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霊研の探偵さま  作者: とど
四章
63/74

27 声を出せ!!


「う……あ……嫌だ、殺さないで」

「全く……これだけ幽霊がいるから問題ないと思ったのにここまでまともに自我を保っていないやつらばっかりとは」


 薄暗く生臭い空間の中、何とか会話が出来そうな幽霊をようやく見つけた櫟は酷く疲れを感じて大きく肩を落とした。

 見渡す限りに視界を覆い尽くすほどの幽霊の群れ。それらを一人ずつ確かめては成仏させて、その繰り返し。この家に来たことで苛々していたとはいえあっさりと元凶を消したことを若干後悔し始めた頃にやっと一人の男の霊を捕まえた櫟は酷く面倒臭そうな顔をしながら怯える幽霊に詰め寄った。


「さて、知ってること全部吐いてもらおうか」




    □ □ □  □ □ □




「ここにある資料は全て閲覧許可を出す。持ち出しは禁止だが、この部屋の中でなら好きに見てくれて構わない」

「ありがとうございます」


 櫟が榧木家に向かった数日後、千理は警視庁を訪れていた。速水に案内されて資料室に足を踏み入れた彼女は、部屋中を埋め尽くす棚とそこにみっちりと収められている資料を見て感嘆の声を上げた。


「これ、全部悪魔関連の資料なんですか」

「そうだ。調査室が発足して以来ずっと溜め込まれた事件ファイルや、それよりも昔から存在する悪魔に関する文書も保存されている」


 千理が此処へ来た理由は二つ。一つは榧木家で起こった事件の調査の為だ。櫟が榧木家で捕まえた幽霊の証言によると、どうやら今回の件には悪魔が絡んでいるのだという。

 櫟達の祖父である榧木家当主が亡くなり、遺産の相続や次の当主をどうするかなどで榧木家は荒れた。そして月乃の証言通り、一部の人間が当主を生き返らせようと計画し始めたのだという。

 死んだ人間を生き返らせるなんて、普通に考えてそんな術などあるはずもない。だが彼らはそれを実行し、そして結果的に――死んだはずの当主の体は動き出したのである。


「人間を生き返らせることができる悪魔ねえ。長年調査室に居る俺も聞いたことがないが」

「櫟さん曰く実際に生き返らせた訳ではなく、死体に別の魂を入れて動かしていただけだったみたいですけど」


 首を傾げた速水に、千理は櫟から得た情報を頭の中で整理しながら言葉にしていく。


「当主が死んだ際に、榧木家の人間が何者かに『死んだ人間を生き返らせる方法がある』と話を持ちかけられたのがそもそもの発端です。そしてその何者かは魔法陣を見せて悪魔を召喚して契約するようにと唆した」

「こっち側に詳しいやつじゃなきゃ普通そんなオカルト信じるやつなんていないだろうがな」

「切羽詰まって二進も三進も行かなかったのか、元々オカルト好きだったのか。実際に召喚を行った人達の霊は軒並みまともに会話が出来なかったようですし、櫟さんが話を聞いた霊も最終的にその時の状況を思い出して発狂しちゃったらしいです」


 彼が情報を得た幽霊は現場に居ながら唯一悪魔の召喚には懐疑的だった人間らしい。が、どうせやってみたところで何も起こるまいと思って積極的には止めなかったとのことだ。それに万が一成功すれば自分の利になるだろうと。


「実際、死体から魔法陣は出たんですか?」

「いや。どの死体も腐敗が進んでいたし、そもそも効力の消えた魔法陣は一週間かそこらで消える。だから今更調べても分からないな」

「そうですか……」

「だがまあ、霊とはいえ一般人から悪魔、魔法陣なんて言葉が出て来るってことは信憑性は高いだろうな。ほら、前にも霊研に委託した事件にあったろ。魔法陣を売買して金を稼いでいた悪魔憑きの事件が」

「あれと同じだったとすれば、話を持ちかけたのはその悪魔の召喚者の可能性が高いですね」


 千理達が初めて英二とコガネと共に受けた依頼だ。すぐに思い出せる。日付から資料を引っ張りだしてみればもうずっと前に感じる事件の概要と、その事件を起こした銀色の悪魔についての情報がずらりと並んでいる。千理は軽くぱらぱらと捲って改めて情報を頭の中に入れると次の資料に手を伸ばした。


「その幽霊自体は悪魔が見えないので何が起こったのか確証は無いようですが、召喚者である男が女の悪魔が現れたと言ったと。そして当主を復活させるように言ったかと思うと……気が付いたら死体が起き上がって殺戮が始まった」

「大方悪魔に『この死体が動けるようになればいいんだな』なんて曲解した契約に話を持って行かれて騙されたんだろう。その結果まんまと無関係の魂の入った死体に殺されて家も乗っ取られた。その魂ってのも、元々悪魔が保有していたものだろうな。……櫟がむやみに成仏させなきゃもっと調べる術はあったんだがな。女の悪魔ってだけでどれだけいると思ってるんだ」

「うちの所長がすみません」


 口で軽く謝りながらも、千理は櫟の判断が間違っているとは思っていなかった。状況を聞く限り、あの場で元凶を消さなければ月乃やその娘に被害が及んでいたかもしれないのだ。速水は櫟の強さを信頼しているからこそこう言っているのかもしれないが、彼とて決して万能ではないし、相手は大量殺人犯だ。不意を突かれて彼女たちを殺される可能性があったことを考えると千理は櫟の行為は間違っていなかったと考える。たとえそれが苛立ちの末の短絡的な行動だったとしても。


 千理がそう考えながら次に手に取ったのはこれまで確認された悪魔の一覧のファイルだ。随分分厚いそれを手早く捲ると、悪魔の通称や外見(とは言っても悪魔は好きに変身できるのであまり意味はないが)、能力、召喚の経緯などが詳細に書き記されている。

 途中でツバキやコガネの資料もあった。ツバキのページは彼自身があまり記憶がないので情報は少ないが、逆に元調査室所属のコガネのページはびっしりと文字で埋め尽くされている。


「人を生き返らせる……か」


 そんな悪魔の話はつい最近聞いたことがある。千理は目的の悪魔のページを探したものの、そこに書かれている内容はあまりにも薄い。


「速水さん、シオンという悪魔について何か知っていますか?」

「シオンっつーとこの前のテロのやつらが召喚しようとしてた悪魔か。深瀬にも聞かれたんだが、生憎そこに載っている以上の情報は無い。何百年も前に一度だけ現れ、一帯を更地にして大量虐殺した悪魔って事以外はな」


 シオンという名の悪魔。薊が言うには死者蘇生が可能で、少なくとも彼は一度命を救われている。その死者蘇生も、もしかしたら今回のようにハリボテの復活のことを指していたのか。

 本当にそのような能力が無いとは100%は言い切れないが、櫟が何度も繰り返し口にするのだ。『人を生き返らせることなんて絶対にできない』と。


「まあわざわざ魔法陣も用意してることだし、恐らく今回の話を持ちかけられたのは榧木家の人間だけじゃないだろう。類似の事件が起こる、もしくは既に起こっている可能性がある。調査室でも調べてみよう」

「ありがとうございます。……あのそれと、もう一つ聞きたいことがあるんですけど」


 千理は悪魔の一覧を閉じた。全てのページを確認し、もう全て頭に入っている。


「悪魔以外で、人間の体の時間を止められるような怪異とか妖怪って知ってますか」

「は? 時間?」

「悪魔は人を石化させて肉体の時間を完全に停止させられるってコガネさんが言ってました。他に同じようなことが出来る存在っているんですか」

「……俺が知る限りだと思いつかねえな。それこそ体じゃなくて魂を異界に閉じ込める怪異なんかは居るが、現実に実体のある体の時間を停止させるってなるとな」

「そうですか。……やっぱり悪魔の可能性が高いのかな」

「妖怪や怪異についての資料が欲しいんならそっちの部署で聞いてみるといい。申請だけ出しておくか?」

「お願いします」


 千理は他にも関係のありそうなファイルを何十冊も頭の中にインプットしてから速水に頭を下げて資料室を出た。警視庁の通路を歩きながら改めて読み込んだ情報を整理してみるものの、あまり有意義な情報はなかった。


「やっぱり、確定している事項が少なすぎる」


 榧木家の事件をひとまず横において、千理は病院内連続失踪事件の方に頭を切り替えていた。だがこの事件、仮説や予想は立てられてもそもそも事実として明白なことがあまりにも少ないのである。

 櫟の話で犯人は大いに絞られたものの、未だに種族すら確定していない。悪魔である可能性が高い、というだけだ。やはり何か捜査を進展させる大きな情報がほしいところ。

 犯人が悪魔かもしれないということを聞いて、イリスは動物霊達に指示を出して都内全域で悪魔を探してくれているし、愁も虱潰しに会話が出来そうな幽霊や妖怪を見つけては何か情報を持っていないかと話しかけている。他の皆だって、資料を片手に何度も思考を巡らせている。


 千理だけではない。大丈夫だ、まだまだ諦めるには早すぎる。


「……あれ」


 そのまま警視庁を出ようとした千理だったが、入り口付近で知っている人間が立ち止まっているのが見えて小さく声を上げた。右目に眼帯を付けたその男は警察官らしき男と会話をした後、頭を下げて外へ出て行こうとしている。


「或真さんも何か事件の調査ですか?」

「! ああ、千理か」


 その前に急ぎ足で駆け寄って話しかければ、振り返った彼は少し驚いた顔をしながら千理を見下ろした。今日の彼は普通の格好だ。事件の調査かと問いかけたものの、もし仕事であったら警視庁であろうといつもの黒コート来る可能性が高いので違うかもしれない。


「……この前のシオンの事件で両親が被害を受けたという話はしただろう。その件について、両親に事情を話すかどうかという話をしていたんだ」

「あ……」

「幸い二人とも命に別状は無かったがショックも大きい。あんな訳の分からない化け物に襲われた上……自分の子供も化け物になってたんだからな」

「いや、或真さんが化け物な訳では」

「同じようなものだよ。少なくとも、母親はそう思ってる」


 或真が自嘲するように口を歪めた。千理はそれに何か言おうと思ったが、何を言うのが最適なのか分からずに結局口を閉ざした。

 霊研の皆は或真のことを分かっている。だがそれは勿論、両親の代わりになんてならない。


「別にショックな訳じゃな……いや、確かにショックではあるんだけど、それは仕方が無いことだ。俺だって自分のことでなければきっとそう思った。だからこそ、事情を話してもらうことにしたんだ。いきなり色んな事実を突きつけられて混乱するとは思うけど、このまま訳の分からずこの先を生きていくよりマシだと思ってね」

「話してもらう? 或真さんが説明するんじゃなくて?」

「俺はもう、二度と両親の前に顔を出すつもりはないんだ」

「……いいんですか」

「ああ。二人の精神状態を考えるとそれが最善だ」


 本当にそれでいいんだろうか。他人である千理が口を出すべき話ではないとは思う。ましてや両親との仲が悪いを通り越して他人同然である彼女には或真の気持ちは到底分からないだろう。

 だが、それぞれが思い悩んだ挙げ句ずっと拗れていた朽葉親子のことが頭を過ぎる。本当にそれは、誰にとっても最善なんだろうか。


「そうだ千理、悪いが一つ頼み事を聞いてもらえるかな。……これを、俺の両親に渡してくれないか。警察病院に入院してるんだけど」

「え、何ですかこれ」

「預金通帳とキャッシュカードと暗証番号の書いた紙」

「は!?」

「流石に警察とはいえ見知らぬ人間に渡すのは躊躇われてね」

「いやいやいやちょっと待って下さい」


 薄い封筒を渡されて何かと思えば、と千理は頭を抱えたくなった。「危機管理……!」と叫びそうになったものの「千理なら大丈夫だろう」と絶対の信頼を向けられて言葉に詰まる。


「俺にできるのはきっともうこれだけだから。千理、頼むよ」

「……私が、或真さんの両親に会ってきて本当に良いんですね?」

「ああ」

「分かりました。しっかり預かります」

「ありがとう、千理」


 千理は封筒を鞄にしまい込み、或真に病室を尋ねるとすぐに警察病院に向かった。歩きながら脳内でいくつかのシミュレーションをこなし、そして自分に言い聞かせるように呟く。


「……私を巻き込んだのは或真さんなんですから、文句は受け付けませんよ」




    □ □ □  □ □ □




「こんにちは、失礼します」


 病室へ辿り着いた千理は一度呼吸を整えてから緊張を押さえて扉を開けた。千理の声に反応するように病室の中に居た人間が二人、弾かれたように彼女を振り返る。

 病室にはベッドが二つ置かれていて、点滴が繋がれている男女が上半身を起こしている。振り返った顔はどちらも顔面蒼白で、酷く不安げな表情を浮かべていた。

 すでに先程警察官が病室から出て行ったのを確認済みだ。千理は軽く二人に会釈をして怖がらせないようにゆっくりと近付いた。


「驚かせてすみません。はじめまして、私は伊野神千理と言います。外村或真さんに頼まれ事をして此処へ来ました」

「ある、ま……が」

「はい。これを、お二人に渡すようにと」


 びくっと大きく動揺を露わにしたのは女性――或真の母親の方だ。父親は訝しげに千理を見ながらも恐る恐る彼女から封筒を受け取り、そして中身を見てはっと顔を上げた。


「或真さんが、自分にできるのはこれくらいだからだと」

「何を……」

「それにしても! 他人にこんな大金を渡す橋渡しをさせるのはホントにどうかと思うんですよね! 千理なら大丈夫だろうじゃないんですよってホントにあの人は!」

「……」

「でも、もう自分が会う訳にはいかないからって、或真さんはそう言ったんです」


 その瞬間、外村夫妻が大きく目を見開いた。唇を戦慄かせて、何かを言おうとして言葉にならない母親の代わりに、彼女を気遣うように見た父親が口を開く。


「或真が、本当にそう言ったのか」

「はい。あなた達にとってそれが最善だろうと」

「……」

「警察から事情はお聞きになりましたよね? それで、この結論は最善で合っていますか?」

「……分からない」


 消え入りそうな母親の声は、静かすぎる病室の中では嫌にはっきりと聞こえた。


「分からない。あの時何が起こったのか、話を聞いても信じられない。あれはなに、或真は一体なんなの。なんで、あんな、化け物が……っ!」

「落ち着け母さん! 或真は或真だ! 俺達の子供だ!」

「あなたは見てないからそう言えるのよ! あの子、化け物を呼び出したの! 突然何もない所から黒い大きな犬みたいな化け物を呼んで、操って――」

「そして、あなた達を助けた」

「!」

「どこまで話を聞いたのか分かりませんし、一度で飲み込めるような話ではないと思います。だから、今度は私の話を聞いてもらえませんか」


 言葉を失っている二人に千理は出来るだけ安心させるように笑いかけた。


「私の、へんてこで紳士でストーカーの心配までしちゃうような優しい先輩の話です」



 或真との出会い。彼の操る怪物達。おかしな厨二病スタイル。普通の姿なら大学でモテにモテていること。その彼が五年前に巻き込まれた事件。それから霊研で依頼をこなす姿。そして――今回の事件の概要を。


 唖然としていた彼らは徐々に話に聞き入っていった。最初は驚きと混乱しか無かった顔に、厨二病の話に入ると呆れが加わり、そして徐々に泣きそうな表情になっていく。

 けれども先程のように錯乱することはなく、千理が話し終えるまでずっと静かに相槌を打っていた。


「或真さんは何度も私達を助けてくれました。これが、私から見た外村或真という人間です。……お二人にとっては、どんな人でしたか」

「或真……或真は、」

「優しい子だよ。あの子は」


 ベッドから起き上がって母親の傍に来た父親が、彼女の肩に手を添えた。


「実家に居た頃は毎日家のことを手伝って、勉強は言われずともやって、手が掛からないことが少し寂しく感じるくらいには良い子だった。……ちょっと変わった格好をし始めてからもずっと変わらずに、困っている人がいたらすぐに手を差し伸べることができる子だった」

「……お父さん、ちょっと違うわ」

「え?」

「十分手は掛かったわよ。あの子は確かに優しいけど、優しすぎる所為でトラブルになることもあった。クラスの女子全員にバレンタインのチョコを貰ってお返しをする為のお金が足りなくなって頭を下げて来たり、困っている人を助けようとしたら自分まで巻き込まれて被害を被ったり、逆恨みされて学校で苛められたことだってあったわ」

「……或真さんらしいですね」

「それに……中学の時、遠足で集団からはぐれて三日も行方不明になったこともあった。きっとあの時なのよね、或真が誘拐されて、変な目を埋め込まれたっていうのは」

「!」


 中学、恐らく五年前。或真から詳しく時期を聞いた訳ではないが、確かにその頃だろう。


「私は……親なのに、まったく気付いて上げられなかった。あの子がどれだけ苦しんだのかも、危険な目に遭っていたのかも。それなのに、私、あの子に、化け物って……!」

「母さん!」


 喉元を押さえて呼吸を荒くする母親に、慌てて千理達が落ち着かせるように背中を擦る。まずい、怪我人を追い詰めすぎたかと焦っていると、徐々に呼吸を整えた母親が涙ぐみながら千理に頭を下げた。


「初対面の人の前ですみません。それに、あの子のことを大切に思ってくれてありがとうございます。……どうか私の分まで、或真のことをよろしくお願いします」

「え?」

「自分のことを化け物なんて言った母親のことなんて、あの子はもう顔を見たくないと思いますから」

「……」

「母さん、違う。或真はきっとそういう意味で会わないって言った訳じゃ」

「でも実際に会ったら嫌でも思い出すわ。だからもう、会わない方がいい。伊野神さん、申し訳無いんですがこのお金は或真に返してもらっていいですか。あの子のお金はあの子が使うべきです」

「……ど」

「それはそうだが、母さん……伊野神さん?」

「ああもう!! どいつもこいつも!!」

「!?」

「この感じのやりとり朽葉家で嫌というほど味わったんでもういいです! ちょっと待ってて下さい! 今或真さん無理やり連れて来ますから!」

「え、いや伊野神さん??」

「愁! 或真さん連れて来て!!」

「そう言うと思ってもう連れて来た」

「!!?」


 千理が叫んだ瞬間、ガラ、と突如として扉が開いた。全員の視線が反射的にそちらへ向かい――そして千理以外の二人の顔がぴしりと固まった。


「或真……って」


 そこに現れた息子の姿に驚くや否や、急に或真が前のめりに床に倒れ込んだ。顔面からの直撃は防いだものの勢いよく倒れた子供を見て、外村夫妻は自分達が怪我をしているのも忘れて慌てて彼に駆け寄った。


「愁、ありがとう」

「構わない。俺でもそうした」


 或真に憑依して愁が体から抜け出て千理の元へ戻る。どういう展開になるかは分からなかったが、もしも会わせるべきだと判断したその時は或真を連れて来ようとあらかじめ愁に彼を確保するようにと頼んでいたのだ。


「少し前から病室の前で待機していたから或真もさっきの会話聞いてるぞ」

「かんっぺき!」

「当然だ。俺はお前の親友だからな」


「いや、ちょっと急に体から力が抜けただけで大丈夫で……いや俺よりも二人の方がよっぽど酷い怪我してるんだから早く寝てくれ!」


 千理達がハイタッチ(のようなもの)を交わしている間に両親は倒れた息子を心配し、そして或真はそんな二人を必死にベッドに戻そうとしている。

 彼らをちらりと見た千理は、無言でそっと動き出すとそのままさっさと病室を出た。

 あとはもう千理達が関与することではないだろう。



「皆さ、家族が大好きで大切ならちゃんと言えばいいんだよ」

「千理が言うと説得力あるな」

「そうそう、私はお兄様のこと大好きだからね」

「俺は?」

「俺は!???」


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