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霊研の探偵さま  作者: とど
一章
5/74

1-5 ようこそ


 突然見知らぬ子供に声を掛けられたと思ったら、その子と共に千理が消えてしまった。

 簡潔に、しかし情報を取り零さないように愁が状況を話し終えると、櫟は厳しい表情で頷いた。


「その子供は霊研うちから出て来たか聞いたんだね?」

「ああ」

「なら間違いなく千理ちゃんは巻き込まれただけだな。此処に恨みを持つやつの犯行――ま、山ほど思いつく」

「だったらすぐに見つけることは出来ないということか」

「いや、こっちもやられっぱなしって訳じゃないさ。――鈴子さん、イリス。仕事だ」

「ええ、任せて頂戴」

「こんな事件、すぐに解決出来ちゃうんだから!」


 櫟と彼に名前を呼ばれた二人が立ち上がる。三人が研究所を出て行くのを愁が後を追い、千里が消えた場所へと案内する。

 目を閉じたままだというのに淀みなく歩く鈴子にちらりと目をやって愁は櫟に問う。


「あの人は目を瞑ったままで大丈夫なのか」

「鈴子さんか? 彼女は確かに視力は無いが……僕達よりもずっと色々な物が見えている。心配しなくて大丈夫だよ」

「……そうか」


 そう言ってすぐに現場に辿り着くと、すぐに鈴子は辺りを見回してから傍にあった電柱に触れた。その光景を愁が訝しげに見ていると、イリスがふん、と胸を張って自分の遙かに上空にある愁の顔を見上げた。


「スズコは超能力者なのよ。物に宿る記憶を読み取ることが出来るの」

「物の、記憶」

「あまりに古い記憶は分からないが、彼女の“目”にはこの電柱を通して千理ちゃんが攫われた時の光景を見ることが出来る」

「……成程、あの時の子供ね」


 鈴子が電柱から手を離す。そして何処か虚空を見つめた後、彼女は一つ頷いて櫟の方を向いた。


「少し前に人間を捕まえては手足を奪って惨殺していた怪異が居たでしょう? あの子によく似た男の子が犯人ね」

「……あいつか。大分酷い殺し方だったから良く覚えているよ。やつの関係者なら余計に急がないとまずいな。イリス!」

「はいはい。……皆、集まって!」


 イリスがそう言って周囲に視線を向けた瞬間、愁は自分の目を疑った。突如として少女の周囲に大量の霊体が何処からともなく集まって来たのだ。それも、その全てが人間ではなかった。


 キャンキャン! みぃー、チュンチュン、パアオオオオン!


「犬、猫、雀、…………象」

「ああ、驚くよね。動物園に行った時に彷徨ってたのがくっついて来たらしくて」

「皆、いい? 今から言うやつを探して来て!」


 イリスを中心にして、おおよそ五十。ありとあらゆる動物霊に囲まれた彼女が指示を出すと、彼らは一斉に頷いて放射状に飛び去って行く。象が宙を走るそのあまりに現実味の無い光景を愁がただただ見ていると「すまないね」と櫟が声を掛けてきた。


「僕たちの所為で千理ちゃんを巻き込んでしまって」

「別にあんた達の所為じゃない。悪いのは千理を攫ったやつだ」

「それはそうなんだけど、でも心配だろう」

「心配……ああそうだ、心配だ」


 愁は表情を変えないまま俯いた。彼女が攫われた直後よりは落ち着いたが、それでも心の中は未だに荒れ狂っている。だがそれを察してくれる存在は、この場に居ない。


「あいつは……千理は俺の親友だ」

「うん」

「唯一無二の存在だ。だからもし、あいつに何かあれば俺は――」

「イチイ、見つけたって!」 


 と、その時イリスが嬉しそうな声を上げた。探し始めてから殆ど時間も経っていない。イリスの傍に戻ってきた犬の霊が彼女に呼応するように吠え、早く着いて来いと言わんばかりに尻尾を振っている。


「墓地でよく目撃されてたみたい。多分そこが住処ね!」

「墓地ね……成程、すぐに行こう」

「ああ」


 先導する犬の背後にぴたりと着いて、愁は一刻も早く千理の元へ向かうべく走り出した。



    □ □ □  □ □ □




「……此処、なに?」


 千理が目を覚ました時、そこは初めて見る場所だった。

 地面に寝かされていた体を起こし、妙に寒い空間に体を抱きしめる。周囲は赤黒い靄が漂うだけの奇妙な空間で、所々に今にも壊れそうな古い墓石が置かれている。

 彼女はこれまで何をしていたのかすぐに思考を巡らせ、そして霊研への帰り道にあの子供に何かされたのだというところまで思い出した。


「あの子……人間じゃ、なかった?」


 言動からして恐らく霊研に恨みを持つが故の犯行。ならばきっと彼は人間ではなく千理の理解を越えた“何か”なのだろう。

 とにかく此処から脱出しなければならない。だがしかし、千理は今一度周囲を観察して途方に暮れた。前後左右360度、墓があるだけの空間で何処へ行けばいいと言うのか。そもそも出入り口などあるのかすら分からない。……この場所は、十中八九普通の空間ではないだろう。


「愁! 居ないの!?」


 声を上げても辺りを見回しても彼の姿はない。何処にでもすり抜けて入ることが出来る今の彼でも、この場所には一緒に着いて来られなかったのか。……彼が霊体になってから以前よりもずっと一緒にいることが増えた所為で、余計に愁の姿が見えないことに不安を覚えた。


「――ああ、目を覚ましたんだ。思ったより早かったね」

「!」


 どうしたらいいのか分からずに立ち尽くしていた千理の背後から幼い声が掛かった。弾かれるように振り返ると、そこには想像通り千理を連れ去った小さな男の子が……30センチ程宙に浮いて冷笑を浮かべていた。やはり、人間では無かったのだ。

 得体の知れないものを直視して千理は後ずさる。しかしそれを帳消しにするように子供は彼女にゆっくりと近付いて来た。


「あは、僕が怖い? いいよ、もっと怖がってよ。人間の恐怖は僕らにとって大好物なんだ」

「あなたは……何」

「僕は僕。まあ人間なんかにはお化けとか怪異とか呼ばれてるけどね」

「……此処は何なの? どうして私を連れて来たの」

「質問が多いなあ。どうせ死ぬんだからそんなこと気にしなくていいんだけど……ま、自分がなんで死ななければならないかぐらい教えてあげるよ」

「……」

「君を連れて来た理由は勿論霊研だ。少し前に僕の家族があそこのやつらに殺されてね。せっかく兄弟二人で仲良く人間をいたぶって遊んでいたのに酷いことするよ。だから復讐代わりに君を殺そうと思ってね?」


 反論するだけ無駄だと千理は悟った。どれだけ丁寧に理屈を並べたところでこの怪異とやらは聞く耳を持たないだろう。


「ああ、またやつらが来ても返り討ちに出来るように他から力も借りて来たんだ。だから君は安心して死んでいいよ。何なら霊研の所為で死んだって一緒にやつらを恨むんなら僕の仲間にしてあげ――」


 悠々と話している少年に向かって、千理は後ずさっていた足を止めて逆に彼に飛び掛かった。右腕を引き、それを勢いよく小さな体に向かって突き出す。


「何してるの?」

「!」


 しかし千理の手は何にも触れることは無かった。勢い余った彼女はそのまま転がるように地面に倒れ、目を見開いて背後を振り返る。

 殴ろうとしたはずの子供は不思議そうに首を傾げているだけだ。


「何で……だってさっきは手に触れられたのに」

「ふふ、君は何も知らないんだね。そもそも怪異なんて呼ばれている僕は実体を持たないよ。けど人間に触れることは可能だ。お化けが人間に干渉出来なきゃ殺せないからね」

「そんなの……」

「ずるいって? この世界の全てを我が物顔で手に入れた気になっている人間の方がよっぽどずるいよ。……だから人間は減らさなくちゃね?」

「っぁ、」


 次の瞬間、千理は突如腹部に強い衝撃を受けて吹き飛ばされた。目の前の子供は全く動いていないというのに、何かに殴られたような痛みに腹を押さえて蹲る。

 何をされたのか分からない。訳も分からずに顔を上げると、今度は頬に強い痛みを感じた。殴られるのとは違う、熱を持った鋭い痛みだ。


「痛い? 痛い? でも、こんなのまだ序の口だ」


 だらだらと頬から血が流れ落ちるのを感じる。千理が地面に倒れたまま子供を見ていると、不意に赤黒い空間から大振りの鉈や包丁がいくつも宙に浮くようにして現れたのが見えた。

 嫌な予感に全力で逃げ出したいはずなのに、体は金縛りにあったようにぴくりとも動かない。


「大丈夫、すぐには死なないよ。ちゃんと生きたまま手足をもいで、恐怖と絶望でいっぱいにしてから殺してあげる」

「や、めて」


 動かない体に凶器が近付いて来る。包丁の切っ先が千理の腕に当たり、彼女は恐怖で顔を大きく歪めた。

 殺される。千理のその表情を見た子供が悍ましい表情で笑った。


「君はなんて無力な人間なんだろうね。逃げることもできず、生身じゃ僕に触れることすらできず、抵抗も出来ずに死んでいくだけだ。はは、本当に愉快で――」

「生身じゃなければいいんだな?」

「へ?」




 ――酷く楽しげに笑っていた子供が千理の視界から掻き消えたのはそんな時だった。

 目の前の存在は突然消えて一瞬の困惑後、彼女はそれが殴られて吹っ飛ばされたのだと気付く。そして、その代わりとばかりに目に入ってきたそれを見て、彼女は思わず視界を滲ませた。


「愁!」

「千理、すまない。遅くなった」

「いや愁君速すぎ! 危険だから僕を置いて勝手に進まないでって言ってるのに!」


 待ち望んだ半透明の存在を見上げていると、彼の背後から慌てた様子で駆け寄ってくる櫟の姿も見えた。

 いつの間にか動かなかった体が自由になっていて、千理は涙を拭おうとするがその前に手にべったりと血が付いて顔から手を離す。


「千理……怪我が」

「これくらい大丈夫」


 愁の顔が酷く強張るのを見て彼女は安心させるように笑った。大丈夫なのだ、愁が来てくれた以上、もう何の心配もしなくていい。


「……はは、よくも……よくもやってくれた」

「!」


 緩んだ空気を払拭させるように、底冷えするような子供の声が響いた。ようやく追いついた櫟が警戒して二人を庇うように立ちはだかると、少年は唇の端を釣り上げて「よく来たね、霊研」と櫟を睨み付ける。


「彼女を攫う時に愁君を放置したのが間違いだったね。すぐに見つけ出してしまったよ」

「何を勘違いしてるんだ? 僕はわざとそいつを無視したんだ。――お前らを此処へおびき寄せる為にね!」


 次の瞬間、息が詰まるような圧力が三人に襲いかかった。子供が周囲の赤黒い靄を体に吸い込み、どんどんその小さな体が膨れあがっていく。倍以上の大きさになったそれは、かろうじて人の形を残しているだけの化け物になっていた。


「なんだ……前に相手したやつとは比べものにならない力が」

「復讐してやる……僕の弟をむごたらしく殺したやつらを、もっと残酷に殺してやる!」

「!」


 赤黒い腕が振り上げられたかと思えば、それは鞭のようにしなって伸び、櫟に向かって叩き付けられる。彼は咄嗟に後ろに飛び退いて回避するが、地面に腕が叩き付けられた衝撃で周囲の墓石が壊れ、その破片が頬を擦った。


「……これは、少し本気にならなくてはいけないかな。千理ちゃん、もっと下がってくれ」

「復讐して……復讐、復讐を!!」


 櫟が余裕のあった表情を消して真剣な顔になると同時に、今度は両腕が一遍に振り上げられた。先程よりももっと強い衝撃が来るであろうと構える櫟に向かって、最早顔も分からないくらい靄に包まれたそれが薄らと笑った。


「死ね!!」

「――復讐か、成程」


 次の瞬間、櫟の目の前で襲いかかってきた両腕が制止した。彼が何かしたのではない。目の前に飛び込んできた半透明の黒が、その両腕を難なく掴んで止めたのだ。

 そしてそれと同時に、無理矢理感情を押し殺したような妙に静かな声が聞こえた。


「なら千理を攫って傷付けたお前にも、俺は復讐をしていいことになるな?」

「愁君!?」


 櫟の前に割り込んだ愁が、次の瞬間握りしめた両腕を握りつぶした。途端に子供の悲鳴が響き渡り、錯乱したように赤黒い化け物が暴れ回り始める。

 握りつぶされた先から新たに生えた腕が、四本に増えた足が、最早人の形で無くなりつつある体が一斉に愁に襲いかかる。しかし彼はその全てをいなし、蹴り壊し、叩き潰していく。


 まるでアクション映画を見ているようだ。こういう状況に慣れている櫟ですら思わずその光景に見入ってしまった後、彼はちらりと千理に視線をやる。気が付けば彼女は全く怯えた表情などしておらず、まるでこうなることを予想していたかのように冷静だった。 


「……『何かあれば』こうなる訳か」


 思わずそう呟いて、櫟は千理の傍に近付く。


「驚いたよ。愁君、あんなに強いの?」

「ええ。でもまだ十全の力は出てませんけどね。浮いているからかちょっと戦いにくそうですし、それに素手ですから」

「これ以上に伸びしろがあると」

「武器を持った愁が一対一で勝てない人間なんて居ませんよ。……ま、友人の贔屓目ですけど」


 愁の実家は剣術道場で、祖父は師範代だ。剣術は元より体術も昔から相当に鍛えられており、今やその祖父をも越えて千理の知る誰よりも強い。


「……剣術か。それは是非見てみたいな」

「はい、愁は凄いんですから!」


 愁が来てくれた時点でこうなることは分かっていた。目の前の化け物がどんな存在か分からずとも、愁が負ける姿がまるで想像できなかったのだから。

 千理が圧倒的な力で敵をねじ伏せている愁を見ていると、隣から小さな笑い声が聞こえてきた。


「何ですか?」

「いや……君達はお互いが自慢なんだね」


 愁は当然のように千理の頭脳を称え、彼女もまた当然のように彼の力に信頼を置く。いい関係だ、と櫟は微笑ましげに表情を緩めた後、改まった様子で彼女の名前を呼んだ。


「千理ちゃん、これは提案なのだけどね」

「何ですか?」

「君……いや君達、霊研うちに来ないか?」

「……え?」

「本当はさっき君達が帰る前に勧誘するつもりだったんだ。君はうちの探偵――参謀役として、愁君は霊体であることを生かして調査をお願いするつもりだったけど……この分だと対霊の戦闘員の方が合っているかな」


 千理はしげしげと櫟を見上げてから、僅かに眉間に皺を寄せた。


「私はただちょっと幽霊が見えるだけで、オカルトの研究所で働けるような特殊な力なんて持っていません」

「それはそうだね。けどそれでいい。うちは皆、それぞれ得意分野で自分の出来ることをしている。千理ちゃんが出来ないことは他のやつに任せればいいし、君は君の出来ることをすればいい」

「……私に出来ることなんてあるんでしょうか。頭を使うと言っても私はオカルト知識なんて皆無ですし」

「ならこれから知っていけばいいだろう。あらゆる超常現象に対する知識を吸収して理解する。そうすれば君の頭は今以上に強力な武器になるだろう。そうすればいずれ、愁君の事件だって君の手で解き明かせる時が来るかもしれない」

「!」

「それにうちに入れば真っ先に情報が入ってくるからね。君が居れば、僕たちだけでは気付かなかった情報を得られるかもしれない。どうかな」


 それは正に彼女が望んでいたことだった。自分の手で愁の体を取り戻す。自分は無力だからと諦めていたが、それが出来るかもしれない立場を今差し出されているのだ。

 だとすれば、彼女がそれを断る理由など何一つなかった。


「――よろしくお願いします」

「こちらこそ。……さて、そろそろあっちも止めなければね。無駄に力に溢れている所為でしぶとく生き残っているようだ」


 櫟は戦っている愁の方へと視線を向けた。もはや一方的にサンドバッグにされていると言っていい赤黒い化け物を見て肩を竦めると、彼はそのまま二人に近寄って行く。


「はいはいはい、もう止めにしよう。――という訳で、地獄でしっかり罪を償うといい」


 愁の攻撃の合間を縫うようにして櫟の右手が化け物の体に触れる。すると薄暗い空間にみるみるうちに光が溢れ……それが収束した時その場には何の姿も無くなっていた。

 一度は見たもののあまりに不思議な光景だ。千理はそれに見入ってしまいながら、改めて自身が今まで知らなかった世界の存在を噛み締めた。


「……ん?」


 化け物が消滅した後腕を下ろした櫟は、ふと足下に何かが落ちているのに気が付いた。拾い上げてみれば何の変哲も無い花を模した小さなバッジが転がっている。これがただの道端ならば特別気にならないのだが、こんな異空間にあるには異様なものだ。一応拾っておこうと思い、彼はそれを着物の袂にしまっておいた。


「愁、助けてくれてありがとう」

「何を言っている。俺はお前が怪我をする前に間に合わなかった」

「それこそ何言ってるの。こんな軽傷で済んだんだから十分だよ」


 千理はハンカチで血を拭いながら愁に笑いかけた。彼は不満げだが酷く殺されそうになったことを思えば殆ど無傷も同然だ。


「一応一件落着ということで……改めて千理ちゃん、うちの事情に巻き込んで済まなかったね」

「大丈夫ですよ。どうせこれからも関わって行くんですから結果的に私の問題でもありました」

「これからも?」

「ああ、千理ちゃんを霊研に勧誘したんだ。千理ちゃんは知識を得て愁君の事件の捜査も出来るし、僕達は彼女の頭を借りられる。それで、もし良ければ君も一緒にどうかなと提案したいんだが」

「……」


 櫟の言葉に愁は暫し考え込むように黙り込んだ。そんな様子を見て珍しいなと思うのは千理だ。彼は数日居座りたいと言うほど霊研に興味があったというのに即答しないなんて、と首を傾げる。

 時間は然程長くは無かった。愁は顔を上げると、一度千理をじっと見た後「分かった」と頷いた。


「ただし条件がある」

「条件? 何かな」

「こいつが……千理が無茶をしていたら力尽くで止めてほしい」

「は……私?」

「千理、お前は俺に人の気も知らないでと言ったがそれはこちらの台詞だ。この一ヶ月、寝食も忘れて必死に俺を体を探すお前を見て……見ていることしか出来なくて、俺がどんな気持ちだったか分かるか」

「! それは……」

「忠告しても一切聞かず、無理矢理止めようとしてもすり抜ける。これほど歯がゆく思ったことはなかったぞ」


 彼にしては強く感情の籠もった言葉に、千理は何も言い返せずに口を閉ざした。心当たりがあり過ぎるのだ。必死だったとはいえ何度も何度も愁の言葉を突っ返して、むしろ苛立ちをぶつけてしまっていた。思い返してみれば酷い態度を取っていたと今更になって気が付いた。


「……ごめんなさい」

「分かればいい。だが一度反省したところで千理はまた無茶をしかねないからな。何かあれば無理矢理にでもこいつを休ませてほしい」

「了解。他の皆にもしっかり通達しておくよ」


 櫟はしっかりと頷くと同時に、ふと何かに気付いたように赤黒い空を仰いだ。千理達も釣られて上を見上げてみれば、頭上に亀裂のようなものが走っており、それがどんどん広がっていくのが見えた。


「異空間が元に戻るよ」


 その声を合図にするかのように、ぴしりと音を立てて一気に頭上が割れた。バラバラと降ってくる破片に千理達が驚くものの、それらは体に触れる前に空気に溶けてなくなりあっという間にその空間は崩壊していく。


 全ての崩壊が止まった時、彼女達はいつの間にか夜になっていたらしい墓地の中心に佇んでいた。昼間よりも気温の下がった風が心地よく頬を撫でる。どうやら現実に戻って来られたらしい。

 一気に脱力してしゃがみこんだ千理と、そんな彼女を心配そうに見つめる愁。二人を見て、櫟は柔らかく微笑んだ。



「それじゃあ……千理、愁。ようこそ霊研へ」


 此処から全てが始まった。


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