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霊研の探偵さま  作者: とど
四章
66/74

29-2 邂逅


「鈴子さん、大丈夫ですか」

「……ええ。少しは良くなったわ」


 事件現場からの帰り、車の中で千理はぐったりと窓際に寄り掛かっている鈴子を窺った。返事は返ってきたもののその声は弱々しい。余程先程の出来事で心身ともに堪えたようだ。


「顔色もまだ悪いですし、無理はしないで下さいね」

「……しっかし、未だに信じられんな。鈴子さんが見た過去の記憶に割り込むとか、しかもその悪魔の名前が例のやつだったとか」


 車を運転している英二が言いながら嘆息する。その言葉に千理も同意を示しながら、脳内で得た情報を整理し始める。


 火葬場で起きた殺人事件は、死体に入り込んだ別の魂の仕業だった。そしてその魂は元々悪魔との契約によって入れられ、そしてその悪魔というのが――去年何度も耳にしたシオンという恐ろしく力を持った悪魔だったのである。

 あのテロ組織もシオンを召喚しようと様々な悪魔を呼び出して実験を繰り返していた。その力で人間社会を壊す為に、そして――一部の妖怪は誰かを生き返らせる為に。


「シオンが人を生き返らせる力があると言われていたのは今回のように死体を動かしてあたかも蘇生したように見せかけていた、ということだったんでしょうか」

「恐らくそうでしょうね。……ですが何故わざわざそんなことをするでしょうか。召喚主の命令だとしても一体どんな理由で」

「さあな。一つ言えることは、そのやばい悪魔を早急に対処しなきゃならねえってことだ。……が、魔法陣を復元して呼び出したとして、そんな力のある悪魔に勝つ勝算があるかっつーと」

「或真が対抗できるかどうか、というところですかね。正直一瞬で何千人も殺せる悪魔を相手に多少人数を増やしたところでどうにかなるものではありません」

「或真さんならいけるんですか?」

「逆に言うと或真でどうにもならなかったら俺達は詰みだ。安全性を取るなら悪魔よりも先に召喚者を見つけ出して送還させることだが」


 しかしそちらの手がかりは今の所見つかっていない。しかもそれだってその前にシオンを呼び出されたら終わりだ。

 できるだけ戦いを回避して悪魔を対処する。それは相当骨が折れそうである。


 千理は様々な思考を巡らせる。……そこで、一つ疑問が浮かんだ。シオンという悪魔について、若葉の父親である薊はこう言っていた。「優しそうな声をした綺麗な男だった」と。しかし鈴子が言うにはシオンは紫色の髪をした女の悪魔だ。


「コガネさん。悪魔って姿は変えられますけど、わざわざ男になったり女になったりするものなんですか? というか性別の自認はあるんですか」

「基本的にあるとは思います。僕も自我が芽生えた頃から男という意識は持っていましたし。見た目はともかく性別をころころ変える悪魔は……居ないとは断言できませんが必要性がなければしないと思いますね。まあ趣味だとか言われたらそれまでですが」

「……」


 薊と鈴子の証言が食い違っていることに大した意味は無いのだろうか。何も分からない。なら分かることから考えるべきだ。

 千理はそうして、車に乗ってからずっと黙って考え込むようにしている櫟に目を向けた。いつもは口数が多い彼は一言も喋らずに先程から険しい表情を浮かべたままだ。


 その顔を見て千理は直感で確信した。恐らく櫟は、まだ千理達が持っていない情報を手にしている。


「櫟さん、シオンについて何か知っていますよね」

「……」


 千理の言葉に返事はない。


「思えば櫟さんは、前からシオンって名前に過剰に反応していましたよね。死者が蘇生できる訳がないって断言してて、まるで初めからシオンが人を生き返らせる方法を知っていたかのように」

「それは流石に言い過ぎだ。……あんなふざけた方法を死者蘇生だなんて抜かしていたら僕だってもっと早く対処して――」

「言い過ぎ、成程。ではちょっとしたことなら何を知ってるんです?」

「……」


 千理の問いかけに櫟が閉口する。彼はしばらく黙り込んだ後、全員の視線から逃れるように目元を手で覆った。


「おい櫟」

「いや待ってくれ。僕だって色々混乱してるんだよ。……霊研に戻って頭を整理したらきちんと話すから、それまでちょっと待ってくれないか」

「……分かりました」


 本当に参っている様子の櫟に千理も大人しく引き下がった。櫟がこうも弱るとは珍しい。コガネが居なくなった時や榧木家の件では苛立ったり余裕を無くしていたが、今回のような表情は初めて見る。


「櫟君、大丈夫?」

「……はい。心配には及びませんよ。僕は霊研の所長ですから」


 体調の悪い鈴子にまで心配された櫟は、苦笑しながら何処か自分に言い聞かせるようにしてそう言った。




    □ □ □  □ □ □




「あ! やっと帰って来た! センリ大変なのよ!」

「イリス? 一体何が……は?」


 そうして霊研に戻った千理達は、扉を開けてすぐに駆け寄ってきたイリスと、その指が指し示す先を見て一瞬ぽかんと口を開けた。


「戻ったか。皆おかえり」

「ァァァァア放セェェェ!」

「……」


 暢気に挨拶をする愁はいつも通りだ。だが彼は何故か女性の幽霊を羽交い締めにしており、その女性は体を大きく揺らして逃げだそうと抵抗している。

 どういうことだ、と千理が思考を停止させたのは一瞬だった。その女性の顔があまりにも見知ったものであることを瞬時に悟って、千理は弾かれたようにイリスに視線を向けた。


「イリス、この人……!」

「すごいでしょ! コロが見つけたのよ!」

「自宅の周辺を彷徨っていたようだ。流石は霊研一の探査能力だな。我が呪われし(まなこ)でも捉えきれなかった物をいとも容易く見つけ出す力は称賛に値する」

「でしょでしょ。もっと褒めなさい」


 いつの間にか着替えを済ませていた或真が仰々しく頭を下げると、イリスは両手を腰に当てて偉そうに胸を張った。……が、今の千理にそれを微笑ましく見ている余裕など存在しない。彼女は目の前の女の幽霊から目が離せなかった。

 金切り声を上げて抵抗するこの女性は千理が探して探して止まなかった人物だ。何しろ――彼女は愁と同じく、病院から失踪して行方不明になっていた人物だったのだから。


「二番目の被害者……!」

「確かに資料で見た顔だな。盲腸と診断されて入院後、失踪。……だが、こいつは」

「……櫟さん、鈴子さん」


 千理が複雑な表情で振り返る。何を聞かれたのかすぐに理解した二人は愁に押さえ込まれる幽霊をじっと見つめ……そして静かに首を横に振った。


「駄目だ。……愁とは違い、彼女はもう亡くなっている」

「……そうですか」


 愁のように幽体離脱をしていると考えるのは都合が良すぎると分かっていた。だが実際に現実を突きつけられると胸に重たい物がのしかかる。

 愁と同じ被害者が亡くなった。彼女は助けられなかった。……いや千理が気にしているのは、愁も早くしなければ同じようになるかもしれないということだろう。他人のことを気にする振りは止めろと、心の何処かで冷静な自分が呟く。


「……」


 ぐるぐると様々な感情が入り乱れる中、千理は不意に両手で自分の頬を叩いた。切り替えろ、今考えるべきはそんな感傷じゃない。落ち着いて目の前の状況に目を向けろ。


「イリス、ありがとう。この人から話を聞ければ、愁の居場所や犯人が分かるかもしれない」

「だが、この状態で会話出来るか?」

「アァァァアアアア!」

「……」

「まあやるだけやってみよう。幽霊だし此処は僕に任せ」

「いやお前は駄目だろ」


 相変わらず逃げだそうと身をよじって叫んでいる幽霊を見て櫟が近付く。が、それよりも早く英二に肩を掴まれた櫟は勢いよく背後から引っ張られてバランスを崩しソファに倒れ込んだ。


「うわっ……英二! いきなり何を」

「櫟さん、さっき事件現場でご自分がやったこと思い出して下さい」

「……」

「話が終わるまで所長を彼女に近付けない方がいいですね」

「またつい、で成仏させられちゃ堪んねえからな」

「それよりも櫟君にはやることがあるでしょ。ちゃんと今のうちに考えを纏めた方がいいわよ」

「……はい」


 畳み掛けるように言葉を重ねられ、櫟も反論できずに頷いた。


「しかしこの場に居られると所長も集中できまい。話を聞くのは地下室にしたらどうだろうか」

「それがいいですね。……あ、或真さんちょっといいですか。物は試しなんですけど」

「構わないが」


 ちょいちょいと千理に手招きされた或真は何の疑いもなく彼女の近付く。すると次の瞬間「ちょっと失礼します!」と言いながら彼女は素早く或真から眼帯を取り外したのだ。


「は、千」

「顔面の暴力を食らえ!」


 咄嗟に手で右目を押さえた或真を千理が幽霊の前に突き出す。よろめいた或真が至近距離で幽霊と顔を合わせると、今まで発狂していた彼女は突如言葉を失って唖然とした表情ですぐ目の前にある或真の顔を凝視した。


 そしてきっかり三秒後、その沈黙破られる。


「……い、イヤアアアイケメンンン!!」

「よし、正気に戻った」

「いや戻ったのかこれ??」

「更に発狂してません?」

「前に友達が『イケメンは万病に効く』って言ってたので試したんですけど上手く行ってよかった」

「突っ込みどころしか無いが」


 千理らしくない珍しく根拠も何もない勢いだけの作戦に英二達が首を傾げた。

 根拠も何もないとは言ったが一応無くもないのだ。二番目の被害者である彼女のプロフィールはしっかりと千理の頭の中に入っている。それが重度の男性アイドル好きという何の役にも立たなさそうな内容だったとしても、こうして活用できることもある。


「まあそういう訳で地下室で話を聞きましょうか。よければ或真さんも一緒に」

「……ああ」


 何とも言えない表情になった或真を連れて、千理と愁が地下室へと下りる。その間も幽霊は只管或真をガン見し続けており、ここまで効果覿面とは……と自分でやった癖に千理はちょっと引いていた。



 地下室の重厚な扉が閉まる。或真の怪物の訓練にも使われるこの部屋に千理が入ることは珍しく、だだっ広い空間を一度全体的に見渡した彼女は改まって幽霊に視線を向けた。


金元美月かなもとみづきさん。話を聞かせてもらってもいいですか」

「!」


 自分の名前を呼ばれた幽霊は、途端に或真から目を離して千理を見た。名前を自覚して自我を取り戻したのだろうか。その目には理性が宿っており、先程までの怨霊になりそうな嫌な空気は殆ど消えている。


「……あんた、何」

「私はあなたを病院から攫った犯人を探しているんです。何か覚えていることはありませんか」

「はあ? 何それ、その年にもなって探偵ごっこ? あんた頭悪いでしょ」

「……千理」

「愁押さえて押さえて」


 嫌な空気は消えたと言ったが本人が嫌なことを言わないとは言っていない。

 はっ、と馬鹿にしたように鼻で笑った美月に、傍で彼女を見張る愁の目が剣呑なものになった。こんなちょっとした悪口で怒らないでほしい。


「っていうか何こいつ。こんなじっと見て来てキモイんだけど。ストーカー?」

「は???」

「千理、落ち着け」


 かと思えば愁を振り返った美月がそんなことを口にすると今度は即座に千理がキレた。話が進まないと或真は頭を抱えたくなる。


「……或真さん、ちょっとお願いします」

「金元さん、いきなり連れて来られて混乱しているとは思うが、少し落ち着いて欲しい。俺達は本当に犯人を捕まえたいだけなんだ」

「或真君って言うんだ~大学生? 彼女居るの? っていうか居ても奪って」

「落ち着いて、聞いてくれ。君は」

「あたしめっちゃ可愛いカフェいっぱい知ってるし一緒に行こ! デートしたい場所も色々あるし! それに――」

「金元さん」

「いや! 聞きたくない!」

「!」

「やだやだやだ私はまだいっぱい遊びたいしイケメンと付き合いたいし美味しいものだって食べたい! 私――死んでなんかない!」


 どんどん早口になって声も大きくなる。死んでない死んでないと自分に言い聞かせるように何度も言い続ける彼女の姿を見て、少し苛立っていた千理の気持ちが一気に萎んだ。

 頭を振り乱して叫ぶ彼女は、「なんで、どうして」と泣きそうになりながら繰り返す。


「なんで私があんな目に合わなくちゃいけないの。私が可愛いから? だからってあんな箱に閉じ込められて、動けなくなって……私が何したって言うのよ!」

「……箱? 閉じ込められたって」

「気付いたら知らない場所に居て、体も全く動かなくなってて、すっと、ずっと……そのまま、しゃべれないし食べられないし泣くことすら出来ない……ふざけないでよ!」

「……動けない。やっぱり、コガネさんの言ってた悪魔の術が」

「悪魔! そうよ! 悪魔が居たの! おっきな羽の生えた、偉そうな紫色の女!」

「!」

「あいつよ……! あいつが全部やったの!」


 大きな羽、紫色の女の悪魔。千理にとってはあまりにも直近で耳にした言葉だ。まさか、と千理は信じられないものを見るように美月を凝視した。


「それは……もしかして、シオンって名前の悪魔じゃ」

「知らないわよそんなの! っあの女、私のこと予備とか呼んで、私以外にも何人か同じように箱に閉じ込めて笑ったのよ! 『観賞用にはちょうどいい』とかキモイこと言って!」

「予備……?」


 一気に入ってきた情報に脳内での処理が遅れる。落ち着け、一つ一つ情報を並べて行け。

 金元美月は紫の悪魔に病院から拉致され、何処かへ監禁された。そこには彼女とは別の人間がおり、十中八九それは他の被害者だろう。そして彼女らは体を動けないようにされて箱に閉じ込められた。観賞用という言葉はやはり彼女たちは外見で選ばれたということだろうか。予備という言葉の意味は分からない。

 一つ言えることと言えば、彼女は悪魔の姿を見ることが出来たということだ。普通の人間は悪魔を見ることはできない。ならば彼女にそれが出来たのは、コガネやツバキのように悪魔自身が見えるようにしているか、もしくは。


「金元さん、あなたの体の何処かに魔法陣……光る丸い模様は書かれていませんでしたか?」

「! あんたなんで知ってるのよ!?」

「じゃあその模様覚えてたり」

「するわけ無いでしょあんな細かいの! 覚えてたら変態よ!」


 それもそうだなと千理は自分で尋ねてから自分で思い直した。勿論千理だったら覚えているが彼女は変態らしいので仕方が無い。


「おいあんた。体が動かないのにどうして魔法陣があるって分かったんだ」

「!」


 と、その時不意に疑問を抱いた愁がそう言って首を傾げた。確かに考えてみればおかしい。そもそも、動けず体の時間も止まっているはずの彼女は――もう亡くなっているのだ。


「……逃げた時に見たのよ」

「逃げた? え? 動けたんですか!?」

「急に動けるようになったのよ。その時あの女も居なかったし、急いで逃げたって訳。だけど……外に出たら山の中みたいで、走ってたら急に崖が……」


 美月はそこまで言って言葉を詰まらせた。先程までの強気な態度は何処へ言ったのか、両手で顔を覆って「どうしてわたしが」と涙声で何度も呟く。


「……つまり彼女達は、何らかの理由で悪魔憑きにされ監禁されていた。それも、意識を除いて全く動くことのできない状態で、ずっと」

「発狂してもおかしくないですね。どれだけの時間拘束されていたのか分かりませんが、むしろ金元さんがこれだけまともに喋れているのが奇跡なぐらいです」


 千理はぐすぐすと泣き続ける美月を痛ましい目で見ながら、ちらりと愁を見上げた。彼が幽体離脱した状態で拉致されたのは不幸中の幸いだったのかもしれない。千理は病院で初めて愁が幽体離脱している状態で再会した時のことを思い出した。

 二週間も目を覚まさずに体は回復しているのにもう二度と会えないかもしれないと思った。だというのにいざ顔を合わせてみればあまりにも暢気な様子に憤りを覚えたものだ。


 ――ああそうだ、そういえばあの時。






「…………あ」


 あの時。


「千理? どうした」


 突如、千理は大きく目を開いた虚空を見つめた。その先には何もない。ただ、彼女は唇を、いや体全体を震わせて絶句している。愁が目の前で手を振っても全く反応は無かった。


「あ、ああああああああ!!」

「!?」

「千理!」

「分かった! あの、あれ……あの時の!」


 急に絶叫し始めた千理に泣いていた美月ですら驚いて顔を上げた。或真も愁も怪訝な目で彼女を見ているが、千理は構わず踵を返して地下室から飛び出す。


「千理! 待て!」


 愁の声にも千理は振り返らない。彼女の脳内にはただ――去年の五月、愁が拉致されたあの日の光景が繰り返し映し出されていた。




『随分と暗い顔をしていますね。大事な方を亡くされたんですか?』


 あの日、愁の意識が戻らないことに憔悴する千理に一人の女性が声を掛けてきた。


『私、少々人を生き返らせるお手伝いをしているんですよ』


 そんなふざけたことを言ったその女は一枚の紙を千理に渡した。

 一瞬しか見なかった千理だったが、一瞬で十分だ。そのごく僅かな時間で彼女はそこに書かれていることを脳内にインプットしていた。その紙に描かれていた、細かな魔法陣の模様も全て。

 あの魔法陣の半分は、先程現場で見たばかりのものと正確に一致している。

 もっと早く思い出すべきだった。人を生き返らせるなんてふざけた文言、愁が居なくなったタイミング、そして魔法陣。ここまで来ればもうはっきりと分かる。



「あの女が黒幕だ!!」




    □ □ □  □ □ □




「……」

「所長、コーヒーをどうぞ」

「ああ……ありがとう」


 ぼんやりとしていた櫟はコガネの声で我に返る。礼を言ってコーヒーを受け取ると、コガネは心配そうに櫟を見て、しかし何も言わずに去って行った。


「……何処から、いや、何を話したものかな」


 櫟の頭の中では、様々な言葉が浮かんでは消えている。霊研の皆に説明するべきことはある。だが一体何をどう言えばいいのか分からないでいる。そしてそれ以上に、櫟は自分の感情を持て余していた。


「ん? どなたかいらっしゃったようですね」

「今依頼来ても受けんのはちょっと難しいがな」


 千理達が戻ってくる前に平静を取り戻さなければと櫟が考えていると、来客を告げるベルが鳴った。コガネはいつも通りそれに応対しようとコーヒーの乗ったトレーを置いて扉に近付く。


「はい、今開けま――」


 しかし扉を開けようとしたところで、彼は全身にぞわりと鳥肌が立つのを感じた。

 そしてそれに危機感を覚えた瞬間、コガネの体は扉ごと後ろへ吹っ飛ばされていたのだ。


「は……」

「コガネ!!」


 大きな破壊音と共に扉が壊れる。吹っ飛ばされたコガネは窓枠に叩き付けられ、ガラスにヒビが入った。


「大丈夫か!?」

「何とか。ぎりぎりで障壁を張りました。しかしこれは……同族の匂いです」

「何だと?」


 英二が両手に拳銃を構え、櫟も臨戦態勢で扉の方を睨む。イリスと鈴子も出来るだけ扉から距離を取って家具の後ろに隠れるようにした。

 扉周辺は破壊された所為で砂埃が酷い。しかしそれが晴れて徐々に相手の姿が見えるようになったその時、櫟はそこに現れた人物を見て思わず固まった。


「覗き魔を追って来てみれば……これはこれは、何という僥倖だ?」


 聞こえてくるのは落ち着いた低めの女の声。しかしその声には何処か喜色が混ざっていた。

 現れたのはスーツ姿の女だった。黒髪黒目の、何処にでもいるような普通の女性だ。だが……櫟は彼女を見てただただ言葉を失っていた。

 薄く微笑みを浮かべた女の視線が櫟に向く。そして彼女は酷く楽しげに口の端を釣り上げた。


「ざっと何百年振りか? 久しぶりではないか、櫟」

 


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