お悩み相談やってない系委員長
「ちょっと聞いてくださいよ委員長~」
そういって自分の目の前の席の椅子に勝手に座ったのは、同じクラスではあるけれどあまり関わりのない奴だった。ちなみに委員長と呼ばれはしたものの自分は図書委員長であってクラスの委員長ではない。
「……なに」
正直面倒くさい事になりそうなので無視したい。けれども彼はこっちが反応してもしなくても勝手にしゃべり始めるだろうし、聞いてなかったら聞いてもらえるまで話すに違いないと思ったのでさっさと終わらせるべく話の先を促す事にする。
「うちの家族が幼馴染に侵略されつつあるんすよ……」
しょも……という効果音が聞こえてきそうな表情を浮かべて言った内容は、いやなんでそれ自分に話した? としか思えないものだ。
いや知らねぇよお前の家族の事も幼馴染の事も。
「何、チェンジリングの現代版?」
「なんすかチェンジリング……」
「妖精が子供取り換えるとかいう人身売買ならぬ物々交換ならぬ人身交換」
「つまり俺の立場も危ぶまれてる、って……ことっすか?」
「知らんけど」
机の上に肘を立てて頬杖ついて完全にどうでもいいですという雰囲気を出してこたえる。
「侵略って言われたけど何、外堀から埋めていって既成事実作られそうなんす~とかいう話ならリア充爆発しろで終了するからもう話す事はないな?」
「いや違うっす。そうじゃねぇっす。このままじゃ大変な事になりかねないんすよ」
大変な事っていってもなぁ……と思いながらも先を促す。
どうせ話が終わるまでは付き合わされるんだろうな、と思ったからだ。
ちなみに今は昼休み。自分はさっさと昼食を終えたのでこうしてやる事もなくぼーっとしていたのだが、周囲ではまだ弁当だとかコンビニで買ってきたパンだとかを食べてるやつらの方が多い。ついでに今、本来の前の席の奴が購買から戻ってきたが席が占領されている事を悟って早々に出て行った。
多分隣のクラスの友人のところだろう。
さて、こいつの話によると幼馴染に家族が侵略されつつあるとの事。
侵略ってまた大袈裟な……と思ったが、話を聞いて確かに侵略……と思わなくもなかった。
幼馴染とは家族ぐるみでの付き合いらしい。ちなみに隣のクラスの陸上部エースが幼馴染だそうだ。
あぁ、あの何かストイック系美人か……と思い浮かべて、彼女と幼馴染なのか……と思った。
「あ、その顔」
「うん、悪いな。素直に似合わないなと思った」
「いやハッキリ言って俺もそう思ってるんでそこはいいんですけど」
今こうして話しかけてきている奴は、どっちかといえば友人はいるが別にクラスの中心人物と言うほどでもない。スクールカーストで言うなら自分とそこまで変わらないか、それよりちょっと上か下か、くらいだ。
すこしばかりぽっちゃりとした体型で、パッと見人が良さそうに見えてお人好しっぽい雰囲気もあった。
いやでもまてよ、と思い直す。
そういやこいつ、少し前までは痩せてたよな……太りだしたのはここ最近になってからだったような気がする。成長期というのもあるし、何というか育ちざかり食べ盛りだ。だからこそ別にちょっと太った程度ではそこまで気にするものでもない。体型が二倍に広がった、とかならまだしも彼はまだちょっと丸くなったかな? くらいだ。痩せている時なら、先程思い浮かべた陸上部エースと並んでいてもまぁ、美少女とちょっと冴えないが人のよさそうな少年、といったところだろうか。
「うちの母ちゃんがさ、手を怪我したんすよ。で、飯とかは俺らが代わりに作ったり買ってきたりして今凌いでるんすけど」
父ちゃんは仕事で家にいる時間少ないってのと元々料理できないから除外されてるんすけどね、と声を潜めて言ってくる。
俺ら? と呟けば弟と妹がいるっす、と返ってきた。
「で、幼馴染が時々料理作ってくれる事もあるんすけど」
「いいじゃないか。女の子の手料理。出来はどうあれ憧れるシチュエーションだ」
「そっすね」
まぁ自分も思春期でお年頃の少年だ。女の子の手料理、というワードにそわっとしなくもない。
「あいつの作る飯、美味いんすよ」
「良かったじゃないか」
「良くないっす。いや、いいんだけど良くないっていうか」
言葉を濁されてもいまいちよくわからない。
「あいつ陸上部で走ってる挙句部活のない日もジムに通って鍛えてるから、とにかくまーよく食べるんすよ。で、そのノリでうちでも飯作ってくれたんすけど……」
そう言ってあげられたメニューを聞けば、まぁなんていうかドカ盛り! という言葉しか出てこなかった。それでいて味は美味しい。そして食べるのは成長期を迎えた食べ盛りのお子様たち。
だがしかし、普段から身体を動かしまくっている運動部女子と、文化部所属の男子。弟と妹もそこまで運動が得意なタイプではないらしいと聞けば大体察するしかない。
「つまり最近太ってきたのはそれが原因って事か」
「そっすね。美味いからつい食べ過ぎるのも悪いんで、全部あいつのせいってわけじゃねーんすけど」
まぁそうだな。カロリーコントロールは結局最終的に自らの強い意志でやるしかない。
「でもからあげとマヨネーズと温玉の丼は抗えないな」
「でしょ!? 俺もダメだと思いつつついおかわりを……」
「いやおかわりは自重しろよ」
どんぶり飯おかわりしても許されるのは運動部くらいだと思うのは自分の中の偏見だが、実際ロクに動かないやつがそんだけ食ったらそりゃそのまま脂肪に成長するわ、としか言えないわけで。
「いや、俺だけが太ってくならまぁ、自滅っていうか自業自得っていうか……ってなるんすけど。最近、あいつがとんでもないメニュー作っちゃって母ちゃんと妹が……」
とても深刻そうに言われて、思わずこっちも神妙な表情を浮かべてしまった。
「まず市販の餡ドーナツ」
「美味いよな」
「俺粒あん派っす」
「そうか漉し餡派の自分とは相容れないようだ」
「それを軽くトースターで焼くっす」
「ふむ?」
レンジでちょっと温めても出来立てっぽい感じになるけどトースターとは本格的な……
「そこに泡立てた生クリームとバニラアイスを添えて、生クリームの上にメープルシロップを、バニラアイスの上にチョコシロップをかけるっす」
「あ、はい」
聞いただけで甘ったるいのが想像できる。うわ、食べてないのに口の中甘くなってきた気がする。
トースターで加熱されてるからちょっと溶けたクリームとアイス。まぁ美味くないはずがない。
ナイフとフォークでもって食べる餡ドーナツとかどんだけ洒落てるんだと思うけど、どうもこのメニューに母親と妹がドはまりしたらしい。
週二ペースで食べてる、とか言われて思わず自分の両頬をおさえた。何か……虫歯になりそう。
「それだけじゃないんすよ。ドーナツ以外でバームクーヘンとか、クリームドーナツとか、似たアレンジでいけるやつも試し始めちゃって……母ちゃんもだけど妹の服のサイズが最近ツーサイズアップして……」
「それは大変だな」
別の意味で財布に大打撃。
「このままあいつのメニューを受け入れ続けるとなると、俺ら一家は遠からずまんまるに……ッ!
どうしたらいいっすか委員長」
割と必死に訴えられたけど、え、それなんでこっちに相談してきた……? という思いしかしない。
いや他にいるだろ。お前の親しい友人とか。真実このクラスの委員長とか……
そんな事を呟けば、既に相談してきたらしい。そうか。それでこっちに飛び火してるのか……
「なら言わせてもらおう」
「はいっす」
「走れ」
にべもなく告げてやれば、そいつの表情はみるみる絶望に歪んでいく。
どうせ他の連中にも運動しろって言われたんだろうなとそれだけで理解できた。
「何もしなくても痩せるってのはな、もう病気とかそういう命に係わる感じの時だけだ。食ったら増える。増えたら減らす。以上だ。
幼馴染に相談して一緒に走ってもらえ」
というか、それ以外に何を言えというのか。そもそもだ。
「相談する相手を間違えている」
それができたら苦労しねぇっすよぉ! と泣きそうになってるそいつに、しかしそれ以外に何を言えというのだ。
「大体だな。委員長といっても図書委員だし、委員長に相談すればいいってものでもないだろう。
あと、これが一番重要だと思うんだけどな?
――相撲部員に何言ってんだお前」
これに尽きた。お前こっちは太って、というか食ってなんぼって部分もあるところだぞ。それに痩身相談とか明らかに間違ってるだろう。
せめてボクシング部の奴にしろそういう相談は。いやまぁ、減量とかとてもハードっぽい気しかしないけど。
ちなみに、運動だけはいやだあああああ! と嘆いていたそいつではあるが。
最終的に知り合いの知り合い経由でそいつの幼馴染に話を持ってってどうにかジョギングをさせる事にしたらしい。家族ぐるみで。
それを聞いた自分が思った事といえば。
最初からそうしろ。
これに尽きた。
ちなみにそいつが痩せるのに半年かかった事だけは述べておこう。




