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霊研の探偵さま  作者: とど
一章
6/74

2-1 初仕事


「それでは、今日の授業はここまで。来週のテストにしっかり備えるように」


 教師の言葉と共にチャイムが鳴り本日最後の授業が終わる。教室内は一気に空気が緩み、来週が期末テストだということなど誰も気にした様子もなく、生徒達の頭の中は部活のことや帰りに何処へ寄り道するかなどでいっぱいになっていた。

 かく言う彼女――千理も同じだ。なお彼女の場合はそもそもテスト前になって慌てて勉強するなどということ自体したことがないのだが。


「千理、ちょっと帰りにクレープ屋とか寄ってかない?」

「ほら……最近寄り道とかしてなかったでしょ?」


 教科書を鞄に詰め込んでいる千理の元へクラスメイトの女子生徒二人が声を掛けてくる。何処か窺うように控えめに尋ねてくる彼女達に視線を向けた千理は、申し訳なさそうに手を合わせて「ごめん」と謝った。


「これからバイトなんだ」

「そうだよね駄目だと……え? バイト?」

「千理バイトなんてしてたっけ」

「うん。と言っても今日が初出勤なんだけど」


 驚いている二人に苦笑を浮かべつつ、千理は手早く荷物を持って「急ぐからごめん、また明日ね!」と急ぎ足で教室を出て行った。そして残された二人はそんな彼女の後ろ姿を唖然として見つめ、そしてややあってから顔を見合わせた。


「千理、バイトだって」

「そうだね」

「……ちょっとは元気になったみたいでよかった」

「うん……桑原君のことがあってからずっと塞ぎ込んでたもんね」


 千理と仲がいい二人は、クラスは違えど彼女と愁がどれだけ親しいかよく知っていた。愁が事故に遭ってからというものずっと憔悴している千理を見てきたが、此処に来てようやく調子を取り戻して来たらしい彼女の様子に二人はほっと息を吐いた。


「もう少し元気になったら男友達でも紹介してあげようかなー」

「いや止めときなって。あの子頑固なんだから桑原君以外に靡くわけないじゃん」

「でもそんなこと言ってたらあの子一生結婚できないでしょ」

「……やっぱりさ、桑原君って多分」

「多分、ね。だって一ヶ月も見つかってないんだよ」

「千理……ホントにこれから先大丈夫かな」




    □ □ □  □ □ □




「あー今更になってクレープ食べたくなって来た」

「そんなことを言われたら俺だって食べたくなる」

「……愁って今食欲あるの?」

「特に無いが何となく」


 友人二人がそんな会話をしていることなど知らず、千理は駅に向かいながら半透明で隣に浮かぶ親友と小声で話をしていた。愁の体がまだ生きている以上何処かで栄養補給はされているだろうが、彼本人は勿論そんなことは分からない。


 それはそうと今日は千理と愁が霊研に入ってから初めての仕事日だ。学校が終わってすぐに駅に迎えに来るというので千理は小走りで待ち合わせ場所まで向かっている。どんな仕事か詳しい話はまだ聞いていないのだが、霊研ということだけあって彼女が経験したことの無いような非現実的なことが起こりそうだ。


「千理、あの車だ」


 先導して駅のロータリーを見て来た愁が一つの車を指し示す。この前霊研に向かう際に乗った櫟の車だ。案の定二人がその車に近付いて行くと、後部座席のドアが開いて中に居た人物の姿が見えた。


「やあ二人ともこの前振りだな。我が邪眼に住む怪物達も君達を待ち望んでいたぞ」

「……」


 その人物の顔を見た瞬間、千理は思わずドアを閉めそうになった。


「この前の面白い人だな」

「面白いというか何というか……」

「さあさあ遠慮せずに隣に座りたまえ。共に任務に向かおうではないか」

「……失礼します」


 先日見た時と同じ、相変わらず暑苦しい黒コートと目立つ眼帯男。千理が若干躊躇いながら後部座席に乗り込むと、運転席に居た櫟と助手席に居た少女――イリスが振り返った。


「千理、愁、学校帰りに悪いね」

「いえ、大丈夫です」

「別に疲れてるんなら無理しなくていいのよ。ずっと私の後ろに隠れていればいいんだから!」

「イリスの後ろじゃ大して隠れられないけどね」

「何よ、身長大して変わらないじゃない!」


 十歳程度の少女に言われた言葉が千理にぐさりと突き刺さる。確かに低身長の千理では年の差があるのに関わらず10センチも身長が変わらないのだ。


「千理は身長のことを気にしているから触れないでやってくれ」

「そのフォローが余計に胸に来る……! 自分は無駄に背高いからって」

「はは……とにかく出発するよ」


 千理は隣の男、或真から距離を取るように後部座席の端に寄る。必然的に空いた中央に愁が座ったのだが……元々狭い上に体が大きい為若干二人に体が被ってしまっていた。

 走り出した車の中で、櫟は改まったように「さて」と話し始める。


「千理と愁は今日が初仕事だからね、とりあえず自己紹介から始めようか」

「ふふ、では私から。私の名前は外村或真そとむらあるま、邪神の住まいし右目と封印されし魔の左腕を持っている。まあ気軽に或真と呼び給え」

「そうか、それは大変だな。俺は桑原愁だ。今ちょっと体が無くなっているがよろしく頼む、或真」

「……伊野神千理です。よろしくお願いします、或真さん」


 初対面からずっとキャラが濃い、と千理は頭痛のする思いで或真に頭を下げた。少し……いや大分苦手な人種である。

 狭い車内で更に距離を取りたくなっていると、助手席の金髪少女が立ち膝になりヘッドレストに顎を乗せる形で千里達に向き合った。


「私は朽葉くちばイリスよ。霊研では私の方が古株なんだからせいぜい敬いなさい!」

「成程。よろしく頼む、イリス先輩」

「! も、もう一回言いなさい!」

「よろしく頼む、イリス先輩」

「もっかい!」


 何だこのやりとりは、と千理は呆れるが先程よりかは相手が子供なので微笑ましさの方が勝った。


「まあ僕のことは今更言うこともないんだけど一応。霊研所長の櫟だ。改めてよろしく」

「よろしくお願いします。……ところで櫟っていうのは名字ですか? それとも名前?」

「僕は僕だよ」

「イチイはイチイよ」

「所長は所長だな」


 そういえば、と思い千理が尋ねてみるものの返ってきたのは全く返答になっていない言葉が三連続だった。……比較的まともに見える櫟も十分謎な人間だと、千理は三人を眺めて若干霊研でやって行けるのかと不安に駆られた。




    □ □ □  □ □ □




「……これは、想像以上に雰囲気ある所ですね」


 櫟の運転する車が止まったのは、ぎりぎり都内ではあるが木々が大量に生い茂った森の中だった。

 道中渡された資料を読み込んだ――と言っても一度目を通しただけだが――千理は、その内容を思い出しながら目の前のボロボロになっている廃墟を見上げる。


 ことの発端はキャンプ系動画配信者が珍しい場所でキャンプをしようと配信していたことから始まる。彼は一人でこの辺りを彷徨ってキャンプが出来る開けた場所を探していたらしいのだが、その途中で此処……この廃墟を見つけたのだという。

 木々に邪魔されて衛星にも映らないその建物は如何にも曰く付きな雰囲気が漂っており、その男は喜々としてカメラを持ったままその中へと入っていった。

 ――ただその映像は建物内に入った瞬間に暗転し何も映らなくなった。ただ映像を解析したところ、動画が終わる直前に誰のものかは不明だが微かな悲鳴が入っていたのだという。


 その動画自体は再生数も少なかった為あまり話題にはならなかったが、全く確認されていなかった廃墟の映像を見た警察が、念の為にと調査をする為に数人をその廃墟へと派遣した。だがその数人は廃墟に入ると同時に連絡が途絶え、そして今も帰ってきていないのだという。

 そうして事態を重く見た警察は霊能事象調査研究所へ廃墟の調査を依頼したのだった。

 ……つまりは入った人間が誰も生存確認されていない、深く考えなくてもとんでもなく危険な場所へ放り込まれる訳である。


「櫟さん、霊研って警察に嫌われてるんですか?」

「まあ一部の刑事なんかには捜査に割り込むことがあるから嫌われてるのは事実だね。けどこれを依頼して来たのは調査室だ」

「調査室?」

「警視庁特殊調査室。僕達みたいにオカルトな事件を担当する部署だよ。超常現象の種類ごとに部門が分かれているんだけど、この事件みたいにまだ何が原因か見えて来ない場合は割り振れないからこっちに案件が回される訳だね」

「つまり正体不明なものは何でも霊研に投げてしまおうと?」

「悪い言い方をすればそうなる。まああちらも人手不足だからね、的確な人員配置の為に無駄を出来るだけ排除したいんだよ。……ま、その代わりにそこそこ報酬は貰っている」

「下手したら私達まで全滅する可能性があるんですからそのくらい貰いたいものです。……というか本当に大丈夫ですか? 何か策でも?」


 現状この廃墟内の情報は一切無いと言っていい。そんな状況で警察の二の舞にならない保証など何処にも無いというのにどうするのか。千理が不安を抱いていると、廃墟を見ていた愁が振り返って「大丈夫だ」と頷いた。


「幽霊なら任せろ。俺が守る」

「じゃあ物理的な物は?」

「……すまない」

「はは、まあ心配するのも無理は無いけど……その為にこのメンツだ。恐らく最悪の事態は避けられるだろう」

「このメンツ……ですか」


「ふははは!! いい雰囲気の場所じゃあないか。私が力を振るう舞台にはふさわしいと言っていい」

「ほんっとあんたはいちいち煩いわね! 少しは黙りなさい、ウサギアターック!!」

「ふ、ぬいぐるみ如きで私を黙らせるなどぐえっ、イリス……っウサギの耳を口に突っ込むのは……!」


「……」

「さて、行こうか」


 千理が二人を見る視線など気にした様子もなく、櫟は悠々とした態度で帽子を被り直して歩き出した。



「イリス、よろしく」

「任せなさい! みんなー!」

「!?」


 いざ廃墟へと侵入しようとする直前、櫟に促されたイリスが大声を出す。同時に周囲の森からふわふわと何種類もの半透明の動物達が姿を現して少女の元へと集まってくる。

 千理は自分の体をすり抜けてイリスに駆け寄る犬の姿を見て思わず絶句した。


「す、すご……」

「でしょう? 私は動物達を意のままに使役出来るんだから!」

「使役してるんじゃなくてただ単に好かれているだけだけどね」

「イチイうっさい!」


 愁に自分が救出された時のことを聞いていた千理はイリスのことも当然耳にしていた。だが実際に目にするのでは衝撃の重さが違う。そもそもこんなに沢山の幽霊を見たこと自体初めてなのだ。

 イリスはきゃんきゃんと嬉しそうに吠える犬に「分かった分かった、後で上げるね」と何か会話をしているようだ。言葉すら分かるのだろうかと千理が唖然としている中、隣の愁はというと頻りに辺りを見回して千理にしか分からない程度に落胆の表情を浮かべた。


「象がいない」

「いっつも同じ子ばっかりじゃないのよ」

「象……」

「どれだけ楽しみにしてたの……?」

「居ないものは仕方が無い。何、心配するな。代わりに私が居るから何の問題もないだろう?」

「どういう立場のつもりなんですか??」

「そうか、分かった」

「そして愁は何を分かったの!?」


 コートをばさりと翻して肩を竦めた或真に愁が頷く。謎思考の二人に振り回されて早くも疲れ始めた千理を見て「アルマの言葉は大体無視していいわよ」とイリスが辛辣な言葉を掛けた。


「はいはいおしゃべりはそこまで。全員懐中電灯を付けて、中に入るよ」


 呆れた櫟が手を叩いて注目を集めると、その瞬間イリスと或真の空気が変わった。ぴんと張り詰めた雰囲気の二人に千理は驚きながらも、自分も気持ちを切り替えるように廃墟を見上げた。何せ確実に生きて帰れる保証などない場所なのだから。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか」


 キィ、と軋む扉を開き全員中に入る。扉が閉まらないように何か噛ませておこうかと千理が考えていると、途端に一人でに扉が動き勢いよく扉が閉まった。


「なっ」

「千理!」


 その勢いに弾き飛ばされた彼女は床に転がる。床のざらりとした感触に顔をしかめながら千理が体を起こすと、扉は完全に閉ざされており室内は薄暗い空間が広がっていた。光源はといえば懐中電灯と、かろうじて小さな窓から入る光しかない。


「大丈夫か」

「うん。……けど閉じ込められたみたいだね」

「予想通りではあるがやはり開かないか」

「うむ。スマホも圏外、と」


 扉を櫟が、スマホを或真が確認するがやはり外へ出る手段は完全に奪われたらしい。だが二人とも特に焦った様子はなく、まだ小さな子供であるイリスですら慣れた様子で動物達に辺りの偵察の指示を出している。


「いい? 危ないと思ったらすぐに戻って来るのよ」

「みぃ」


 三毛猫が小さく返事をして踵を返す。それを見ながら千理も調査をしなくてはと立ち上がった。

 此処はどうやら玄関ホールのような場所らしい。らしいというのはあまりに物がなさ過ぎて判断しかねるからだ。妙に開けた空間で天井も高い。外から見た時は二階建てに見えたが全て繋がっており大きな平屋になっている。


「千理、血のような跡がある」


 上を見ていると今度は愁から足下を示される。明かりで照らして見れば確かにぽつぽつといくつかの血痕らしき赤黒い物が線のように連なっていくつも残されていた。よく見てみればまるで走っていたかのように血痕の線が伸びているのが分かる。


「血痕から見て、奥の扉から走って外に出ようとしたってところかな」


 広い空間だがよくよく照らせば入り口とは反対方向に扉があるのが分かる。他にも扉はあるものの、血痕が続いているのはそこからだ。


「けど逃げられなかったようだね。此処に血だまりがある」


 櫟が扉の前でしゃがみ込み床を照らす。するとそこには他の血痕よりも大きな直径十センチほどの血だまりがいくつか出来ていた。そして扉の隣の壁にも血が飛び散った跡が残されている。


「成程、此処で惨劇が起こったらしい。悲惨なものだな」

「……あれ、何か落ちてる」


 床を照らしていると、ふと少し離れた場所に何かが落ちているのに気が付いた。電池くらいの大きさの何かに見える。千理が気になって近寄ってみると徐々にそれが何なのかはっきりと見えるようになって来た。

 その正体が分かった瞬間、彼女は足を止める。


「……指」

「皆、幽霊! それも沢山来るって!!」


 その時、突然イリスが上げた声で我に返る。はっと顔を上げれば刹那、奥の部屋の壁から視界を覆い尽くすほどの大量の霊が溢れた。

 鼓膜が破れるほどの叫び声が何十にも部屋の中に響き渡る。


「!」

「来たな。愁、行けるか?」

「問題ない」


 冷静に頷く愁とは裏腹に、千理は言葉を失ってただその光景を見ていた。沢山の霊、それもその全てが生きている人間には不可能な程顔を歪めて絶叫している。そして何より全員、体の何処かを欠損して大量の血を流しているのだ。片腕がない霊も、下半身が無い霊も、頭が半分以上掛けている霊だっている。

 そんなものが一斉に襲いかかって来たのだ。映画とは違うあまりにもリアルな現実に千理の体は動かなくなっていた。


「千理、下がって!」

「もうっ、しょうがないわね! ミケ、センリをこっちに引っ張って!」

「みぃ!」

「……え? ちょっ、なにー!?」


 しかしその瞬間、何故か千理の意思とは無関係に突然体が動き出した。いや動き出したというのは少し違う。突然体が宙に浮いたかと思えば勢いよく背後に引っ張られたのだ。

 大混乱しているうちに体はあっという間に止まって床に下ろされる。何が何だか分からないまま顔を上げると、そこにはふん、と胸を張って千理を見下ろすイリスの姿があった。


「世話が焼けるわね」

「い、一体何が」

「あんたがぼーっと突っ立ってるからこっちに連れて来たのよ。ポルターガイストってやつね」

「……ポルターガイスト」

「何にも触れていないのに勝手に物を動かしたりする現象のことだな。今回はそこの猫が君を移動させた訳だ。中々すごい力だろう?」

「なんであんたが自慢げなのよ!」

「みー!」


 傍に立っていた或真に説明を受けて千理は改めて自分が元々居た場所と今の場所を見比べる。いつの間にか向こうでは愁と櫟が幽霊と戦っており、あのまま立ち尽くしていたら巻き込まれていたと容易に想像できる。

 そして今の自分はイリスと或真の傍で、さらに動物達に守られるように取り囲まれていた。尚或真は猫の霊に引っ掻かれている(なお実際にはすり抜けている)が。



「それにしても、話には聞いていたが愁の実力は素晴らしいな」

「そうね。認めてやってもいいかもしれないわ」

「……愁ですから、あれくらい当然です」


 大量に居たはずの霊は気が付けば随分と数を減らしていた。襲いかかる霊を愁が蹴散らし櫟がいなし、そして彼の手に触れた霊はあっという間に消えていく。どうやら櫟が触れないと除霊出来ないらしく、愁が殴り倒した霊がどんどん順番待ちのように転がっていく。


「イリス、櫟さんは霊能力者でいいの?」

「そんな感じよ。詳しくは知らないけど」

「所長は主に幽霊や怨霊の相手が担当だからな。……まあ、あの人がただの霊能力者だとは思わないがね」

「ん? アルマ何か知ってるの?」

「さあ?」

「役立たずね!」


 或真が思わせぶりに笑う。この世界に飛び込んでばかりの千理にとってはそもそも“ただの霊能力者”というだけで理解出来ない人間なのだが。


「いやーホント愁頼りになるね。僕も随分楽できたよ」

「それほどでも」


 そんな話をしているうちに襲いかかってきた全ての霊は消滅していた。暢気に会話をして戻ってきた二人を見て、千理も彼らに近寄った。


「お疲れ様」

「数だけは多かったが大したことは無かった」

「まあでも……これで確定してしまったね。中に入った人間は全滅か」


 櫟の言葉に千理が頷く。先程の霊達の大半は白衣を着た人間、そして残りは資料で見た警察官の衣服の霊と最後に行方不明になった配信者と同じ顔の人物。彼らはとっくに死んでいたことになる。先程発見した指も、きっとあの中の誰かのものだったのだろう。


「……ところで聞きたいんですけど、幽霊に襲われたらどうなるんですか? 触ろうとしても愁みたいにすり抜けて実際何ともないのでは?」

「人を襲う力を持った霊に襲われた場合、取り憑かれて自殺させられるとか発狂死させられるとか色々あるよ。ちなみに愁のような生き霊の場合でも恨みなんかが強いと人を襲う力もある」

「俺はしないが」

「そうでしょうね。それはいいんだけど……」

「千理?」

「……ううん、なんでもない」


 千理は少し考え込むとすぐに首を振って会話を終わらせた。まだ全てを判断できる状態ではないし、この場所の内情が分からなければ答えなど出ない。

 ただ疑問がいくつも思い浮かぶ。この場所は何の為の場所なのか。あの血だまりで誰かが死んだとしたらその遺体は何処へ行ったのか。そして……あの欠損だらけの幽霊達に、生前何があったというのか。

 千理は頭の中で疑問を箇条書きにして置いておくと、先程幽霊達がやって来た奥の扉を振り返った。床の血もそちらから来ているのだから、必ず何かがあるだろう。

 彼女以外もそう思ったのだろう、全員同じように扉を見た。


「さて、そろそろ行こうではないか。血塗られた深淵を覗きにね」


 いつものように大げさな手振りを披露しながら或真が歩き出す。他の三人と動物霊と共に彼に続いた千里は、そういえばとコートを翻して闊歩する或真の背中を見つめた。

 これまでで櫟とイリスの霊研における役割は大体分かってきた。櫟は聞いたとおり対幽霊専門。イリスは動物霊を使役した索敵や調査担当。ならば或真の役目は恐らく。


「櫟さん。或真さんは対人間担当の戦闘員ですか?」

「ん?」

「櫟さんは最初に最悪の事態を避ける為にこの人員を選んだと言っていましたけど、イリスと私が戦えない、櫟さんと愁は幽霊担当だとすると残るは生身の人間相手だけになりますよね?」


 千理が尋ねると、彼は正解とも間違いとも言わずに難しい表情を浮かべた。一度或真の背中を見据えた彼はややあってようやく口を開く。


「答えはまだ言わないでおこう」

「は?」

「意地悪で言っている訳じゃない。百聞は一見に如かずってよく言うだろう? ……まあ実際そんな事態に陥らない方が幸せではあるんだけどね」


 苦笑してそう言った櫟はそのまま早足で進み或真に並んだ。何なんだと千理が悩んでいると、不意に後ろから彼女の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。


「千理、俺もさっきのポルターガイスト使いたいと言ったらイリス先輩とミケ先輩が教えてくれると約束してくれた」

「……よかったね」

「ああ」


 楽しそうだなあ。色々と考えなくてはならないのに、嬉しそうに無表情の愁の顔を見た千理は全ての思考を放棄したくなった。


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