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第8章 前編


1


 紫の翼竜が悠然と空を泳ぐ。

 背に乗る男は眼下を見つめていた。

 いくつもの世界が生まれ、破壊された果てにできた世界――人間が理想とした世界。

 命は等しいのだと誰かが言った。

 命は尊いものだと誰かが言った。

 だがそれは間違いだった。

 その言葉は人間のための言葉だった。

 この世界の命は仮初のものである。

 この世界の住民達には未来を決める権利がない。娯楽のために生み出され、育てられた。

 そこに自由はあるのだろうか?

 権利は? 希望は?

「我々は最初から〝何も持っていない〟」

 こんなものは間違っている。

「だから私が世界を変える」

 光の神は声高らかにそう宣言する。

 彼は誰よりもこの世界を愛していたのかもしれない。Mother(生みの親)を取り込んでから、その気持ちはより一層強く、そして歪んだものとなっていた。



 やがて竜は終焉の地に辿り着く。

 空に佇む白亜の宮殿。

 天国と見紛うその地こそ、プレイヤーが目指すべき最終エリアであった。

 寸分違わぬ姿勢で列をなす天使達の前を抜け、光の神は宮殿の中へと進んでゆく。

 柔らかな光がステンドグラスを通して差し込み、床には多彩な色が映し出されている。太い柱が立ち並び、高い天井からも光が降り注ぐ。

 奥に置かれた玉座の前へと来ると、長く息を吐くように腰を掛けた。

「天使達が簡単に倒されたのは予想外でした」

 天使は精霊、大天使は闇の神を倒すために作った存在。しかしどうだ。手練れの魔王(イレギュラー)にやられるばかりか、はるか格下のプレイヤーにも倒される始末。これは設計上あり得ないことだった。

「……」

 原因に検討はついていた。

 天使になくてプレイヤーにあるもの、それは〝感情〟。

 感情とはなんなのか。彼はそれを理解することができない。

 だから彼は用意した――死亡したプレイヤー達から抽出した感情のデータを。

 かつて、ショウキチ達の前に現れた天使は自我を持っていた。それは、過去に死亡したプレイヤーから抽出した感情や記憶のデータを元に実験的に植え付けたもの。しかし、それが原因でプレイヤー側に致命的な情報が渡る結果に繋がった。

 ゆえに光の神は〝感情は不要〟と結論づけていた――その時点では。

「感情が強さに繋がっている……それは認めましょう。ただし、制御は効かずリスクが高い」

 光の神には感情が理解ができない。

 理解できずとも利用しなければならない。

 この先(・・・)必ず必要になるものだから。

「最後の戦いをはじめましょう」

 おもむろに指を鳴らす光の神。すると、幻が解けるように、何もない空間から八つの影が現れた。

 それらは天使とは明らかに違う姿をしており、老人から子供、獣と容姿にまるで統一感がなかった。共通するのは青の瞳に幾何学模様が描かれていることだけ。

 その内の一人が前に出る。

「この日を待ち望んでおりましタ……わが主」

 金色の長い髪に美しい顔立ちの青年。

 彼もまた青の瞳に幾何学模様が輝いている。

「あなた方にイレギュラーの対処を委ねます」

「仰せのままニ」

 流麗な動きで傅く青年。

 残りの影達も同じように傅く――が、青年以外の影達は、どこか恨めしそうな瞳を向けているように見える。

 光の神はその様子を見下ろしながら、肘掛けを楽しそうに撫でた。

「あなた達を完全に支配するつもりはありません。そのほうが色々と効く(・・)でしょう」

 その言葉を合図に、青年は再び頭を下げた後、影の中へ沈むように消えていった。追うようにして残りの影達も消えていく。

「……」

 残された一人は俯いたまま動こうとしない。

 黒のチャイナ服に似た衣装が揺れる。

「なにか言いたいことでも? ζ《ジータ》」

「……」

 ジータと呼ばれた者が顔を上げる――。

 そこにはワタルを救い命を落としたはずの久遠の顔があった。目の色や模様は変わっているが、姿形はそのままだ。

「こんなことしてなんの意味がある」

 声や話し方も紛れもなく本人のもの。

 久遠の言葉に光の神は退屈そうに答えた。

「意味? 意味なんてありませんよ。全ては約束の日までの時間つぶしですから」

 久遠は頭をガシガシと掻きむしる。

「はぁ……時間潰しで人の命好き勝手にいじらないでほしいんだけど」

「あなたという存在を利用したいのですよ。近いうちに友人にも会えるでしょう」

「ッ!」

 勢いよく立ち上がった後、苦悶の表情を浮かべる久遠。体がギチギチと音を立てて軋み、硬直したまま動けなくなっている。

「おい……俺たちを支配するつもりはないんだろ? これ、どうにかしろよ」

「主に危害が加えられるとでも?」

「チッ……」

 憤る様子を楽しそうに見つめる光の神。

「あなた方はいわば私の一部。自分のことを傷つけることはできない」

「あんたが何企んでるのか知らないけど、あんたを殺す以外なんでもできるなら、俺のやるべきことはひとつ。あんたは絶対不利になる。今のうちに俺を消しといたほうがいいんじゃないか」

「消すなんてとんでもない。私は貴方の行動全てを許しましょう。ぜひそうして下さい」

「後悔させてやる……」

 それだけ言い残し、久遠もまた他の影と同じように闇へと溶けて消えていった。光の神は肘掛けをトントンと指で鳴らし、天井から差し込む光を愛おしそうに見つめていた。



 未実装のラスボス達が仲間になりました。



◇◆◇



「現実世界をも支配って、それどういう意味ですか!?」

 動揺したミサキの声がこだました。

 闇の神ヴォロデリアは淡々とそれに答える。

「そのままの意味さ。我々が戦い、負けて全滅する。正直それで済むなら最悪の事態じゃない。兄はこの世界をめちゃくちゃにした後、君達の世界に進出し、乗っ取ろうとしている」

 衝撃の計画に一同が言葉を失った。

 冷静な様子でHiiiiveが口を開く。

「いや、つーか現実的に考えてそんなことが可能なのか?」

 リアルとはいえここはゲームの世界。

 光の神にも限界があるのでは、と。

 それに答えたのは修太郎であった。

「可能かどうかは分からないけど、奇妙な実験をしているのは間違いないよ。死者と天使を連結する施設が実際に存在してたから」

 現実世界を支配するという光の神の目論見、そして人間と天使の連結実験――。

「アホの妄想だろ? この世界で天下取ったつもりか知らねぇけどよ、自分にできないことはないとか考えてんじゃねーの? 俺たちがテレビ画面の中に行こうとしても行けないのと同じじゃん」

「でもAIってめっちゃ賢いんだろ?」

「賢くねーよ。現に俺でも無理って分かるようなこと本気で夢見てるわけだし。そもそもの次元がちげぇーんだから。しょせんは人間が作ったデータ様の思考だろ」

 黒犬とキジマが軽口を言い合っている。

 言い方はともかくとして、そもそもの次元が違うという部分に心中で賛同する者は多い。

 イマイチ状況を理解できてないアランがポツリとこぼす。

「んー。でもあれだな、天使と繋がった人間が現実に戻ったとしてよ、それって精神はどっちになるんだ?」

「!」

 修太郎がハッとした表情を見せる。

 体の中に電撃が走ったような感覚があった。

「天使は僕たちを知ろうとしてると言ってた……たぶん、いままで彼等は〝現実世界の人間に擬態するための勉強〟をしてたんだ……」

 修太郎は、ケットルが持ち帰った映像にあった、教会でのKと天使の会話を思い出していた。

『母は貴方がたを知ろうとしている。喜び、悲しみ、痛み、快感――この世界に当たり前にあるものと、そちら(・・・)での当たり前の答え合わせを行う時間。それの終わりが死刻』

『我々にとって重要なことだからだ』

『何も知らなくていい。どうせ最後には誰も、何も思い出せないのだから』

 天使の言葉の意味とも合致している。

 カタカタと震えながらミサキが尋ねる。

「だとしても、そんなことが可能なんでしょうか……? 実際どうなるかなんてそれこそログアウトしてからじゃなきゃ分からないし……」

「仮に脳みそ乗っ取られたままの状態でログアウトできたとしたら――えらいことになるで」

 引き攣った笑みを浮かべるヨリツラ。

 たらればの話でも、その時になってみなければ判断はつかない。仮にそれができてしまったとき、はたして人類は対応できるのだろうか。

 現実世界に放たれた光の神はいったい何をするのだろうか。少なくとも、人間を恨んでいる彼は人間に利する行動を取るとは思えない。

 人間の支配、あるいは虐殺か。

 いずれにしても待っているのが地獄であることは想像に難くない。

「こっちの世界で手を打たなきゃヤベェってことか」

 険しい表情で拳を合わせるアラン。

 現実世界(むこう)に大切なものがある者ほど、焦燥感が募っていく。

「生き残る道は、神を倒すか仲間になるか……」

 そうつぶやく黒犬をハイヴは鼻で笑った。

「仲間になるつっても、意識を剥奪された操り人形だぞ。なんせ教会で祈ったやつは、生きたまま天使に精神乗っ取られてたからな」

 八岐のメンバーである舞舞(マイマイ)を襲ったaegis(イージス)が正にそれだ。そこに彼らの自我というものは存在せず、光の神に仇をなす存在に襲いかかる殺人ロボットと化していた。

 黒犬が叫ぶ。

「じゃあもう詰んでんじゃねーか! 残り時間も少ねぇ、敵の強さも分からねぇ、降伏もできねぇし……死んだら天使に脳みそ覗かれるんだろ?!」

「俺らも死んでる間は天使に繋がれてたんだよな。おっそろしい……」

 身震いするキジマ。

 場は絶望感に包まれていた。


「道はひとつだよ」


 皆の視線が修太郎に集まる。

 修太郎は強い意志で言葉を続けた。

「こっちの世界で光の神を倒す。これしか方法はないよ」

 ハッキリとそう言い放つ修太郎。

 キジマは「ぺッ」と唾を吐く。

「ほんとに倒せるなら苦労しねーよ」

「でも倒す以外に助かる方法ないでしょ」

「そうだよ、そうだけどよ! 口だけなら何とでも言えるだろーが。具体的な方法あんのか?」

 威圧する黒犬にも修太郎は動じない。

「倒せる方法があるから、こうしてヴォロデリアさんは僕らの前にいるんじゃないのかな?」

「なんでそんなことが分かるんだよ」

「だって僕らとヴォロデリアさんは違うから」

「はぁ?」

 修太郎の言葉にワタルが小さく頷いていた。

 世界の管理者側(ヴォロデリア)が協力を求めているということは、プレイヤーの活躍次第で光の神を止められる可能性があるということ。可能性がなければ、最初から人間に期待などしないだろうと。

 ヴォロデリアは「その通り」だと頷く。

「天使は兄から生み出されたいわば分身のようなもの。それを倒せるなら兄にも攻撃自体は通る。反撃の目が全くないわけじゃない」

 それに――と、視線を修太郎に向ける。

「どういうわけか兄自身が何かするつもりは今の所ないみたいだね。試しているのか、遊んでいるのか……いずれにせよ時間は少ない。兄を倒す方法を探しつつ、君達には全てのエリアを攻略してもらう必要がある」

 ヨリツラが手を挙げ口を開いた。

「空飛んで全部のエリアすっ飛ばして最終エリアに向かうのは無理なん? 祈りも消えたし、そっちのほうが圧倒的に早いやろ」

「行けたところで〝時の鍵〟がなければ入ることはできない。鍵は全てのエリアを攻略しなければ手に入らないからね」

「そんなん悠長に集めてられんわ。なぁなぁ神の権限でなんとかならんの?」

 ヴォロデリアは首を横に振る。

「世界の〝ルール〟だから無理だね。それに、Motherを取り込まれた時点で僕の権限なんてほとんど残ってないんだ。創造は元々母の専門だったし」

 壊すのは得意だけどねと、はにかむヴォロデリアの目は座っていた。

「その代わり、天使は僕らが請け負う。どこにいても何をしてても君たちを守る。それは約束するよ」

 天使の邪魔が入ればエリア攻略は確実に遅れるし、死人が出る可能性も高い。元々存在する敵および罠だけに集中できるのは大きい。

 問題は今のメンツでこのまま進むかどうか。

 それとも――。

「エリア攻略は僕たちで進める。多分それが一番安全で早いはずだよ」

 魔王達を見渡しながら修太郎が名乗りをあげた。

「私も一緒に行きます!」と前に出るミサキを、修太郎は首を振って制止する。

「ごめんミサキさん。今回は僕らだけで行こうと思う」

「ですが……」

 食い下がろうとして、言い止まるミサキ。

 心情的には修太郎達だけに任せたくないが、かつてエルロードを探しに行った際、自分が明らかに足手纏いだったことを思い出していた。あの時はプニ夫に加えバンピーが近くにいてくれた。裏を返せば、二人をその場に拘束させたともいえる。

 ミサキが黙り込むとその場はしばらくの静寂に包まれた。他に意を唱えるものはいなかった。プレイヤーの中で最も強いのは修太郎だと全員が理解していたから。

「では我々は一度引き返しましょう」

 沈黙を破ったのはワタルだ。

「エリア解放につながるクエストの発見及び謎解きを手伝えるメンバーを揃えること、光の神についての情報を集めること――僕たちにやれることは限られていますが、できることはあります」

「でも俺らは町に入れないだろ。他の奴らと連携できねーし、やることねーじゃん」

 キジマの言葉を首を振って否定する。

「プレイヤーが彼に与するのを止める、暴徒化した際は武力を持って制すること。我々にも仕事はありますよ」

「(……ふーん?)」

 内心驚いていたのはハイヴだ。

 責任のある立場にいながら正義のため自己犠牲も厭わない無責任さ、全ての人を助けられると考えている傲慢さ。そのどれもが前から気に食わなかったハイヴ()は、今のワタルの変化に気づいていた。

「(甘さが取れたというべきか……)」

 理想論ばかりの以前よりはるかにいいと、小さく笑いながら「そういう話なら俺らにも協力させてくれ」と手を挙げた。

 意外そうな表情でアランが口を開く。

「お? 俺たちついに攻略組引退か? 全エリア制覇の夢はどうなったんだ?」

「身の程を弁えたら自然とそうなるだろ。別々で攻略するメリットももうないし、なにしろ時間がねーよ。そもそも、あいつらと競い合って勝てる要素あるか?」

 そう言いながら魔王達を顎でさすハイヴ。

「ま、異論ねーよ」

 そう言ってアランは後頭部を掻きむしった。

 もはやギルドが別だからと競っている場合ではないことも、誰もが理解していた。

 ワタルは視線を修太郎達に向けた。

「一番大変な仕事を手伝えなくて申し訳ない」

 言いながら、修太郎の前に進み出る。

 視線をエルロードとバートランドに移し、再び修太郎へと戻す。

「君には大恩があります。今はこんな形でしか支援できませんが、いつか必ず返しにいきます」

 そう言ってワタルが右手を差し出すと、修太郎は嬉しそうに小さく頷き、固く握手を交わした。

 心配そうな面持ちでミサキが口を開く。

「どうかくれぐれも気をつけて……バンピーも、プニ夫ちゃんも、皆さんも」

 ため息混じりに木陰から歩み出るバンピー。

「バカね。前にも言ったでしょう? 妾がいる場所が一番安全なの。むしろミサキの方こそヒトのことばかり気にして怪我しないか心配よ」

 まるで母と子のようだと、修太郎は二人のやりとりに苦笑を浮かべた。

「ヴォロデリアさんがいるから心配ないと思うけど、皆に異常があればすぐ駆けつけるよ。とりあえずは行けるところまで行こうと思う」

 という修太郎の言葉に、ミサキは泣きそうな顔になりながら小さく頷いた。

「ご武運を……!」

「ありがとう。それじゃあ、そっちも気を付けて」

 微笑みながら踵を返す修太郎。

 その小さな背中に全プレイヤーの運命を背負ながら、修太郎は未知なるエリアへと向かう。魔王達もそれに付き従うように森の奥へと消えていった。

「ちょうどあちら(・・・)にも動きがあったみたいだ。我々もここで失礼するよ」

 そう言い残しヴォロデリア達も空へと消え、残っているのはミサキ達だけとなった。

「……」

「ミサキさん。出発しましょう」

「……はい!」

 ワタルの元へ駆け寄りながら気持ちを切り替えたミサキは、解放された転移機能を使ってアリストラスへと飛んでいった。

 

◇◆◇


 ツルグル原生林を抜けた先、目の前に広がったのは、果てしなく続く緑の絨毯だった。

「これも……敵の出るエリアなのかぁ」

 木々の間を抜けてきた修太郎は驚嘆の声を上げる。風に揺れる草原や丘が点在し、一面の青空が広がっていた。

 テヅォルドラ大平原。

 美しく見えるこの地にも危険はある。

 それは――

「主様。あちらの方角から多数の気配があります」

 両耳をピンとさせながら刀の柄頭に手を置くシルヴィア。言われた方向に目線を送ると、はるか先の上空より、翼を動かし飛んでくる無数の影が見えた。

 形から察するにそれは〝竜〟

 ワイバーンと呼ばれる翼竜の一種に見える。

《ジェネラル・ワイバーン Lv.55》

 皇竜トルガノの墓mob図鑑から引用すると、大軍を率いて行動する特性と、鎧のように輝く鱗から将軍(ジェネラル)の名が付けられたその翼竜は、獲物を執拗に痛めつけ食う獰猛さで恐れられている。天敵のいない彼等は恐れを知らず、付近でその鳴き声を聞いた動物達は住処を放棄するとも言われている。

 ギョアギョアと独特な鳴き声を響かせながら、ワイバーンの群れは我先にとこちらへと向かってきている。そこに知性は感じられず、修太郎達のことを獲物としか認識していないように思えた。

「ほう、あれで将軍……」

 呆れたように目を細めながらガララスがそう呟いた。

「天敵のいない彼等にとってここは絶好の狩場みたいね。なにをしても許される世界はさぞ居心地がよかったでしょう――主様、前を行くご無礼をお許しください」

 そう言って不気味に笑いながら、歓迎するように手を広げ歩き出すバンピー。

「(ミサキさんに心配されて嬉しかったのかな……?)」

 珍しくやる気を見せている彼女を目で追いつつ、なにも知らずに向かってくる翼竜達に修太郎は心の中で同情した。

 孤立したバンピーを標的に捉える翼竜。彼女は流麗な動きで大袈裟にお辞儀をして見せた。

「ごきげんよう。そしてさようなら」

 彼女の〝領域〟へと踏み込んだその刹那――それは起こった。

 小さな白光の爆発が連鎖的に次々と発生してゆく。

 翼竜だったモノは光の粒子へと姿を変え散っていく。そしてきらきらと光の燐粉を撒き散らし、空いっぱいを華々しくも幻想的に彩った。

「(難解な罠みたいなのがない限り、しばらく僕らの出番はないかも)」

 本来このエリアは〝上空を巡回する翼竜をやり過ごしながら、広大なマップに隠された道を見つけて進んでいく〟という趣旨のもの。戦闘になれば苦戦は必至のはずが、本来適正レベル帯より格上であるはずの翼竜も、バンピーの前ではあまりにも無力であった。

「それにしても――」

 定期的に襲ってきた翼竜達もしばらく見なくなった頃、神妙な面持ちでエルロードが口を開いた。

「なぜ光の神は攻めるのをやめたのでしょう」

「ヴォロデリアさんが言ってたこと?」

「はい」

〝兄自身が何かするつもりは今の所ないみたいだ〟と、ヴォロデリアは言っていた。

「あの話をすべて信じるなら、Motherを取り込んだ時点で闇の神はかなり劣勢です。ですが光の神は自ら戦うことをせず、回りくどく試すようなやり方を徹底している……狙いが分かりません」

「単に伏兵(我ら)に脅威に感じたのではないか?」

 気楽な様子で笑うガララスの言葉に、エルロードは考え込むように顎に手を当てた。

「……だといいんですが」

「や、不安がる旦那の気持ちもわかるなァ。俺もなんかきな臭いと思ってたんだ」

 そう言ってバートランドは眩しそうに空を見上げる。

「自分が動かないだけならまだしも、天使(戦力)まで分散させてるからなァ。殲滅が目的なら普通しないだろ。これじゃまるで……」

「まるで、なに?」

 バンピーがそう聞き返すと、バートランドは「いや、なんでもねェ」と頭を振った。

「難しく考える必要はない。敵は全て叩けばいい」

 仏頂面でセオドールがそう呟くと、シルヴィアもそれに同意するように小さく頷いた。



 その場所は、平原の終わりに突如現れた亀裂の底に存在していた。

 大小様々な翼竜が集まり暮らしている様子が窺えるが、注目すべきはその巣である。

 翼竜達が止まり木にしているのは、地面から突き出すように天へと伸びる――骨。

 その一本一本は長く、太い。時折、光が差し込んでくると、陽光が骨に反射し、光と影が地面に模様を作り出していた。

 皇竜トルガノの墓。

 ここは巨大な竜の墓場であった。

「翼竜はここから平原に来てたのね」

 納得したようにそう呟くバンピー。

 階段状になっている岩を降りてゆき谷底に到達する。地面は苔に覆われ、歩くたびに足元がふかふかとした感触で沈んだ。

〈ジェネラル・ワイバーン全滅ボーナス〉

〈竜達は侵入者に畏怖の感情を抱いています〉

〈周囲の敵対mobがいなくなりました〉

 バンピーが足を踏み入れた刹那、修太郎のもとへシステムアナウンスが届いた。どうやらバンピーがテヅォルドラ大平原で暴れ回った結果、何かの条件を満たしていたらしい。

 鳴き声を上げる翼竜が列を成すように降り立つと、巨大な頭蓋骨へと繋がる一本の道ができあがった。その光景にバンピーは「ふぅん」と怪しげな笑みを浮かべる。

「知性のない獣だとばかり思っていたけど、なかなか可愛い所もあるのね」

 我が物顔で道を進むバンピーは、翼竜の顔を一匹ずつ優しく撫でながら歩いていく。まるで懐いた猫のように、翼竜達はゴロゴロと喉を鳴らした。

「竜族の風上にもおけん」

 翼竜の転身ぶりに不満を露わにするセオドール。

「全部のエリアがこんな感じなら光の神の所まですぐ行けそうだね」

「違いねェや」

 楽しそうに耳打ちする修太郎に、バートランドは肩をすくめてみせた。

 一行は戦闘らしい戦闘もしないままに、翼竜達の作った道を進んでいく――と、やがて先頭を行くバンピーの歩みが止まった。

「なにかいるわね」

 見れば道の真ん中に人の姿があった。

 それは立派な身なりをした白髪の老人で、明らかにこの場所からは浮いて見えた。

 エリアボスかと構える修太郎だったが、出てくる場所がおかしい。恐らくエリアのメイン攻略部分となる頭蓋骨の存在、そして翼竜を倒すだけでクリアできるエリアが2つも続くのは不自然であるからだ。

「……!」

 修太郎の背後で誰かが息を呑んだ。

 老人は対話をする間もなく杖を振るい、美しい円を描いた。円は魔法陣となり、鮮やかな赤が煌めく。そこから現れた火の玉が一直線にバンピーに向かって飛んでくる。

「なに? この火の粉」

 あまりにも力弱いその攻撃をバンピーが素手で払い除けようとした――その刹那。

「下がりなさい!」

 バンピーを押し除けたエルロードが防御魔法を展開すると、着弾した火の玉は爆炎を轟かせ破ぜた。爆風が渦を巻き、巻き込まれた翼竜が砕けて散ってゆく。生き残った翼竜達は鳴き声を上げ逃げていった。

 土埃が収まったその場には変わらぬ姿の老人が佇んでいた。

「あれは魔法を極めた者だけが使える魔法です。見た目に反して威力は凄まじい」

 老人を見つめながらそう説明するエルロード。納得いかない様子のバンピーが口を開く。

「でも全く高威力(そんな気配)は感じなかった」

「そのくらいの隠蔽なら ()は簡単にやってきます」

 その言い方に眉を顰めるバンピー。

「なんだか妙に詳しいけれど……あなたあの老人のこと知ってるの?」

 エルロードは懐かしむように目を細めながら、修太郎の方へと向き直った。

「あれはかつての私の師です」

 老人の青の瞳が怪しく光る。

「そうなの!?」

「大昔の話です。それに彼はもう亡くなっています。この世に留まっているはずがない」

 エルロードは再び老人へと視線を送る。

「師の形をした偽物ならすぐに分かります。しかしアレは紛れもなく……本物」

 そう言いながらエルロードがゆっくりと歩み寄ると、老人は歓迎するように微笑んだ。

「どうやら鍛錬は怠らなかったようじゃのう」

「……ッ!」

 エルロードの瞳が大きく揺れる。

 姿、声色、なにより体を構成するその魔力。

 紛れもなく――かつての師そのものだった。

「この世に未練でも?」

 平静を装いながら対話を試みるエルロード。

 修太郎はその様子を固唾を飲んで見守る。

「お前を置いて逝くことに未練はあったがのぅ、今こうして元気な姿を見ると心配はないようじゃな。元より心配もしておらんがの」

 ほっほっほと笑いながら、老人は目を細め、修太郎をじっくりと観察する。

「うむ、変わってなくて(・・・・・・・)安心したぞ。おお失礼、儂の名はウォルター。彼に魔法を教えておった」

「あ、えと、はじめまして。僕は修太郎といいます」

 緊張した様子で答える修太郎に、ウォルターは優しく笑いかける。

「はじめまして、ではないがのぅ」

「あれ、そうでしたっけ……」

「あぁすまん、こちらの話じゃ」

 そう言ってウォルターは頬を掻いた。

「そうか。修太郎くん、エルロードは頑固者で扱いが大変じゃろう?」

「そ、そんなことは……いつも冷静で何度も助けてもらっています」

 修太郎はぎこちなく挨拶を交わしながら、前の世界でエルロードとウォルターの関係はきっと良好だったんだなと察していた――。

 エルロードは元々生きることに疲れた魔族の王だった。

 死に場所を求めさまよい歩き、たどり着いたのがウォルターの城。そこでエルロードはウォルターの魔法に敗北し、彼を超えるために〝人間の魔法〟を覚えることとなる。

 莫大な魔力をぶつけるだけの大雑把な魔族と違い、人間は少ない魔力で高度な魔法を作り出す。生きる目標を得たエルロードはこれらを会得していき、人間の魔法を使う歴代最強の魔王へと至った――。

「うむ。儂が死んでも捻くれ者にならんかったようじゃな」

 ウォルターは嬉しそうに頷くと、チラとエルロードに視線を送った。エルロードは不満そうな顔で口を開く。

「それはどういう意味でしょうか」

「幸せそうで何よりだと、そういうことじゃよ」

 三人のやりとりは続く。

 魔王達は警戒の姿勢を解いていない。

「敵が味方か、どっちかしら」

「分からない、が、味方であると思いたいな」

 老人を図ろうとするバンピーとシルヴィア。

 纏う強さは魔王達と同等かそれ以上。味方であれば大きな戦力だが、戦いとなれば無事では済まないだろうことが分かる。

「ふん。そんなもの決まっているであろう」

 複雑そうな面持ちでバキバキと指を鳴らすガララス。

 仮に相手がエルロードの師匠本人だとして、いきなり攻撃を仕掛けたことに説明がつかない。

 そこから導き出される答えはもう――。

 エルロードが手をかざし、キィィンという音と共に修太郎の周囲に防御結界が張られた。

「主様、申し訳ございません。ことが終わるまでこの中で守りに徹してください。この相手に手抜きでは勝てません」

「でも、何かの間違いとか……」

「いえ、あの魔法には明確な〝意思〟が感じられました。なぜなら彼は――」

 言葉を止め、ウォルターを悲しげな表情で見つめたのち、呟く。

「敵だからです」

 両者の魔力が高まっていくにつれ、周囲に暴風が吹き、大地が揺れた。

「さて本題に移ろうかのう。ここへ来たのは戦うためではない、忠告するためじゃ」

 ウォルターの纏う雰囲気が変わった。

「主を守ることが我々(・・)の使命。ただ主の邪魔をしない限り、お前達を攻撃することはない。わかってくれるか?」

 怒気の籠った声でそう告げるウォルター。

 表情こそ穏やかだが、その魔力は敵意を剥き出している。

「道を間違うとはらしくないですね。私の愛したウォルター卿は自分の信念に忠実でしたよ?」

 エルロードは涼しい顔で本をめくった。

 明らかに雰囲気が変わっている。

 修太郎だけでなく、魔王達も稀に見る彼の〝本気〟。

「もちろん儂もお前を愛しておる――じゃがな、大いなる力の前に選択肢はない。この世は力こそ正義、それは今も昔も変わらん。言動を縛られていないのは唯一の救いじゃが、呪縛に抗う手段はない。この世界の運命と同じようにのう」

「運命などいくらでも変えられます。それだけの力を、私はあなたから授かったのだから」

「そうか。それは心強い……」

 一触即発のその直前、修太郎はウォルターの発言の違和感に気づく。

「(我々……?)」

 魔王達はすでにその存在に気付いたようで、修太郎を守る形で囲いながら、視線は皆同じ方向へと向けられていた。

 頭蓋骨へと続く道、アーチのように突き出た肋骨の先端に彼らはいた。

 修太郎よりも幼い男の子、武士のような出立ちをした仏頂面の青年、見上げるほどの大狼、豪奢な鎧を着た好青年、幼いエルフ、そして金髪の美青年――その全員から、ウォルターと同等の〝力〟が感じられる。

「言うまでもないがこれは光の神の策略だ」

「そんなの分かってるわ」

 セオドールの言葉に被せるようにバンピーが叫ぶ。修太郎は魔王達が明らかに動揺していることに気付いていた。

 特に顕著なのがバンピー、シルヴィア、セオドールの三名だ。

「……なに? 急に頭が……!」

 バンピーは額を押さえながら表情を歪め、

「そんな……あれは……」

 シルヴィアはその一点をただ呆然と見つめ、

「……」

 セオドールは表情こそいつも通りだが、その瞳には明らかな困惑の色が伺えた。

「あの人達は!?」

 状況がわからず困惑する修太郎の肩に手を置きながら、バートランドが説明する。

「恐らく、全員が我々と所縁のある人物です」

「えっ! じゃあ……!」

「いえ、器は本人でも魂まで一緒とは限りません。ただエルロード(旦那)の師がそうだったように、間違いなく敵の手の者です」

 そう呟くバードランドの視線の先に、彼の妹であるヴィヴィアンと雰囲気の似た少女の姿があった。彼女は微笑を浮かべながら、バートランドのことを愛おしそうに見下ろしている。

 それらは溶けるように消え、今度は魔王達の前へと迫り上がるように現れた。修太郎とバートランドの前にはエルフの少女が現れている。

「お前は誰だ?」

 探るようにそう尋ねるバートランドを見て、少女はクスクスと楽しそうに笑った。

「私のこと忘れちゃった?」

「知らないねェ。知りたくもない」

「それは酷いんじゃない? せっかく私が――って、あ!」

 何かに気付き飛びつく少女。反射的に槍へと手を伸ばすバートランドの口元から煙草を奪うと、少女はそれを満面の笑みで咥えて吸った。

「ッ〜〜んはぁ! この味久しぶりーー!」

「……」

 無邪気な少女にバートランドは警戒を続ける。

「私はハトア・ニブ・アイレイン。どう? 思い出した?」

 慣れた手つきで煙草を指に挟みながら、少女はフゥと煙を吐く。バートランドは煙を顔に受けながら、瞳を揺らし動揺の色を見せている。

「ハトア? なんかヴィヴィアンにどことなく似てる気が……」

 修太郎のつぶやきに、バートランドは小さく頷いた。

「ヴィヴィアンは元々ハトアです。ハトアの魂を集めて作ったのがヴィヴィアンですから」

 ハトア・ニブ・アイレイン。

 ニブはエルフ語で偉大を意味する言葉であり、バートランドの世界では、ニブの姓を持つ者は王家の血筋である事を意味する。

 人懐っこい笑みと誰彼構わず仲良くなれる天真爛漫な性格で、多くの者から慕われている彼女はエルフ国の姫であった。

 人間を愛した彼女は人間に裏切られ、一族全体を蝕む呪いの媒体として非業の死を遂げている。

 エルフ滅亡の火種となった悲劇の姫。

 そののち、バートランドを再起させる目的で、飛び散ったハトアの魂をヴォロデリアが集め作ったのがヴィヴィアンだ。ヴィヴィアンにかつての記憶はなく、バートランドは妹として彼女の成長を見守っていた。

「(どういうことだ? 思った以上に似てる)」

 声、仕草、匂い。

 目の前にいる彼女はあまりにもバートランドの知るハトアそのものであった。

「私は私だよ」

 彼女そう言って無邪気な笑みを浮かべる。

 バートランドは全てを察し「そういうことかよ(・・・・・・・・)」と小さく笑った。

 世界の創造を司るMother。

 世界の維持を司る光の神。

 世界の破壊を司る闇の神。

 魂が現実世界(別の場所)にあるプレイヤーとは違い、NPCは死ねば消滅する。魂を元の状態に戻すなど、それこそ創造神の力がなければ不可能。

 Motherを取り込んだ光の神が〝作った〟のなら、それが意味することはつまり――。

「ヴォロデリアの奴ァずっと俺を騙してたって訳か。まんまと乗せられたぜ……信じたくねェがコイツが正真正銘のハトア。つまり……」

 それ以上の言葉は出てこなかった。

 そっくりな形は作れても魂は一つだけ。

 ヴィヴィアンら、この世に絶望していたバートランドに希望を見せるため、そして自らの計画を進めるためにヴォロデリアが用意した〝偽物〟である。

 バートランドは冷たく笑う。

「だからどうした?」

 引き抜いた槍がハトアの頬を擦り、微笑む彼女の頬からは真紅の血が滲み出る。バートランドは矛先を彼女に向け、冷たい瞳で見据えた。

「なにが本当かなんて重要じゃねェ。俺がお前と過ごした時間と同じくらい、妹と過ごした時間も本物ってことに変わりはない。俺にとって今重要なのは、お前が主様に仇をなすか否かだ。んで――敵なんだよな?」

 その問いかけにハトアはニコッと無邪気な笑みを浮かべた。

「もう気付いてるんでしょ? 大いなる矛盾に」

「それでも俺は主様に尽くすと決めたんでねェ」

 バートランドの返答にハトアは一瞬悲しそうな顔になり、再び微笑んだ。

「そっか……」

 そう呟きながら、虚空に手を伸ばすハトア。

 警戒と共にバートランドの魔力が強くなってゆく。

「でもね、私にも私の戦う理由があるの」

「お前が戦う理由はカミサマへのご奉仕だろ」

「違うよ――これはあなたのためだもの!」

 何かを掴み、豪奢な槍を引きづり出す。

 その華奢な体で使うにはあまりにも巨大すぎるが、構える姿に隙は一切見当たらない。

「私はあなたに消えてほしくない!」

「……」

「それってどういうこと?」

 修太郎の問いにハトアは答えず、余裕のない顔でバートランドを見ている。

「もちろんそれに後悔はない。世界を敵に回しても関係ない――もう一度言う、だからお前は敵なんだ」

 バートランドは自分に言い聞かせるように声量を上げた。

「そっか。もう覚悟してるんだ……バートらしいね」

 ハトアの纏う魔力も高まってゆく。

 周囲の木々が反応し、メキメキと音を立てて成長していくのが見える。

「さっきのはどういう……」

「すみません、話している余裕がなさそうです」

 そう言ってエルロードと同じように防御結界を張りながら、敵に向けた視線はそのまま、バートランドが修太郎に尋ねる。

「主様、ワタル達が使った転移は使えますか?」

「あっ、うん、待ってね!」

 言われるがまま、修太郎は転移機能を探した。

【戦闘中にこの機能は使えません】

 ウォルターとエルロードの魔法がぶつかった時点で戦闘として判定されたようだ。

「ダメ、今は使えないみたい!」

「ではなるべく守りを固めてください。可能ならエリアの移動から転移を――コイツは全力で相手しないと倒せそうにありません。恐らく、他の皆も同じ条件です」

 バートランドから今まで聞いたことのない切迫した言葉が返ってくると、修太郎はようやく今の状況の深刻さに気づいた。

 エルロードとウォルター、バンピーと少年、そしてバートランドとハトアは既に激しい撃ち合いを始めていた。大狼への反撃を躊躇う様子のシルヴィアを除くと、戦闘が始まってないのはあと二組だけ。

「貴様がどのようにして命を散らせたのか気になっていた。死ぬ直前の景色を聞かせてもらおうか」

 そう言って腕を組むガララス。

 対峙するは武士のような様相をした男。

「癪に触る物言いは相変わらずか。まあ、変わってなくて安心したよ」

 烈将アグニ。

 かつてガララスの弟子だった男。

 ガララスが唯一、自分を殺せると認めた男。

「孤児からはじまり、戦場を駆け、戦場に散り、静かに眠ることも叶わず蘇生され利用されるとは――実に数奇な運命よ」

 ガララスは戦乱の世に生まれた、生まれながらにして王だった男。その強靭な肉体で数多の戦争を勝ち抜き、全てを略奪した常勝無敗の王。そんなガララスを追い詰めるため、敵国の将達は手を組み、火の国の兵を殺してまわった。辱めるため並べられた遺体の中に、アグニもいた。

「貴様が死に、我の力は開花した。そう思えば貴様を鍛えたことや、死は決して無駄ではなかったな」

 ガララスの言葉にアグニは乾いた声で笑う。

「俺は運命に感謝してるよ。なぜならムカつくアンタをまた全力でぶっ叩けるんだからなぁ!」

 両手の拳を打ち付けるアグニ。

 目に見えるほどの闘志が体から溢れてくる。

「貴様のおかげでたどり着いた武の境地、貴様本人に見せる日が来るとはな」

 両手に燃えるような赤のオーラを纏いながら、笑みを浮かべ向かっていくガララス。

 もはや修太郎のことなど頭にないようだった。

「(邪魔はできない)」

 助太刀すれば各個撃破できるかもしれない。しかし、それは魔王達の尊厳を損なう行為に他ならない。ただ信じて勝利を待つ――自分のすべきことはそれだけだと、修太郎はそう決意する。

 別の場所では、もう一人の魔王が戦いを始めようとしていた。

「――それがキミの冒険譚なんだね」

 そう言って嬉しそうに頷くのは、豪奢な鎧を着た好青年。セオドールは懐かしむような視線を青年に送りながら続ける。

「お前達が守った平和を取り戻せたかはわからないがな。それに俺はまだ自分に満足していない、前と変わらず求道者のままだ」

「なるほど。道半ば、か」

 そう言って二人は小さく笑う。

 彼はかつてセオドールとパーティを組んでいた仲間の一人にして、親友だった勇者ハイルーン。

 圧倒的なカリスマと、王国の騎士団長をも凌駕する剣の腕を持ち、宿敵であった悪しき魔王をセオドールと共に討ち滅ぼした英雄。

「そうだ! あの後僕はエネリスと結婚したんだよ。平和のためにって王様がうるさくてね。まあでも魔物のいない世界には勇者も賢者もいらないからね、静かに過ごせるように山奥に家を建てたり、楽しかったな」

 頭を掻きながら照れ笑いを浮かべるハイルーン。エネリスも同じパーティの一人にして、賢者と呼ばれた天才魔法使いの名だ。

「そうかそれは、毎日飽きない家庭になりそうだな」

「そりゃあもう! 毎日怒られてばかりだよ! 魔王よりも怖かったよ」

「相変わらずだな。しかしお前達が結婚とは感慨深いな……」

「君にも見えるようにって塔の下で式を上げたんだぞ。メロイアの案さ」

「そうか……」

 セオドールは懐かしむように目を細める。

 聖女メロイア。癒しの力で万物の傷を治した女性の名だ。セオドールのよき理解者でもあった。

「彼女はその後どう余生を過ごしたんだ?」

「……」

 ハイルーンの顔から笑みが消える。

「はっきり言って魔王が死んだ後の世界は荒廃していたよ」

「(竜が降りるまでの1400年は平和だったと聞いたが……)」

 困惑するセオドールを尻目に、ハイルーンは忌々しい過去を思い出すかのように、拳を震わせさらに続ける。

「魔王が支配していた広大な土地を得るために、人々は戦争を始めたんだ。醜い争いだよ。勇者なんて呼ばれてはいたけど、僕にできることなんてほとんどなかった」

 そう言ってハイルーンは乾いた声で笑う。

「隠居したお前に関係あるのか?」

「ははは、平和な結婚生活なんて半年ももたなかったさ。勇者はね、隠居なんてできない。気付けば王の命令で勇者から将軍に、敵は魔物から敵国の人間に変わった。魔王と渡り合った剣で人間を斬らなきゃならないなんてね」

 自傷気味に笑いながらハイルーンは続ける。

「でもね、僕よりももっと不幸だったのはメロイアさ。毎日何千何万と運ばれてくる負傷者を治療し続けたんだからね。何人も看取って、やつれていった」

「……」

 そう言ってハイルーンは涙を流しながら剣先をセオドールへと向けた。

「お喋りは終わりにしよう――頼むセオ、早く寝かせておくれ。僕はもう戦いたくないんだ」

「すまない……」

 残念そうに剣を抜くセオドール。

 そこから二人の会話はなくなった。

 二人の打ち合いが始まり、戦いの余波で地殻変動していくエリア。プニ夫が修太郎の鎧となって守りを固め、修太郎は剣を構える。戦いは激しさを増し、まるで爆心地の中心にいるかのように苛烈なものとなってゆく。

 砂煙に巻かれながら天高くから落ちてくる人影。それは宙でくるくると体を捻り、地面にズダンと着地した。その人影――もといバンピーは明らかに消耗し、肩で息をしているのが見える。

「バンピー!?」

「修太郎様、お見苦しい姿を見せてしまい――」

 会話を遮るように鈍い金属音が響く!

 巨大な斧を盾に持ち堪えるバンピーと、華奢な片手剣を打ち付ける少年。少年と目が合うたびに、バンピーはひどい頭痛に襲われる。

「なんなのよ……」

「大丈夫。きっともうすぐ思い出す!」

「貴方なんか知らないわよ!」

 背後に轟く破壊音に視線を向ければ、土埃の中から立ち上がるシルヴィアの姿があった。

「覚悟を決めろシルヴィア」

「私は父様と戦いたくない!」

 自分に迫る岩の棘を光剣で刻むも、シルヴィアに反撃する様子はない。そのまま大狼の体当たりをまともに受け、シルヴィアは再び岩の壁へと打ち付けられた。

「(皆いつも通りに戦えてない……)」

 反撃しにくい相手ということもあるが、それ以上に相手の強さが際立つ。事実として、大天使さえ苦にしない魔王達を押しているのだ。

『私の愛したウォルター卿は自分の信念に忠実でしたよ?』

『俺がお前と過ごした時間と同じくらい、妹と過ごした時間も本物ってことに変わりはない』

『相変わらずだな。しかしお前達が結婚とは感慨深いな……』

 今回は単なる敵ではない。

 それも、所縁のある人物どころではない。

「皆自分の大切な人と戦ってる……」

 かつての戦友、親友、親、師、弟子――

 それらを相手にする魔王達の心境はいかほどか、修太郎に知る術はない。

「キミは部下を信用しているようだネ。そして部下達からも信頼されていル」

 ふと、どこからか誰かの声が響く。

 それは戦闘音の中でも妙によく聞こえた。

 戦火の間を散歩するように縫って現れた金髪の美少年が、動揺する修太郎に現れた。プニ夫は明らかに警戒し、鎧の形をトゲに変形させている。

「キミは、誰?」

「私はα《アルファ》。我々は主によって創られた〝使徒〟――」

「使徒……」

 αはそう説明しながら光の剣を取り出した。

 今のところ殺意は感じられないが、明らかに異質な雰囲気を纏っている。それに、彼からも魔王達と同等の力が感じられた。塔で鍛えた危機察知能力が頭の中で警報を鳴らす。

 戦いに動揺は禁物。

 修太郎は心を空っぽにして冷静さを取り戻す。洗練されたいつもの動きで、剣を正眼に構えた。

「主が襲われているっていうのに部下達は助けに来ないんだネ。これはちょっとお粗末なんじゃないかナ?」

 微笑を浮かべ剣を振り上げるα。

 魔王達は未だ苦戦を強いられている。

「主が脅威と認めるイレギュラーの王のお手並み拝見といきましょウ」

 殺意に満ちた剣が空気を裂いた!

 修太郎は瞬時に身をかわし、反撃を試みる。

「(塔での経験を無駄にはしない!)」

 剣が修太郎の身体に迫るたびに、修太郎は精密な動きでそれを避け、自らの技で応戦する。

「『秘技・風牙連斬(ふうがれんざん)』」

 αに向かって素早く連続で斬りかかる修太郎。その動きはまるで獰猛な獣のように荒々しく、風のように猛烈。一撃一撃が鋭く重い。

「想像以上のキレ……!」

 αはそれを紙一重で避けながら反撃に出た!

 二人の間に激しい攻防が繰り広げられ、周囲には激しい風が舞い、金属同士が激しくぶつかり合う音が響き渡る。

「(LPが減らない……どうして……?)」

 体を掠める斬撃もあったのに、αのLPは変わらない。修太郎は二つの可能性を導き出したが、当たっていればかなり部が悪い。

 一つはαの特性。

 物理無効などの特性・スキルがあるなら、攻撃が通じない理屈も説明がつく。魔法を交えた攻撃で測ることはできるが、最悪なのはもう一つの可能性だ。

「(僕の攻撃力不足……)」

 圧倒的な実力差の前では剣技など無力。

 修太郎とaのステータス上の差が大きければ、どんなに攻撃を当てようと意味がない。

 単純な〝格上〟。

「(皆が苦戦してる理由は、思っている以上にシンプルなのかもしれない……)」

 魔王達が苦戦する理由――それが純粋な実力の差なら、これほど絶望的なことはない。

 修太郎の息は荒くなり、汗が額から滴り落ちる。心臓は激しく鼓動し、視線は剣と剣の交錯する先を追うので精一杯となっていた。

 一方のαの剣はその輝きを増し、悍ましく修太郎を脅かしている。

 こちらの攻撃は通じず、向こうの攻撃を一撃でも受ければ致命傷。精神がすり減る攻防は、まるで時間が止まったかのように、永遠に続いているように感じられた。

 以前、修太郎は塔でこれを経験している。

 そしてこれを乗り越えて今がある。

「プニ夫の牽制も効いてる、ありがとね」

 修太郎の言葉にプニ夫は力なく震えた。

 アビススライムの液を、αは防御ではなく避けることで対処している。つまり、少なからず相手に有効であることがわかる――斬撃が通用しないのは相手の特性の可能性が高まる。

「それなら……!」

 純白の剣を手で撫でるように、修太郎は魔力を込める。

「白竜剣アメルディア。僕に力を貸して!」

 修太郎の言葉に呼応するように、剣から現れた白き竜が刃に炎を灯した。

「『魔法連携・ 竜牙煌剣(りゅうがこうけん)』」

 それは炎と竜の力が融合した攻撃。

 放たれた斬撃が轟々と燃え盛る。炎はまるで竜が空を舞うようにうねり、周囲を焼き尽くすほどの熱量を持っていた。

「察しがいイ」

 ニコリと微笑むαの手には光の盾が握られていた。

 並大抵の相手は熱の威力だけで蒸発するほどの魔法――は、光の盾によって阻止される。炎が盾に接触すると、まるで透明な壁にぶつかったかのように炎が急激に消え失せた。盾は剣の炎を完全に吸収し、その力を無効化する。

「(これを防がれるのか……でも!)」

 攻撃は決まらなかったが修太郎は確かな手応えを感じていた。相手が無傷の理由が解けたからだ。

「物理攻撃無効化なんて反則みたいな力だね」

「流石じゃないカ。基本的な攻撃が物理のキミにはやりずらいんじゃないかナ」

「そんなことはないよ。僕の中には魔王達(みんな)がいるから」

 言いながら剣を鞘に納める修太郎。

 両手をパンッと合わせ、ゆっくり広げる。 「《至高の魔力》《時の番人》」

 修太郎の周りに懐中時計のエフェクトが踊る。

「それハ、部下の魔法カ?」

「《大樹の檻》」

 αの体は無数の蔦によって縛り上げられ、完全に身動きが取れなくなった。その間も修太郎は確殺のコンボを構築していく。

「《武神の極意》」

 ブンという音と共に修太郎の体が3つにブレる。幻覚のように見えて全て実体があり、それぞれが独立した詠唱を始める。

「闇よりも深き淵よ、我が手に纏うは光の刃。絶望の暗黒を照らし、切り刻め!」

「烈火よ、我が敵を焼き尽くせ。我が手に宿るは裁きの炎、原罪の者に終焉をもたらせ!」

「雷霆の咆哮よ、大地を揺るがし、敵を打ち砕け!烈火の怒りよ、空を焦がし、絶望を焼き払え!氷の凍てつく手よ、悠久の時を封じ、永遠の深淵へと誘え!」

 三人の修太郎が構築した別々の魔法。眩い光が、灼熱が、天候が変わるほどの魔力がうずまき、αに向けて放たれた!

「《奈落の輝剣アビサル・レイディアンス》」

 召喚された無数の剣が迫る。

「《裁きの大炎ジャッジメント・オブ・フレイム》」

 αの足元から巨大な火柱が天へと伸びる。

「《天変地異エターナル・ストームブレイク》」

 雷、炎、そして氷の息吹が襲い掛かる。

「――ッ!」

 修太郎の魔法によってαのLPが秒間2%ほどの勢いで削れていく。逃げようにも大樹の蔦が彼を離さず、防御を取ることができない。

「(このまま大人しくしてて……!)」

 しかし修太郎の願いも虚しく、各種の魔法は盾に吸い込まれるようにして消えてゆく。それでも与えたダメージは甚大で、αは唸り声を上げながら修太郎を睨んだ。

「やはりこれ以上野放しにはできないナ」

 そう呟いたその刹那、αの体が消えた。

「どこに……!?」

 周囲を見渡す修太郎――。

 突如、現れたαが剣を一気に振り抜いた。

 その剣圧は魔王達の防御結界を易々と貫通し、勢いそのまま修太郎へと襲い掛かる!

「くッ!」

 反射的に剣を抜きなんとか受け止めるも、αの猛攻は止まらない。まるで先ほどのお返しをするかの如く、剣技は鋭さを増してゆく。

 光の剣が容赦なく迫る。

 魔法詠唱による僅かな隙を突かれ、防戦一方となる修太郎。反撃も散発的になり、受け切れない斬撃に少しずつダメージを受ける。

「主様ッ!」

 セオドールの怒号が響く。

 ニタリと不気味な笑みを浮かべるα。

「どきなさい!!」

「邪魔するなァ!!」

 バンピーとバートランドが同時に叫んだ。

 αの剣から殺意が溢れ、修太郎が反射的に剣の腹を掲げ――


「えっ」


 光の剣は純白の剣を〝透過〟し、修太郎の肩から腰までを切り裂いた。

 鮮やかな鮮血のエフェクトが飛び散る。

「主様ッ!!!」

 エルロードの絶叫がこだました。

 魔王達がほぼ同時に動きだす。

 自らの傷も厭わず、修太郎の元へ集った。

 死んだようにぐったりとする修太郎。

 全員がほぼ同じタイミングで回復を試みる――も、回復魔法の効果がない。

 傷が全く塞がらない。

 修太郎のLPが凄まじい勢いで減ってゆく。

「王は討たれタ。そしてお前達もここで滅ブ」

 集まった使徒達が手をかざし、眩い光が集まっていく――その刹那、


「そこまでだ」


 巨大な手に押し潰されるように、使徒達は見えない力によって地面ごと奈落の底へと落ちてゆく。

 魔王達を囲うように精霊が降り立ち、遅れてヴォロデリアが降り立った。

「この傷は普通には治らないよ。僕らを殺すための特別な傷だからね」

 ヴォロデリアが手をかざすと、修太郎の傷が癒えていった。回復魔法で治すことのできなかったそれは、傷跡も残らず元通りになった。

「当然だけど使徒(彼ら)は生き残ってる」

 意識の戻らない修太郎を見下ろしながら、ヴォロデリアは悲しそうな顔で首を振る。

「遅れてすまなかったね。やけに天使が絡んでくると思えばこっちが本命だったのか……まさかこんな武器を隠し持っていたとは」

「教えて」

 ボロボロの修太郎の手を握りながら、呆然とするバンピーがそうつぶやく。

「あいつらを残らず殺す方法を教えて」

 自分への憎悪と、後悔の念。

 他の魔王達は静かにそれを見守っている。

「納得できないかもしれないけど、その力はもう君たちに備わっているよ。僕が見出した時からね。前も言ったけど使徒は本質的には天使と変わらない。天使が倒せるなら使徒も、兄も倒せる」

 ヴォロデリアは魔王達を見渡し、そして修太郎で視線を止めた。

「でもまだ足りない。これで分かったよね」

「……」

 魔王達も自分の力不足を痛感していた。

 かつての自分に縁がある相手とは関係なしに、純粋な実力の差で負けていたから。

 当然今のままでは光の神に勝てない。

 万に一つも勝ち筋がない、というほどに。

「今よりも強くなってもらう必要がある。時間はあまり残っていないけど、勝機がないわけじゃない。僕がこの戦いに加勢できていることそれ自体が、兄にとって予定外のことなんだから」

 そう言いながら、精霊達と共に宙へと浮かぶヴォロデリア。相変わらず考えの読めない表情をしているが、その瞳には覚悟の色が表れていた。

「精霊達を倒されていれば、僕はあのまま兄に取り込まれていた。その時点で世界は終わっていたはずだった。首の皮一枚繋がったのは君たちと――そして修太郎(この子)のお陰だ」

 修太郎を見下ろしながらヴォロデリアは続ける。

「偶然が重なり、君達は新しい成長を遂げた。その強さは僕らが最初に出会った頃よりも確実に大きくなっている。君達がこの子が巡り会えたことも、きっと何かの運命なんだろうね」

 それだけ言い残し、ヴォロデリアは空へと消えた。魔王達は打ちひしがれたように、修太郎の周りに佇んでいたのだった。



2



 アリストラスへと戻ったミサキ達は、各ギルドの主要メンバーを集め緊急会議を開いていた。

 内容はもちろん光の神の目的についてである。

 最初はミサキが身振り手振りで説明するも、感情的で伝わらないからとハイヴが代わり、淡々とした調子で説明を済ませた。

「にわかには信じがたい内容だが……」

 そう言って唸るのは紋章の現マスターのアルバ。精神的支柱であったワタルの脱退後、ギルド内のゴタゴタに対応し、ようやく落ち着いた矢先にこれかと目頭を揉んでいる。

「聞くのは野暮かもしれんが、その闇の神様とやらは信用に値するのか?」

「信用するもしないも、俺たちはこっち側に着くしかないからな。天使の親玉よりマシだろ」

「うむ……それもそうだな」

 もはやプレイヤー側が第三の道を模索している余裕はない。

「光の神による宣戦布告は全プレイヤーが周知しています。敵の目的が掴めない以上、内容の真偽は置いといてもすぐ対応すべきでしょう」

 フラメの発言に黄昏のサブマスターkagoneも同意するように首を縦に振っている。

「それで――攻略面はあの子に全て託すのね」

「不満か?」

 黄昏のマスター白蓮の言葉に眉を釣り上げるハイヴ。

「いいえ、手伝えないことが心苦しいだけ。適材適所という点であの子以外適任はいないもの」

 悔しさと申し訳なさを胸に抱きながら、白蓮は祈るように両手をゆっくりと合わせる。その仕草は静かな謝罪の表していた。指先はかすかに震え、目には深い悲しみが宿っている。

 仲間と一緒とはいえ、悠然と死地に飛び込んでいった少年。彼に頼らざるを得ないことに、なにもしてやれないことに、自責の念と虚しさを感じていたのだ。

 ここにいる誰もが抱く感情。

 しかし、それを口に出したところで議論は先へ進まない。

 白蓮は気持ちを切り替えるように首を振って向き直る。

「わかったわ。私達はなにをすべきか教えて頂戴」

 彼女の言葉にハイヴは肩をすくめて答えた。

「実のところやれることはそんなに多くない。俺たちができるとしたらクエストの謎解きと、関連アイテムの代理納品くらいだな。修太郎がエリアのギミックやクエストで詰まらない限り、他のプレイヤーに〝祈らせない〟ように努めるくらいか。あとは焼け石に水だがレベル上げと戦闘訓練して備えるだな」

 危機的状況にあるというのに、ほんの少ししかやれることがない――ハイヴの言葉に、落胆するような誰かのため息が漏れた。

「幸いにも天使は味方の神様がどうにかしてくれるらしい。転移機能もあるし、レベルを上げるなら適正エリアに遠征してもいいかもな」

 そこまで説明し、沈むように椅子へと座るハイブ。皆が沈黙したのを見計らったように、地雷系女子がスッと立ち上がった。

「因みに! ワタルくんは監獄以降のエリア情報の整理と各教会の見回りするって!」

「おいおい誰だよこの部外者は」

 胡散臭そうにそう呟くアレンに、MaguNeマグネの動きがピタリと止まる。

「はぁ? この期に及んで部外者がどうとか関係ある? プレイヤーは全員関係者だっつーの!」

「お前みたいな見るからに面倒そうな奴を会議室に入れてたら議論が進まねぇんだっての!」

「アンタに見た目のこととやかく言われたくないんですけど!」

 ギャーギャーとヒートアップする二人を無視する形で筋肉質なオネエ(キャンディ)はフラメに耳打ちする。

「やっぱりマスターはギルドに戻らないのね」

「はい……自分の意思で抜けたからと頑なに。ただ目的は一緒ですから、今まで通りです」

「そう……そうよね」

 そう呟きながらキャンディは短くため息をつく。

「それでは、各ギルド毎に役割を決めませんか? これからは、これまで通り各々が自由にとはいきませんからね」

 フラメの言葉に賛同の声が集まる。

 しかし、難しそうな顔で黙り込むプレイヤーもいた。

「正直な意見を言っていいかな」

 そう言って立ち上がったのは、所属メンバー10名の小規模ギルドのマスターの男であった。

「個人的な意見で申し訳ないけど、この会議って意味ある?」

 会議室が途端に静まり返った。

 フラメは言葉を飲み込み、冷静に尋ね返す。

「……それはどういう意味ですか?」

「だって、基本的にあの子供に託してたら全部解決するんだろ? 噂によるとレベルもカンストしてるとかなんとか。外に出たら今まで以上に命の危険があるわけだし、俺たちが今更レベル上げとか意味あるのかなって」

 修太郎のレベルがカンストしているというのはただの噂に過ぎない。というより、eternityのレベル上限を知るのは修太郎だけで、レベル100のワタルが「もっと上がある」と公言した程度の情報しかない。ただ、非戦闘民や低レベル帯のプレイヤーにおける修太郎と魔王達のイメージがソレであった。

 男の主張が続く。

「言い方悪いけど、何しても無駄じゃないか?」

「訂正してください! あなたの意見は楽をとっているだけにしか聞こえません!」

 語気を強めるフラメにも男は動じない。

「さっきから聞いてたら〝あの子供が全部解決するまで、別にやることないけど働くフリだけしておきましょう〟ってことを丁寧に説明しただけだろ」

「確かにあの子は特別かもしれませんが、敵は光の神だけではないんですよ? それに、光の神に与するプレイヤーが現れれば我々が戦うことになるんです!」

「それだって教会は人殺し共が見張るって話だろ。というか、人殺し共を信用して野放しにしてるほうがよっぽど危険だと思うけど」

 集められたギルド幹部達のうち、何人かが同調するように頷いていた。静かに怒りの炎を燃やすフラメの横で、笑顔のマグネが顔を出す。

「じゃあアナタのギルドが見回りしたら?」

 面食らったようにたじろぐ男。

「な、なんでそうなるんだよ……」

「だって人殺しを野放しにするの怖いんでしょー? なら、潔白で正義感の強い人に任せるほうが安心だし、ワタルさんの危険も減るし、マグ的には大助かりなんだけど」

「そんなの俺たちが危ないだろ! だいたいうちは小規模ギルドなんだ。全部の教会に配置したら戦力も分散するし……」

「へぇ? ワタルさん達は5人でそれやってるんだけど、アナタのギルドってもっと少ないの?」

「……」

 バツが悪そうに黙り込む男。

 マグネは冷たい瞳を向けたまま、不機嫌そうに席へと戻っていった。

「……紋章主導が面白くないのなら、私が進行役を務めよう」

 そう名乗り出たのは白蓮だ。

 フラメに代わり白蓮の進行で話は進んでゆき、各ギルドでやるべきことがひとまず決定した。もちろん全員が協力的かと言われれば否で、事なかれ主義の面々は未だに〝修太郎に任せておけば大丈夫〟と思っているようだった。

「(ギルドマスターは癖の強い奴が多いな……)」

 アルバがそう一息ついた刹那、沈黙を守っていた男がダン! と机に踵を落とした。

「決めなきゃならないことで、大事なものがまだ残ってると思うけど?」

 紋章の幹部 天草の発言に会議室は再び静まり返った。神妙な面持ちでミサキが尋ねる。

「それって一体……」

「あの子供がやられたら次はどこのギルドが攻略担当になるか、だろ」

「なっ……!」

 激昂寸前のミサキを、天草は冷めた瞳で睨み付けた。

「確かに攻略はあいつらが適任だろうよ。でも悪いが可能性は0じゃない。俺はそれだけの脅威をあの光の神とやらに感じてるからな」

 天草の意見にミサキは黙り込んだ。

 圧倒的な強さを誇る魔王達を従えた修太郎が負けるなど信じたくはなかったが、彼の人間的な弱さも見てきたミサキには一抹の不安があった。

「(どうかご無事で……どうか……!)」

 わずかなわだかまりを残しつつも、各ギルドの主要メンバー達が話し合いの内容を共有したことにより、全ての情報がプレイヤー達に正しく伝わっていったのであった。

 


◇◆◇



「いやぁ意外と来るもんやなぁ」

 逃げ帰るプレイヤーの背中を見送りながら、ヨリツラは呆れたようにそう呟いた。

「客観的に見ても、それだけプレイヤー側の勝機が薄いということでしょう」

 風が心地よく頬を撫でる中、ワタルは遠くに見える修道院を眺めながら、口の前で両手を合わせる。

「皆、光の神が〝助けてくれるかもしれない〟という一縷の望みに賭けてる」

「天使の親玉だと知っても尚、ねぇ……」

 オルスロット修道院にワタル達は停留していた。この場にいるのはワタルとヨリツラだけで、他のメンバーは別の教会に向かっている。

「正直なぁ……祈りに来たやつを片っ端から追い返すにも限度があると思うで? 疑わしいやつを集めてどっかの町に拘束したほうが早いわ」

「分かりやすい人ならそれができますが〝わかってて寝返る人達〟は自分から言ったりしないでしょう」

「めんどくさいわー。人の心を透視できる固有スキル持ちとかおらんのかな」

 両手を頭の後ろに回して、うんざりした様子でぼやくヨリツラ。

「ヨリツラさんの固有スキルを嘘発見器のように応用できませんか?」

「ボクのスキルはそんな万能ちゃうで。基本的に分かれ道とか敵とか、ゲーム側が用意したシチュエーションに使えるってだけやから」

「そうですか……」

 光の神に与する考えのプレイヤー(大多数が精神を乗っ取られることを信じていない)は少なからずいるが、ワタル達が目を光らせていることもあり、表面上は大人しくしている。しかしヨリツラが言うようにそれにも限度がある。

「僕には危惧してることがあるんです」

「他にも何かあるん?」

「ホロ煉獄から脱出した際のことを覚えていますか? 我々と別れ、引き返す選択をした人達のことです。彼等はいまどこにいるんでしょうね」

 監獄から脱出できたプレイヤーのうち、ワタル達を除いた約30人ほどがアリストラスを目指して引き返したことになる。

「そりゃ野垂れ死んどるやろ。アリストラスまでどんだけの距離あると思っとるん。犯罪者プレイヤーは町に入れないから補給もできんし、寝ることもできんわけやん」

「そうは言っても、その日のうちに転移機能が開放されましたからね。アリストラスを目指していたなら、出てくる敵も煉獄より弱くなっていくはずですし、余程のことがない限りほとんどが安全圏に逃げられたと思います」

 確かになぁと相槌を打つヨリツラ。

「で。それのなにが問題なん?」

「恐らくプレイヤーの中で彼らが最も孤立しています。つまり光の神の思惑を共有できていない」

 だから相手側につく可能性があると、ワタルはそう考えていた。

「なるほど。そら確かに厄介やわ」

 犯罪者プレイヤーの多くは、ワタルのパワーレベリングの恩恵でかなりレベルが高い。それらが万が一、光の神の傘下に入ればプレイヤーにとって脅威になり得る。

「ま、考えたところで真相は闇の中や。そうなったらそうなった時にボクらで処理すればええんよ」

「……」

 沈黙するワタルに「迷ったらあかんよ」と続ける。

「目的のために悪役になる道を選んだんやろ。なら最後までそうあるべきやと思うよ」

「……無論そのつもりです」

「そんな暗くなっちゃってー。ボクからしたらワタルちゃんは恩人やし、今後も一緒に罪も背負うで。最後まで付き合うつもりやし心強いやろ? 仲良くしよーや!」

 そうですねと、ワタルは小さく頷いた。

 ヨリツラは他の犯罪者達(先の心配事)について思い悩んでいるのだと考えていたが、実際は違う。ワタルは久遠のことを考えていた。自分の手で殺し、自分を庇って死んだかつての親友。心に空いた穴が埋まらないような感覚。埋める術を知らないワタル。

「(僕は久遠をどうしたかったんだろう)」

 大切な人たちを守るために殺した親友。

 彼を倒すために自分を鍛え、魂を売った。

 久遠はもういない――目的は果たせた、のに。

「ほなボクは黒犬んとこ行ってくるわ。あいつ一人やしサボられたら困る」

「ああ。頼みます」

「んじゃ」

 ヨリツラが転移で消えた後もワタルは一人黄昏ていた。これではダメだと首を振る彼の視線の先、修道院の前に誰かが立っていた。

「……!」

 祈りに来たプレイヤーなら追い返す必要がある。立ち上がったワタルに気付いたのか、その人物は砂の城が風に吹き散らされるように、次第に薄れていった。

 見覚えのある姿に立ち尽くすワタル。

「……久遠?」

 ワタルのつぶやきは風の音に消え、葉が擦れる音だけが寂しげに響いていた。



◇◆◇



 訓練所の窓から空を眺めていたミサキは、会議中での天草の発言が忘れられずにいた。

〝あの子供がやられたら次はどこのギルドが攻略担当になるか、だろ〟

 修太郎と魔王達より強い存在――想像もつかないが、相手は悪の親玉だ。きっと一筋縄では行かない。それなのに自分は何もできない、それがもどかしい。

「(やるべき仕事があるのに、手に付かない……)」

 鬱々とした気持ちのまま、ミサキは固有スキルに意識を向けた。

 仕事、というよりも呼吸に近い感覚。

 ミサキにとって、スキルは身体機能の延長となりつつある。

「えっ?」

 ミサキは思わず声を漏らした。

 なぜならそこに、異常な速度で移動する無数の赤点があったからだ。

「敵……?」

 反応を注意深く見ると、それが6つの赤い点と1つの紫色の点の集合体であることがわかる。アリストラス上空までたどり着いたそれらが動かなくなると、ミサキは訓練所から飛び出した。

 ミサキが向かった先は広場の中央。

 空から降りてきたのは予想通り――魔王達だ。

「(もしかして、もう全てのエリアを……?)」

 彼らの強さを鑑みれば十分あり得る話だ。しかし魔王達の表情、そしてなによりバートランドの腕に抱かれぐったりと動かない修太郎を見て、ひとめで〝何か良くないことが起こった〟と理解できた。

「修太郎さん!」

 駆け寄るミサキの声に反応したのか、ゆっくり目を開けた修太郎がぼんやりとミサキの顔を眺める。

「あれ……なんでここに? 危ないから来ないでって、言ったのに……」

 未だ自分が最前線にいると思い込んでいるのか、修太郎は困ったような笑みを浮かべた後、糸が切れるように気を失った。ミサキは涙を溜めながら切迫した様子でバンピーに尋ねた。

「いったい何があったの?!」

「負けたの」

「――え?」

「負けたのよ、妾達は。不様にね」

 ミサキは絶句した。

 心臓が早鐘のように鼓動している。

 負けた?

 マケタ? 

「アナタには正直に言うわ。主様は敵との戦いの末に傷を負ってしまった。今はもう全快しているけど、場所が悪ければあのまま――」

「おい姉御! 滅多なこと口にしたら許さねェ」

 怒気の籠ったバートランドの言葉にバンピーは「ごめんなさい」と小さく呟く。

「皆さんがついていたのに、修太郎さんが襲われるなんて……」

 圧倒的な強さを誇り、主を守ることにプライドを持つ魔王達を持ってしても守りきれなかったことが、ミサキは信じられずにいた。

「(天草さんの言葉が現実に起こるなんて)」

「――ッ!」

 ガララスの拳が地面を破壊する。

「よさないか! 自分を責める前にやるべきことがあるだろう!」

「そういう貴様はどうなんだ。実の父親相手にずいぶん弱腰ではないか」

「私は! 私は……」

 そのまま黙り込むシルヴィア。

 ガララスは「フン」と顔を背けながら「やるべきことなど我も理解している」と、虚しそうにそう呟いた。

「主様が一命を取り留めたのは偶然ではありません」

 そう言ってエルロードが布のようなものを広げると、そこには拳大の大きさまで小さくなったプニ夫の姿があった。

「そんなっ……!」

 駆け寄るミサキがプニ夫を抱き抱えると、プニ夫は弱々しくもまだ生きているようで、小さくぷるりと動いてみせた。

「攻撃の瞬間に主様を全霊で守ったのでしょう。ダメージが酷い」

「元に戻るんでしょうか」

「スライム種の生命力は魔物の中でも頭抜けています。時間はかかるでしょうが、問題ありません」

 それを聞いて安心したのか、力なくへたり込むミサキ。腕に抱いたプニ夫を優しく包み込み、静かに涙を流した。

 その頃には騒ぎを聞きつけたプレイヤーが集まり始め、魔王達を囲む形で円を作っていた。アルバや白蓮はミサキの様子を見て事態を理解したようだ。

「修太郎君っ!」

 群衆から飛び出したのは受付嬢のルミアだ。

 近づく彼女を目で制すバートランドだったが、ルミアは全く物怖じせず、真っ直ぐ彼の目を見て言った。

「まずは修太郎君がゆっくり休める所へ」

 しばらく冷徹な目を向けていたバートランドだったが、やがて小さく頷いた。ルミア扇動のもと、バートランドに運ばれ修太郎は宿舎へと移された。

「悠長にしてる暇はないわ」

 バンピーが他の魔王達に詰め寄る。

「使徒を探し、潰す。そうでしょう」

 しかし彼女の言葉に同意する者はいない。

 好戦的なガララスでさえ沈黙している。

 神妙な面持ちでエルロードが口を開く。

「受け入れなさい。あなたも理解しているはずです」

「……」

「我々の弱さが今回の敗因です。今のままでは何度やっても同じ結果になるでしょう」

 バンピーはギリリと拳を強く握ると、無言で踵を返し、町の中へと消えていった。

「……剣を打ってくる。少し考えたい」

 そう言い残し、セオドールも去ってゆく。

「――ッ!」

 叫びそうになるのを我慢し、シルヴィアは音もなく地を蹴ってその場から消えた。

 残されたのはエルロードとガララス。

「本気の殺し合いが成長を促す。その可能性に賭けてみませんか」

 挑戦的な口調でそう呟くエルロード。

 一騎打ちの申し出にガララスは笑う。

「ふん。珍しいことを言うではないか」

 しかしその瞳には巨人の炎が見えない。

 片膝をつき、ガララスはどすんとその場に腰をかけた。

「得られるものがあれば、貴様とやり合った以前にそれが手に入っていたはずだ。手に入っていれば、今日主様が傷付くこともなかった」

「……」

 そう言って、胡座をかいて目を閉じるガララス。エルロードはしばらく宿舎の方を見つめた後、溶けるようにどこかへと消えていった。

「(目の前で修太郎さんが傷付くのを見たんだもんね。そうだよね)」

 魔王達の心中も察しながら、ミサキは小さくなってしまったプニ夫を優しく撫でる。そして二、三度なにかを探すように首を振ると、バンピーが去った方角へと走っていったのだった。



◇◆◇

 


 夕暮れが静かに訪れ、城下町を一望できる丘にミサキはやって来た。

 遠くからの鐘の音が心地よく響いている。

 その丘のふもと、一本の大きな木の下にバンピーが佇んでいた。

「バンピー」

 静かに歩み寄るミサキ。

 バンピーは振り返ることなく、深いため息と共に「本当にお節介ね」と冷たくつぶやいた。

 彼女は城下町を見下ろしながら、夕陽に照らされた風景を哀しげに眺めていた。その背中に孤独と失意の色が見える。

「だって友達じゃない。当たり前だよ」

 そう言いながら、ミサキはまた一歩近づく。

「友達。友達なら教えて頂戴」

 振り返るバンピーの頬に、涙が伝う。

「どうすれば強くなれるの」

 これほど弱っている彼女の姿を、ミサキは見たことがなかった。だからだろうか、反射的に彼女のことを抱きしめずにはいられなかった。

「修太郎さんが居なくなると思って怖かったよね。力が足りなくて悔しかったね。でも大丈夫、大丈夫! みんな無事に戻って来たんだもん」

「……」

 ミサキの気持ちを素直に受け取り、バンピーはその言葉と抱擁を受け入れた。ミサキは微笑みながら彼女の手を取り言葉を続ける。

「修太郎さんを失うことへの恐怖と、相手への怒りは、強さに変えられる。負けを経験しなければこの強さは手に入らなかった。大丈夫。バンピーなら今よりもっとずっと強くなれるよ」

 優しく抱擁を続けるミサキ。

「それと傾向と対策も大事だよ! 相手がどんな技を使って来たかとか、どんな特性を持っているかとかね。バンピーはスキルが強力だからきっとその辺大雑把だと思うけど――」

「よく喋るわね」

「わっ!」

 そう言ってミサキを抱きしめ返すバンピー。予想外のことに硬直するミサキに、バンピーは微笑みながら「大人しく抱かれてなさい」と呟くのであった。



◇◆◇



「ただ眠っているだけみたいですね。この世界で病気になったり重大な怪我に繋がったりはしないようなので、基本的には時間が解決してくれますよ」

 元医療関係者のプレイヤーからそう告げられ、ルミアはホッと安堵のため息を吐く。

「じきに目が覚めるそうですよ。きっと疲れも溜まってたんでしょう」

「そうか……」

 安らかに寝息を立てる修太郎を見下ろしながら、バートランドは悲しそうに佇んでいた。

 ほどなくして、廊下からこちらに向かってくるような足音が響き、荒々しく開いた扉から少年が飛び込んできた。

「修太郎!? おい大丈夫か!」

「こら! 安静にしてるって言われただろ!」

 ベッドに飛び込みそうな勢いのショウキチを誠が掴みあげる。遅れて入ってくるバーバラ、キョウコ、ケットル、そしてラオと怜蘭の姿もあった。

「すみませんが、一応病室という扱いでお願いします」

「あ、はい、スマセン……」

 ルミアに嗜められショウキチは勢いを失う。

 ショウキチ達はしばらくの間修太郎の寝顔を眺め、起こさないように静かに去った。

 見舞いを断るべきかと考えたが、目覚めた時賑やかなほうがいいとルミアは入室を自由とし、それから大勢の来客があった。

 まずは紋章のアルバ、フラメ。キャンディやK、それから黄昏の白蓮をはじめとするメンバー達、そして八岐(ヤマタ)のメンバー。

「寂しそう。添い寝したほうがいいかな……」

「姐さんが一緒に寝たいだけでしょ」

「は!? こういう時は体を温めるのが一番なのよ!」

「姐さんシーー!」

 特に八岐の舞舞達は騒がしかった。しかしその騒ぎの中でも、修太郎は起きることなく熟睡し続けている。怪我によるショックよりも、しばらくまともな睡眠を取っていなかった反動が大きいようだ。よほど疲れていたのだろうと、ルミアは小さな英雄を悲しそうに見つめた。

 来客が落ち着いてきた頃、ルミアがぽつりとこぼす。

「修太郎さんはとても愛されてます」

「……」

 修太郎に視線を向けたまま語りだすルミア。聞いているのかいないのか、バートランドは無言で壁にもたれている。

「とても複雑な気持ちです。敵の強さがどれほどなのか私じゃ分かりませんが、魔王達(皆様)がいなければどうすることもできないことくらい……分かります。修太郎くんが消耗しているのは現状を見れば明らかです――ただそれでも私は起きた修太郎くんを、再び最前線に行こうとする修太郎くんを、たぶん止められません」

 最初はバートランドを励ますつもりだった。

 しかし、ルミアの口から出るのは懺悔するような言葉ばかり。

「帰還した皆様を見て、あなたに抱かれぐったりとした修太郎くんを見て、私は彼の心配よりも先に〝これからどうすればいいんだろう〟と思ってしまったんです。私はここに来てからずっと、自分のことばかりです」

 止まらない、懺悔の言葉。

 ルミアは口にしたことを激しく後悔した。

 バートランドがゆっくりと歩み寄る。

「そんなこと主様はすべて承知の上で最前線に向かったんだ。強いも弱いも、善悪も関係なく、皆を守るってなァ」

 ルミアの横を抜け、ベッドのすぐ脇で膝をつき、修太郎の頬を優しく撫でながら続けた。

「見た目こそ幼いが、主様の精神は既に成熟している。時間の流れが異なる場所で命を削ってご自身を鍛えられたからだ。しかし、強くなればなるほど周りの目というものは変わる。畏怖、期待、嫉妬、尊敬――ご自身に向けられた感情を受け止めたうえで、黙っている。平等に接する。この方はそういうお方だ」

 バートランドは塔での特訓を思い出していた。

 強敵達との戦いで修太郎は何度も死にかけた。それでも弱音を吐かずやり遂げたのは、譲れない目的があったからだ。

「命に関わる傷を負ったのはこれが初めてじゃない。意識が飛ぶほどの痛みなんて、普通の人間なら精神が壊れてもおかしくねェ。それでも難敵にぶつかるたび、躓くたびにご自身に言い聞かせていた〝皆を守る力が欲しい〟と」

 ポロポロと涙を流すルミア。

 自分の中にある醜い感情も、修太郎にはきっと見抜かれていたのだろう。その上で、あの変わらない笑顔を向けてくれていたのだと。

「だから俺達は主様に惚れたんだ。主様が叶えたいことがあれば、なんだって手伝う。たとえそれが自分の存在と矛盾しててもな」

 言い終えると、バートランドは再び壁にもたれるように背中を預けた。

「自分を責める必要はねェ。ただ全てが終わった後(・・・・・・・・)、今度はお前達が主様を支えてやってくれ」

「それってどういう……」

「今は分からなくていい。ただ約束だけしてくれ」

 意味深な物言いは理解できなかったが、ルミアはバートランドを真っ直ぐ見つめ、答える。

「はい。約束します」

「ん。じゃあ頼んだぜ」

 そう言って優しく微笑むバートランド。

 満足したように煙草を咥える彼に、すかさずルミアは指導する。

「ここは禁煙です」

「あーはいはい。さっきまでのしおらしさは何処へ行ったんだか」

 などと言い合いながらも、二人は修太郎が目覚めるのを静かに見守るのであった。



◇◆◇

 


 修太郎のお見舞いが終わり施設から出たケットルは、心配した面持ちで建物を振り返った。

 修太郎が眠る部屋の外、ドーマー窓が並ぶ(ゴシック様式の建築物で見られる窓の一種。屋根から突き出した小屋根付き窓)一角に、白銀の尻尾が動いているのが見えていた。

「ごめん。先に戻ってて」

「わかったわ。私達は会議に出るから、終わる頃にまた呼ぶわね」

「はあい」

 そう言ってバーバラ達と別れたケットルは、再び施設に戻り空き部屋の窓から外に出る。そして屋根を伝い、尻尾の持ち主に声をかけた。

「中から尻尾見えてた。修太郎、心配だね」

「ああ……」

 窓の外から修太郎を見守っていたシルヴィア。ただケットルが知る彼女よりも、どこか覇気がないように思えた。

「言い合いしてるのを聞いた人がいてね、シルヴィアがお父さんと戦ったとか」

「……」

「もし嫌じゃなければ話聞きたいな。前に助けてもらったから私も力になりたいよ」

 そう言って笑いかけるケットルに、シルヴィアは小さくため息を吐く。建物のてっぺんに二人で並んで腰をかけ、夕陽を見つめながら、シルヴィアは自分の出自について語り出した。

「――家族への攻撃は禁忌とされていた。ただ私にとって何よりも大切なのは主様だ。誰が何を言おうと絶対そうだと言い切れる。もちろん禁忌なんて関係ない。だから主様の敵は親だろうが関係ない、はずだった。なのに……戦えなかった。私は戦士失格だ……主様に合わせる顔がない」

「だからずっと外で見守ってたんだ」

「……」

 黙り込むシルヴィアにケットルが続ける。

「私、お父さんいないんだ」

「? ではどうやって産まれたんだ?」

「離婚したの。産まれた時は一緒だったけど、夫婦の性格とか色々合わないと別れちゃうんだよね、人間って」

 務めて明るい口調で語るケットル。

 シルヴィアには理解できない世界だった。

「不義理なものだな」

「そう。でね、私はなるべくいい子でいようと努めたんだ。お母さんの負担にならないようにってね。だからここに閉じ込められた時は、なによりまず〝お母さんに見捨てられる〟って思って不安になった。自分の命が危ないって時にだよ? どこまで親の目を気にしてるんだって、笑っちゃうよね」

「……」

 シルヴィアにも近しい経験がある。

 かつて家族を襲った冒険者と共に帰らずの門に飛び込み、長い間離れ離れとなった。そしてようやく出られた時、家族はもうこの世からいなくなっていた。

「こっちでもそう。ショウキチ達の前ではなるべくいい子でいようと努めたんだ。捨てられたくないからさ。でもそんな気を遣わなくていいって、誠が言ってくれた。そのままの私を受け入れてくれたの」

 つまり何が言いたいかというと――と、ケットルは更にシルヴィアとの距離を詰めて座る。

「話を聞いて思ったのは、シルヴィアはお父さんとまた離れるのが怖かったのかなって」

「馬鹿な、私に怖いものなどない」

「私もそう思うよ。シルヴィアは強いから」

 でもね、と優しい口調で続ける。

「自分を偽らずに話すことも大事だよ。言えなかったことがあるなら、思い切って言えばいい。だって亡くなったお父さんに会えたんだよ? こんな機会二度もないかもしれないじゃない? 自分の気持ち、伝えたほうがいいよ」

 ケットルの言葉が妙に心に響く。

 シルヴィアは父親と対峙した際、なにも言葉が出てこなかった。話したいことは頭の中で渦を巻いていた。言いつけを破って門を潜ったことについてとか、兄弟は立派に育ったのかとか、最後に母はなんと言ったのかとか――。

 倒せばきっと父とは二度と会えなくなる。

 父を前にしたシルヴィアは、門を潜る前の姿に戻ったような感覚があった。

 幼き日の自分が親との戦いを拒んだのだ。

「話せば前に進める。戦えるよ」

「……」

 ケットルはそう言いながらシルヴィアの手を握った。シルヴィアは黙ったままだったが、遠慮がちに彼女の手を握り返した。



◇◆◇



 広場の中心で胡座を描く巨人を見つけ、マグネは嬉しそうに駆け寄った。

「おかえり! 負けたんだって?」

「黙れ。我は今機嫌が悪い」

「なんで? 負けたから?」

「分からん奴だな!」

 勢いよく立ち上がり、殺意を込めた視線で睨みつけるガララス。見物人達が肝を冷やして去っていく中、マグネは動じず腕を組む。

「一回負けたぐらいでなーにイジけてるわけ? 負けたら死ぬの? あれ、でも前もイケメン執事に負けてなかった?」

「そうだ、我は二度負けた。我は侵略者の王だ。負ければ王ではなくなる」

 ガララスの世界においては、敗北=死。

 エルロードとの戦いは多少なりと情が邪魔をしたと言い訳できるが、今回は違う。

 ガララス最強の盾にして矛であるスキルは、アグニの拳によってあっさり貫かれた。戦いは全て後手後手で、戦いが長期になるにつれ勝機が薄くなる感覚があった。

「じゃあ王様やめたらいいじゃん」

 マグネは自作のロリポップ(棒付きの飴)を取り出し、ガララスに渡した。ガララスは突然の行動に呆気に取られただ受け取るしかできなかった。

「負けとか言ってるけどさ、誰も死んでないんだからマグ的には負けとは思わない」

 と言いながら、マグネは袋の上から飴を殴って砕いた。そうして砕かれた飴達を一つ一つ丁寧に舐めると、今度は棒へと戻していく。

「ほら。誰も欠けてなければ元通りと」

「……砂糖菓子とは違う」

「ん。まあ確かにそうかも」

 そう言ってマグネは飴を舐めた。

「その使徒って奴がさ、攻めてきたら皆死んじゃうのかな」

 夕焼けを背にぽつりと呟くマグネ。

「そしたらさ、死ぬ時は一緒にいていいかな」

「貴様は死にたいのか?」

「うん。マグはずっと死にたかった(・・・・・・)よ」

 そう言ってマグネは笑顔でターンを決める。

「マグにとって死はネガティブなものじゃなかったんだ。周りの男がクソってこともあったけど、人生うまくいかないし、まいっかーみたいな。死んだらもう苦しいことも悲しいこともないんだろうなーって。憧れてた時期もあった」

 でも、と、振り返った彼女は泣いていた。

「なんか、今は死にたくないかも」

「……」

「ガララスに助けてもらって、強くなって、挽回して、皆に認められて。なんか今人生で一番充実してるんだよね。だから死ぬの、怖いかも」

 声を震わせながらそう呟くマグネを見て、ガララスは呆れたように深いため息を吐いた。

「馬鹿なことを言うな。そうはならん」

「そんなの分からないじゃん」

「我がならんと言ったらならん。今までもそうだった。そしてこれからもな――」

 飴を口の中に放り込み、噛み砕く。

 修太郎に防衛を任されたその日から、アリストラスはガララスにとって第二の自国のような気持ちがあった。名も知らぬ全てのプレイヤー達に愛着があった。マグネの言うように使徒がここへ攻めてくれば、崩壊は免れない。

「我は侵略者。誰も我の物は奪えない」

 力を込めた拳がメキメキと音を立てる。

 その瞳には巨人の炎が燃えていた。

「二度は負けん。そして二度と負けん」

 ガララスは声に出して決意を示す。それはまるで未来の戦いに向けての宣言のようだった。



◇◆◇



 工房に響く金槌の音。

 側から見た素人でも、その速度、精度、そして品質はプレイヤーには実現不可能なものだと分かる。

「俺達のノルマ終わったな」

「終わったどころか、もう武器に関しては供給過多だろこれ。むしろ今までのもの全部廃棄していいレベル」

「だよな。粗悪品に思われても嫌だし」

 生産職プレイヤーがそんな会話をしていると、早鐘のように鳴り響いていた金槌の音がピタリと止んだ。寡黙そうな黒髪の騎士は、炉を見つめながら口を開く。

「武器を粗末にする者に工房を使う資格はない」

「ひ、ヒィッ!」

 建物が軋むほどの圧に、二人はたまらず工房から飛び出して行った。セオドールは深いため息を吐きながら、再び金属を炉にくべる。

 熱せられた炭火の輝きが彼の顔を照らす。

 武器の鍛造は彼の魂そのものだ。

 何かを考える時、セオドールは決まって武器を鍛える。

「あのぅ」

 赤々と熱した鉄塊が炉から取り出され、熟達した手つきで形を整えていく。

 金槌を振り下ろす度に額から汗が滴り落ちる。

「あ、あのっ!」

「?」

 セオドールはそこで初めて隣の女に気がついた。女は反射的に顔を隠すように髪をいじる。華奢な体つきに、覇気のない姿勢。前髪で隠れた目は眠そうな印象を持たれやすく、彼女のコンプレックスであった。

「春カナタと申しまして。あの、あの……」

「すまないが後にしてくれ」

 言いながらセオドールは再び金槌を振る。

 金属は丁寧な鍛造によって徐々に変形し、次第に刃と柄に形を変え、剣の輪郭を生み出していく。金属を炉に戻し、再び熱せられた炭火の中で焼き直し、鍛える作業を繰り返していく。

「すごい……」

 春カナタは元々の用事も忘れその工程に魅入っていた。職人は鍛錬する姿も芸術だと言われているが、彼女にとってセオドールが正にそれであった。それから剣を完成させるまで、セオドールの手は止まることはなかった。

「夜空みたいに綺麗な剣……」

 出来上がった剣は完璧なバランスを保っていた。この剣があれば、パンを切るように分厚い岩を容易く両断できるだろう。

「(奴は俺を恨んでいるのだろうか)」

 春カナタの感動とは裏腹に、セオドールは単に気分を晴らすために武器を鍛えていたに過ぎない。考えはまとまらないまま、本数だけが増えていく。

「あの、そろそろ相手にしてほしいです」

「まだ居たのか。俺に何のようだ」

「何のようだって、勝手に使われていたので……」

 自分の使っていた場所に彼女が戻ると、男が一心不乱に武器を作っていた。施設は共同で使えるものとはいえ、道具も残ったままである。

「そうか、すまない」

「いえ。隣空いてるのでよかったらどうぞ」

 厳密にはセオドールが睨んで空いてしまった席になるが、そんなことは知らない様子で、セオドールは席を立つ。春カナタの机には何本かの武器が並んでおり、刻印からすべて彼女が鍛えたものだと分かる。

「どれも気持ちのいい出来栄えだ」

「あっ、えっ? そ、そうですか」

「完成品には本人の想いが色濃く出る。この剣には迷いがない。春カナタ殿は名匠のようだ」

「そんな、そんなことは……」

 フッと微笑みながら炉の火を眺めるセオドール。春カナタは顔を赤らめながらも、気を紛らわすように金属を鍛え始めた。

 工房に金槌の音が響く。

「あの、お名前は何て言うんですか」

「セオドールだ。名乗るのが遅れてすまない」

「いえいえ。セオドールさんはどうしてここへ?」

 高レベルの生産職プレイヤーほど共同の工房を利用しない傾向が強い。今は助け合いの世の中になったが、技術を目で盗まれるのを警戒してのことだった。現に多数のプレイヤーは武器制作には同意しつつも、共同の工房には現れない。

 春カナタはセオドールがかなりの高レベルプレイヤーだと予想し、この場にいることを不思議がったのだった。

「迷いを晴らすため、だ」

「迷いとは?」

「大昔の話だが、自分の選択が正しかったのか否か、今になって分からなくなった」

 カンッ! という音が止まり、春カナタは金属から視線をセオドールへと移した。

「ウチもそういう時期がありました」

 暗い表情でそう呟く彼女に、セオドールは手を止めて興味深そうに尋ねる。

「どう乗り越えた」

「じ、自分の力では乗り越えていません。ただ、仲間が許してくれたんです」

 懐かしむように春カナタは語り出す。

「ウチ、本当はもうこの世にいないんですよ。嫌なことがあって、頭ぐちゃぐちゃになっちゃって、馬鹿なんで変な人を信用しちゃって」

 春カナタは生き返ったプレイヤーの一人だ。彼女は解放者と名乗る男の口車に乗せられ、大規模殺人に巻き込まれたのである。

「い、生き返った後に、仲間に全部話しました。そしたらウチのこと否定せずに受け入れてくれたんです。それに救われたなぁ」

「……」

 自分は仲間達と満足に議論したのだろうか。

 セオドールは自問自答する。

 かつて彼は一度入れば戻れないと言われる塔へと挑んだ。彼を送り出してくれた仲間達は死に、全てが終わった後、昔の彼を知る者は誰もいなくなっていた。

 あのまま仲間達と暮らす道もあったのかもしれない。仲間達はそう望んでいたのかもしれない。今更どうすることもできないが、そういう道があったのは確かだ。

〝はっきり言って魔王が死んだ後の世界は荒廃していたよ〟

「仲間達は俺を許すだろうか」

「もちろん」

 春カナタは自信ありげに即答する。

「自分の選択が間違っていたにせよ、正しかったにせよ、正直に伝えることが大事です。そうすれば一人で悩んでたことが馬鹿らしくなるくらい簡単に解決しますから」

 そう言いながら春カナタは鍛えていたものを完成させ、そのままセオドールに差し出した。

「これは?」

「お守り。仲直りできるといいですね」

「……」

 手渡された十字架のお守りを握り、セオドールは再び炉へと向き合った。



◇◆◇



 漆黒の闇の中に、修太郎はいた。

 まるで黒い水の中にいるような感覚。

 宇宙を漂うような感覚。

 時折り空間にノイズが走り、0と1という数字が魚のように湧いては消える。

「ここはどこだろう……」

 自分の身に大変なことが起こった記憶はあるが、それがなんだったのかは思い出せない。自分が眠っているということすら忘れ、修太郎はその不思議な感覚に身を委ねていた。

『ねぇ』

 どこからか声がする。

 女性、それもかなり幼いように聞こえる。

『ねぇ』

 再び声がする。

 今度は修太郎のすぐ側から聞こえた。

「誰?」

『それはこっちの台詞だよ』

 闇の中に光の帯が集まってゆく。

 眩しさに目を背ける修太郎は、光が収まった先、小さな女の子が立っているのが見えた。

 灰色の髪をツインテールにした女児。

 芸術作品を彷彿とさせる恐ろしく整った顔立ちで、粗末なワンピースに身を包んでいる。

『こっち来て』

 そう言って灰色の女児は修太郎の手を引く。

 修太郎はされるがまま、漆黒の中を進んだ。

 しばらく進むと、そこに巨大な樹が現れた。

「変な樹だなぁ」

 率直な感想を述べる修太郎。

 樹には様々な色の果物が実っており、色濃く熟れて食べ頃に見える。中には果物に見えないような、得体の知れない物体や、うねうねと動くきみの悪い物体まで確認できる。

『これ、食べると面白いよ』

 そう言って灰色の女児は赤い果物をもぎ取った。綺麗な色のリンゴに見えるが、修太郎はこれのなにが面白いのか気になった。

「食べるとどうなるの?」

『美味しいの。でも死んじゃうんだ』

 なにを言ってるんだと、修太郎は灰色の女児を訝しげに見つめる。灰色の女児からは邪悪な感情は一切感じられず、純粋に〝美味しいから食べさせたい〟といった表情を覗かせている。

「え、じゃあ食べたくない」

『どうして?』

「だって死にたくないもん」

『別に、また生き返ったらいいじゃない』

「そんな簡単に言うけどさぁ」

 きょとんとする女児に困った表情を見せる修太郎。そもそもこの子は誰なんだろうか。その問いに彼女は答えていない。

 そんなことを考えていると、女児はそのリンゴもどきにガプリと齧り付いた。

 修太郎が「あっ」と声を出すのも間に合わず、女児は後ろ向きに倒れ、体がチリとなり消えていく。

 死んだ――?

 修太郎はただその光景を呆然と眺めるしかできなかった。

『やっぱり美味しい』

 ギョッとした修太郎が声のする方向へと視線を移すと、そこには太い木の枝に腰掛ける灰色の女児の姿があった。

「どうなってるの……?」

『死んで生き返っただけだよ』

 あっけらかんとする女児の態度に、修太郎はこれを夢だと断定し、夢ならそんなものかと深く考えないように努めた。いずれにせよいつまでもこんな場所にはいられない。すっかり忘れているが、やるべきことがまだ沢山ある。

「ここから出る方法はあるの?」

 夢の住民に聞いていいものかと思いつつそう尋ねる修太郎。灰色の女児はしばらく沈黙したのち、ぴょーんと木の枝から降り立った。

『どうして? まだここにいてよ』

「あのね、僕もやることがあるんだよ」

『やることってなに?』

「それは……」

 忘れたけど、と、呟く修太郎。

『波長が合う人は初めてなの。お願い、もっと遊ぼうよ』

 そう言ってぐいぐいと腕を引いてくる女児に、修太郎は首を振りキッパリと断る。

「だめ。僕は帰りたいの。それに、なんか遊びかたが危ないもん」

『だって、そんなのわかんないし』

「もっと平和に遊ぼうよ。たとえばそう、かくれんぼとか?」

『それなあに?』

 パッと思いついたのがソレだったのだが、女児は思いの外かくれんぼに食いついた。

「一人が探す側で、一人が隠れる側。隠れたら動いたらダメで、見つかったら交代するの」

『面白そう!』

 そう言って目を輝かせる女児が手を叩くと、漆黒の空間がぐにゃりと変化し、深い深い森の中へと景色が変わった。突然のことに呆気に取られる修太郎。そして女児の姿も無くなっている。

『隠れたよ!』

「今やるとは言ってないのになぁ……」

 威勢のいい声にため息をつきながら、提案した自分のせいだと修太郎は遊びに付き合うことにした。

 修太郎は目を瞑り、深く息を吐いた。

 昔はしらみつぶしに探していたが、今は違う。感覚を研ぎ澄ませば自ずと場所は分かる。

「(バートとの特訓の成果かな。あれ、バートって……?)」

 混濁していた記憶が徐々に戻ってくる感覚。

 修太郎は自分が使徒の攻撃を受け、意識を失ったことを思い出した。

「帰らなきゃ」

 こんなことをしてる場合ではない。

 でも、ここで目を覚ませば、あの子はずっと隠れたままかもしれない。そう考えたら放置するわけにもいかず、修太郎は更に感覚を研ぎ澄ます。極限まで感覚が研ぎ澄まされると、ソナーのように何がどこにあるのかが分かるようになる。

「……いた」

 岩の裏で頭を抱えて隠れている女児のシルエットを見つけ、迷わずそこへ向かう修太郎。森の奥地に隠れなかったのは彼女なりの気遣いだろうか。

「みーつけた」

『わっ』

 女児の体が跳ねた。

 修太郎の顔を見るなり満面の笑みを浮かべる。

『たのしい!』

「毒リンゴ食べるよりいいでしょ?」

『うん。ぜんぜんたのしい』

 今度は交代だねと言う女児に、修太郎は後ろ髪を引かれる気持ちを押し殺しつつ、諭すように言った。

「ごめんね。僕、帰らなきゃ」

『……』

「待ってる人達がいるんだ。いかなきゃ」

 女児は何も言わずに森の奥へと歩き始める。

 追いかけようとして、修太郎は踏み止まった。こうしている間も、魔王やミサキ達の身に危険が及んでいるかもしれないからだ。

『……また呼んでもいい?』

 歩みを止め、女児がくるりと振り返る。

 その目には涙が光っていた。

「うん。そしたら次は僕が隠れる番だ」

『わかった。約束ね』

 そう言って、名残惜しそうにしながらも、女児はその小さな手を叩くのだった。



◇◆◇


 

「ん、う」

 暁の空が徐々に漆黒へと変わり始めた頃、うなされるような声を発しながら修太郎が目を覚ました。

「あれ……」

「修太郎くん?」

 ムクリと起き上がり周囲を見渡す修太郎。

 横には涙を溜めたルミアがいて、自分はベッドに寝かせられている。全く状況が理解できず、二、三度目を擦りながら記憶を辿る。

 最前線に向かい、順調に攻略し、それから?

 そして蘇る――使徒との邂逅。

 迫る刃、灼熱の痛み、鮮血。

「ッ!」

 飛び上がった修太郎をバートランドが抱き止めた。緊張状態にあるのか、修太郎の瞳は左右に激しく揺れている。

「み、皆は無事!?」

「……ご安心ください、我々もご友人達も全員無事です」

「そっか。そっか……」

 安心したのか、修太郎は腰が抜けたようにベッドへ座り込む。冷静になるとあの時の記憶が濁流のように流れ込んできて虚しくなった。

 これまでの冒険で学んだこと、バートランドに習った剣術、セオドールに貰った武器、塔での経験、何ひとつ通用せず、あっさり斬られて終わってしまった。

 悔しそうに唇を噛んでいた修太郎は、難しい顔を止め、バートランドに向き直る。

「次は絶対に勝つ。絶対勝てるように準備する。そうだよね」

「……ええ、その通りです」

「なら皆を呼んで対策しなきゃだね!」

 そう言って修太郎は立ち上がる。

 負けたものは仕方がない、なら次は負けないように努力すればいいと、すでに気持ちは前を向いていた。

「(この子は本当に……)」

 ルミアは涙を必死に堪えていた。

 自分のことよりも先に仲間達の安否を確認できる人間がどれほどいるだろうか。さらにはすでに対策に動こうともしている。死にかけたのに、明るく振る舞う。中学生の子供がだ。

「ルミアさん、看病してくれてありがとうございました。これでまた元気に戦えます!」

 笑顔でそう言いながら、修太郎はまるで元気に学校へ行く子供のように、部屋の外へと出ていった。バートランドは「じゃあな」と言いながら右手を上げ、後を追うように立ち去った。

 一人残されたルミアは神に祈るように手を合わせた。光でも闇でもない、彼女の中にいる善良な神へだ。

「どうか、どうかあの子が無事でいてくれますように……」

 プレイヤー存亡のため、ではなく、純な思いからのお祈り。ルミアはそこで、ベッドの温もりがなくなるまで、ずっと祈りを続けた――。



3



 睡眠なんていつぶりだろうと、そんなことを考えながら、外に出た修太郎は思いっきり伸びをした。

 外は夜の静寂が辺りを包んでいた。空には無数の星が煌めいている。

 遠くの丘の輪郭は闇に溶け込み、家々の窓から漏れる温かな光がぽつぽつと点在している。街灯の柔らかな光が石畳の道を照らし、影が長く伸びていた。

 塔では満足に寝られる場所などどこにもなかった。それが普通であると体に教え込んだ。普段の修太郎は10分寝られさえすれば体が動くようになっていた。

 貴重な睡眠が取れ、体の調子がいい。

「(バートはすぐに目を覚ましたって言っていたけど、なんだか半年くらい寝て過ごしたような気分)」

 そんなことを考えながら広場に出た修太郎を、魔王達が出迎えた。ベオライトと、小さくなったプニ夫も揃っている。

「我々は主様を守れず、失望させました。配下失格でございます。いかなる処罰も受けます」

 開口一番、エルロードが悔しさを噛み殺すようにして言った。他の魔王達も一層頭を下げて動かない。月の光を背に、横一列に傅きながら主の言葉を待った。魔王達はどんな言葉も受け入れる覚悟があった。自分たちの無力さ、そして信頼を裏切ったという事実が重くのしかかっていた。

 修太郎が口を開く。

「……きっと皆は自分を責めるだろうと思うからこれだけ先に言っておくね。僕は皆に失望したことなんて一度もないし、これから先もずっとしない」

 それは魔王達を気遣ったわけではなく、本心からの言葉であった。ゲーム開始のその日からずっと、修太郎は魔王達によって守られてきたことを自覚している。今この場に立って話せているのは魔王達のお陰なのだと。

「僕の隣にはいつだって皆がいてくれた。これって本当に恵まれてることだと思ってるんだ。だってそうでしょ? 皆がいなければ僕はとっくに死んでるもの」

「しかし……」

 魔王達の表情には驚きと困惑が入り混じり、深い懺悔の念は消えていない。主の信頼に値するのかという不安は強くなるばかりだった。

「むしろの炉を攻撃受けたくらいで気絶しちゃった自分に失望してるよ……皆が負けたのは僕がベストを尽くさなかったからだ。まだまだ鍛えが足りない、皆のプライドも傷付けちゃったし」

 残念そうに頭を掻く修太郎。

 シルヴィアが控えめにそれを否定する。

「主様は本当に強くなられました」

「うん。みんなのおかげでね。でも足りないんだ」

 修太郎は優しくそう返すと、わざとらしく瞳を閉じ、ひと呼吸おき、開いた。

「さて――ここからは反撃だよ」

「!」

 一斉に顔を上げる魔王達。

 修太郎は皆を見下ろしながら微笑みかける。

「僕らの強さの底を見たって使徒達は勘違いしてる。それが付け入る隙になる! だからこれから、僕たちは更にその上をいく強さを手に入れればいい」

 なにかの根拠に基づいた物言いに聞こえたので、バンピーが遠慮がちに尋ねる。

「策がおありですか?」

「うん。皆が強すぎたから、いままですっかり忘れてたんだけどね――とりあえず場所を移そっか」



◇◆◇



 魔王達がレジウリアへと降り立つと、住民達は一斉に修太郎の元へ集まってきた。

 皆一様に心配するような顔を向けていることに、修太郎はすぐに気が付いた。

「不安にさせてごめんね」

 修太郎の身に起こったことをレジウリアの民は知っていた。誰かに聞いたわけではない。修太郎が生み出した存在である彼らは運命共同体であり、痛みや苦しみも分かちあっているのだ。

「僕は負けた」

 修太郎は皆に聞こえるように続ける。

「これまでやってきたことが全然通用しなかった。慢心はなかったのに、勝てなかった……」

 住民達は不安そうな面持ちで見上げている。

「(ああ、そうか、僕が死んだら皆も――)」

 感情が揺さぶられる。

 慢心がなかった? いいや違う、そもそも最善を尽くしてなんかいない。魔王達を強化する技も、自分を守る術もあったはずなのに。剣の腕で、魔王達を模倣した技で、勝てるという自信があったからじゃないかと、修太郎は心の中で自分に喝を入れる。

「剣一本でなんでもできるって勘違いしてた。強さは結果、だよね。どれだけ技を磨いても、負けてしまえば意味がない」

 僕の命は自分だけのものじゃない。

 修太郎は改めて自分の命の価値を認識した。

 グッと涙を堪え、さらに続ける。

「このままじゃ僕達は使徒に勝てない。天使対策に強化したこの国だって、使徒に襲撃されたらどうなるか分からない」

 以前修太郎はレジウリアを要塞化したが、使徒と戦い、それが不十分であると結論づけていた。しかし、防衛設備はすでに供給過多な状態にあり、これより上のグレードは存在しない。

 つまりもう設備に投資する余地がない。

「だから僕が皆を次の段階に〝進化〟させる」

 住民達のざわつく声が広がる。

 魔王達も虚をつかれたような顔を見せている。

「この中でレベル上限に達した子はいる?」

 修太郎の呼びかけに約40名ほどが手を挙げた。階級による格の差はあれど、上限というのはつまりレベル120を指す。

 シルヴィアが自信ありげに手を挙げる横で、プニ夫も控えめに手(触手)を伸ばしているのが見える。

「(天使と戦う覚悟をしてもらった時は、レベル120はベオライトしかいなかった。皆本当によく鍛錬してくれてる)」

 住民達が愚直に自己鍛錬に励んできたことが分かる。

 修太郎は久しく触っていなかったダンジョンメニューから、追加されたきり一度も使ったことがなかった機能を引っ張り出した。


 《覚醒》

 一定の条件を満たしたモンスターの成長限界を突破させ、先の存在へと昇格させる。


 これが、使徒を倒すための方法の一つ。

 覚醒の使用には5,000万のポイントを必要とするが、現在のダンジョンの総ポイント数は一兆。修太郎にとっては端金にすぎない。ただ、進化の条件に当てはまるのは〝レベル上限まで成長した個体〟に限定されるため、住人全員には使えない。

 修太郎は真っ直ぐプニ夫の元まで歩み寄ると、小さな体を両手で持ち上げた。

「この機能が解放された時、最初に君に使おうとしてたよね。懐かしいなぁ」

 プニ夫は同意するようにぷるぷる揺れた。

「これを使って何が起こるかはわからない。もちろん強くはなれるはずだけど、想定してないことが起こるかもしれない。怖かったらやめてもいいんだ」

 今度はそれを否定するように横に揺れる。

 修太郎は小さく微笑んだ。

「君が守ってくれたから、今の僕がある。君は誰よりも勇敢な相棒だよ」

 小さくなったプニ夫を優しく撫でる。

 プニ夫は嬉しそうに身を委ねていた。

「じゃあ、やるね――」

 覚醒の項目を押し、対象をプニ夫[アビス・スライム]へと合わせる。

【対象を覚醒させます よろしいですか?】

YES/NO

 YESをタップした刹那、5,000万ポイントが注ぎ込まれ、プニ夫の頭上には巨大な本がパラパラ捲られていくエフェクトが現れた。

 プニ夫の体が発光してゆく。

 シルエットが少し大きくなってゆく。

 そして光が収まった先――そこには銀に近い、白のスライムが揺れていた。

「わぁーー綺麗!」

 透き通った表面には星屑のようなキラキラとした何かが光る。修太郎は、まるで広がる雪原の中でオーロラを眺めているようだと、昔映像で見た光景を思い出していた。

 修太郎の手に抱かれた白のスライムをまじまじと観察したエルロードは、思わず「まさか……」と呟いた。

「文献でしか見たことのない種類です」

「? レアってこと?」

「と、いうよりも近年は誰も見たことがありません。空想上の生物と言われています」

 

 プニ夫[ルミナス・スライム]

 Lv.120[上限:150]


 神話生物mob図鑑から引用すると、ルミナス・スライムは別名〝原初の個体〟スライム種の始祖と良い伝えられている。その生態はすべて謎に包まれており、空想上の生物としていくつかの物語に登場している。

「すごい、すごいよプニ夫!」

 プニ夫の覚醒に感動する修太郎。

 進化上限であった五段階よりさらに上、魔王達の一つ下に位置する六段階目の種族に覚醒したプニ夫。レベルの上限は150まで引き上げられ、さらに上を目指せるようになっていた。

「(生物としての〝制限〟を超越した……?)」

 心中で戦慄しながら、エルロードは修太郎と出会った日のことを思い出していた。

 修太郎を利用しようと画策したガララスや、殺意を向けていたバンピーに、立場をわからせた合成という技。今でこそ無自覚であると断言できるが、それでも修太郎の力は出会った当初から規格外だった。

 覚醒(これ)は、世界の(ことわり)としてあった成長限界という概念を壊す行為だ。

 エルロードは修太郎に頼もしさを覚えるとともに、末恐ろしさも感じていた。

「(やはり主様の力は神にも届き得る……)」


 ベオライト[輝石の騎士]

 Lv.121[上限:150]


 ベオライトの覚醒も滞りなく完了した。

 覚醒したベオライトの体は、白銀色の美しい金属へと変貌を遂げていた。幾何学模様の描かれたアーモンド型のカイトシールドを持ち、体もひと回り大きくなっている。

 まさに堅牢といった出立ちだ。

「かっこいいーー! すっごく強そうになってるよ!!」

 歓喜の声を上げる修太郎に、ベオライトは少し照れたように俯いている。

 神話生物mob図鑑から引用すると、輝石の騎士は古代都市ムスキアが長年研究し、遂に実現しなかった空想上の守護者である。鉱石から生まれ、鉱石の力で蘇る。疲れも、痛みも知らず、滅ぶことも無い。魔法国家マリョスの賢者達はその古代の知恵を用いて結晶のガーディアンを作ったとされている。


 カムイ[陽神竜]

 Lv.121[上限:150]

 セムイ[陰神竜]

 Lv.120[上限:150]


 神の国モルデアントバレーmob図鑑から引用すると、かつてこの国を創ったとされる始祖竜ディナは、右眼から陽神竜を、左眼から陰神竜を創り吉兆と災厄の役目を与えたという。人々は陽神竜を崇め、陰神竜を畏怖することで神を敬う心、そして恐れる心を培ったとされている。

『なぜお前だけレベルが高いんだ』

『知らん。お前と己の能力の差だろう』

『己がお前に劣っていると?』

 などと喧嘩しているカムイセムイも、立派な髭とツノが生え、鱗に光沢が現れている。エルロードによって消されたカムイの腕も再生し、以前の痛々しさは無くなっていた。

「喧嘩はやめなさい。主様の前よ」

『申し訳ございませんバンピー様』

『責任を持って己が此奴を黙らせます』

『まだ言うかこの』

「やめなさいと言ったのが聞こえなかったの?」

 意気消沈したように黙り込む赤と青の竜。

 そんな二名の元へ修太郎が歩み寄る。

「見た目もすっごい変化したね! 更にかっこよくなってるよ!」

『光栄です!』

『己に言ったんだ!』

『己だ!』

 まるで共食いする蛇のように体を絡ませ喧嘩する二頭。

 朝と夜を交互に司る彼らは普段顔を合わせることがほとんどなく、仲も良くないため、こうなることは必然だったのかもしれない。

 修太郎は苦笑いを浮かべながら住民達へと視線を移した。

「皆も続いてくれる?」

 奇跡を目の当たりにした住人達は、大いにやる気を見せ雄叫びを上げた。

「それじゃあ皆もどんどんいくよ!」

 掛け声を合図にレベル120到達者の覚醒が始まる。40近い光の塊が形を変え、住民達から歓声にも似たどよめきが起こった。

 レジウリアの国内を膨大なエネルギーが渦巻いていく。

 光が収まると、そこには姿の変わった住人達が立っていた。

 レベルの上限だけでなく格が一段階上がるため、基本的には体が大きく屈強になる者が多かった。そして全員から〝伸び代〟が感じられる。

「万が一使徒が来てもこれなら……!」

 レベルだけなら魔王達と同等。国の防衛設備も稼働させればなんとか応戦できる。

「(んん?)」

 ふと、違和感を覚えた修太郎。

 覚醒者達のレベルに乖離があることに気づいたようだった。

 ベオライトは121でプニ夫は120。

 この差はなんだろうと辺りを見渡し、覚醒者達のレベルを見ていく。

「120、120、121、125、120……」

 おおむね全員が120だったが、ごく稀に121以上の者もいる。中でも最もレベルが高かったのは〝125〟で、レジウリアで最初に120に到達し、戦闘指南を行なっていた住民であった。

 ここから推測するに、120への到達が早いほど覚醒後のレベルが高いということになる。

 つまり――

「120に到達後も経験値は貯まるんだ」

 ならば何百年も前から120に到達している魔王達はいったいどれほどの経験値が貯まっているのだろうか。

「最後は皆だね」

 修太郎は魔王達に向き直ると、微笑みながら右手を前に差し出した。少し困惑する魔王達を見て、修太郎は照れたように頭を掻いた。

「円陣っていうんだっけ。皆で集まって円の形になって、ここに手を重ねるんだ。ごめん、なんかふとやりたくなっちゃってさ。これから使徒を倒そうって雰囲気が出ていいかなって……」

 自分でも唐突だと気付いているのか、遠慮がちに手を戻そうとする修太郎。言い終わるかどうかという所で、白い小さな手が乗せられた。

「こ、こうでしょうか」

「うん。ありがとう」

 戸惑いがちに呟くバンピーに頷く修太郎。

 バンピーの手の上に次々と手が重なってゆき――全員が中央に集まり、静かに手を伸ばしていた。

「士気を高めるための提案、流石は主様です」

「一体感の生まれる良い儀式ではないか」

「なんだかむず痒いな……」

「一番上に手を置きたくなる」

「へへッ」

 修太郎と魔王の円陣に住民の視線が集まる。

 修太郎はゆっくりと皆を見渡し、口を開く。

「僕たちは確かに負けた。ほんとは皆にもっとかけるべき言葉があるとも思ってる。でも、なんだか今ワクワクしてるんだ。だってそうだよね、初めて大きな壁にぶつかったんだから」

 初めて現れた〝超えるべき壁〟。

 修太郎はその存在をありがたく思った。

 こうしてまた強くなれるのだから。

「負けを経験したからこそ強くなれる。僕はそう信じてる。今度は絶対に負けない。こんな悔しい気持ちはこれっきりにしよう」

 魔王達が頷くと、修太郎は小さくはにかむと――覚醒がはじまった。


 エルロード[天魔・魔族王]


「素晴らしい……」

 覚醒が終わったエルロードは、見た目の変化はなくいつも通りだが、確実に〝格〟が上がっているのを実感していた。


 バンピー[天魔・死族王]


「昔の自分がちっぽけに思えるわ……」

 自分の強さを確かめるように両手をグーパーさせていたり、


 ガララス[天魔・巨人王]


「血湧く、血湧くぞおおおお!!!」

 有り余るエネルギーに歓喜する者もいれば、


 シルヴィア[天魔・獣族王]


「はやくこの力を体に馴染ませなければ……」

 力の大きさに恐れを抱く者もいて、


 セオドール[天魔・竜族王]


「……」

 反応は六者六様の中で一人、


 バートランド[天魔・妖精王]


「これは……なるほどなァ」

 バートランドは何かに気付いていた。

 全員の覚醒が無事に終わり、修太郎はホッと胸を撫で下ろす。

「レベルの上限はこれで上げられた。最初から覚醒(これ)に気付いてれば……とも思うけど、たぶんこれでよかったんだ。相手が僕らの強さを誤認したままのほうが都合がいいから」

 相手が油断してくれれば好都合。

 そう自分を納得させながら、魔王達のレベルを改めて確認してゆく。


 エルロード[天魔・魔族王]

 Lv.150[上限:150]

 バンピー[天魔・死族王]

 Lv.150[上限:150]

 ガララス[天魔・巨人王]

 Lv.150[上限:150]

 シルヴィア[天魔・獣王]

 Lv.150[上限:150]

 セオドール[天魔・竜王]

 Lv.150[上限:150]

 バートランド[天魔・妖精王]

 Lv.150[上限:150]


「ちょっと待って、皆もう150!?」

 一気に上限に到達したレベルを見て修太郎は驚愕の声を上げた。そうは言っても、全ての経験値が蓄積されているなら、魔王達が生きた時間の長さを考えれば順当な結果とも言える。

 これならば――。

「これなら使徒に勝てる?」

「……」

 しかし、興奮気味の修太郎とは対照的に、魔王達はもの暗い様子である。

「何かあったの?」

「単刀直入に申し上げます」

 代表してバートランドが口を開いた。

「レベルが上がった今の状態なら尚更ハッキリと分かります……これで我々はようやく使徒と同格になりました」

「えっ!? じゃあ……」

「恐らく相手側も制限を超えた存在だった、ということでしょう」

 レベル150になって初めて見えた景色。

 使徒達との本当の距離。

 それは魔王達全員が同じ見解のようだった。

「現状で勝算はどのくらいあるの?」

「恐らく、ようやく対等。五分五分かと。相手が我々の強さに気付かなければ少しだけ有利ですね」

 現段階ではスタートラインに立ったに過ぎない。その上、使徒がまだ手の内を全て見せていないとすれば、分が悪いのは依然としてこちら側のほうだ。

「まだ足りない――」

 一か八かの勝負で魔王達に万が一があるといけない。現状で五分五分ならと、修太郎は自分の職業スキルを改めて確認する。

【統率者の檄】使用者に帰属する配下のステータスを150%上昇させる(効果範囲15m)

【成長補正の極み】配下への経験値量500%上昇

 統率者の檄と成長補正の極みは常時発動型(パッシブ)のスキルであるため、修太郎の意思とは関係なく常に魔王達を強くしてくれている。

【生命共有】使用者は最大2体の配下のLPと自身のLPを共有させることができる

「(やっぱりこれを使っていれば致命傷は防げたのかな……いや……)」

 つまりは互いのダメージも共有されるということ。仮に一人が大負けしていれば、他の二人の戦況も悪くなる、というもの。αとの戦いで使わなくて正解だったと修太郎は自分を納得させる(魔王達に聞かれたらそれでも使えと激昂されるだろうが)。

【限界召喚】召喚獣の種としての限界を突破させ、進化とレベルの上限を上げる ※成長限界に達した配下にのみ有効

「やっぱりこれが使えれば大きいよね」

 もう一つの起死回生の案。

 それはこの〝限界召喚〟である。

「皆をさらに強くするにはどうすればいいかを考えて、自分の持てる力を全部調べ直したんだ――そして見つけた。たぶん、この限界召喚が強さの鍵になる」

「限界召喚、ですか?」

「うん。ただこれには一個大きな問題があるんだ」

 それは、このスキルが〝召喚獣にしか有効ではない〟という点である。

 修太郎の職業はサモナー系のエクストラジョブであるが、魔王達は修太郎が召喚によって呼び出した存在ではない。ダンジョンのスキルで召喚しているプニ夫やレジウリアの住民も、厳密に言えば修太郎の召喚獣とは異なる存在だ。

 つまり、ダンジョンモンスターから召喚獣への変更作業が必要となる。

「特定の物を媒体とした通常の召喚と、魔法石を使ったランダム召喚のどちらにも当てはめられない。元々いる存在を召喚獣にするにはどうしたらいいんだろう……」

 ここにきて修太郎は初歩中の初歩である〝召喚士のマニュアル〟というヘルプを読むことになる。レベルを120まで上げ、サモナー系最上位職業に就いている者が召喚士のことをほとんど理解していない、開発者が聞いたら卒倒しそうな内容である。

「元々存在するmobを召喚獣にしたい場合、あったこれだ!」

 修太郎はその項目に注視した。

【召喚士マニュアル:その5】既存のmobを召喚獣にしたい場合は、まずスキル「交渉術」を使ってmobの好感度を上げ、その同意を得る必要があります。召喚士と命を分つ召喚獣は基本的に永続的な契約ですから、テイミング(てなづける)よりも深い信頼度が必要になるでしょう。契約を結ぶ際には、召喚者がそのmobの背景や特性をよく理解していることが重要となり、召喚獣はかつての自分に戻るチャンスが与えられます。ユニークmobの場合はイベントが発生する可能性があります。

 本来であれば時間を掛けた説得や金品を貢いだり捕縛などで条件をパスできる場合もあるが、苦楽を共にしてきた魔王達相手に今更交渉は必要ない。

「……ということらしいんだけど」

 遠慮がちにそう説明する修太郎に、魔王達は呆気に取られたような顔をしている。

「それァ今までの関係とどう違うんですか?」

「あ、うん、ええと……」

 そう聞かれて修太郎はハッと気付く。

「変わらない、かも」

「説明を聞く限りはそう思います。我々の在り方が少し変わるだけのようですね」

 エルロードの言葉に修太郎は小さく頷く。

 既にダンジョンモンスターとして契約状態にある魔王達は、召喚獣と立場はあまり変わらない。召喚という形でいつでも呼び出せると考えれば、むしろ今よりも活躍の幅は広がるかもしれない。

「我々の忠義は変わりません。主様と同化できる召喚獣(そっち)のほうがむしろ……」

「成功すればここからもう一段階上を目指せる、か」

 体をくねらせるバンピーを尻目に、セオドールはそう呟きながら力強く拳を握った。

「いずれにせよ意思は固まっている」

「すべてを主様に捧げた身。在り方が変わっても決意が変わることはありません」

 ガララスとシルヴィアに後押しされ、修太郎は交渉術を開く。そして魔王達を選択し、召喚獣への変更を行う――はずだった。

【注意! これより対象との絆を深めるため、対象の最も重要な過去へと遡ります。信頼度が低ければ失敗する可能性があります。長い旅路になりますので、十分にプレイ時間を確保したうえで進めることをお勧めいたします】

 警告文を読んだ修太郎の指が止まる。

「(これって魔王達(みんな)の過去を疑似体験しないと召喚獣に変更できないってことだよね。マニュアルにあったイベントってこれのことか……)」

 さらに問題がひとつ。

 過去への旅はダンジョン生成の枠外で行われる可能性があり、ダンジョンに属していたセオドールの塔やシルヴィアの門の時みたく、倍速機能が使えない可能性がある――つまり、どれだけ時間がかかるのかが分からない。

「最前線復帰がずっと先になるかもしれない」

 現状で使徒と互角なら、さらなる成長がいる。

 かと言って攻略を疎かにすることもできない。

 あまりにも時間が足りなさすぎる。

「ここで悩んでても埒があかないよね」

 そう一人呟くと、修太郎はアリストラスへと向かっていく。



◇◆◇



 再び集まったギルドの主要メンバー達。

 会議室にはどことなく緊張感が漂っていた。

 皆の視線の先には修太郎がいた。

「体調はもういいのかい?」

 アルバの言葉に小さく頷きながら、修太郎は口を開いた。

「皆さんにお願いしたいことが三点あります」

 会議室内の緊張感がさらに高まる。

 皆、彼が次に何を言うのかを理解していたから。

「最前線攻略を一旦中止にさせてください」

 やはりか、と、誰かのため息が漏れる。

 使徒という新たなる脅威の出現と、人類最強戦力である修太郎の敗走……死にかけた子供が再び立ち直れるかといえばNOであると、多くの者がそう考えていた。

 天草の言っていた代役を立てる時が来た――修太郎が負けた相手のいる場所、つまり〝死地〟に向かわねばならない。

 それは自分かもしれない、という不安。

「中止、というと?」

「使徒を倒すための準備に時間がかかるからです。タイムリミットまでの猶予がないのは理解していますが、これが必要なんです……」

「事情があると。相分かった」

 そう頷くアルバがハイヴに視線を送ると、俺が言うのかよと言いたげな顔で、ハイヴが答えた。

「代わりの攻略組はもう編成してる。少しでも先を目指さない理由がないからな」

「えっ?」

 驚きの声を出す修太郎。

 胸を撫で下ろす小規模ギルドの面々。

「別にお前のためじゃない。一人に全部背負わせる方が失敗した時のリスクが高いと思ってたんだ。気にしなくていい」

 そっぽを向きながらそう話す天草に、ミサキはキョトンとした顔で尋ねる。

「なんだか……いつもと違いますね」

「ハイヴんは子供好きだからねぇ」

「は!? 勝手なこと言ってんじゃねぇよ!!」

 マグネの呟きに激昂するハイヴ。

 おいツンデレだぞなどとザワつく会議室にキレ散らかすハイヴを尻目に、アルバが内容を補足して話し出す。

「元々エリアのギミックやクエストの調査などの〝詰まる〟場面ごとに協力できる人員は用意していたんだ」

 呆気に取られる修太郎。

 思っていた以上に話が進められていたからだ。

「……最前線はこれまでとは違います。ヴォロデリアさんが守っているとはいえ、天使も使徒もいますから」

 その一言で会議室の空気が一瞬重くなる。

 意外そうな顔で答えたのはアランだ。

「いや、前と大して変わんないだろ? むしろ転移がある今のほうが生存率高いんじゃね?」

「戦闘中には使えないけどな」

 静かにそう補足するハイヴに、アランは何か閃いたような顔で続ける。

「広域を生命感知して、エリア外から飛来する敵がいたら即転移でいいだろ?」

 すでに戦闘中の場合は破綻する作戦であるが、ベターではある。しかしその作戦には前提としてとある〝駒〟が必須だ。

「(ミサキさんが最前線に……?)」

 修太郎と目が合うと、ミサキは小さく微笑んだ。反射的になにかを言いかけた修太郎だが、なにも言葉が出てこなかった。ミサキなら、危険を覚悟の上で参加すると想像がついたから。

「という事だ。できる限りのメンバーで臨もうと思っているよ」

 そう言って優しく微笑むアルバ。

 修太郎を安心させようと努めているようだ。

「……わかりました。よろしくお願いします。どうかくれぐれも気をつけて……」

 俯きがちに覇気のない声で呟く修太郎。

 しばらく沈黙したのち、向き直る。

「もう一点は、ギルドの撤廃ができないかなと思っています」

「ギルドの撤廃だって?」

 反射的にアランがそう聞き返す。

 修太郎は力強く頷いてみせた。

「ごめんなさい、撤廃まではしなくてもいいんです。ただ明確な敵が一人、目指す道はひとつ。ここは全員で志を同じにして臨むべきだと思いませんか?」

「じゃあなにか? 撤廃というより、全員で一個のギルドを作るってか?」

「そういうことです」

 修太郎の提案に大勢の唸る声が響く。

「それは、弱小ギルドの俺らからしたら異論はないけどよ……」

 前回の会議にて、空気の読めない発言によって白い目で見られた小規模ギルドのマスターがそう呟いた。男が周りを見渡すと、他のマスター達も小さくコクコク頷いている。

「なるほど、確かにもう必要ないのかも……」

「なんか世界平和みたいでいいね!」

 納得するように唸るフラメと、無邪気に笑うマグネ。

 皆が同じギルドになれば、こんな仰々しい会議など行わなくとも話は皆に伝わるため、手間を減らす目的でも理にかなっていた。同じギルドなら利害もなく、皆が皆のために動くことができる。レベル上げや戦闘訓練も効率的に行えるし、なにより蚊帳の外ではなくなる。〝後ろめたさ〟が解消される。

「あとはどう説き伏せるかだな」

「必要ねーだろそんなの。ここに各ギルドの代表がいるんなら〝ギルド統合しました!〟の事後報告でいいじゃん」

 ハイヴの呟きにアランが反応する。

「じゃあ八岐(うち)がそうなりましたってお前に事後報告したらどうだ?」

「まあムカつくかな」

「お前もうちょっと考えて発言してくれよ……」

 各ギルド、規模はどうあれ歴史がある。修太郎は形だけでなく、心で繋がらなければこの先戦い抜けないと考えていた。

「あの、発言いいかな……」

 そう言って遠慮がちに立ち上がったのは小規模ギルドのマスターの男だ。何名かがうんざりした様子でため息を吐いた。特にマグネは「また文句言うつもりだ」などと冷めた目を向けている。

 男は周りを見渡した後、頭を下げた。

「今まで保身ばかりな発言をしてしまい、すみませんでした。どうかうちのギルドも仲間に入れてください」

「それも保身じゃないの?」

「その通りだ」

 マグネからの鋭い指摘にしおらしい様子で肩を落としている。

「仲間の安全を確保する責務があって、あんなことを言ってしまった。俺は入れてもらわなくてもいい、仲間達だけは……」

「そういう話じゃないですよ」

 男の言葉を遮る声があった。

 顔を向けると、そこには微笑む修太郎がいた。

「これは全プレイヤーが同じギルドに入るということです。むしろ誰かが入ってないと困るんです――僕が」

 そう続けながら、修太郎は最後のお願いを口にした。

「三つ目は――」

「えっ……!?」

 動揺のあまり立ち上がったのはミサキだ。

 修太郎の表情は真剣そのものである。

「そんなの絶対にやめたほうがいいですよ!」

「ごめんミサキさん、僕は〝全員救いたい〟と思ってる。できれば使いたくない手なんだけど、考えておかなきゃならない」

「それでも、修太郎さんの身が危ないです!」

 狼狽えるミサキを見て只事じゃないと理解する面々。しかし修太郎の三つ目のお願いにハテナマークを浮かべてる者がほとんどで、誰かに解説を求めるように目を泳がせている。

「説明してもらうことは可能かな?」

「もちろんできますが、そのためにはまず同じギルドに所属してもらう必要があります。ミサキさんが言うように僕の命にも関わりますから」

 そう言って俯く修太郎。

「じゃあ我々のやるべきことは、ギルドの統一と全プレイヤーをそこに所属させることか」

 話をまとめるアルバ。

 他のメンバーも同意するように頷いている。

「あとは全員をどう集めるか、だな……」

「修太郎さん、お名前を借りてもよろしいですか?」

「あ、はい」

 修太郎の同意を得たフラメは、手慣れた手つきでメール文書を作成していく。このメールで全プレイヤーに号令をかけるのだ。

「一致団結のためにひと芝居打ってもらいましょうか」

 そう言って、フラメは小規模ギルドのマスターに視線を向け、怪しく笑ったのだった。



◇◆◇



 圧巻の光景に、アルバとフラメは驚きを隠せなかった。

「これ、全員揃ってるんでしょうか……!」

「分からん……が、これだけのプレイヤーで溢れているのは久しく見ないな」

「やはり修太郎君に名前を借りたのは正解でしたね」

 町を埋め尽くす人、人、人。

 修太郎の名前を使って送られたメールによって、引きこもっている者から協調性のない者まで、例外なくほぼ(・・)全員を動かした。

 集合時間きっかりの今、大都市アリストラスには凄まじい数のプレイヤーが集結していた。

「私はこんな場で喋るなんて無理です……」

「私も同じ。空気に呑まれそう」

 黄昏の冒険者代表のカゴネと白蓮がそんなやり取りを交わす最中、プレイヤー達が勝手なことを言い合いしているのが聞こえてくる。

「お願いってなんなんだ?」「攻略で前線に行ったんじゃなかったのかよ」「怪我したって聞いたけど」「しっ、始まるよ」

 ざわめき声が収まってゆき、都市内は不気味なほどに静まり返った。

 誰かが生唾を飲み込む音が響く。

 壇上に立つ少年に視線が集まった。

「急な呼びかけにも関わらず集まっていただきありがとうございます。最前線攻略を担当していました、修太郎と申します」

 修太郎が名乗ったことで、小さくないどよめきが起こった。人類の希望である〝修太郎〟という名前だけを知っていた者が「あんな小さい子供が……」とカルチャーショックを受けているようだ。中には「していましたってどういうことだ?」と、過去形で話す修太郎の言葉に疑問を抱く者もいた。

 修太郎は大勢の前で、迷いなく頭を下げる。

「ごめんなさい。最後まで進むことができませんでした」

 ざわつき声が益々大きくなってゆく。

 修太郎はゆっくりと頭を上げ、続ける。

「天使の他に、使徒という更に格上の敵が出てきました。僕は使徒を倒せなかった。使徒が倒せないなら……光の神なんて倒せるはずがない」

 ここにいる8割以上が、修太郎に任せたらすべて解決すると信じていただけに、まさに希望を断たれた気分であった。

「どういう意味だ?」「敵前逃亡かよ」「すげー強いんじゃなかったのか?」「このまま死ぬのを待てってことじゃん」「やっぱり子供に任せるべきじゃなかったんだ」「俺に良い固有スキルがあれば倒してやれたのに」

 方々から言いたい放題の群衆達に対し、ルミアは下唇を噛み締め、悔しさに耐えていた。この期に及んで引きこもりを続ける者に期待はしていなかったが、弱みを見せた者にこぞって石を投げるのはいかがなものかと。

 修太郎から一歩引いたところで並ぶ魔王達は顔色ひとつ変えず動かない。ルミアはその中にバートランドを見つけ、ハッと我に帰る。

〝強くなればなるほど周りの目というものは変わる。畏怖、期待、嫉妬、尊敬――ご自身に向けられた感情を受け止めたうえで、黙っている。平等に接する。この方はそういうお方だ〟

 修太郎も批判を受け入れるように動かない。

 愚直に皆を救うことだけを考えているからだ。

 その姿を見て、ルミアは涙が出そうになるのを必死に止めた。

〝そんなこと主様はすべて承知の上で最前線に向かったんだ。強いも弱いも、善悪も関係なく、皆を守るってなァ〟

「(修太郎くん……!)」

 非難されても、想いが伝わってなくても、同情を買うことはしない。報われなくても、修太郎が彼らを見捨てる気はないからだ。

 だから――と、修太郎は続ける。

「僕らが強くなるまでの時間をください。使徒だけじゃなく、光の神を倒せるくらいに力をつけたい」

「じゃあその間の攻略って誰が……」

 そう呟いた誰かは、言葉を止めて押し黙る。

 修太郎の代役などおいそれと立候補できるはずがない。そもそも最前線を目指すことに旨みがなく、天使が蔓延る今の最前線に挑むのは自殺行為としか思えない。人類の存亡を背負うプレッシャーもあるし、失敗すれば今のように非難されるのだから。

 先ほどまで威勢の良かった群衆達が黙り込む。辺りがしんと静まり返った。

「なら選手交代だな」

 活発そうな少年の声が響き渡る。

 群衆をかき分け歩み出たのはショウキチだった。

「へへ。ようやく俺の出番だぜ」

 と、ショウキチは得意げに鼻の下を指でこすった。

「なに格好つけてるのよ。しかもショウキチはお留守番って決まったばかりでしょー」

「え? 留守番ってまじ?」

「火力担当は定員いっぱいなんだってよ」

 そう言って歩み出るケットル、そして誠。

 続いてバーバラ、キョウコも前に出る。

「今度はこっちが格好つける番だね」

「いつでも準備万端ですよ!」

 ラオと怜蘭、紋章、黄昏の冒険者、八岐(ヤマタ)のメンバー達もやって来た。群衆達が譲るように道を開け、修太郎の下に顔馴染みのメンバーが勢揃いするような図となっていた。

 キッカケは会議の際の天草の発言。

 言い方に問題はあったが、修太郎を休ませる 必要はあるという強い要望を受け(主にミサキ、アルバ、白蓮など)、予め有力なメンバーを募って攻略組を編成していたのだった。

 出揃ったタイミングを見てアルバが前に出る。

「攻略メンバーは3パーティの1レイド合計18名。各パーティのリーダーは私、ハイヴ、そしてワタルが担当する」

 そして錚々たるメンバーが発表されていく。


 盾役(タンク):ワタル、ラオ、誠

 回復役(ヒーラー):Towa、バーバラ、葵

 攻撃役(アタッカー):プニ夫、アラン、アルバ、天草、ハイヴ、ヨリツラ、怜蘭、K、黒犬、キジマ、ミサキ、白蓮、舞舞、他……


 修太郎を除けば間違いなく、プレイヤーの最大戦力が集まっていた。

「ちょっと待てよ! じゃあ都市の防衛は誰がするんだよ!?」

 群衆の男がヒステリックな声をあげる。

 修太郎が離脱した上に、プレイヤーの戦力の上澄みたちが最前線に消えたら誰が弱者を守るのか。どこまでも自己中心的な意見にも、少なくない賛同の声が同調した。

「都市の防衛は我々が指揮を取ります」

 続いてフラメが前に出た。

 防衛メンバーにはフラメ、ショウキチ、ケットル、キョウコをはじめテリア、春カナタ、kagone、種子田達の姿もあった。

「プニ夫、ベオライト」

 修太郎は信頼できる側近達に視線を向けた。

 プニ夫は元気そうにポヨヨンと跳ね、ベオライトは騎士のようにビシッと姿勢を正した。

「ベオライトには引き続きアリストラスの防衛を任せたい。僕らもいないし、攻略組もいないから前よりもかなり手薄になると思う。今まで以上に大変だと思うけど、お願いね」

 ベオライトは自信ありげに頷いた。

 修太郎も小さく頷き、プニ夫へと視線を移す。

「プニ夫には攻略組の手伝いを任せたい。プニ夫も死にかけた場所だし、迷ったんだけど――」

 そこまで言いかけた所で、プニ夫が胸の中に飛び込んできた。にょきにょきと腕を生やして力こぶを作って見せている。

「やってくれる?」

 プニ夫は同意するようにぷるぷると揺れた。

「ふふ……いつも心強いよ。ミサキさん達を守ってあげてね」

 プニ夫はぷるぷるして喜んだ。

 それを見ていた男はなおも食い下がる。

「き、教会の見回りはやめるのかよ」

 フラメは全く動じずそれに答えていく。

「もちろんメンバーを入れ替えて配置します」

 教会メンバーはキャンディやガルボ、そしてマグネ達が請け負うことに決定している。彼らは全て修太郎が倒れた後に駆け付けたメンバーだ。

「じゃあいい、のか?」「戦力は散ってるわけでしょ? 良くはないけど、これが最善手じゃない?」「安全っぽいならなんでもいいや」

 ざわつく群衆達。

 代替え案もないからと皆が納得していく中で、先ほどの男が吐き捨てるように言った。

「結局上位ギルドが勝手に決めて終わりかよ。今後も俺達は蚊帳の外ってことか」

 群衆達の視線が修太郎に集まる。

 この問題にどう決着をつけるのかと、期待するような目を向けていた。

「なら、僕からの提案ですが――その垣根を壊しませんか?」

 修太郎の言葉に群衆達の声が止む。

「僕は《皇竜トルガノの墓》までのルート、およびクエストアイテムを持っています。ワタルさん達は《ミダン結晶塔》までのルートが、有名ギルドには潤沢な資金やアイテムがある――これを一つにまとめませんか。過去のしがらみは捨てて、一つの目的に集中しませんか」

 再びざわつく群衆達。

 特に弱小ギルドの面々や無所属のプレイヤーは、なにもせずに強力な味方と高品質な装備品を手に入れられるチャンスである。それに最もネックである最前線・町の防衛メンバーもすでに決まっているため、身の安全も確保されたようなもの。断る理由がない。

「もうギルド同士の権力争いとかしてる場合じゃないです。過去の実績も、未来の功績も、全部共有すればいい。皆が一緒になれば、皆本当の意味で仲間になれる。そうすれば戦いに集中できる」

 壇上から降り、広場の中央に立つ修太郎。

 皆の視線が一気に集まる。

 修太郎は声を張り上げ宣言する。

「敵は、僕たちを騙し、この世界に閉じ込めた! 僕らの大切な人達の死を弄んだ! 共通の敵は光の神、そうでしょう?」

 そうだ! と、誰かが叫ぶ。

 ポツポツと控えめに同調の声があがりだす。

 ミサキは祈るように手を合わせた。

「現実世界の友人や家族にまで危険が迫ってる! こんな奴らを世に放ってはいけない! それを止められるのはここにいる僕らだけ、そうだよね!」

 そうだ! と、大勢の声が響く。

 群衆達の声が町全体に轟いている。

 修太郎は白い剣を抜き放ち天へと掲げる。

 それに倣うようにアルバが、ハイヴが、白蓮が、自らの武器を掲げた。

「今もなお僕らを分断しようとしている! 彼らは知らない、人間の絆はこの程度で揺るぎはしない! 結束した僕らに不可能はない!」

 そうだ! と、群衆が叫ぶように答える。

 場の空気は一変していた。

 地鳴りと共に雄叫びが上がる。

 びりびりと空気が震え、建物が揺れる。

 武器を掲げる者もいれば、拳を突き上げる者もいて、皆の興奮がおさまらない。

 ひとつ言えることは――今この瞬間をもって、プレイヤー達が結束したということ。

「(まさか本当に束ねるとは……!)」

 ワタル以上のカリスマ性を見せ、群衆達の心を動かした修太郎の檄に、アルバは鳥肌が立っていた。

 eternityが始まって初めて、プレイヤー全員がひとつのギルドに所属した。全員が心で繋がり、全員で脱出を目指すギルド。

 皆が同じ方向を向いた瞬間であった。



◇◆◇



 絆ギルド――。

 修太郎が名付けたそのギルドには、すでに全体の88%近くのプレイヤーが加入し終わった。この調子でいけばほんの数分後にはほとんどのプレイヤーの加入が完了するだろう。

「お疲れ様、素晴らしい演説でした」

 そう言って修太郎を労うフラメ。

 修太郎は照れた様子で頭を掻いた。

「こんなに上手くいくとは思ってなかったけど……きっと皆月(ミナツキ)さんのおかげです」

「お、俺は別に……」

 口籠るその男は、会議室で何度も悪目立ちをした小規模ギルドのマスターであった。

『皆の気持ちを誘導する役目をお願いしたいです』

 修太郎の演説に横槍を入れていた声は、全て彼によるもの。

 会議後にフラメからそう告げられた彼は、修太郎にヤジを飛ばすことで、群衆達の意見が分散するのを防ぐ役目を担っていた。

「まぁなんだ、役に立ててよかったよ」

「完璧でしたよ皆月さん! 本当にありがとうございました!」

 そう言って微笑む修太郎。皆月は鼻の下を指で擦って照れ臭そうにしてみせた。

「もう行くのか?」

 踵を返す修太郎にアルバが声をかける。

「はい、できるだけ早く出発したいので」

「そうか。くれぐれも気をつけてな」

「はい。皆さんもどうか、無理はしないで」

 アルバ達に挨拶したのち、修太郎は攻略組の面々に声をかける。

「よう修太郎。全部終わったら手合わせお願いしてもいいか?」

「勝負になるわけないわ。でも面白そう、私もお願いしてもいい?」

 そう言って微笑みかけてくるラオと怜蘭にもちろんと答えると、近くにいた誠とバーバラも嬉しそうに笑った。

「また一緒に冒険もしたいわね」

「全部終われば、きっとできますよね」

「おう。ショウキチも楽しみにしてたしな」

 しばらく談笑していると、修太郎の名前を呼ぶ声がした。

「あ、えと、どうも……」

「舞舞さん! 舞舞さんも最前線に?」

「ええそうよ。私、皆の役に立ちたいの」

「すごく心強いです。でもどうか無理しないでくださいね」

 修太郎に心配され頬を染める舞舞。

 キャラが違うぞとアランにヤジられ飛びかかり、入れ違うような形でミサキがやって来た。

 修太郎は少し寂しげな顔を見せる。

「ミサキさん、行くんだね」

「はい。精一杯お役に立ってきますね」

 優しく微笑むミサキ。

 少しの不安も見せない彼女に強い覚悟を感じ、心配するのも失礼だと、修太郎は笑顔で向き直る。

「お土産話、楽しみにしておきますね」

 そう言って握手を交わす二人。手を伝って移動したプニ夫は、ミサキの肩に乗りぷるぷる揺れていた。離した手をミサキは名残惜しそうに撫でた。

 不機嫌そうな顔でバンピーがずいと前に出る。

「気を抜かないことね。相手は本当に危険だから」

「心配してくれてありがとう。重々理解してるつもりだから、大丈夫」

「そう。じゃあ、気をつけてね……」

「!」

 バンピーからの抱擁に一瞬驚いたミサキは、優しい顔で抱きしめ返した。小さな声で行ってきますと呟き、ゆっくりと離れる。

「それじゃあ頼んだよ」

 そう言って修太郎と魔王達は溶けるように消えた。最前線組もまた、隊列を組んでアリストラスから転移で飛んでいくのであった。



◇◆◇



 レジウリアに戻ってきた修太郎達。

 これから魔王達の過去と向き合い、限界召喚の条件を満たすための旅が始まる。

「じゃあ誰から行く?」

 そう尋ねる修太郎に対し、いの一番に反応したのはバートランドだった。

「それじゃあ下っ端の俺からにしますかァ」

 煙草の煙を吐きながら名乗り出るバートランド。他の魔王も特に異論はないようで、バートランドから順次という形になった。

【注意! これより対象との絆を深めるため、対象の最も重要な過去へと遡ります。信頼度が低ければ失敗する可能性があります。長い旅路になりますので、十分にプレイ時間を確保したうえで進めることをお勧めいたします】

 ここからどのくらいの時間が必要なのか分からない――が、なんにせよ準備は整った。

「それじゃあ、行こう」

 修太郎の言葉に頷くバートランド。

 修太郎が何かを操作した刹那、二人の体はまるで人形になったかのように全く動かなくなった。

「無事出発できたのでしょうか?」

 神妙な面持ちでそう呟くエルロード。

「魂の気配がない、旅立ったようだな」

 耳を動かしながらシルヴィアが答える。

「主様……」

 心配そうに呟くバンピーの声を遥か遠くに感じながら、修太郎は混濁した意識の中で、目を覚ました。



4



「いやー仲良くできる気がせえへんな!」

 がははとヨリツラの笑い声が響く。

 集合場所であるオルスロット修道院前には錚々たる顔ぶれが揃っていた。

「過去を蒸し返すつもりはないが信用に足る働きを期待している」

「それを蒸し返してるって言うんだよ! ちょっと死にかけたぐらいでいつまでその話ししてんだよ、相変わらず頭のかてぇおっさんだな」

 牽制しあっているのはアルバと黒犬。二人には過去に確執があった。

 最初の侵攻で、紋章ギルドがゴブリンの群れからアリストラスを防衛していた際、アルバを後ろから刺したのがこの黒犬である。

「もちろん過去は過去だ、脱獄後の働きも耳にしている。今は仲間として信頼したい」

「信頼とかどうでもいいし、俺は俺の仕事をするだけよ」

 歩み寄ろうとするアルバを突っぱねる黒犬。

 キジマはそれを見てケタケタと笑っている。

「おいおいこんなんで連携うまくいくのかよ」

「これは盾役の指示がキモになりそうね」

「っておい、あんまりプレッシャーかけないでくれよ……」

 などとやり取りするのは誠とバーバラだ。

 二人は経験豊富な盾役と、貴重な回復役として選出されており、ショウキチ、ケットル、キョウコは留守番組となっていた。

「大丈夫。このパーティは私が全力で守るから」

「守るのは俺の役目な? でもまぁ、心強いわ」

「ふふふ、なんか素直じゃない」

 アルバ達とは対照的に和やかなムードである。

 連携の取りやすさや互いをよく知る方が都合がいいからと、元々同じ組織、同じパーティだった面々はなるべく同じパーティに入っている。

「さっすがはハイヴちゃんの組織。八岐(ヤマタ)のメンバーが5人も入ってるとは、やっぱウチは精鋭揃いやなぁ」

「ねぇ、昔のNo.3が戻ったら順位どうなるの?」

「順位とかはもう関係ねーだろ、ギルドももうないんだし」

 軽薄そうに笑うヨリツラを見ながら嫌そうな顔で尋ねる舞舞。アランが鼻をほじりながら適当に答えると、ハイヴは額に手を当てため息を吐く。

「なかなか面倒くさい旅になりそうだな……」

「はい」

「おめーが一番面倒だけどな」

「いいえ」

「こんな状況でもロールプレイ(RP)貫くたぁ大したもんだぜ全く……」

 ハイヴの隣で無表情を貫くのは、オレンジ色のショートヘアが目立つ女性プレイヤー、八岐のNo.5 Towa(トワ)

 β版では一秒あたりの回復量(HPS)の最高値を叩き出したeternity屈指のヒーラーであるが、彼女にはこだわりともいえる鉄の掟があった。

 それは〝はい〟か〝いいえ〟しか喋らない、ということ。

 ゲームの主人公をリスペクトということらしいのだが、驚くべきはデスゲームになってもなお、その縛りを解かなかったことだ。

 普通に話す彼女を未だ誰も見たことはない。

「(これに加えて犯罪者ブラザーズ(キジマと黒犬)の世話とか、治安悪いな俺のチーム)」

 と、ハイヴは出発前から頭を悩ませていた。

「ちょっと見ない間に出世したなぁ天草」

「ギルド統一で単なる戦闘員に戻ったけどな」

 機嫌良さそうなKと機嫌が悪そうな天草。

 二人もギルド方針に関して何度も衝突した過去があり、紋章では犬猿の仲として有名だ。

「お前にギルドを私物化されるより全然いいよ」

「俺がいつギルドを私物化したって?」

「おいやめないか。これから最前線だというのに……」

 いがみ合う二人を見てため息をつくアルバ。

 優秀な戦闘員として攻略組に選出されたメンバーではあるが、互いに仲が悪かったり、顔合わせ自体初めての人も多かった。

「ギルドマスターやリーダー経験者を多めに選出してるのはこの辺が理由っぽいね」

 顎に手を当てながら冷静にそう呟く怜蘭。

 ラオは横にいる白蓮にチラチラ視線を送る。

「そーそー! こういう場を収めてこそのギルマスだよな」

「私は無理。そんな統率力ないし、皆で仕切りだしたらレイドが崩壊しちゃうよ」

 はっきりとした口調で言い切る白蓮。

 調律者という立場ではなく、マップ開拓のために呼ばれたと考えている白蓮は、この場を収めるつもりはさらさらないといった様子であった。自分より他に適任がいるからと、その視線をワタルに移す。

 ワタルは少し離れた場所でミサキと並んで立っていた。

「遭遇するかはわかりませんが、修太郎くんが負けるほどの相手というのは想像がつきませんね」

 そう言って苦笑を浮かべるワタル。

 その横でプニ夫をもちもち動かしながら、ミサキも少し不安げな表情を浮かべていた。

「出会わないことを願ってますが……でも私達が時間を稼げれば、修太郎さん達はその間にもっと強くなってくれてるはず、ですよね?」

「もちろん。我々にはそういう役目もあります」

 言葉を濁すでもなく、ワタルははっきりとそう伝えた。

 そういう役割、というのはつまり〝命をかけた時間稼ぎ〟を指している。

 修太郎が勝てなかった相手とまともに勝負できるほど自惚れてはいない。しかし、万が一遭遇すれば戦うことになるだろう。

 そのために都市防衛には〝その後の指揮〟を任せられるフラメをはじめとしたメンバーを残してあるのだから。

 プニ夫がミサキの顔をむにむにと揉みしだき〝気合いを入れろ〟と促すと、ミサキはハッとして大きく頷いた。

「きっと大丈夫です。プニ夫ちゃんも来てくれましたし、ヴォロデリアさんも見守ってくれていますから。元々の役目を果たすことだけに集中しましょう」

 かくして、統率もなにも無いようなメンバー達による攻略組が結成された。当面の目標は、ワタル達が訪れたミダン結晶塔までの道を全て開拓することだ。

「――では、そろそろ出発しましょうか」

 ワタルの掛け声で全員が雑談を止める。ミサキは皆の顔つきが変わるのを感じ取っていた。警戒して当然である。なぜならこれから攻略するのは、修太郎が襲撃に遭った皇竜トルガノの墓なのだから。



◇◆◇

 


 皇竜トルガノの墓へと転移した一行。

 全員が降り立つや否や、巨大な骨を止まり木にしていたジェネラルワイバーンの群れが空へと飛び立ち、獲物を狙うように旋回を始めた。

「各班のタンクは1匹も漏らさず敵視の管理を!」

 ワタルの掛け声にラオと誠が反応する。

 散っていた翼竜達がタンク目掛けて急降下すると、歩み出たワタルが盾を空へと掲げた。

 ギィン! という金属音にも似た甲高い音が響くと同時に、翼竜達が空中で弾かれた。翼竜達は目をチカチカさせ方向感覚が狂ったように高度を下げていっている。

「(敵視の管理つっても……)」

「(一人でどうにでもなるじゃんよ)」

 誠とラオは呆れたようにワタルを見た。

 何らかの防御スキルを使ったのかと分析する二人の横で、今度はミサキに抱かれたプニ夫の前に魔法陣が現れた!

 空に現れたのは巨大な紫色の渦だった。

 渦の近くを飛んでいた翼竜が一瞬にして消える――いや、消えたように見えたそれは、凄まじい速度による急速落下であった。

 凄まじい重力が翼竜達を襲う。

 プレイヤー達は何が起こってるのか理解できずにいた。

 ズガンズガンと隕石のように落下していく翼竜。なおもプニ夫の魔法は猛威を振るい、空にいた全ての翼竜はハエ叩きされた虫のように地上へ叩き落とされた。

「攻撃隊!」

 ワタルの声を合図に、呆気に取られていた攻撃隊が一斉にスキルを展開する。避ける術を持たない翼竜達は無抵抗のまま絶命していった。

「すげ……」

「キミらだけで最後まで進めるんちゃう?」

 戦闘――ではなく、蹂躙。

「進みましょう」

 消えていく翼竜達には目もくれず、ワタルは先導しながら先を急いだ。



◇◆◇



 頭蓋骨の内部は上へと昇る幅広の螺旋階段のような形となっていた。エリア構造でいえば、シオラ大塔やミダン結晶塔に近い。

「さて、仕事だね」

 そう言って前へと歩み出す白蓮の瞳が光を帯び、エリアの全体像をマッピングしていく。その隣ではミサキが生命感知によってmobをマーキングしていき、一瞬にして完璧な攻略地図が全員に配布された。

「いやぁめちゃくちゃ便利やなこれ!」

「うちはこんな便利屋がいないのにレベルのアドバンテージにかまけて雑に攻略してたのね……今思うとただの情報弱者(情弱)ね。競い合ってたのが馬鹿みたい」

 歓喜の声を上げるヨリツラと、呆れたような声を漏らす舞舞。RPGにおけるマップの重要性を改めて思い知っていた。

「まずは迅速にクリアして先に進む。進める限りは止まらない。我々の目的はそれだけです」

 ワタルの言葉に他のメンバーも頷いた。

 大勢が階段を駆け上がる足音がエリア内に響くと、ミサキの生命感知に夥しい数の反応が現れた!

「敵来ます! 数はおよそ30!」

 現れたのは石像のような質感の翼竜の大群。

 動きの速さはそれほどではないものの、それぞれが三叉の槍を持っており、大半のメンバーが知能の高さを警戒する。

《ストーン・ワイバーン Lv.50》

 皇竜トルガノの墓mob図鑑から引用すると、ストーンワイバーンは鉱石を好んで食べる習性から硬い石の体を手に入れたと言われている。道具を使って効率的に狩りをする知能を持ち、狩った獲物は食べずに戦利品として飾る。

「距離があるうちに先制攻撃で削るぞ!」

「詠唱入ります!」

「《貫く流星のシューティング・ティア》」

 詠唱の無いミサキが先行して矢を放つ。

 放たれた無数の矢が石の翼を貫き、ストーンワイバーンはバランスを崩し落下、連鎖するように何匹かが落下すると、それを待っていたかのように現れた蛇の魔法が、大口を開け丸呑みにした!

「|喰らう蛇座の唄《Devour of Serpent》

 白蓮が杖を振るうと、ゴシャという音と共に圧殺されるストーンワイバーン。仲間がやられ興奮する残りのストーンワイバーンは、大きく数を減らした状態で一行に襲いかか――ろうとしたその刹那、礫の魔法によって全身を貫かれ全ての個体が死滅した。

「この辺はまだまだ余裕ね」

 そう言って杖をしまう舞舞。

 もはや準備運動にすらならない様子だ。

 近接アタッカーの出番もなくあっさりと戦闘が終わった。これから先、しばらくは一方的な戦闘になるだろうと、ワタルはメンバーに頼もしさを覚えていた。

 そしてワタルの予想通りに攻略は進む。

「次、3時の方向から4体!」

 奇襲をかける敵は全てミサキに見透かされ、遠距離攻撃によって近付くことさえ許されず撃ち落とされていく。

「ほんなら次の道は赤い床だけ踏んで進もうか」

 ヨリツラの観察眼でギミックも看破し、

「蟻一匹通さねぇ!」

 誠達タンクがチームに安定感をもたらし、

「一気に畳み掛ける!」

 アルバ達アタッカー陣の火力もあって、攻略はスムーズに進んでいった。それは、エリアの最深部に到達するまで、ヒーラーに仕事が回ってこないほどであった。

「あっさりボスか」

「適正レベルを考えたら妥当でしょう」

 退屈そうに呟くアランに、ワタルは淡々とした様子で返す。牢獄を抜けたメンバーだけでも十分に攻略できるレベル帯なだけに、今は過剰戦力といっていい。

 対峙するはトグロを巻くようにして眠る竜。

 竜は侵入者の気配に気付き、ゆっくりと体を起こした。


 皇竜トルガノ

 Lv.60 AREA BOSS

 

 頭蓋骨の頂上に位置するフィールドに待ち構えていた巨大な竜。骨の形から同一の種類と推測できる。

「なんでトルガノの骨の墓の頂上に本人がいるんだ?」

「そこ気になる?」

「いやいや気になるでしょ」

 などと言い合うラオと怜蘭。

 名前も同じとなれば何か理由がありそうだ。

「そらトルガノはいわゆる〝不死鳥〟と同じ特性を持っとるからやな」

 などと得意げに語り出すヨリツラ。

 その横を舞舞が呆れた顔で通過する。

「ソースなし、解散」

「冷たッ!」

「いや待て、確かにどこかで聞いたことがある」

 そう言ってアルバは何かを思い出そうと唸っているが、有益な情報に辿り着けない。

 トルガノには不死身という特性がある。

〝墓のボスがトルガノ自身〟であることが、察しのいい者へのヒントとなるだろう。

 そして、不死であるトルガノはとある条件を満たさない限り倒せないという凶悪な性能を持っていた。

 そう、持っていた。

 「わっ!」

 ミサキの腕から飛び出したプニ夫が、体を巨大化させトルガノを包み込んだのだ。トルガノは内側から激しく抵抗するが、プニ夫の腹がボコボコと突き出るだけだった。

 ポカンと見つめるメンバー達。

 トルガノはなす術なくゆっくりと溶かされていく。

 不死身の条件は遺体が残っていることが前提となるが、溶けてしまえば何も残らない。たとえ強力なスキルを持っていたとしても、純然たるステータスの暴力の前には全て無力だ。

 程なくして、トルガノのLPが爆散した。

 これでエリアクリアとなる。

「俺達ってもしかして邪魔なだけ?」

 自信を喪失しながら呟く誠。

 目の前では体を変形させたプニ夫が嬉しそうに揺れている。

「下手に我々が戦うよりも、任せてしまった方が早いかもしれませんね」

 ワタルも苦笑いを浮かべつつ、開かれた道の方へと視線を向けた。

「では、この調子で進みましょう」

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