041
しばらくして休憩となり、癒しを求めてプニ夫の元へと歩いていく修太郎。プニ夫のいる中庭へと向かうと――
「あっ」
「……!」
そこには見慣れない少女に抱かれるプニ夫の姿があった。少女は警戒している様子で修太郎をじいと見つめながらも、プニ夫のことは離さない。
「君は?」
「さきになをなのれ!」
困った修太郎は「そうだよね」と呟きながら、改めて少女に自己紹介をする。
「僕は修太郎。そのスライムは僕の友達のプニ夫だよ」
「わたしはゔぃゔぃあん」
よろしく。修太郎が言う。
よろしく。少女がうなずく。
「このこ、しゅーたろのともだち?」
「そうだよ。それがどうしたの?」
「ううん。いいなぁとおもって」
ヴィヴィアンはプニ夫に顔をうずめながら、ぼそりと呟いた。
本来アビス・スライムは触れた相手を猛毒や虚弱などの状態にさせる体を持っているのだが、修太郎を見て育ったプニ夫は安全そのものだった。
修太郎はバートランドの言葉を思い出す。
〝かつては大いに栄えた国でした。数も人とそう変わらないくらいに居たと聞きます〟
目の前の子は、もしかしたら友達が居ないんじゃないか――そう考えた修太郎は、それとなく尋ねてみることにした。
「友達がほしいの?」
するとヴィヴィアンの表情がたちまち明るくなる。
「うん、たくさんほしい! ちいさいえるふ、わたししかいないから」
「そっかあ。年の近い子が居ないのは寂しいもんね……」
修太郎がしばらくヴィヴィアンと話していると、それに気付いたバートランドが歩み寄る。
「あ! こらヴィヴィアン! おまっ、粗相してないだろうな?!」
「そそう? おしゃべりしてただけ!」
「この方はお兄ちゃんの大事な主様だからね? ヴィヴィアンの主様でもあるからね」
ゲーム内mobにも兄弟姉妹の概念があり、この会話から分かるように、二人は兄妹である。特にバートランドと同じくヴィヴィアンも特別であるが、修太郎は特に気に留めずに二人の会話を聞いていた。
「わたし、この子ほしい!」
ヴィヴィアンはプニ夫を強く抱き、潤んだ瞳でバートランドを見た。バートランドからしたらプニ夫は修太郎の大切な存在であるため、慌てた様子で体を右往左往させた。
「ちょ、おい! 主様の大事な相棒なんだから、乱暴しない! 離す!」
「い・や・だ・!」
兄妹仲睦まじいその姿を見ていた修太郎は、先程ヴィヴィアンが溢していた言葉を思い出し、少し悩んだのち提案する。
「バート。ヴィヴィアンは友達が欲しいみたいなんだけど、ここにエルフ族は多く住んでない。そうだよね?」
バートランドはかしこまったように姿勢を正し、それに答える。
「はい、仰る通りです」
「ひとつ提案があるんだ。これは〝僕が言ったからそうするべき〟って考えじゃなくて、エルフ族の事を考えて答えてほしいんだけど――」
そう前振りした後、修太郎はヴィヴィアンに笑顔を向けた。
「バートの世界――エルフ族の世界を僕の〝ダンジョン・コアの部屋〟と一緒にしない? もちろんエルフ族の世界に別の種族も混ざっちゃうけど」
「!」
修太郎の言葉に、バートランドは動揺した。
確かに、確かにあの世界であれば、主様の言いつけを守るあの民達と一緒ならば、エルフ族もかつてと同じように〝自由〟を得る事ができるかもしれない。
かつて巨人と街の中を歩いた際、頭の中に理想郷を描いた自分もいる――バートランドがそこまで思考した所で、足元で目を輝かせるヴィヴィアンが立っている事に気づいた。
「あにさま! いこうよ!!」
「おい、簡単に言うけどなぁ……」
「わたしは、わたしは本で読んだみたいな、いろいろな人がたくさんいる所にいきたい! ともだちがたくさんいる所に!」
ヴィヴィアンは必死に訴える。
バートランドは優しく撫で、頷いた。
そして立ち上がると、この中庭に集まりつつあるエルフ族達に向け、バートランドは声高らかに檄を飛ばす。
「聞け――古の民よ、森の子よ! かつて我らは人によって穢され、滅ぼされた。未だ他種族に怨みを抱く者もいるだろう。しかしいま一度――いま一度、我らが夢見た〝楽園〟に、賭けてみるのはどうだろうか!」
不安な表情でざわつくエルフ族達。
しかしその多くは既に、覚悟を決めた瞳を向けている。
「他種族の居らぬこの森の奥、静かに滅ぶくらいならば、いま一度、その身を委ねてみようではないか!」
バートランドの言葉に、エルフ族が弓を掲げる。城内が震えるほどの歓声は国中へと広がり、数百年間静寂に包まれていたその国が、息を吹き返すように脈動する。
湧き立つ民衆の声を聞きながら、バートランドは修太郎に傅いた。
「このバートランド、及びエルフ族はその全てを主様に捧げた身。我ら一族、再び他種族とまみえる日が来ようとは思いもよりませんでした。我らは最後の日まで主様と共にある事を誓います――」
その言葉に、修太郎は満足そうに頷いた。
皆の覚悟をしっかりと受け取った修太郎は、ダンジョンメニューを開き、あたりに目を向ける。
「今からこの場所を、僕の作った都市に引っ越しさせます! 僕の都市に、皆を傷付ける人は住んでいません! 時間をかけて仲良くなってくれたら嬉しいです!」
もはや異を唱えるものは居ない。
修太郎が〝収納〟を押すと、バートランドとプニ夫以外のものが全て修太郎の手に収まるように吸い込まれてゆき、その奇跡とも呼べる光景にバートランドは目を見開いた。
「その中に、俺の世界が……?」
「うん。皆この中だよ!」
もはや世界には静かな森だけが残っている。
滝も、道も、街も城も民も、その全部が修太郎の手の中に収まっていた。
改めて修太郎の持つ規格外の力に、心の中で驚嘆するバートランド。
「じゃあ行こっか!」
「――はい、我が主様」
バートランドは深く、深くこうべを垂れた。
修太郎がプニ夫を抱き上げ、二人はダンジョンコアのある部屋へと向かった。




