032 s
英雄の凱旋でごった返す人々の群れを掻き分けながら、ミサキは真っ先に冒険者ギルドに向かった。
(うわ、ここも凄いや……)
ギルドの扉を開くと、見渡す限りの人だかり。
そこには大勢のNPCに加え鈍色の鎧を着た集団――そして、
「ミサキさん!!!」
「わっ! フラメさ……!」
飛び付いてきたフラメに抱きしめられたミサキは盛大に尻餅をつき、なおも顔を押し付けるフラメを宥めた。
「無事で良かったフラメさん!」
「無事に帰還致しましたっ!」
フラメは敬礼の真似をしてみせる。
実際は生命感知やメールなどで生存確認はできているのだが、お互いにそこは触れずに再会を喜んでいた。
「物凄い人の数ですね」
「うん。殆どがNPCだけどね。都市崩壊の可能性がある大規模侵攻を止めた時に発生する特殊イベントの類だって推測してるわ」
冒険者ギルドも外と違わぬ人の量だった。
閑散としていた午前の都市とはまるで違う。
二人の所へ、渋い顔の大男と灰茶髪の美青年がやって来る。
ミサキは二人の姿を見てはじめて「本当に全部終わったんだ」と心から安堵した。
「お二人も、無事でなによりです!」
「いやあ、実は結構危なかったんですよね」
戯けてみせるワタルだったが、軽い冗談に見えて紛れもなく事実である。実際あの時の状況でいえば、ワタルもアルバも気力だけで武器を振るっていたわけで、腕だけを残して棺桶に全身が入っていたようなものだった。
気を失いながら一人でキングを抑えたワタル。
殿として攻め寄せる大量のゴブリンを一体とて通さなかったアルバ。
思い出しながら、アルバは無茶した過去の自分に怖気を覚えていたが、意識の無かったワタルは実に飄々としていた。
再会を喜ぶ面々。
一頻り会話を楽しんだのち、ワタルは真剣な表情でミサキに尋ねた。
「ミサキさん、僕たちのギルドに入る気はありませんか?」
ワタル直々の勧誘に、ミサキの体が跳ねる。
侵攻に意識を取られ、侵攻が終わった後の事を全く考えていなかったミサキだが、少しだけ悩んだ末に、簡単に答えに辿り着く。
「はい、よろこんで!」
「わーーー! やったあ!!」
再びフラメに押し倒されるミサキ。
ワタルとアルバはテキパキと手続きを進めてゆき、ミサキは押し潰されながら同意文を流し読み〝加入〟の部分を押す。
ワタル達のname tagが白色から青色に変化してゆき、ミサキは正式に、紋章ギルドの一員になれた事を確認した――しかし、彼女の顔には影が落ちていた。
「でも、私の加入を良く思わない人も居ると思います。審査も無しに加入してしまって本当にいいんでしょうか……」
ミサキは宿屋で揉めたギルド員を思い出す。
同じギルドに入っている以上、顔を合わせることもあるだろう。その都度お互いに気まずい空気になるのも、精神衛生上良くないなと思っていた。
「まあ難しく考えなさんな。ミサキさんのお陰で侵攻を防げたという事実は消えない。胸を張って加入していいんじゃないか」
アルバの言葉を受け、ミサキも意識を切り替える。しこりが残る人達とは、これから打ち解けていければいい。今は加入を喜ぼうと、ミサキは笑顔で頷いた。
ミサキの加入を受け、ワタルは安堵したように視線を落とし画面を操作する。
紋章ギルドは未だ、冒険者ギルドの依頼達成報酬を受け取っていない。それは、ワタル達はミサキ加入後に諸々進める予定を立てていたからだ――ミサキの固有スキルの功績は、それほど大きかったから。
手続きを終えたワタルが顔を上げる。
歓喜ムード一色だった冒険者ギルドのNPCは、急に落ち着いた様子を取り戻し、規則正しくズラリと並ぶ。
受付NPCが代表で口を開いた。
「勇敢な冒険者の皆様、この度はアリストラスの危機を救ってくださったこと、心よりお礼申し上げます。まずは冒険者ギルドからの報酬をお受け取りください」
その言葉を合図に、冒険者ギルド内のプレイヤー達全員の体が何度も光りを放った――それはレベルアップの光、それも大量に。
今回討伐されたmobの内訳は、
ゴブリンが119体
ゴブリン・メイジが36体
ゴブリン・ソルジャーが33体
キング・ゴブリンが1体
となっており、これらを倒した経験値とは別に、冒険者ギルドからは今回の実績に応じた経験値・ゴールド・装備品の数々が贈られた。
その経験値量は膨大で、ワタルはレベル42から45になり、アルバは43、フラメは40――参加したギルドメンバー達や有志のメンバーも一気に上がっていた。
「僕ですら3も上がるなんて」
「大幅な戦力増強だな」
ワタルとアルバが目を丸くする。
ミサキもPK達から得た分を含め27にまで上がっており、戦闘経験の乏しい自分がレベルだけ上がっていく現状に苦笑するばかりだった。
個別に入ったゴールドは48万程あった。
命を掛けた額としては寂しいものがあるものの、この都市で住むのに困らない額ともいえる。
そして装備品は一人五種類程度贈られた。
手に入れた肉厚の片手剣を具現化させながら、大きな溜息を吐くフラメ。
「こんなに大盤振る舞いできるなら、もっとこう、侵攻前に配布してほしかったなぁ」
「そこはあの、ゲームですから」
愚痴を溢すフラメを宥めるミサキ。
討伐隊参加メンバー達も今回の豪華な報酬に満足しているようで、あちこちから歓声が上がっていた。
命を賭した対価に見合うかは分からない。
しかし、都市のために奮闘したすべてのプレイヤー達が報われた瞬間でもあった。
受付NPCが下がると同時に、今度は裕福そうな身なりをした老人NPCが前に出る。
それはβ時代にアリストラスを何度も行き来していたワタルとアルバも、初めて見るNPCだった。
都市の重要キャラ――
その場にいる皆の動きが止まった。
「続いて都市アリストラスからの報酬じゃ」
本来冒険者ギルドの依頼主であっても、都市のお偉いさんが直接絡むことは無い。
βテスト時代にも、侵攻を止めた時ですらこのようなイベントは発生しておらず、侵攻の大きさに応じたイベント演出だろうというフラメの考察が大正解だった。
「まずギルドに属していない者には35万ゴールドと〝アリストラスの英雄〟の称号を贈呈しよう。そして今回、ギルドの力を結集し都市崩壊の可能性がある侵攻を止めた〝紋章〟ギルドを、この都市の〝領主〟と定める事に決定した」
老人は声高らかに宣言する。
称号、アリストラスの英雄は、アリストラス内のNPCの好感度を最大まで上げる破格の性能を持った称号であり、ステータス欄の称号の部分に設定する事で効果を発揮する。
NPCの好感度が高いと、他のプレイヤーとは違ったクエストが発生したり、店売り価格の減額、売却金額の上昇などその恩恵は多岐に渡り――指定都市内限定の効果ではあるものの、プレイヤー達の拠点であるアリストラスならば元々安い物価がさらに安くなり、報酬で得たゴールドだけでもしばらくの間は遊んで暮らせるだろう。
無所属のプレイヤー達が早速それを装備すると、name tagの上に《アリストラスの英雄》と浮かび上がった。
「俺たちには称号もお金も無しか?」
「都市報酬は無所属大勝利なのか」
あからさまに落胆する紋章メンバー達。
紋章のマスターであるワタルには一通のメールが届いており、領主――それがどんな報酬なのか、そこに記されていた。
「領主となったギルドへ……メールが来てます。読み上げますね」
皆はワタルの声に耳を傾ける。
「領主となったギルドは、都市内にギルドホームを持つ権限を得る。領主はその人の住む土地に対し、安全な暮らしを提供する対価として税金を設定できる。領主は都市内の防衛兵器の使用権限を得る――との事です」
聞いていた半数が理解したように頷く。
そして半数は首を傾げていた。
見かねたフラメが捕捉を加える。
「要するにギルド存続のための定期収入が得られたのと、我々紋章ギルドがアリストラスの代表として、都市から認められたってこと!」
それを聞いた半数のうちの半数が納得したように盛り上がり、フラウは残りを放置してワタルに耳打ちで尋ねる。
「一個物騒な内容がありましたけど……」
「ああこれ。僕も気になって読んでみたんですが、思った以上の機能でしたよこれ」
珍しく興奮した様子で語るワタル。
防衛兵器は全部で三種類――
迎撃魔導砲。魔導防壁。魔導結界。
これは領主であるギルドのメンバーが規定量の魔力(MP)を装置に貯め、稼働のための資金を使う事で発動することができる。
中でも魔導結界は、ワタル達にとって途方もなく大きな効果をもたらすものだった。
「魔導結界はmobから都市を隠す機能。一回の使用で最大で7日間、昼間の間引きや夜間の見回りの必要が無くなります」
「それってつまり……」
それは、初期地点である都市アリストラスを完全な安全地帯として確立した証明に他ならなかった。
同時に、紋章ギルド内の高レベルプレイヤー達もアリストラスに縛られる理由が無くなったことを意味し、β時代では最前線の先頭に立っていたワタルやアルバの最前線復帰の意味も持っていたのだった。
次回、一章最終話となります。