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霊研の探偵さま  作者: とど
三章
47/74

22 悪魔にも色々いる


「……」

「愁、どうかした?」

「いや」


 愁が首を振ると、千理は特に気にすることなく彼から視線を外した。しかし愁は彼女に気付かれない程度に背後からじっと彼女の様子を窺い続ける。


(やはり、元気がないな)


 疲れているのか落ち込んでいるのか、最近千理はあまり元気に見えない。しかし本人にそう言ったところで否定されるだけかもしれないし、例え肯定されても何の解決にもならない。

 何か彼女を元気づけられることはないだろうか。愁は暫し考えを巡らせ、そしてすぐに思いつきのまま行動を始めた。




    □ □ □  □ □ □




「四名様ですね、あちらのテーブルへどうぞ。時間は今から九十分になります」


 がやがや、と楽しげな声と甘い匂いが飛び交う会場。丸いテーブルがいくつも並び、そして中央には沢山の種類の小さなスイーツが所狭しと並べられている。そのどれもがキラキラと宝石のように輝いて見えて、来店した客達に歓声を上げさせていた。


「思ってたよりも広い。色んなものがあるね」

「センリ! あっち! タルト色んな種類があるわよ!」

「ふふ、匂いだけでお腹いっぱいになりそうね」


 有名ホテルの一階を貸し切った口コミでも評判のスイーツビュッフェ。そこへやって来た千理達は見ているだけでも楽しげな会場に自然と表情を緩ませていた。

 テーブルに案内されるとすぐに各々立ち上がって好きにスイーツを取りに行く。食べるのも勿論楽しみだが、こうしてどれを取ろうかと選んでいる瞬間もまた最高に楽しい。イリスは数種類のタルトを前に目を輝かせているし、鈴子も見えないものの研ぎ澄まされた五感を頼りに迷い無く好みのケーキを手に取っている。


 全員がテーブルに戻ってきたところで千理はちらりと自分以外が何を持ってきたのか観察する。イリスはやはりタルトを中心とした可愛らしいケーキが皿いっぱいに詰め込まれており、鈴子は期間限定の栗スイーツが数種類とコーヒーだ。ちなみに言うまでもないが千理の皿はほぼチョコレートで埋め尽くされている。


「イリスそんなに食べられるの?」

「平気に決まってるでしょ? それにこれだけじゃなくてまだまだ食べたいものあるんだから」

「食べられなければ僕が食べますよ」

「だから大丈夫だって!」


 そして……最後の一人であるコガネの皿には控えめにフルーツサンドが置かれていた。今日は本来女子会の予定だったのだが、そうすると車を運転できる人間が居ない。なので急遽コガネも一緒に参加することとなったのである。


「まあコガネだし別に」

「それはどういう意味ですか??」


 一緒にコガネが来ると決まった瞬間のイリスとコガネの会話であるが、千理も言いたいことは何となく分かった。別に彼は中性的な見た目という訳ではないしむしろ女性受けするような……言ってしまえばホストに勘違いされるような外見ではあるのだが、特に女子会に混ざっていても気にはならなかった。


「でも、いいのかな。此処絶対に高いよね」


 随分と寒くなって来たのに躊躇いなくチョコアイスを口に運びながら千理が呟いた。場所も場所だし有名なパティシエが監修したスイーツもあるとのことでこのビュッフェはかなりの値段がするだろう。


「気にしない気にしない。あいつの方が奢りたがってるんだから」

「そうよ? 愁君なりに千理ちゃんの気晴らしになったらいいなって思って用意してくれたんだから、むしろ何も気にしない方があの子の為よ」

「そう、ですね」


 愁から此処のスイーツビュッフェに誘われたのは数日前のことだった。イリス達と楽しんで来いと言われたのだが、何故かその料金は愁の霊研でのバイト代から出ている。

 後から鈴子に聞かされたのだが、愁は最近元気の無かった千理を喜ばせたかったのだという。ただ愁が一緒に行ってもどうせ食べられないし気が散るだろうから、たまには女子会でもしたらどうだと。


 確かに千理は最近考えることが多い。愁の事件は元より、兄の体調、そして彼の事件から派生した『シオン』の件、そして更にそれに関連して若葉のことまで。考え事が多くなった結果口数も少なくなったのを愁が心配したのだろう。


「センリは色々頭使いすぎなのよ。甘い物食べてる時ぐらい頭空っぽにしなさい」

「そうだね。たまにはそうしようかな」


 イリスが偉そうに先輩振るのを見て千理が笑った。確かに折角来たのだから楽しまなくては損だ。にこにこと二人の様子を見ている鈴子とコガネにも頷いてみせて、千理は早速ぺろりとアイスを完食した。

 続いてどれを食べようかと皿の上を眺める。冷たいアイスからの温かいフォンダンショコラはどうだろうか。それとも手堅くガトーショコラにするべきか。


「珍しいですね。千理がアップルパイなんて」


 と、目移りしていた千理に横からコガネが声を掛けた。確かに千理の皿はほぼチョコレートだらけだが、その一角にはひっそりとアップルパイが鎮座している。


「ああ、これは……愁が好きなやつだなーって思ってつい取っちゃって」


 言いながらアップルパイを一口食べる。愁は何でも食べるが甘い物の中では特にアップルパイが一番好きだ。……まあ、今の彼は食べることができないのだが。




 鈴子と櫟が何も言わないので今日も彼はまだ生きているはずだ。気を遣われて黙っているということは無いだろう。二人ともそういう気の回し方はしないと千理は思っている。


(でも、本当にどうして愁は誘拐されたんだろう)


 当初からずっと謎だった。どうやって誘拐されたのかということもそうだが、何より何の目的があってのことなのか。今も生きているということは最低限は生命維持をしている証明である。だがその理由は、それこそ相手が人外ならば余計にその思考を読むことは難しいだろう。

 愁よりも前に誘拐された三人はどうだろう。彼らも生きているのか。……もしも、シオンのテロリスト達に誘拐されていたとしたら。


「センリ! もう、また考え事してるでしょ!」

「あ、ごめん」


 そこまで考えたところでイリスの声で我に返った。そうだ、せっかく気晴らしになるようにと愁が考えてくれたのにこれでは意味が無い。気が付けば食べていたはずのアップルパイは無くなっており、まったく味わうことなく飲み込んでしまったようだった。


「じゃあ千理ちゃんが悩まないように何か別の話でもしましょうか?」

「ええ。……ああ、そういえば最近英二がチョコレートを食べられるようになったんですよ」

「え、すごいじゃないですか! もう克服したんですか?」

「とは言ってもカカオ80%越えですが」

「それただの苦みの塊じゃないの」


 うえ、とイリスが舌を出す。ただのビターチョコレートも苦く感じるイリスには到底食べられるものではない。だがまずチョコレートを口に入れることができるようになっただけで随分と進歩しているのではないだろうか。


「英二君、すごく頑張ってるわね……あら?」


 コーヒーを飲みながら頷いていた鈴子が不意に小首を傾げて横を向く。何やら近くのテーブルの客が喧嘩をしているようで、徐々に声が大きくなって来たのに気を取られたようだ。

 釣られて千理達もそちらを見てみると、高校生くらいに見える男女が二人言い争いをしているようだった。


「何よ、なんで分かってくれないの馬鹿ツバキ!」

「分からねえのは華蓮かれんの方だろ! 馬鹿はそっちだバーカバーカ!」

「はあ!?? もうあんたなんて知らない! ケイヤク破棄よ! とっとと魔界でも何でも帰りなさいよ!」

「上等だ! 俺だってお前のことなんてもう知らねえよ!」


 派手な顔立ちのつんつん髪の少年とお嬢様然とした少女の会話は周囲など見えないようにヒートアップしていく。それだけならちょっと迷惑な客で済まされたのだが、その口論の中にどうにも聞き捨てならない単語が出て来た。


「……契約、魔界?」


 千理は思わずコガネをちらりと見た。彼は目を細めて騒ぐ男をじっと見ており、やがて頭痛を押さえるように頭に手をやった。


「あの男……僕の同族です」

「てことは、悪魔?」

「そうです。結構力の強い部類……少なくとも僕よりかは強いので、一応警戒して下さい」


 その言葉に少々緊張が走った。今はただ口論しているだけだが、もし此処で暴れるようなことがあれば周囲の客も危ない。その時は自分の力で防ごうとコガネがツバキと呼ばれた悪魔を警戒していると、苛々したように少女から顔を逸らした少年がちょうどコガネの方を見た。


「あ」


 しっかりと目が合ったのを自覚した途端、その悪魔は喜々としてコガネに駆け寄って来る。


「おいお前! 俺の仲間だな!」

「……仲間、と言われましても」


 ずかずかとコガネの前にやって来た少年の言葉に彼は困ったように眉を顰めた。同族ではあるが悪魔に仲間意識など欠片もない。殆どの悪魔は協調性が皆無であるし、例外であるコガネに関して言えば散々痛めつけられた過去を思い出す為同族がみんな苦手である。

 だというのにツバキはさっさと自分の椅子を持ってくると勝手に千理とコガネの間に座り、親しげにコガネに話しかけた。


「ちょっとツバキ! 逃げるつもり!?」

「逃げてねえよ! こいつに聞きたいことがあるだけだ!」


 そして彼を追って同席していた少女も椅子を持ってこちらへやって来る。どんどん騒ぎに渦中に巻き込まれていくのを感じた千理は若干遠い目になりつつ、そっと自分の皿を持って逆隣のイリスの方へとそそくさと避難した。


「なんなのこいつら」

「さあ……」

「大丈夫よ、敵意は感じないわ」

「それはそうなんですけど」


 動じていないのは鈴子ぐらいだ。見知らぬ悪魔に詰め寄られたコガネはのんびりとモンブランを食べる鈴子を少々恨めしげに見てから疲れたように息を吐いた。


「あの、聞きたいことというのは」

「契約の破棄の仕方と魔界への帰り方教えろ!」

「……は?」




    □ □ □  □ □ □




「おお! すごい! 本当に悪魔が召喚出来たぞ!」


 その悪魔は、とある裕福な一家の下へと召喚された。

 幽霊が見える訳でも人外の血が混ざっている訳でもない、ただのオカルト好きの男が古書店で偶然本物の召喚手引き書を手に入れてしまったのが発端だった。

 本に書かれた魔法陣を手の甲に書いて血を垂らす。するとただの水性ペンで書いた魔法陣はその手にしっかりと焼き付き淡い光を放ち、そして目の前に一人の少年の姿の悪魔が現れたのだ。


「あなたすごいわ! 天才ね!」

「てんさいー」


 召喚は家のリビングで行われた為、男の妻と娘も一緒だった。心底男に惚れている妻は、たとえ悪魔の姿が見えず何をしているのかよく分からずとも彼を褒めちぎり、そして幼い娘もドーナツを食べながら母親に習って手を叩いた。


「俺を召喚したのはお前か。望みはなんだ?」


 そして召喚された悪魔は、赤黒い翼を持った少年。彼は目の前の男を見て楽しげに笑った後、当然のようにすぐに契約を持ちかけた。悪魔を召喚したのだ、当然望みがあるはずだと尋ねたものの、目の前の召喚主は何故か「え?」と間抜けな声を出した。


「いや本当に召喚出来るなんて思ってなかったしなー、いきなり望みって言われても……あ、そうだ! それだったら娘を守ってくれないか?」

「娘?」

「この子……華蓮だ! 見ての通りこんなに可愛いだろう? いつか誘拐とかされるんじゃないかって心配で心配で」

「まあ! それは良い考えね。華蓮ちゃんも安心するわ!」

「ふぁんしん?」


 ドーナツをくわえながら喋る娘を見て悪魔はこいつのことかと彼女の側に近付く。彼が華蓮たちにも見えるように姿を現すと、途端に二人からわっと歓声が沸いた。

 すごい、かっこいいと褒められた悪魔は気を良くして、すぐに召喚者の望みに頷いた。


「しょうがねーな、俺が守ってやるよ」

「ふゃった!」

「やったわね華蓮ちゃん!」

「そいじゃあおっさん、報酬は?」

「報酬? タダじゃ駄目かい?」

「駄目に決まってるだろ、それじゃあ契約にならねえよ」

「おひいひゃん、どーふぁつふぃる?」

「は?」

「……お兄ちゃん、ドーナツいる?」


 口の中のドーナツを飲み込んだ娘――華蓮が皿に置いてあったもう一つのドーナツを悪魔に差し出した。四つ入りのドーナツは両親と華蓮が食べ終えてもう一つ残っている。


「ドーナツってこれか?」

「おいしいよ?」

「へー」


 粉砂糖が掛かったシンプルな穴あきドーナツを手に取った悪魔はしげしげと観察した後それをひょい、と口に入れた。


「は? うま!」

「でしょでしょ!」

「うまー! 俺報酬これがいい!」

「分かった、じゃあ君には娘を守ってもらう代わりに毎日ドーナツを渡そう!」

「毎日!? おっさん太っ腹だな!」

「はっはっはっ、それほどでも」

「華蓮ちゃん良かったわね、悪魔のお兄ちゃんができたわよ」

「できたー」

「よーし、これで契約成立だ!」




    □ □ □  □ □ □




「っつーわけで契約したんだけど」

「……」


 絶句、という言葉が恐ろしく似合う表情でコガネが黙り込む。千理もイリスも同じく、やはり変わらないのは鈴子だけで「仲良しでいいわねー」とほのぼのしているだけである。

 三人が思わず顔を見合わせる。言葉に出さずとも彼らの心は綺麗に通じ合っていた。


 一体何処から突っ込めば……。


「なあ、あんた。それでどうすれば契約破棄して魔界に帰れるんだよ。教えてくれ」

「ふん、自力で実家にも帰れないなんてホントに駄目悪魔ねあんた」

「何だと!」


 気付けばまた二人は口論を始めている。このままでは店を追い出されてしまうかもしれない。いやそれでも全然構わないのだが、この二人を放っておくのは色々とまずいのではないかと感じた。


「二人とも落ち着いて下さい、お店に迷惑が掛かりますよ」

「あ、……それもそうね」


 周囲を気にしながら千理が言うと、華蓮とツバキははっと我に返って大人しく席に着いた。とはいえ千理達のテーブルにである。此処で落ち着かれてもちょっと困る。


「あの……とりあえず前提から言わせて頂きたいんのですが。そもそも契約出来てませんよ」

「……へ?」


 おずおずと切り出したコガネの言葉に、彼らは二人揃ってぽかんと口を開いた。


「当たり前じゃない。ドーナツを代償に契約ってバカ以前の問題よ」

「ば、バカって」

「コガネさん、悪魔との契約の代償って魂のみですよね?」

「基本的にはそうです。その魔法陣に刻まれた契約内容があまりに特殊なものでない限りは。何かの本を見て召喚したのならほぼ確実に贄は魂に限られているでしょうね」

「は、魂? 何それ……」

「何それと言われましても。普通の悪魔は人間との契約時、生け贄として魂を要求するんですよ」

「魂って、そんなことしたらそいつ死んじゃうじゃねーか!」

「そうよ! そんな血も涙もないことするなんてあんた悪魔!?」

「悪魔ですが」


 何故自分が責められているのだろうかとコガネが首を傾げる。先程まで言い争っていたというのに今度は妙に息が合っているものだ。どうしてこんな目に遭っているのだろう。


「でも、何であなたは悪魔なのにそれを知らないのかしら?」

「そうそう、こんなのジョーシキよ」

「しょうがねーだろ。俺召喚される前のことあんま覚えてねえんだから」

「覚えてない?」

「どっかで頭打ったのか何なのか知らねえけど、俺が悪魔だってことと悪魔は契約するものだってことぐれーしか覚えてなかったし」

「悪魔が記憶喪失……」

「仕方が無いから名前だって私が付けて上げたのよ、ちょうど庭に椿が咲いてたからそれでいいやって」

「な、投げやり」

「まあ悪魔の名前の付け方なんてそんなものですけどね」


 だとすれば例のシオンという悪魔もたまたまその辺にシオンの花が咲いていたから付けられたのか。いやそんな強い悪魔にそもそも誰が名付けたのか。


「まー契約してねえんなら破棄する手間が省けたってもんだ。で、キンイロのあんた……なんだっけ」

「コガネです」

「ふーん。で、キンイロ。魔界に帰る方法を教えろ」

「聞いた意味……。ああはい、戻る方法ですね」

「悪魔が送還される方法は二つですよね?」

「ただ戻るだけ、とするのであれば三つですね」

「三つ?」

「一つは魔法陣を送還用に変更すること。元からある魔法陣に更に術式を付け加えて血を垂らす。これで正式に召喚は終わります。それとは別に強制送還……この世界に存在できるだけの力を失った悪魔は自動的に魔界へと戻されます」


 調査室や霊研で悪魔と敵対した時の対処方はほぼ後者だ。特殊な弾丸を用いて悪魔の力を封じ、強制的に召喚を解除する。


「そして最後ですが、そもそも普通の悪魔は自力で魔界に戻れます」

「えっ」

「そうなんですか?」

「ええ。別に戻ろうと思えば戻れます。……まあ、その、ツバキさんはその辺の記憶を失っているようなので無理そうですが」


 その辺はそもそも当たり前過ぎて出来ないということが分からないのでコガネにも教えようがない。それこそ記憶を取り戻してもらう他ないだろう。


「ですから妥当なのは最初の魔法陣を書き換えるという方法ですね。そうすれば召喚者との繋がりは完全に絶たれます」

「ま、待って! 繋がりが完全に絶たれるってどうなるの!? もう戻って来られないの?」

「え? ええ。それは勿論そうですけど」

「ちょっと実家に帰るとかそういうのじゃないの!?」

「じゃないですね。次の召喚者に呼ばれるまでずっと戻って来られません」


 途端に狼狽えだした華蓮に千理は頭痛を覚えた。実家実家言っているなとは思ったが本当にちょっと里帰りします的な発想だったのか。と思ったら今度はツバキまでもが「駄目だ!」とテーブルに両手をついて立ち上がった。


「そんなことをしたらドーナツ二度と食えなくなるじゃねーか!」

「いや知らないわよそんなこと」

「コガネ君、でも調査室の悪魔は魔界に一時帰宅してる子も居なかったかしら」

「ですから戻ることは出来るんですよ。ただこちらへ帰って来る際に契約者との繋がりを頼りに戻ることになるので、結局契約していないと無理なのですが」


 例えばコガネが一度魔界に戻ってしまえば、契約をしていないコガネはその時点で魔法陣が効力を失い英二との繋がりは絶たれる。つまり、二度と二人の元へと帰ることはできなくなるのだ。

 よく分からねえ、と頭を抱えるツバキは暫し難しい顔で唸っていたが、不意に「あ!」と声を上げて良いこと思いついた! と手を叩いた。


「簡単な話だ、だったらもう一度呼び出せばいいじゃん」

「え……ツバキって天才?」

「だろ?」

「……基本的に召喚される悪魔は選べませんよ。特定の悪魔を召喚する魔法陣も無くは無いですが、それはその悪魔自身が作り出す必要があります」

「コガネ、よくまだ付き合ってられるわね」


 すでに興味を失って食事を再開したイリスが呆れたように言う。正直千理ももうほっとけと思っているがコガネは律儀なので最後まで付き合ってあげるのだろう。

 千理は冷めてしまったフォンダンショコラを食べながらぼんやりと以前受け持った事件を思い出した。銀色の悪魔が召喚者と手を組んで自分を呼び出す魔法陣を売り捌いていた事件だ。


「じゃあツバキ、その魔法陣作ってから帰りなさいよ」

「つっても俺魔法陣の書き方とか知らねーわ。キンイロ、教えてくれねーか?」

「はあ……」

「二人とも、少し落ち着いたらどうかしら?」


 とうとうコガネまでもが面倒臭いと思ってしまったところで鈴子が静かにフォークを置いた。


「そもそも、どうして魔界に帰りたいのかしら。二人ともとっても仲がいいみたいだし、戻る必要なんて無いと思うわ」

「か、勘違いしないで! 仲良くなんて無いわよ!」

「……あれ。そういや、なんで喧嘩してたんだっけか」

「ちょっと忘れないでよ! あんたが! せっかくずっと楽しみにしてたビュッフェだったのに他の女の子ばっかり見てるから……」

「そうだ、さっきもそんなこと言っていたけど何の話だよ」

「だから! ずっと隣の子ばっかり見て」

「俺が見てたのは皿だよ! まだ食べてねえドーナツが乗ってて美味そうだなーって思ってただけで」

「……ええ? ホントに?」


「センリ、そのチョコレートケーキ何処にあった?」

「ほら、あのチョコフォンデュの向こう側。結構見つかりにくいみたいで残ってたからまだあると思うよ」

「……僕も飲み物おかわりしてきます」

「ふふ、一件落着ね」


 自分の勘違いに気付いて顔を真っ赤にする華蓮とやれやれと肩を竦めるツバキ。そんな二人を微笑ましげに見守っているのは鈴子だけだった。




    □ □ □  □ □ □




「美味しかった!」

「おー、また食いてえな」


「……なんで最後まで一緒なんだか」


 結局その後も同じテーブルで食べ続けた二人は千理達と同時に食事を終わらせて店を出た。正直もう関わりたくないなと内心思っていると「面倒臭さならあんた達兄妹も大概だけど」とイリスがぼそっと呟いた。心外である。


「せっかく愁が気晴らしにって思ってくれたのに、スイーツは美味しかったけど正直ブラマイゼロ……。シオンとかの対策を考えてた方がいっそ有意義だったかもしれない。美味しかったけども」


 そう、美味しかったけども。ゼロは言い過ぎかもしれない。ややプラスだ。


「なあ、あんた」


 さっさと別れて帰ろうと思ったところでくい、と上着の袖を引かれた。千理が振り返ればツバキが小首を傾げており、その後ろでちょっと華蓮がむっと頬を膨らませているのが見えた。


「まだ何か」

「今言ってたシオンってやつ、流行ってんのか? なんかこの前も道端で変なやつに話しかけられてシオンがどうたら、同志にならないかとかなんとか言われたんだんだが」


「……は?」


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