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霊研の探偵さま  作者: とど
三章
56/74

24-3 シオンの教祖さま


「誠一郎……」


 その男は、十年以上前に見た姿と一切変わっていなかった。その違和感に、やはり自分に流れている人外の血を確信した。

 ありし日母を殴って出て行ったその父親は、今テロ組織の幹部として若葉と対峙している。一人息子の名前を忘れていなかったのは流石にそれだけの情は残っていたのか、それともあの時言った通り『自分と同じ』だと思い込んでいるからか。


「やっと、やっとだ……ようやくあんたを見つけた」

「どうして……誠一郎、よりにもよってどうして今お前が此処に現れるんだ」

「決まっている。あんたをぶん殴って、そして貴様らの馬鹿げた計画を打ち砕く為だ」

「……愚かな」

「愚かなのはどっちだ! 自分勝手な理由で沢山の人を巻き込んで傷付け殺した! 絶対に許されることじゃない!」

「それは人間達だって同じだ! 人間以外は全て玩具かゴミだと思い込み好き勝手に弄ぶ……罰せられるべきは人間だ! 私達は正しい! どうしてお前にはそれが分からない!? お前は私と――」

「同じなものか!!」


 若葉が感情のままに薊に殴りかかる。出会い頭に殴られたのとは違いそれをあっさりと躱した薊は逆にその腕を片手で掴み上げ、そして床に叩き付けた。

 しかし若葉は直前に受け身を取って衝撃を軽減すると、今度は掴まれていた腕を引いて薊を引き寄せバランスを崩させようとする。が、あっさりと掴んでいた腕は離され、その変わりに薊は力強く床を殴った。


「!?」


 直後、凄まじい勢いで床が破壊され瓦礫が若葉目がけて飛んできた。咄嗟に腕で顔を庇うものの全身に襲いかかってくる礫は容赦なく体を打ち付け、そして動けなくなった彼に続けて薊が迫る。


 視界を腕で遮っていた若葉は反応が遅れた。気付けばもう眼前に薊の拳が迫り、避けることも出来ずにただその光景を見ていることしか出来ない。


「少しは痛い目を」

「見るのはあんたの方だ」

「っな、」


 しかしその拳が若葉の顔面にぶつかる直前、薊は一瞬にしてその場から飛び退いた。そして刹那、彼の居た場所に周囲に散らばっていた瓦礫が一斉に降り注いだのだ。壊れた床を更に破壊した瓦礫は再び浮かび上がり、そして薊が逃げた方向へと再び襲いかかる。だがそれらは、ただの腕の一振りによって粉々に砕け散った。


 一連の光景を見た若葉は一瞬呆ける。突然勝手に空中に浮かび上がり動いた瓦礫に疑問を抱き――そしてすぐに、彼はその原因を振り返った。


「チッ……当たらないか」

「桑原愁……」


 若葉によって自由の身になった愁が瓦礫を操ったのだ。攻撃が通らなかったことに舌を打った彼は更に攻撃を続けようとしたが、若葉がそれを遮るように愁の前に右腕を広げた。


「君は人質達を連れてさっさと逃げろ。これは俺の問題だ。俺はあいつと決着を付けなければならない!」

「断る」

「は?」

「俺はあいつに千理を傷付けられた報復がしたいだけだ。邪魔をするつもりならあんたの方が引っ込んでろ」

「ふざけるな! こいつは俺が――」

「親子喧嘩がしたいんなら余所でやれ。あんたはこの男を捕まえに来たんだろうが」

「!」

「正直あんた一人で敵うと思わないぞ。……俺一人でも、だ」


 若葉は急に冷水を浴びせられたように我に返った。ずっと探していた父親を前にして怒りに振り回され冷静さを失っていた。

 改めて、若葉は目の前の男を見る。身のこなしは一級品、パワーは人外級の若葉よりも更に桁違い。自分の上位互換とも言える男だ。確かに愁の言う通り、容易く勝てる相手ではないだろう。

 だが若葉は絶対に負けられない。警察官がテロ組織に屈するなどあってはならない。ならば――勝てる手段を選ぶ。


「霊研とは協力関係にある。テロ組織壊滅の為に助力願おうか」

「元よりそのつもりだ」

「……誠一郎、がっかりだ。一対一で立ち向かう度胸も無いとはな」

「なんとでも言えばいい。俺は確かにあんたを探していたが、こいつの言う通り親子喧嘩をする為じゃない。捜査一課の刑事として、貴様を逮捕し危険な組織を壊滅させる為だ!」

「捜査一課? 逮捕? ……は、通りで霊研や調査室を隈無く調べたところで情報が出なかった訳だ。まさかそんなただの人間共の集まりに入り込んでいたとはな。冗談じゃない」

「……過激テロ組織、通称シオンの幹部薊。傷害、殺人、誘拐教唆の容疑で逮捕する!」


 す、と薊の顔から表情が消える。若葉と愁は同時に動き出し、薊は二人を視界に入れながらそれを迎え撃つべく静かに構えた。


「……本当に、冗談じゃない」


 微かに呟かれた言葉は、誰にも届くことなく消えた。




    □ □ □  □ □ □




「所長、私の第六感が告げている。――近いぞ」

「うん。僕も分かるよ」


 或真と櫟は進む度に濃くなっていく鳥肌が立つようなぴりぴりとした感覚に眉を顰めた。この先に確実に居るはずだ。――テロ組織、シオンの教祖が。

 やつらの教祖は基本的に表に出ず、構成員でも顔を知る数は片手ほどしか居ない。組織を運営するのは幹部の仕事で、教祖はただの象徴のような存在であったらしい。千理が受け取った記憶の中にもその姿は明かされておらず詳細は殆ど分かっていない。


 分かっていることと言えば、一般構成員にも周知されている情報の中で教祖とは――シオンの最終兵器だ、ということである。そこから推測されることは。


 目の前に立ちはだかる一際大きく装飾も施された扉。この先に何かあると言わんばかりに目立つその扉を、櫟は慎重に開けていく。

 その先にあったのは、あまりに広々とした空間だった。一見するとそこは教会の礼拝堂だ。高い天井付近にはステンドグラスが施され、しかし地下である為光を受けず薄暗い空間の中でひっそりと存在している。ただし椅子などは無く、室内は殆ど物は置かれておらず、壁際にぽつぽつと神像のようなものが並んでいるだけだ。


「或真、気を付けろ」

「無論だ」


 何も無いが、しかし何も無いはずがない。しっかりと警戒しながらそこに足を踏み入れた二人は、一歩一歩確かめるようにしながら部屋の中を進んでいく。

 一番奥には何やら翼の生えた一際大きな人型の像が鎮座している。ますます宗教染みた場所だと思いながら中心部まで足を進めた二人は――ある時同時に、素早くその場から飛び退いた。


「グウウウアアアアア!!」


 派手な音を立ててその場所に巨大な怪物が何も無い空中から降って来たは次の瞬間だった。ライオンのようなタテガミに何の動物か判別できない真っ黒な巨体、見覚えのあるその怪物の姿を見て或真は唇を噛み締めながら乱暴に眼帯を外した。


「キマイラ……やはり私と同じ力の使い手か! ――こちらも来い! キマイラ、ケルベロス!」


 金色の瞳が歪み、目の前の空間に更に二体の怪物が現れる。地響きのするような唸り声を同時に上げた二体は、すぐさま指示するまでもなく目の前の敵を打ち砕くべく爪や牙を剥き出しにして襲いかかった。

 敵の怪物にケルベロスが牙を突き立て逃がさぬように動きを止める。その隙を狙ってキマイラの剣のような爪が敵の眼球に突き刺さる。痛みで暴れ抵抗する怪物が滅茶苦茶に動き或真の怪物達に牙を剥くが、いくらか傷を負わせたところでケルベロスに体中を食い千切られて消滅した。


「っ……く、」

「或真」

「いや、問題ない」


 しかし怪物達には些細な傷でも或真にリターンは来る。ズキンと痛んだ右目を押さえて呻いた彼は、しかしすぐに痛みを堪えて前を向いた。これだけで終わるとは思わなかったからだ。


「ふ、ははっははは!!! 我と同じ力を受け継がれし者よ、姿を現すが良い! この呪われし邪神の力を解放し、貴様らの愚かな企みを全て打ち砕いてやろうとも!」


「……ふふ」


 高笑いをしていた或真が、微かに聞こえた笑い声にぴたりと口を閉ざした。静かに、微かに聞こえる女性の声。それは部屋の奥、大きな像の後ろからその姿を見せる。

 そこに居たのは全身真っ白に塗りつぶされたような女性だった。いや、彼女だけではない。同時に笑い声は増え、同じように髪から肌から真っ白な男性も一緒に現れたのである。


「流石、オリジナルは違うわね」

「オリジナル?」

「ああ。五年前からずっと探していた、オリジナル。この世の何処でもない空間に生きる怪物に愛された子供。ずっと探していたけれど……でももう、必要なくなった」

「っ或真!」


 白い男が笑った瞬間、或真の頭上に雷が落ちた。櫟が咄嗟に彼の腕を引いたものの、完全には避けきれずに彼の体に焼けるような電流が走った。堪えきれずにその場にしゃがみ込むと、再び小さな笑い声が二重になって聞こえてくる。


「だってもう、この子が居るもの」

「……え、」


 櫟に支えられて体を起こした或真は、白い男女の後ろに隠れるようにしてひっそりと顔を出した子供を見て目を見開いた。男女とも同じ、全てが真っ白な存在。或真はその少年の姿を何故か知っていた。


「ね、雪斗。いや……教祖様。これからはあなたがオリジナルになるのよ」

「君は!」


 たった一度しか会ったことが無かった。だがその一度だけで十分に記憶に残った。何しろ……真夏にあんな吹雪を巻き起こし、一緒に化け物に襲われた存在なのだから。

 雪斗と呼ばれた少年、かつて雪の妖怪と名乗ったその子供が静かにそこに佇んでいた。


「或真、あの子を知っているのか」

「ああ……以前この山で化け猫の怪物に襲われていた。やはり、あの怪物は」

「この前はこの子を助けてくれてありがとう。おかげで失敗作に食われずに済んで、こうして教祖様を完成させることが出来たよ」


 男が子供の方に両手を置く。子供はそれに何の反応もせずただぼんやりとした顔をしているだけだ。以前、夏にこの山で出会った時とはまるで違う。怖いと泣き叫んでいた姿も、若葉に喜んで懐いていた姿も見る影は無い。その代わりに、彼の左目はあの時とは全く違う、濁って淀んだ金色が埋め込まれていた。


 或真を誘拐して行った実験、そして本拠地であるこの山と或真の家に現れた怪物。これらの情報から最終兵器と呼ばれる教祖が或真と同じ力を持つのではないかという予想は立てられていた。だがその人物に関しては、あまりにも予想外だ。


「子供を実験台にしたのか!?」

「実験台なんて人聞きの悪い。この子には才能があった。妖怪として私達よりも遙かに強い力を持つこの子は、教祖になるに相応しい器だったというだけだ。教祖様、やつらは我らの敵です。シオンの名の下に排除なさって下さい」

「……うん」

「!」


 虚ろな目をしたまま雪斗が右手を上げる。次の瞬間、広かったはずの空間は化け物に埋め尽くされていた。

 以前討伐した化け猫に近い何か、ムカデのような足を持つ巨大な蛇、タコのような足を持つ緑色の蠢くモノ、そして天使のような白い翼と虫の胴体を持つキメラ、牛頭で中心に目が一つだけしかない巨人。――計五体の怪物が同時に出現したのだ。


「ご、五体だと!?」

「言ったでしょう。あなたではなく、この子こそがオリジナルとなって人間を壊して行くんです」


 或真も使役したことがある化け物だけではなく全く未知の存在まで、彼らは櫟と或真を視界に入れると一斉に襲いかかってきた。

 同時に或真のキマイラとケルベロスも牙を剥くが、明らかな多勢に無勢だ。二体をすり抜けるように飛び上がった化け猫が或真の目の前に着地し、大きく口を開けた。


「ケルベロス!」


 腕を囓り取られる寸前、ケルベロスの後ろ蹴りが化け猫に直撃した。バランスを崩した化け猫の口は或真の腕の真横を囓り取り、そしてその隙を突くように櫟の蹴りが目玉に直撃した。

 直後、至近距離でとんでもない爆音の悲鳴が響き渡った。まるで超音波だ。櫟は顔をしかめながらも何とか或真を後方へ追いやり、そして化け物が動き回ったことで壊れた神像が持っていた槍を手にし構えた。


「所長」

「槍は初めて使うけど……まあ長物だしなんとかなるかな」


 或真もそれなりに動けるものの、こんな化け物相手に立ち回れるような身体能力はない。だから櫟が最大限彼を守り、そして或真の怪物で止めを刺す。これが最善だ。


 痛みに暴れていた化け猫が興奮気味に起き上がる。それを見て、そして奥に佇む雪斗を見た或真はそっと右目に手を翳した。


「あちらは私と違い攻撃されたことによるダメージのリターンは無いらしい」

「おまけに向こうは数も多い。圧倒的に不利という訳だ」

「だが悪いことだけではない。相手に攻撃が返らないということは……つまり何の躊躇いも必要ないのだからな!」


 むしろ或真と同じように雪斗にも痛みが発生するのであれば或真はこの化け物達を対処出来なかった。いっそ好都合だ。そして或真が有利な点はそれだけではない。


 タコと大蛇が一斉にキマイラに襲いかかる。キマイラはそれを飛び上がって躱し、そして元々キマイラが居た位置に滑り込ませるようにケルベロスが巨人を体当たりで押し込んだ。結果三体は派手に衝突し、その隙を突いて飛び上がっていたキマイラがその勢いでのしかかり爪を振るう。

 いくら広い空間とはいえ七体もの怪物が暴れるには狭すぎる。みるみるうちにあちこちが破壊され、おまけに味方であるはずの怪物同士がぶつかりあって攻撃を阻害していることもある。

 そして何より、或真の味方は二体だが彼らはお互いに連携できる。特によく一緒に戦わせていた二体だけあってお互いを補い合うように動き、そして最大限或真を守るように立ち回る。その二体をすり抜けたとしても、先程のように櫟が目や喉などの急所を突いて動けなくなっている間に距離を取るということを繰り返す。

 だがそれでも無傷とはいかない。積極的に敵を屠ろうとするキマイラ達は体中に傷を負い、或真は今までに感じたことの無いほどの痛みが右目を襲った。――けれど、或真は倒れることも蹲ることもなく、残った左目で戦況を見続ける。


 真っ先に消えたのは大蛇――或真がメデューサと名付けていた怪物と同じものだった。続けて巨人が倒され跡形も無く崩れ去ると、先程まで余裕の表情だった男女――雪斗の両親は流石に顔色を変えた。


「教祖様! もっと強力な化け物を!」

「あなたこそがオリジナルです! あんな偽物に負けない力を!」

「……うん」


 雪斗が再び右手を上げようとして……しかしその手は右目に添えられた。気が付けば彼の右目からは血が溢れ最早その瞳の金色も見えなくなっていたのだ。


「所長! あの子を!」

「駄目だ、今君の傍を離れる訳には行かない」

「だがこのままでは……!」


 その時、雪斗が震えた右手を上げた。同時に天井を突き破って六本足の馬が降って来る。だがそれが現れたのは他の怪物達からも離れた、ちょうど雪斗達のいる真上だった。


「教祖様!」


 三人の頭上に瓦礫と共に怪物が降ってくる。その瞬間、両親は咄嗟に雪斗を突き飛ばしていた。彼が壁に打ち付けられると同時に二人は瓦礫と馬の怪物に押しつぶされる。真っ白な髪と体が赤く染まり、雪斗はその光景を相変わらず虚ろな目で見ていた。


「……お、と……さ」

「雪斗君!」


 しかしその血塗れの目に徐々に光が戻っていく。いや、よく見るとそれは光ではなかった。赤い血が洗い流されるほどに涙が溢れ、表情の無かった顔はどんどん恐怖に歪んでいく。


「おと、さん。おかあさん……うわあああああああ!!!!」

「な!?」


 雪斗が完全に目の前の光景を理解したその瞬間、部屋の中は一瞬にして真っ白に埋め尽くされた。


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