057 s
皆が寝静まった深夜の都市――
ミサキは都市内に存在する職業案内所へと向かっていた。
「こんばんは。昇級希望ですか? 転職希望ですか?」
こんな時間帯でも変わらぬ対応をするNPCに、心の中で「お疲れ様です」と労いながら、ミサキは端的に「昇級希望です」と答える。
職業案内所では、NPCが言ったように昇級と転職が行える。聖騎士のような特殊な条件を満たさなければ出現しない職を狙っていない場合、レベル30になった時点で〝昇級〟を選ぶのがセオリーだ。
「ミサキ様は〝弓使い〟ですので、昇級できる上級職はこちらの四種となります」
受付NPCの言葉を合図に、ミサキの目の前に現れる半透明のポップ。そこには四つの職業が並んでおり、それぞれ変動するステータス値や追加されるスキル、そして職業の特徴が記述されていた。
《射手》
概要:優れた弓使いとして認められた者が就くことのできる職。大弓を装備するとより遠くの距離からの狙撃で高い威力と精度を発揮する。時として一本の矢は高位の魔法に勝る
昇級条件:弓使いレベル30
取得スキル:溜め撃ち、扇撃ち、強烈射撃、変則の矢、矢の雨、魂の矢、剛腕、回収、強靭な心
《狩人》
概要:軽い身のこなしで多くの魔物を狩った者が就くことのできる職。短く重い弓を得意とし、短剣術にも秀でている。罠や薬学にも精通しており、己が力だけで生き抜く術を知る。かつてのエルフ族がそうだったように、深い森の中が彼らの家だ
昇級条件:弓使いレベル30かつ弓術スキル熟練度30以上、短剣術スキル熟練度30以上、mob討伐数100体以上
取得スキル:罠解除、罠設置、爆撃の矢、火炎の矢、薬学、薬草回復力、特殊攻撃強化、透視、嗅覚強化、致命の一撃
《隠者》
概要:高い技術と実力を持つ者が就くことのできる職。弓、短剣、体術全てに精通しており、鋭い一撃で敵を穿つ。影に隠れた正義の立役者。研ぎ澄まされた牙は正しく振るわれる
昇級条件:弓使いレベル30かつ、短剣術スキル熟練度30以上、格闘術スキル熟練度30以上、投擲術スキル熟練度30以上
取得スキル:潜伏、見極め、俊足、忍び足、貫通、溜め撃ち、出血属性付与、致命突き、変わり身、闇纏い
《探索者》
概要:迷宮の案内人。戦闘能力は低いが、生存能力が高く、広い視野を持つ。深淵の世界では彼らの照らす光だけが道標となる
昇級条件:完全探索された地図を待っている
取得スキル:照らす光、広範囲開拓、簡易休憩所、集団回復、魔除け、潜伏、聞き耳、二択の道標、緊急帰還、死に物狂い
ずらりと並ぶ職業を一つ一つ開き、スキル概要を確認しながら、ミサキは自分の目標に沿わない職をはじいてゆく。
(強くなるために昇級するなら、探索者にはなれないかな。射手は一般的な弓使いの転職先で癖は少ないって聞くし、狩人は一人で生き抜くには有用そうだけど――)
この先必要になるのは、ワタルやアルバ達に貢献できる力――かつ、自己完結もできて自分の能力を最大限に活かせる力。
そう理解していたミサキは、迷うことなく隠者を選ぶ。
ステータス上昇値が最も大きかったのもあるが、一番の理由は有用なスキル群と、短剣術まで大きく強化される職業恩恵も魅力があった事だ。
弓も短剣も体術も一流になりたい。
かの日の騎士に誓ったミサキの目標だ。
「隠者にします」
「かしこまりました」
NPCがそう答えると同時に、ミサキの中で〝何か〟が確実に変わったのを感じた。
言い表せない万能感――
かつてレベル3から27までを駆け上がってしまった時のような全能感に包まれると共に、しかしミサキはその感情を理性的に制御する。
(私の力は授かった力なんだ)
力の上にあぐらをかく資格なんて無い。
常に感謝し、常に謙虚に。
強くあれ、強くあれ、強くあれ――
自己暗示のように自分にそう言い聞かせながら、ミサキは施設を後にする。
向かう先は宿屋、ではなく訓練所であった。
* * * *
最前線に向かう影響か、この時間いつもは閑散としている訓練所にも、ちらほらと人の姿がある。ミサキは特に気にせず空いてる部屋へと入り、施設の設定を操作する。
(隠者は敵に気付かれずに動くのが一番活躍の場がありそう)
ミサキは新しく得たスキル《潜伏》を使った後、三体のゴブリンを出現させる。
しかしゴブリン達は直線上にいるミサキを認知できず、蟾蜍のような声を出してさまよいはじめた。
(《潜伏》を使えばかなり近くまで気付かれずに行動できるのか。後は《忍び足》と《俊足》で……)
牙の短剣を構え、駆けるミサキ。
その足音は限りなく小さく、さらに俊足の効果でいつもより数段速い。
ミサキの視界に情報が表示された。
それはゴブリン達のレベルとLPだった。
(普段は初撃を与えないと見えなかったモンスターの情報が、近付くだけで《見極め》によって掲示されるんだ。生命感知と合わせればボスモンスターの偵察にも使えそう……)
そのままミサキは一番手前のゴブリンに近付き、その首元目掛けて短剣を振る。
弾けるような音――
短い悲鳴と共にゴブリンの首が飛ぶ。
スキル《急所特化》と《致命突き》によってoverkillとなり、残りの二体が唸りを上げる。
「攻撃で私を認識した……潜伏の効力は初撃までか」
冷静に分析しながら、ミサキは呟く。
向かい来る二体のゴブリンに向け今度は弓を抜き、素早い動きで《貫通》を発動。一体の眉間を撃ち抜いた矢の威力は衰えぬまま、ゴブリン達のはるか後方へ突き刺さる。
最後のゴブリンの斧がミサキを強襲する刹那――
「《変わり身》」
ミサキの体は、壁に刺さった矢と入れ替わる。
振り下ろす斧が木の矢を破壊し、ゴブリンは目標が変わったことに狼狽る。
銀弓をギリリと引き絞るミサキ。
銀弓に白色の光が集まってゆく――
(《溜め撃ち》発動。1……2……3……4!)
白の光を纏いし放たれた矢は、螺旋回転しながら轟音を唸らせ最後のゴブリンを粉砕する。その威力は間違いなくoverkillであった。
(うん、いけそう!)
自身に増えた大きな〝手札〟に手応えを感じ、ミサキは矢を放った状態を解いた。
(どの程度の敵まで一撃で倒せるのか案山子を使って試しておかなきゃかな……それにしてもこの銀弓、付属の銀の矢を使ったらどれほどのダメージが出るんだろう)
そんな事を考えながら、別の部屋へと向かうミサキ。
慎重すぎるほどの入念な調整は朝まで続いた。
* * * *
翌朝――紋章ギルド前
鈍色の鎧を着た大勢のプレイヤーがひしめく中に、ミサキはいた。ここには昨日のワタルの言葉に感化され最前線参加に名乗りを上げたおよそ30人のメンバーが集まっていた。
黒馬に跨るアルバが先頭に立つ。
その傍らにはワタルの姿もあった。
「よく集まってくれた。これより我々はウル水門、エマロの町、オルスロット修道院を経て、カロア城下町に向かう。そしてキレン墓地、クリシラ遺跡、ケンロン大空洞を攻略し、コアネ修道院を経て――最前線、サンドラス甲鉄城に合流する!」
アルバの言葉に、湧き立つメンバー達。
自分の横にヌッと現れた人影を見上げるミサキは、笑顔で挨拶をした。
「おはようございます、誠さん」
「おう、おはよう」
首元に光る、青色のネックレス。
背中には大盾と両刃の斧が収まっている。
全身適正装備を纏った誠。
ショウキチ達ともお別れを済ませてきたのか目の下が赤くなっているが、その目にはもう迷いはなかった。
「時間だ――出発!」
アルバの声を合図に、ぞろぞろと進みはじめる鈍色の群れ。
「……」
ミサキは後ろを振り返りながら〝生命感知〟を使い、あの日から今日まで一度として現れなかった〝紫の点〟を最後に探す。
気付けば毎日その色を探していた。
(また会えますか? 修太郎さん)
どこにも無い紫の点。
ミサキはそのまま列の方へと視線を戻し、足並みを揃えて歩き出した――
* * * *
鈍色の列を遠くで見つめる亜麻色の髪の少年。
「プニ夫の鎧もかっこいいけど、やっぱ紋章ギルドの制服かっこいいなぁ……」
そう呟きながら、ミサキと入れ替わるようにして修太郎は紋章ギルドの建物へと入っていく――奇しくもミサキの探し人は、彼女のすぐ後ろにいたのだった。
ミサキの生命感知に反応していたのは、プレイヤーである修太郎の〝青〟と、プニ夫を纏う修太郎の〝赤〟が重なった色の紫。
プニ夫を纏っていない今の修太郎は、ミサキには〝青〟に見えていたのだった。そして遠目だった事と、服装が変わっていた事で、修太郎もまたミサキには気付かなかった。
その後、紋章ギルドでパーティを探す修太郎と、最前線へと向かうミサキ――二人が再び出会うのは、もう少し先の話である。
第二章 ミサキ編完結です




