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霊研の探偵さま  作者: とど
二章
24/74

10-3 真夏の雪


「イリス! こっちだ! エレ、もっと早くならないのか!」

「そんなこと言われても……」


「待って早い早い! それにミケはエレに無茶振りしないの!」


 イリスは現在、木々が生い茂る森の中を疾走していた。傍には自分が動物霊達のリーダーだと言い張る猫のミケとそんな彼に叱咤激励されている象のエレがいる。

 ちなみに疾走しているとは言ったが実際にイリス自身が走っている訳ではない。彼女を宙に浮かせてエレの背中に乗せるように――実際に乗っている訳ではないが――して走っているのである。そしてミケはエレよりも素早く走り前方で先導している。


「ね、ねえ結局何があったの?」


 目まぐるしく変わる景色に少し酔いそうになりながらイリスが声を上げる。

 ロッジに着いてイリスが荷物を置いていると突然ミケが彼女を呼んだ。そして「着いて来い」とその愛らしい見た目とは裏腹に勇ましい言動でイリスを連れ出すと、待っていたエレに乗せて走り出したのである。


「来れば分かる!」

「分かるってだから何処に行くって……あ」


 ミケとエレのスピードが徐々に落ちる。そこでようやくまともに周りを見ることができるようになったイリスが像の背中から身を乗り出して辺りを確認すると、ミケの視線の先にある薄暗い木陰が目に入ってきた。

 大きな木の下、身を寄せ合うようにしている茶トラの子猫が四匹。しかし彼らは目を閉じてぴくりとも動いていなかった。


「この子達……」

「随分やせ細っている。大方親が何かしらの理由で居なくなり、そのまま……ということだろう」

「かわいそう……」


 痛ましげにそう言ったエレの背中から降りたイリスがそっと子猫の傍に膝をつく。死んでしまったばかりなのか真夏に関わらず腐敗は進んでいないが、触れてみると体温を感じなかった。


「だれ」

「!」


 その時、どこからか小さな鳴き声が聞こえた。イリス達が揃ってそちらを見ると、死骸がある来の後ろからそっと小さな三角の耳が飛び出しているのが見えた。よく見ればそれは一つではない。イリスが黙って窺っていると、じりじりと少しずつ時間を掛けて四匹の子猫が警戒するように固まって姿を現した。――ちょうど、彼女の目の前にある“彼ら”と全く同じ姿をした半透明の子猫が。


「……成仏できて居なかったか」


 ミケが僅かに表情を顰めて彼らに一歩近付く。しかしそれに驚いた子猫たちはすぐにぴゃっと身を翻して逃げてしまった。随分離れた木の影に再び隠れてしまった子猫を見てミケが一つ息を吐く。


「ちょっと近付いただけでこの怯えようとは」

「しょうがないよ、だってミケ怖いし……」

「は? なんだと?」

「二人とも喧嘩しないの。……とにかく、この子達にお墓を作ってあげないと」


 おどおどしながら言うエレにミケが食ってかかると、イリスがすぐに止めに入った。この二人はあまり仲が良いとは言えない。周りを気にせずに言いたいことを言うミケと引っ込み思案だが余計な一言を言ってしまうエレ。どっちもどっちだが今はそんなことよりも子猫のことが優先だ。

 二人がイリスを呼んだのも、遺体がまだ綺麗なうちに埋めて欲しいと願ったからだろう。イリスは服が汚れるのも構わずにTシャツの裾を持ち上げてそこに子猫達の体を抱え込むと森の中を歩いて日当たりの良い場所を探した。


「イリス、あっち」

「うん。そこにしようか」


 エレの鼻で示されたのは少し木々の密度が薄く日差しが差し込んでいる場所だった。イリスは傍の地面に子猫を置いて素手で地面を掘り始めた。小さな子猫ではあるが四匹分だとそれなりの大きさが必要だ。額から落ちる汗を拭いながら必死に掘り終えると、イリスはそこに子猫達を埋めて、傍に咲いていた花をその上に置いた。


「……ん?」


 そっと手を合わせて祈ろうとしたその時、不意に小さな影がイリスの視界に入ってきた。恐る恐る、と非常に襲いスピードではあるがいつの間にか先程の子猫の霊がイリスの傍まで近寄って来ていたのだ。彼らはミケを見て少し怯えた様子を見せたが、それでもイリスの足下までやって来てじゃれつくように顔を寄せた。

 イリスもまた、触れられないがその体を撫でるように手を動かした。


「さびしかったの」

「おかあさんがどっかいっちゃって」

「おなかがすいて」

「でも、いまはちょっとあったかいの」


「ありがとう」

「……どういたしまして」


 四匹の子猫がイリスにぐりぐりと頭を押しつける。そしてすぐに、彼らは日差しに溶け込むようにしてその姿を消していった。



「成仏したみたいだね」

「ふん、俺達について来るつもりだったらきっちりしつけてやろうかと思ったが」

「ミケ、仮に着いてきてたとしてもいじめたら駄目だからね」

「いじめ? とんでもない。俺はただイリスの役に立つようにビシバシ指導してやるだけだ」


 ミケもまた、子猫たちと同じように昔イリスに遺体を埋葬してもらった。車に引かれて誰もに避けられて放置されていたミケを拾って丘の上に埋めてくれたイリスに恩義を抱いている彼は他の動物霊も当然同じようにイリスに尽くすべきだと考えている。しかし殆どの動物達は彼の熱心な指導を嫌がり、イリスの取りなしで訓練を取りやめている。


「あれに耐えられるのは愁ぐらいだと思う……」


 エレが遠い目をしてぽつりと呟く。最近入った新入りはミケのしごきにも平然と耐え、それどころか自ら研鑽を積んで力のコントロールを覚えている。ただ彼はイリスの同僚が第一らしいのでミケはそこが気に食わないようだ。


「あ」

「イリス?」

「そういえば、皆に何も言わずに出てきちゃった」


 ロッジに来てそうそうミケ達に引っ張られて行った為無断で居なくなってしまったのだ。今頃彼女のことを探しているかもしれない。

 千理と愁と、或真。イリスは最後の一人を思い出して妙に落ち着かない気持ちになる。そんな彼女を見てエレが不思議そうに鼻を揺らした。


「どうしたの?」

「なんでもない! 別にアルマのことなんて考えてないんだから!」

「? そういえばあの男、今日は妙に大人しかったな。それにイリスに対する態度も悪くなかった。いつもあのような調子ならば少しは認めてやってもいいんだが」

「いつもあんなんじゃ心臓がいくつあっても足りないわよ……!」

「心臓? イリスあの人に何かされたの……?」

「されてない!」


 満足そうなミケとは裏腹にエレは不安そうな顔をしている。以前一度或真の怪物を見てからというもの、エレは或真に対して強く警戒心を抱いていた。そういう動物霊は多く、むしろ彼に食ってかかることができるミケの方が余程珍しかった。


「とにかく早く戻らないと……。ミケ、帰り道分かる」

「無論だ。……ん? これは」

「あれ? 雪?」


 全方位木しか見えない周囲を見回していると、不意にちらちらと目の前に小さな白が舞った。最初は見間違いかと思ったがあっという間に雪はその量を増やし、緑に満ちていた空間がどんどん白に塗り替えられていく。

 当然、雪が降るとどうなるか。イリスは半袖から出る腕を抱きしめてあまりの寒さに蹲った。


「さ、寒い……! なんで夏に雪なんて」

「おいエレ! イリスを連れて早く戻るぞ!」

「うん、イリス背中に――」

「うわああああ!!!」

「!?」


 凍えてがたがたと震えていたイリスはその時突然響いた大声に驚いて僅かに体を飛び上がらせた。そして誰の声かと考える間もなく、勢いで立ち上がっていたイリスの体に突如として強い衝撃が走る。


「「イリス!」」


 エレとミケの声を聞きながらイリスは冷たい地面に転がった。そして顔を上げてみれば、そこには尻餅を付いて彼女と同じように驚いた顔をした少年がイリスの方を見ているところだった。どうやら彼女にぶつかったのはこの子供らしい。


 色素の薄い白い髪と肌を持ち、そして白い和服を身に着けた少年。雪で随分見えにくいイリスと同じくらいの年頃の少年は、一瞬ぽかんと呆けていたが、イリスを見てミケを見てエレを見て……そして、再び叫んだ。


「たっ、助けてええ!!」

「え」


 少年は立ち上がると泣きながら一目散に走り出す。そして雪の中をあっという間に去って行く姿を訳も分からずに見送ってしまうと、イリスはようやく我に返って冷たい地面から体を起こした。


「な、なんあのあいつ……つめたっ」

「イリスにぶつかっておいてなんてやつだ! 今からとっ捕まえてやる!」

「でも、イリスを連れて行く方が先なんじゃ……」

「なんだとエレ! あいつはイリスに怪我をさせ――!」


 憤慨するミケを宥めようとするエレにもミケは食ってかかる。しかし彼の声は不自然に途切れた。ぴくりと尻尾を立てたミケは、直後力を使ってイリスを宙に浮かせ、すぐに近くの茂みの中へと隠したのだ。


「み、ミケ?」

「静かに。エレ、お前もそのデカい図体をどうにかして早く隠れろ」

「うん。何か……すごく怖い感じがする」


 エレが体を震わせながらそう言って、岩と木々の間に縮こまるようにして動かなくなる。岩と色合いも似ているので大人しくしていれば案外見つからなさそうだ。こんな森の中に象がいるなんてまず考えられない。

 しかしそもそも、本来は見えないはずの幽霊が隠れなければならない相手とは一体誰なのか。イリスがそう考え込んでいると、どこからともなく何かの足音が聞こえて来た。


 どしん、どしんとゆっくりと一歩一歩進む音、それも随分と重たそうなものだ。好奇心をくすぐられたイリスは、茂みの中からそっと音のする方を見ようとして……そして息を詰まらせた。


「ぉ……ぁ……」


 聞こえて来るのは微かな呻き声、それを発しているのは――大きな大きな化け猫だった。

 猫、と現したがそう判断できるのは耳や尻尾などの造形だけだ。ずらりと並ぶ鋭く大きな牙の間からは涎が滴り、大きな目はぎょろぎょろと辺りを見ている。そしてその口も目も、普通の猫が持つものよりも二つほど多く存在しているのだ。

 更に言えば手足と尻尾も三本ほど多く、体にはトゲのような体毛が密集して生えている。明らかに、自然に存在する生命体ではないことは分かり切っていた。


 見つかったらどうなるか。イリスが想像して震えていると、不意にぎょろぎょろと動いていた目の一つがイリス達の方へと向けられた。


「!」


 目が合った、ような気がした。イリスは両手で口を押さえて悲鳴を押し殺す中、化け猫は別の方を見たかと思えば再びイリス達の方へと目を向け、まるで遊んでいるかのようにころころと動きを変える。


 殺す前に遊ばれているのか、それともまだ本当に気付かれていないのか。恐怖で心臓が痛くなるほど鼓動が早くなる。


「っ、」


 早く何処かへ行って、こっちを見ないで、……誰か、助けて。

 化け猫がじっとイリス達の方を見る。そして、こちらへ一歩足を踏み出す。


 ――その瞬間、どこからともなく飛来した切り株が、化け猫の横っ面を抉った。


「ぎゃうううあああぅ!!」


 濁った醜い悲鳴と共に化け猫がよろける。しかし倒れるまでには行かなかったそれは切り株が飛んできた方向へと全ての目を向けた。イリスも咄嗟にそちらを見ると、今度は完璧に目が合う。


「あ」


 その視線の先に居た人物――愁と。


「こっちだ化け猫!」

「ぐ、ぎゅうあ!」


 愁が化け猫の注意を引くように叫んで走り出す。そしてその後ろを凄まじいスピードで化け猫が七足歩行で追いかけ始めた。すぐに彼らの姿は木々が邪魔をして見えなくなり、イリスは完全に姿が見えなくなった所で全身の力を抜いて雪の上に座り込んだ。


「こわ、かった」

「私も怖かった……でも、助かってよかった」

「ああ。新入りが上手く引きつけてくれたからな」


 エレが泣きそうな声でイリスの元へと戻って来る。ミケも平然とした態度とは裏腹に全身の毛が逆立っており、彼にとっても非常に恐ろしいものだったことがよく分かる。


「ともかくやつが囮になっているうちにさっさと他のやつらと合流するべきだ」

「うん。……アルマならあの怖いのもなんとかしてくれるよね」

「……あまりやつに借りを作りたくはないが仕方が無い。行くぞ!」


 イリスがエレの背中に乗ると、すぐにふたりは走り出した。愁が去って行った方向とは真逆に全速力で、しかしイリスが木にぶつからないように慎重に走る。

 しかし、速いということはそれだけ風を受けるということだ。真夏の格好で雪の中を全身で風を受けながら進む。更に言えば地面に転がった所為で服は濡れてしまっている。イリスは今にも凍えて死んでしまいそうだった。


「イリス!」


 がたがたと震え、どこか意識が遠のく感覚を覚えたその時、イリスは聞こえてきたその声にはっと意識を鮮明にした。縮こまっていた体を起こして顔を上げれば、慌てた様子の或真と千理が彼女の元へと走っているところだった。


「急に居なくなったと思ったら何でか雪が降ってくるし……無事でよかった」


 イリスがエレの上から地面に下ろされると、千里達はほっとしたように表情を緩ませた。それを見てイリスの心がじんわりと温まったような気がしたが、しかし当然ながら体までそうなる訳ではない。

 顔色を真っ青にしたイリスが震えながらくしゃみをすると、或真はすぐさま腕に抱えていたものを広げてイリスを包み込むように被せた。


「えっ」

「寒いだろう。ロッジに着くまでとりあえずこれを着てくれ」


 ふわりと肩に掛けられたのは妙に見覚えのある黒いロングコートだった。そして或真はそのままイリスをコートごと抱え込むと、あっさりと持ち上げて横抱きにした。

 当然、いきなりそんなことをされた本人は動揺のあまりパニックに陥ってしまう。


「な……な……」

「一番温かい服はこれだったんだ。少し我慢してくれ」

「そうじゃなくて、って……なんで抱えるのよ!」

「この服だと裾が長すぎて転んでしまうだろう。それに抱えた方が温かいだろうし」

「そ! それに私転んだから服が汚れてるのよ!」

「うん。だからすぐに着替えた方がいいな。それまではこれで」

「コートが汚れるでしょうが!」

「洗えばいいだけだ。イリスが寒い思いをする方が問題だよ」

「なっ……せ、センリ! 早く助けなさい!!」

「愁から聞いてたけど、本当に象の幽霊って居たんだ……」

「ちょっと!?」


 イリスが身をよじって千理に助けを求めるが、彼女は彼女で噂の象の霊が気になってそれどころではなかった。というよりもイリスの声は聞こえているが千理も或真の行動が最適解だと思っているので特に助けるつもりもなかった。恥ずかしさよりも体調の方が優先である。

 更にミケとエレに懇願するような視線を向けたイリスだったが、「イリスに対するその態度は悪くない。褒めてやろう」と偉そうに言うミケと「思ったより怖くないのかな」と或真を窺うエレはどちらもまるでイリスの気持ちを汲んでくれる様子はなかった。


「……せに、」

「ん? イリス、何か言ったか」

「アルマの癖にっ、アルマの癖にいい!!」


 心配そうに至近距離で顔を覗き込まれたイリスは、とにかく全力で叫ぶ以外に抵抗することはできなかった。




    □ □ □  □ □ □




「やっと見つけた……これか」


 駐車場に車を停めた若葉は、一人山中を散策して話に聞いた祠を探していた。目撃者の話によると祠はロッジから然程離れていないということでそこまで見つけるのに苦労はしないだろうなと軽く思っていたのだが、夏だということもあって高さのある草が生い茂った山中の視界は悪く、実際ようやく見つけた祠も草の中に隠れるようにしてひっそりと存在していた。

 若葉は例のバッジを手に取って祠に刻まれたマークと比べてみた。やはりその二つは同じマークのように見えた。ただの花の輪郭を縁取っただけのマークなのでどこにでもあると言ってしまえばそれまでなのだが、花びらの枚数や形は何度も目を凝らしても同一のものに見える。


「見つけた。見つけたが……問題は此処からだ」


 若葉は険しい表情で花のマークを睨み付けた。これが父親とどう繋がるのか。若葉の予想ではこれは件の宗教団体のシンボルか何かだと思っているのだが、今まで調べて来た中にそのような宗教は見つからなかった。

 そもそも何故この祠にこれが刻まれているのか。これは一体何を奉っているというのか。祠をあちこち観察してみても他に文字などは書かれていなかった。

 祠は割と古いものに見えるが手入れをされているのか汚れてはいない。あまり人気の無い山中にあるにも関わらずこのような状態だということは、誰かが管理しているということだ。


「どこかに仕掛けがあってそれを解くとか……流石にゲームでもあるまいしそんなことはないか」


 若葉は自分の考えを即座に切り捨てて鼻で笑った。ひとまずこの祠について知っている人を探すべきだろう。ここは山奥のロッジということもあって民家は見たところあるように思えない。ならばロッジの管理者に尋ねてみるのが一番だろう。


 若葉がそう結論を出してその場を離れようとしたその時、鼻先に突然冷たいものを感じた。


「は?」


 雪だ。こんな真夏に、降るはずも無い雪がちらついている。花びらか何かかと思ったのは一瞬で、気が付けば蒸し暑かったはずの気温は一気に下がり、夏の薄い服装では凍えてしまいそうなほど寒くなっていた。


「……冗談だろ」


 異常気象にしても異常すぎる。若葉は困惑したが、ひとまず鞄の中から持ってきた上着を取り出して羽織った。そうしている間にも雪の勢いは増し、止むどころか積もりそうなほどになっていた。

 どんどん悪くなる視界に若葉の脳内に遭難の二文字が過ぎる。彼は急ぎロッジの方へ戻る為に歩き出そうとしたが……しかし突如背後から強い衝撃を受けてたたらを踏んだ。


「うわっ」


 声を上げたのは若葉ではない、背中にぶつかってきた何者かだ。彼が振り返ると、そこにいたのは小学生くらいの白い少年だった。

 髪も肌も服も全て白いその少年は、ぶつけた鼻を押さえながら若葉を見上げ……次の瞬間、円らな瞳からどっち涙を溢れさせた。


「え、」

「うわああああん!! お兄さん助けて!!」


 いきなり号泣し出した少年が若葉に縋り付く。若葉は一瞬呆けていたものの、そのただならぬ様子にすぐに警官としての意識が蘇り、膝を着いて少年と視線を合わせた。


「助けてとはどういうことだ? そもそも君は……」

「ひぅっ、……あのね、すごく怖いのが、僕を食べようとしてるんだ……!」

「怖いのが、食べる?」

「こんなにおっきくて、っ……いっぱい口のある怖い猫がっ、僕を追いかけて……」

「……」


 若葉の脳内が疑問符で満たされた。何かの比喩なのか、それともこの子供の空想の中の存在なのか。若葉には判断することができない。


「君、名前は言えるだろうか」

「……雪斗ゆきと

「お父さんやお母さんは?」

「家に、いると思う……」

「ならその家は何処に」

「分かんない……逃げてたら此処がどこだか分かんなくなっちゃった……」


 更に迷子であることが判明した。若葉は一つ溜め息を吐いて、頭の中を落ち着かせる。色々と疑問はあるものの、ともかくこの迷子の少年を親の元へ届けるのが最優先だ。そしてその為にもまずはこの子を無事に保護しなければならない。

 若葉は先程羽織った上着を脱いで少年の肩に掛けた。


「すまない。寒いだろうがこれで少し我慢してくれ」

「? いらないよ。僕ちっとも寒くないもん」

「そんな訳ないだろう。そんな薄着で――」

「大丈夫」


 少し落ち着いたのか泣き止んだ少年が若葉に手を伸ばす。反射的にそれを掴んだ若葉は雪と同じくらい冷たい体温に驚いて目を見開いた。


「だって僕、雪の妖怪だもん」



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