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霊研の探偵さま  作者: とど
三章
42/74

20-1 生霊


「千理、万理、すまない」


 櫟の車に乗り込み霊研へ戻る道中、ふと思い出したように愁が二人に謝った。

 余談だが千理は助手席、愁と万理は後部座席に座り念の為万理が車からすり抜けないようにと愁が腕を掴んでいる。

 一体何の話だろうかと万理が愁を見上げた。座っていてもその背の高さが分かり少々悔しい思いがこみ上げた。万理と愁では恐らく15㎝は違うだろう。


「先程あの家で騒ぎになっていただろう。実は色々あって少し家を壊してしまった」

「家を……壊す?」

「具体的に言うと壁と床に穴を開けた」

「それはちょっとなのか??」


 万理はちょっと信じられない目で愁を凝視した。そもそもそんなに簡単に壁も床も壊れることなんてない。一体何をしたのかと訝しげな顔になるが、先程千理を宙に浮かせていたことから考えても不思議な力があるのだろうと一人納得した。そもそも半透明の幽霊に普通を求めても仕方の無い話である。


「あー……むしろそれは私がごめん」

「なんで千理が謝るんだ?」

「なんていうか……愁が勝手に暴れなくても結局私が騒ぎを起こしてもらう予定だったから。お兄様、ごめんなさい」

「どういうことだ?」


 今度は助手席から後ろを振り返った千理が謝ってくる。その意図が読めなかったのは万理だけではないらしく、愁も不思議そうに首を傾げていた。


「私が天宮に呼ばれた時点でお兄様に何かあったのはすぐに分かった。あの家にとって私は跡取りであるお兄様の片割れってことしか価値はなかったから」

「……そうだね。天宮の家にとってはそうだ」

「この前の模試も受けてなかったみたいだし、事故か病気か……それとも他の理由かは分からなかったけど何かあった。だから、もしもを考えて愁と櫟さんを頼ることにしたの」

「僕も?」

「実際頼ったじゃないですか。お兄様の呪いを吹き飛ばしてくれた」


 事故や病気ならば千理が出る幕はない。天宮が大事な跡取りの為に金を惜しまず最新の治療を受けさせているだろうから。考えたくはないが既に亡くなっていたとしたら尚更できることなどない。だから考えるのは他の想定だ。

 もしも霊研の案件だったとすれば――それこそ近頃の学生の不審死と関わりがあれば。可能性としては高くはなかったが、万が一でも可能性があればと千理は行動を起こした。杞憂だろうと切り捨てた結果、以前愁が両足を切り落とした事件があったのだから。


「天宮の家で騒ぎを起こして、その混乱に乗じてお兄様を連れ出すかもしくは櫟さんに来てもらってお兄様の状態を見てもらう。その為に愁が来てくれたらちょっと暴れてもらえないかなあ、と」

「成程な」

「まあ愁が私に会う前に騒ぎが起こったから説明できなかったんだけど……やっぱり草薙先生にでも会った?」

「名前は分からんが夢の中のお前を殴ってた家庭教師がいた。安心しろ、千理に言われたから直接危害は加えていない」

「一応釘刺しておいてよかった……」

「草薙……あの人か。いずれ僕が家を継いだら解雇するつもりだったが」


 万理は苦い表情で件の家庭教師を思い浮かべた。千理に暴力を振るっているのを知りながら、当時の万理は何もできなかった。それどころか自分も彼女を突き放し冷たい言葉を浴びせていた記憶が蘇り、最悪な日々だったと改めて実感した。


「そういう訳だから、責任はむしろ私にある。だからお兄様、修繕費なんかはちゃんと払いますから……」

「実際に壊したのは俺だろう。弁償するのならこちらの方だ」

「いや……僕の命を救う為だったんだろう? それについては気にしなくていい。むしろこちらが謝礼を出す必要があるくらいだ。千理、桑原君、それに……櫟さんでしたね。ありがとうございました」

「礼はいらないよ。元よりこちらの仕事であったし、そもそも言っただろう。あれは応急処置だ。完全に治ったという訳でもない」

「……お兄様はまだ危険な状態だということですか?」

「その辺りの話はこれからしよう。ほら、着いたよ」


 車が止まる。霊研に着き、千理と櫟は扉を開けて車から外へと出た。愁は勿論そのまますり抜けたのだが、一緒に引っ張られた万理が扉を突き抜けた際に小さく悲鳴を上げていた。


「皆、ただいまー」

「もー、遅い! ……って、センリ! あんた何処に行ってたのよ!」


 戻って早々、一番にイリスが千理達に駆け寄ってきた。


「そろそろ遅くなるのでイリスは帰そうかって話をしていたところなんですよ。ちょうどよかったです」

「すみません、ご迷惑をお掛けしました」

「ふふ、なに、むしろ好都合だ。闇に包まれた夜こそ我が力が最大限に発揮される時刻なのだからな。月光は魔力を満たし私の力に――」

「……せ、千理??」

「お兄様、気にしないでください。いつも通りなので」

「いつも通り!?」


 小さな子供が飛び出して来たことにも驚いたが、それよりも非常に目立つ眼帯男が仰々しい仕草で立ち上がり喋り始めた方が問題だった。千理は千理でいつも通りの或真を最早気にも留めておらず、むしろ「遅くなっても気にしなくていい」と気を遣ってくれたんだなと解釈していた。

 初めてお目に掛かる人種に万理が困惑していると、千理と話をしたことでようやく周囲の目が彼に向かった。


「それで、そっちの幽霊はどうした。被害者が成仏する前にとっ捕まえて来たのか?」

「違います! この人は天宮万理、私の双子の兄です!」

「双子の兄?」

「ちょっと訳ありで名字は違いますけど正真正銘のお兄様です。あと大事なことですけどお兄様はまだ生きてますので! ちょっと愁が事故で魂引っこ抜いて幽体離脱状態ですけど……」

「どうやったら事故で魂引っこ抜けるんだよ」

「すまん、俺にも分からん」


 英二が呆れと困惑を隠さず愁を見た。相変わらず頓珍漢な男である。


「千理ちゃんにお兄さんが居るなんて初耳だわ」

「俺だって知らなかった」

「あんまり表沙汰にしていい話ではなかったので……。愁には昨日言おうと思ってたんだけどね。ほら、模試の結果が一番だったら言うって言ってたでしょ?」

「ああ、その話だったのか」

「あれ。千理、模試で一位になったのか?」

「そうなの! せっかくお兄様と名前が並べると思ったのに――」


「はいはい、雑談はそこまでにして……本題に入るよ。コガネ、会議はどうだったかな」


 話が脱線して行きそうになったのを察して櫟が手を叩いて注目を集める。その瞬間、千理が一瞬にして冷静さを取り戻し、真剣な表情で聞く態勢に入った。そう、櫟の言う通りならばまだ兄は完全に助かった訳ではないのだ。


「被害者が出た地域の周辺の病院を回って、事件に関係のありそうな症状の患者を何人かリストアップしています。症状が重い患者はもう殆ど意識が戻らないらしく早急に手を打つ必要があります。それと、鈴子さんが遺留品を見た結果ですが、被害者のうち何人かが毎晩何かを祈るようにしていたと」

「祈る?」

「ええ。○○君が私の物になりますように、とか。どんどん体調は悪くなっていくのに、毎晩それは欠かさずにやっていたわ。ただ、あくまで一部の子達だから事件に関係があるかは分からないのだけど」

「……そうですか」

「あともう一つ、警察の人の話によるとこれも全員では無いようですが遺留品の中に同じ赤色のお守りが複数人から見つかったとのことです。全体の三分の一ほどですが、近隣の神社のものでもないらしく少し怪しく感じますね」

「成程ね。ちょっとは話が見えてきたかな」

「なんなの? 勿体ぶってないで早く教えなさいよ」


 報告を聞き終えた櫟が頷くと、待ちきれなくなったイリスが少々苛立った様子で声を上げた。恐らく眠いのであろう、しきりに目を擦っている。


「此処にいる万理君も先程まで非常に衰弱して死にかけていたらしい。そして幽体離脱した霊体には体中に赤黒い手形が付けられていた」

「手形、ですか。何かの呪詛ですかね」

「呪詛とは少し違うね。実際に見たから分かったけど、あれは……生霊だよ」

「生霊?」

「何処の誰かは分からないが万理君に取り憑いて魂にしがみついていた。一応引き剥がしたけどね、結局魂が自分に体に戻っただけだからまたやってくるだろう」


 生者の魂が体から抜け出て他者に取り憑く、場合によってはそのまま取り殺すこともある。万理の体は酷く衰弱していた。あのままならあともって数日だっただろう。


「……生霊。六条御息所の」

「お、そうそう有名所だね。つまり君は誰かに何かしらの強い感情を抱かれて取り憑かれていた訳だ。それが嫉妬か好意かは分からないけど……一応聞くけど誰か心当たりなんかある?」

「……」


 万理は無言で自分の体を見下ろした。先程見た体に浮き上がった手形は忘れられない。平時に生霊などと言われてもとても信じることなどできなかっただろうが、今の自分は物をすり抜け、先程までの苦しみは目の前の男が一瞬にして吹き飛ばした。最早非現実的などと言ってはいられない。

 自分が生霊に取り憑かれていたということを信じることはする。だがその相手については……正直、彼は信じたくはなかった。


「心当たり、あります」

「え、あるの!? お兄様を苦しめた人に心当たりが!?」

「分からない。でも……僕の体にあった手形。あの手が誰のものかだったら分かるんです。だって何度も見て来ましたし、手を繋いだことだってある」

「いや、それで分かるもんか……?」

「さあ……まあ千理の兄ですから分かるんじゃないですか」

「お兄様がすごいのはお兄様がすごいからであって私は関係ありません! ……それでお兄様、一体誰なんですか?」

「……針谷舞はりたにまい。僕の……恋人です」


 千理は一瞬、周囲の音が消えたような錯覚に陥った。恋人。最愛の兄に恋人。優秀な頭は真っ白になり、何度も頭の中で今の言葉だけが繰り返される。


「お……」

「お?」

「お兄様に恋人が!? おっ、おめでとうございます!!」

「あっ、そこは祝うんですか……」


 昼間に愁から聞いた天宮という男が千理の兄だったと理解してすぐに、彼女が重度のブラコンであることは全員が察していた。だからこそむしろ千理は嫉妬してその恋人に対抗意識でも燃やすのかと予想したが違っていたようである。

 若干拍子抜けして呟いたコガネを千理がキッと睨み付けた。


「祝うに決まってるじゃないですか! お兄様に恋人ですよ!? つまり好きな人と両思いになったってことじゃないですか!」

「その恋人に敬愛する兄君が殺され掛けた訳だが」

「はっ」

「……センリ大丈夫? なんかポンコツになってない?」

「で、でも! なんで恋人なのに生霊に? 片思いならまだ分かるけど」

「分からない。だが、僕が気が付かないうちに彼女を傷付けてしまって恨まれているのかもしれない」

「万理君、その子に連絡は取れないかな」

「連絡先は分かりますが……僕が体調が悪くなった頃からあまり連絡が付かなくなって、そうこうしているうちに僕もそれどころじゃなくなってろくに起きることも出来なくなったので、彼女が今どうしているかは」

「……いや、ちょっと待て。針谷舞だと?」

「英二さん?」

「確かさっきのリストに――」


「何か来るわ!」


 普段は温厚で大きな声など出さない鈴子が突如として声を張った。その声に全員が息を呑み気を張り詰めると、その直後、窓をすり抜けるようにして何かが霊研の中に侵入していた。


「――ァ」


 部屋の明かりがチカチカと点滅し始める。いつの間にか開け放たれていた窓からは風が吹き荒れカーテンが大きく煽られる。そんな中で現れたのは、髪の長い一人の少女だった。

 万理は呆然と目の前に浮かび上がる少女を見つめる。万理が良く知るはずの彼女は、しかしその面影を大きく変えていた。最後に会ったときとは比べものにならないほど痩せこけ、目は血走り、何よりその体は――今の万理と同じ、半透明に透けていた。

 千理と愁は彼女を見て目を瞠った。針谷という名字からもしかしてとは思ったが、やはり彼女は以前のバーベキューの際に千理を睨み付けていた少女だった。


「ま、い……どうして」

「……んり、くん……万理君あああああああ!!」

「!」

「お兄様!」


 少女――舞が獣のように奇声を上げながら万理に飛び掛かる。その赤黒い手で彼の首を絞めようと両手を伸ばし、その喉元に手を掛けようとした。

 万理は変貌した恋人を前に逃げることもせずにただ見ていることしかできなかった。むしろこうなったのが自分の所為ならば、それを受け入れるべきなのではないか。そんな考えすら過ぎった矢先……あと数㎝で指が首に到達するというところで彼女の動きが不自然に止まった。


「落ち着け」

「く……桑原君」


 いつの間にか万理の隣から動いていた愁が舞を掴み万理から引き剥がした。舞は金切り声を上げながら抵抗していたが、あっさりと取り押さえられ、腕を後ろに回されて拘束される。


「はなせ、はなせえええ!!」

「櫟さん、どうする」

「うーん……落ち着かせて話を聞ければと思ったけど、これはちょっと厳しいかな。荒療治になるがさっきよりも強めに強制送還してみるか……彼女の方が持つといいんだけど」


 魂を外に飛ばして他者に取り憑くなど、しかもそれを何度も繰り返せば自分の命だって削れていく。霊体の様子からしても舞の消耗も非常に激しいようで、こちらだってこのままでは命を落としてしまうだろう。

 このまま放置すれば両者とも死ぬ。ならばと櫟が片手を持ち上げて舞に近付こうとしたその時、それよりも早く彼の視界を万理が遮った。


「舞!」

「ば、ん」


 愁に拘束されている舞を、万理は構わず抱きしめた。


「ごめん……僕の所為で、こんなにも苦しめてしまって」

「ぁ……」

「君が僕を殺したいほど憎んでいるのなら、僕はそれを受け入れよう。だがこの方法は駄目だ、このままだと君だって死んでしまう。それだけは絶対に嫌だ。だから――」

「万理、君……万理君。私、」

「舞、教えてくれ。僕が君に何をしてしまったのか。死ぬ前に僕の罪を自覚させてくれ。ちゃんと理解して君に謝るまでは死んでも死にきれない」


 暴れていた舞が徐々に動きを止め、驚愕の表情で己を抱きしめる男を見つめる。もう全身の苦しみからは解放されたのに心底苦しそうな表情を浮かべる万理に、いつの間にか自由になっていた両腕を彼の背に回した。


「……違う。違うの。全部、私が悪いの」

「それこそ違う。君を苦しめた僕が悪い」

「私が、勝手に嫉妬して耐えられなくなっただけ。本当なら、私は万理君の隣にいていいような立場じゃないのに、勝手に彼女面して、万理君の邪魔をして……」

「何を……立場とか、そんなこと考えたことなんてない。それに君は僕の恋人だろう? 邪魔なんて」

「だったら! どうして私に当てつけるようなこと言うの! 本当に好きな人がいるくせにどうして私と付き合ったの!?」

「は……?」


 舞が万理を突き飛ばす。再び暴れるかと愁が警戒する中、舞はくしゃりと泣きそうに顔を歪めて潤んだ視界の中で一人の人間を睨み付けた。


「伊野神千理……万理君が本当に好きなのは、その子なんでしょ!」


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