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霊研の探偵さま  作者: とど
一章
3/74

1-3 出会い


 一年半前から半年に一度の頻度で、都内の病院から入院患者が誘拐されるという事件が起きている。身代金などの要求はなく、被害者達は未だに全員行方が分かっていない。

 犯人はまだ捕まっておらず、そもそもどうやって人目のある病院内から患者を連れ出しているのかも判明していない謎が多い事件である。テレビやネットでは誘拐事件が起こる度に様々な憶測が飛び交っており、ただ本人が自分の意志で消えただけという意見や、はたまた裏社会と病院が癒着していて臓器売買をしているなどの根も葉もない噂さえある。

 ――そして愁が誘拐されたことで、彼はこの事件の四人目の被害者となった。


「千理」

「……」

「おい、千理」


 愁を誘拐した犯人も、そして彼の肉体も他の被害者同様に不明。彼の前に居なくなった人達のことだって警察が依然として捜査中だがもう殆ど進展もないままだ。このまま彼らのように愁も見つからないままだったら。そう考えてしまえば千理は自分でも行動を起こさずにはいられなかった。

 病室をくまなく調べ、看護師や医師から話を聞き、他の被害者のことだって調べた。……しかし警察が大人数で捜査しても得られなかった手がかりが、素人の高校生に簡単に見つけられる訳もない。

 けれども千理は諦めなかった。隣に存在するこの男の魂を見ていて諦めるなんて選択肢を選べる訳がなかった。


「千理、あまり根を詰め過ぎるな」

「……別にそこまで無理なんてしてないよ」

「……」


 愁の声を聞き流しながら、千理は学業以外の多くの時間を愁の捜索に費やした。元々帰宅部で、そして宿題に悩むような頭もして居なかった為幸いにもそれらに使える時間は案外多かった。

 そんな生活をすること約一ヶ月。梅雨が終わった頃にその殺人事件は起こったのだった。




    □ □ □  □ □ □




 休日に病院を回った後に少し休憩しようと訪れた飲食店。そこで千理の予想を越える事態が起こった。一つ目は殺人事件。そして二つ目は……それを解決せざるをえない状況に追い込まれたことだ。


「ぐっ、ああああっ!!」

「!?」


 疲れた体をソファに沈めて紅茶を飲んでいたその時、突然少し離れた席に座っていた男が苦しみ始め、そして間もなく床に仰向けに倒れて動かなくなったのだ。

 千理はその光景を唖然として見つめていたが、周りが騒がしくなっていくとようやく我に返り、そして店に入って来てからこれまでのことを思い返して状況を全て(・・)理解した。


「まさか殺人事件に遭遇するとか……」

「物騒な世の中だな」

「現在進行形で誘拐されてる癖に他人事のように言うんじゃない」


 相変わらず深刻さが足りていない愁を見て千理が肩を落とす。事件が起きた今彼女たちに注目する人間など居ないだろうが一応小声で話している。


「だが千理、これは殺人なのか? 病気か何かの発作とかではなく?」

「毒殺だよ。あの人が苦しみ始めた状態から見てコーヒーに……いや正確に言うとスプーンからだと思うけど、とにかく毒を摂取して死んだ。ちなみに犯人はあのウェイトレス」


 千理は淡々とそう言って騒がしい店内に立ち尽くすスタッフの女性を視線で示した。酷く動揺したように顔を真っ青にしている彼女に視線をやった愁は、「どうしてあの人だと分かったんだ」と小首を傾げる。


「そもそもあの人犯行前から挙動不審だったからね。そこまで言動には出てなかったけど指先とか視線とか、仕草が妙に忙しないというか」

「それだけで?」

「それだけじゃないけど細かい所言ってもキリがないから。まあ結論から言うと、あの人がスプーンの表面に毒を塗ってテーブルに置き、被害者がそれでコーヒーをかき混ぜて飲んで死亡。ちなみに証拠の毒は容器ごと飲み込んでるね。さっきから吐きそうになってもトイレにも行かずに堪えてる。警察が来てから家に帰れるまで堪え忍ぶつもりなのはすごい根性だよ。流石他人に罪を着せる為とはいえ白昼堂々殺す覚悟がある人だ」

「毒を、飲み込んで?」

「気になるんなら体の中でも覗いて見たら? なんて――」

「そうか。見てくる」

「え?」


 食い気味に頷いた愁が千理から離れる。彼はテーブルや椅子をすり抜けてスタッフの女性――二宮の背後までやって来ると、そのまま彼女の背中に顔を突っ込んだ。その異様な光景を千理が呆けた表情で見ていると、彼は成程、と頷いてから千理の元へと戻って来る。


「相変わらずすごいな、確かにあったぞ。胃の中にビニール袋に包まれた小さなプレスチック容器が」

「……冗談だったんだけど、本当に体に顔突っ込んで人の臓器の中見るとは」

「? 何か問題あったか。ああ、女性の体の中を勝手に見るのはセクハラだったか」

「そういう次元の話ではないけども……いいやもう」


 愁に提案した私が悪かった、と千理はげんなりと肩を落とした。ともかく彼女の推理は的中し、そして図らずも愁によって確証も得たのだ。

 ちょうどその時、到着した警察によって店の中に居た人間は全てスタッフルームに行くようにと指示があった。それに従う為に千理が立ち上がると、慌ただしく遺体に駆け寄って来る警察を見ていた愁が彼女を振り返った。


「さっきの推理は警察に言わないのか?」

「言わないよ。なんで素人が口を挟まないといけないの」

「だが犯人も証拠も分かっているだろう」

「警察だって調べたら分かるよ。まあ色々捜査とか鑑定とかしなくちゃいけないから今日すぐには無理だと思うけど、数日中には解決するでしょ。証拠の毒は吐き出されちゃうだろうけど、それこそ毒の入手経路とかスプーンの鑑定とか他の証拠はいくらでも出て来る。あの人警察を舐めすぎだよ」


 千理はこそこそとそう呟いて周囲の人間と同様にスタッフルームへと向かった。

 彼女は警察を信用しているし自分より彼らが劣っているとは考えたこともない。……だがそれでも、警察さえ全く手がかりを得られなかった愁の体の行方を千理は一人諦めきれずに探すのだ。

 狭いスタッフルームに大人数で押し込められた千理は隅で縮こまるようにひっそりと佇んだ。捜査する以上少なからず此処で時間を拘束されるだろうと思うとどっと疲労感が押し寄せる。

 部屋の中には千理の他にも店の制服を着た三人のスタッフと三人の客が居た。客の方は全員一人で訪れたらしく会話もない。

 一人は皺一つ無いスーツを着たサラリーマンで、時計と視線を睨めっこしながら苛立たしげにしている。もう一人は和服に帽子を被った男性で、こちらは前者とは裏腹に涼しい顔で静かに周囲を見ていた。そして最後の一人は目の下に濃い隈を作った女性で、俯きながらぶつぶつと何か言っている。……千理が耳を澄ませてみれば「死ねるの羨ましい……」と非常に剣呑なことを口にしていた。


 しかし暑い。空調があるとはいえ梅雨明けの湿度も温度も高い日だ。おまけに満員電車とまでは行かないが人が密集しており息が詰まる。


「千理、大丈夫か?」

「……愁はいいよなあ」


 そんな彼女の様子に愁が声を掛けて来るが、千理は本当に小さな声で少々恨めしげに彼を見上げた。彼の状況を見れば決して羨ましいはずはないのだが、今現在のことだけを考えれば暑くも寒くもなく、おまけに遠慮無く床に寝転べるほど自由に過ごせるのはちょっとずるいと思った。


 ――ぁ、ぁ


「?」


 その後、軽く警察から別室で事情聴取を受けた後に部屋に戻ると、不意に千理の耳に微かに音が届いた。最初は聞き間違いかと思ったが、即座に愁が険しい表情になって彼女を背に庇うように動いた為、彼女はそれが間違って居なかったことを悟る。

 しかし庇うと言っても半透明の愁の体ではその先を窺うことは容易だ。千理が彼の体を通して声のした方を見ていると、次第に視界に黒い靄が浮かび上がり、そしてまもなくそれは確かな形となって彼女達の前に姿を現した。


「れ、を――俺を、殺したのだ誰だァァ!!!」

「!」


 刹那、鼓膜を破くほどの絶叫が部屋中に響き渡る。しかしそれを聞いたのは千理達だけだ。声を発したのは禍々しい雰囲気を垂れ流す上半身だけの男だった。苦悶の表情を浮かべて、怨嗟を撒き散らす男の顔は彼女も見覚えがある。何せつい先ほど死ぬ瞬間を目撃したばかりの人間だったからだ。

 愁を見てから今まで、千理は幽霊のようなものをはっきりと目撃したことは無かった。ただ時折視界に何かがちらついたり、病院で妙に寒気を覚えたりする時などはあったが愁の捜索に必死になっていた為気にするのは後回しにしていた。……が、ここに来てはっきりと幽霊を目撃することになるとは、と千理は頭を抱えたくなる。オカルトに詳しく無くても分かる。霊体の愁と共にあることで確実に、千理はそちらの世界に近くなって来ているのだろう。


「どいつだ! 市川か! 実島か!? それとも他の客……こうなったら全員呪い殺してやる――!!」


(待て待て待て待て!)


 禍々しさを増して狂ったようにそう叫んだ男に千理は酷く焦って愁を見上げた。この幽霊にどれほどの力があるのか分からないが、下手をしたらこの場に居る全員殺されてしまうのではないか。

 千理は必死に視線で「この男何とか説得して!」と愁に訴える。長年の付き合いで彼女の意図を正確に読み取った愁は、一つ頷くと「おい」と男に声を掛けた。


「早まるな、人を殺すのは悪いことだぞ」

「ああ!? ってテメエも幽霊か。その悪いことしたやつに罰を与えるんだよ何が悪い!」

「それもそうだな?」

(言い負かされるな!)

「……そうではなく、他の無実の人間を巻き込むなと言っているんだ」

「はァ?」

「お前が恨む理由があるのは犯人だけだろう。……もし千理を、こいつを巻き込んで傷付けたら――容赦しない」


 すう、と愁が目を細めて男を睨む。その鋭い雰囲気に飲まれ掛けたのか、男は一瞬たじろぐように後ろに下がると「分かった」と渋々頷いた。


「だったら! そこまで俺を止めるんなら今すぐ俺を殺した犯人を探して捕まえてみせろよ! そうしたら他のやつには手出ししねえ!」

「いいだろう。俺には不可能だが千理には可能だ。すぐにお前の目の前で犯人の正体を拝ませてやろう」

(は?)

「という訳で千理、後は頼んだ」

(はあ!?)


 どういう訳だ! と叫びたくなるのを千理は必死で堪えた。そうこうしているうちに警察が戻って来て部屋に居た人間を全て解放しようとするのだから余計に焦る。念の為尋ねてみたが当然警察はすぐに犯人を逮捕しようとはせず、目の前で幽霊の男が異常なほど圧力を掛けて来たのを見て千理は観念せざるを得なかった。……すなわち、彼女自身が事件を推理し解決に導かなくてはならなくなったのである。




    □ □ □  □ □ □




「私は警察の前で推理なんてしないって言ったのに……」

「仕方がないだろう。あれが一番宥めるのに手っ取り早かったんだ」

「本音は?」

「折角真相が分かっているんだから千理が探偵みたいに事件解決するところが見たいなと」

「見たいな、じゃないんだよ愁のバカ! おかげでとんだ晒し者だよホントに……」


 店を出た路上でこそこそと話しながら千理は大きくため息を吐いた。最後まで刑事の男に忌々しげに睨まれっぱなしだったのである。いい迷惑だ。


「疲れた、なあ」

「千理、だから休めと」

「……うるさい」


 愁が事故に遭ってから身体的にも精神的にも追い詰められていた反動が今の事件で一気に押し寄せて来たような感覚を覚えた。手がかりは無い……希望も、失いつつある。立っていることすら億劫に感じて、彼女は店の外壁に体を預ける。


「いやあ、見事だったね」


 ――彼女の耳にぱちぱちと軽い拍手の音が聞こえて来たのはその時だった。

 釣られて顔を上げた千理の目の前ににこにこと微笑む男の姿がある。今時珍しい和服姿に帽子が似合う物腰柔らかそうな男、それは先程千理同様に店を訪れていた客の一人だった。


「先程の推理、しっかり聞かせてもらったよ。いや流石だ」

「そうだろう、千理なら当然だ」

「……別に大したことないですよ。私が出しゃばらなくても警察で鑑定すれば真相はすぐに明らかになったはずです」

「そうかもしれないけどね。すごいって言ったのはそこもだが、何より事件が起きてすぐに君が事件の全てを把握していたということだよ、千理さん」

「名前……名乗った覚えはありませんけど。それになんで私がもっと早く事件を解決していたと?」


 千理は寄りかかっていた壁から背を離すと、男を警戒するように見据えた。警察には名乗ったが、それは一人一人事情聴取を受けた際に言っただけで彼の前では一度も言っていないし警察からも呼ばれていない。

 彼女は改めて男を観察した。年は……どうにも分かりにくい。千理よりも上なのは確かだが、二十代と言われればそう見えるし、四十代だと言われればそうかと納得しそうな何処か浮き世離れした独特な雰囲気の男だ。千理を見る目は好意的で、そこに悪意は見当たらないが――何か含んだ様な笑みが気になる。

 男は千理の疑問に「簡単なことだよ」とさらりと答えを返した。


「僕はただ、全てを聞いていただけだ。君とそっちの子……愁君だったかな? 二人が話しているところをね」

「っな、」

「成程、あんた俺が見えているのか」


 男の発言に千理が驚き、愁は納得したように頷く。確かに千理以外にも霊感とやらがある人間ならば愁が見えてもおかしくはないが、そんな人間が簡単に現れるとは思って居なかった。


「はっきりとね。君達が事件が起こってすぐ推理をしていたことも、彼が犯人の体に顔を突っ込んで証拠を確認していたことも。ああ、それに勿論あの幽霊も――」

「あの女殺してやる!!」

「え?」


 その時、男の言葉を遮るように叫び声が響いた。それと同時に千理達の傍に先程見た黒い靄が出現し、そこから再び憎悪に満ちた顔をした男性――被害者が現れる。


「よりにもよってあいつが犯人だと!? 人が折角可愛がってやったって言うのに恩を仇で返しやがって!!」

「そう、この幽霊と話しているところもね」


 すぐ傍で気分が悪くなるような悪意が撒き散らされているのに関わらず、和服の男はちらりと被害者を見ると平然と彼に近寄って行く。


「殺してやる! 殺してやる殺して――」

「はいはい。君はいい加減成仏しようか」


 黒い靄に覆われた被害者の目の前で立ち止まった男は、薄く笑ってその手のひらで被害者の額に触れる。その瞬間、千理達の前で光が弾けた。

 黒に染まっていた男が一瞬のうちに光に包まれ、そして消え失せる。光はすぐに無くなり、残されたのはその場に居た他の三人だけだ。目を擦っても、今し方叫んでいた男は何処にも存在しない。

 千理はそれを理解した瞬間、ぞっと体に怖気が走った。反射的に千理の前に出た愁を通してその先を見ていると、男は先程から変わらない笑みを浮かべたまま二人に向かって軽く会釈してみせた。


「……ああ、そういえば名乗ってなかったね。僕は霊能事象調査研究所――霊研の所長、いちいだ。よろしく」


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