第1話:月と少女
「え?」
思わず声に出てしまった。
「そんなに驚かないでください。冗談ですよ!冗談」
なんだ冗談なのか。
この歳にして、こんな冗談に本気で驚いていたことに恥ずかしさを覚えた。
恥じらう僕をよそに彼女はまた口を開く。
「でも、その前の返事は冗談じゃないですよ」
一瞬思考が追いつかなかったが、すぐに理解した。いやいや、やっぱり理解できない。冗談じゃないだと?
彼女は少し笑顔を溢しながら話を続けた。
「ほんとに今日は月が綺麗だから…つい呟いちゃうのも分かります」
そうか、あの漱石のエピソードを知らず、ただ綺麗な月を見てつい呟いてしまったと捉えたのか。
ほっとする自分と、どこか少し期待して残念がっている自分がいる。
「私、今日引っ越して来たばかりで、ちょっと街を散歩してみたくてこの公園まで来てみたんです」
「そうなんですね。僕も今学校の帰りで、今日は十五夜なんで、ちょっと寄り道してたんです」
「そうか…今日は十五夜かぁ…」
少女はそう言うと、また月を眺めた。
偶然にも、こんな出会いがあるなんて。どこか一人浮かれている。
「私、もう行きますね。」
そう言うと彼女は立ち上がった。
輝く月が彼女を照らしていた。
綺麗な黒髪が夜風に靡いている。
「その制服……」
彼女はそう言いかけると
「やっぱりなんでもないです。また、どこかで会えるといいですね」
となぜか少し嬉しそうに僕にそう告げた。
「そうですね。またどこかで…」
そう交わすと、彼女は公園を去って行った。
俺も明日また学校がある。寄り道はこれぐらいにして帰るとするか。
その日は本当に綺麗な満月の夜だった。
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