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霊研の探偵さま  作者: とど
三章
45/74

20-4 暗躍


「いや、霊研といえば様々なプロフェッショナルが集まる優秀な霊能事務所だと聞いていますよ!」

「ふははは! その通り、此処には我が禁忌の力に負けず劣らず素晴らしい人間達が集結しているからな!」

「だからてめえらうるせえんだよ……徹夜の頭に響くわ」


 鬼頭と或真の騒がしい二重奏に英二が大きく溜め息を吐く。元調査室の人間とはいえ全員と知り合いという訳でもなく鬼頭とは今日が初対面だが、これだけ騒がしい人間だと知っていれば変えてもらっていたのに、と彼はこの男を紹介してきた深瀬を恨んだ。


「褒めてくれるのは嬉しいけどあまり時間が無いんだ。早速本題に入らせてもらってもいいかな」

「勿論です! それで、俺は何をすればいいんですか?」

「……英二、ひょっとして何も説明してない?」

「仕方ねえだろ。こいつを借りるの決まったのがついさっきだからな」

「それはしょうがないか……。まあ詳しいことは道すがら話すけど、とりあえずこのお守りの力の持ち主を辿って欲しい」


 櫟は例の赤いお守りを鬼頭に差し出した。その瞬間、騒がしかった彼は途端に口を閉ざし、真剣な表情になってそのお守りをまじまじと見つめ始める。一瞬にして人が変わったようだった。


「これは……」

「今起こっている連続不審死事件の重要証拠だ。調査室の人間なら流石に聞いたことはあるんじゃないかな」

「はい、勿論……成程、そういうことか」

「あの、何か問題でもありましたか」


 お守りを見つめる鬼頭の表情が険しくなる。もしや犯人を辿るのが難しいのだろうかと千理が尋ねると、すぐにはっと顔を上げた鬼頭は「問題ありません!」と力強く首を横に振った。


「問題ないなら早速出発しよう。案内を頼むよ」

「任せて下さい! 此処からざっと十キロ西の方向ですね」

「なら移動は車だな。二台に分かれて適当に乗れ」


 英二はそう言ってすぐに踵を返し、続いて他の職員も外に出る。

 車は寝不足の英二に気を遣ったコガネと櫟が運転することになったが、英二が鬼頭と同乗するのを嫌がった為櫟の車に鬼頭が乗り込み先導することとなった。代わりに櫟の車の音量バランスを保つ為英二達の方に或真が任されたのは余談である。


「伊野神です。鬼頭さん、よろしくお願いします」

「桑原愁だ。よろしく頼む」


 人数の関係で必然的に櫟の車に乗り込んだ千理は助手席に座った大男に声を掛けながら彼を窺った。


「霊研には幽霊も職員にしていると噂に聞いたが本当だったんだな!」

「いや、愁はまだ生きて」

「それじゃあ櫟さん、ひとまずしばらくまっすぐ進んで下さい!」


 千理の言葉を思いきり掻き消して鬼頭が声を上げる。彼女としては絶対に訂正しておきたい所だったが仕事が優先だ。我慢して口を噤んだ。


「それにしても、さっきハーフと言っていたが……」

「ああ! 父親が妖狐で母親が人間だ!」

「でも、見た感じ普通の人間にしか見えませんね」


 こうして力を辿ることが出来る以上普通の人間では無いのだろうが、見た目にキツネ要素は何処にも無い。そう感想を漏らすと「外見は母親似だからな」とすぐに返事が来た。


「まあ、そもそも仮に父親似だったとしても変化へんげするから変わらないな」

「変化、ですか」

「千理、考えてもみなよ。例えば彼に尻尾なんかあったとして、普通の人間が見たらどうなるか」

「ああ……」

「驚くな。触らせてほしくなる」

「「いや、そういうことじゃない」」


 真顔で頷いた愁に、櫟と千理が同時に突っ込む。「キツネの尻尾といえばふかふかだろう。千理だって触りたくないか?」と愁が不思議そうにしていると助手席から笑い声が聞こえてきた。


「く……桑原! お前は面白いな!」

「そうか? よく分からないが面白かったならよかった」

「ああよかったよ、お前となら友達になれそうだ」

「ハーフの友人は初めてだな」


 後部座席を振り返った鬼頭がご機嫌で愁に握手を求める。当然すり抜けてしまうがそれすらも喜ばしいと言わんばかりに笑顔を浮かべた彼に、一体愁の何が彼の琴線に触れたのだろうかと千理は首を傾げた。


「あ、そういえば少し前から北に方角ずれてますね!」

「早く言ってくれないかな!?」


 ひとしきり握手をして満足したらしい鬼頭がそう言うと、櫟は慌ててハンドルを切った。



    □ □ □  □ □ □




「此処は……神社ですね」

「随分寂れてるがな」


 鬼頭の案内で辿りついたのは、人気の無い寂れた神社だった。鳥居の色は完全に禿げ、参道も荒れ果てて元の道が分からないほど草や石で溢れかえっている。


「……この先です」


 目的地に近付くに連れて騒がしかった口数を減らした鬼頭が折れた参道の先を示す。途中にあった小さな社殿や手水舎は壊れていたり瓦礫に埋もれていたりしており、とても誰かが管理しているとは思えない。

 木々に視界を邪魔されながらも七人が参道を曲がろうとする。その先を見れば本殿があり、やはりというべきか屋根が半分崩れており目の前にある石段も所々割れている。

 千理が朽ち果てた神社を観察していたその時、石段の上、暗い拝殿の奥に誰かがいるのが見えたような気がした。


「千理!」

「!」


 その瞬間、千理の体は真横に吹っ飛んだ。いや正確に言うと愁の力によって勢いよく移動させられたのだ。そしてその直後、彼女が居た足元にある石畳が何かによって抉られた。


「これは……」


 コガネが息を飲んだ。或真は眼帯を外し、英二も銃を構える。

 そこに居たのは、人なのにもう人ではない球体だった。何人もの人間がまるで雪玉を作るように丸く整えられそこから一際長い手足を出して石畳を抉ったのだ。

 言葉を失って静まりかえった境内にその球体の息遣いがよく聞こえた。何十人もの苦しげな、弱々しい呼吸音。時折何かを言おうと球体の面の一部になっている顔が呻き声のような声を上げた。


「なんて悪趣味な」


 櫟が今にも吐きそうになるほど顔を歪めた。彼はその球体に近付こうと一歩足を踏み出し、右手を上げる。


「すぐに成仏させて――」

「来たか、人間ども」


 櫟の手が球体に向かって伸ばされたその時、本殿の方から低い声が聞こえた。そして次の瞬間、球体はまるでボールのように跳ねて石段を登り男の隣へと着地した。


 そう、いつの間にか石段の上には見慣れない男が立っていた。白髪混じりで無精髭を生やした、英二とそう変わらない年齢に見える男は千理達を見下ろすと軽蔑するような眼差しをみせた。


「いや、人間だけではないな。よくのうのうとそいつらと一緒に居られるものだ。分かるか悪魔、半分。貴様らに言っているんだ」

「……何を言っているのか分かりませんが、つまりあなたは人間では無いと?」

「俺をそれらと同じにするとは悪魔も堕ちたものだな」


 訝しげにコガネが男を見上げると、彼は徐にしゃがむと右手を持ち上げてそれを何気ない様子で振り下ろした。

 刹那、石段が中央から真っ二つに割れる。瓦礫が宙を舞い、衝撃で石段どころかその先の石畳まで破壊され、櫟達のすぐ傍でようやく収まった。


「すごい、力」

「種族は分からないけど、彼も妖怪か何かのようだね。……まあ、お守りに力を込めた時点で一般人では無いことは分かっていた訳だけど」

「……あんたがお兄様達を苦しめた、黒幕」


 千理は拳を握りしめて男を睨み付けた。この男の所為で兄や舞は死にかけ、他に何人もの人間が死んだのだ。彼女自身がこの手でぶん殴ってやりたくなった。


「一応確認するが、お前がこのお守りで不特定多数に呪い殺したんだな?」

「左様。だが今回の計画は失敗だな。一応試してみたものの効率が悪い。おまけにこうしてお前らが辿り着いた、やはり裏からこそこそと暗躍するのでは限界がある」

「一体、何を」

「やはりそろそろ表に立つ時期だ――やれ」


 男の言葉を理解する前に、彼の隣で蠢いていた球体が再び破壊された石段の下に落ちた。球体から人間の手足をいくつも生やしてそれを伸ばし、それらが鞭のようにしなって襲いかかってくる。


「行け、我が僕オルトロス――」

「人殺しになるか? 化け物の寵愛を受けし人間」

「!」


 或真が皆の前に出て応戦しようとしたその時、男の酷く冷静な声が彼の行動に水を差した。一瞬戸惑うように動きを止めた或真を球体は見逃さず、その手足を或真に叩き付けた。


「或真!」

「問題ない、が……」

「これは見ての通り生きた人間を丸めて固めて作ったものだ。お前らと同じ人だ。何十人もの人間をお前の手で化け物に食わせる訳だが……やりたければやればいい」

「なんて卑劣な」

「おや? お前達も我ら同胞を、妖怪をキメラにして面白半分に遊んでいると聞いていたが何が違うのだ?」


 千理の脳内に初めて受けた霊研の依頼が頭を過ぎった。森の奥にある廃墟で見た、あの牛と蜘蛛を掛け合わせた醜悪な存在を。


「或真、いい。俺がやる」


 立ち上がろうとした或真の前に英二が立つ。彼は両手に持っていた銃を間髪入れずに撃ち、銃弾を容赦なく人間の塊へと浴びせた。抵抗する間もなくそれは何十にも悲鳴を上げ、そしてやがて形を崩して壊れた石段の上へと転がり沈黙する。


「元に戻せるもんでもねえ。ならさっさと終わらせてやった方がいい」

「くく……随分とお優しいな。反吐が出る。何を言おうとお前が大量に人を殺したことには変わりないが?」

「それがどうした。人なんてとっくの昔に殺してる」


 自分の所為で死んだ兄と義姉。そうでなくても調査室に所属している時に悪魔のいいようにされて死ぬことも出来ずに苦しんでいた人間に止めを刺したことだってある。今更だ。

 英二が動揺せずにそう答えると、途端に男はつまらなさそうな顔になった。


「人間はいいな。羨ましいよ。そうやって何十人死のうが世界は何も変わらない。我らはたった一人同胞を失っただけで世界が終わったように思えるというのに」

「……何が言いたい」

「この世は人間が多すぎると思わないかね」


 男は大仰な仕草で両手を広げた。


「見渡す限り人間、人間、人間ばかり。我が物顔で世界を牛耳り、その他の生き物は全て虫けら扱い。人間を殺すことに躊躇すれど、その他を殺すことを躊躇うか? 先程言ったキメラを殺した時、妖怪も生きているとは思わなかったのか。それが人間の傲慢だ」

「……!」

「この世界は人間がルールを作っている。人を殺した妖怪や怪異は排除されるのに、妖怪を殺した人間は野放しだ。生きるために人間を食べるやつらだって居る。彼らはただ生きたいだけなのに容赦なくお前達に殺される。そしてそれは罪にならない。お前達が牛や豚を食べるのと違いは無いというのに」

「……それはお門違いだ。殺されそうになったら身を守るのは当然のことだろう」

「なら、少し前に殺されたホームレスが人間では無いと分かった途端捜査を打ち切られたことは? ……いや、いいんだ。仕方が無いんだろう。この世界はお前達人間を中心に回っている。少数である我らは息を潜めてこそこそと生きるしかないのだろう。仕方が無い。この世にいる大多数は人間だからな。だから――」


 男が顔を歪めるようにして笑う。その瞬間、千里達の周囲に先程の人間の球体が今度は五体も一瞬にして集まって来た。


「な」

「だから我らが大多数になればいい。……人間を減らすのだ。幸い我々は長命である種族も多く、そして力は人間よりも強い。そう、かの伝説の悪魔のように、一瞬で何千人もの命を奪うことだってやろうと思えば出来るはずだ」

「! お前、」


 櫟の目が大きく見開かれた。男を凝視する櫟に一体の球体が襲いかかり、すぐにコガネが障壁を作ってそれを弾き飛ばす。が、すぐに他の一体の手足が伸び、櫟の手にあった赤いお守りを叩き落とし、そのまま瓦礫と共に押し潰した。


「所長!」

「悪い、コガネ。油断した」

「今日は宣誓だ。我らは貴様ら人間を殺し尽くす。……生き残れたならまた会うこともあるだろう。――『シオンの名の下に』」

「待て!」


 男が悠々とした足取りで去って行く。櫟はそれを追いかけようとしたが、すぐに球体人間に阻まれ足を止めた。


「邪魔をするな!」


 櫟の右手が殴る勢いで球体に触れる。すると触れた箇所から光が広がり、球体全体を包み込んだ。その光が消えると、英二が倒した時と同様に体が崩れた人間の死体が地面に散らばった。

 戦うのを躊躇う或真の代わりに愁が容赦なく吹き飛ばす。彼にとって千理に危害を加えるものは人間でも妖怪でも関係ない。鬼頭も動揺しながらも体術で応戦し、何とか五体の球体人間を退けたその時、既に男の姿は何処にも見えなくなっていた。


「……よくもその名前を」


 すでにお守りは破壊され後を辿ることも出来ない。櫟は歯噛みしながら、男が消えていった先を睨み付けた。




    □ □ □  □ □ □




「いやーもう、ホントに冷や冷やしましたよ!」


 翌日、都内の小さな料亭の一室でその場にそぐわない元気な声が響いていた。


「早朝から急に呼び出されたかと思えば霊研のやつらに協力しろって言われるし、おまけにあざみさんの力辿れとか言われるし! 他のやつらがいるから事前に連絡もできなかった上、でも力を追うなんて簡単なことできないと怪しまれるから行くしかないですし!」

「鬼頭煩い。静かにしろ」


 騒がしい男――鬼頭は大きな声で愚痴を言いながらばくばくとご飯を口に運ぶ。その向かい側に座る白髪の男は静かに箸を置くと苦言を呈し、煩わしそうに顔を上げた。


「そもそも前日にお守りが燃やされた時点で勘付かれたことには気付いていた。だからああして下準備を終えて待ち構えていたんだ」

「え? そうなんですか?」

「どちらにしろ潮時だった。表での破壊工作のついでに少しでも人間の数が減らせるなら、と思って試してはみたものの非効率だ。やはり警察に目を付けられてでも派手に殺した方が効率が良い」

「でもあいつらあの人間団子すぐに殺しちゃいましたよ。もっと強力なやつじゃないと駄目なんじゃないですかねー」

「それについては問題ない。策を講じる準備と……それと近々教祖様が完成なさる予定だからな」

「やっとですか!」


 喜ぶ鬼頭の脳内に現教祖の姿が思い浮かんだ。数年前に代替わりした教祖様はとても優しい。人間とのハーフである鬼頭を差別することなく、そしてその身に強い力を秘めている。そんな彼が更に完璧となって完成するのだ。楽しみで無いわけがない。


「どんな風になるんだろうなー。あっ、そうそう薊さん。そういえば新しく紹介したいやつがいるんですよ。そいつ半分の俺よりも少ないんですけど大丈夫ですか? すげえ良いやつなんですけど!」

「構わん。少しでもその血と力を受け継いでいるものなら受け入れる」

「薊さんってそういうところ結構寛容ですよね。他の幹部は俺がハーフなのかなり嫌がられるんですけど」


 鬼頭は妖狐と人間のハーフだ。おまけに調査室に潜入している身で、いつか裏切るのではないかとこそこそ噂されているのを耳にするのはもう慣れた。

 しかし彼、薊はそんな噂など知ったことかとばかりに鬼頭を使い、そしてこうして食事に連れて行ってくれるなど随分と気に掛けてくれている。どうしてなのかと不思議に思っていると、薊はちらりと鬼頭を見た後、食事を再開しながら何でも無いように言った。


「俺も同じだからな」

「え? ……えええ!?」

「煩い」

「そうだったんですか!? 薊さん、ハーフ!? てっきり純粋な鬼だとばかり」

「親から受け継いだ血が濃かったからそう見えるだけだ。実際混じり気の無い親と比べても力は遜色無かったからな。面倒になるから他のやつらには言うなよ」

「えー、そうなんですか。へー」

「嬉しそうだな」

「仲間だなーって」

「元からそうだろう」

「へへっ」


 当然のように返された言葉に、鬼頭は喜んで茶碗蒸しを一気飲みした。


「……ところでさっき言ってた策ってなんですか」

「完成した教祖様だけでは流石に戦力が足りない。それに万が一ということもあるから保険を用意するのだ。その為にお前の力が必要になる」

「俺?」

「警察の他の内通者とも連携して作戦に当たれ。重大な仕事だ」

「俺、あいつらあんま好きじゃないんですよね。同じく調査室に潜入してはいるけど影で滅茶苦茶差別してくるし……で、何をするんですか? 調査室の人間攫って洗脳して兵器にするとか?」

「近いな。ただ調査室の人間ではない。お前も昨日会っただろう」

「?」

「外村或真。化け物達に気に入られた哀れな生け贄だ」

「ああ、あいつですか」

「そもそも元々あれは我々の物だ。それを横からあの櫟とかいう男が勝手に持ち出しただけ……盗んだものはきちんと持ち主に返してもらわなければ」


 或真にこちらへ戻って来てもらう。そうすれば戦力は何倍にも膨れあがるだろう。あれはもはや人間とは言えない化け物だ。敵にしておくのは惜しい。


「詳しい計画は後日伝える。やつを取り戻したらすぐに本格的に動き始めるからそのつもりでいろ」

「了解であります!」


 鬼頭がふざけて敬礼するのをスルーして薊は立ち上がった。鬼頭もそれを見て慌てて残りの食事を片付けようとするが、薊はそれを制した。


「いい。ゆっくり食え。俺はもう行く」

「そうですか?」

「ああ。必ず成功させるぞ。気を引き締めろ」

「勿論です! ――シオンの名の下に」


「ああ、シオンの名の下に」


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