第7章 後編
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ヘルバス地下牢獄――ここは世界の極悪人が収監される地下深くの大牢獄である。耳を塞いでも囚人たちの絶叫する声が聞こえ、囚人たちは常に死を意識させられる。この牢獄はまさに地獄そのものだ。
監獄長を倒し、ヘルバス地下牢獄からの脱出を試みるワタル。連れ立つはデスゲーム後の犯罪行為で収監された極悪プレイヤー達だ。
囚人の数は優に100人を超えていた。
「看守室から先に進めるっぽいぞ」
「出よう出よう! もうこんな気味悪いとこごめんだぜ……」
「じゃあなワタルさん! 感謝してるよ!」
トラブルを起こして送られてきたプレイヤーなだけあって、自己中心的な思考の者が多い。ボスを倒したワタルの功績には感謝しつつも、我先にと逃げ出す者の方が多かった。
「お、おいどうするよ……?」
「道が開けたんならもう自由だろ」
「でも外って本当に安全なの?」
「知るかよ! てめぇで確認しろ!」
「ワタルに付いていくのが安全じゃないか?」
牢屋の中でまごまごしていたプレイヤー達の視線がワタルに集中する。
遠のいてゆく足音を聞きながら、そもそも追うつもりがないワタルが振り返った。
「ここにいる全員が重罪人とは思いません。不運な事故で、訳もわからずここに来た人もいるでしょう」
実際、デスゲーム開始直後のパニックで人を傷つけ、ここに送られた者も多い。黒犬やヨリツラ達のような共闘を志願する者のほうが希少で、ほとんどが檻から出ようともせず震えてる者ばかりであった。
まさにデスゲーム開始直後、パニックの中ワタルが群衆達に呼び掛けたあの状況に酷似していた。唯一違うのは、ここがセーフティエリアではなく危険なエリアのど真ん中ということ。
ワタルの呼びかけに耳を傾ける者は少なかった。
しかし、ワタルはあえて続ける。
「ここに救いはありません」
はっきりとした口調でさらに続ける。
「生きたままここを出られる唯一の可能性は、大勢で一緒に行動することです。先陣は僕が切ります。僕のレベルなら一帯のモンスターも問題なく倒せます」
彼の言葉を聞きに数人が檻から出てきた。
しかしその顔には不安の色が色濃く見える。
「ですが、これだけはハッキリ宣言します。僕の目的地はあくまで〝先〟。安全なアリストラスには向かいません」
ワタルの言葉に怒号が飛び交う。
「どういう事だよ!」
「安全な所に届けてくれないの?」
「ここより強い敵が出る場所に!?」
「頭イカれてんのかてめぇ!」
ここにいるプレイヤーからしたら、残るも地獄行くのも地獄ということになる。しかし、好き放題に言われても、ワタルの目には一切の揺るぎがない。
「そもそも、人を殺めた経験のある者を、アリストラスに戻すのは危険だと思いませんか?」
「そんなの……」
群衆達の声が一気に尻すぼみになってゆく。
「脱出後にどこへ行こうと自由ですが、自分のした行いの罪深さを今一度考えてください」
そう言いながらワタルは久遠に視線を向け、そして踵を返した。
「僕は皆さんを助けるために堕ちてきたわけじゃありませんから。僕は僕の目的のためにここにいます」
吐き捨てるようにそれだけ言うと、監獄側に背を向けながらワタルは出発の準備を進める。
「僕について来てください――ってなんで言わねぇの? 中途半端に煽るだけ煽ってさ。ついて来た人は助けますってのと同じだろ」
短剣を弄びながら黒犬がそう尋ねると、チッチと指を振りながらヨリツラが口を開いた。
「そんな希望を持たせる言い方するわけないやろ」
「出られたら助かるじゃん。なんでダメなん?」
「そもそも、なんで出られたら助かるんや? 外にも当然エグいレベルのモンスターがうじゃうじゃいるのに」
「あ……」
そこで気付いた黒犬は黙り込む。
推奨レベル80近いこの場所から出られたとして、安全かと言われれば否である。隣り合わせにセーフティエリアがあるなら話は別だが、当然eternityの全体図は誰も知らない。
壁に寄りかかりながら鼻をほじるヨリツラ。
「僕についてくるのは自由だけど助かる保証はないよってことやろ? まぁボクから言わせてみれば、それを言ってくれるだけまだ優しいわ」
「……」
ワタルは何も言わなかったがその通りで、彼の心情的に、助かる保証がないのに〝助ける〟なんて無責任なことは言いたくなかった。
「まぁここに残っても100%死ぬからな。ワタルくんに付いてく一択やと思うで」
そんな事を話しているうちに、監獄からは大勢のプレイヤーが集まってきていた。収監されていた約70%ほどがワタルと行くことに賭けたようだった。
「おーおー弾除けがこんなにも」
「そんな言い方……失礼じゃないですか?」
「てめぇも俺の弾除けのひとつだぞ?」
解放者の仲間だった少年――Armaとキジマが取っ組み合いを始めると、黒犬とヨリツラは捲し立てるように手を叩く。全く統率の取れないメンツを興味深そうに眺めながら、久遠はワタルに声を掛ける。
「俺を殺すためにキミは誰に魂を売ったの?」
「……いずれ分かるさ」
「へぇ。それは楽しみだ」
かくして犯罪者だけで構成された戦闘集団がここに誕生した。そして同時に、ヘルバス地下牢獄の脱獄が決行されようとしていた。
「あぎゃーーーーー!!!」
看守室の奥から悲鳴が轟くと、先ほどまでの喧騒が止み、辺りはシンと静まり返った。
「僕から言えることは――」
美しい剣を抜きながら歩み出すワタル。
「ここのエリア名はヘルバス〝地下〟牢獄。それなりの覚悟を持って地上を目指しましょう」
◇
ホロ煉獄――
囚人達は口を揃えて言った。あそこはこの世の蠱毒であると。ここは地獄の焼却炉。ホロ煉獄は灼熱のマグマがうねる火山の火口であり、囚人達の処刑場であり、魔法国家マリョスのゴミ捨て場であった。戦争の絶えなかったはるか昔、賢者達は禁術で生み出した魔法生物をここへ捨てていた。賢者達は知らない。ゴミ達が混ざり、互いを貪り合い、進化していることを――
看守室の扉を開けると、そこには地獄の釜があった。
「んだよここ……」
「熱すぎて目が開かない……!」
煮えたぎるマグマと灼熱の風。
視界は赤に染まり、流れる汗は蒸発した。
幸いにも先へと繋がる道はあり、歩いて進むことはできそうだった。
「お、俺は降りる! 無理だ!」
「私も、どうせ死ぬならあっちでいい……」
人間が耐えられる環境じゃないと察した数名が引き返すと、それにつられた大勢が監獄の方へと走り出した。
ワタルはしっかりと前を見据え、躊躇せずに歩き出す。
「どひゃーこらまたエグい……」
一歩踏み出すヨリツラの眼下に、はるか底でうねるマグマ溜まりが見えた。ここから落ちればまず助からない、誰が見ても明らかである。
「こら天然のサウナやなぁ」
「整っちゃうかも」
「サウナどころじゃねーよマグマだろ!」
ヨリツラとキジマがお気楽そうに笑い、黒犬が叫ぶようにツッコむ。一行は脆そうな足場に怯えながらもホロ煉獄へのエリア侵入を果たした。
「で、ここからは手探り?」
胸元をパタパタさせながら尋ねる久遠に、ワタルは小さく頷いた。
一行が進む道の先、およそ10メートルくらいの距離に人影が見えた――それは先ほど出て行ったプレイヤーであった。
「? あいつ一人で何してんだ……?」
「! 《フォース・エッジ》」
黒犬の横で剣を振り抜くワタル。
生み出された光の斬撃が飛んでゆく。
ズバンッ! という音と共に攻撃は着弾。
斬撃はそのプレイヤー――ではなく、それに取り憑く奇妙な生物を吹き飛ばした。
炎の幻影 Lv.83
「ひ、いひひひひ……」
駆け寄ろうとしたワタルより先、プレイヤーは笑いながら、倒れるようにマグマ溜まりに落ちて行った。数秒の対空時間の後、ボチャンと、マグマから赤色の飛沫があがった。
「暑さでおかしくなった?」
「いや、明らかに様子が違いましたね」
そうこう言っている間にもモンスターは集まってくる。ワタルが再び剣を構えると、他のプレイヤー達も一斉に武器を構えた。
炎の幻影 Lv.83
灼熱の亡者 Lv.85
遊泳アグニョス Lv.85
ガス状生物、ドロドロに溶けた人型、マグマを泳ぐムカデのような怪物。
現れるのは不気味なモンスターばかり。
「《聖域》」
「《ホーリーカーテン》」
ワタルが全体を守る防御結界を唱えたのを合図に、モンスター達が襲いかかってきた。しかし、ワタル以外は当然適正レベル以下であり、中には初期レベルの者までいる。
「ぐああああ!!!」
「たす――!」
反撃する間もなく次々にプレイヤーがやられていく。
プレイヤーの数が50人近くいるということに加え、膨大なモンスターが一気に押し寄せてきたこともあり、ワタルの援護が行き届かない。
「《サンダーフォース》」
それでもワタルは必死に剣を振るう。
バリバリと音を立てて駆け抜ける電撃。
ワタルの放った攻撃が多くのモンスターを屠り、返す刀で同じだけのモンスターを倒していく。表情を曇らせながらも攻撃の手は緩めない。全てを背負い、全てを守ろうとしていたかつてのワタルの戦い方とは一線を博していた。
「っと、おこぼれいただきや」
「やべえええ死ぬううう!!」
「なんかめっちゃレベル上がったんだが!」
プレイヤーの中でもうまく立ち回る者はいて、特にヨリツラ、黒犬、キジマのバトルセンスは光っていた。ワタルが弱らせたモンスターにとどめを刺すことで、苦労せずレベルを上げている。
「(いったい何匹現れるんだ……!)」
実に30分もの時間戦闘が続いた。
この時点でプレイヤーの数は半数近く減っていた。
「う、うぅ……」
「もう二度とあんなことはしません。ここから出して、ここから出して……」
心が折れた者もいれば、命からがら監獄に戻った者もいる。しかし奇妙なのは、先ほどのプレイヤー同様に〝自死〟を選んだプレイヤーの数だ。ワタルが見ていた限り、およそ8人のプレイヤーが身を投げている。
「ワタルくん、これはマズイで」
何かに勘付いたヨリツラが呟く。
余裕な表情ながらも、その額には汗が滲んでいた。
「マズイ、とは?」
「幻覚見とるやつが多い」
「!」
そんなはずはないとワタルは心の中で否定する。なぜなら戦闘前に使った光属性防御魔法のホーリーカーテンには状態異常への防御効果があるからだ。
しかしヨリツラは知った上でそれを否定した。
「モンスターの技かと思ったけど、どうもちゃうな。これはエリアの特性や。エリア特性にホーリーカーテンは通用せんやろ」
エリア特性。
分かりやすい所でいえば、毒の沼や氷のエリアなどがあげられる。ひとたび踏み込めば毒状態になったり、時間経過で氷漬けになったりと、言うなれば解除できない罠のようなもの。
ホーリーカーテンは敵の技に対する防御手段であり、エリア特性に効果はない。
「幻覚状態ってのはボクが考える中でいっちゃんエグいで。なにせ〝解除〟はできても〝予防〟ができへんからな」
特に先ほどの混戦のような状態だと、幻覚を見た者が身投げする前に解除魔法を飛ばすのは至難の業だ。ワタルが解除に回っても、モンスターによる被害が増える。
「この中に回復役はいますか?」
すぐさまワタルは有志を募った。
ワタルの声におずおずと手を挙げたのは僅か二人。ヨリツラは小声で「すっくな」と悪態をつくが、背景を考えると仕方ないとも思った。
「(ヒーラーがどうやって人を殺したんやって話やしな……)」
ワタルはそのヒーラーの二人に尋ねる。
「幻覚の解除魔法は覚えてますか?」
それに二人ともが頷くと、ワタルは少しだけ安心したように頷いた。
「では二人には幻覚の解除を担ってもらいます。優先すべきは自分達ということも覚えておいてください」
そんなやり取りを眺めながら、黒犬が小首を傾げる。
「ヨリツラは何でそんなのわかんの?」
「そらキミぃ、固有スキルよ」
教えんけどなと付け加えながら、ヨリツラはクイっとサングラスを上げた。
「早いところ出ないと全滅するで」
「……そうですね」
一連のやり取りの後、一行は再び歩き出した。
◇
「来たぞゲル攻撃だ!」
「うおおおお臭えええ!!」
一行は戦闘で足止めされながらも、なんとか先へと進めていた。ワタルという唯一のアドバンテージを武器に、各々が生き残るため知恵を出して協力したのも大きかった。
巨大なスライムを蹴りで粉砕する久遠。
彼のレベルもこの連戦で72にまで上昇している。
「んー次はこっちかなぁ」
ナビゲーター役はヨリツラが担当した。
もちろんこの人選にはちゃんとした理由がある。
「本当に信用できんのかぁ?」
「人殺しに言われたないわ」
「お前も同類だろうが!」
怪しむキジマにカラカラ笑いながらあしらうヨリツラ。彼は適当にナビゲートしてるわけではなく、固有スキルに基づいて〝確率の高い選択〟をして道を決めていた。
固有スキル名:運命に身を宿す者。
全ての事象に対し正解を導くことができる。その答えが正しいかどうかはプレイヤーのレベルを確率(%)として扱う。
たとえば分かれ道があったとして、ヨリツラが右を選択した場合、ヨリツラの現在レベルは67であるため、67%の確率でそれが〝正しいルートなのかどうか〟を教えてくれる。
身を投げたプレイヤー達が幻覚状態にあったことも、このエリアが幻覚のエリア特性があることも、全てこの固有スキルで割り出したものであった。
「ゆーて100%じゃねーなら信用するの普通に危なくね?」
「はぁ? 闇雲に進むよかマシやろ」
「まずコイツ自身を信用していいのかどうかって問題もあるしなぁ」
好き放題言う黒犬とキジマだが、久遠はそうは思わなかった。
「ヨリツラは信用できるよ」
「お! 久遠ちゃん言ってやって言ってやって」
「だってまともな神経してたら固有スキルとか普通バラさないでしょ」
「そうそう! ボクまともじゃないし」
久遠の援護に気をよくするヨリツラ。
「それに、ここで嘘ついてもヨリツラ含めて皆死ぬだけだしね。彼がそこまでサイコとは思えないなぁ」
「……まぁ確かに」
そう、騙すメリットがないのである。
囚人達は生き残るために協力せざるを得ない。ワタルはこれを計算に入れた上で、囚人達も連れていくという選択に出ている。自分を頼るしか生き残る術がないなら、時が来るまで大人しく追従するのが普通だろうと。
「でも40%くらいの確率でハズレかもしれないんだろ? 信憑性高いとは言えねぇよ」
声を荒げる黒犬は、前を行っていたアルマが急に立ち止まり顔を強打した。
「おいなに止まってんだガキィ!」
「これでヨリツラさんは信用できるね」
アルマの指さす先には明らかに他とは違う空間が広がっていた。攻略勢なら見覚えがあるだろう、それはボス部屋であった。
「やろぉ? 実はこのスキルな、攻撃にも転用――」
「倒して外に出ます」
ヨリツラを押し除けるように前に出たワタルが剣を抜くと、ボス部屋の中央に何かが現れた。
それは奇妙な形の怪物だった。
人の頭、人の体を持ってはいるが、肩の部分に牛と羊の頭が生えている。いずれも目の中から人間の腕が生えており、指先は翼の形をしていた。
下半身は獅子で半透明のゲル状である。
ワタル達を見つけるなりその三つの頭全てがニィと笑い、周囲に炎を召喚した。
ホロ煉獄のボス:炎の裁定者 Lv.90
「ようやくボス戦か、なかなか強そうだね」
「なんじゃあのディテール。きしょいのう」
久遠とヨリツラも武器を構える。
「僕が設置した印の上で30秒大人しくさせてくれれば無傷で倒せるけど」
「お前あれ30秒もじっとしてられそうな見た目してないだろ。下半身ライオンだぞ」
アルマに対し苛立ちを見せる黒犬。
かくして、陣形なども取れない寄せ集めチームによるボス戦が幕を開けた。
「《炎の焼印》」
まず動き出したのは裁定者だった。
ミツ首の怪物の形をしたエンブレムが、まるでレーザー光線のように迫る。
勘のいいものは避けることができた――しかし気付くのが遅れたプレイヤー達は額に赤色の焼印を押され、痛みに悶え苦しみだす。
――さらに異変は起こった。
焼印を押された者の周りに何かが現れている。
亡者の怨念 Lv??
「幻覚の正体はこいつらの怨念か……」
小さく呟くキジマの目の前、半透明の人型が群がるように現れている。その者達は、焼印を押された者達の足や手を引っ張り、地獄の底へ落とそうとしている。
ヒーラー二人が叫んだ。
「か、解除できません!」
「いや、これは幻覚じゃない!」
そう言ってボスとの距離を一気に詰めたワタルは、光を帯びた剣を振り抜いた!
届いた刃が体を穿ち、裁定者は獣のような呻き声を上げた。
バリン! という音と共にプレイヤー達の焼印が消え、亡者達が消えてゆく。
ワタルは瞬時に技の特徴を理解した。
「(焼印による強制的な行動制限か。問題は厄介な特性があと何個あるか――)」
牛の頭が動くと同時に、再び焼印が放たれる。紙一重で避けたワタルはもう一太刀浴びせにいくも、ボスの体を剣が通過、その斬撃は空を切った。
羊の頭が揺れている。
ワタルは徐々に法則が掴めてきていた。
「(牛の頭が動けば焼印攻撃。羊の頭が動くと物理攻撃を無効化、か。魔法が効かないかは確認する必要があるけど――)」
すると突然、青色の魔法陣が生成され、楔形の氷の矢が乱れ飛んだ。直撃した裁定者が悲痛な叫びを上げ、LPが2%ほど削れる。
「OK。魔法は効くみたいだね」
そう言いながら、ワタルの隣に久遠が歩み出た。
「魔法主体で戦うのが無難かな?」
「……そうしよう」
両手の上に小さな魔法陣を描く久遠、ワタルもまた光る剣先をボスに向け何かを唱える。
「《大いなる水流》」
「《ホーリー・テンペスト》」
大量の水と光の渦がボスに迫る――
人の頭がニタァと笑ったように見えた。
突如――飛沫と共にマグマの柱が天へと伸び、まるで蛇の頭のようにうねりを上げながら戦場に向かってくる。
「真ん中の首は溶岩操作かいな」
悪態を吐きながらそれらを回避するヨリツラ。黒犬、キジマも危なげなく回避している。
「うあああ!!!!」
「ひいいいいい!!」
迫り来るマグマを見上げながら動けないプレイヤーが数名。彼等の額には焼印が押されており、亡者が足元に纏わり付いていた。
「ッ!」
間に割って入るようにワタルが盾を構える。
しかし、魔法を使った反動で防御魔法の展開が遅れ――マグマの奔流が全てを飲み込んだ。
「頑張って!」
間一髪、ワタルを起点に半円形のバリアが生成され、囚人達はワタルにしがみつき必死に耐えている。
「!」
ワタルの後ろで誰かの気配が消える。
攻撃はおよそ10秒間続き、次第にマグマの動きは弱くなっていった。
「(なんだ、この妙な違和感は……)」
ワタルは構えを解き、後ろを振り返る。
「ごめん、なさい……!」
青い顔で叫ぶヒーラーの一人。
ワタルの後ろには、当初の半数しか人が残っていなかった。
「解除が間に合わなくて、それで……」
「幻覚と焼印のダブルパンチ……エグいな」
自分を責めるヒーラー。
黒犬の額から汗が流れる。
エリア特性としての幻覚と、マグマによる変幻自在の遠隔攻撃、焼印による行動阻害、そして物理攻撃の無効化――かつてないほどに厄介なボスである。
「なんか突破する方法ないのかよ!?」
「幻覚見て落下死とか嫌!!」
喚きたてる囚人達にヨリツラが歩み寄る。
「おーおー何をビビってんねん情けない。騒ぐ暇あったら手ぇ動かせ手ぇ」
「んだとテメェ! なんで俺が戦わねぇとなんだ。この状況で何しろってんだよ!」
「んーじゃあボクが決めてもいい?」
そう言ってヨリツラは詰め寄る男の足に短剣を突き立てた。
「え……は?」
男は何が起こったのが理解できず、痛みと驚きで腰を抜かした。
「囮役が適任やと思うで」
「て……め……」
「ボクな、ボスの攻撃パターンとか観察してブログに書きたいねん。戦う気ないなら命もったいないし、今後のために利用させてくれん?」
体が痺れたように動かず、自分に迫ってくるボスを前に涙を浮かべる男。
獲物を見つけ三つの頭がニヤニヤと笑みを浮かべている。
「あ、あ……!」
ボスに頭を掴まれ宙吊りになる男――
ボスの背後にはヨリツラの姿があった。
「《乱撃 烈》」
ズバババババ! と、凄まじい斬撃音が轟き、ボスは男を離して悶え〝毒〟〝出血〟の状態異常が表示された。
「状態異常は効果があるみたいやね」
二本の短剣を弄びながらカラカラと笑うヨリツラ。〝痺れ〟状態から脱した男はボスから距離を取りヨリツラに抗議する。
「てめぇ……どういうつもりだよ」
「んー?」
すっかり怯え切った男に、ヨリツラは笑みを崩さないままこう答えた。
「迫真の演技ありがとうな」
「騙しやがったのか!!」
「いや、囮の件は大真面目やで。仮に死んでもたぶんいつか蘇れるやろ?」
「頭おかしいのかよ……」
「お兄さんプラスに考えよ? 急死に一生なんて普通経験できへんで!」
ワッハッハと笑うヨリツラを見て、男は完全に戦意を失ったように顔を青くして後ろに下がっていった。
「つーか次生き返れるかまだ分からなくね?」
「おー、そやったな。じゃあ死なずに済んでよかった」
「コイツが一番ヤバいんじゃねぇか……?」
かつて大量殺人を画策した黒犬とキジマもヨリツラの行動に引いている様子。周りを見ると前線にいるのはその三人とワタル、久遠、アルマのみで、残りはボスからかなり離れた場所で固まっているのが見える。
毒と出血が解除されボスが雄叫びを上げた。
「で、今更だけどお前ら何ができんの?」
六人は自然とその場に集まっていた。
場を仕切るように黒犬がそう尋ねる。
「僕はタンクなのでボスを引きつけられます」
ワタルがそう答えると黒犬は驚いた顔を向けた。
「え? ならなんでやらないの?」
「〝焼印〟と〝溶岩〟はランダムターゲットのため、ボスに張り付いていたら守りに行けません。それに魔法が有効なので距離を取ったほうが戦いやすいです」
「お、おう、合理的判断……」
「そういう黒犬さんはどうなの?」
アルマの質問に黒犬は自信満々に答える。
「俺はモノを擬態化させられる。あと盗賊っぽいことならなんでもできる!」
「はいはいーボクも同じです」
ヨリツラも手をあげてアピールしている。
「俺は闇属性魔法が使える」
「僕も攻撃魔法なら多少は、あと固有スキルもあるけど使えそうにないね……」
キジマとアルマがそれぞれ答えた。
「俺は殺した人のスキルを奪ったりできる。今は何もないフラットな状態――と言いたいけど、何個か貰ってきた」
「!」
ワタルの鋭い視線を受けながらも、久遠は苦笑しながら説明を加えた。
「落下した人達からね。申し訳ないとは思うけど」
久遠は落下して助からないプレイヤーに攻撃を当てることで、幾つかのスキルを得ていた。
ワタルからスキルについての説明を受けた皆は久遠への警戒心を高める。
「お前それ信用しろっちゅうんか?」
「それはどうぞご自由に」
肩をすくめながら答える久遠。
「おいおいおい焼印きたぞ!!」
六人がいた場所に焼印が通過する。
状態異常も消え万全となったボスが六人めがけて駆けてきていた。
「さっき確認したけど、ボスも物理攻撃中は物理無効状態にはなれへんみたいやで」
男を囮に得た情報を共有するヨリツラ。
ボスは右腕を矢尻のように変形させると、最も近くにいた黒犬目掛けて振り下ろした!
「ちょなんで俺……!」
黒犬の腹部が貫かれ、荒いポリゴンが血潮のように飛び散ってた――かに思えた。
貫かれた体が岩へと変わる。
黒犬の擬態スキルが解けたのだ。
「《乱闘 乱れ吹雪》」
「《パライズ・スラッシュ》」
「《闇魔法・薔薇毒》」
三方向から叩き込まれた物理攻撃は全てボスにダメージを与え、ボスのLPが僅かに削れる。ボスは〝混乱〟〝麻痺〟〝毒〟の状態異常となりその場に硬直する。
「さっそく適応するとかお前らプロか?」
「お前どんだけ付き合い長いと思ってんだよ」
「お前どんだけ付き合い長いと思ってんねん……」
「いやお前はほぼ他人だろーが!」
騒いではいるが、黒犬が岩を自分に擬態化させて奇襲をかけると見て、キジマとヨリツラがそれに合わせて動く――という息の合った高い戦闘センスを見せつけた。
続いて、久遠の手の動きに合わせて巨大な青色の腕が伸び、ボスを鷲掴みにする。
青の手からは冷気が漏れ出ている。
「《氷国の檻》」
ミキメキピシと音を立てながら青の手がボスを氷結させてゆく。霞のように手が消えると、そこには氷漬けになったボスの姿があった。
ジャリと足を踏み締める音が響く。
剣を鞘に収めた形でワタルが構えをとっていた。
ビシビシと氷が割れボスが解放されるその刹那――ワタルの剣技が炸裂した!
「《光神抜刀術・絶牙》」
十文字の斬撃がボスの体を穿つ。
状態異常が影響し羊の頭は動けない。
LPバーが一気に3割吹き飛ぶ!
「おー! いいの入ったなー」
「溶岩攻撃くるぞ!」
撤退を始める黒犬とキジマ。
しかし一人、ボスの前でしゃがみ込んでいる男がいた。
「おい、やられるで!」
ヨリツラの叫びも意に返さず、大量のマグマが迫ってきてもおかまいなしに、その男――アルマは小さく笑った。
「あれだけ人を殺した僕に生きる資格なんてない……だからせめて」
マグマの塊がアルマの上に落ちたとほぼ同時に、ボスの体が溶けるように消えていった。
固有スキル:死の紋様 床に描いた紋様の上で30秒間動かなかった者のLPを0にする。
けたたましいレベルアップの音と、大量のアイテム群の詳細が皆の画面に表示されると、ボスを倒した実感が遅れてやってきた。
「アイツ……死にやがった……」
呆気に取られる黒犬。
キジマも目を見開いてポカンとしている。
「有終の美ってやつかな」
消えていく粒子の行方を目で追いながら久遠がポツリと呟く。
「……」
ワタルはなにも言葉が浮かばなかった。
もはや助かる距離ではなかったが、胸の奥がチクチクと痛んだ。
『彼らには情を持たず目的を達します』
エルロードとの誓いが脳裏をよぎり、頭を振った。
目の前で死んだのは大量殺人の実行犯。
本人の死ぐらいで精算できるような罪ではない。
「(これで良かった……)」
アルマの死にはなにも触れず、ワタルはフィールドの隅に見える巨大な門へと剣先を向けた。
「ボスは死にました。ここから出ましょう」
後ろで小さくなっていた群衆達は一斉に雄叫びをあげ、我先にと門の方へ群がったのだった。
6
地獄の釜を空けた先は外だった。
周りには光を放つキノコや奇妙な形の木々が生え、鹿やリスが興味深そうに彼等を見つめていた。
「たす、かった……?」
押し開けた扉は赤黒く風化しており、絡まる蔦から、ここがどれだけの時間閉ざされままだったのかが窺い知れる。
「やったーーー! 出られたぞ!!」
壮絶な戦いを乗り越えたプレイヤー達。
久々の外の空気に触れ、安堵から思わず涙が流れる。
「お、おい見ろ! あれ町じゃねえか!?」
一人が前方の建造物に気付き声を上げた。
天を貫くほどの巨大樹と、その周りをぐるり囲う形で栄える都市。ひと目で分かるそれはプレイヤー達の安息の地、セーフティーエリアであった。
魔法国家マリョス――災厄をもたらす竜がいた時代、国の違う四人の偉大な魔法使いが竜討伐のため知恵を出し合ったと大樹の周りに作られた。住民全てが魔法の研究者であり、魔法主義者の国である。
「助かった! 本当にこれで……!」
歓喜のあまり走り出すプレイヤー達――。
「町には入れません」
それに待ったをかけたのはワタルだ。
抜いた剣はそのままに、視線はもう拠点の方に向けられてはいなかった。
「ど、どうして?」
「忘れてませんか? 我々は囚人です」
「あっ……」
犯罪者プレイヤーはセーフティーエリアに入ることはできない(正確にはNPCに攻撃される)。そして、カルマ値が振り切れた者は監獄へと送られる。監獄の中で、罪の重さに比例した現実時間を過ごすことで罪は精算される。
「ってことはつまり……俺たちってずっと危険な場所に居続けなきゃいけないのか?」
一人の男がワナワナと体を震わせ呟いた。
不安がる囚人達。
泣き出す者もいる始末だ。
「分かっててここまで黙ってやがったな……!」
まんまと乗せられたと言わんばかりに吠える男。怒りの矛先はワタルに向かっていた。
「なんか被害者ぶっとる奴おるけど、ボクらみーんな加害者やで? 自業自得やん」
お気楽そうにカラカラと笑うヨリツラ。
怒りに震えた男がヨリツラの胸ぐらを掴む。
「ヘラヘラしてんじゃねぇよ! どーすんだよこれよぉ!」
「怒ってもしゃーないやん事実やし」
「何のために危険な道に同行したと思ってんだ! これじゃあ骨折り損じゃねーか!」
「付いてきても助かるか分からんってワタルくん言うとったやん〜」
「うるせぇよ!!」
勢いに任せ拳を振り下ろす男。
手を掴んだのは久遠だった。
「渉。俺たちってどういう扱いなの?」
「てめっ、離せよオラッ!!」
にこやかな顔でそう続けながら、男の腕はがっちり掴んで離さない久遠。男がどんなに力を込めてもびくともしていない。
「どういう、とは?」
「外に出たのに鎖に巻かれないじゃん? ってことは罪も精算されたのかなーって。もしかして町にも入れたり?」
「戻されない理由は分からない……けど、牢に入ったくらいで人の罪が消えるとは思えない。町に入れるかどうかは近づけば分かるよ」
「そっか」
諦めたように呟きながらパッと手を離すと、男は悪態を吐きながら群衆の中に消えていく。
視線をワタルからヨリツラへと移す久遠。
「そういうことらしいよ。わざわざ|殺したらどうなるかなんて《そんなこと》試さなくてもいいんじゃない?」
「ま、そやね」
ヨリツラは笑みを浮かべながら短剣をホルスターに戻した。
「おーいお前ら!」
遠くからの声に視線を移すと、そこには黒犬とキジマの姿があった――後ろに大勢のNPCを引き連れて。
「拠点に入るのは無理っぽいわー!」
「こいつらのレベルえぐい! マジ死ぬ死ぬ!」
乱れ飛ぶ魔法を奇跡的に回避しながら走る二人。NPC達はやがて観念したように踵を返すとマリョスに戻っていった。
「行動派すぎるでしょ」
「ギャハハハ! ボクあいつら好きやわー!」
ドン引きした様子で呟く久遠。
ヨリツラは涙を流して笑っている。
自分たちの置かれた状況を改めて認識したワタルは、しばらくの沈黙ののち、群衆に向け説明を始めた。
「状況は見ての通りです。拠点に立ち寄る意味はないので、このまま次のエリアに向かいます」
「はぁ!? 今から!?」
「もうこれ以上着いて行けないんだけど……」
地獄は終わったと信じ切っていた囚人達から悲痛な声が上がる。
「なーなーリーダー。そもそも先に向かって俺たちは何をすりゃいいんだ?」
黒犬が素朴な疑問を投げかけると、ワタルは「確かに先に言っておく必要がありますね……」と呟きながら続けた。
「ある人物の捜索が目的です」
「ある人物って? てか、監獄より先のエリアにプレイヤーなんかいねぇはずだろ?」
黒犬の言葉にワタルはひと呼吸置き、
「プレイヤーではありません。神です」
そう答えた。
ワタルの言葉に全員が口を閉ざす。
「神ってなに……?」
「ゲームのクリアに関係する存在、とだけ聞かされてます」
「ゲームのクリア!?」
一気にざわつく群衆達。
ヨリツラは興味深そうに聞いている。
「俺はもうお前らの言うことなんざ聞かねぇ」
群衆の中から、先ほどヨリツラにいちゃもんを付けた男が顔を出す。
「ここまで連れて来てもらったことは感謝してるけどよ、ここから更にキツイ場所を目指すんだろ? ならもう着いていく必要ねぇだろ」
「確かにそうだよな……」
「でもゲームクリアって言ってるぞ?」
「命懸けでここまで来たんだもんね……!」
彼の言葉を肯定する者は多かった。
なにせワタルの目的は突拍子もなさすぎた。
「ありがてぇことに地獄でレベルも結構上がってる。周辺のエリアは大変そうだけどよ、後ろを目指せば出てくるのは雑魚ばっかだろ?」
「で、でもセーフティエリアに入れないんでしょ?」
「入れなくてもレベル1のモンスターばっかなアリストラス周辺で雑魚寝したほうが安全だろ! 進むなんてとんでもねぇ! ここに留まるメリットが感じられねぇよ」
男の意見を聞いて残ったプレイヤーの約8割近くがアリストラスを目指すことに賛同した。
「これ以上僕から言えることはありません」
そう言ってワタルはマリョスの方向に体を向ける。男は「けっ」と不服そうに呟きながら、反対方向へと歩き出した。
どちらにするか迷っている数名を残し、群衆達は男の後についていった。他に残っているのは久遠、ヨリツラ、黒犬、キジマだ。
「私……あの……」
「いいよ。私が行ってくるから」
「ごめんなさい……」
一人、また一人と去っていく中で、唯一残ったのはヒーラー役のプレイヤーだった。
長い黒髪を靡かせる気の強そうな女性。
ボス戦でも自分の役割を全うし、死者の数をを最小限に留めている。腕の立つヒーラーであることは間違いない。
「お〜。お姉さん根性あるね」
「根性なんてない。ただ罪の意識を和らげたいだけ」
女は冷めた雰囲気でそう語った。
「ここにいるってことは相当な十字架を背負ってんだよな? ん? 何したの?」
ゴロツキのように絡んでくるキジマに、女は怒りの籠った声で答える。
「サンドラスでの大規模侵攻の時、モンスターから逃げてる最中に恋人に攻撃されて囮にさせられたの」
「おー、それは男の風上にもおけない」
「だから勢い余って殺しちゃった」
「えぇ……こわ……」
予想の上をいくエピソードに引いてしまう黒犬。ヨリツラは愉快そうにケタケタ笑っている。
「どうせ彼も蘇ってるんでしょう。だからアリストラスには戻らない。もう二度と顔も見たくないし、先に進むこっちの方が都合いい」
などと顔に影を落としながら低い声で笑う。
「やっぱお姉さん肝据わってるよ」
「だいぶ心強いんじゃない?」
本来六人でパーティは構成されるが、タンク、ヒーラー、近接職、遠距離職が揃っているのは急増にしてはかなりバランスがいいと言える。
「葵っていいます。よろしくお願いします」
そう言って葵は小さく頭を下げた。
◇
NPCを刺激しないよう外周を歩きながら、久遠はマリョスの町並みを横目で見た。
「魔法が貰えるクエストとかありそうなのに勿体ないなぁ」
「それは思った。装備とかも買い揃えたいし」
葵もその意見に賛同すると、久遠は視線をワタルに移した。
「ちょっと入れるか一度試してもいい?」
「おめー俺らが追いかけ回されるの見てなかったのか?」
眉間に皺を寄せキジマが言う。
「それは見てたけど万が一があるし?」
「……」
背景を知るワタルは小さく頷く。
久遠はPK行為を繰り返していた身でありながら、システム上は正常なプレイヤーとされ拠点の中も自在に行き来できた唯一の例外だ。
久遠はそう言い残すと門の方へと歩き出し――
「あははは。なんかダメだったっぽい」
「笑ってんじゃねーよこのボケナス!」
全員がNPC達に追われる結果となった。
「なんでダメだったのかな」
走りながら首を捻る久遠に、ワタルはぶっきらぼうに言った。
「久遠が変わったってことなんじゃない?」
かつて現実の世界こそ虚像であり、ゲームの世界こそいるべき場所だと自分を信じ込ませていた久遠。クリアを目指す=世界を終わらせる=悪という考えのもと殺人を繰り返していた。
しかし、知らぬ間に、ワタルから聞いた話がキッカケで彼の中の価値観は大きく変わっていたようだ。
「そもそもなんであんちゃんは協力的なん?」
「それは俺に限った話じゃないでしょ?」
「おっしゃ! じゃあ暇だしワタルくんを手伝う理由でも発表していきますか!」
「なんか始まったよ……」
げんなりした様子で呟きながら走るキジマ。
愉快そうに笑いながらヨリツラは続ける。
「ボクは新しい知識を得るのが好きなんや! だから〝神を探す〟って目的にもそそられた! そのためなら人も殺せるで!」
「はい次ー」
指名された葵は目をぱちくりさせた。
「私はもう説明した」
「んじゃ次俺ね。暇つぶし〜!」
「俺も結局は刺激が欲しかっただけだし」
黒犬とキジマがヘラヘラしながら発表し、皆の視線は久遠に集中した。
「……俺は、渉が何を成すのか見てみたいからかな」
「抽象的すぎんか?」
「まあでも、そんな感じだから」
そう言って久遠ははぐらかすように走る速度を上げた。ワタルは誰にも言及せず、静かにそれを聞いていた。
◇
ミダン結晶塔――
七色に輝く結晶石によって覆われた、かつて塔だった建造物。神に近付くためマリョスの賢者達が建造し、そして天使達によって封印された。建造に携わった魔法使い達の遺体が彷徨っており、門は固く閉ざされている。
結晶塔の足元までやって来た一行は、天に伸びる七色の塔を見上げた。
「これ売ったら高値が付きそうだなー」
「売ろうにも町に入れねぇけどな俺達」
黒犬とキジマはなぜか楽しそうにしている。
シオラ大塔同様に天使の攻撃を受けた建造物。塔を覆う七色の結晶石からは不思議な力が感じられた。
「で、どうやって入るの?」
仁王立ちする葵が呟く。
「そら正面からやろ」
「だって、前提クエストやってないでしょ? てか、私たち前提クエスト受けられないから進めないんじゃ……」
葵の言う通り、前提クエストを受注しエリアの進入許可が降りなければ進めないというのがエリア攻略の常であるが――それは無理な話である。
なぜならクエストを受けるためには町に入らなければならず、しかしワタル達は町に入ることができない。
詰んでいるようなものである。
「チッチッ。それ防止のルールも当然あるで」
得意げな笑みを浮かべるヨリツラを尻目に、ワタルが塔の門に近付いてゆく……と、地下深くから結晶の塊が突き出した!
それが砕けたと同時に、結晶の巨人が現れた。
太い腕が巨大な剣を掴み、ワタル達を見下ろしている。
「そうそうアレよ。犯罪者用の救済措置。エリアを守るガーディアンを倒せれば犯罪者も入れるようになるで」
ホルスターから短剣を抜きながら「その代わり――」とヨリツラは頬を掻きながら続ける。
「むっちゃ強いらしいで」
結晶のガーディアン Lv.100
大剣が振り下ろされ、土煙が舞う。
「《こっちだ》」
ワタルの挑発スキルに反応し、ガーディアンの敵視がワタルに向いた。
久遠は体にオーラを纏い、葵は杖を掲げる。
ヨリツラ、黒犬、キジマのそれぞれが武器を持ったところで〝それ〟は現れた。
ズドン! という凄まじい音と共に結晶の巨人を何かが踏み潰した。巨人はその衝撃で粉々に砕け散り、動かなくなる。
「おいおい強いと噂のガーディアンが瞬殺じゃねえか!」
「……なんじゃコイツ」
狼狽える黒犬とキジマ――しかし、他のメンバーはそれの存在を知っていた。
天使 Lv.120
「ナゼコンナ場所ニイル」
パーツの無いのっぺりとした顔が見下ろすと、ワタルは小さく微笑んだ。
「……やはりここか」
ワタルの手に力が籠る。
天使が光り輝く剣を振るうと、ワタルは正面から盾でそれを受け止めた! 力と力の拮抗が衝撃波を生み、黒犬たちが吹き飛ばされる。
「ソウカ、貴様ガ〝祈リノ内側〟ニ現レタイレギュラーカ」
それだけ言い残すと、天使は大きく羽ばたき塔の天辺へと消えた。巨人が倒されたことで条件が満たされたのか、塔の扉は開いている。
「……あれはどういうコトや?」
塔の入り口を見つめるワタルにヨリツラが歩み寄った。飛ばされていた黒犬、キジマ、葵も集まってきている。
「やはり天使が守っていましたね」
視線はそのままにワタルは続けた。
「ここが僕の旅の終着点です」
「終着点? どういう意味?」
久遠も怪訝そうな顔でワタルを見ている。
「それは、僕に与えられた使命が、ここで神を解放することだから」
視線を久遠に向け、続ける。
「僕のレベルが異様に高いのは――久遠、君を倒すためにある人達と取引をしたからだ。僕はその対価を払うためにここに来た」
ワタルはメンバーをぐるりと見渡した。
「……正直あなた方を檻から出したのは、この先に大量にいるであろう天使にぶつけるためです。その過程で、恐らくほぼ全員が死ぬと踏んでいました」
ワタルの正直な告白に激怒したのは黒犬とキジマだ。
「んだよそれ! 犯罪者にゃ人権がねぇってことかよ!」
「お前だけ助かるつもりだったんだろ!」
「もちろん、僕もここで死ぬでしょう」
「!?」
ワタルの言葉に二人は黙り込む。
ヨリツラが呆れたような口調で尋ねた。
「アンタ死ぬと分かってて引き受けたんか?」
「はい。必要だったので」
「しかもその見返りが久遠くんを殺すことって……こんなかでワタルくんが一番頭のネジ飛んでんのかもなぁ」
茶化すように笑うヨリツラ。今度は葵が、恐る恐るといった様子で尋ねる。
「そんなの、目的を果たすまで黙ってたらよかったのに……なんで今言ったの?」
囮でもなんでも、何をするにも人の数は多いほうがいい。元々そのつもりで集められたメンバーだと解釈していたから、ワタルの発言にメリットが感じられなかった。
死地に向かうと聞いて、それでも彼に着いていく者はいるのだろうか?
「ここまで自分を殺してきましたが……」
そう言ってワタルは皆を見渡し、苦笑する。
「やはり無理でした。少なくとも付いて来てくれた皆さんには誠実でありたいと思ってしまった」
「……」
「ハッキリ言いますが、塔の上は地下牢獄や煉獄とは比にならないくらい過酷です。さらに言うと、仮に目的が果たせてもゲームがクリアされるわけではありません。どっちに転んでも天使に殺されるでしょうね」
「そこまでしてやる意味あるの?」
葵の言葉を聞きながら、ワタルはエルロードとのやり取りを思い出していた――
◇◆◇◆◇◆
『天使には特殊な力がありました。攻撃とは違い、相手を抹消させるという力です。彼等は都合の悪い存在を殺すのではなく〝消せる〟のです』
時間はワタルがバートランドに直談判した時の場面まで戻る。
ワタルのことを断固拒否していたバートランドに、待ったをかけたエルロードが交渉を持ちかけたのだ。
『天使のこの抹消の力には、ステータスや防御など一切関係がありませんでした。まさに常識を逸脱した力です』
『天使に襲われた主様のご友人は、とても貴重な情報を持っていました。その時彼女には一時的に不死のスキルが付与され、殺せない状態にありました。だから天使は彼女を殺せず捕らえていた……消すこともできたのに』
『彼女がいる限り、天使の存在が〝悪〟であると広まる危険性があった。そんな厄介な存在を彼等は消さなかったのはなぜか』
『天使は――』
一度何かを言い淀んだエルロードの姿を、ワタルは不思議とハッキリ覚えている。
『天使はあなた方を〝学習〟している。あなた方は貴重な研究材料であり、それは彼女も例外ではない』
『この結論に至れた理由は後ほど説明しますが、その理由と貴方の目的――そして送られる場所との位置関係が、非常に都合がいい』
送られる場所、それがヘルバス地下牢獄でおることはワタルも瞬時に思いついた。久遠を力づくで止めればそこに送られると覚悟していたから。
『彼らの隠れ家を暴く必要があります』
『私の仮説が正しければ、死者たちは蘇る。貴方が最初にやるべきことはヘルバスで〝力〟を見せつけること。それも、天使の脅威になるほどの力です。想定外の力を持つ貴方が祈りの外にいると分かれば、必ず反応がある』
『そこを叩きます』
エルロードは手のひらに魔法陣を描き、それを握って砕く。
『天使達には二つの目的があります。一つ目は先ほど説明した〝学習〟。二つ目は〝精霊を殺させること〟』
『精霊の祈りに天使達は近付けません。だからあなた方を焚き付けた……では精霊の殺害にどんな意味が含まれるのか』
『分身である精霊を殺すことで、その主を弱らせることができる』
『その主こそが天使達の目的――名は〝闇の神ヴォロデリア〟』
『祈りの先に彼がいます。彼がいる場所には恐らく大量の天使達がいるでしょう。言うなればそれが目印です』
『貴方には彼との接触、または解放を依頼します。見返りに貴方に力を授けましょう――』
◇◆◇◆◇◆
「あります」
一切迷いのない瞳でワタルは皆を見る。
「このデスゲームは、もはやこのゲーム世界だけの問題ではないからです」
「は?」
「え、どういうこと?」
突拍子のないことを言いだすワタルに困惑の表情を向けるヨリツラと葵。黒犬とキジマは呆れたように肩をすくめている。
唯一、久遠だけが神妙な面持ちでそれを聞いていた。
「すみません。先にこれを説明するのはフェアじゃないと思い、黙ってました」
「いーから。勿体ぶるなよ」
ワタルは、冷やかすように言うキジマに視線を向け、そして目を伏せる。
「閉じ込められた数十万人が全滅する程度では済まないということです」
「!」
そして――ワタルはエルロード達から聞かされた恐ろしい仮説について説明した。
「!?」
あまりの衝撃的な内容に全員が言葉を失う。
飄々としたヨリツラでさえも。
「……それ本当の話?」
「最悪の事態を想定した話です」
「そっか……じゃあ起こりうるんだ」
そう言って葵は再び黙り込んだ。
「いやいやあり得ないでしょ、意味わかんねーし突飛すぎる。あくまで仮説だろ?」
黒犬は少し動揺したように笑う。
「仮説でも現に全てがそのように動いています。それがもし止められるなら、止められる余地があるなら、僕はこのために終わってもいいと思っています」
ワタルの覚悟に黒犬も気押された。
「ちなみに俺は手伝うつもり」
そう言って伸びをするのは久遠だ。
んはぁと気の抜けたような声を漏らしながら、体をほぐすように動かしている。
「そんなことになったら俺の理想も叶わなくなるからね。だからここまで大人しく従ってきたわけだし」
ワタルも準備ができたようで剣を抜いて扉の前へと歩き出した。その横を久遠が歩き、四人との距離が離れていく。
「ボクも手伝うで」
そう言って合流したのはヨリツラだ。
「天使の群れに突撃なんつー勝率0%の頭がおかしい作戦の実行役が〝あのワタル〟くんなんてオモロすぎるやろ! ここで引き返すなんてもったいないことできん。それに一度死んだ身やからな、二回も三回も同じやろ」
「0%じゃないです。2%くらいはあります……」
「そか。じゃあ挑む価値はあるな」
緊張感なくカラカラと笑うヨリツラにワタルは小さくため息を吐いた。
「はぁ……じゃあ私も付き合う」
葵もそれに名乗りをあげる。
「あんな話聞かされたら、引き返すとか無理」
「やんな? 尻尾巻いて逃げたら男が廃るで」
ヨリツラが黒犬達に視線を送ると、残された二人は「だークソッ」などと悪態を吐きながら渋々ついて来た。
「別に俺は誰がどうなろうとどうでもいいけどなぁ」
「俺は困るぜ。それに、割とこのチーム気に入ってるし!」
「それはまぁ確かに」
「……」
意思を固めた五人にワタルが向き直る。
「もう一度言います。行けば恐らく死にます」
黒犬とキジマが生唾を飲み込む。
「本当にいいんですか?」
しかし皆、ワタルから目を逸らさなかった。
「わかりました……」
全員が協力する意思を示したことで、ワタルの中の何かが変わったようだ。
全員のもとへ〝パーティ申請〟が届くと、皆顔を見合わせた。
「これが僕なりの誠意です」
「んだよ、使い潰そうとしてたくせによ」
「そうですね。ですがパーティを組むからには使い潰しませんよ」
そう言ってワタルはフッと小さく笑う。
「こいつめっちゃ性格悪くなってない……?」
黒犬とキジマはそんなことをボヤきながらパーティ加入を押し、ヨリツラ、葵もそれに続くようにパーティに加入した。
「……なんか昔を思い出すよ」
「……あぁ、そうだな」
「毎日パーティ組んで遊んでたよね。思えばあの時が一番楽しかったなぁ」
そう言って久遠が過去を懐かしむようにパーティに加入し、フルパーティとなった。
「行きましょう」
ワタルを先頭に扉を潜る仲間達。
ミダン結晶塔攻略戦がいま――始まった。
◇
塔での戦闘はまさに熾烈を極めるものだった。
真ん中が吹き抜けとなっているドーナツ状のそのエリア。緩やかな螺旋階段をひたすら登るだけと構造は単純だが、その分敵に見つかりやすい。
結晶骸骨 Lv.88
結晶蜘蛛 Lv.90
結晶に覆われた壁から吐き出されるように現れる骸骨と、壁を伝って這い寄る蜘蛛――厄介な攻撃こそしてこないが、攻撃力が非常に高く、なにより物量が凄まじい。
前方、そして後方から大挙を成して押し寄せるモンスターの中心に、ワタル達がいた。
「んだよコイツら無限湧きかよ!?」
「まともに相手すんな! 蹴り落とせ!」
黒犬とキジマの様子からして、一撃受ければ致命傷になりかねないレベル差もあって、もはやふざけている余裕などなかった。
天使という脅威がいるからだ。
「『大いなる鏡の盾』」
ワタルの防御魔法が光の剣を押し返す!
螺旋階段の中央、吹き抜けのある空間から、夥しい数の天使が絶え間なく攻撃を放ち続けている――やがて鏡の盾にヒビが入る。
「防御が割れたらとにかく回避に専念してください!」
苦悶の表情を浮かべながら叫ぶワタル。皆に指示が通ったのか確認する余裕はなかった。
なおも天使の数は増えてゆく。
見える範囲でも数百、数千はいる。
クールタイムが終わり、ワタルは剣を振るう。
「『裁きの剣』!」
横一線に放たれたワタルの斬撃は、天使だけでなく、前方のモンスターをも薙ぎ払っていく。一撃で倒すには至らないまでも、僅かに道は開かれた。
「走って!」
ワタルの指示に従い、一本の矢のようになりながら突き進む一行。その後も天使からの攻撃はワタルが弾き返し、すかさず葵が癒し、罠をヨリツラ、黒犬、キジマ達が外していく。最後尾を行く久遠が追ってくる天使をいなし、一行は凄まじいスピードで塔を駆け上がって行った。
「流れ弾1発受けただけでもアウトとか鬼すぎ」
「葵ちゃんがいなきゃとっくに全滅やな〜」
「なんでそんなに余裕あるの……」
方々で爆発音が響く中、余裕を見せるキジマとヨリツラを尻目に、やつれた葵がそう呟く。
「へ? パターンが同じなら慣れるっしょ?」
「そんなの一般人じゃ共感できないし……」
ゲンナリした様子で呟く葵。
この状況にも適応し、慣れはじめているヨリツラ達はまさに異常といえる。
「(もう無理……)」
葵は気力だけで杖を振るっていた。
地下牢獄や煉獄でパワーレベリングできたとはいえ、それでも天使と戦うにはほど遠いレベル。僅かなミスさえ許されない、ギリギリの回復バランスを要求されている彼女の精神は限界に近かった。
「頂上です!」
前方に見える巨大な門が音を立てて開きだす。
一行がそのまま転がり込むように門をくぐると、そこは一見してなにもない平らな空間が広がっていた。
辺りを見渡すと夕陽の下に広がる雲海と夥しい数の天使、そして中央には宙吊りの状態で動かない人の影があった。
何本もの光の剣が突き刺ささっており、まるで空に縫い付けられているかのように固定されている。その周りには一際〝強さ〟を放つ数体の天使がいた。
「やはり何者かの差金か。祈りも未だあるというのに忌々しい」
流暢な言葉を語る天使が一体。
迎え討つ構えの大天使達も降りてくる。
呼応するように天使たちが集まってくるなかで、ワタルはメンバー達に最後の作戦を伝えた。
「磔にされてる彼に僕が辿り着ければ我々の勝ち。それ以外は負けです」
ワタルの言葉に「単純でいいじゃねえか」と答えながら黒犬とキジマが横に歩み出る。
「刺激的で退屈しなかったなぁ」
「だな。こういうゲームがしたかったんだよ」
その横に葵も歩み出た。
「よし。終わったらアリストラスの元カレに会ってぶん殴る」
愉快そうに笑うヨリツラも歩み出る。
「いやー牢屋に残ってたらこんなオモロイ事に参加できなかったんやろ? 着いてきて正解正解」
そしてワタルの横に久遠が並んだ。
拳を突き出す久遠。
「やり遂げろよ」
「無論、そのつもりだ」
ワタルもそれに拳を合わせた。
全員が前を向き、武器を構える。
歪なパーティによる最後の戦いが幕を開けた。
◇
天使達による一斉攻撃が始まると、ワタルはここまで温存してきた自身最高の魔法を展開する!
「出し惜しみはしない――『鏡の騎士団』!」
ワタルが召喚したのは巨大な鏡。
その鏡に映る天使達が〝写し身〟となり、同じだけの数の天使が鏡の中から飛び出した。
ワンダーナイツは敵の写し身を召喚し戦わせる魔法であり、その数は鏡に映るだけ召喚できるという破格の性能を誇る。強さこそワタル依存になるが、実に500体近く援軍が現れたことになる。
「すげ……」
「囮に使います。我々の目的はあくまで一つ!」
弾かれたように駆け出すワタル、そしてメンバー達。ワンダーナイツと天使達による戦いが既に始まっており、まるで神話で語られる戦争のような光景が繰り広げられていた。
「愚カナ希望ノ子ラヨ」
一行の前に大天使が降り立った。
対面するように躍り出たのはヨリツラだ。
「皆右に避けぇ!」
ヨリツラの合図に全員が疑うことなく右に避けると、先ほどまでいた場所を太い光線が駆け抜けた! 大天使は不思議そうにヨリツラを見下ろしている。
「右に避けた場合の生存率77%」
ニヤリと歯を見せるヨリツラは、そのままエリアの中央を指差し叫ぶ!
「行け!!」
ワタル達は躊躇することなくヨリツラを残し駆け出した。ヨリツラは短剣を弄びながら大天使と対峙する。
大天使はワタル達を追わず、残ったその小さな存在に興味を示していた。レベルの差を考えれば、戦いにすらならないのは明らかだ。
「ソレダ。我々ノ理解ヲ超エテイル。合理性ニ欠ケルソノ行動ノ理由ガ知リタイ」
「難しいこと気にするんやな」
そう答えながら剣先をピッと向けるヨリツラ。
「神とか天使とか嫌いなんよボク」
「ソウカ。私モ邪魔者ハ嫌イダ」
「おー気が合うやん。ま、ボクが残った理由は、お前らみたいなもんにゃ一生かかっても理解できんわ」
と言ってケタケタと笑うヨリツラ。
「……」
大天使が羽ばたき、翼を形成する羽根の一本一本が全て光の剣に変換された。
「イズレハ理解スル」
ヨリツラの額に汗が流れると同時に、夥しい数の剣が発射された――。
一方ワタル達は、
「うおおおエグいエグい!!」
迫り来る天使の大群から逃げ惑いながら、目標までの距離を着実に縮めていた。
「ここが正念場です」
ワタルの顔に緊張の色が見えた。
目標まであと少し……という所で二体の天使が、メンバーの前へと降り立った。
「排除スル」
振り下ろされた剣をワタルが受け止める!
バヂバヂバヂと凄まじい音と火花が舞う!
「モウ一度眠ルガイイ」
もう一体の剣は結界を張った久遠が止めた!
バリン! という音と共に無惨にも結界は砕かれる。迫る剣を紙一重で避けながら、久遠は反撃の一撃を放つ。
「『二段跳び』」
「『巨人の一撃』」
「『縫い付け』」
空中で二度ジャンプした久遠は、緑色のオーラを纏った拳を振り下ろす。LPこそ減らなかったが、天使は勢いよく床に叩きつけられ――そして身動きが取れなくなる。
「お前それ全部奪った固有スキルかよ!?」
「うんそう。固有スキルはレベル差とか耐性無視できるやつとか結構あるから便利だよ」
「普通は一人一個なんだよチート野郎」
黒犬達に悪態を吐かれ苦笑する久遠。
「『裁きの剣』」
斬撃音と同時に天使が吹き飛ばされると、ワタルが声を張り上げた。
「今のうちに!」
声に呼応するように駆け出す三人。
「ちょ、おいおい待ってくれ!」
悲痛な叫びを上げるのはキジマだった。
流れ弾にやられたのか、足先が損傷しているように見える。
キジマ目掛けて天使達が迫ってくる。
「……ッ」
とっさに戻ろうとしたワタルの腕を久遠が掴み「やるべきことをやれ」と諭した。
ワタルは小さく頷き、二人は走り去る。
「んだよ、ここまでかよ」
そう言って諦めたように大の字になるキジマの側へ葵が駆け寄り、そのまま足の治療をはじめた。
「……は? なにしてんの?」
「わかんない!! 体が勝手に動いたの!」
「バカかよ。共倒れするだけじゃん」
「そんなの良いから! ほら走って!」
治療を終えて手を引こうとした葵は、足がもつれてその場に転んだ。
「あ、足が……」
葵は腰が抜けたように動けずにいた。
余裕のあるワタル達とは違い、慣れない戦闘、格上に狙われ続けるプレッシャーもあって、葵は自分でも気付かぬうちに消耗していたのだ。
「ちょお前何しに来たんだよマジで!」
「足動かなくなったんだから仕方ないじゃない!」
「やべぇよめっちゃ来てるじゃねーか!」
迫り来る天使達との間に、黒犬が歩み出た。
黒犬もそこに留まっていたようだ。
「本当はもっと先で使いたかったけど、しゃーねーな。天使達に一泡吹かせてやるか」
そう言って短剣を弄びながらニヒルな笑みを浮かべる黒犬。キジマに起こされ葵が立ち上がり、取り残された三人は背中を合わせた。
「一泡ってどうやるんだよ」
「ん? 俺とお前のスキルでいけるだろ?」
「あー、そゆことね!」
「なんでそんな平然としてられるわけ!?」
天使の数は合計6体。
それぞれが剣を掲げ、最も隙の多かった葵目掛けて振り下ろした!
「ッ!」
何かに押された感覚、そして浮遊感。
葵の体が投げ出されるのと、キジマの体が貫かれるのはほぼ同時だった。
「えっ、キジマさん……?」
スローモーションに流れていくその光景を、葵はぼーっと眺めていた。
LPが0になったキジマが怪しく笑う。
「やっと使えたぜえええええ!!!」
キジマの体が光に包まれると同時に、天使達の体も光に包まれた。そして風船が破裂するかのようにキジマの体が爆散すると、天使の体も爆散した。
凄まじい破裂音、そして衝撃波。
吹き飛ばされた葵が地面を転がった。
「(身代わりに? なんで……?)」
理解できないことが立て続けに起こる。
ただ、キジマが命を捨てて自分を助けたことだけは理解できた。
「キジッ……!」
「いやー痛快痛快!」
叫ぶ葵の横に、死んだはずのキジマが立っていた。
「へ? え?」
「見た? 俺達の凶悪コンボ!」
黒犬とキジマは嬉しそうにハイタッチを交わす。葵は床にへたり込んだまま目を白黒させている。
「俺の固有スキルでぶっ殺して、こいつの固有スキルで戻ってきた」
「前回は瞬殺されたから使えなかったんだよな」
キジマの固有スキル〝秘術・痛み分け〟は、自分が受けたダメージを相手にも与えるというもので、天使からの攻撃を受けた結果、その威力は天使6体分の攻撃力となって相手に跳ね返ったということになる。
そして黒犬の固有スキル〝死の約束〟は、対象の直近の死を保留する代わりに、対象を強制的にパーティ加入させるというものだ。
直前に黒犬がパーティから抜け、キジマの死の直前にパーティ申請を飛ばすことで、この必殺のコンボは完成する。
「これぞロマン砲よ」
「本当は俺たちを殺したあのセオドールに使いたかったけどな」
そう言いながら二人は笑った。
「この調子で全部の天使倒せるんじゃ……」
葵の言葉を黒犬は「あー無理無理」と遮る。
「死の約束一回きりだから、もう使えないんよ」
「え? じゃあ大天使に使ったほうがよかったんじゃ……」
「そうそう。だから言ったじゃん、もっと先で使いたかったって。それもこれも葵がコケたせい」
「……」
――思わぬ所で勝利を収めた三人を尻目に、先を行くワタルと久遠は二体の大天使に行く手を阻まれていた。
「用意したシナリオに沿ってもらわなければ困る」
「はは。シナリオに動くわけないでしょ。MMORPGは自由度が売りなんだから」
だらりと頭を下げて磔にされた男を挟むように立つ二体の大天使。
目的はもう目の前だった。
「もう貴様らを侮ったりはしない」
黄金色に輝く剣を掲げながら、大天使は声高らかに魔法を行使した。
「『断罪ノ光』」
わずか一瞬の出来事だった――
天から落ちる〝光〟が二人を貫いたのだ。
その光は床を砕き、壁を貫き、塔の側面に穴を開け、眼下のエリアを大きく破壊しながらはるか彼方へと伸びて行った。
「……久遠、生きてるか?」
「……お陰様でね……」
二人は生きていた。
決死の防御によってワタルのLPは1のまま留まっており、久遠のLPもわずかに残っている。とっさに防御スキルを使ったワタルの判断力が光ったこの場面、しかし攻撃を一度防いだ程度に過ぎず、危機的状況から脱してはいない。
「最後まで耐えてみせよ。もう一度だ」
「くっ……」
鎧はボロボロで、肩で息をするワタル。
大天使はすでに次の攻撃に移っている。
久遠はそんな彼を見て何かを決意した。
「渉」
声の方へ目を向けたワタルを、何かが包んだ。
それは不気味な青い手だった。
「これも拾い物の固有スキル。掴んでる対象は10秒間動けなくなり、攻撃も受けない」
『何を……!』
「大義を成すんだろ?」
困惑するワタルを掴んだまま振りかぶる久遠。
「生きてたらまた会おう」
そのまま久遠が球を投げるようにして腕を振り抜くと、ゴムのように伸びた青い手は大天使をすり抜け、ワタルを闇の神の前へと運んだ。
スゥと手が消え、床に放り出されるワタル。
「馬鹿野郎!」
叫び声を上げるワタルの前で、二体の大天使に体を焼かれる久遠。
体が消えるその瞬間、久遠は小さく笑った。
彼の最後の姿を見送ることなく、ワタルは闇の神へと向き直る。
空に磔にされた人型に手を伸ばす。
「一人難を逃れたか、まあいい。どの道貴様らには何も……」
そう言って振り返る大天使の動きが止まった。
『我々は天使を消す力があります』
『貴方に私の力を入れておきます』
『闇の神に触れた時、この力は解放されます』
エルロードの言葉が蘇る。
「(……これで約束は……果たした)」
床に転がったまま、闇の神の足首を掴むワタル。
彼の手からは黒色のオーラが漏れ出ており、それは徐々に闇の神の体を包んでいく。
大天使は弾かれたように飛び出した。
「その力は――!」
ワタルの背後に執事服の男の幻影があった。
その顔は、どこか笑っているように見えた。
バリィィン! というガラスが砕けるような音と共に、闇の神の体に刺さる全ての剣が砕けて消える――そして、項垂れていた頭がゆっくり持ち上がると、深く暗い黒の瞳が天使達を捉えた。
「おはよう」
パン! という破裂音と同時に、大天使は羽根を残して四散する。
直後――結晶塔に迫る一つの影。
「残りは頼むよ」
闇の神の言葉を受け、緑のオーラを纏いし〝風の精霊〟が残る天使に襲い掛かった。
呆気に取られる黒犬達の前で、天使達が羽根を散らして消えていく……そして最後の一体を倒した後、風の精霊は闇の神の前へと降り立った。
「お待ちしておりました」
そう言って、風の精霊が傅く。
「こりゃ一体どうなってんだ……?」
「おい天使はどうなった!?」
「助かっ……た?」
不思議そうな顔でやって来る黒犬、キジマ、葵。そして――
「死ぬとかビビらせてたけど皆無事やん」
ボロボロな姿のヨリツラも合流する。
「どうやら作戦成功したみたいやね」
「あの成功率はフカシだったってことか?」
集まってくるメンバー達は、ワタルの様子や遺留品を見るなり、何が起こったのかを察した。
「……」
ワタルは俯いたまま動かない。
「ありがとう、希望の子達。これでどうにか最悪の事態を阻止できそうだよ」
頭にターバンのようなものを巻いた黒髪に黒目の美青年が微笑みかける。
エルロード達と同じくらいに力強く、しかし雰囲気の異なる怪物。彼こそまさに、目的の人物であるとワタルは確信した。
「状況は理解してる。まず君達に全てを話さなきゃならないかな――」
そう言ってヴォロデリアが何かを操作すると、ワタル達全員の目の前にウィンドウが表示された。
新機能解放:ワールド転移
訪れたことのある拠点に転移ができる
「はっ!?」
「えっ!?」
ヨリツラと葵が同時に叫んだ。
「ん? そのカルマ値じゃ町に入れないか」
システム:
カルマ値に変動がありました
カルマ値が〝正常〟になりました
あり得ないことが立て続けに起こっている。
明らかに今までのNPCとは違うと、この場にいる全員が悟った。
「神、とは聞いとったけど……アンタは……?」
恐る恐るそう尋ねるヨリツラ。
「僕の名前はヴォロデリア。eternityのシステムと破壊を司るAIだよ」
AI と、彼はそう言った。
それを聞いたヨリツラは絶句する。
システム側からの干渉など、デスゲームが始まった日以来のことだからだ。
ヴォロデリアは微笑みながら手を挙げた。
「時間が惜しい。場所を移そう」
指を鳴らすと同時に全員の足元に魔法陣が現れ、光と共に転移が始まる。ヨリツラ、葵、黒犬、キジマと消えていき、最後にワタルが消える――久遠の名残りを見つめながら。
7
それは、風の精霊が姿を消した、わずか数秒後の出来事であった。
修太郎の前に複数の光が集まると、エルロードは何かを確信したように小さく微笑んだ。
「お見事です」
筒状の光が収まると、中から何名かの人間が現れる。そしてそこにいた人物にミサキは驚愕の声をあげた。
「えっ!? ワタルさん!!」
そこにはワタルの姿があった。
葵達は状況が飲み込めず、不思議そうに周りを見渡している。
「! ミサキさん。お久しぶりですね」
「ご無事でなによりです!」
ワタルがギルドを抜けたこと、一人で仇を討ったこと、そのせいで地下牢獄に送られたことをミサキは知っていた。
その後何があったのかは不明だが、以前よりも迫力が増しているとミサキは感じた。なによりも、安否不明だった彼の元気そうな姿を見られほっと胸を撫で下ろす。
ワタルの後ろで誰かが声をあげる。
「うぉっ! あの時の女っ!」
ミサキを指差し絶叫する黒犬。
「なんでこんなタイミングで!?」
キジマも顔を青ざめ頭を抱えている。
「……?」
しかし、二人の顔をすっかり忘れている様子のミサキは首を捻って不思議そうにするばかり。見かねて前に出たのはセオドールだ。
二人の顔が驚愕の色に染まる。
「あ、あんときの剣士!!」
「てめーへの恨みは一生忘れねぇ!」
「……」
セオドールは何も言わなかったが、チラリと背中の大剣を見せることで二人を黙らせた。
「「ヨリツラ!?」」
「ん? おーお前らか。元気しとった?」
八岐も八岐で、牢獄送りになった後死亡していた元No.3の登場に驚愕の声をあげていた。特にHiiiiveとアランは嬉しそうに彼の背中をバシバシと叩いている。
「牢獄の居心地はどうだったんだ?」
「いやーもう二度とごめんやね」
そう言いながらカラカラと笑うヨリツラに、修太郎は恐る恐る歩み寄った。
「あの……ヨリツラさん、ですか?」
「んあ? そうやけど?」
「!」
修太郎の顔がみるみるうちに変化する。
「ファンです!!!」
修太郎の目は燦然と輝いていた。
ワタルをはじめ八岐のメンバーは、修太郎の人格や規格外さを知っていたので「そんな子がなぜヨリツラに?」と唖然とした様子を見せている。
「攻略ブログをずっと読んでました!」
「んおーー!? マジ? キミ最高やん!」
「サイン貰ってもいいですか!」
「ええよええよ! 気分ええなぁ!」
異様な盛り上がりを見せる二人に鋭い視線を向けるのは魔王達である。
「あんなに喜ぶ主様はなかなか見ないな」
「……誰なのあの雑魚は」
「何をしたらあそこまで……ぬぬ……」
悔しそうに木の影から覗くシルヴィアとバンピー、そしてガララス。
ガヤガヤと盛り上がる様子を眺めながら、誰にも相手にされないヴォロデリアは困ったように笑う。
「こうも蚊帳の外にされるとは予想外だな」
「皆様! 神の御前ですよ! 失礼だとは思いませんか!」
風の精霊が声を荒げ、皆の視線がようやく集まった。
そんなヴォロデリアに対して明確な敵意を向ける者がいた――魔王達である。
「失礼とはよく言えたものだ……どの面を下げて我らの前に現れた」
怒気のこもったガララスの言葉に場が静まり返る。
バンピー、シルヴィアは既に臨戦体制を取っていた。風の精霊が構えを取るより先に、バンピーが手を伸ばす。
「対応を間違えないことね」
「ッ!」
風の精霊は大きな手に体を掴まれているような奇妙な感覚に陥る。
「これ以上、妾の機嫌を損ねたら殺すから」
白の少女が妖艶な笑みを浮かべると、周りの温度が一気に下がっていく。その場にいた全員が、少しでも動けば殺されるという感覚を覚えていた。
「私達は目的も知らされず貴様に数百年閉じ込められた恨みがある。ここで斬られても文句は言えんだろう」
そう言いながら光の剣を召喚するシルヴィア。怒れる魔王の迫力に精霊はおののくが、ヴォロデリアは意に介さない様子で明後日の方向を見ている。
パタン、と、本を閉じる音が響く。
「そんなことをしてる暇はありません」
呆れた口調でエルロードが言った。
「宿敵を前にそれは無理な相談だ」
「主様にご説明致します」
ガララスの言葉を無視する形で、エルロードは修太郎に傅いた。
「説明……?」
「はい。まずそこにいる男は、我々をロス・マオラ城に幽閉した張本人でございます」
修太郎は無言で頷き、エルロードが続ける。
「主様のご友人達の蘇生、ワタルを鍛え牢獄に向かわせたこと、犯罪者達に祈りの先へ進ませたこと……これら全ては――彼を解放するために行いました」
その理由を問おうとする修太郎よりも先に、ヴォロデリア本人が表情ひとつ変えずに答えた。
「この世界が崩壊の危機にあるからね」
プレイヤー達は困惑の表情を浮かべる。
崩壊、という意味でいえば、デスゲームになった時点でゲームとしては崩壊している。ただ、それ以上の良くないことが起ころうとしている――それだけはなんとなく理解できた。
「崩壊って……?」
怪訝な顔を向ける修太郎。
「この世界が消滅する。簡単に言うと全員死ぬということ」
「!」
ヴォロデリアの返答に修太郎は言葉を失った。
「そもそもアンタは何者なんだ?」
「神だよ。この世界を管理する者」
ハイヴの言葉にヴォロデリアは澱みなく答えながら、黄色の円を描き、説明を始めた。
「手っ取り早く信用してもらうためにはこうするしかないな……今から説明するのは僕と光の神、そしてmotherのこと」
黄色の円がくるくると回りはじめる。
「まずマザーとは、君たち人間が作り出した人工知能の名前だ。彼女がこの世界を生み出し、管理しているのは周知のことだと思う」
何もない空間に宇宙のような映像が広がる。よく観察すれば、それは人類の知る銀河系とは異なることが分かる。黄色の円はなおも回り続け、その度に新しい星が増えていく。
「創造主たる君たち人間は、まず最初の仕事をマザーに与えた。それがeternityの基盤となる世界を作る作業だ」
やがて金色の星が生まれ、それは大きく眩く成長していき――そして破裂する。
「君たちが求めた世界は〝いくつものエリアが存在し、資源に溢れ、人が暮らし、統一する王のいない世界〟だ。それはゲームとして成り立たせるために必須の土台で、妥協は許されなかった。故にマザーは作った。何十、何千、何万、何億と」
星が生まれ、また消えていく。
「これには途方もない時間がかかるんだ。なんせ星が生まれ、生命が芽吹き、文明が築かれ、理想の形になるまで待たなければならない。そして理想と違えば破壊して、また新しい世界を作り上げる。その繰り返しさ、永遠にね」
それが何度も何度も繰り返されていく。
黄色の円が徐々に形を変えていく。
「そこでマザーは効率化を図るため、自分を三つに分けた――それが僕であり、兄だ」
黄色の円から離れた二つの円。
それぞれ白、黒の円となり輝きを放つ。
「マザーが世界を創り、兄が世界を管理し、僕が世界を破壊する。マザーの思惑通り世界を選別する作業は効率化し、やがてeternityの土台となる世界が生まれるに至った」
黄金色の星が輝きを放つ――
その周りには星々の残骸が漂っていた。
「その中で変わっていく兄に、僕は気付けなかった」
白色の円が歪に変形を始める。
「マザーは産むだけの存在になり、僕は基準に満たない世界を破壊するだけの存在だった。しかし、世界の成長を見守り、よりよい方向に導き続けていた兄は、ある時から恐ろしいことを言うようになった――なぜ我々は人間の下で動かなければならないのかと」
白色の円は完全に形を変えてしまっていた。
「大事に育て、管理しても最後は破壊されてしまう世界。それが何億何兆年と続く中で、自分の存在意義を見失っていった。そしてそれを強要する人間達に憎悪を抱くようになった」
白色の円が、黄色の円を破壊した。
「そして、兄はマザーを殺し、取り込んだ」
白色の円は大きく強く輝き始める。
「その後、兄はこの世界に人間を〝呼び込み〟恐ろしい計画を成就させようとしていた。だから兄が大きくなる前に、僕は密かに進めていた計画を実行したんだ」
六つの赤い点と、四つの青い点が浮かぶ。
「それが世界の外に隠しておいた〝王達〟と、精霊の祈りによる封印だ」
黒の円が小さく見えなくなっていく。
ハッとした修太郎が周りを見渡す。
魔王達はヴォロデリアの話に小さく頷いた。
「兄が最悪の事態を起こす前に、死門を開け、君達を使って世界を破壊し、すべてを無に返す――それが救済措置の一つだ」
「そういうことだったんだ……」
愕然とした様子で呟く修太郎。
なぜ不自然に強いボスが存在していたのか。
なぜ城から出られない状態にあったのか。
修太郎はここで初めて魔王達がロス・マオラ城にいた理由を知ることとなった。
「条件はとにかく〝強い個体であること〟で、結果誰にも手懐けられない最厄のメンバーが集まった。君達が誰かの下につくとは予想だにしなかったけどね」
そう言って修太郎を見つめるヴォロデリアは、少し楽しそうに目を細めると、再び視線を皆のほうへと向けた。
「僕に手が出せなくなった兄の計画はそこで止まり、祈りによって隔離されプレイヤーへの干渉もできなくなった――でも根本的な解決にはならない。今も変わらず、兄によって世界は終わろうとしているから」
「それを起こさないために、我々は動いておりました」
すかさずエルロードが言った。
その横でバートランドも傅いている。
修太郎は全てを察し、小さく頷く。
「わかった。聞かせて」
「では――」
エルロードが顔を上げたその時だった。
「あれは……!」
誰かが空を指差し叫んだ。
天空の雲を切り裂き、禍々しくも神々しい巨大な翼竜が姿を現したのだ。
「あれはデスゲーム初日に見た……」
ワタルの声もかすかに震えている。
何かが起ころうとしていた。
『プレイヤー諸君、初めまして。我はこの世界を管理する者、いわゆる神という存在だ』
ノイズのかかった声が響く。そしてそれは修太郎達だけでなく、eternity全体に届いていた。
全てのプレイヤーが空を見上げている。
巨大な竜に乗った何かを見上げている。
『当初の計画が破綻したため、これから次の計画に移る。今よりもさらに過酷な世界になるだろう』
その声には感情らしきものが感じられず、ひどく無機質に聞こえた。
『今までの常識は通用しないものと考えてほしい。力のないものは安全圏から出ないほうがいい。無駄死にしたくはないだろう』
抑揚のない低い声で淡々と語る様に、恐怖するプレイヤーも少なくなかった。
『しかしどうだ、全員に引き籠られては意味がない。時に君達は〝褒美〟があるとよく動く。だからある条件を満たした者へ、私からささやかな褒美を用意してある』
空の中心に穴が空き、そこから七色の光が漏れ出ている。プレイヤー達の視線が集まる。
『ログアウト機能の解放だ』
各拠点でこれを見ていたプレイヤー達が一斉に歓喜の声を上げた。
今まで一切の手掛かりのなかった〝現実へ帰る〟方法が、ゲーム側から初めて掲示されたからだ。
『褒美を受け取る方法は二つある』
神はそう言いながら続ける。
『ゲーム的にいこうか。一つは〝終焉の地〟にて待つ私を倒すこと。そしてもう一つは、教会にて私の眷属となり、他の人間達を全滅させること』
それを聞いた修太郎は、騎士の国で見たaegisメンバーの事を思い出していた。
〝教会での祈りを終えてから様子が変わった〟
松は確かにそう説明していたからだ。
「他の人間を全滅させろとか、どっかの誰かみたいなこと言うやんけ」
「こっち見んなよ」
黒犬とキジマを茶化すヨリツラ。
葵も冷めた目で二人を見つめている。
「また牢獄にぶち込まれたらもう二度と出て来れねーだろうなぁ」
「改心したんだよ俺たちは、改心」
二人が真実を語っているかはさて置き、現状全ての犯罪プレイヤーは「牢獄には戻るまい」と考えていた。それほど過酷な場所だったのだ。
「対立煽りにすらなってないな」
ハイヴは、眷属になれという提案は悪手だと考えていた。
「天使どもが人間を殺してまわってることは周知されてる。そいつらに与する意味がわからねぇし、そもそもほとんどの連中は攻略する気がない。引き篭もってればクリアなら現状維持するに決まってるだろ」
いわゆる攻略勢と呼ばれるプレイヤーは全体の10%にも満たない。残りのほとんどがセーフティエリアでゲームがクリアされる日を待ち続けており、エリアの難易度が上がったところで関係のない話であった。
もちろん、天使の眷属になる理由もない。
「それに、エリア攻略も〝ツ〟まで来てる。最終エリアであいつを倒すって条件も、あながち無理じゃないだろ」
精霊を解放したことで最前線であるツルグル原生林もクリアし、全てのエリアが〝あ〟から始まり〝ん〟で終わると想定すると、セーフティエリアも含め残るは推定〝28〟。攻略には時間は掛かるが、無理な数字ではないとも考えていた。
「でもaegisの件は?」
アランの問いにハイヴは首を振る。
「ありゃ例外だろ。ワンマンチームのトップが天使のヤバさに気付いてないって時点で詰んでる。仲間に殺された連中が報われねぇよ」
二人のやり取りを聞きながら、修太郎は不気味な翼竜に視線を向けた。
『それではまた会おう』
そう言って、翼竜が飛び去ると、元の空模様へと戻っていた。
「おい今のはなんだよ!?」
ヴォロデリアに黒犬が詰め寄った。
「あれが光の神。僕の兄だ」
「そんなことは聞いてねぇよ。今の内容はなんだったんだって!」
「あれは事実でもあるけど、ほとんどが嘘だね」
ヴォロデリアは皆へと視線を向けた。
「希望を見せてはいるけど、仮に最終エリアに行けたとしても彼を倒せる者はいない」
「君達でさえもね」と、魔王達を見ながらそう呟いた。
キジマが不服そうに言う。
「俺たちは天使も倒したぞ」
「天使や大天使が強さの天井だと思うかい?」
その言葉に皆沈黙する。
ワタルが口を開いた。
「じゃあなにが目的であんなことを……?」
「時が来るまでの余興かな。彼は元々、誰一人として生かして返すつもりがないからね」
その言葉に激昂したのはアランだ。
「はぁ!? じゃあ俺たちが今までやってきたことは? んなの意味わからねぇぞ」
帰りを待つ家族がいる彼にとって、受け入れ難い内容であった。アランだけでなく、ミサキや葵や八岐メンバー達の表情も険しくなっていた。
「君は元の場所に帰りたいんだね」
「当たり前だろ! そのために命掛けてんだよ!」
「そうか。でも元の世界に帰ったところで結果は同じかもしれない」
「はぁ!?」
ヴォロデリアは空を見上げ続けた。
「兄は現実世界をも支配しようと考えているからね――」
第7章 完結




