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霊研の探偵さま  作者: とど
三章
38/74

19-1 一位


「さて、全員集まったね」


 本日、霊研の会議室では珍しく全員が揃っていた。それぞれの前には厚い資料が置かれており、櫟は席に着いた全員を見回してから口を開く。


「今日集まってもらった理由だけど……調査室から重要な調査依頼が入った。霊研だけではなく他の調査機関にも依頼しているようでね。それだけ大きな話だということをまず念頭に置いてほしい」

「まどろっこしいわね、さっさと本題に入りなさいよ」

「それはそうだ。それじゃあ単刀直入に言うけど……此処数ヶ月の間に学生の不審死が異常なほど増えている」


 資料に目を落としてみれば、そこには今年に入ってからの都内の原因不明の死亡者数の推移が示されていた。元々妖怪や怪異等表沙汰に出来ない事件で死亡する人間は一定数いるのだが、それが特に六月七月辺りから急激に伸びているのが分かる。

 千理は会議が始まる前に既に一通り見終わった資料を改めて確認した。この前若葉が持ってきた資料にはこれらも含まれており、他の資料とは比べものにならないぐらい分厚いものだった。


「被害者は十代半ばから二十代前半、とりわけ学生が大半を占めている。男女比はほぼ同じで、全員外傷は一切無いまま衰弱するようにして死亡している」

「呪いなんかの痕跡は?」

「それもない。ただし死亡した後で消えた可能性もあるから一概に呪いを否定することはできないね。むしろこれだけ多くの被害者が居るということは何らかの呪詛が広がっている可能性が高い」


 被害者は皆、徐々に体の具合が悪くなり次第に意識を保つこともできなくなって衰弱死している。その間、おおよそ二週間から一ヶ月ほどであるという。


「学生が中心ってことは、学校で呪いに感染するような噂話でも流れているのかしら」

「だが、そう考えると被害者が少ないし範囲が広いな。それぞれの学校で多くて四、五人。それがいくつかの学校で起こっているとなると噂話にしては不自然だ」

「そう、英二の言う通り。警察も聞き取り調査をしたようだけどそのような話は聞かなかった。それに夏休みである8月にも被害者は多いからね。別の線で考えるべきだろう」

「死ぬ前に被害者に話を聞くことが出来た人は居ないんですか?」

「居ないこともないが、本人達も体調が悪化した原因が分かる人は居なかったらしい。ただ、一部の人間は何か隠している様子だったという証言もある」


 随分と曖昧だ。隠し事など誰だってあるのだから、それが事件と関係しているのか判別することはできない。

 彼らが死亡する前に一般人ではなく同業者が接触できれば何か判明するだろうか。生きているうちならば何かしら呪いなどの痕跡が見つかる可能性がある。逆に見つからなければ、それこそ霊的なものは一切関係ない奇病に感染した可能性だって出てくる。


「今現在その症状が出ていてまだ死亡していない人に話を聞くしかないですね」

「ああ、そうなんだが……問題は他の病気と見分けがつかなくて中々被害者を発見するのが容易ではないということなんだ。ただ体が怠いというだけでは判別できないし、普通の病気でも中々原因が判明しないケースはあるからね。でも手を拱いているとあっという間に症状が悪化する。千理、何か良い案はあるかな」

「……私達学生は学校で情報収集ですかね。今症状が出ていそうな人をピックアップして早めに櫟さんとかに見てもらう。その中で一人でも当たりが出れば手がかりを掴めるかもしれません」

「では僕達は病院の方を回りましょうか」

「それじゃあ私は被害者の遺留品を見て行くわね」

「全員、何かあればすぐに連絡すること。それじゃあ皆よろしく」


 各々がやることを決めて立ち上がる。すでにかなりの被害者が出ている事件だ。早めに解決したいものだが、ただ不審な衰弱死という共通点だけで他に殆ど情報がないのがネックだ。彼らに何か繋がりでもあるのだろうか。

 被害者の情報を一度しっかり確認してみるべきだろうと頷くと、千理は背後に浮いている愁を振り返った。


「愁は被害者の出た学校を回ってくれる? 何か噂とか広がってるかも」

「……分かった」

「何か不満そうだけどどうしたの?」

「別に不満ではない。ただ、もし俺が離れているにお前がその呪いとやらに掛かってしまったら困ると思っただけだ」

「心配しすぎだって。それにそうなったところですぐに霊研に駆け込めば大丈夫だよ」

「……出来るだけ早く戻るようにする」

「ちゃんと調査はしてね」

「無論だ」


 やけに心配するなと思ったものの、同世代が大勢、しかも謎の死を迎えていると聞けばその反応も当然かもしれない。

 愁は昔から千理が身体的にも精神的にも傷つくのを酷く恐れている節があった。ちょっと転んで膝を擦りむいただけで保健室に担ぎ込まれ、悪口を耳にしたら殴りかかりそうになったり……今は以前よりかはましになったが、それでも霊研の仕事で怪我をしようものなら相手を完膚なきまでに叩き潰している。相手が幽霊や怪異だったりするので余計に容赦が無くなっている。

 あまり心配を掛けないようにしようと心に決めて、千理は被害者リストを一枚一枚見比べ始めた。




    □ □ □  □ □ □




「前に色んな学校の子達とバーベキューしたでしょ? ちょっと話聞いてみたらそのうちの何人かが同級生が死んじゃったって言ってた」


 翌日、他校の生徒とも交友関係が広い澪に頼んで情報を集めてもらった千理は、脳内で事件資料を捲りながら彼女の話に耳を傾けていた。


「げ、何それ。そんな何人も死んでるの? こわっ」

「真奈美は何か聞いたことある?」

「ないない。っていうか何で死んだの? 自殺?」

「分かんない。ヤバイ薬やってたって噂もあったけど」

「薬?」

「なんでも聞いた話だと、その子死ぬ前にやたらと嬉しそうだったとか何とか。顔はやつれてるのに妙に機嫌が良かったんだって」

「それ絶対薬だって!」

「その子はそうなんだけど、気が付かないうちに体調が悪化して倒れちゃった人もいるみたい。きっと勉強のし過ぎとか本人は言ってたみたいだけど」

「体壊してまで勉強とか何考えてんの?」

「真奈美は勉強サボって徹夜でゲームして体調不良とかよくあるじゃん。同じじゃない?」

「同じじゃない! ぜんっぜん違う! ゲームは生きがいだから、体調崩しても本望だから。この前だって最高スコア取る為に――」


 何やら話が別方向に行く気配を感じて千理は少し彼女達から距離を取りつつ今得た情報を資料に追加した。

 麻薬等のドラッグでの死だとすればまったく痕跡が無いのがおかしいので恐らく違うだろう。ただやつれているのに嬉しそうだったという話は気になる。体調が急変したのは被害者が何かを得た結果で彼らが望んで行ったことだったとすれば。


(体と引き替えに何かを得た……悪魔と契約、は無いか)


 悪魔と契約したのなら代償は魂だ。徐々に体調を崩すというのは違う。そもそも魔法陣があったらもっと早く事件が判明している。


「おーい、静かに。この前学校で受けた模試の結果が来た。順番に呼ぶから取りに来い」

「! 模試……」


 千理が思考を巡らせていると、不意に担任が教室に入ってきてそう言った。その瞬間事件のことを頭の片隅に収納した彼女は即座に立ち上がる。伊野神は二番目だ。一番が呼ばれると同時に彼の背後に並び、すぐに渡されるというのに今か今かと緊張しながらその時を待った。


「伊野か」

「はい」


 食い気味に結果を受け取って席に戻る。白い大きな封筒を恐る恐る開けていると、いつの間にか澪と真奈美が千理を覗き込んでいた。気にせず――というか気にする余裕もなく、千理は封筒の中身を取り出して震える手で紙を開いた。


「あ! あーー!!」

「さてさて今回はどうかなー……って、やったじゃん! とうとう一位!?」

「満点?? はあ? 何食ったらこんな点数取れんの? チョコレート? 糖分キメたから?」


 震えていた手が余計にがたがたと震える。千理の目には紛れもなく1の数字が、そして全教科の欠けていない点数が見えていた。


「や、やった! やった!!」


 千理は周りの目など気にせずそう叫ぶと、千理は続いて成績上位者の一覧に目を向けた。事前に名前を公表することを拒否していなければその一覧に名前が載る。当然のように一位には千理の名前が――。




「……え?」




    □ □ □  □ □ □




「千理、どうした」


 他校での情報収集を終えてた愁が千理の家に行くと、彼女はベッドに寝転がったまま酷く難しい顔をしてとある紙を食い入るように見つめていた。


「……あ、愁。お疲れ様」

「何かあったのか? 事件に進展でも?」

「いや、それとは全然関係ないことなんだけど……」

「?」

「これ見て」


 ぺらりと千理が持っていた紙が愁に向けられる。それは模試の成績順位表で、真っ先に目に飛び込んでくる所に千理の名前が知るされていた。

 真っ先に、つまり一番上の欄である。


「一位……」

「そう、ようやく念願の一位になった訳だけど」

「良かったじゃないか。今回は絶対に一位になりたいと言っていたからな。俺も我が事のように嬉しい。……が、それならなんでそんな顔をしてるんだ? もっと喜んでも」

「だって!!」


 途端に千理がベッドから跳ね起きた。勢いで愁の体を通過したこと気に留めず、彼女はわなわなと両手を震わせてくしゃりと紙を握りしめた。


「無いんだよ!」

「無いって何が」

「天宮君の名前!!」

「……は?」

「いつも絶対に満点で、絶対に一番最初に名前があるのに……なんで、なんで今回に限って無いの? それどころか二番でも三番でもない、上位百人にも居ないなんておかし過ぎる!!」


 なんで、なんでと捲し立てる千理に、愁はしばらくしてようやく理解が追いついた。天宮というのは前にも千理がやたらと褒めていた男のことだ。確かにいつも一番だと言ってはいたが、彼の名前が乗っていないぐらいでそこまで動揺するものだろうか。


「別にミスが多かったというだけの話じゃないのか?」

「違います! 天宮君はそんなケアレスミスなんてしない! 今までずっと満点だったんだよ!? 仮にそうだったとして百位以内に入らないなんてことは絶対にない!」

「なら単純に模試を受けていなかったんだろう。当日風邪でも引いたんじゃないか」

「そう、だよね。それが一番可能性としては高いけど……なんでよりにもよって今回」


 千理は悔しげに自分の名前が載った紙を睨む。天宮という男の名前が載っていないということが一体何がそこまで問題なのだろうか。愁には皆目見当もつかない。

 「これじゃあ満点取っても意味がない」とまで口にした千理に愁はとうとう眉を顰めた。


 そもそも本当にその男は何者なのだろうか。千理にここまで気にされているという事実に愁は酷く焦燥感を覚え、思わず衝動のままに口を開いてしまった。


「千理、その天宮ってやつのこと……好きなのか」

「は? 好きか嫌いかで言ったら大大大大大好きですけど!?」

「……」

「でも風邪引いたんなら心配だな。店の経営も忙しいだろうし……あ、もしかしてそっちが忙しくて模試受けられなかったのかも! それだったらいいんだけど」


 今回の模試は店をオープンしてから始めてのものなのでその可能性はあるのではないだろうかと千理は一人納得して手を打つ。


「ね、愁もそう思わない? ……あれ、愁?」


 顔を上げた千理の目に、いつの間にやら愁の姿は見えなくなっていた。どうやら何も言わずに帰ったらしい。もしくは声を掛けられたものの千理が考え込んでいたので気が付かなかったのか。


「……そういえば、愁に言うって言ってたのに忘れてたな」


 一人になった部屋で再び仰向けに寝転がりながら千理は思い出したように呟く。

 今回の模試で一番になったらそうなりたかった理由を話すと愁に約束していた。本当はあまり表沙汰にしていいことではないが、愁なら周りに吹聴する心配もないし、千理も本当は話したくて仕方が無かった。


 まあ明日言えばいいかと思いながら彼の名前の載っていない紙を見つめる。もしいつも通りの結果なら上に名前が来ていたはずである。

 天宮の「あ」と伊野神の「い」。他に満点の人間が居ようとも二人の名前の間に入る名字を持つ人間である確率はそうそう無い。つまり、本来であれば千理が頑張って満点を取りさえすればほぼ確実に二人の名前は並んでいたのだ。


「本当に、何もないよね?」


 誰に問いかける訳でもなく呟く。ただうっかり模試に遅刻しただとか仕事が忙しかっただとか、そうであって欲しい。今までに無かったことで動揺しているだけで、嫌な予感なんてしない。大丈夫だ。


 だから次、もう一度頑張ればいい。そうすればきっと千理の望む光景が見られるはずだ。


「……お兄様」


 天宮万理あまみやばんりと伊野神千理の名前が並ぶ、そんなところを。




    □ □ □  □ □ □




「失礼致します」


 重厚な扉が開かれた先は、ビルの最上階に位置する豪華な部屋――社長室だ。大きな窓からは周囲のビル群が一望でき、また室内に置かれた調度品も最高級のもので揃えられている。大企業のトップが君臨する部屋であるからにして当然だ。

 そこへ入ってきたのは隙無くスーツを着こなした老人だった。彼は目の前の大きな椅子に腰掛ける男の前までやって来ると恭しく頭を下げる。所作は優雅の一言に尽きたが、しかしその表情は非常に険しいものだ。

 老人を見上げた男――天宮社長は一言「簡潔に報告を」と口にした。


「万理様の体調は次第に悪化して来ています。主治医によると衰弱が酷く、呼吸も弱くなって来ていると」

「まだ原因は分からないのか」

「はい。何でも此処数ヶ月で、同じような患者が急増しているらしく……何か未知のウイルスに感染した可能性もあると」

「で、万理は回復する見込みはあるのか」

「……今のところ同じような症状の患者は皆、手の施しようがなく亡くなっていると聞いています」

「そうか」


 社長は暫し黙り込んだ。現在天宮グループの跡取りである長男が原因不明の病に侵され生死の境を彷徨っているのだ。どうするべきかと彼の脳内に様々な選択肢が浮かんでは消え、最後にいくつか残されたその中で最良の一手を選び取る。


「また何か変化があればすぐに報告致します。それでは――」

「待て」


 老人が会釈して下がろうとするのを社長が呼び止める。彼は苦渋の決断をするように顔を歪めながら、溜め息交じりに呟いた。


「……ゴミ箱に手を突っ込むようなみっともない真似はしたくはないが」

「社長?」

「下位互換だがこの際仕方が無い。上手く活用すれば繋ぎぐらいにはなるだろう」

「……まさか」

「伊野神に連絡を取れ。――千理を天宮こちらに連れ戻す」


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