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霊研の探偵さま  作者: とど
三章
55/74

24-2 因縁の邂逅


「なんで……お前は俺が確かに銃で!」

魔界へ送った(ころした)と、そう思いましたよね」


 完全に元の姿に戻ったコガネが苦笑を浮かべる。膝を付き驚愕に固まる鬼頭を見下ろしながら、確かにあの時は本気で追い詰められたなと思い出した。


「別にあなたに種明かしをする必要は無いのですが……逆に聞きますけど、何故わざわざ大人しく撃たれるのを待つ必要があるんです」

「なんだと……?」

「僕はただ、自分の意思で魔界に帰っただけですよ。あなたに撃たれる、ほんの少しだけ前にね」


 あの絶体絶命だったその瞬間、鬼頭の体越しに僅かに扉が開き、コガネはそこにツバキの姿を見た。そうして思い出したのだ、最初に会った時に彼とした会話の内容を。

 悪魔が魔界へ帰還するには三つの方法がある。コガネはそのうちの一つである、自力で魔界に帰る方法を取った。ただそれだけのことだった。普段は絶対に魔界へ帰りたくないと思っているコガネが自発的に帰るなんて発想は、あの時の会話がなければきっと咄嗟に考えつかなかっただろう。


 どちらにしろ魔界には戻ることになる。だが銃に撃たれてしまい力を失えば、英二達が生きている間に人間界に戻れる可能性は限りなく低くなる。

 英二ならきっと一度は再召喚を試してくれる。そう信じた結果がこれだ。


「まあ、本当にぎりぎりで思い至ったので銃弾を受けて死んだと思われたかもしれないとは思いましたけど、結果オーライですね。ツバキさんには本当に感謝しなくては」

「っ、あんの野郎どこまでも邪魔しやがって!! 幽霊を殺さねえように取りなしてやったのにふざけるなよ!」

「ああ……良かった、愁は無事ですか」

「千理の予想だと五分五分だったが良い方に転んだな。ありがとよ、鬼頭さん」

「……っ!!」


 鬼頭の顔が怒りに歪む。その瞬間、ぶわっと力の塊が彼を中心に膨れ上がったのが分かった。その圧倒的なオーラに英二もコガネも表情を引き締めて思わず数歩後ずさる。


「……殺す」


 膝を付いていた鬼頭がゆらりと立ち上がる。気が付けば彼の頭には大きなキツネの耳が現れ背後には巨大な尻尾が、そして顔中には複雑な赤い文様が走り回っている。それだけではない。靴を突き破った足は鋭い爪を持ち、手も同じように凶器のように尖って英二達の方に向けられていた。


「本性現しやがったな! コガネ、気を付けろ!」

「はい!」


 片手を床に付けた鬼頭が跳躍する。天井近くまで飛び上がった彼は更に天井を蹴り、勢いを付けて英二に襲いかかった。先程までとは比較にならないスピードにコガネも驚きながら、それでも目はぎりぎりで彼の動きを追いかける。

 爪が連続して英二を襲う。コガネはそれを的確に障壁で跳ね返すものの、わざとコガネの死角になるように動こうとする鬼頭に翻弄され、いくつかの攻撃は間に合わずに英二の体を掠めた。

 英二は英二でその隙を狙って麻酔弾を撃ち込もうとするものの、こちらも固い爪で弾かれて中々当たらない。額を掠めた傷から出血し、その血が口に入って嫌なトラウマを呼び起こしかける。


「英二!」

「っ分かってる!」


 だが口を拭うこともなく英二は両手の銃を持ち上げて瞬時に狙いを定めた。狙うのは鬼頭――ではなく、彼の後方だ。肩越しにすり抜けて行く銃弾に一瞬眉を顰めた鬼頭だったが、直後即座にその場から飛び退いた。通路の壁に跳弾し自分に弾が向かってくるのに気付いたのだ。だが不規則に飛び跳ねる複数の銃弾は完全には避けきれず、脇腹に一発銃弾が掠めた。


「畜生……人間如きが、」

「お前だってハーフだろ。何言ってんだ」

「黙れ! こんな血、捨てられるものならとっくに捨ててる! こんな……自分の子供を見世物にして売り飛ばすような人間から生まれた体なんて、切り捨てられるものなら喜んで捨ててやるよ!」

「!」

「俺は薊さんに救われた。だからあの人の望む世界を作る! 邪魔をするなああ!!」


 再び鬼頭が床を壊す勢いで蹴り突撃する。殆ど予備動作もなかったそれに一瞬コガネの目が追いつかず、突き出された爪が英二の顔に振り下ろされた。

 爪が目に到達する寸前、ぎりぎりで銃を持った両手がその隙間に入り込む。しかしそれはあっさりと弾かれ、切り裂かれた手は真っ赤になって銃を手放した。最早攻撃手段はない。

 終わりだと心臓を貫こうと右手を持ち上げたその時、しかし突如として鬼頭は体に力が入らなくなるのを感じた。


「な」


 がくりと体が床に落ちる。身に纏っていた力が霧散し、妖狐の姿がどんどん戻っていく。


「英二! 麻酔銃が効き始めました!」


 最初に食らった不意打ちの二発。それが今更になって効力を発揮し始めたのだと気付いた時にはもう全てが遅かった。コガネが拾い上げた一丁の銃が英二の手に戻り、血塗れの手で彼はそれを鬼頭に向ける。


「てめえにどれだけ同情の余地があろうと、うちの家族を奪おうとした事実は消えねえよ」


 引き金が引かれる。血だらけの手でも正確に撃たれたその銃弾は鬼頭の体に吸い込まれるようにして到達し、同時に鬼頭の意識を完全に刈り取って行った。




    □ □ □  □ □ □




「きゃん! わん!」

「こっちの道か!」


 英二達に鬼頭を任せた残りの面々は急ぎシオン本部の中を駆け回っていた。広い山の地下に作られた施設は随分と広く複雑で、案内がなければすぐに迷ってしまっていただろう。

 櫟達は前方を走る小さな影――コロの背中を追いかける。イリスが事前に指示を出してくれている為、彼は迷いなく櫟達を先導してくれた。

 コロが追いかけるのは千理の匂いだ。ただし警察犬でもないコロが、いつも傍にいる飼い主でもない千理の匂いを正確に辿ることができるかどうかという点において不安が残った。


『私は今からチョコを存分に食べてから誘拐されます。なのでその匂いを追って下さい』


 だからこそ千理は確実性を取ってチョコレートの匂いを――Amamiyaのチョコレートをあるだけ平らげてからツバキに誘拐された。霊研の冷蔵庫にもきっちり常備されていたその匂いをコロに覚えさせれば、予想通り足を止めることなく本部の通路を走ってくれた。


「……ううううう、」

「コロ?」


 先々に現れるシオンの構成員を出来るだけ静かに昏倒させながら進んでいると、前方に現れた分かれ道の前でコロが突然止まった。一方の通路に向けて歯茎を剥き出しにして唸ったコロは、しかしすぐにもう一つの方の通路に入って櫟達の方を振り向いた。

 コロは事前にイリスからいくつかの合図を教えられている。このように唸る時は――。


「成程、では私はこちらの道へ」

「うん。僕も行こう」


 コロが唸りを上げた方の通路へ或真が進もうとする。櫟もそちらへ向かおうとして、その前に足を止めて若葉を振り返った。


「若葉君、手筈通りに頼むよ」

「貴様に言われんでも俺は自分の役割を全うする」

「向こうには十中八九君の父親がいる。手強いから気を付けて」

「承知の上だ。むしろあいつを殴れる機会が回って来て清々している」


 本当は櫟も若葉と共に向かいたい気持ちもあるが、しかしこの場で或真を一人にするのは自殺行為だ。もしシオンに奪われて或真の力を利用されれば今度こそ詰みである。


「約束する。必ず人質は全員助け出す」

「……ありがとう」


 コガネは咄嗟の機転で助かった。だからこそ、まだ全員救えると分かれば全力を尽くす。若葉がコロを追いかけて走り去っていくのを見ながら、櫟も自分の出来ることをしなくてはと急ぎ或真の後を追いかけた。




    □ □ □  □ □ □




「ツバキさん、大丈夫かな……」


 鉄格子の檻の中に閉じ込められながら、千理は静寂に堪えかねて独り言を呟いた。

 牢屋の割に広い部屋の中に居るのは四人だ。だが華蓮は意識を失っており、愁は千理の隣でじっと薊を睨み続け、そして薊は離れた壁に寄りかかりながら黙り込んでいる。

 千理が隣をちらりと見れば、同じように牢の中に入った愁が腕を組んで黙り込んでいる。その姿を見ただけで絶体絶命の危機に瀕しているのに関わらず千理の心は随分と落ち着いた。もし一人だったらろくに思考も出来ずに震えているだけだったかもしれない。


「暢気なものだな。こんな状況で他人の、しかも悪魔の心配か」


 その時、独り言に少し間を空けて薊が呆れたような声を上げた。壁に預けていた体を離し、ゆっくりと千理の傍へと歩いてくる彼に、愁が警戒して牢の奥へ行くようにと促して来た。


「案ずるな。別にまだ殺しはしない。櫟の目の前で殺そうとしなければ意味がない」

「……ツバキさんは本来無関係だった人です。なのに今、実験に使われそうになってるのに心配しない訳がないです」

「はっ、善人振って見逃してもらおうという魂胆か?」

「そう思うのならどうぞ」


 鼻で笑う薊に淡々と言葉を返しながら千理は唇を噛み締める。狙撃犯の記憶の中で、非道な扱われ方をしている悪魔達の姿を思い出し、その姿をツバキに重ねてしまう。


「なぜ、シオンという悪魔を復活させたいんですか」

「決まっている。やつの力があれば人間など一気に滅ぼせるからだ」

「でもそれは他の悪魔では駄目な理由じゃない。沢山の悪魔を呼び出しているのなら、彼らを全員使った方がシオン一体を呼び出そうとするよりも確実じゃないですか」

「……」

「……やっぱり、誰かを蘇らせたいんですか」


 薊の眉がぴくりと動いた。シオン召喚の件は薊が主体で動いているらしいという記憶がある。そしてその悪魔が死者蘇生できると口にし出したのは、恐らくこの男が最初だ。


「シオンという悪魔は、人を蘇らせる力があるんですよね」

「……何処で聞いたのか知らんが、お前はその男でも蘇らせたいのか」

「違いますよ。ただ警察にも今までそんな情報は無かった。だから何処からそんな情報が入って来たのか気になるだけです」

「調査室如きの情報網ではそうだろうな。……だが俺はシオンに直接会ったことがある」

「直接?」

「三百年前……死にかけだった俺をいとも容易く全快させた。少なくともやつにはそれだけの力がある」




『大丈夫、今助けるからね』


 薊の脳裏に、酷く朧気な記憶が蘇る。まだ幼い子供の頃に熊に襲われ今にも殺されそうになったあの時、ぼやけた意識の中で酷く優しい声を耳にした。

 随分と綺麗な、儚げな容姿の男だったのを覚えている。他にも誰か居たような気がするが、それよりも男が手を握った途端みるみるうちに傷が塞がっていく体に驚いてろくに覚えていない。


『――、』


 痛みが和らぐのに連れて意識が遠のき、何を話しているのかも分からない。ただその男が微かに口にした“シオン”という名だけは薊の記憶の中に深く刻まれた。


 後に目を覚まして妖怪仲間にその名を尋ねてみると簡単に情報が手に入った。少し前にこの辺りにシオンという名前の悪魔が居たこと、その悪魔は強くそして――死者を蘇生する力を持っていると。

 それから一年も経たないうちに彼はもう一つの情報を得ることになる。悪魔シオンが、一帯を更地にし数多くの人間を殺したのだと。





「やつの力は本物だ。死者を蘇らせる力も、同時に容易く奪う力もある。ならば召喚しない手はない」

「……やっぱり、あなたは誰かを生き返らせたく」

「それを聞いてどうする。同情でもしてくれるのか? ……冗談じゃない!」


 その瞬間、声を上げた薊の手が鉄格子に振り下ろされた。普通はまず壊れるはずもない牢はいとも容易く歪み、広げられた格子の中に侵入した薊は千理を首を掴んで宙吊りにする。


「千理!」

「俺の仲間を殺したのは人間だ。それも正当防衛でも妖怪への恐怖心でもない……ただの、好奇心を満たす為の玩具にされたんだよ!」

「っ、」


 息が出来なくなった千理が必死に腕を振り解こうとするが薊にとっては何の抵抗にもなっていない。愁はすぐに彼女を助けようと手を伸ばすが、しかしやはりその手はすり抜けおまけに他の力も操れない。額の札を剥がそうとしても同様に触れることもできず、千理が殺されそうになっているのにただ見ていることしかできない。


「千理を離せ!」

「苦しいだろう、ただ見ていることしか出来ないのはな。俺もそうだった。あいつが連れて行かれるのをただ見ていることしか出来ず、そしてあいつは……変わり果てた姿で戻って来た。他の妖怪と無茶苦茶にくっつけられ、命の尊厳を奪われた状態で俺に襲いかかって――」


「薊さん大変です! 侵入者だ!」


 怒りで殺さないという約束を忘れ、ぎりぎりと千理の首を絞める力が強くなって来たその時だった。意識を失いそうになっている彼女の耳に、勢いよく扉が開かれる音と血相を変えた男の声が同時に飛び込んできたのは。

 次の瞬間千理の首を絞めていた手から力が抜け、彼女はそのまま床に落下した。


「侵入者だと? 何で防犯装置が起動していない?」

「セキュリティが壊された形跡もありませんし、恐らく正規の手段で侵入したのではないかと」

「正規の手段だと」


 本部の入り口の祠に自身が持つシオンのバッジを重ね合わせる。狙撃手には万が一透坂鈴子に接触される可能性を考慮してバッジは狙撃時は持つなと言っていたのだが、まさかもう見つけ出したというのか。薊は舌打ちをして詳しい話を聞くために部下の元へと近付いた。


「侵入者の数は? やはり霊研か」

「いくつかに分かれて行動しているようで確かな数は――」


「邪魔だ」


 分かりません、と首を横に振ろうとした部下の男の首に、不意に背後から何者かの手が掛かった。


「え」


 突然自分の首を掴まれた男が訳の分からないまま声を出す。しかし彼はその訳の分からないまま、勢いよく体を投げ飛ばされ転がるように壁にぶつかって意識を失った。

 急に部下の姿が消えたことに薊も一瞬気が動転した。そしてその一瞬で、部下の背後から現れた男は不意をつくように薊の横っ面を殴り飛ばしたのだ。


「愁! 行って!」

「了解した!」


 それを見た千理は喉を擦りながら必死に声を上げた。彼女の声に合わせて愁は動き、まるで何の枷もないかのように加速して扉の方へと移動する。そして薊を殴った男もまた、すぐさま愁の姿を見つけて走り出した。


「……お前、何処かで」


 起き上がった薊が侵入者の男を視界に入れた。何処かで見たことがあるような気がすると、頭の隅で思い出せと警鐘が鳴る。


「――愁を拘束する札は、あなた以外の誰にも触れられない。そうでしたよね」


 呼吸を整えた千理が声を上げる。侵入者は愁の元へと辿り着き、そして彼は迷い無く彼の額の札に手を伸ばした。


「だけど正確には少し違う。あの札に込められた術は代々貴方の血に受け継がれた秘術。だから、あなたの血を持つ者は同じように触れることができる」

「まさか、あいつ」


 敵が正規の方法で侵入出来た訳は。

 薊の目が侵入者を凝視する。当の本人はあっさりと愁に貼り付いていた札を破り捨て、そして怒りの形相で薊の方を振り返った。


「ようやく見つけたぞ、クソ親父」

「……誠一郎!」


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