054 s
元々は馬小屋があった場所だろうか――
朽ちた干し草と動物の骨が折り重なったその場所に、汚れた頭巾を被り、大きく膨らんだ布を背負った複数体の青い小人が居た。
「いた! 盗賊ゴブリン!」
「――9、10。ちょうど10体いるな」
興奮した様子で剣士が声量を上げる。
隣で数え終えた重戦士が盾を構え、後ろの皆に目配せをした。
近くになぎ倒された馬車が破壊されており、それらが依頼主である商人の物であると推測がつく。
依頼書の座標通りの場所だった。
一行は盗賊ゴブリンと遭遇した。
ウル水門周辺mob図鑑から引用すると、盗賊ゴブリンは〝ゴブリン〟の派生種であり、種族特性として彼等は生産能力を一切持たず、他種族から略奪し生きている。人間に限らず様々な生物が蓄えた金品や食糧を略奪する。通常の緑色ではなく青色の体を持ち、その袋には強奪したアイテムをため込む習性を持つとされている。
余談だがβテスト時代、盗賊ゴブリンを倒して序盤では手に入らないレアなアイテムを入手する〝運試し〟と呼ばれる裏技的なものが流行ったという。
ミサキ達は顔を見合わせ、各々武器を構えた。
「《突進》」
重戦士が群れへと飛び込んでいく。
盗賊ゴブリンは誠に気付き、武器を掲げた。
「誠に《防護》《癒しの衣》」
双方が接触する直前――聖職者からの支援を体に受け、誠はその大盾を盗賊ゴブリン一体に打ち付けた。
ゴキン! という嫌な音と共に盗賊ゴブリンの一体が爆散、9体の敵視が一気に誠へ集中した所で残りの5名が動いた。
「おりゃー!」
赤い閃光を纏った二本の剣を振り回しながら、攻撃を繰り出すショウキチ。
彼は〝剣士職かつ、片手直剣を二本装備した状態で30までレベルを上げる〟事によって解放される〝双剣士〟を目指しており、攻撃特化な分防御が疎かになるため、突っ込みすぎない事が一番の課題である。
「9体いるならいいよね……《炎の嵐》」
魔道士の杖から放たれた炎がまるで生き物のようにうねりを上げ、炎の竜巻のような形となり盗賊ゴブリン達を飲み込んだ。
eternityは同パーティおよび同レイドに参加している者への〝あらゆる同士討ち〟ができないように保護されている。炎の嵐に巻き込まれながらも、誠とショウキチが動じないのはそれが理由である。
もしもmotherによって同士討ちができるように修正が入れば、たちまち戦場は地獄と化すだろう。
「《乱れ撃ち》」
「《連射》」
弓使いが矢筒から無数の矢を掴むと、スキル発動と連動し自動で射撃の動作まで補助が入り、放たれた矢は雨となって盗賊ゴブリンの群れに降り注ぐ。
炎の嵐と矢の雨に巻き込まれた盗賊ゴブリン達はLPをみるみる減らし、ついには0%となった。
後方で僅かに攻撃を逃れた二体の胸にミサキの鋭い矢が二本ずつ撃ち込まれると、その場にいた盗賊ゴブリンは死に絶え、遺体が消えた先に五つの光の箱が転がったのだった。
* * * *
一同は物資を拾いながら、各々戦利品を確認する。
本来なら戦利品として得た物はその所有者に権利があるのだが、紋章ギルド――特にこの第21部隊は誠が掲げた〝適した人へ適した物を〟をモットーに戦利品を公平分配していた。
「物資も手に入ったし、レアな短剣も出たな」
今回は誠がレアのドロップを得たらしい。
刃の部分が青白く光る短剣を手にしている。
「……」
バーバラは何かを言おうとして、口を噤む。
誠は気にしていない様子で他のメンバーを見た。
「適正で言えばミサキさんかキョウコちゃんだな」
「あ、私は大丈夫です! 仮参加ですし、気に入ってるのがあるので」
慌てて断るミサキを見て、誠はキョウコに短剣を手渡す。受け取ったキョウコはしばらく短剣を眺めた後、おずおずと顔を上げた。
「じゃあ……あの、いただいていいですか?」
「あーあいいなぁキョウコ姉ちゃんだけ」
適正武器が出たことを単純に羨ましがるショウキチ以外、不満を漏らす者は皆無。それは、今回に限らずどんな場面でも〝適した人へ適した物を〟の精神で、その都度公平にアイテムが渡っているためだった。
「わっ! これレベルもちょうど適正で《急所突き》スキルが付いてる!」
「おおースキル付きか! かなり値打ちあるぞ」
スキル付き武器に喜ぶキョウコ。
他の面々はおめでとうと拍手を送った。
プレイヤーは一人一つ授かった〝固有スキル〟の他に、職業スキル、そして装備スキルを持つ事ができる。
職業スキルは、先ほど誠からミサキ達までが戦闘で使った物。弓使いであるミサキを例にしてみれば《弓術》《盾術》《片手剣術》《投擲術》《遠視》《体術》《急所特化》《特殊攻撃》《連射》《乱れ撃ち》がある。
スキルには〝熟練度〟という概念があり、技こそプレイヤーのレベルに応じて覚えるが、熟練度が高ければ威力や命中率、追加効果も最大限発揮される。
具体的に言えば熟練度は0〜100まで存在し、100に近いほどそのスキル本来の威力や命中精度、詠唱時間などを発揮できるのだ。
熟練度は単純に使い続けて上げるもの。
レベルを一気に上げても、熟練度の差で強さが変わる事はままあることだ。
ミサキは短い睡眠時間で常に鍛錬しているため熟練度もかなり高いが、彼女の場合は貰った武器達が大部分を占めている。
その点、武器や防具に稀に付くスキルは、熟練度も無ければ取り出すこともできない。しかし職業スキルや固有スキルとは別に、新たにスキルを覚えられるというのは、戦闘において大きなアドバンテージとなるのだった――




