047
戻ってきた修太郎に、笑顔を向けるキャンディーは拍手を送る。
「文句なしの合格よ。パーティには私から話を通しておいたから、メールに添付した集合場所で合流するといいわ」
お許しが出たことに、修太郎はホッと胸を撫で下ろす。
「くれぐれも無茶をせず、リーダーの指示や言うことをよく聞いて行くのよ。居心地が悪いと思ったら私に連絡して? すぐ脱退させるから。いいわね?」
「うん! キャンディーさんありがとう!」
「またいつでも遊びにいらっしゃいな。歓迎するわ」
「はい! わかりました!」
そう言って、修太郎は手を振りながら訓練場を後にする。キャンディーは深いため息と共に目を伏せ、隣にある紋章ギルド本部へと向かった。
* * * *
ギルド受付前に来たキャンディー。
彼が纏う威圧感と戦闘指南でのスパルタを知る他のプレイヤー達は、蜘蛛の子を散らしたようにその場から居なくなる。作業中だった受付嬢もまたそれに気付き、顔を上げた。
「どうでしたか?」
「どうもこうも無いわよ。アナタ、あの子どこから拾ってきたのよ」
珍しく狼狽えるキャンディーの様子に、ルミアは修太郎のプレイヤー情報を開いた。
「やはりただ者じゃなかったんですね」
「端的に言って、ワタルやアルバと遜色ない戦闘能力だったわ。武器や防具だって素人目に見ても一級品よ」
「キャンディーさんがそれほど言うなんて相当ですね……まさかマスター達が前線に上がった直後に現れるなんて」
場合によって遠征に同行を――などと言い出しそうなルミアに、キャンディーは睨みを利かせる。
「それについては修太郎の気持ちもあるだろうし、ギルドに所属してない以上、無粋な提案も可哀想だわ」
「うーん、そうですね」
諭すようなキャンディーの言葉に、ルミアは複雑な表情を浮かべ深く椅子に座った。
「それに、あの子が参加したの〝例の38部隊〟よね? あなた勧誘する気あるの?」
「仕方ないですもん。あの子が〝召喚士がいるパーティに参加したい〟って条件出したんですから。枠の空いてて条件満たしてる所って、あの部隊しかないです」
複雑そうに唸るキャンディー。
修太郎の事が気に入っていただけに、その部隊に参加する事が少し不安に思えていた。
「実力は確かにあるんだけどねぇ……未だに彼女の立ち振る舞いが気に食わないわ。変なことしたら一発で退場させてやれるのに。紋章ギルドの品位も下がるわよあんなババア」
キャンディーは憤るように両拳を打ち付ける。
「貴重な才能には多少性格に難があっても目を瞑るのが、今のうちの現状ですからね」
「そうねぇ。こんな世界だしね……」
ルミアの言葉に折れたのか、キャンディーは肩を落として溜息をついた。
「それにしても召喚士ねぇ……まさかあの技量とレベルがあって、転職するつもりじゃないわよね」
真剣な表情でそう呟くキャンディー。
それを聞いたルミアは苦笑を浮かべる。
「まさか。いくらなんでもデスゲーム化してまで〝レベルが初期化される〟転職をしたがるなんて考えられませんよ」
「そうねえ。普通あり得ないわ――でもあの子、普通じゃないもの。常識に囚われたらいけない気がする」
キャンディーの言葉に、ルミアも頷いた。
職業を変える手段として〝昇級〟と〝転職〟が存在する。
前者は条件を満たした者がひとつ上の上級職へと替えられるシステムで、たとえば最下級職から昇級する一般的な条件だと〝レベルを30に上げる〟がある。
昇級の特徴として、現在の職の特徴をそのまま受け継ぐためレベルやスキル熟練度もおおむね引き継ぐ事ができる、というメリットがある。
更にステータスの上昇や新しいスキル・魔法の習得など特典がとても多い。最下級職のプレイヤーは、レベルが30になった段階で真っ先に〝職業案内所〟を訪ねるのが常識となっていた。
後者は現在とは全く違う職業に転職するため、基本的にはレベルやスキル熟練度がリセットされる。〝武器術〟等の基本スキルのいくつかは引き継げる物も存在するが、デスゲーム化した今、転職を選ぶプレイヤーはほぼ存在していない。
あるいは、同レベルまで育てるのにそれほど苦労しない超低レベルプレイヤーならば転職も珍しくないが、修太郎のようなトップレベルのプレイヤーがレベルをリセットしてまで転職するのは相当勇気がいるだろう。
ステータスの高さはeternityにおける地位や権力そのものだから。
ルミアはもう一つ溜息を吐きながら、天井から垂れるギルドの旗をぼーっと眺めた。
「不思議な子でしたよね。それにあの剣、どこかで――」
思い浮かべるは、銀弓を携えた女性の姿。
今や銀弓の女神とも呼ばれる彼女。
彼女の持つ薄刃の短剣に似てるような似てないような……そんな事を考えながら、受付嬢ルミアと、戦闘指南役キャンディーは日々の業務に戻って行ったのだった。




