったでしょ、他の人の命をもらって生き延びる気はないし、これが僕の天命なんだから受け入れるよ」


 すぐに話をすり替えてくる紫苑に萩が笑う。このやりとりも何十回と繰り返されて来たもので、その度に櫟に「懲りないね」と呆れられている。

 萩はそこまで考えてきょろきょろと辺りを見回した。


「ところで櫟遅いね。忘れ物があったって言ってたけど何かあったのかな」

「どうせやつのことだ。ついでに暢気に茶でも飲んでいるに決まっている」

「はは、いいね。お土産買って来てくれるかな」

「さあな」

「……ねえ紫苑。櫟のこと、見に行ってもらってもいいかな」

「は?」

「気の所為だったらいいんだけど、何か嫌な予感がするんだ」


 萩が胸の辺りを掴む。心臓が早鐘を打っている。自分の調子が悪いのではない。何か――悪い予感がして堪らない。胸騒ぎが止まらず、焦燥で額から冷や汗が流れ落ちた。


「僕は疲れて動けないから、代わりに行ってくれないかな」

「馬鹿か。貴様を置いて何処かへ行くわけが」

「お願い紫苑、僕が行くと足手纏いになるから。だから早く、間に合わなくなる」

「萩……?」

「ごめん、僕も何を言っているのかよく分からないんだけど、本当に嫌な予感がするんだ」


 紫苑は訝しげに萩を見下ろした。予感などという曖昧なことで何故萩から離れなくてはならないのか。しかし櫟が戻って来ないことに違和感を覚えているのも事実で、何より紫苑は……萩の“お願い”を断れない。

 紫苑は近くの雑木林にはいると、大きな木のうろに萩を押し込み入り口を枝や草で塞いだ。


「いいか。私が戻って来るまで決して此処から出るなよ」

「分かった、だから早く」

「行ってくる」

「うん、行ってらっしゃい。櫟をお願い」


 紫苑はすぐに雑木林から離れて前まで滞在していた村へと戻った。

 そしてそこで見た光景は、数人に押さえつけられながら四肢を今まさに鉈で切り落とされている友の姿だった。


 一瞬にして納屋は吹き飛び、日差しの中で更に凄惨な光景がはっきりと見えるようになった。周りから聞こえる悲鳴など耳に入らずに、紫苑は力なく櫟の傍へと膝を付く。

 ああこれは確かに早くと急かされた訳だと、何処か冷静な思考でそう思った。間に合わなかった。萩と押し問答をしていなければ彼は助かっただろうか。



 友の最後を見届けて紫苑はすぐさま踵を返した。本当なら丁寧に埋葬してやりたいが、それよりも一刻も早く萩の元へと戻るべきだと思った。普段恨みを買うことのない櫟がこうも残酷な殺され方をされたのだ、ならばやつらの目的は……ひとつしかない。


「萩!」


 櫟は結局間に合わなかった。ならばいっそ萩も連れて来るべきだった。たとえ敵陣のど真ん中でも、離れるよりもましだったと後悔してももう遅い。


 何もかも、遅い。


「は――」

「やった! やったぞ! 蘇生薬を手に入れた!!」


 萩の居る雑木林に入ったばかりの場所、そこでは何人もの人間が喜びに咽び泣いていた。

 人々は円になるようにして何かを取り囲んでいる。中心にいるのは一人の男と、そして――血塗れになって仰向けに倒れている動かない少年。彼の胸は大きく切り裂かれ、そして傍にいる男が歓声を上げながらその両手に赤い何かを持っている。


「みんな本当にありがとう。これで娘は助かる!」

「本当によかったねえ。あの子はいい子だから死んだ時に皆どれだけ悲しんだことか」

「それにしてもあんた、よくこの男を見つけられたね」

「切り刻んで死にかけた狸を鳴かせてたら近くで草が動いた音がしてな」

「おや、それじゃあその狸には感謝しないとね。今晩美味しく食べないと」


 わいわいと心底嬉しそうに中心の男は手を――そこにある萩の心臓を掲げる。


 萩の心臓を。


「でもこれ、どうやって使うんだい?」

「この前来てた商人は焼いて灰を飲むって言ってたぞ」

「いやいや、俺が聞いた話ではそのまま磨り潰して使うって」


 萩が。


「何でもいい。とにかく持ち帰って色々試してみよう。あの子が生き返ったら最初になんて言うだろうか、ああ。楽し」










 雑木林があった。近隣に村があった。少し離れた場所には関所もあって、多くの人間が行き交っていた。

 それらが、たった一瞬で全て消し飛んだ。

 だが紫苑がそれを見ることは無かった。召喚主が死に、魔法陣の効力が失われたその時、紫苑はすでに魔界に戻されていたのだから。


「――萩」


 その名を呼んでも、返ってくる声は無い。




 そうして紫苑は何百年も魔界に居続けた。目障りな悪魔を蹴散らし、コレクションの魂を眺め、変わらない景色に嫌気が差して、ただ……あの日々を思い出し続けた。

 人間界に行ったのはあれが初めてではない。だが、あんな風に過ごしたのは初めてのことだった。


「櫟、萩」


 櫟はどこか浮き世離れしていて、掴み所のない人間かと思いきや紫苑や萩の言動に突っ込みを入れたり呆れたりと思いの外感情豊かな人間だった。

 萩は好奇心旺盛でお節介、ただの馬鹿な善人だと思いきや紫苑には自分の顔を使って要求を飲ませたりと強かな面もあった。


「……また会えるはずだ」


 櫟がそう言った。彼は嘘が下手だがあの言葉に嘘はなかった。だから紫苑は待った。再び人間界に召喚される日を想像して、何十年何百年と待ち続けた。

 そして、その日はやって来た。


「私を召喚したのは――」

「悪魔! お願いだ私の子供を生き返らせてくれ! なんでもする!」


 紫苑が召喚されたのは薄暗い屋敷の広い一室の中だった。そこには数人の人間がおり、一人の人間が手足を縛られて転がされていた。

 如何にも悪魔の儀式、と言ったように明かりは電灯ではなく燭台に灯されており、ゆらゆらの炎の影を作る明かりの中で、棺に入った少年が目を閉じて横たわっていた。その体に魂の気配はない。


「……」

「何をすればいい? 沢山生け贄が欲しいのならいくらでも人間を用意しよう。だから」

「美しくない」

「は?」

「何もかも醜い。本当に、見るに堪えがたい」


 次の瞬間、紫苑に話しかけていた男以外の全ての人間の四肢が残らず吹き飛んだ。一気に部屋の中が絶叫で満たされ、紫苑は無言で一人一人の胸を腕で貫いて心臓をもぎ取った。


「な、……っ」

「貴様だけは殺すことができないのが残念だ。しかし、私を人間界に呼び出した礼としておこう」


 あまりに凄惨な光景に召喚主の男が吐き出したが紫苑はそれを見ることなくさっさと部屋を出た。




「……こんな輩ばかりの世界だ。今度こそ、萩を死なせない」


 だから再会するまで生き伸びろ。


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