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霊研の探偵さま  作者: とど
一章
15/74

7 俺と私


「結構混んでるな……」

「あそこ席空いてるぞ」

「ホントだ。ありがとう」


 夏の厳しい日差しが降り注ぐ土曜日、千理は制服姿で学校に居た。しかし学校とは言っても普段彼女が通う高校ではなく、大学のオープンキャンパスである。

 大学内の案内ツアーに申し込んだ彼女は90分の授業を一コマ体験した後昼食を食べる為に大きな食堂にやって来た。食券で頼んだランチを手に辺りを見回すが多くの席は既に埋まっており中々空いている場所が見当たらなかったが、いつものように彼女の隣に浮く愁がすぐに見つけてくれた。

 愁が示した席は外に向かい合うようになったカウンター席で、高いスツールによじ登るようにして座った彼女はようやく落ち着くように息を吐いた。この大学は中々人気があるらしい。千理の偏差値から考えるとレベルは少し落ちるが、それでも十分に優秀で評判の高い学校だ。実際講義も高校で受けるようなものとは違い随分と自由度が高くて興味深かった。


「千理はこの大学が第一志望なのか?」

「ううん。多分別の所かな」

「別というと?」

「T大とか」

「流石だな」


 かなりの難関大学の名前を口にした千理に愁もやはりと大きく頷いた。喧噪に溢れた食堂では千理が一人で喋っていようが気にする人は皆無であり、彼女もまったく気にせずにエビフライを片手にぺらぺらと愁と話を続ける。


「……しかし困ったな」

「どうしたの?」

「俺の学力では千理と同じ大学は無理そうだ」

「……」

「いや、まだ二年だし今から頑張ったらいけるものか? どう思う」


 千理は愁に気付かれないように僅かに目を見開いた。彼女はほんの少し逡巡した後「努力次第じゃない?」と月並みな返答をしたが、内心は複雑な気持ちで溢れかえっていた。


「それに無理に一緒の大学に行く必要もないし」

「それもそうだが」

「例えばこの大学とかは? 今食べてるけど結構ご飯も美味しいよ」


 愁から視線を外してランチに意識を集中させる。そうでなくては色々と考えたくないことまで頭を過ぎってしまうのだから。

 ――果たして彼は、そもそも大学に通うことが出来るようになるのか、とか。



「あの! これこの前課題教えてくれたお礼なんだけど受け取ってくれる?」

「そんな、別に気にしなくてよかったのに。俺はちょっとアドバイスしただけだし」

「全然! すっごく助かったから! はい!」

「……ありがとう。嬉しいよ」


「……ん?」


 ただ無心で食事を続けていた千理は、不意に喧噪の中の会話を無意識に拾い上げていた。何の変哲もないどこにでもありそうな会話だったが、彼女はそれに何処か違和感を覚えたのである。

 そう、何処かで聞いたことのある声がする。


「ふうん、美味そうじゃん。俺にも頂戴」

「バカ! あんたに上げる義理はないから!」

「そう言うなって。外村、一つもらうぞ」

「ああ」

「もー、せっかく外村君の為に作ったのに……」

「ん? これ手作りなのか? 美味しいし、てっきり店で買ったものかと」

「え……! ホントに!?」

「ああ、里中は料理上手だな。作ってくれてありがとう」

「ねえ外村君! 私のお弁当も手作りなんだけどちょっと食べない? 結構自信あるから感想聞かせてよ」

「いいのか?」

「外村てめえ、また女子をたらし込むの止めろ!」


 千理は反射的に背後を振り返った。その勢いに少し驚きながら愁も彼女の視線を辿ると、どうやら六人掛けのテーブルに座る男女四人を見ているようだった。

 男女比は半々。二人の女子がお菓子やお弁当を差し出し、一人の男子学生に食べさせている。受け取った男は柔らかい表情でお礼を言っており、隣に座るもう一人の男が悔しそうな顔をしていた。


「……嘘でしょ?」

「千理?」

「あの……あの人」


 ぽかんと口を開けて硬直した千理は語彙力を失ってただただその男一人を見つめた。横顔でもかなり整っているのが分かる顔、何だか妙に聞き覚えのある声、しかし全く覚えのない雰囲気。

 千理の動揺に首を傾げた愁が彼の顔をよく見ようと近付こうとしたその時、その男子学生は隣の男に不機嫌そうに強く背中を叩かれた。


「まったく、女はみーんなお前の方ばっか見やがって」

「そんなこと無いと思うけど」

「そんなことあるんだよ畜生! ほら見ろよ! そっちのテーブルのやつもさっきからお前のこと気にしてるし……あっちの高校生だって滅茶苦茶見てるじゃねえか!」

「だから気の所為で……あ」


 軽く痛みに呻いた男が顔を上げて千理の方を見る。そしてその瞬間、彼の表情がみるみるうちに凍り付いて行くのが手に取るように分かった。

 彼が千里達の方を向いたおかげで横顔しか見えなかった顔の全貌が明らかになる。真っ正面から見ればより分かる整った顔立ちと、右目を隠すようにしている長い前髪、そしてその下から僅かに覗く白いガーゼの医療用眼帯。


「或真じゃないか」


 愁の止めの一言で彼――外村或真の表情が完全に引き攣った。


「せ、千理と……」

「……どうも、奇遇ですね。或真さん」


 ばっちりと目が合ってしまえばもはやそのままスルー出来ない。千理が立ち上がって彼の元へと向かうと或真は驚愕を露わにしたまま「どうして此処に」と蚊が鳴くような声で言った。


「どうもこうもオープンキャンパスですよ。此処の大学見に来たんです」

「あ……ああ、そう。オープンキャンパス」

「まさか或真さんが此処の学生だとは知りませんでしたけど、というか――」

「あの! 外村君の知り合い……?」

「なんだよお前! 女子高生まで落としてんのかよ!」

「……バイトの後輩だ」


 渋々、絞り出したように或真がそう言うと、「外村君の知り合いならせっかくだしこっち座りなよ」と女子生徒が千理を隣の席に誘導した。その目は興味と僅かな敵意が籠められている。


「え? いやでも」

「いいからいいから! バイト先の外村君の話とか聞かせてよ」

「そういえば外村君ってバイトって何やってるんだっけ。今度行ってもいい?」

「……研究所の職員だ。接客業じゃないから会えないよ」

「そっかー、残念。でも研究所なんてやっぱり頭良いんだね」


 いや確かに研究所と名前は付いているが、と千理は突っ込みそうになるのを堪えた。彼女とて友人には「興信所の事務員」と言っている。ある程度それっぽいことを言わないとホストクラブだとか煩いので。

 半ば無理矢理席を移動させられながら、千理は或真の斜向かいの席に腰掛けた。その間も興味深げな愁は無遠慮にいつもと違う雰囲気の或真をまじまじと観察しており、或真は非常に居心地の悪そうな顔をしている。


「或真さんの後輩の伊野神です」

「私里中、こっちの子が来栖、で外村君の隣のやつが松原だよ」

「よろしくお願いします」


 軽く会釈しながら、千理は愁程ではないが改めて或真を観察した。

 普段の近寄りがたいほどの厨二病オーラは何処へ行ったのか。眼帯はあの黒に金糸の目立つものではないし、服装だって暑苦しいロングコートも、そしてじゃらじゃら煩い鎖もない。至って普通の男子大学生と言ったシンプルなTシャツと薄手の上着、そして細めのジーンズである。

 そして何より……とても顔がいい。確かに普段と同じ造形なはずなのに、“あの”インパクトが強すぎて今まで気付かなかったのか、普通の格好をしているだけで滅茶苦茶美形だったと今更ながら理解した。


「それで? バイト中の外村君ってどんな感じ?」

「あー仕事してる所見たい。絶対かっこいいやつじゃん。っていうか研究所って何の?」

「えーと……具体的な研究内容は守秘義務があるので言えないんですけど、或真さんは……」


 座った途端に女子二人に詰め寄られるように質問されて、千理は素早く脳内で言葉を選んだ。彼の表情から考えても絶対に普段の様子を知られたくないのは間違いない。


「割と……か、快活な感じです、ね? はきはき喋ってくれますし」

「……」

「えー意外! でも普段もしっかりしてるもんね。研究熱心ってこと?」

「そんな感じです……」


 乾いた笑いを浮かべながら千理が肯定すると「白衣とか着てるのかな?」とわくわくした顔で二人がはしゃぎ出す。いや白衣ではなく暑苦しい黒衣ですと心の中で呟いた。


「快活でいいのかあれは?」


 愁は黙っててくれ、と千理と或真が同時に同じことを思った。


「ったくよー、もっとこいつの恥ずかしい話とかねえの?」

「そんなのあるわけ無いでしょ!」

「松原とは違うんだから!」

「こっわ」


 或真の隣でふてくされたように頬杖を付いた松原に里中と来栖が身を乗り出して食ってかかる。その勢いに思わず仰け反った松原は、あーやだやだと片手をひらひらと振って千理の方へ視線を投げかけた。


「知っての通りこいつ滅茶苦茶モテるからさぁ、大学でもいっつもこんな感じなんだよ」

「……いえ、初耳でした」

「マジで? バイトではちげえの?」

「あんまり同世代居ませんからねえ」

「へー、でも君はそうだろ? どーせ或真のこと好きなんだろ?」

「は?」

「この前なんて年上の社会人に逆ナンされてたしよ、狡すぎるんだよ」

「……あの時は俺は断ったのにお前が誘いに乗った所為で巻き込まれたんだが」

「あー……そんなこともあったかもな」

「松原最低」


 ジト目で松原が非難される中、千理は素早くランチを食べ終えていた。もしかしなくてもこのまま此処に居れば余計なことに巻き込まれる。意識が松原に向いているうちにとっとと退散しようと千理が立ち上がると、しかし途端に注目は彼女に向いた。


「私そろそろ失礼しますね」

「え? まだ聞いてないこと沢山あるんだけど」

「そうそうまだ伊野神ちゃんと仲良くなりたいし」


 ランチのトレーを戻しに行こうとした千理の後を女子二人が立ち上がって追いかけてくる。


「で、でもお手洗いも行きたいので」

「じゃあうちらが案内してあげる」


 いやパンフレット見たから全部頭に入ってるとは流石に言えず、というか言っても取り合ってもらえないだろうと判断し、千理は気付かれないように小さく溜め息を吐いた。流石に初対面の相手に露骨な嫌がらせはされないだろうと諦めて、千理は大人しく彼女たちの後に続いた。


「そういえば名前で呼び合うなんて、随分仲がいいんだね」

「うちは大体皆名前呼びなので……」

「へー羨ましい。私もそのバイトしたいな。募集してないの?」

「一般募集はしてないですね……」


 お手洗いを終えて手を洗っている間も会話は続く。女子トイレなので勿論愁は着いて来てはいないし、今千理の味方は居ない。

 早く戻ろうと歩き出そうとしたその時、目の前に里中が立ち塞がった。


「ねえ、正直に言って欲しいんだけど――外村君のこと好き?」

「……まさか」

「ホントに? うちらに気を遣って言ってない?」

「外村君すっごくかっこいいじゃん。それに優しいし紳士的だし……怪我で片目を失ったって聞いたけど、むしろそれすら影があっていい」

「あんたそれは流石に失礼」

「少なくとも私はバイトの同僚以外に思ったことはないです」

「え、マジで?」


 まるで或真を好きにならない訳がないと言わんばかりの二人にむしろ千理の方が驚く。しかも優しいだの紳士的だの……普段の或真が決して優しくない訳ではないが、イリスが聞けば「誰のこと」と首を傾げるだろう。

 いやそもそもの話だが仮に霊研での或真が今の状態の彼でも千理が恋愛感情を持つことはありえない。


「私好きな人居ますし」

「そうなの?」

「はい。人生を懸けていいくらい大事な人が」


 さらりと告げられた言葉に二人は一瞬絶句するように沈黙した。重さにどん引きしたであろう彼女たちの合間をすり抜けて外に出た千理は、少し離れた場所に立って居た或真とその隣に浮く愁を見つけて駆け寄った。


「千理、仕事だ」

「仕事?」

「今所長から連絡が入った。俺が対処すべき相手らしい。が、その後の調査もあるから千理も時間に余裕があれば来て欲しいとのことだ。詳しいことは道すがら説明する」

「分かりました。行きましょう」


 或真が担当するものなら早急に対応した方がいいものだろう。千理はそう思いすぐに頷いて歩き出した彼の後ろ姿を追いかけた。


「ところで千理、大丈夫だったか。あの人達に何か言われなかったか」

「大丈夫、黙らせたから」

「そうか」




    □ □ □  □ □ □




「被検体A、ですか」

「ああ」


 仕事の内容は以前千理達が最初の仕事で関わったキメラのことだった。或真によって暴走した被検体Bは討伐できたものの、行方不明になっていた被検体Aらしき存在がつい先程廃墟になっている民家から見つかったのだという。こちらもBと同様に妖怪を掛け合わせたものらしく、危険性はかなり大きい。


「俺はキメラの討伐、愁はもしもの時の援護、千理は連絡係と討伐後の調査担当だ。戦闘が終わって呼びに行くまで千理は離れた場所で待機していてくれ」

「分かりました」


 タクシーで急いで駆けつけた森林。少し離れた場所で降りて目的地に向かっていると、不意に先頭を歩いていた或真が足を止めた。


「少し待ってもらっていいか」


 そう言いながら彼は鞄を地面に下ろす。そして鞄を開けて中からいくつもの物を取り出していく。


「あの……」


 畳まれた分厚い生地のロングコートを羽織り、腕に鎖を巻き付け、そして眼帯を黒い物に変える。千里達に背を向けて身支度を整えた彼は、改めて鞄を手に持つと二人の方を振り返った。


「ふっ、待たせたな! それでは紅き戦場へ身を預けようではないか!」

「……」

「でたな、いつもの」


 愁がしみじみと呟いた。むしろ嬉しそうまである。


「……或真さん、一つ聞いても良いですか?」

「いいとも! ただし気を付けたまえ、あまり私に深入りすると闇に魅入られ」

「どうして演技してるんですか?」

「……」

「あっ、いや趣味だったら別に好きにしていいと思うんですけど……」

「うむ。では少し、昔の話をしようか」

「え?」

「何、大した話ではない。すぐに終わる」


 目的地へ歩きながら、或真はちらりと千理達を振り返った。目立つ眼帯に覆われた横顔が小さく笑みを浮かべている。


「私のこの邪眼は後天的なものだ。ある日……そう、五年前に授かったものでな」

「そんなもの何処で貰うんだ?」

「何、簡単だよ。私はとある犯罪者集団に誘拐されてね」

「……え?」

「だがまあ詳しく犯人達のことは分からない。何せ私が全て壊滅させてしまったから」


 淀みなく歩みを進める或真の脳裏にいくつかの記憶が蘇る。右目に走った激痛、滲む視界に映った何かのマーク、複数の人間が言い争う声、化け物の咆吼と悲鳴、瓦礫と濃い血の匂い。

 そして、こちらに手を伸ばす和服の男――櫟。


「どうにかして右目に怪物を埋め込まれ、それが制御できずに暴走。結果的に周囲の全てを根こそぎ破壊して……ようやく収まった時に所長に助けられた」

「そんな」

「心を痛める必要はない。私は今の生活が決して嫌いな訳ではないからな。まあそんな訳で、邪眼となったこの目を暴走させない為に特殊な眼帯を貰い、私は家に帰った。そこには当然家族がいる」


 或真は迷った。この目のことを話すのは両親を危険に晒す。しかし何も話さなければ突然子供が謎の眼帯を付け始めたことになり、怪我をしたのかと勘ぐられる。しかも制御装置である為に人前で外すことも出来ない。怪しまれるのは当然で、もし寝ている間などに無理矢理外されたりしたらどうなるか分からない。


「だ、だから厨二病の演技を??」

「そういう訳だ」

「ええ……?」

「年頃のこともありそこまで怪しまれることは無かった」

「寛容な両親だな」

「今は実家を離れているから問題無いが、いつまでも会わない訳には行かないのでな。次に会った時にどう誤魔化すか方法を考えている最中だ」

「流石に厨二病の年では無いですからね……」


 あまりに予想外の内容に千理は感心するべきか突っ込みを入れるべきか悩んだ。が、しかしその前に引っ掛かる点がある。


「だが、そもそも何故霊研でもその言動なんだ? 或真の目のことは皆知っているだろう?」


 それだ。彼の怪物のことをよく知る霊研の人間の前でわざわざ厨二病の演技を続ける必要は無い。大学では普通に生活出来ているのだから尚更だ。千理は自分なりに答えを考えてみたが、厨二病の演技をするだなんて発想の彼の思考は読めなかった。


 不意に立ち止まった彼が体ごと二人の方を向く。右目の眼帯に手を掛けた彼は綺麗に笑いながら口を開いた。


「怖いからさ」

「……怖い?」

「ああ。突然知らないやつらに誘拐されたと思ったらこんな訳の分からない目を無理矢理埋め込まれて、この目の中には沢山の化け物が住んでいると言われた。今はまだ制御出来るようになって眼帯も人前で外せるようになったが、それでもいつ勝手に出て来て暴れるか、そもそもいつまでこんな脆弱な人間の言うことを聞いてくれるかも分からない」


 或真が眼帯を外し、その奥に潜む金の目が自嘲するように歪んだ。


「“俺”では恐ろしくて動けない。だから“私”が必要なんだ。霊研の外村或真は何者も恐れることはない化け物使いだ。怪物を難なく従え、どんな敵だって打ち砕く。――この格好は、俺と決別する儀式のようなものさ」

「……そこまでして戦う必要性はないんじゃないか」

「ならば俺にこの目が与えられた理由は何だ? 平和に身を置いたってやつらは常に瞼の裏で暴れる機会を窺っている。いつ暴走するかとただ怯えて暮らすよりも、この力が誰かの為になった方が安心できる。それが俺を誘拐したやつらへの復讐だ。恐らく何か悪事を企んでいたであろうやつらの思惑を覆し、人を助ける為に使ってやる」

「! 千理、離れてろ」


 刹那、何か複数の動物の鳴き声が聞こえた。猫のような犬のような、しかし全く違う気もする濁った不快な声。即座に反応した愁に従って千理は距離を取ったが、逃げる直前彼女は或真の前にとても大きな蛇のようなものが現れたのを見た。


「……くく、はっはははは!! 絶好の戦闘日和と言ったところだな! 我が僕メデューサよ! 我の敵を蹂躙したまえ!」




    □ □ □  □ □ □




「さて、調査も済ませたし早く帰ろうか。千理の家族も心配してしまう」

「……」

「どうした? 何処か怪我でもしたのか」

「いや違うけど……」


 ただ慣れないだけだ。既に着替えを済ませてまともな言動に戻っている或真に千理は頭を抱えたくなった。ついさきほどまで高笑いをしながら蛇を従えていたというのに温度差が酷い。むしろ愁は何故これほど平然と対応しているのか……順応性が高い。


 再び元来た道を辿り、呼んでいたタクシーに乗り込む。後部座席に腰を下ろした千理は助手席に座る或真の顔をしばらくじっと窺って……気が付けばあっという間に自宅付近に到着していた。


「お疲れ様でした」

「お疲れ様。せっかくのオープンキャンパスだったのに仕事で疲れただろう。報告は俺が全部やっておくからゆっくり休んでくれ」

「……はい」


 にこりと綺麗に微笑んだ或真が軽く手を振る。それに返しながら去って行くタクシーの後ろを眺めていた千理は感慨深い表情で一つ頷いた。


 思わず視線を集めてしまう、眼帯すらより彼の魅力を上げる道具になってしまう美しく儚げな容姿。穏やかな性格。大学でもさり気なく千理を人混みから庇うように歩き、戦って自分の方が疲れているというのにこちらを気遣う姿勢。


「これはモテるわ……」

「千理? おい、千理」


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