神様、どうか
幸と千代は何不自由ない家庭に生まれた3つ歳の離れた姉妹だった。
両親も2人を可愛がって楽しく過ごしていた。
幸と千代が朝、目を覚ますと何かがおかしかった。
いつも母と父の話し声が聞こえてきて、朝ご飯の匂いがするはずなのに、それが無かった。
無音の家内。匂ってくるのは鉄のような生臭い匂い。
いつもみんなで朝ごはんを食べているところには母と父が倒れていた。血を流して。
そう、夜のうちに鬼が侵入したのだ。
幸と千代は奥の部屋にいたからなんとか生き延びたが、小さい2人にとってはその光景はショッキング以外の何ものでも無かった。
それから千代は必死に幸を守り、幸も千代を助け、2人で暮らしてきた。
たった1人の"家族"を守るために。
………。
だから…。こんな仕打ちはあんまりよ、神様。
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「目を覚まして!お願い!優しかった姉さんに戻って!」
「うるさいうるさいうるさい!!だまれだまれだまれ!!」
幸さんは必死に千代さんに声をかける。
それに対し、千代さんは言葉を理解せず、ひたすらに暴れていた。
俺にはどうすることもできなかった。
もう一度気絶させることはできただろうが、それはしなかった。
なぜなら、これは姉妹の問題であり、部外者の俺が手を加えるべきではないと思ったから。
辛いようだが、ここで千代さんが戻らなければもうどうすることもできないと感じていた。
「姉さん、聞いて。あの日、お母さんとお父さんがいなくなった日。あの日に私たちは2人でやっていこうって、助け合っていこうって誓ったじゃない!」
「いつだって姉さんは私を守ってくれた…。わがままだって言うこともあったけど、それも許してくれた…。」
幸さんの言葉に少し、千代さんの様子が変わる。
苦しそうにうめき声をあげて暴れていた千代さんが、静かに、幸さんの目を見て話を聞いているようだった。
「辛いことだってあったけど、2人一緒ならなんでもできるって、そう言ってくれたじゃない…」
「もう、家族を失うのはやだよ…。神様、どうか優しかった姉さんを返して…。」
千代さんは「ううう」とまた苦しそうに頭を振りだす。
幸さんの言葉が確実に響いているようだった。
「……!幸さん、続けるんだ」
幸さんは俺の声を聞いて、頷き、また千代さんに語りかける。
「お願い、私の声を…。優しかった姿に戻って、、、お姉ちゃん!!!!!」
その瞬間、千代さんの目が見開き、目から涙が流れる。
鬼の形相は消えて行き、段々と優しい顔つきに戻っていく。
お姉ちゃん。その言葉に反応したようだった。
「幸…」
千代さんはボソッとそう言った。
「お姉ちゃん!」
そう言って幸さんはギュッと千代さんを抱きしめた。
もう傷つけられる心配は無さそうだ。
どういった経緯で鬼になり、なぜ戻れたのか。
定かではないが、人の絆というのは鬼の支配にも勝るということか。
「幸、あなたどうして…足…」
「いいの、大丈夫。お姉ちゃんさえ戻ってきてくれたらもう何もいらない…」
「幸…」
千代さんはもう十分に人間に戻っていた。
会話もでき、顔つきも優しい。元のお姉さんに、優しかったお姉さんに戻ったのだ。
「あーもう、最悪。寒いし、しんどいし、何処行ったのよ!」
突然洞窟の入り口から聞き覚えのある声がした。
俺は振り返り、見るとそこにはかぐやがいた。
「あーーーー!桃太郎!こんなとこに居たの!か弱い女の子を1人にしてどういうつもりよ!」
か弱いか…よくいうぜ。
俺よりよっぽど強いだろ…。
でもよかった。千代さんのこともあって、最悪の事態を想定したけど、大丈夫だったようだ。
俺は中にかぐやを迎え入れ、幸さんと千代さんに紹介した。
かぐやにもことの経緯、2人のことを説明した。
「なるほどね、人間が鬼に…。聞いたことはないけど、なにかありそうね」
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「桃太郎さん、本当にありがとう。姉が無事でよかった。」
「鬼のことは私も許せない。だから一緒に行きたいと言いたいところだけど、やっぱり2人で暮らして行きたいの。ごめんなさい」
「いや、いいんだ。かぐやの他にも心強い仲間たちがいずれ、強くなって帰ってくるから」
そう、あいつらのためにも、ここで止まってる暇はない。
もっと俺も強くならなければ。
「いこ!桃太郎!山を抜ければ大都市よ!」
かぐやがウキウキでそう言う。
「ありがとう、またどこかで!」
幸さんと千代さんに手を振り、別れを告げ、また歩き出す。
雪山にはしばらく登りたくないな…。