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霊研の探偵さま  作者: とど
四章
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26-1 再調査


「皆、何でもいいから気付いたことがあったら教えて」


 霊研の職員が全員集められた部屋の中で、千理は各々の顔を見回しながら手元の捜査資料を手に取った。

 愁の事件を改めて精査する為に、千理はまず他の職員にも協力を要請した。自分の視点だけでは見えてこない何かがもしかしたら判明するかもしれない。


「気付いたこと、ねえ」


 配布された資料を手にとった英二がひとまず一通りそれに目を通す。事件が起こった日時、病院の場所、被害者のプロフィールなど、読めば読みほどばらばらに見えてくる。


「半年に一度っつってもきっちり半年って訳でもねえし、攫われた時間も早朝から夕方まで、精々共通点は被害者の年齢が十代後半ってところぐらいか?」

「男も女もいるわね」

「入院した理由も様々ですね。一人目は癌、二人目は盲腸、三人目は痴情のもつれで刺され……高校生で??」

「まあこの子モテそうだしね」

「それは置いておくとして四人目……愁は交通事故ですね」


 三人目の男子高校生の捜査資料を見たコガネがしょっぱい顔になる。更に深く読めば四股していたとか何とか……将来が恐ろしい子供である。


「ふむ。それは共通点の一つになりえるのではないだろうか」


 ふと口元に手をやって考え込んでいた或真が声を上げた。


「これは私の見解だが、一人目と二人目も随分と見た目麗しい造形をしているように感じる」

「アルマが言うとちょっと説得力ないけど」

「何故だ?」


 イリスがぼそっと呟いた言葉に或真が首を傾げてみせる。そんな仕草すら、普通の姿ならば周囲から黄色い悲鳴が響き渡るだろう。正直言って被害者の誰よりも或真の方がモテるであろうことは明白だ。


「でもまあ、確かに三人目まではモテそう、というよりも綺麗な顔立ちだね。四人目は、まあ」

「櫟さん何か言いたいことでもあるんですか? 愁だって整ってるじゃないですか。確かに雰囲気のジャンルは違いますけど」

「それほどでも」

「いやホントにそれほどでもだが」


 千理に褒められた愁が真顔で照れるが即座に英二の突っ込みが入った。別に他者から見て愁が不細工と言われることはあまりないと思うが、コガネや或真のように特別にイケメンという訳でもないのだ。

 英二の言葉に千理はちょっとむっとして傍に浮く愁を見上げた。十分格好いいではないか。何が不満なのかと。……などと考えていたら振り向いた愁と目が合って千理は思わず視線を逸らした。この前の謎の衝撃発言が頭を過ぎったのである。


「ま、まあともかく! 次の意見は何かありますか?」

「そうねえ……あえて都内でだけ事件を起こしているのなら、誘拐した子達もそう遠くにはいないんじゃないかしら」


 点字の資料をなぞりながら言った鈴子に、千理は急に冷静になって思考を巡らせる。

 確かにその可能性は高いかもしれない。誘拐された後、まだ生かす必要があるのなら病気の人間をわざわざそう遠くまで運ぶだろうか。特に一人目は癌だ。資料を見る限り末期で、容態がすぐに急変してもおかしくない。


「そもそも、なんで事件は半年毎に……」


 そして、今は止まっている理由は。

 千理は兄の助言を思い出しながら考え込んだ。一度に誘拐しない理由は。例えば何かしらの理由で人間が必要で、死んだら補充している……? いやそれだと一人目が半年も持つはずがない。

 つまり、一人目の被害者はどうであれとっくに死んでいることになる。千理は急に不安になって来て咄嗟に櫟の方を振り返った。


「櫟さん、愁の寿命……まだ残ってますよね?」

「……うーん、そもそもこういうことはあまり表沙汰にするものでは無いんだが、まあ残っているよ。減り方もそう急なものでも……あれ?」

「ん? あれって、何ですか」

「……」


 櫟が無言で席を立ち、千理の――傍にいる愁に近付いた。食い入るようにじっと彼を凝視していた櫟は、やがて「あー……」とやってしまったとばかりに小さく声を上げて額を押さえた。


「ごめん千理、今気付いたことがある」

「え、何ですか。何かまずいことが」

「愁の寿命……そういえば初めて会った時からほぼ減ってない」

「は?」

「いやあごめんごめん、会う度に今日も生きてるなとは確認してたけど、よくよく見てみたらずっと数字変わってないな、と」

「はああああ!??」


 椅子を蹴飛ばして立ち上がった千理が絶叫しながら櫟の胸ぐらを掴んだ。


「なんでそんな重要なこと黙ってたんですか!?」

「だからごめん気付かなかったんだって! そんないちいち細かい数字とか見ないし……ぐえ」


 思いっきり揺さぶられた櫟が気持ち悪そうに呻く。そんな二人の様子をイリスが不思議そうに見ながらコガネに「どういうこと?」と問いかけた。


「人間が普通に生きる、それこそ愁のように意識の無い体の状態でも日々肉体は年を重ねていきます。つまり寿命が減る」

「だがそれが止まっているということは……つまり、彼の体は五月から一切の時を止めていることになる」

「明らかに人間業ではないわな。というか、時間を止めるとか出来るやつが人外でもどれだけいるんだよって話だ。千理、話が進まねえからそんぐらいにしとけ」

「……仕方が無いですね」

「皆もっと僕の心配してくれない?」

「自業自得よ、櫟君」


 千理が渋々手を放す。明らかに重要すぎる情報だ。犯人が人外ではないかという見解は最初からあったものの、これで犯行が可能な者が一気に減った。そもそも医療機器なんかには頼っていなかったのである。

 疲れた様子で櫟が席に戻ると、黙って自分の寿命の話を聞いていた愁が「成程」と一つ頷いた。


「時間を止める……つまりこのままだと、俺は千理よりも年下になるということか? それは困るんだが」

「一番に気にするところそれ??」

「一緒に卒業できないだろう」

「あいっかわらず暢気な男ね……」

「で、ものの時間を止めるなんつーチート能力を持ってそうなやつ、誰か心当たりはあるか?」

「可能性で良ければひとつ。……悪魔の術の一つに、対象の体を石化させるものがあります」


 コガネが小さく片手を上げる。その瞬間、全員の視線が一気に彼に向いた。


「本当に体が石になる訳ではないですが、体は全く動かず人形のように一切の自発的な行動は取れず、成長もしません。……ちなみに、意識だけはしっかり残っています」

「残ってる方がえげつねえな」

「コガネ君は出来るの?」

「発動すること自体は出来ます。が、やったとしても持続時間は精々持って数秒といったところです。僕よりも力のある悪魔がやったとしてもそこまで長く時間を伸ばすのなら相当強い悪魔かもしくは何度も何度も術を掛け直す必要がありますので、確実に犯人とは言い切れませんが……」

「悪魔の可能性か。しかし彼らが求めるのは通常肉体ではなく魂だろう? そんなに面倒なことをしてまで人間の体を保存する理由など果たしてあるのか」

「人形みたいになるんだったらただのコレクションだったりして」

「怖ええ発想だな。まあ普通に考えるんならそいつの契約者がそう命じたって考えるのが筋だ」


 本物の人形のように飾られた被害者達を想像して英二が「げ」と声を出す。見た目は綺麗な等身大の人形だが、その中では動けなくなった人達が恐怖で泣き叫んでいるかもしれないと考えるとホラーだ。


「コレクション……悪魔……それに」


 英二が戦いているその隣で、櫟が無意識に小さな声で呟く。眉を潜め、難しい顔で愁をじっと見つめ、そしていやいやまさか、と首を横に振った。


「櫟さん、どうした」

「いやなんでもないよ。……いや流石に、そんな確率は」

「何か気付いたことがあるんなら言って欲しいんですけど」


 千理の目が鋭く櫟を追及する。何一つ可能性は取り零さないぞ、とばかりに櫟の言葉を待つが、しかし彼は「いやホントなんでもないよ」と否定した。


「ちょっと過去に会ったことのある悪魔を思い出しただけで、」

「それはどんな悪魔ですか。見た目は? 力の強さは?」

「いや確かに力は強いし綺麗なものも好きだったけどあいつは違うよ。愁は全く好みの範囲外だし、そもそも愁を攫うんなら――」

「愁の何処が悪いって言うんですか!?」

「論点ずれてるずれてる」

「っあ! 誰か来たみたいだからちょっとタイム!」


 再び千理に詰め寄られそうになった櫟が来客のベルを耳にしてこれ幸いと逃げ出す。千理はそれに不満げな顔をしていたが、「千理ちゃん、ちょっと落ち着いたらどう?」と鈴子からお茶を渡されそうになった為一瞬にして大人しくなった。


「……可能性は全部調べたいのに」

「まあお前の言うことも一理あるが落ち着け。冷静にならんと大事なことを見落とすぞ」

「イチイみたいにね」

「所長はただのうっかりですが。……いえ、そもそも今更ですが人の寿命が見えるってどういうことでしょうか。あの人本当にただの人間なんですか」

「自己申告ではな。あいつの力は師匠とやらに貰ったらしいが、それもそのうちの一つなのか……」

「そんな能力を他人に渡す? そんなことが出来るのはそれこそ――」



「はい、こちら霊能事象調査研究所で」

「久しぶり、一夜(ひとや)君」


 各々が話す中、櫟は身なりを整えて扉を開けた。するとその先に現れたのは品の良い格好をした若い女性だった。長い髪の綺麗なその女性は、目の前に姿を見せた櫟を見上げるとにこりともせずに淡々と口を開いた。


「ん?」

「ひとや?」

「ずっと行方不明になってて……やっと見つけたと思ったらこんな怪しい商売をしてるなんて」


 千理の脳裏に一瞬だけ疑問符が浮かぶ。女性が発した聞き慣れない名前はこの場所にいる誰のものでもなく、しかし彼女は櫟に向かって話している。


「櫟さんの本名ってもしかして」

榧木一夜(かやきひとや)だそうだ」

「は? なんで英二がそれ」

「この前お前を調べろと頼まれた時に深瀬に調査資料を見せてもらった」

「……はあ、確かに僕は戸籍上その名前だけど。それで、あなたはどちら様ですか」

「え??」


 諦めたように溜め息を吐いた櫟が投げやりになりながら問いかけると、女性は困惑したように目を瞬かせた。


「覚えてないの? ホントに?」

「覚えてないですね。僕は色々と記憶することが多くて大事なこと以外はそんなに――」

「許嫁だったのに!?」

「……いいなづけ??」


 千理達は揃ってぽかんと口を開けて呆けた。許嫁、そんなの天宮の実家でも出てこなかった単語だ。本当なのかと櫟を見ると、彼は女性をじっと見たまま考え込んでいるようだった。

 黙っている櫟に痺れを切らしたのか、女性は苛立ちを露わにして早口で彼に捲し立てる。


「一夜君、すぐに榧木の家に戻ってきて。あなたが必要なの」

「僕はすでにあの家とは縁を切っている。何の関係も無いよ」

「それでも血は繋がってるじゃない! なんでもいいから早く戻って、こんなところでインチキ商売してる場合じゃないのよ!」

「は?」

「おい櫟、お前ちょっと落ち着け」


 その瞬間、面倒くさそうな顔をしていた櫟の表情がみるみるうちに無になった。思わず怒鳴りそうになった櫟だったが、しかし英二が後ろから取り押さえてソファに座らせ、そして或真がタイミングよく鈴子から受け取った茶を飲ませた。


「げはっ、」

「あら、気管に入っちゃったのかしら」

「そうかもしれませんね。……そこのあんたも、どんな理由があるのか知らないが積極的にこいつの地雷を踏みに来るのは止めた方がいい。……落ち着いて、何をそんなに怯えているのか聞かせてもらえるか」

「っ!」


 女性がひゅっと息を呑んだ。その反応を見て、英二は自分の予想が正しかったのだと判断した。


「目は血走ってて視線も忙しなく動く。メイクで隈は隠しているし、無意識にか指先が震えているのを誤魔化す為に手を押さえている」

「……」

「けほっ……ああ、成程ね。つまり君――月乃(つきの)は榧木の誰かに言われて……脅されて、かな? 嫌々僕を連れ戻しに来た訳か」

「一夜君、名前」

「今思い出した。昔の君は特に許嫁という立場を好んでいるようには見えなかった。家に言われて仕方が無くって感じで、庶子である僕に嫌悪感は持たずとも然程好意的でもなかったね。それで、何があってもう縁も切れてる僕を呼び戻そうと?」

「俺は元警察だ。古巣にも伝手がある。もし誰かに脅迫されているのなら警察に――」

「駄目! そんなことしたらあの人が!」


 思わず、と叫んだ女性がはっと口を押さえた。その様子にただ事ではないと全員が理解し、霊研内に緊張が走った。


「大丈夫。この場所で怯えることなんて何もないわ」


 変わらなかったのは鈴子だけだ。彼女は月乃の傍に近付くと、安心させるように優しく微笑んで背中をそっと撫でた。


「此処にいる子達は皆とっても頼りになるのよ。だから、あなたさえよければ事情を話してもらえないかしら」

「盗聴器の類は無いようですね」

「外に怪しいやつも居ないわよ」


 コガネが素早く機械を持って月乃の近くで盗聴電波を探知し、イリスは外に待機していた動物霊に周囲を確認させる。「ね?」と二人を振り返って鈴子が笑うと、月乃は戸惑いながらも促されてソファに腰掛けた。


「だ……誰かに言ったら殺すって」

「誰があんたにそう言ったか知らねえが、そういうやつは大抵『言わないなら殺さない』なんて保証してくれねえぞ」

「……」


 月乃は迷うように黙り込む。しかし彼女を急かすものは誰もおらず、千理はむしろ今のうちに彼女を観察していた。

 ストッキングで隠れているものの足に打撲の跡、それに左手の薬指の付け根に指輪をしていたような跡。


「お爺様が」


 そこまで見た所で、酷く怯えた顔をした月乃が顔を上げた。




「死んだお爺様が、生き返ったの」


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