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第6章 前編

永らく更新できず申し訳ございませんでした

書籍版完結巻発売に合わせてWEBを更新いたします

関係性や呼び方、矛盾点や設定ミスなどあるかと思いますが、どうか温かい目で読んであげてください


1


 洞窟内に響く複数の足音、荒い呼吸音。

 最前線にほど近いクリシラ遺跡のその奥で、一つのパーティが〝敵〟に追われていた。

「くそッ! なんなんだよアイツ!!」

 推奨レベル30前後のこの場所は、平均レベル38の彼等にとってただの通過点に過ぎない。

 目的地はサンドラス甲鉄城。もっと言えばその先のエリアだ。

 彼等は攻略勢。勇敢にもゲームクリアを目指す者達である。

 苦戦するモンスターは出てこない。

 出てこない――はずだった。

「まッ……」

 最後尾にいた仲間の声が突然消える。

 パーティ一覧から仲間の名前が消え、6人いた仲間は今や2人になっていた。

「てめぇ! 何が目的なんだよ!」

 暗闇の中で怒号が響く。奥からコツコツと足音が続き、ゆらりと人影が現れた。

「その質問には答えたよ」

 人影が指を鳴らすと同時に、最後の仲間が爆散する。残ったリーダーが尻餅をついた。

「君達は攻略組かと尋ねたら、そうだと答えたろう。それが答えだよ」

 不気味に笑う人影。

「快楽殺人鬼か……」

「そうじゃない。僕からしたら君達の方が異常なんだよ」

 指鳴らしの音の後、弾けるように散らばったアイテム群が地面を跳ねる音が続き、遺跡は静寂に包まれた。リーダーがドロップした両刃の剣に、PKの姿が映っていた。

 月明かりに照らされながら、男は嬉しそうに伸びをする。


「んーー、今日も平和だ」

 

 最悪の獣が、動き出す。



未実装のラスボス達が仲間になりました。第6章開幕……





 楽園レジウリア。

 多様な種族が協力し日々発展を続けるこの国に、ひときわ豪華な建物があった。

「ここが、修太郎さんのお家……」

 案内されるがまま席に着いたミサキは、現実離れしたその光景に圧倒されていた。

 修太郎の両脇にエルロードとバンピー、離れたところにセオドール、ミサキ、誠、そして眠ったままのケットルの側にシルヴィアがいた。

 住民達は客人達をもてなそうと、せっせと食事を運んでいる。

「なんかこう、現実味がねぇな……」

 言葉が見つからない様子の誠。

 人間同士ですら殺し合っているこの世界で、多種多様のモンスターが平和に暮らす光景が広がっている。だからこそ、ここの主人である修太郎の存在はとても異質に思えた。

 バツが悪そうに笑う修太郎。

「皆さんから見たら僕は人類の敵ですもんね」

「そんな事ないです! 命の恩人ですよ!」

 ミサキは食い気味にその言葉を否定した。

「私はむしろ修太郎さんの強さとか、心の大きさとか、色んなものが腑に落ちてホッとしてます」

 この世界の説明を受けたミサキは、修太郎の強さの秘密や、魔王達を連れ歩ける理由などの疑問が全て解消され、どこかホッとしていた。むしろ、大きな力と大勢の命を一手に背負う小さな背中に同情すら覚えた。

 かつてワタルの背中を見て、同じ感情を覚えたことを思い出す。ワタルにはアルバやフラメといった信頼できる仲間がいたが、幸い修太郎にも頼もしい仲間がいる。

「バンピーとも仲良くなれましたし」

「ちょっと。まだそこまで仲良くないわ」

「少しは仲良くなれてるってことだよね? 一歩前進! 感動!」

 笑顔になるミサキへ、呆れたような顔を向けるバンピー。

「……貴女、本当にめげないのね」

「……」

 修太郎が一瞬、悲しげな顔をしたことには、誰も気付かなかった。

 賑やかにやり取りをする二人を微笑ましそうに眺めていた誠は、改まって修太郎に深々と頭を下げる。

「正直ここを見た時はめっちゃ動揺したけど、俺も本当に感謝してる。修太郎達の力がなかったら間違いなくケットルは今も囚われたままだ。探しに向かった俺達も無事だったかどうか……」

 畏まった口調で再び頭を下げる誠。

 修太郎は遠慮がちに笑った。

「二人がいて助かったのは僕達も同じこと。みんな無事だったわけだし、だからどうぞ気になさらず」

 そして、住民達が料理を運び終えたのを見るなり、修太郎が手を叩く。

「さあ、せっかくの料理だし皆で食べよう」

「しっかりした子だなあ……じゃあ遠慮なく」

 食事が始まると、緊張の糸が切れた誠はバクバクと料理をかっこんでいく。魔王達が見守る中、誠とミサキは食事を堪能していく。

「これ初めて食べる料理だな」

「そうですね、美味しいです」

「うまいな」

「そうですね」

 誠もミサキも口数は少ない。

 バーバラ達は本当に死んだ。

 あの場にケットルしかいなかったということはつまりそういうこと(・・・・・・)で、フレンド機能の誤作動とか、何かの間違いとか……1%ほどあった期待は脆くも崩れ去っていた。ケットルを助け出し、温かい料理を食べ、心が落ち着いた今――その残酷な事実が重くのしかかる。

 そんな時だった。


「ん……う……?」


 ベッドに横たわるケットルがゆっくりと目を開けた。

「ケットル!!」

「ケットルちゃん!」

「気が付いたのか!」

 嬉しそうに駆け寄る3人と、ホッとしたような顔で見守るシルヴィア。

 ベッドから体を起こした彼女は、ほとんどの装備が焼け落ち、トレードマークの眼鏡や帽子も消えている。

 やつれた顔と濁った瞳が痛々しい。

「ここは……?」

「安全な場所だよ! もう大丈夫だから」

 怯えたような瞳で修太郎、ミサキ、誠を見て安心したのか、目に涙を溜めたその直後――


「ああああーー!!!」


 部屋のにいたレジウリアの住民を見て、ケットルは狂ったように声を上げた。

 周りを取り囲む異形の数々。

 あの狭くて暗い空間が頭の中に蘇る。

「やめて。やめてよ。やめて」

 ガタガタと体を震わせながら、頭の中では暗示のように負の感情がぐるぐる回る。

 痛い、怖い、逃げられない。ニゲラレナイ。  

 殺すしかない。コロスシカナイ。


「『ペインフレア』」


 突如、ケットルが荒れ狂った様に炎を撒き散らした。

「危ないっ!」「何事だ!」「子供達を避難させて!」「主様に何たることを!」

 まるで意思を持ったようにうねりを上げる炎――阿鼻叫喚に包まれる室内だったが、幸いにも炎が住民達に届くことはなかった。

「『籠の中のプリズン・ロック』」

 籠状に展開されたエルロードの魔法が、炎を閉じ込めていた。

 紅蓮の炎がケットルの体を焼く。

 焼かれながら、彼女は笑っていた。

「ケットル!! ケットル!!」

「部屋の者は全員出ろ!」

 修太郎の声とシルヴィアの怒号が響く。エルロードは炎を封じ込めながら、ケットルの回復を同時進行させていた。しかし、部屋から住民が退散しても、彼女は攻撃をやめなかった。

「いや!! いやだ、いやいやいやッ!!!」

 まるで何かに取り憑かれるように炎を操るケットルの顔は、恐怖と憎悪で恐ろしいものになっていた。

(救出当時の状況を鑑みるに、モンスターと同じ空間に長時間押し込められていたのでしょう。ここに連れてくるのは悪手でしたか……)

 エルロードはケットルが想像以上に深刻な状態にあることを悟った。

「ケットル!! お願いだ、落ち着いて!」

 必死の呼びかけが通じたのか、攻撃をやめた彼女がゆっくりと向き直り、修太郎の顔を見つめた。

「私、わたし、自分を制御、できない……」

「怖い想いをしたんだから当然だよ! でも大丈夫、ここに怖い奴はいないから。安心していいんだ」

 懸命に励ます言葉をかけ続ける修太郎。

 両肩をガリガリ掻いていたケットルの手が動きを止め、やがてポロポロと涙が流れる。

「私……ごめんなさい」

 そして、彼女は修太郎に何かを渡すような仕草をした後、ベッドへ崩れ落ちた。

「気絶したようだ」

 心配そうに彼女の頬へ手を当てるシルヴィア。部屋は再び静寂に包まれる。

「妙ですね」

 口を開いたのはエルロードだ。

「ペインフレアは別名〝死の炎〟と呼ばれる魔法。未熟な者でも扱える上に、不相応に高い威力を誇りますが……代償は大きい」

 不穏な物言いに思わず誠が聞き返す。

「え……代償って」

「命です」

「!」

 命を代償に使う魔法。

 そんな物騒なものを連発していたケットル。心配にならないはずもなく、誠は焦った様子でエルロードに詰め寄った。

「い、命って、ケットルは大丈夫なのか?!」

「言い方が適切ではありませんでしたね。命、というより正確には〝LP〟。この魔法は術者に威力と同じだけのダメージが入ります。格上のモンスターを倒していた状況を鑑みるに、かなりの代償を払っているかと思いましたが……」

 エルロードは、推測されるダメージに対し、それを耐えたはずのケットルのレベルが低すぎると感じていた。出力を抑えていたと考えても、モンスター達への有効打にはなり得ないと。

「じ、じゃあ今無事なら死ぬ心配はないのか?」

「現状を見るにそうなのでしょう」

「よかった……」

 安心したように両膝から崩れる誠。

 エルロードは一人、何かを考え込んでいるようだ。

「これ、ケットルの記憶だ」

 押し黙っていた修太郎が口を開いた。

 ケットルが倒れる前、朦朧とする意識の中で修太郎に渡した物――それは映像であった。

 プレイヤーには見た映像を録画する機能が備わっており、エリア予習に役立てたり、ボス戦の復習に使ったりと用途は多岐にわたる。特に便利なのが〝他人と共有できる〟という点で、PK冤罪を晴らす証拠に使えたりもできる。

「その記憶って……」

「うん、多分ショウキチ達の……」

 そこまで言って、修太郎は再び押し黙った。

『私……ごめんなさい』

 脳内に繰り返されるケットルの言葉。

 ショウキチ達が死に、彼女だけ生き残ったことに一抹の不安がよぎる。

「見ようぜ」

 誠が口を開く。

「バーバラ達に何があったのか現状でケットルしか手掛かりはない。ケットルを疑う連中もいる。俺はケットルの潔白をこの目で見たい……たとえそれが残酷な映像であっても」

「私も、知りたいです」

 二人の様子に決意を固める修太郎。

 三人の脳内に映像が流れはじめた。





 映像には、教会にてショウキチが祈りを捧げた直後からの様子が収められていた。

「これすっげーよ!」

 ショウキチが祈りの効力について皆に説明した後、その場にいた半分のプレイヤーが、同じように祈りを捧げていた。

「すげーぞこれ! やらなきゃ損だ」

「なんで今までこの恩恵がなかったんだよ」

 文句を言う者もいたが、皆が祈りの恩恵に心を躍らせている様子が見える。

「コレが本来の目的なら、まぁ納得できるな」

 呟くようにKが言った。

 なにがキッカケかは不明だが、これがこの場所の本来の役目。教会や修道院多く点在する理由こそ、この祈りにあるのだろうとKは分析したようだ。

 教会と修道院は不思議な力で守られており、モンスター達は近付くことができなくなっている。いままでは単なる休憩場所でしかなかったが、ここが元々攻略の助けになる施設ならば、不自然に多い数にも納得がいく。

「それにしても大盤振る舞いな――」

 言いかけたラオが視線を窓の外へと向ける。

 鬼気迫るその表情に、キョウコは心配そうに声をかけた。

「どうしたんですか?」

「皆を連れて出よう。今すぐ!」

 そう声を荒げたのは怜蘭だ。

 二人がこれほど動揺するのも珍しい――と、自分達が切迫した状況にあると察したバーバラが行動に移し、ショウキチとケットルの手を引き駆ける。

「キャアアア!!!」

 建物が砕ける凄まじい音が響いた。

 屋根が崩れ、修道女達が悲鳴をあげて瓦礫の山に埋もれてゆく。崩れた天井から外の景色が覗いていた。

「なんだアレ……」

 誰かがそう呟く。

 天井から何かがゆっくり降りてきた。

「おお、天使様!」

「なんと神々しいお姿なんでしょう……」

 巨大な体躯にのっぺりとした顔。

 白い体に、二対の大きな翼。

 それは巨大な椅子の上へと降り立つと、まるで最初から自分の席だと知っていたかのように、そこへ腰掛けた。

『ようやく出られたな。ひどく退屈だったが、今は気分がいい……』

 それは、まるで人間のような話し方だった。

 修道女達は天使の周りに祈るような形で集まると、何度も頭を下げて涙を流している。

(なに……こいつ……)

 天使の圧倒的な存在感に気圧される怜蘭。

 敵か味方かなんて今はどうだっていい。こんな恐ろしい存在と一緒の空間にいたくないと、彼女はそう感じていた。

『ご機嫌よう希望の子らよ。私は神の使者だ』

 表情を窺い知ることはできないが、天使はどこか機嫌よさそうにプレイヤー達へ語りかける。

 祝福を受けた何人かは天使に好意的な印象を抱いたが、大半の者は黙ったままだ。

「て、天使様! お願いです、どうかもう我々を解放してはくれないでしょうか? うちに、うちに帰りたいんです……!」

 すがるように、男性が天使に跪いた。

 近くの者は彼を止めることはできなかった。

 慌てて駆け寄ったKだけが、彼を止めた。

「迂闊に動くんじゃない!」

「だ、だって神の使いってことはシステム管理者の使いだろう? もう、もう限界なんだよ……」

 そう言って項垂れる男性プレイヤー。

 PKとの一連の事件で、男性の心は既に摩耗し切ってしまっていたのだ。

「それに、この祝福を見ただろ……! 天使は私たちの味方じゃないか!」

 興奮したようにそう続ける男性に、Kは怒気を込めた口調で、しかし声を顰めながら答える。

「馬鹿野郎。あの瓦礫によって何人かの修道女が潰されるのを見ただろう? なのにあの天使も、修道女共も、何も気にした様子がない。死んでるんだぞ? 異常だと思わないか!?」

 瓦礫の下からは力無く手が突き出ている。

 男性が「ひっ」と情けない声を上げた。

『ふむ、解放か』

 そう言って頬杖を付く天使。

 天使の一挙一動に注意を払う必要がある。

 もはやその場の誰も動けなくなっていた。

『なら大人しく〝死刻〟を待つことだ』

 そして天使の言葉に、何人かが戦慄した。

 天使が口にした言葉の中に、非常に重要な単語が含まれていたからだ。

 死刻――

 この言葉には聞き覚えがあった。



差出人:mother


宛先:子供達へ


ログアウト が 不可になりました


痛覚設定 が 固定されました


蘇生 が 不可になりました


彼 を 破壊するまで戻れません


三度目の死刻 が 最後です



 デスゲーム開始と同時にMotherAIから送られてきた最初で最後のメール文書。そこに書かれている内容が、プレイヤー達がこの地獄から出るための唯一の道標とされている。

 解放されるには死刻を待てばいい――システム側からの後押しともとれる発言だった。これまでNPCや文献を調べても得られなかった〝脱出への手掛かり〟である。

 この機会を逃す手はない。

 Kがすかさず質問を投げた。

「死刻とは何のことだ?」

『母は貴方がたを知ろうとしている。喜び、悲しみ、痛み、快感――この世界に当たり前にあるものと、そちら(・・・)での当たり前の答え合わせを行う時間。それの終わりが死刻』

 要領を得ない答えだが、単なるNPCとゲームの根底に関する会話が〝成立〟したことに、Kだけでなくその場の全員が驚いていた。

「……なぜ俺達を知ろうとする」

『我々にとって重要なことだからだ』

 そう言って、天使は退屈そうに剣を弄ぶ。

 Kは質問を戻し――最も重要なことを尋ねた。

「死刻を待てば戻れる、と?」

『何も知らなくていい。どうせ最後には誰も、何も思い出せないのだから』

 天使は低い声でクククと笑う。

 バーバラは再び二人の手を引き、出口に向かった。

『最初から――ガ、ガガガガ、ガガガ?』

 途端――天使の様子が急変する。

 まるで電撃を受けているかのように体を激しく揺らしたかと思えば、がっくりと項垂れ動かなくなる。そしてしばらく沈黙したのち、天使はゆっくりと顔を上げた。



 ゾクッ。



 弾かれたように武器を取った数名。

 腰を抜かし、動けないのが十数名。

 出口を目指し走り出すのが十数名。

 異質だった先ほどとは打って変わり、明確に向けられた殺意にも似た感情。

 それは天使から発せられていた。

『雛鳥達ニ何ヲ話シタ。ヤハリ、マダマダデータガ足リナイ。或イハ使者ニ人格ハ不要カ』

 無骨な剣を持って立ち上がる天使。

 口調はもはや機械のソレに成り果てていた。


「走れ!!!」


 ラオの怒号が響いた。

 既に出口に向かっていた何名かはそのまま速度を上げ、逆にショウキチ達は速度を緩め、後ろを振り返った。

 剣の腹を撫でるように構える天使。

 金色の膜が生成されると、それは爆発するようにして修道院内へ一気に広がった。

「ああ、天使さ――」

 ウーナ修道長が溶けるように爆散する。

 他の修道女達も消し炭のように崩れ落ちる。

 そして天使の近くにいたプレイヤーも――。

 飛び掛かる寸前だった前衛職も、

 迎え撃とうと詠唱していた魔法職も、

 その場に祈りを作った聖職者達も、消えた。

「ううゔッ……!!」

 ラオだけがその場で持ち堪えていた。

 彼女の直線上にいたプレイヤー達だけが、修道院内で唯一生存していた。

 ラオのLPは1で留まっている。

 咄嗟に発動した無敵の技が彼女を生かしたのだ。

「祈りをしていたのに……」

 真隣にいた友人の祈りに避難していたプレイヤーは、友人が消し炭になるのを見て呆然とそう呟いた。天使はその呟きに律儀に答える。

『祈ル対象コソ我ナリ』

 天使は剣を振りかざす。

 片膝を付くラオに、次を受け止める気力はなかった。

「なんでモンスター(お前)修道院(ここ)で攻撃できるんだよ!!」

 叫び声と共に天使の膝下で何かが弾けた。

 剣を振り下ろしたKが驚愕の表情を浮かべる。


《天使 Lv.120》


 LPの減少はない――僅か1のダメージすら与えられていなかった。

 彼の強力なスキルを持ってしても、その圧倒的なレベルの差が全てを無に返す。

『我々ハ断罪者。裁キヲ受ケヨ』

 そう言って天使が剣を振り下ろす。

 Kは迎え撃つように剣を振り上げた。

「罪ってなん――」

 ザンッ! と、床を斬撃が通過した。

 Kの所持品が床へ転がっていく。

「うわあああ!!!!!」

「Kさん! Kさんッ!!!」

「早く逃げろ!!!」

 天使は血を拭うように剣を払うと、最も近場にいるラオへと剣先を向けた。ラオは反動で動けず、肩で息をしている。

「いやッ!! いや!!!! 戻ってきて!!」

 ケットルの叫び声がこだまする。

 悲しげな顔を浮かべながらも、ラオは決して振り返らなかった。

「さあて、参ったなこりゃ」

 ため息混じりに天使を見上げるラオ。

 既に自分が助かる気は全くなかった。

 いかに他の人を逃すための時間を作るか――彼女の頭の中は、それだけだった。

「そうね。どうやって倒そっか?」

「おまッ! なんで居るんだよ!!」

「なんでって、言わなきゃわからない?」

 そう言っておかしそうに笑う怜蘭。

 ラオは小さく馬鹿野郎と呟いた。

「分かってんだろ? 行けよ」

 隣に立つ怜蘭を手で制し、笑顔を作る。

 この中でも屈指の強さを誇るKが死んだのだ――既になす術がないことは、痛いほど理解していた。怜蘭の透明化を使えば、この場から逃げ果せる可能性はある。

「なに言ってるのよ」

 それでも怜蘭は動かなかった。

「もう誰かを置いては逃げないって決めたの」

 散る時は一緒にと心に決めていた。

 怜蘭が手を取ると、ラオは照れたような笑みを浮かべ天使に向き直った。





 阿鼻叫喚に包まれる修道院の外。

 逃げおおせたおよそ12名の中に、バーバラ達4人がいた。

「なんで置いていくんだよ!!」

 叫ぶようにしてショウキチが責めた。

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔。Kが死んだ光景、残ったラオ達の姿が頭から離れない。

 バーバラは無言で手を引き、走り続ける。

「俺だって、俺だって戦いたい! 皆で攻撃したら勝てたかもしれないだろ!? 二人をあんな所に置いてきたら死んじゃうよ! 頼むよ!!」

「馬鹿言わないで!!」

 バーバラの怒声が響いた。

「あの二人との約束なの!!『どうにもならない事態になったらショウキチとケットル(二人)を守ってほしい。死ぬ気で食い止めるから』って!! みんな一緒に死んだらそれでいいの?! 違うでしょ?!」

「……」

 キョウコも複雑な表情でそれを聞いていた。

 お守りのように持ち続けた短剣を抱きながら。

「……でも、でもさぁ」

 ショウキチは目に涙を浮かべていた。

 ケットルは大声で泣きじゃくっていた。

「誰かは生きなきゃダメなのよ……これを、この真実を伝えなきゃ……ダメ……」

 バーバラの頬にも涙が伝う。

 カロア城下町はもう目と鼻の先だ。

 先発組は既にエリアを越えるすんでのところを走っているのが見えた。


『《闘技場(コロシアム)》』


 その声は、翼の音と共に皆の耳に届いた。

 エリアの中心に天使がゆっくり舞い降りる。

「お、おい出られないぞ!!」

「なんでよ、何この光!」

「と……閉じ込められたのか……?」

 天使とプレイヤーを囲う円形の結界。

 どれだけ傷付けても、壊れることはない。

『幕ダ』

 剣を振るう天使。

 バーバラの横を斬撃音が通過し、5名が紙屑のように千切れて消える。散らばるアイテムを見て他のプレイヤーはパニックを起こし、更に結界を強く叩く。


「麻痺なら最大20秒」


 バーバラの後ろで声がした。

 そこには弓をつがえたキョウコの姿があった。

 ガタガタと震える手を制しながら、ゆっくりとした動作で弓を引いてゆく。

「キョウコ、何して……」

 そこでバーバラは気付いた――

 彼女の足が、砂のように消えてゆく所を。

「死ぬのは、怖いです。たまらなく怖い。逃げたくて、泣きたくて、叫びたくて、隠れたくて……でも目の前で皆が死ぬのを見るのも、同じくらい怖いんです」

 キョウコは涙を浮かべ微笑む。

 既にその体は下半身まで消えていた。

「20秒あれば、三人でここを抜けられますよね……ラオと怜蘭(二人)の背中を見て、覚悟はできました。矢を放ったらすぐに走ってください」


 固有スキル《魂の矢》:LPを捧げ、その矢に強力な状態異常を付与する。その状態異常はボス特性でも防ぐことはできない。


「キョウコ姉ちゃん!!」

 泣きじゃくるショウキチとケットル。

 キョウコは嬉しそうに頷きながら、天使に向かって矢を放った。

(ばいばい……私の大好きな皆。ばいばい……私の――)

 一筋の涙が地面に落ち、キョウコの体が光の粒子となって消える。

 直後――豪雷の如き音が響いた。

 剣を振りかぶる天使が明らかに硬直し、皆を閉じ込めていた光の結界も消えていた。

『忌々シイ』

 カランと、弓が地面に転がった。

「うゔっ、うううゔ……!!!」

 涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、バーバラはそれを拾い上げ、二人の手を引き懸命に走った。ログアウトを一番切望し、揺れていたキョウコの命を賭した行動。その意思を継ぐように、バーバラは必死に脚を動かした。

『《闘技場》』

 再び絶望の声が背後で響く。

 町の入り口はもう目前だった。

「走って!!」

 バーバラは反射的に二人をぐいと前へ押した。

 エリアの境を越え、二人の視界が切り替わる。

「えっ?」

 暗転からの明転。

 二人の前に平和な街の喧騒が広がった。

「着いた……」

「助かった?」

「うん……町中にモンスターは入れないし」

 セーフティエリア内は、町の防衛網がある限り、モンスターの侵入およびあらゆるPK行為が禁止される。町中には大勢のプレイヤーもいるし、巡回している衛兵NPCの姿も見えた。

 助かった――

 二人はようやく一息つくことができた。

 そして気付く、


「あれ、バーバラは?」


 ここにいるのはショウキチとケットルだけ。

 あれだけいた仲間達も、全滅。

 ケットルはストンとへたり込み、泣き笑いを浮かべた。ショウキチは後ろを向いたまま動かない。

「そうだ、修太郎君にまた助けてもらおうよ。そうだよ! 皆まだ生きてるよ。だってほら、死んだ所みてないもん」

 ケットルは壊れたラジオのように続けた。

「死ぬってなに? 死んだらなに? 馬鹿みたい、馬鹿みたいだよ。こんな馬鹿みたいなゲームで死んだら本当に死ぬ? わけわかんないよ」

 乾いた笑みを浮かべるケットル。

 ショウキチは囁くように呟いた。

「お前だけは俺が守るからな」

 ぽん、と、頭に置かれたその手が大きく感じた。

 ケットルの体を黄金の光が包みこむ。

 驚いて顔を上げると、そこにはショウキチの前に立ち塞がる天使の姿があった。

『安心シロ、少シ眠ルダケダ』

 天使が剣を振り下ろす。

 ショウキチはケットルを守るようにして前に立った。

「ごめんな」

 重厚な剣が迫る最中――意識を手放す寸前、ケットルが見たのは、悲しそうに振り返るショウキチの姿だった。


 



 部屋の中に静寂が落ちる。

 修太郎はただ俯き、ミサキは静かに涙を流し、誠は怒りに震えていた。

「全部天使のせいかよ……」

 映像を見る限り、プレイヤー達を襲ったのは天使。表向きでは少なくともプレイヤーと友好的だった彼等が、なぜ突然大量殺戮に至ったのだろうか。

「理不尽すぎます」

 絞り出すような声で呟くミサキ。

 圧倒的なステータスの暴力によってバーバラ達は殺された。あの場に誰がいても、同じ結果になっていただろう。

「……」

 修太郎は何も言葉を発せずにいた。

 仲良くしてくれた皆が死んでしまった事実。予測し理解もしていたはずなのに、その惨劇はあまりにも凄惨すぎた。同時に、それを目の前で見ていたケットルに同情した。

「おかしいだろこれ! 町のセーフティ機能はどうなってんだよ!?」

 この映像には、これまでの常識を覆す内容が多かった。特に最後の瞬間、天使は明らかに町の内側で殺害行為を行っている。つまり町中も安全とはいえない。

「ううん、町中の守りも限界がある。現に今、アリストラスを守ってくれてる僕の仲間も、結界を壊すことなく町に入れてるから」

「そんな……」

 誠はガックリと項垂れた。

 現在、魔導結界が機能しているのはアリストラスも、ガララスが入れる時点で、モンスターを完全に追い出すことができないことがわかる。

「……修太郎、ケットルを任せてもいいか?」

 何かを決意したように誠は言った。

 修太郎が無言で頷く。

「ありがとうな。じゃあ、俺はそろそろ行くとするよ」

「え? どこに行くんです?」

 心配した様子でそう尋ねるミサキに、誠はつらそうな顔で続けた。

「天使が出たら正直どうにもならないことは分かった――でも、理不尽な暴力に怯えて籠ってるわけにもいかない。俺はケットルの無実を証明した後、最前線にこの映像を持っていく」

 誠が言うように、ケットルが見た物を全てのプレイヤーが共有すべきだとミサキも思った。

 天使の脅威は皆が周知すべきだと。

「それに、天使にも固有スキルは有効だった。それをキョウコが教えてくれた。対策を立てるにしても早いほうがいい」

 その意志を繋ぎたいんだと、消え入るような声で呟く誠。修太郎は複雑そうな面持ちで小さく頷いた。

「でしたら、私が彼を送っていきます」

 と、前へ出たのはエルロード。

「調査しておきたい場所もありますから」

「分かったけど、調査って?」

 修太郎の言葉に、エルロードは首を振る。

「申し訳ございません。それは言えません」

「……」

「はぁ? 言えないってなによ」

 沈黙を貫くセオドールとは対照的に、感情剥き出しで食ってかかるバンピー。しかし、エルロードは彼女に見向きもせず、修太郎のことを真っ直ぐ見つめて続けた。

「不安要素の多いこの案件、主様を巻き込むわけにはまいりません。恐らく時間もかかるでしょう。ですから、しばらく一人で行動させていただきたく思います」

「……」

 その瞳に覚悟の色を見た修太郎は、深く探ることなく頷いた。

「くれぐれも無理はしないでね」

 エルロードは深く、深く頭を下げた。


「必ず戻ってまいります」


 まるでこれが今生の別れかのように――。

「誠さんのこともよろしくね」

「承知いたしました」

 傅くエルロードに向けて出口を作る修太郎。

 不満そうな様子のバンピーを無視し、エルロードは誠を連れ漆黒の穴の中へと消えた。

「シルヴィアはここでケットルの看病をお願いできるかな。それとレジウリアの警護もお願い。もし手が足りなければすぐ連絡してね」

「承知しました。問題ありません」

 言いながら、再びケットルに視線を戻すシルヴィア。血色の悪かった顔に少しだけ生気が戻り、唇も薄桜色が戻ってきていた。このまま休ませればじきに良くなるだろう。

「じゃあ皆は適当に休んで待機しててね」

 と、ふらふらとどこかへ歩き出す修太郎。

 狼狽えた様子でバンピーが駆け寄った。

「あの、主様はどちらへ……?」

「ちょっとだけ風に当たってくる」

 そう呟いた修太郎の顔は、酷くやつれているように見えた。遠回しに「一人にさせてくれ」と言われたような気がして、バンピーはそれ以上何も言えず黙り込んだ。

 遠巻きに見ていたミサキは、修太郎が見せた表情を以前にも見たことがあった――それは、ワタルが去った日に見せた顔である。

 ふらふらとした足取りで廊下へ消える修太郎。

 重々しい雰囲気の部屋に、沈黙が落ちた。





 静まり返る廊下をしばらく進み、やがて一人うずくまる修太郎。

「ずっとこの繰り返しなのかな……」

 最初はキイチとヨシノ、そして今回はショウキチ達――仲良くなった人達が皆死んでいく。

 これからどうすればいいのだろうか? 自分の行動には意味があるのだろうかと、悲しい出来事で心がすり減り、目的を見失いはじめていた。

「修太郎さん」

 静かな廊下に女性の声が響く。

 金属が擦れる音と共に、足音が近付いてくる。

「なかなか話せる雰囲気じゃなかったので、つい追いかけてきちゃいました……」

 ミサキは修太郎の様子に気付いていたが、あえてそれに触れたりはしない。慈母のような優しい笑みを見せながら、修太郎の前にふわりと膝を付いた。

「私のこと覚えていますか?」

「……」

「私、ここまで強くなれましたよ」

 修太郎を励ますミサキの姿は、かつて坑道で出会った二人の状況によく似ていた。

「こうしてお話できるのは……あの日貴方が私を見つけてくれたから、ですよね」

 顔を上げた修太郎は、そこではじめてミサキと目が合った。そして最後の壁が壊れたように、止めどなく涙が溢れた。

「ぼく、ぼくは、誰も助けられない」

 反射的に抱きしめるミサキ。

 胸の中で啜り泣く修太郎の頭を優しく撫でる。

「そんなことないです。ケットルちゃんを助けられたのは、修太郎さんがいたからです。修太郎さんがいなければ助けられなかった」

「それでも、大勢が死んだよ。友達も……」

「全員を救える人なんていません。それはゲームも現実も変わりません」

 ミサキは続ける。

「修太郎さんは、バンピーさん達とレジウリア(この世界)にずっと留まることもできた……でもそうしなかった。侵攻を止め、私の事も助けてくれた。修太郎さんがいなければアリストラスは今頃なかったかもしれません。もちろん私も……」

 そう言いながら、修太郎の手をそっと握る。

 まだ年端も行かない少年の手は怯えたように震えていて、ミサキの心を締め付ける。どれほどの重圧の中ここまで頑張ってきたのだろうと、流れそうになる涙をグッと堪えた。

「私を触ってみてください――ほら」

 その手を自分の頬へと持ってゆく。

 冷め切った手が触れ、ミサキの体温に温められていく。

「私、生きてます。この先もずっと生きてます。失ったものを忘れろなんて言いません。ただ、貴方が救った命もたくさんあるということは、忘れないでください」

 手に温かい何かが流れてくる。

 それはミサキの涙であった。

 修太郎は優しくその涙を拭った。

「……もう少しこのままでもいいかな」

「もちろん、どうぞ」

 ミサキの胸に抱かれながら、優しく頬に触れながら、生きている人間の温もりを肌で感じる修太郎。ミサキの優しさに包まれているうち、まるで氷が溶けていくような感覚があった。

「ありがとう」

 修太郎の瞳に光が戻ってゆく。

 自分のすべき事を理解したようだった。

 すりすりと、愛おしそうに頬を撫でる修太郎。

「なんかちょっと、恥ずかしくなってきました」

 もじもじするミサキの言葉にハッとなり、急いで立ち上がる修太郎。

「ご、ごめんね!」

「い、いえ! 私からした事なのに……なんでだろ……?」

 顔を真っ赤にして慌てるミサキ。そんな様子がおかしくなったのか、修太郎はクスクスと笑った。つられてミサキも笑顔を見せる。

「ミサキさんって、暖かいね」

「私そんな体温高かったですか?」

「ううん、雰囲気がだよ。一緒にいると心が落ち着く気がする」

 事実、自分の背負っていたものが少しだけ軽くなったような気がしていた。

「いつでも頼ってくださいね」

「うん。その時はお言葉に甘えるね」

「それなら、もう一度します?」

 そう言って両手を広げるミサキ。

 可愛らしく小首を傾げて待っている。

 今度は修太郎の顔が赤くなっていく。

「や、あの、もう大丈夫だから……」

「あ! そ、そうですよね……」

 自分の大胆さに遅れて気付いたミサキは、カーッと顔が熱くなっていくのを感じた。

 廊下に再び静寂が落ちる。

 そんな二人を陰から見ている者がいた。

 その者は体をずるように、二人に近づいてゆく。

 そして――

「わっぷ!」

 修太郎の顔面にくっ付いたのはプニ夫だった。絡み付く体を「ぷはっ!」と剥がすと、修太郎は嬉しそうにプニプニさせる。

「この子は?」

「プニ夫だよ! 坑道でも会ってると思う。まぁその時は僕の鎧役だったけどね」

 挨拶するように体をプルプルさせるプニ夫。ミサキは納得したように「あの時の!」と手を叩く。

「プニ夫さんが修太郎さんの防具になっていたから、生命感知で〝紫〟だったんだ……」

 ミサキの長年の疑問が晴れた瞬間だった。

 プニ夫は今度はミサキの体に絡み付くと、まるで色んな場所を調べるかのごとく、頭や胸、腕から足などをくまなく移動していく。

「し、身体検査されてます?」

「わからない。プニ夫、この人は僕の友達だよ。何も調べる必要ないよ?」

 するとプニ夫がボチャンと地面に落ち、修太郎とミサキの二人の姿に変化した。スライムのミサキがスライムの修太郎に抱き付き、修太郎は逃れようとするが、ミサキは離れようとしない。そこまで見せた後、体がパァンと弾け、どこか怒った風なプニ夫が激しく動いていた。

「もしかして、私に怒ってますか?」

 プルプルと動くプニ夫。

 どうやらそうらしいと理解したミサキは、クスクス笑いながら首を振った。

「あなたのご主人様を取ったりしませんよ。怒らないで私とも友達になってくれませんか?」

 そう言って手を差し伸ばすミサキ。プニ夫は目の形に変形させた触手のようなものを大量に出し、ミサキとその手を見比べている。

「すごく警戒されてますね……」

「普段そんな事しないんだけどなぁ」

 苦笑を浮かべる二人。

 すると、渋々といった様子でプニ夫はその手に絡み付いた。ミサキはどこかホッとした表情でそれを眺めている。

 プニ夫はそのまま形を変えると、手甲のような形になった。

「え? あれ?」

 そのまま10秒、30秒と経っても変化がない。少し手を振ってみたミサキだが、プニ夫はもう防具の一つになったように動かない。

「これって……」

「もしかしたらミサキさんのことが気に入ったのかもしれない!」

「いや、多分そんなことは……」

 露骨に警戒していたプニ夫が、はたから見ても大好きな修太郎から離れ、自分に付く理由がわからなかったミサキ。そして、どうやら自分は〝監視〟されているのだという結論に至った。

(やましい関係だと思われてそう……)

 先ほどの人形劇の内容を鑑みるに、プニ夫が嫉妬しているのは明らかだ。やはり協力よりも、ミサキが思うように監視と考える方が妥当かもしれない。

「プニ夫はこの世界でも9番目くらいに強いから、ボディーガードとして心強いと思うよ!」

「そ、そうですか……」

 ここから出る時には解放してくれるかな? などと考えながら、ミサキは修太郎の顔を見上げる。

 憔悴していた顔に余裕が戻ってきていた。

 少しは力になれたのかもと、ちょっぴり嬉しくなった。

「ありがとうミサキさん。これからやるべきことが分かった気がするよ」

 修太郎が差し出した手を握り、立ち上がる。

「それは何よりです。じゃあ私も、誠さんと同じく情報を広めて回ってきます」

「くれぐれも気を付けてね。プニ夫がいれば大抵のことは大丈夫だと思うけど……」

(か、監視ってずっと続くのかなぁ……)

 思わぬ旅の仲間の登場に心の中で苦笑いするミサキ。

 すると背後で音がした。

「主様、妾が彼女を見送ります。そのままサンドラスの警護に戻れますし」

「ありがとうバンピー。気になることがあったらどんな些細なことでも報告してね」

「はい。必ず」

 どこからともなく現れ、ミサキにジト目を向けるバンピー。バンピーの心境を知るミサキはハッとなり目を泳がせたが、修太郎がそれに気付くことはなかった。





 長い廊下を二人(+1匹)が歩く。

 バンピーの雰囲気は明らかにピリついており、ミサキは居心地の悪さを感じながら、無心で足を動かしていた。

「どうやったのよ……」

「え?」

 ボソボソ呟くバンピーに思わず聞き返す。

 バンピーはしばらく無言で歩いた後、カッと目を見開いた。

「それどうやったのよ!」

「それって……?」

「ぎ、ぎゅうのやつとか、ほっぺのとかよ!」

 ミサキは自分の顔が紅潮していくのを感じた。いつからかは分からないが、バンピーがあのやり取りをどこかで見ていたのだと気付いたから。

「主様にあんな事をするなんて、友人じゃなければ許していないわ。この子も妾と同じ理由から貴女を警戒しているようだけど、大丈夫よ。ほら、いつまでもくっ付いてないで」

 それでもプニ夫に剥がれる様子はない。

 バンピーはハァとため息を吐く。

「この子、ミサキが信用できるか自分の意思で見極めるまで離れないつもりみたいね。寄生虫に付かれたと思えば気にならないわ」

「え! わ、私は別に……」

 気にしてないという言葉を飲み込むミサキ。

 考えたくはないが、万が一プニ夫が他のプレイヤーに危害を加えた時(もちろんミサキ自身にも)自分はそれを制御できない。そう考えると生きた心地がしなくなる。まるで時限爆弾を付けられたような気持ちになった。

 口籠るミサキにフッと笑みを向けるバンピー。

「外敵からはしっかり守ってくれるでしょうけどね。それに、妾達は主様の恥になるような行為はしない。だからその子が誰かに害を及ぼすことはないわ」

「だ、だよね。修太郎さんの仲間だもんね」

「そうよ。疑うこと自体が無礼であると理解しなさい」

 いつもの調子に戻ってきた所で、ミサキは思い切ってバンピーに尋ねた。

「バンピーは修太郎さんと友達になりたいわけじゃなく、恋人になりたいとか、そういう感情のほうが強いんじゃない?」

「こいびッ!?」

 明らかに動揺するバンピー。

 プニ夫の手甲がベチョリと地面に落ちた。

 バンピーは怒るでもなく、喚くでもなく、よく分からないといった表情を浮かべている。

「……どうなのかしらね、よくわからないわ。妾にはそういう経験がないのだから」

 言いながら俯くバンピー。

 ミサキはプニ夫を拾い上げると、再び右手に装着させてあげた。

「人として好きって感情と、恋愛として好きって感情は違うと思うんだ。ほら、バンピーは私を友人にしてくれたけど、私に対する感情と、修太郎さんに対する感情は違うものでしょ?」

「そうね。全然違う気がするわ」

「それを言葉に表せられる?」

 バンピーはしばらく難しそうに唸ったあと、

「こんな事を言ったら配下失格なのだけど、友人の貴女には言うわ。主様とお話しするよりも、貴女と話す方が気が楽よ。主様と話していると、ずっと苦しい。でも妾は主様の隣にずっといたい。ただ、いざその時が来るとどうしてかしら――胸が痛いの」

 胸をギュッと押さえてそう語るバンピー。

「それが恋じゃないかな?」

「これが、恋?」

「うん。修太郎さんが誰かと話してたり、いつもは取らない行動にソワソワしたり、常に何してるかを気にしたり……それって恋してるんだって友達が言ってた」

「そう」

 ミサキ自身、恋愛経験がないため友人からの受け売りであるが、バンピーにも思う所があったようで妙に腑に落ちたような顔をしている。

「そうね。たとえば誠とミサキが話していても何とも思わないけれど、主様とミサキが話していると心がざわつくわ。殺してしまいたくなるほどに」

(うわぁ……こわい……)

 遠い目をしてそれを聞き流すミサキ。

 手甲からニュルリとプニ夫が顔を出し、激しく何かを抗議し始める。

「なによ。生意気に妾に意見するつもり? アナタは手触りがいいから側に置かれてるだけで、妾のほうがずうっと主様と仲良しなのよ。証拠を見せろって? 証拠なんてなくても直接聞けばそう言ってくださるわ。え? 聞きに行けって? そ、そんなのダメよ……」

 なんとなくだが、バンピーの方が押されてるいるように見えたミサキ。状況から鑑みるに、バンピーだけでなくプニ夫もまた修太郎に特別な感情を抱いているようだった。

(でも、二人の気持ちもわかるなぁ。修太郎さん優しいし、頼もしいし、いい匂いだし、声も落ち着くし、手も綺麗だし、顔も綺麗で、特に笑顔を見た時は――)

 そこまで考えて、ミサキは顔を紅潮させる。

 修太郎への感情は、助けられたことによる恩と、その人間性に対する尊敬だと思っていた。しかし今、改めて考えてみると少し違う。たとえば彼を抱きしめた時、頬に触れてもらった時、自分の感情は果たして尊敬だけだったのだろうか? と。

 友人関係とも少し違う。そう、この気持ちは、たとえばバンピー達と同じような……。

 ミサキが自分の気持ちの本質に気づき始めてる間も、バンピー達の言い争いは激化していく。

「あまり調子に乗らないことね。ミサキを警戒するのもとんだお門違いよ。それにね、アナタが主様の部屋に勝手に入っているのも知ってるのよ。今後はそんな抜け駆けは一切やめて頂戴。スライムの特権? なら妾は最も優秀な配下の特権として主様の隣に居続けるけどいいのかしら? 与えられた任務は無視するのかって? それは無視できないけど……」

 などとやり取りをしながら、妙な三角関係となった二名+一匹は、サンドラス甲鉄城へと向かったのであった。





 ミサキ達が出発した後、修太郎はセオドールと、急遽帰還してもらったバートランドと共にレジウリアの民を招集していた。

「皆、さっきは驚かしてごめんね」

 開口一番――広場へ集めた住民達に修太郎が謝罪する。

 住民達が「謝るなど畏れ多い」と慌てる中、ケットシーの女性がおずおずと話し始めた。

「あの子は心に深い傷を負っていると聞きました。だから、さっきのことでまた傷つけてしまってないかと心配で……」

「ううん、大丈夫。それにケットルも謝ってた。一番悪いのは考えなしに皆と合わせた僕だよ。皆のことも傷付けちゃったし……」

「そんな! 我々は主様の同郷の方とお会いできてとても光栄に思いました。……あの子にとってここが安らげる場所であるよう勤めてまいります。何なりとお申し付けください」

 住民達が皆一斉に膝をつく。

 修太郎は胸の奥がじんわりと熱を帯びるのを感じた。本当に自分は恵まれているなと。

「ありがとう……ただ回復にはまだ時間がかかると思うし、僕達も見守るくらいしかできないけどね。しばらくは、炎耐性が高くてレベルも高い人以外は近付かないでね」

 そこで言葉を切った修太郎は、莫大な数に増えた住民達を見渡した後、続ける。

「それよりも、皆に伝えなきゃならないことがあるんだ。今後、この国は天使に狙われる可能性がある」

 ざわつく住民達。

 天使がどんな存在で、どれだけの力を持っているのかを理解しているようだった。

「これから国の改革を行うね。具体的には防衛力の強化を目指す。それと、皆には今まで以上の自己研磨をお願いしたいんだ」

 かつて修太郎が掲げた三箇条。

1、自己鍛錬を怠るべからず。

2、互いを尊重し、より良い町づくり。

3、コアを守るべし。

 レジウリアの住民達はそれを遵守し生活している。修太郎はこれの1を〝優先事項〟として設定した。

「天使のレベルは120。これを追い返す・倒すとなると同等以上の力がほしいんだ。現状だと、ここで一番強いカムイセムイも天使は倒せない」

 カムイセムイのレベルは113。

 天使と戦うには最低でも120(カンスト)が理想だが、その境地にいるのは魔王を除けばベオライトしかいない。

「天使と戦う……」「俺どれだけかかるんだ……」「この間60になったばかりなのに」

 住民達から不安げな声が漏れている。

 外敵がいないレジウリアの中で、経験値を得るには訓練所か闘技場しかない。しかしどちらも得られる量は微々たるもので、特に強い者でもレベル100前後が頭打ちであった。

 修太郎に代わる形でセオドールが前に出る。

「戦闘においてレベルは最も重要かつ必須。ただ、それだけあればいいというものではない。例えば強力な武器や防具があれば、足りないステータスを補える。自分には何ができるかを考えるんだ。剣を作れるものは、至高の剣を作ればいい。強くなくても人に教える才能、勇気がなくても策を練る才能。全員が強くなれなくとも、力が合わさればそれが天使を倒しうる武器になる。今まで以上に結束する時が来たんだ」

 全員がレベル120を目指すのではなく、結束した力が天使に届けばいい――セオドールの言葉が、住民達の闘志に火を付けた。

「主様の国を天使に壊されてたまるか!」

「対空戦なら鳥型の背に乗ればいいな」

「騎鳥部隊も結成したほうがよい!」

「俺、店の剣全部持ってくるよ」

「戦闘指南は任せてくれ! 隠居の身だが元騎士団長だ!」

 活気付く住民達。

 小さく微笑むセオドールに、修太郎は「ありがとう」とお礼を言った。

「長所を伸ばせって、いい言葉だね。頭ごなしにレベル120を目指せって言った僕より、よっぽど現実的だよ」

 そう言い、頬を掻きながら苦笑いする修太郎。セオドールは困ったように首を振る。

「いや、俺は短期的な目標を与えたにすぎない。武器防具でのボーナスは実力が拮抗していてこそ真価を発揮するものだからな……結局は元の実力も伸ばす必要がある」

 バートランドが修太郎の両肩に手を置いた。

「まぁ俺が見てれば効率も上がりますから、その辺は心配ないってことで」

 バートランドには成長促進のスキルがあるため、住民を鍛えるのに最適の人材といえる。もちろん、彼を呼び戻した経緯がそれだ。

 ふと、バートランドが何かを思い出すように続けた。

「そういえばあの捕虜はどうなったんですか?」

「ホリヴァイさん? あの人は鍛治職人のボドフさんに弟子入りしたみたいだよ!」

「それはまた……」

 ホリヴァイとは、ロス・マオラ城に侵入してきた挑戦者パーティの一人にして唯一の生き残りの名前である。ベオライトとプニ夫によって撃退された後、ずっと牢屋に幽閉されていた。

 修太郎は彼を牢屋に置くよりも、レジウリアの中に住まわせた方が(常に監視の目があるため)安全だと判断したようだ。

(主様はやはり寛大すぎるよなァ。牢屋に置いとくだけでも十分恩赦だというのに……)

 対して、生かす価値はないと考えるバートランドは、彼を〝処理〟すべきだと考えた。かつてプニ夫にやったような〝合成〟でも利用すれば、誰かの強化に使える分無駄がない。

 当然それは口に出さなかった。

 不自然に言葉を切る形となったバートランドに「大丈夫だよ」と、修太郎が続ける。

「エルロードが言ったんだ。『彼に聞きたいことがまだある』って。だから僕は〝それ〟をしなかった」

「!」

 見透かしたように、そう呟いたのだ。

 それ――というのは合成を指している。

 魔王二人は、修太郎が一瞬見せた〝冷たい瞳〟に恐怖した。

ショウキチ達(彼等)のことがあってから鋭さが増したようだ……)

 以前は甘さが目立つほど優しかった修太郎。しかし、解放者の事件やケットルのこと、ショウキチ達の最後と、そして天使――様々な試練が彼を変えた。純情無垢だった13歳にとってあまりにも過酷な経験であった。

 まさしくそれは成長といえた。

 良くも悪くも、修太郎は変わったのだ。

「必要な時が来れば、必要なことができる。そんな気がするんだ」

 一切揺らぎのないその瞳、その姿に、セオドールは並々ならぬ覚悟を感じとる。

(紛れもなくミサキ殿の言葉が影響している)

 金属が熱にさらされ溶けた後、鍛えられて冷やされて、鋭く煌めく剣へ成る。

 今の修太郎はまるで剣そのものだ。

 まるで自分のあるべき形を見つけたように思えた。

「さて、やるべきことはまだ沢山あるよ!」

 コロッと表情を変え、修太郎が微笑む。それからダンジョンメニューを操作し、さっそく改革に移っていく。

「まずは訓練所の増設、数も増やそうかな」

 既存訓練所の増設(500P)し、余っている敷地に新規建築(30P)を行っていく。

 ズドドンと空から降ってくる建物の群れ。

 建物は、同じものを並べると大きなものに合体できる。そうして増やして合体させた訓練所が、国内に何個も建築されていく。

 訓練所は要求レベルの設定をいじれるので、全部で四箇所、それぞれ30、60、90、120を目標値に設定した。

「これなら、指導するにも模擬戦をするにも、同じくらいの人が集まるから都合いいよね」

 加えて、必要なのが〝対空戦闘訓練〟だ。

 天使には飛行能力があるため、翼を持たない住民は鍛えたところで不利なまま。ならばと考えたのは〝鳥型モンスターに騎乗する〟方法。

「乗れそうな鳥型モンスターかぁ」

「ならファルコン類が速いですよ」

 バートランドからの助言を受けながら、召喚可能モンスター一覧をスライドさせていく修太郎。

「よし、じゃあこれかな」

 鳥類最速を誇るファルコン類の中でも、一際強靭で大きな種ゴアファルコン(12,000P)。

 試しに一羽呼び出すと、黒い羽毛に青の瞳を持つ体長4メートルほどの美しい隼が現れた。

 初期レベルは85。

 呼び出せる中で最大最強の種族である。

「乗りこなす訓練も必要になるな」

 ゴアファルコンの背を撫でながら難しそうな顔をするセオドール。修太郎は項目を更にスライドさせていき、続け様に召喚した。

 現れたのは、帽子を被った可愛いモグラ。

 バートランドはポンと手を叩く。

「そうかァ! こいつなら騎乗のプロだ」

 ライドモグラはゴアファルコンとアイコンタクトを交わすと、よじよじと登っていき、その背中に腰掛けた。腰に携えたドリルと、テンガロンハットをくいくいと直している。

 テヅォルドラ大平原魔物図鑑から引用すると、騎乗の達人であるライドモグラは、鳥類と協力し空から狩りをする習性を持つ。鳥類はライドモグラの指示に従うことで効率よく餌を取ることができるとされている。危機が迫っても互いを見捨てず、共に生涯を終えるという。まさに一蓮托生の関係である。

「モグラに指導を受けるのか?」

 少し心配そうなセオドール。

「他に鳥に乗れる種族がなかったからね」

「騎士団長がモグラに指導されてる姿はさぞ面白いだろうなァ」

 一から覚えるよりも、その道のエキスパートから学ぶ方が早いと考えた修太郎。それもこれも、異種混同でも志は同じ、平和な世界であるここレジウリアだからこそ実現可能な方法だ。

「天使と戦えるレベルになった住民達から覚えてもらおう。それまではこの子達も訓練所で一緒にレベル上げしてもらおうかな」

 そういって、修太郎はライドモグラとゴアファルコンを100体ずつ召喚していく。

(騎馬ならぬ騎鳥部隊かぁ)

 飛べる相手に対し、近距離攻撃しかできない者ほど無力なものはいないが、騎鳥部隊がうまく機能すれば天使ともやりあえる。

 もっとも、住民達に発破をかけた修太郎だったが、率先して戦わせるつもりはなかった。



《建築》

○岩       1 P 

○水溜まり    1 P 

○沼       1 P

○草       1 P

○木       1 P 

○城壁  750,000 P

○城  1,500,000 P

○要塞 3,000,000 P



 住民達を戦わせるのは最後の手段。ダンジョンの本質は罠や構造によるカウンターである。

 天使に備え、修太郎はあらゆる手段を講じ、レジウリアを守るつもりのようだ。


所持ポイント:1,017,159,923,664P


 幸い、レジウリアの民が活動する度に増えるポイントは一兆を超えている。修太郎は惜しげもなくポイントを消費し、防衛力を高めていく。

 まずは国を360°囲む分厚い城壁。

 鉄より固く重い鉱石によって作られたインディゴブルーの高い壁が、大きな四角形を描いている。飛べる天使にはあまり意味はないが、仮に地上から敵が攻めてくれば大いに役立つ。あって損はないだろう。

「一瞬で城壁が……」

「いつ見てもすごい力だよなァ」

 呆気に取られる魔王二人を尻目に、修太郎は城壁の四隅に要塞を設置した。

 要塞は窓が付いた物見櫓のようなもので、城壁と同じ材質でできている。

 どこから攻められても二方向から迎撃できるように調整済みで、地上からは攻撃しにくい設計になっている。


○地対空兵器・壱型 2,500,000P

○地対空兵器・二型 5,000,000P

○地対空兵器・参型 10,000,000P


「これがどのくらいの威力か分からないけど……」

 続いて城壁の上に地対空兵器を置いていく。

 地対空兵器とは、空中にいる目標を地上から攻撃するための兵器。天使対策に特化したい修太郎にはうってつけのアイテムだ。

 これらは魔法の弾による攻撃を行う。型は単純に威力の違いで、修太郎は参型だけを選び設置した。

「主様、これは?」

「魔法を撃つ機械らしいよ」

 ざっくりとした返事に苦笑を浮かべ頬を掻くバートランド。

「あんまりよく分かってないんですか?」

「実はうん……」

 見た目は小さな要塞砲(カタツムリの顔のようなフォルムの大砲)で、対象を見つけると自動で照準を合わせて攻撃するようだ。

 メニュー画面をあれこれ触っていた修太郎は、兵器には〝デモンストレーション〟という機能があることに気付く。

「ちょっとやってみよう」

 開始ボタンを押すと、空と地上に〝仮想敵〟が現れた。すると参型はキリリリと音を立てて動きながら照準を合わせ、ピチュンピチュンと短い光線を2発発射した。

 着弾した仮想敵が、一瞬で灰になる。

 倒したのを確認した参型は元の形に戻っていった。

(威力も去ることながら、着弾速度が異様に速い。撃ったと同時くらいに着弾してんなァ)

「今のは?」

「レベル100想定だったけど……」

「これなら天使にも有効そうですねェ」

 レベル100を一撃で倒す兵器――これを使えば住民を戦わせる必要すらないかもしれない。ならば設置しない手はないと、修太郎は更に追加で50機(合計60機)ほど、壁の側面に埋める形で設置した。

 つまり、敵はまず各面15機の兵器からの集中砲火を受けながら城壁を目指す必要がある。少なくともレベル100以下の敵は射程に入っただけで消し炭になるだろう。

「これの使い方も、騎乗と同じで皆に共有したらどうでしょう?」

「あ、それ全自動だから人の手がいらないんだよ」

「そ、そうですか。じゃあ攻める側にとっては昼も夜も関係ないんですねェ……」

 いわゆる夜襲も通用しない、まさに鉄壁の要塞。

「仮に突破できても、中にも武装したレジウリアの住民がいる……恐ろしい二段構え……」

 あまりの戦力に苦笑するバートランド。



《召喚》

スライム  1P

ゴブリン  2P

コボルト  3P

オーク   5P

オーガ   8P

トレント  5P

ゴーレム 50P



 続いて兵隊を増やしていく。

 休む必要のないゴーレム類から、最も硬度のあるアダマンゴーレム(10,000P)を召喚し、要塞一箇所につき5体を配置。それから弓を持たせ城壁の上を500体に巡回させるようにし、24時間体制の守りを固めていく。

 これで内と外の警戒も抜かりはない。

 黙々とダンジョンメニューを操作する修太郎。今度はレジウリアをぐるっと囲むように指でなぞり、メニュー画面から何かを入力していく。


所持ポイント:1,016,539,723,664 P


《魔導結界》

消費ポイント 10,000 P〜


《魔導結界》

消費ポイント 508,269,861,832 P


レジウリアの民()にはああ言ったけど、仮に天使が攻めてきても、この場所だけは指一本触れさせないつもりだよ」

 修太郎は一兆を超えるポイントのうち、キッカリ半分を結界に注ぎ込んだ。

 魔導結界というのは現在アリストラスで張られているものと仕組みは同じで、外敵の攻撃・侵入を防ぐ役割を持っている。込められた魔力によってその性能が変わり、性能を上げるには拠点でのクエスト達成数に応じて段階的に強化されるとプレイヤー間で推測されている。

 バヂヂッと放電するような音と共に、レジウリアのてっぺんから薄紫色の膜が広がり、修太郎が指定した範囲を包み込んでいった。

 この結界にはポイントにして5000億相当の魔力が込められている。ただし、その強度というがどの程度なのか、測る方法は限られている。

「あの、セオドール」

「わかった。加減はしない」

 修太郎が言わんとしていることを察し、セオドールは大剣を眼前に構え、動きを止めた。

「《竜王の加護》《極めし者》《黒竜魂》 《身体強化・極》《到達者の(つるぎ)》」

 セオドールの体に幾重にも強化(バフ)がかけられてゆくと、大地が揺れ、周囲の木々や岩が空に引っ張られるが如く浮き上がる。

 結界が魔王の攻撃を耐えられるなら、天使の攻撃も防げる可能性は高い。もちろんレジウリアには影響のない場所を狙い、セオドールは渾身の一撃でもって結界の強度を測ろうとしていた。

 セオドールの瞳が黄金色に輝き、背後には巨竜のシルエットが大きく羽ばたいた。

「うわぁ……マジのマジだな旦那……」

 防御魔法で修太郎を庇いながら、吹き荒ぶ風の中、乾いた笑みを浮かべるバートランド。

 大剣にエネルギーが集まり、ギュリリリリと凄まじい金属音が耳をつんざく――ゆっくりと振り上げられる大剣に、とぐろを巻くようにして竜が絡みつく。


「《奥義:竜滅一閃(ドラゴンスレイブ)》」


 瞬間、世界から音が消え去った。

 一瞬の静寂――その直後、周囲は轟音と爆風に包まれた。

 セオドールが放ったのは、かつての宿敵だった竜王を斬った時のソレである。同格であるバートランドでさえ、その太刀筋を目で追うことは叶わなかった。

「見事だ……」

 嬉しそうにそう呟くセオドール。

 割れた空、雲が消え、抉れた大地は奈落へ続く崖のように深く続く――その先に、無傷の魔導結界があった。

「旦那の本気でこれなら文句なしだな」

「ふっ、俺もまだまだ修行が足りんな」

「いやァ斬れてなくてよかった、本当に」

 破壊力でいえば魔王随一を誇るセオドールの剣術。もちろん今回は結界のみを狙ったため、仮に壊れても国に被害が及ぶことはなかっただろう。

 そして修太郎はというと。

「す、すごすぎる……」

 腰を抜かして立てずにいた。

「この世の終わりかと思ったよ……」

「終わらせるくらいのつもりで斬った」

 当たり前だと言いたげな顔で腕を組むセオドール。

「人選間違えたかも……でもこれで魔導結界の強度も証明されし良かったのかな……?」

 修太郎が過剰なほどのポイントを費やしたのは、レジウリアの民〝だけ〟のためではない。

 天使と戦う上で考えられる最悪の事態――それは、天使がプレイヤー達を材料に脅してくることである。将来的にプレイヤー全員をここに匿う可能性を考慮し、修太郎はできる限りの策を講じたのだ。

「後はエルロードの魔法攻撃にも耐えるか試したいところだけど……」

「あれ、そういえばエルロードの旦那はどうしたんですか?」

「んーと、確か誠さんを送ってそのまま出て行ったきりかな?」

「そうですか」

 その時一瞬、バートランドの表情が曇ったのをセオドールは見逃さなかった。しかしその場で追求することはなく、三人は次の目的地へと向かったのだった。





 金属を鍛える音が響く。

 金属は棒状に叩き出され、平らに延ばされ、剣の形に仕上げられていく。冷やされた剣は硬度を増し、美しい波紋が浮かび上がった。

 金属に命が宿った――

 修太郎はその風景をじっと眺めていた。

「完成だ」

 そう呟き、セオドールは立ち上がる。

 輝く純白のフォルムが見る者を魅了する。

 細く長い剣身には竜の文字が刻まれていた。

 柄頭、握り、鍔、剣身が全て一つのインゴットから打ち伸ばし造られたその剣は、ひたすらに美しかった。

 隅で見ていたバートランドは、竜の頭部を模したその柄頭から、禍々しく莫大なエネルギーを感じていた。

(旦那のやつ、なにを混ぜ込んだ……?)

 まるで意志を持っているかのように、剣から立ち込めるオーラがうねりを上げている。暴力的、それでいて高潔な気配もする。

 どうやら修太郎には見えていないようだ。

「……剣の名は『白竜剣アメルディア』。俺の中に黒竜(デアマンドア)が眠っているように、この剣には白竜が宿っている」

 少しだけ言い淀み、鞘に収めて突き出した。

 修太郎は、セオドールが一瞬だけ見せた、儚げなその表情を見逃さなかった。

「特別な剣、ということは伝わってくるよ」

「ああ。ここには幼くして死んだ竜の魂が入っている」

 セオドールは竜族を滅ぼす過程で、人間と子供を作り、裏切り者として殺された雌の白竜と出会った。今際の際、白竜に託された卵からは何も産まれてこなかった。欠けた殻から中身が覗き、そこには小さな一枚の鱗が輝いていた。

 白竜の幼子の魂が宿った剣。

 並大抵の者には持つことすら許されない。

「最初は扱いに苦労するだろうが、仕方なのないことだ。竜は本来誰にも靡かないのだから」

「……」

「貴方は我々の王だ。時間が経てばこの子にもそれは伝わるだろう。きっと大きな力になる」

 握りと鞘をそれぞれ握り、丁寧に受け取る修太郎。白竜の気配が威嚇すると同時に大きくなってゆき、修太郎を飲み込まんと口を開く。バートランドが思わず槍に手を伸ばした――その瞬間だった。

「よろしくね、アメルディア」

 修太郎が声を掛けると、白竜の気配がみるみるうちに小さくなっていくではないか。それだけではない。まるで懐いた犬のように、白竜のシルエットは修太郎の体と首に巻き付いた。

 尻尾がパタパタ揺れている。

(力を示すまでもなく、か)

 修太郎に触れられた瞬間、白竜は〝自分の主〟であると瞬時に理解したのだ。幼いながらも賢かったということだろう。これにはセオドールも驚きを隠せない様子だ。

「こんなにも早く認めるとはな」

「子供でも竜は竜かァ」

「え? え? どういうこと?」

 一人蚊帳の外な修太郎。

 剣が早々に修太郎に馴染んだことは、セオドールにとって嬉しい誤算であった。

「剣の説明だが、これは持ち主と共に成長していく性質がある。備わっているスキルは〈継承〉〈成長〉〈モンスター殺し〉。まぁ百聞は一見にしかずだ」

 そう言ってセオドールは工房にあった適当な剣を持ってくると、アメルディアの柄頭にコンと当てた。すると竜の瞳が青白く光り、セオドールの剣は砂のように崩れて消え去った。

「これが継承の効果だ。この剣は武器を喰う。そして成長のスキルで切れ味を増していく。より強い武器を喰えば、それだけ強くなる」

 継承の効果は、武器に備わったステータスや蓄えられた経験値を引き継ぐというもの。そして成長は、経験値によってステータスを上げていくというもの。

「つまり、この剣には強さの上限がないの?」

「上限はあるはずだが、俺はそれを知らない。全てアメルディアの知るところだな」

 白竜のシルエットは「まだ食える」と言いたげな様子でお腹をポンポンとやっている。

 修太郎は何かを思い付いたようにストレージを漁り出すと、愛剣である牙の剣を引っ張り出した。

「なら、この子も倉庫に眠らせずに一緒に連れて行けるってことだよね」

「もちろんそうだ」

 意志を繋ぐ剣――想いを力に変えて進む力。

 この牙の剣には色んな者の想いが乗っている。

 ショウキチ、バーバラ、キョウコ、怜蘭、ラオ、キイチ、ヨシノ――共に冒険し、散っていった仲間との想い。そして、志半ばで散っていった他のプレイヤー達の想いも全て。

「アメルディア。この子の意志も連れて行こう」

 牙の剣も同じように飲み込むアメルディア。

 牙の剣は光と共に砕けて消える。

 性能が大きく上がることはなかったが、剣の重みが増したような気がした。

「こっちは防具だ」

 次に手渡されたのは、防具というよりも服に近い衣装だった。上品な黒色の生地は、現在着ている革の防具よりも防御力に乏しそうだが、淡い光沢を放つ防具からは、剣と同等のオーラが出ている。

「非常に興味深い経験ができた」

 セオドールが目配せすると、バートランドは小さく頷きながら「どうぞ」と説明を促した。

「これはエルフに伝わる宝具の一つ。手直しにかなり手間取ったが、こっちには現国王がいるからな。なんとか形にできた」

「ほ、宝具?!」

「王宮にあったものを拝借してきました」

 あっけらかんとするバートランドに、修太郎は慌てて防具を押し戻した。

「受け取れないよそんなの!」

「主様をお守りするためにこの宝具は生まれ変わったんです。主様が着てくださらないと無駄になってしまう……さあ着てみてください」

 ズイと防具を前に出すバートランド。

 修太郎は申し訳なさそうにそれを受け取った。

「なぜお前が仕切る。直したのは俺だ」

「まあまあそう固いこと言わない言わない」

 言われるがまま防具を装備する修太郎。

 ぴっちりと着こなされたその防具は、まるで貴族の正装のように煌びやかに見えた。

 胸元には蔓のような刺繍と、背中には大樹を模した刺繍が施されている。

 腰に剣を携えると、より神々しさが増した。

「に、似合ってるかな?」

「そりゃあもう!」

 照れ笑いする修太郎。

 防具には〈自動回復〉〈物理耐性:極〉〈魔法耐性:極〉〈状態異常耐性:極〉〈万力〉〈大魔法補助〉などのスキルが備わったハイグレードな装備となっている。

 自動回復は3秒で1%のLPを回復させる効果があり、物理と魔法耐性:極は、それぞれの属性攻撃を半減させる効果がある。そして状態異常耐性:極は、状態異常を50%の確率で無効化する効果があった。

 万力には筋力増強効果があり、筋力値が1.8倍される。そして大魔法補助は、魔法使用時に消費MP半減、威力2倍という性能であった。

「それとコレもどうぞ」

 そう言ってバートランドが渡してきたものは、エバーグリーン色のマントだった。

 手に取った修太郎はその滑らかな手触りに驚いた。

「これはエルフ族秘伝の魔法布から作製したもので、どんな環境にも適応できると言い伝えられてます。ま、俺が王になった時の献上品の一つなんでね、質は折り紙つきです」

「えと、貰っちゃっていいの?」

「主様が着てくださるなら、これ以上の喜びはありません。さあ着てみてください」

 早速着てみる修太郎。丈はくるぶしくらいまであり丁度いいサイズ感だ。背中には防具と同じく大樹を模した銀色の刺繍が施されていた。

「旅人なら渇望モノの性能が備わっています。きっとこれから行く場所(・・・・・・・・)で大いに役立ちますよ」

「ありがとう!」

 不思議なことに、先ほどまでセオドールが武器を打っていたため工房内はかなり暑くなっているのだが、これを纏った瞬間から体温が下がっていく感覚があった。

 これがバートランドの言うスキルの影響なのだろう。

「このマントには〈自動修復〉〈適応力〉のスキルが備わっています。布は服同様にエルフの魔法布です」

 適応力には厳しい環境下(極寒や灼熱、海底など)でも変わらず活動できるように、常に体の状態を正常に保つ効果がある。自動修復はそのまま、破れても自分で元に戻る効果だ。

 腰に白銀の剣を携え、上品な黒の防具にエバーグリーン色のマントを羽織ったその出立ちに、二人の魔王は歓喜に震えた。

 いくつもの修羅場を超え、人間的に逞しく成長した修太郎はすでに強者の風格を纏っていたが――今の彼は別格だ。

《修太郎 統べる者 Lv.94》

 現在のレベルは94。

 成長し続ける剣と、貴重な防具を手に入れた。これで全ての準備は整った。

「じゃあ、行こう」

 目的地はセオドールの世界にある巨大な塔。

 中には未知なる敵がひしめいている。

 修太郎は自分を鍛えるために塔に登ることを決意した――全ては友の仇であり、プレイヤー達全員の敵である天使を殺すために。





 門の先には草原が広がっていた。

「ここに来るのは三度目だな」

 変わらない景色に懐かしさを感じながら、セオドールはそう呟いた。

「これが、塔の中の世界だなんて……」

「とんでもない規模の拡大魔法だなァ」

 ここは天の塔――。

 入る者は拒まない、ただ誰も戻らない。

 一度入ったら二度と戻れない帰らずの塔。

「加速機能を使ってるから時間は気にしなくていいんだ! 千年掛けてクリアしても問題ナシだね!」

「千年掛けたら人格変わっちゃいますよ」

 意気込む修太郎をバートランドが嗜める。

(頂上までとは言わんが、ある程度の高さまで登れれば天使と渡り合う力が手に入るだろう)

 かつて、強さを求めて登った最初の挑戦では、自国を竜族から守ることを選択し途中で降りたセオドール。そして竜族を滅ぼした後、再び塔へと登り、頂上まで到達した。そこでの経験は彼の血となり肉となっている。

 無言で進み始めるセオドール。

 他の二人は終始圧倒されていたが、ほどなくして村が見えてくると、警戒心を強めた。

「あの場所は嘘つきの村だと教わった」

 だから二度目に来た時、セオドールは誰とも会話をせずに素通りしている。

 三人が村に入っていくと、どこから現れたのかあっという間に村人に取り囲まれた。

「客人か! いやぁ珍しいねー何百年ぶりだ」

「可哀想に子供もいるよ。迷い込んだか?」

「聖獣に近付かなければここは天国みたいな場所だ」

「ん? アンタどこかで……」

「邪魔だ」

 セオドールは応対しようとせず、村人を押し除け進んでいく。

「行きましょう」

「あ、うん……」

 バートランドが促すも、修太郎は立ち止まり、訴えるような表情で口を開いた。

「ねぇ、ここに置いていくのは可哀想じゃないかな?」

 塔に挑むにあたり、あらかじめセオドールの説明を聞いていた修太郎だが、何百年もこの場所に閉じ込められ、死ねずに生き続けている人々がとても気の毒に思えた。

 たとえそれが嘘つきの村人だったとしても。

「ここの者達は強い欲望に駆られてこの塔に入ってきた。不死を良いことに、考えうる犯罪はひと通りやり尽くしている連中だ。俺も解放を考えたことはあったが、国の平和と引き換えにするほどの価値はない」

 ここには聖獣に挑んで心が折れた者達が住んでいる。彼等は無限にある時間で他者を傷つけ、自分を傷つけ生きている。そんな連中が解き放たれたらどうなるか……それは火を見るより明らかだ。

 それを知るセオドールは修太郎に、ここの住民達と関わってほしくないと考えていた。

「一丁前なこと言ってくれるじゃねえか、ガキぃ……」

 村人の一人が血走った目を向ける。

 見れば錆びついたナイフを手に持っていた。

「可哀想? 可哀想だぁ? どの立場から言ってんだガキぃ。お前も俺達と同じだ、出られやしねぇ。聖獣に砕かれて心が折れるのがオチよ」

 同調するように村人達が湧いてくる。

「数百年ぶりの客だ、逃すわけがねぇ」

「死ねない苦しみってもんを味合わせてやる」

 下卑た笑みに囲まれ、呆れたように魔王二人は同時に武器に手を伸ばす――しかしその直前、村人達は何かに怯えたように、ガタガタと震え始めた。


「それが皆の総意でいいの?」


 修太郎から放たれる圧倒的なプレッシャーを前に、誰一人動けなくなっていたのだ。

 武器は抜いていない。

 それでも、村人達は魔王二人より修太郎を恐れた。ただの子供だと油断した村人の中には、その敵意にあてられ卒倒する者も出始める。

「ここに居たいんだね」

 ごめんねと呟く修太郎は、

「お邪魔しました」

 そう言って踵を返すと、魔王二人も黙ってそれについて行ったのだった。

(ありゃなんだ……)

 アレは霊獣よりも危険だと本能が告げる。

 過呼吸のようにヒューヒューと息を漏らしながら、村人達は去って行く三人を見送った。





 都市の様子も、セオドールから聞いていた通りの風景が広がっていた。

 石を切り崩したような建物が並ぶ大通り。道端では、死んだように動かない人々が、口を開けたまま空を見つめ佇んでいる。

「ある意味村よりも酷いなァ」

「うん……」

 皮肉にも、威勢の良かった村人のほうが、まだ人間らしさを残しているように思えた。ここの人間達は、まるで人の形をした植物のようだ。

 着ている服に統一感はなく、むしろ服を着ていない者の方が多いほど。それら全員が言葉を発するでもなく、ただ空を眺めている。

「村人は聖獣とろくに戦わずに逃げて帰った者達だ。都市にいる連中は、曲がりなりにも自分の実力に自信があった達人。聖獣に何度も挑み、破れ、現実にも戻れず、ここで朽ちていくのみ」

 それでも、セオドールは前に訪れた時より様子がかなり様変わりしているように思えた。女を追い回す暴漢達や、他人を切り刻む異常者も多くいたはずなのに、ここには人間らしい人間が一人もいない。

「ここの人達なら無害だから……なんて、もう言わないでくださいね」

 バートランドが釘を刺す。

 修太郎は力なく頷き、周りの人々を見た。

「ここには生きてる人がいないもんね……」

 都市の様子を見れば、聖獣という存在がいかに強大なのかが窺い知れる。修太郎は剣の柄頭を強く握った。

 しばらく歩くと遠くに門が見え始める。

 建物に囲まれた広い空間の中央に、重厚な門が佇んでいた。

 そして上へと続く階段と、門の前に鎮座する巨大な獣の姿もあった。

 生物とは違い、どこか彫刻を思わせる質感のそれは、白毛の獅子の見た目をしている。

「本当に手出し無用でいいのか?」

 心配そうに再確認するセオドール。

『僕もセオドールが登った塔に挑戦したい』

『納得できる強さになるまで帰らない』

『なるべく僕一人の力で進みたいんだ』

 塔へ登ると宣言した際、あらかじめ二人にそう告げた修太郎。だから彼等は最大限の譲歩(装備品の新調)を施すのを条件に、傍観者でいることに納得した。

「うん。僕はただレベルを上げたいだけじゃないんだ」

 そう言って、一人で聖獣の元へ歩み出す。

 魔王二人は並んでその行く末を見守った。

 門の前にやってくると、巨大な獅子が音もなく立ち上がり、修太郎を観察した。

「これが聖獣……」

 5メートルをゆうに超える獣。

 体感の実力差では、あちら側がやや優勢といったところか。

 それでも修太郎は落ち着いたままだった。

「そこを通りたいんだ」

 チャキと剣を抜く修太郎。

 聖獣は威嚇するように牙を剥き出した。


《最初の霊獣 ライレンファLv.100》


 修太郎がスラリと剣を抜き放つ。

 かつての牙の剣(愛剣)よりも更に長く細いその剣は、刃渡100センチほどの、継ぎ目がない純白のロングソード。

 初めて握るその剣は不思議と手に馴染んだ。

「!」

 聖獣が消えた。

 いや、修太郎の背後に聖獣はいた。

 修太郎に油断はなかった。それ以上に速い――。

 ガギギン!! 

 甲高い音、飛び散る火花。

 振り下ろされた腕は、まるで大樹の根のように太く、ちっぽけな修太郎はたちまち押しつぶされ――てはいなかった。

 鍔迫り合いのように剣をかち合わせた修太郎。やがて目をカッと見開くと、純白の剣に赤色のエフェクトが煌めいた。

「《火炎ノ太刀》」

 ボウっと刃が発火した直後、凄まじい斬撃音の後に聖獣の悲痛な叫びがこだました。LPは一気に6%も減少し、聖獣の前足が炎上する。

(やっぱりこの剣、すごい……!)

 ステータスの差では聖獣のほうが有利であるが、それを補って十分なほど、装備のアドバンテージが大きかった。

 聖獣の巨体がバランスを崩し、背後の建物を崩しながら倒れ込み盛大な土煙を巻き上げる。

 空へと飛び上がった修太郎は、矢のように勢いをつけ聖獣に向かっていく。

 今度は青のエフェクトが煌めくと、ガラ空きの腹に連続突きが炸裂した。

「《乱れ雨打ち》」

 機関銃さながらのズダダダダダという着弾音の度、聖獣のLPが減ってゆく。

「勝負勘、技の選択、身のこなし。天性のものか……」

「むしろ今までの装備を付けてた方が良い勝負できたかもしれないねェ」

 修太郎の戦いぶりを見守る魔王達。

 格上との戦闘のはずが、一方的な展開となっていた。

 聖獣の炎をマントで受けると、お返しとばかりに喉元へ剣を突き刺した。のたうち回る聖獣。直後、剣に淡い黄色が灯り――刃が上へと跳ねた。

「『ハイ・スラッシュ』」

 刃の速度を上げ、飛翔する修太郎。仰け反る聖獣の脳天目掛け、今度は赤色のエフェクトが煌めいた。

「『断頭の剣(ギロチン・スラッシュ)』」

 流れるような連続攻撃が聖獣のLPを大きく削った。一撃の重さが作用し、聖獣は仰け反るばかりで反撃に移ることができないでいた。

 聖獣のLPは残り27%。

 修太郎は素早く剣を鞘に収め、ゆっくり引き抜いていく。鞘から七色の光が漏れ、ギャリリリリという金属音が辺りに轟いた。

「『電光九連撃(クイックコンボ)』」

 ダンッと一気に踏み出す流れで最初の一太刀を顔面に、返す刀で下顎から上顎を抜け、眉間を裂くように叩き込む。

 今度は斜め下からの掬い上げ、振り切るように右頬から左へ、そして左頬から正眼ときて、回転を加えた二蓮撃。

 仰け反る聖獣の前足を踏み台に跳ぶと、背中目掛けて剣を一気に振り下ろした。

 聖獣の体が風船のように膨張した刹那――爆散すると共に、紙吹雪のようにアイテム群がパラパラと落ちてくる。

「……ふぅ」

 修太郎のLP減少値は僅か2%だった。

 前情報が一切ない中、傍観者を決め込む魔王達に見守られながら、終始圧倒した修太郎。

 霊獣が消えるとレベルアップを告げる音が響き、修太郎は再び小さく息を吐いた。

「まずは一体」

 戦いの中で、どの技なら天使に通用するのか、天使を倒せるようになるにはあと何匹倒す必要があるのかなど、頭の中はそればかりがぐるぐるしていた。

 当然、現状に修太郎は満足などしていない。

 天使を倒す一歩を踏み出したに過ぎない。

(それに、今の僕は――いや、今までの僕は借り物の力をただぶつけていただけ。装備の性能、ステータス増強、皆のスキル……全部僕の力じゃない)

 与えられたものの強さではなく、使い手としての強さを伸ばしたい。不相応な力に相応しい器でありたい。そうすれば、今まで以上の力が出せると考えていた。

「見事だ」

 その声にハッと我に帰る修太郎。

 見れば二人の魔王がそばまで来ていた。

「焦らず行きましょう」

「う、うん。そうだね」

 微笑みかけるバートランドにぎこちない笑みを返し、純白の剣を鞘へと納め、深呼吸する修太郎。

 最初の不意打ちに反応が遅れていれば、恐らくかなりの痛手を負っただろう。まだまだ未熟だなと厳しく自己評価していた。

 霊獣の体が完全に消えると同時に、重厚な門が音を立てて開き、天を貫く階段が現れた。

「階層が進めばいずれセンスとポテンシャルだけでは倒せなくなる。課題が見えるのはそこからだろう」

 そう言って階段の先を見つめるセオドール。

 先には多種多様な霊獣の他、過酷なエリアも続いているが修太郎には教えていない。それをもどかしく思いながらも、主の願いを尊重したのであった。

「うん、頑張るよ!」

 まだまだ余裕そうな様子で階段を登り始める修太郎。バートランドは少し遅れてそれに続いた。





 五階層のボスで、修太郎のLPが80%を割った。一瞬の油断が隙を生み、この世界に来て初めてまともに攻撃を受けたのだった。

「少し休みましょう」

 バートランドの提案に「まだ行ける」と答えようとした修太郎だったが、危うく負けかけた先程の反省を行うべきだと、岩の上に腰掛けた。

「今回は相手が悪かった。むしろ物理耐性に特化したゴーレムを剣一本で倒せたのだから、戦果としては十分。20層辺りまでは難なく進めるだろう……気に病まなければいいのだが……」

 修太郎が聞こえないところでそう呟くセオドールは、煙草をふかすバートランドに視線を向けた。

「お前は聞いているか?」

「ン? なにが?」

「第一位が何をしているか、だ」

 修太郎にも目的地を告げずに去ったエルロードには、バンピーだけでなく、魔王全員が不信感を覚えていた。

 元々単独行動の目立つ人物ではあったが、天使という敵が現れてから、ますます動きが読めなくなっている。

「ンー、エルロードの旦那は何考えてんのか分かんねェからなァ」

「とぼけているなら許さんぞ」

 バートランドの首元に、鋭い鉄の刃が迫る。

「あれ、俺まで疑ってる?」

 大剣を突き付けられても、バートランドは気にしてない様子で煙を吐いた。

「以前、主様に隠れて誰かを鍛えたと聞いた。誰にも告げず動いている点ではお前も同じじゃないのか?」

「それを言うなら旦那も武器あげてただろ? 何が違うんだ?」

「俺は主様に許可を得てから行動している」

 事実、ミサキに渡した銀の弓も、誠に渡した装備に関しても、セオドールは修太郎に念話で許可を取ってから渡している。

「ならガララスの旦那も同じことしてるだろ?」

「奴は好奇心に従って動くだけで、その影響で何が起こるかまで考えていない。ただ、俺はお前もそうとは思っていない」

「居ないところでひでェこと言ってんな……俺だってあれこれ考えてる訳じゃねェよ」

 などと呟きながらも、観念したように再び煙を吐いた。

「旦那の行き先は――言えねェな」

「言えないだと?」

「俺ァこの件に関してはエルロードの旦那と心中するつもりだ。多分旦那は俺にも言いたくなかったんだろうけどな」

 バートランドにも言うつもりは無かったが、何らかの事情で話したということ。セオドールにはその事情とやらが分からない。もちろんどんなに考えても答えは出ない。バートランドが口を割るか、エルロードから直接聞く他ないからだ。

 武力によって聞き出すことはできる。

 とはいえ、それが難しいということは、バートランドの目を見たらすぐに分かった。彼の〝心中するつもり〟という発言が本気であることも。

「……本来あってはならないことだぞ」

 そう言いながらセオドールは剣を収めた。

「主様を悲しませる結果になったらお前達を許さない」

「……わかってる」

「そうか。ならこの話は終わりだ」

 吐き捨てるように言いながら踵を返すセオドール。

 バートランドは変わらず遠くを見つめていた。

『なんで俺なんだ?』

『絶対に失いたくない人がこの世界(・・・・)にいるのは、貴方だけですからね』

 あの日の会話が蘇る。

「……覚悟はできてるよ」

 その呟きは誰にも届かず風に乗って消えた。





 サンドラス甲鉄城は、未だセーフティ機能が破壊されたままの無法地帯であった。

 侵攻の余波は凄まじく、兵器は機能を止め、兵士NPCもいない状態が続いている。

 復興に準じるプレイヤー達であったが、拠点周辺の警戒も怠れない。侵攻はもちろんだが、犯罪の横行や、PKの襲撃が予想されるからである。

 とはいえ腐ってもここは最前線。プレイヤー個々の武力こそ高いが、彼等には所属する組織と明確な目標がある――故に、他拠点よりもモラルは高く、作業は着々と進められていた。

「あとどのくらい素材があればいいんだ?」

「んー1万から1万2千くらい?」

「だぁぁまだそんなに必要なのかよぉ……」

「クリシラ周回行ってきますー!」

 金槌の音がそこかしこから響く。

 職人系スキルを持っているプレイヤーが壁の修復を行い、他のプレイヤーは素材をひたすら集めてきている。城壁の再建が終わればセーフティは確立できるのだが、復興のための素材が圧倒的に足りていない。

 サンドラスは機械の国。

 使われている素材も石や木とはわけが違う。

 そんな職人達が作業する眼下で、武装した集団が帰ってくるのが見えた。紋様の刻まれた鎧に身を包む――紋章ギルドのメンバー達だ。

「あ、フラメさん達帰ってきた!」

「かなり長く潜ってたらしいな」

 正門からゾロゾロと入ってきた人の中にフラメがいた。彼女は斥候部隊を率いる隊長だ。

 拠点復興が急がれる中、最前線となるソーン鉱山への関連クエストが発見されたことで、調査に駆り出されていたのだ。



○○○○○○○○○


依頼内容:珍しい鉱石を求めて

依頼主名:ゴラッソ・ペラッソ

有効期間:48:00:00


依頼詳細:古代都市ムスキア繁栄の象徴であるあの鉱石を詳しく調べたい。あの石にはきっと何か不思議な力があるはずじゃ。


目的:ソーン鉱石を持ち帰る(0/10)


報酬内容: 24,500/G

    :130,995/exp


○○○○○○○○○



 このクエストは、鉱石収集の老人NPCから鍵を受け取ることでソーン鉱山への道は開かれる……というもの。

(クエストは完了したけど、困ったわね……)

 思ったような収穫がなかったのか、暗い表情のフラメは調査報告を兼ねて幹部達を集めた。

「お疲れ様。どうだ、エリアの雰囲気は」

 労いの言葉の後、アルバがそう尋ねる。

 室内にはフラメの他、天草、そしてカロア支部長に任命されたキャンディの姿があった。

 フラメは白蓮が作ったマップを共有しながら、エリアについての説明を始める。

「敵の強さはせいぜい35〜40ほど、その点については余裕があると思われます。ただ、道に点在するソーン鉱石が厄介ですね」

 紫色の鉱物を机の上に置いたフラメは、忌々しそうに指先でそれを転がした。

 ソーン鉱山――むき出しの宝石が剣山のように突き出したエリア。魔道具の核となる〝ソーン鉱〟が採れる古代の産物。

 かつて繁栄と破壊を繰り返した大国ムスキアの失われた技術(ロストテクノロジー)によって全ての鉱物が〝ソーン鉱〟へと変化し、ムスキアの民はそれらを原料に様々な魔導具、魔導兵器、魔導兵を作り上げたとされる。

 彼等の繁栄の象徴たるこの山は、ムスキアが滅んだ今もなお、鉱石を生み出し続けている。

「厄介とは?」

「罠の類ですね。壊したら発動します」

 そう言いながらナイフで鉱石を叩くフラメ。脆く崩れ去ったそれは、紫色の煙を立ち込め周囲に広がった。

 フラメのLPが微減していく。

「破壊した瞬間から呪われます。状態異常と違って治療ができない。時間経過で治るとはいえ、2個踏めば二重のダメージ……というのが嫌な所ですね。攻略に時間がかかると思います」

「重複するのね」

「そらまたしんどそうなエリアだこと」

 複雑そうに唸るキャンディと、他人事のように椅子へもたれる天草。

 鉱山の危険な点として、鉱石類の〝呪い〟が挙げられる。これは鉱石を取らせんとする先人達の罠で、適切な方法をとらねば呪いに苦しめられることになる。

 様々な種類の鉱石に違う呪いのバリエーションがあり、それらは治せない上に効果・時間が重複する。

 毒ではなく呪いと表現したのは、呪いが必ず〝鉱石を破壊した者〟に向くからで、フラメが攻略に時間がかかると踏んだ原因がこれだった。

「出現モンスターは物理耐性の高いやつばかりで、自ずと攻撃手段は限られてきます。敵の数も多いので範囲魔法が有効ですが、安易に範囲魔法を使えば――」

 モンスターとの相性的に魔法頼みとなるが、魔法は範囲攻撃であることが多い。

 しかし、一度の攻撃で何個も鉱石を破壊してしまうと、何重にも呪いが掛かる可能性があるのだ。

「3秒に1%だっけか?」

 天草が尋ねる。

「それが30秒継続ね」

自然治癒魔法(リジェネ)必須だな」

 呪い一個につき失われるLPの総数は10%。何個も破壊すれば致命傷となる。

「一度破壊したら攻略中はもう生えてこない、なんて仕様じゃないわよね」

「そうならよかったんですけどね……一応、鉱石は破壊=採取扱いになるみたいで、結構な量が手に入りますよ。用途は不明ですが」

「使い道も調べる必要があるわね……」

 フラメとキャンディが揃ってため息を吐く。

 レベル的なアドバンテージがある分、かなり楽に攻略できると踏んでただけに落胆は大きかった。

「最新エリアについての報告は以上です」

 ご苦労様、と労いの言葉を言いながらアルバが復興の進捗についての報告を始める。

「ハッキリ言って、終わる目処が立たない」

 アルバの言葉に露骨に落胆するフラメ。

「やっぱりそうなんですか……」

「機械兵が動かないとどうにもならんらしい。我々が金銭的に援助しようにも断られてな」

「NPCが復活しないのはおかしいですね」

 先の侵攻で多くの兵を失ったことが影響してか、復興の目処は立っていない。

  この世界の住民(NPC)には蘇生機能が備わっている。稀に衛兵が魔物にやられて死ぬことがあったが、死体と入れ替わるようにして、新しい衛兵が元いた場所に現れる――これが常識だと思われた。

 しかし、サンドラスの兵はその限りではない。今もなお、壊れた機械兵達は荒れた大地に体を横たえている。

『機械の修復? 不可能だ』

『城の核が壊れてしまった』

『機械達の動力が失われた』

『奴さえいれば……』

 タウロン王はその言葉を繰り返すばかりで、何も語ってはくれなかった。何かのクエスト発生を暗示していると思われるが、これも仮説の域を出ない。

「城の核というのが、そのソーン鉱石って可能性はないのか?」

 アルバの言葉にフラメは首を振った。

「可能性はありますが、タウロン王に渡しに行っても進展がないんです」

「全く無関係か、前提クエストを見落としてるか……だな」

「城内のクエストを消化してもらってますが、そういったものはまだ……」

「そうか。王の言う〝奴〟という存在についても手がかりがない状態だしな……」

 先行き不安が続く復興組。

 会議室に沈黙が落ちる。

「やっぱり先の拠点を要塞化する方向で考えたほうがよくないか?」

 そう言い出したのは天草だ。

「ここって未だセーフティ外だし、あえて危険を犯して守り続ける意味がないというか」

「たしかに一理あるが、貴重な拠点をむざむざ諦めるというのもな」

 天草が言うように、この拠点には壁がないためモンスターが自由に入ってこれる。前述の通り兵士も復活していないから、防衛はプレイヤーに一任されている状態だ。

 そういった危険性・労力を加味してもなお、アルバは首を縦には振らなかった。

「ここがPK達の溜まり場になったら目も当てられん。後ろに敵がいる状態では攻略も物資調達もままならんからな」

 カルマ値がマイナスの者は拠点に入るとNPCから攻撃・捕獲・投獄されるため、PK行為には〝拠点に入れない〟というリスクが付いてくる。

 ただそれは拠点を守る壁があればの話。

 つまり、兵士すらいないこの場所はかなり危うい状況であると同時に、PKにとっては格好の拠点というわけだ。

「ここを破棄して次の拠点を見つけたとしても、カロアから最前線までの距離が遠すぎる。後続組がエリアを複数越えねば合流できないのは不便だろう」

「後続組とかもう別にいいんじゃない? こんだけ時間が経ってんのに最前線に来ない連中をアテにするのやめない?」

 おどけた顔で肩をすくめる天草。

 冷静な口調でキャンディが反論する。

「聞き捨てならないわね。後続組の支援は無駄って言ってるように聞こえたけど?」

「そう言ったんだけど?」

 ピリリと空気が張り詰める。

 積極的に初心者達の支援をしてきたキャンディと、弱きは切り捨てるべきだと考える天草の価値観が合うはずがない。

(喧嘩ばかりで話が先に進まんな……)

 次は集めるメンバーを精査しようとアルバは心に決めた。

「……当初の予定通り、天草達は最前線攻略組に合流してもらう。万が一を考えても、拠点は多いに越したことはないからな」

「罠への対策はどうしますか?」

 フラメの質問に天草が答える。

「まぁ回復魔法を厚くしてゴリ押しでいいんじゃない?」

「現状はそれが無難かもしれんな」

 天草の言葉にアルバが同意する。

「私は進むのはまだ早計だと思うけど」

 キャンディが否定的な意見を述べた。

「進むのに難儀する罠があるのに、レベルの力で押し通るのは危険じゃない? 数式を理解してないのに、答えだけ書いて正解をもらうようなものよ」

「今まではそうだけど、今回はレベル的に余裕があるからいいんじゃね? 壁の修繕に時間がかかる現状じゃ、新しい拠点の確保が最優先なんだから」

 天草の考えは荒っぽいが正論で、レベルで突破できるなら、エリア構造やボスの行動パターンを学ぶ作業も必要ない。後続組が安全に攻略できることを考慮しなければ、全てのエリアに通じて言えることだ。

 キャンディは自分を無理やり納得させた。

 アルバが振り分けを続行する。

「なら、キャンディはリタイア組を先導してカロア城下町へ。我々は引き続き城内の調査を――」


「失礼します」


 会議室の扉が開け放たれ、一人の男が慌ただしい様子で入ってきた。訝しげに目を細める天草とは対照的に、アルバは「おお!」と席を立つ。

「誠! 心配していたぞ」

 それはレジウリアから戻った誠だった。

 相当急いで来たようで、肩で息をしているのが見える。

「ちょっと色々ありまして……」

「そうか。無事で何よりだ」

 誠自身は過小評価しているが、最前線で活躍できる盾役というだけでも名は知れるというもの。シオラ大塔での立ち回りも含め、アルバからの評価も非常に高い。

 アルバ達は事後報告的に「ケットルを探しに出た」ということは知らされていたが、その後なんの報告もなく、心配を募らせていた。

「それで、ケットル君は無事なのか?」

「……まぁ、それも含めてお話ししますよ」

「あれ、ミサキさんは一緒じゃないの?」

 心配した面持ちでそう尋ねるフラメ。

 遅れて気付いたアルバの顔色も曇ってゆく。

「ミサキさんは無事ですよ! 多分そのうちまた合流すると思います」

「そっかぁ、よかったぁ……」

 ほっと胸を撫で下ろすフラメを横目に、天草がケタケタと笑い出した。

「よかったなぁボス。これで警護も最小限で済む」

「……もちろん協力要請はするつもりだが」

「協力要請? 強制の間違いだろ?」

 やり取りを聞いていた誠は、天草の言葉の意味を理解するなり、ずいと前に出た。椅子にもたれる天草が「なんだよ」と顔を持ち上げる。

「黙ってこれを見ろ」

 そう言って天草にケットルが見た映像を送ると同時に、この場にいた三人にも映像を送った。

「「「!」」」

 アルバとキャンディーは動揺した様子で、フラメは涙を浮ばせながら、天草は神妙な面持ちで誠に視線を向けた。

「こりゃあいったい……」

「俺達の真の敵だよ。レベルは120。Kさんの攻撃でもビクともしない化け物だよ。俺は一秒でも早くこれを皆に共有したい。ヘラヘラしてる時間はねぇ」

 言いながら、天草からフイと視線を逸らし、今度はアルバへ視線を向ける誠。

「今のがケットルの記憶です。ケットルは天使が作った施設の中に捕えられていました。保護しましたが、何か実験に使われていたのか、かなり酷い精神状態です……」

「そんな……!」

 この凄惨な映像がケットルの見た光景だと知ったフラメは、口を押さえて言葉を失う。

 まだ年端も行かない少女の前で仲間が惨殺されただけでなく、自身も酷い仕打ちを受けて精神を病んでしまった――それはどれほど辛いことだろう、と。

「皆さんにはこの情報の共有と、ケットルにかけられた疑いも晴らしてほしい」

「それは全力でやらせてもらうわ。これを見たら疑うべくもないもの」

 キャンディーが力強く同意すると、誠は少し肩の荷が降りたような気持ちになった。

アルバ(ダーリン)。教会の利用はどうする?」

「全面的に禁止にしよう。なるべく近付かないように注意喚起も頼む」

「わかったわ。ルミア達と共有しておくわね」

 天使を警戒するということは、それに属する教会も危険と判断すべきだろう。誠はテキパキと物事を進めてくれる上層部にホッと胸を撫で下ろし、出発の準備を始める。

「俺はこれから攻略組に合流します。ちょうどそこにうちのパーティメンバーもいますから」

 フラメ達の情報を受け取った白蓮率いる黄昏の冒険者と、Hiiiive率いる八岐(ヤマタ)の連合軍は現在、ソーン鉱山へ挑戦中である。

 誠はセオドールから貰い受けた銀の盾をひと撫でし、会議室から出ようした。

「ちょい待ち」

 呼び止めたのは天草だ。

「しばらくしたら攻略組が戻ってくるし、そこから合流したほうがいいだろ」

「……こうしている間にも、攻略組の前に天使が現れるかもしれないんだぞ?」

「だからって倒せるわけじゃねぇだろ?」

「……」

 天草の言葉に何も言い返せぬまま、黙って俯く誠。神妙な面持ちでアルバもそれに同調する。

「入れ違いになる可能性もある。心配なのは分かるが少し冷静に待とう」

 誠はもどかしそうに拳を握り、大きなため息を吐いて頭を振った。勢いに任せてレジウリアを飛び出したはいいが、天使を倒せるわけでも、自分が強くなったわけでもない。ただじっとしてられなかっただけの自分に気付く。

「……ああ」

 不本意だがアルバ達が正しいと理解した。

 



 

「エリア内が明るいのは唯一の救いね」

 白蓮(びゃくれん)はその幻想的な風景に魅入っていた。

 外と同様に、剥き出しの鉱石が七色の光を放つエリア。

 青黒い岩のトンネルが延々と続いており、質感の滑らかな岩肌が光を反射し、中は非常に明るかった。

 ほとんどの者が光源を解いてゆく。

「最前線とはいえ今回の攻略は余裕があるな」

「皮肉にもね」

 Hiiiive(ハイヴ)の言葉に白蓮は苦笑で返す。

 斥候部隊からの情報では、適正レベル35〜40程度のエリア。出現モンスターのは物理耐性の高いゴーレム系や鉱石トカゲが多いという。

 八岐(ヤマタ)のレベルは平均55。

 黄昏の冒険者のレベルは平均48ほどある。

 先の大規模侵攻によって得た経験値が、最前線組をひと回り強くしていた。

「こんな所で立ち止まってないで、サクサク進んで拠点解放すればいいのに」

 背の低い女性がボヤくように言った。

「はぁ……これだから短絡バカは困る」

「お前にだけは言われたくねぇんだよ筋肉野郎!!」

 アランの言葉に激昂する女性。

 二人の口論には触れず、ハイヴは足元から生えた鉱石をひとつ砕いた。そこから立ち込めた瘴気がLPを僅かに削り、足にじくじくと化膿したような痛みが現れる。

「これが問題の呪いか」

「モンスターより厄介ね」

 いかにしてこの鉱石を破壊せず進めるか――それが今回のエリア攻略の鍵である。

 手を叩き「はい注目」と前に出るハイヴ。

 皆の視線が一挙に集まる。

「とりあえず中ボス撃破までは進めるつもりだから、鉱石には気をつけろよ。ヒーラー達に怒られたくなかったら考えて立ち回れ。以上」

 八岐特有のゆるい指示が飛んだ。

 たまらず白蓮が口を挟む。

「ちょっとちょっと! 鉱石の対策とか説明しなくていいの?」

「え? いいだろ別に適当で。つーか俺達いつもこんな感じだし」

 そう言ってワハハと笑うハイヴ。

(すっごく不安なんだけど……)

 復興の手がかりを見つけるため、鉱山の調査に来た黄昏の冒険者。白蓮は千里眼で開拓したマップ情報と引き換えに八岐に協力依頼をかけ、ハイヴがそれを承諾。黄昏と八岐は晴れて一緒にエリア攻略をすることになったのだが、白蓮はその独特な空気感に圧倒されていた。

 黄昏のメンバーは作戦の再確認に勤しんでいるが、八岐のメンバーはとてもリラックス――悪く言えば集中力を欠いているような、そんな印象さえあった。

「魔法使い有利とかめんどくせぇエリアだなぁおい」

「そう? アタシは結構気に入ってるけどね」

 アランと口喧嘩していた女がほくそ笑む。

 青髪に赤のメッシュが入った長髪の女児。

 武器は金属製の杖。棘のついたベルトをぐるぐる巻きにし、それを防具としているようだ。

 かつて他のゲームにおいて〝魔法少女〟の異名で活躍・名を馳せた――舞舞マイマイ

 八岐の()No.3である。

「そりゃお前はな」

 不機嫌そうに呟くアラン。

 雰囲気が噛み合わないまま、一行はエリア攻略の一歩を踏み出した。





 鉱石の邪魔で思うように戦えない黄昏メンバーとは対照的に、八岐は実にのびのびと戦闘を繰り広げていた。

 鉱石は道のいたる所に顔を出している。

 それこそ、戦闘中も常に足元や壁沿いに気を配らなければならないほどで、無造作に突き出たそれらを壊し呪いを受けるメンバーが続出した。

「ねぇ、こんな所来る必要なかったんじゃないの?」

 不満を露わにする舞舞。

 現在地はボス部屋直前の分かれ道の先で、マップ上はただの行き止まりである。

「無駄足かもしれないけど、ここには不自然に大きい鉱石があるみたいだし、一度じっくり調べたくて」

「こんな手抜きみたいなモンスター部屋に意味があるわけないでしょ」

 激しい撃ち合いの最中、戦闘慣れしている白蓮と舞舞は背中合わせに言葉を交わす。

「《流れ星(シューティングスター)》」

 杖を振るう舞舞の横にボッと魔法陣が現れると、そこから五つの光の礫が飛び出した。それらが鉱石トカゲを貫くと、勢いそのままに次の標的を削り飛ばした。

 舞舞の職業は変光星バリアブルスター

 広範囲攻撃が得意な通常の魔法職とは違い、彼女のソレは一点特化型。一撃一撃の威力は低いが手数が多く、クリティカル性能が極限化された杖によって、馬鹿にならない威力に底上げされていた。

 威力も去ることながら、驚くべきはそのコントロール。操るのは彼女の杖だろうか。無数に点在する鉱石を、針の穴を通すような正確さですり抜けてゆく星々が、モンスターの群れを蹴散らしてゆく。

 他の魔法職が尻込みする中、彼らを嘲笑うかのように、舞舞の魔法が猛威を振るう。

「《|射抜く者《Rune of Sagittarius》》」

 白蓮も負けじと杖を弓の要領で引き絞り、モンスターの群れを撃ち抜いた――しかし、その延長線にある鉱石が砕かれ、身体中に鋭い痛みが走った。

(邪魔が多すぎて満足に戦闘できない……)

 鉱石破壊のリスクが低いのは物理職になるが、モンスターの特性で攻撃が通りにくい。

 白蓮は、もし今のようにレベル差がなかったらと考え、ゾッとした。

 なんとか全部のモンスターを倒した頃には、かなりの人数が満身創痍の状態だった。特にヒーラーの疲労は凄まじく、アイテムの消費も激しい。

「何か収穫はあったか?」

 ハイヴは余裕があるようで、何食わぬ顔をしていた。見れば八岐のメンバーの大半は余力がありそうで、奇しくも黄昏との戦力差が浮き彫りとなっていた。

「この大きな鉱石が一回の採取で10個分取れる――ってことしか、特別何も……」

「なるほど。じゃあ俺も記念に取っておくか」

 普通の鉱石なら例外なく一回。しかしこの場所での採取は、運が良ければ五回行えるようだ。

 五回採取で一気に50個の鉱石が手に入る。

 言ってしまえば、ただそれだけの場所である。

「……」

 白蓮の様子を遠巻きに眺める視線が一つ。

 そこには明らかに負の感情が込められていた。

 首をぼきぼき鳴らしながらアランが前に出る。

「さて、次はいよいよ中ボス戦か」

「そうね。とりあえず様子見かな?」

「んなわけ。まぁ俺らに任せとけ」

 そう言ってガツンと両拳を打ち合わせるアラン。白蓮は頼もしそうに「任せるわ」と答える。

「とりあえずいつも通りやるぞー」

 ハイヴの気のない掛け声に八岐メンバーが武器を掲げると、準備もそこそこに、彼等は開けたボス部屋へと向かっていくのであった。





 攻略は至極順調であった。

「すごい……」

 予定としていた中ボス戦に、大した対策もなく突っ込む八岐。勢いそのままに波状攻撃を与える彼等は、既にLP40%まで削っていた。

 特に目立つのは2人――。

「大技止める……ぜッと!」

 ゴギン!!という鈍い音が轟く。

 まるで重い金属同士がぶつかり擦れたようなその音は、中ボスである〝ムスキア・ゴーレム〟とアランの拳が重なった際の音であった。

 アランの体は鈍色に輝いている。

 まるで彼の体が金属になったようだ。

 これは彼の固有スキルの効果であった。

 固有スキル《鋼鉄化》――体を鋼鉄に変えることで、痛みを感じず行動でき、傷付かない。熱、冷気、電撃、物理攻撃に耐性がつき、打撃力が上がる(ダメージは発生する)。

 移動速度20%ダウンという制約付きだが、特にタンク達は魅力的に感じるはずだ。なにせ痛みを感じず傷付かないなら、攻撃を受けた際の精神的な恐怖も軽減されるのだから。

「スタン入ったぞ」

「任せてー!」

 杖でくるりと魔法陣を描き、舞舞が前に出た。

「『流星群(メテオレイン)』」

 陣から小さく尖った光の礫が出現する。

 数にして数十、百はあるだろうか?

 まるでイワシの様に群れをなし、空を泳ぐようにして飛んでいくそれらを、舞舞は杖を動かし操ってゆく。

「いけッ!」

 彼女が杖を振るうと同時にボスへと突撃した礫は、秒間数%という猛烈な勢いでLPを削ってゆく。

 蜂の巣状となったゴーレムの腕が、腐り落ちるようにボトリと沈む。

「『唸る狼のウルグロウ』」

 アランのダメ押しの一撃でゴーレムの体にヒビが入ると、控えていた前衛組が一気に攻撃を仕掛け、僅かに残ったLPが遂に0となった。

「これがレイド戦闘だなんて……」

 呆気に取られた白蓮が呟く。

 パァンと弾けて消えた巨体、並んだ戦利品。

 ボスは間違いなく討伐されていた。

 今の戦闘に内容なんてなかった――あったのは、個々の能力をただぶつけるだけの、暴力である。

「思ったより楽勝だったな。まぁ当然か」

「侵攻のボスの方が明らか強かったからね」

 そう談笑しながら戦利品を眺めるアランと舞舞。白蓮はろくに戦闘に参加できていないことにもどかしさを感じながらも、マップに目を落とした。

(中ボス撃破で復興クエストが起きればいいけど……望み薄よね。このペースなら次のボスまで簡単に行けそうだけど……)

 戦力的には申し分ない、警戒するだけ無駄かもしれないと感じた白蓮。しかし、シオラ大塔での過ちが、彼女を慎重にさせる。

「戻るか? 一旦」

 ニュッと覗きながらハイヴがそう尋ねた。

「え? あ、そうね。ボス情報も共有したいし」

「OK。じゃあおい皆、帰宅すっぞ〜!」

 ハイヴの言葉に「まだやれるだろ」とか「慎重すぎんよ」などとヤジが飛び交うが(全員が八岐のプレイヤー)、彼は意見を変えるつもりがないようで、帰路をマップで確認しているようだった。

「……」

 その光景を眺めていた一人のプレイヤー。

 苛立つあまり唇の端から血が流れている。

「あのさぁ」

 そして彼女はハイヴの前に歩み出た。

 それは今回の戦闘に最も貢献した舞舞だった。

「なんだよ」

「なんだよじゃないわよ。腑抜けてんじゃねえよ!」

 ざわつく周りに静寂が落ちる。

 明らかに喧嘩腰の彼女を前にしても、ハイヴは帰る姿勢を変えようとはしない。それがまた面白くないのか、舞舞の苛立ちが募っていく。

「なんなのよそれ。まずなんでこんな雑魚連中のお守りをしなきゃなんないわけ? 攻略に必要なくない?!」

 皆もそう思うよね! と捲し立てる彼女に同調する者もいた。黄昏のメンバーは居心地悪そうに、事の行く末を見守っている。

「そもそもアタシらは八つの頭で一つのチームでしょ。八人全員が独立したリーダーであるべきなのよ。たまたま一位だった人の意見を素直に聞くつもりないんだけど?」

 ハイヴが面倒そうに頭を掻いた。

「……じゃあどうしたいんだよ」

「エリアボスまで一気に倒して拠点に着いたら占拠でしょ。いつから仲良しグループになったの?」

「白蓮のスキルを借りる代わりに、俺達は戦力を提供する。これは突入前に同意してただろ」

「戦力は提供するけどペースを合わせる必要はないわ。なんで犬みたいに従ってんのか意味がわからないわ」

 まさに一触即発の雰囲気である。

 冷や汗をかく白蓮を見越してか、不敵な笑みを浮かべたアランが耳打ちする。

「安心しろ。うちはいつもああだから」

「でも……」

「うちにはモメた時のルールがあるしな」

 アランがそう言うや否や、ため息混じりにハイヴが何かを操作し、二人の前に〝PvP専用ウィンドウ〟が出現した。

「お前が勝てば進む、俺が勝てば戻る。これでいいか?」

「いいえ、それだけじゃない。アタシが勝てばアタシをマスターにしてよ」

「そりゃルール違反だろ? 入れ替え戦だけの話じゃねえか」

「規律乱してるのはどっちよ。今後も他ギルドの犬になるなら根本を直さなきゃ」

 そう言って杖を構える舞舞。

 八岐のメンバーは異様な盛り上がりを見せており、徐々に後ろに下がってゆく。当の二人は広いボス部屋の中央で睨み合いを続けている。

「ク……クククッ」

 何を思ったかケタケタと笑い出すハイヴ。

 舞舞は目を細めてその姿を不審がった。

「やっぱうちのメンバーはこうでなくっちゃな……いい子ちゃんだけの組織じゃつまらねぇよ」

 そう言いながら、剣を抜いたハイヴは白蓮の方へ剣先を向けた。

「ただな、俺達もあの侵攻から〝救われた〟ことを忘れちゃならねえ。あの余波で壊れた壁を直してるのは紋章と黄昏だ。うちだけ何もせず、あまつさえ拠点まで解放してうまい汁吸うだけとか、かっこ悪くてできねぇよ」

 舞舞が「あっそ」と言いながら同意ボタンをタップすると、周囲に半透明の膜のようなものが現れる。そこには〝ルール:デスマッチ〟と書かれており、黄昏メンバーはギョッとした。

 デスマッチ――つまり、片方が死ねば勝敗が決する。

「死ぬ前に降参するから平気平気」

 などと笑っているのは八岐メンバーだけだ。

 黄昏サブマスターのkagoneは慌てた様子でアランに詰め寄った。

「降参前提なら残り10%まで(シリアスモード)でも良いんじゃないでしょうか……!」

 対するアランは「分かってねぇな」と首を振る。

「絶対死なないのが決まってるルールじゃ本気になれないだろ? 俺達は自分の意見に命をかける。側から見たら超くだらないことでもな」

 さも当然のように答える姿に、カゴネの血の気が引いてゆく。

「……それで、死んだ人はいないの?」

「あー」

 白蓮の言葉に頬をかきながら、

「一人死んで、殺した奴は監獄に飛ばされたな」

 思い出したくない過去を語るように、目線を泳がせながらそう呟いた。

「……やっぱり貴方達とは仲良くなれそうにないわね」

「稀な例だ。あいつは特に頭のネジがイッてたからな」

 アランが弁解するも意味を為さなかった。

 隣のカゴネはもう放心状態である。

「人を殺すと監獄行き――この仕様はデスゲーム前と後でも変わらないものね」

「カルマ値がとんでもない数値になるらしいからな。NPCに捕まればアウト。PK達が拠点に入れない理由もそれだしな」

 カルマ値は罪の重さに比例して変動するが、その正当性はマザーAIによって決められると考えられている。これはβテスト時代、酔狂なブロガーが試し、記事として残している。

「監獄は時間経過で戻るんだっけ?」

「β時代はそう言われてたらしいけどな」

「ってことは、今は違うの?」

「さあ? 戻った奴いないらしいし」

 そう言いながら、肩をすくめるアラン。

 監獄から戻った者はいない――アランの何気ない言葉に、白蓮は怖気を覚えた。

(PKで囚われた奴等は、もしかしてずっと監獄の中に……?)

 捕まった者の末路。

 真意は不明だが、確かに白蓮も聞いたことがなかった。

 デスゲーム開始直後、パニックに乗じてかなりの人が暴徒化した関係で、それなりの人数が捕まったのを見たことがある。

 人が捕まるあの光景(・・・・)は、一度見たら忘れられない。

「どうしよう……始まっちゃいますよ!」

 慌てたカゴネの様子にハッとなる白蓮。

 まさに今、戦闘開始のゴングが鳴り響くと、八岐のメンバーが狂ったように声を上げた。

「『流星群(メテオレイン)』」

 迷いなく自身最強の魔法を展開する舞舞。

 ボス戦で見せた魔法なだけに、その威力を知る面々から悲鳴にも似た声が漏れた――あの魔法を人に向けて撃つのかと。

 対するハイヴは余裕の笑みを崩さない。

 それどころか、彼の真骨頂たる宝石の竜(クライノートドラゴン)を召喚する気配すらない。全くの無防備といっていい。

「……舐めてるわけ?」

「まあそうなるかな」

「じゃあ死ねば!」

 豪快に杖を振るうと、連動して光の礫がハイヴに迫った!

 ハイヴはどこから取り出したのか玉のようなものを地面に叩き付けると、辺りが一瞬にして黒煙に包まれた。

 礫の勢いは止まらない! 彼のいた場所を削り取るように、圧倒的物量が降り注いだ!

「ぐっ、ああああ!!!!!!?」

 悲鳴が轟く――しかしそれは舞舞の声であった。

 彼女のLPが猛烈な勢いで減ってゆく。それも、僅か数秒の間に50%を割る勢いで減少を続けている。

 激しい痛みに立つことができず、膝、そして顔を埋めるように地面へ倒れ込んだ。

(何これ……死……!?)

 全身が押し潰されるような圧迫感、痛み。

 朦朧とする意識の中でかろうじて〝降参〟ボタンを押した舞舞。視界が一気に晴れるなり、周りのヒーラー達から回復が乱れ飛ぶ。

 ハイヴは腕を組んだまま彼女を見下ろしていた。その手にはソーン鉱石が握られていた。

 状況から全てを察した白蓮が尋ねる。

「いったい……何個……?」

「さあ? 30個くらいかな」

 じゃらじゃらと手の上で弄びながら、不敵な笑みを浮かべている。

「殺す気……満々じゃない……」

「アホ言うな。加減するっつーの」

 そう言いながらハイヴも回復に加わると、舞舞は観念したようにガックリと顔を倒したのだった。

 黄昏のメンバー達は、血気盛んな八岐のトップで居続ける彼の強さを垣間見た気がした。

「楽に勝ったなー」

 つまらなそうにため息を吐くアラン。

「あれは何が起こったんですか……?」

「煙幕を撒いた後に鉱石をばら撒いただけよ」

 困惑するカゴネに白蓮が解説した。

 今まで絶妙のコントロールで敵だけに魔法を当てていた舞舞だが、使う魔法は一つ一つが独立した攻撃だ。万が一、鉱石が集合した場所に当たれば、今回の結果は容易に想像できる。

 ハイヴは挑発した上で視界を奪い、その状況を作り出した。冷静さという点で見ても、二人にはかなりの差があったと言えるだろう。

「じゃあ俺が一位だし、今回は俺の意向に全面協力ってことでいいな?」

「……従うわ」

「まーこのリベンジは次の入れ替え戦でな」

 それも俺が勝つけどな、などと言いながら帰り支度を進めるハイヴ。勝敗を見届けてから、八岐メンバーは素直に帰り支度を始めている。

「やっぱかなり差があるなー。ま、三位といっても仮だし……あんなもんだろ」

 ヘタレ込んでいる舞舞を尻目にそう吐き捨てるアラン。メンバー達に担がれ運ばれる彼女を見送りながら、白蓮はそれについて尋ねた。

「仮ってどういうこと? 本当の三位は別にいるの?」

「ん? ああ、実は一位から三位ってずっと変動してねぇんだわ。永久欠番みたいな感じ?」

 入れ替えが激しいと聞く八岐だが、トップスリーだけは不動のようだ。それだけ他のメンバーとは実力に差があるということだろう。

「あーでも死んだんだよ、そいつ。だから舞舞が繰り上げ三位ってこと」

「死んだ……」

 不動の三位でも死ぬことがある――改めてデスゲームの非常さに打ちひしがれる白蓮だったが、それを察したアランが「違う違う」と首を振って否定した。

「そいつさ、〝デスゲーム後の監獄って中どうなってんだろー〟とか言って、自分で進んで監獄に落ちてったんだよ。んで、何があったか知らんけどいつの間にか死亡扱いされてた。だから半分自殺みたいなもんなんだよ」

 エリア攻略とかモンスター相手に死んだわけじゃねぇよと説明するアランだったが、結果死んだことには変わりない。しかし白蓮はそこには突っ込まず、さらに質問した。

「なぜそんなことを……?」

「気になったら止められない性格なんよ。まぁただやられるタマじゃねぇし……監獄に死刑場でも建ってたのかもな」

「それは、気の毒ね」

「自分の死亡体験をブログに書けないことは悔やんでるだろーな」

 そんな会話をしながら二人も帰路についた。こうして、黄昏と八岐の一回目の攻略が幕を閉じたのであった。





 サンドラスに戻った攻略組を誠達が出迎えた。特に白蓮が驚くような声を上げる。

「いつ戻ったの!?」

「少し前だよ。ミサキさんも無事だ」

「そっか……よかった……」

 涙を見せる白蓮に、後ろめたさを感じる誠。なぜならこれから、彼女にとって耐え難い映像を見せる仕事が待っているから。

「なんかあったのか? 復興の目処は?」

「それは未だにだがな――」

 辺りを見渡すハイヴの質問に答えながら、アルバは誠の方を見た。誠はこの場にいる全員に聞こえるように、ことの次第を話しだす。

「聞いてほしい。そして皆に共有してほしい。俺達の敵はモンスターやPKだけじゃない。もっと強大な存在が俺達を狙っている」

 ざわつく攻略勢。集められた復興勢からも不安がる様子が伝わってくる。

「天使だ。天使がプレイヤーを狩ってる」

 当然、疑問の声が上がりだす。

「天使って、あの天使か?」

「レベルを上げてもらったことあるぞ。味方じゃないのか?」

「じゃあなんで教会でバフが受けられるんだよ」

 ざわめき声が大きくなる。

 誠は白蓮に視線を向けながら続けた。

「信じられない人に映像を見せる。これは唯一の生き残りが持って帰ってきたものだ。ここには俺の仲間が死ぬ映像が映っている、精神的にキツい奴は見ない方がいい」

 流石は攻略組というべきか、ここにいる殆どの者が「映像を見る」覚悟をした。その中には白蓮も含まれていた。

「お前の友人の死の真相も分かる。この意味が分かるか?」

「……ええ。分かってる」

 力強く頷く白蓮に、誠が映像を渡す――

「待った」

 すんでの所で、ハイヴが待ったをかけた。

「まず俺が先に見ていいか?」

「んだよ、なんでお前だけ?」

「アホには分からねーよ。見せろ」

 そんなやり取りをアランとした後、再び誠に視線を向けた。

「人が死ぬ瞬間が映ってるぞ」

「それは覚悟の上。気がかりなのはそれより()だし」

 誠はそれに大人しく従うように、ハイヴにのみ映像を渡した。しばらく映像を見ていたハイヴは、見終わった後も数秒沈黙していた。

「……やっぱりな」

 何かを悟ったように口を開く。

 そして今度はハイヴが誠へ映像を送ってきた。

「悪いがちょっと加工した。配布するならコッチにしとけ」

「? あぁ……」

 その後、同意した者達へ映像を渡す誠。これにより、最前線組に天使の脅威が共有されたことになる。

 映像が終わり――泣き崩れる者が続出した。

 知人の死を知った者はもちろん、天使という強大な敵に絶望する者、教会からの加護を不安がる者など様々である。

「二人らしい最後だったね……」

 白蓮も静かに涙を流していた。

 パーティメンバーを守るため、格上相手に勇敢にも残った二人を尊敬した。

「……教会利用者が死ぬことはあるのか?」

「それは分からない。ただ、利用したからといって必ず殺しにくるわけではないらしい」

 アランの質問に答える誠。

 教会で祈りを捧げた者が殺されるなら、同じように祈ったミサキも襲われるはず。だから、誠はそれをイコールではないと考えていた。

「これを見たところで俺達にできることなんて限られてる。もちろん倒せる存在でもない。でも俺達は天使を〝信じてはいけない〟ことを知れた。ただそれだけでいい」

 天使側はプレイヤーを懐柔させるため様々な甘い策を講じていた。その甲斐あって、プレイヤー達にとって天使や教会は〝味方〟だった。

 しかし、その常識が覆る。

 これがもっと天使達に依存した未来だったらどうなっていたか分からない。天使達を崇拝し、映像は捏造だと糾弾する者もいたかもしれない。

 そんな未来をこの映像は変えたのだ。

「まぁ、俺達のやることは変わらねぇか」

 そう言って拳を鳴らすアラン。

 同意するようにハイヴがそれに頷く。

「そうだな。普段通りでいいんじゃないか」

「いいの?! それこそエリアで襲われたらひとたまりもないんじゃ……」

 舞舞の絶叫に同調する者多数だが、ハイヴはあっけらかんとした様子で反論する。

「別に来ないだろ。少なくとも教会利用やレベルアップの恩恵は関係ねーよ。仮にそれだったらもっと早くに大勢殺されてるはずだし」

 確かにそうかもと納得する大衆達。ハイヴは「ちょっと集合」と、各ギルドの幹部クラスを集めた(なぜかアランとkagoneは呼ばれなかったが)。

「悪いが俺の独断で天使とのやり取りはカットした」

「ちょ、なんでそんな勝手に……」

「そうね。今はそれでいいかもしれない」

 意図がわからない誠の横で、フラメが勘付いたように呟く。白蓮はハイブから渡されたオリジナルの映像を見て、遅れて察した。

「これを聞いたせいでラオ達は……」

 ハイヴが複雑そうに頷く。

「そう。映像を見る限り、死んだ奴らは天使にとって〝不都合〟だったから殺したように見える。人格が入れ替わったのを鑑みるに、前の天使がペラペラ喋った内容がタブーに触れたんだろうな。死人に口なし。祈りが無関係となると、奴等の死は完全なとばっちりだ」

 だから俺達は普段通りにしていたほうがいいと、ハイヴはそう続けた。そしてフラメに視線を向け「その辺の考察は進めてるのか?」と尋ねる。

「もちろんやってます。ゲームクリアの根幹に関係する情報かもしれませんし」

 その回答を得てハイヴは「ならいつも通りでいいんじゃないか」と結論付ける。

「ぶっちゃけアホは天使の発言を聞かないほうがいいと思ったから、俺は前半部分をカットしたんだ。俺達があの発言を〝知ってる〟ことを天使に知られない方がいいと思ってな」

 ハイヴの考えを聞いて誠は頭をハンマーで殴られたような気分になった。そして、自分の考えの至らなさに恥ずかしくなった。

「……すみません、俺、皆を危険に晒したかもしれないんですよね……」

 天使がケットル達を襲った理由があの映像の中にあるなら、それを知る者がいる状況は、天使にとって好ましくないはず。場合によっては無差別殺戮さえ有り得る。

 しかしそれをアルバは否定した。

「いや、そうはならんだろう。第一にケットル君が奪取された時点で情報は漏れると考えるのが普通だろう。その時点で我々を滅ぼしに来てもおかしくなかった、絶対に漏らせない情報だったらな。しかしそれをしなかった」

「そうか。確かにそうだな」

 と、ハイヴも小さく頷いた。

 フラメが続ける。

「だから我々はあえて情報共有を急がせました。天使はプレイヤー全員が〝知ってるもの〟だと既に考えているでしょうから」

 アルバ達はその先を見据えて既に行動をしていたと聞き、誠は再び惨めな気持ちになった。

(俺は感情的に動いてばっかりだな……)

 ケットルの無罪を広めるため、何も考えず拡散しようとした自分を恥じたのだ。

「なんだよ、もう折り込み済みってことかよ。これ俺が馬鹿晒しただけだったな」

「アホに情報を流す必要ないって所は僕と同じ考えだよ」

「お前と一緒とか嬉しくも何ともねーよ」

 微笑む天草を嫌そうに見つめるハイヴ。

 そんなやり取りののち、ヒソヒソ会議は終わった。今後はフラメ達が考察を進め、天使の発言の意味を探ることになる。

「さぁて、結局やることは変わらねぇな」

 待ちくたびれたとばかりのアラン。

「天使にビビってたって何もはじまらねぇし、俺はガンガン進んでドンドン強くなるだけだ――そしたらいつか、天使をボコれる日が来る」

 両拳を打ち付ける彼の言葉で気合が入ったのか、八岐のメンバーが雄叫びを上げる。それを見たハイヴは苦笑を浮かべ「こういう時うちの楽観さには救われる」などと呟いた。

「すみません、俺はちょっと……」

「ごめんなさい、私も……」

 しかし、天使への恐怖は気合いで乗り越えられるものではなかった。どこにも安息の地はないとはいえ、エリアで襲われたらひとたまりもないのだから。

 何人かが戦線離脱を申し出る。

 しかし、新たに何人かが前に出た。

「なら俺が合流する」

 その中には誠の姿もあった。

 銀の盾を強く握り、未踏の鉱山に目を向けている。

「なら脱落組と合流組で数合わせしてもっかい挑もうか」

 続いて天草も名乗りを上げた。

 紋章主力部隊の参戦に黄昏の面々から歓喜の声が上がる。

 エリア攻略は何人構成でも問題はなく、10人でも100人でも参加可能である。しかしそれだけ敵の硬さが増し、相対的に時間がかかる と言われており、そのため、全員が適正レベルに到達している前提の〝30名〟が最も理想と言われている。

 元々30名だった攻略組の脱落者は8名。

 そこへ紋章主力部隊が8名加わった。

「もう平気なの?」

「そっちこそ、休んでていいんだぞ」

「馬鹿言わないで。もう立ち止まらないわ」

 そんなやり取りを交わす誠と白蓮に、迷いの色はなかった。むしろ、愛する友を奪った天使という(目標)ができ、二人を強くしたのであった。





 ソーン鉱山攻略組は最後のボスへと駒を進めていた。

「初動確認! パターンDの振り下ろし!」

 怒号にも似た誠の指示に盾役達が集まって盾を横並びにくっ付けた。それらが黄金色の巨大な盾を生成すると、ボスの拳と拮抗する。

 最後のボスは巨大なゴーレムだった。

 両腕、両足の連結部分にコアが嵌め込まれている。


 ムスキアゴーレムLv.40

 

 ゴーレムの拳が砕けるように弾かれると、間髪入れずに誠が叫ぶ!

「撃てッッッ!!」

 待機していた魔法職達が一斉に攻撃をはじめると、両足のコアが弾けるように砕けた! 足を失ったゴーレムが崩れると同時に、薙ぎ払いを行うも、それも誠達によって防がれた。

 後方から乱れ飛ぶ矢の雨が両腕を襲い、コアが砕け散る。すると、蓋が開くように胸のガードが開き、一際大きなコアが顔を出した!

 前衛職が距離を詰めて飛び掛かる。

 鮮やかな連携によってLPが一気に削られていく!

「追尾自爆確認! 爆破5秒前!」

 唸るゴーレムの体が青白い光を帯びると、前衛達は退避し、入れ替わるように誠が前に出る――全員が誠の延長線に移動すると、エリア内が眩い光に包まれた!

 ズドオオオオオン!!! という凄まじい爆音が轟くも、メンバー達は無傷であった。

 誠はLPを8割残して耐え切っている。

「肝座ってんなァ!」

 微動だにしない誠をアランが賞賛した。

 白蓮はその言葉に小さくほくそ笑む。

 胸部を残してバラバラとなったゴーレムは、コアを起点として、磁石にくっ付くようにパーツが戻っていく――その順番を、誠はしっかり観察していた。

「パターンB! これで決めるぞ!」

 復活したゴーレムが両手を合わせて振り下ろすも、皆は左右に散開していた! 両腕を振り払う攻撃は、待機していた盾役達が受け止めた! 

 両腕を前衛が破壊し、ガラ空きとなった足に再び遠距離攻撃が炸裂! ゴーレムはバランスを失い崩れ落ちると、再び胸のコアが晒された。

「『オーロラ・ピラー』」

「『流星群(メテオレイン)』」

「《|射抜く者《Rune of Sagittarius》》」

 ハイヴのドラゴン、舞舞・白蓮の魔法がコアを貫くと、ゴーレムのLPは0となった。

 ゴーレムの体は青い光を帯び、どこかへ転送されるようにスッと消える。そこには胸のコアだけが残されており、先へと進む魔法陣が現れた。

「よっしゃああ!!!」

「楽勝だったな!!」

 各地で歓喜の声が上がる中、誠のもとへ白蓮がやって来る。

「今回は安心できる盾役だったわ」

「なんだよ、前までそうじゃなかったみたいな言い方だな」

「シオラ大塔はまぁ、そうね」

 そう言って微笑む白蓮。誠は「そーですか」などと不貞腐れるが、ホッとしたような表情を浮かべていた。

「全部のエリアを攻略したら、それでクリアになる……よな」

 誠の言葉に白蓮は口籠る。

 未だにクリア条件は掲示されてはいない。

「そうね、そうなると思ってる」

「そうだよな。皆開放されるよな」

 侵攻が発生しようと、PKが現れようと、天使に阻まれようと、プレイヤー達はただそれを信じて進むしかない。

「おーいお前ら、休むならこっち来てみろよ」

 ひと足先に魔法陣を利用したアランが戻ってくると、激昂した舞舞が彼の膝を蹴った。

「無策に飛び込まないでよ! また変なことが始まったらどうすんの!」

「ビビってても仕方ねーだろ?」

 皆はアランに促されるがまま魔法陣を使うと、そこには山脈に囲まれた美しい町が広がっていた。

 石造りの建物が並ぶそこは、アリストラスに負けずとも劣らない広大さがあった。しかし、様々な人が暮らすアリストラスに対し、ここの住民は皆同じ格好をしているのが特徴的だ。

 全員が鈍色の甲冑に身を包んでいる。

 行き交う人全員が〝騎士〟なのだ。

 騎士の国タルヴォス――鎧職人達の修行の地だったが、チダ部族からの侵略を受け、神聖な土地を守るため武力を持ったとされる。

 騎士達は甲冑を付けているため表情を見ることはできないが、どこかピリピリとした空気が漂っているのが分かった。

「山脈に囲まれてるからかやけに暗ぇな」

「それになんか寒い」

 気温が低く、所々に雪が積もっているのが見えた。街には松明の灯りはあるが、山脈が月の光を遮り、夜ということを加味してもなお暗い印象を受ける。

「なんにせよ、次の拠点はこれで無事確保だな。これからどうするんだ?」

 アランの言葉に白蓮が答える。

黄昏(私達)は一度休んでからサンドラスに戻るわ」

「そうか。んじゃ一旦ここで解散だな」

 そう言って八岐のメンバー達は街を探索するためさっさと散っていくと、他のメンバー達もぽつりぽつりと街へと消えた。

「結局復興の手がかりはナシか……」

 ため息混じりに肩を落とす誠。

「ほとんど期待してなかったけどね。まぁコレが手に入っただけでも良しとするわ」

 白蓮の手には〝重要アイテム:ソーン結晶鉱石〟が握られていた。これはゴーレムを倒した際に落とした、胸のコアに使われていたものである。

「それを使えば復興が進むかもしれませんね!」

「その可能性はあるわね。なんにせよ、次の拠点が確保できたことも大きい……これでサンドラスの人達もぐっすり眠れるわ」

 無事にソーン鉱山の攻略を終え拠点を見つけた最前線組は、ゲームクリアへまた一歩前進したのであった。

 




 サンドラスに戻ったミサキは、周囲の音から拠点の現状を察した。夜も遅いというのに、そこかしこから金槌の音が響いていたからだ。

 復興は終わっていない――そしてまだまだ時間が掛かるということ。

 まるで、侵攻に怯えたかつてのアリストラスを見ているようだった。

「どうしたの」

「あ、ううん! ちょっと考え事をね……」

 無表情で尋ねてきたバンピーに、ミサキは笑顔を作って誤魔化した。

 ミサキは首を振る――あの時とは違うと。

 宿屋に篭る人が続出したアリストラスとは違い、こちらは戦う意志の高いプレイヤーが集まっている。そしてなにより、今回はバンピーやプニ夫がいる。だから私は自分のやるべきことをしようと、気持ちを切り替えるミサキ。

「ちょっと知り合いに会ってくるね」

「そう。なら妾は待ってるわ」

「うん、わかった。ごめんね」

 ミサキの何気ないひと言に、バンピーは眉を顰める。

「なぜいつも謝るの?」

「えっ? だって申し訳ないから……」

「別に。妾の意思でそうしているのだからミサキが気に病む必要なんてないわ」

 理解できないといった表情で腕を組むバンピーに、ミサキは笑顔を見せる。

「……ありがと」

「? なぜ感謝するの?」

「んー、いつもバンピーに救われてるからかな」

 気を遣わずに済む存在がそばにいてくれる――それだけでミサキの心は軽くなった。

 バンピーはミサキを〝修太郎と友人になるための協力相手〟として考えているが、真に助けられているのは自分の方だとミサキは考える。

 それも理解できないといった様子のバンピーと共に歩き出すミサキ。手慣れた手つきでメールを打ち、冒険者ギルドを目指した。





 部屋に着くなり、気付いたフラメがミサキを抱きしめた。

「ミサキさん! 良かったぁ……!」

「遅くなりました」

 目に涙を溜めるフラメをよしよしするミサキを見て、アルバは「どっちが年上なんだ」などと苦笑している。

 するとミサキの右手からウネウネと何かが形を変え、フラメの顔を見るように、目の形をした触手のようなものを向けた。

「ヒッ……!」

 軽く悲鳴を上げるフラメと剣に手を伸ばすアルバに、ミサキが慌てて弁解する。

「この子は味方です! 保証します、大丈夫です!」

 するとプニ夫は興味を失ったようにニュルニュルと形を戻していき、ミサキの右手に収まった。

 数秒の静寂。

「びっくりした……」

 ズレた眼鏡もそのままに呆気に取られるフラメ。

「妙なことになってるな」

「いえ、とても頼もしいですよ?」

「ミサキ君が大丈夫なら我々も関与しないが……」

 そう言って再び椅子に腰掛けるアルバ。

 それからアルバは誠から報告を受けたことを説明し、最前線に向けて発ったと言った。ミサキも彼の決意はレジウリアで聞いていたから、心配しつつも自分の役目を優先した。

「本当は私も合流すべきですが、レベル差もありますし、最前線組(あっち)は精鋭揃いなのでむしろ協力すべきは復興(こっち)だと思ってます。セーフティが確立されるまで夜間の警戒はお任せください」

「おお、本当にありがたい……!」

「ありがとうミサキちゃん!」

 ミサキのスキルがあれば、大勢を警備に回す必要もなくなる。それだけ昼間の警備に集中させることもできるし、復興作業に人員を増やすこともできる。紋章にとっては願ったり叶ったりであった。

「――現状の報告は以上だ、我々は引き続きサウロン王周辺の聞き込みを行おうと思う」

「わかりました。じゃあ私は拠点内外の警戒を始めていきますね」

「何かあったらすぐ知らせてね? 私も起きてるから」

 そうやり取りしたのち、ミサキは部屋を後にした。





 外で待っていたバンピーが歩み寄ってくる。

「早かったわね」

「うん。私のやることは決まってるからね」

「そう」

 短く会話を交わす二人。プニ夫がトラブルを起こしたことは言わなかった。

「バンピーとプニ夫ちゃんは拠点の防衛要員ってことでいいんだよね?」

「もちろん。それが主様からのご命令よ」

 一応確認したミサキに「当たり前のことを聞くな」と言わんばかりに答えるバンピー。プニ夫も力こぶを見せてアピールしている。

「なら役割を分担しよう。私が拠点の内外を警戒するから、異常があったら現地に向かってくれる?」

「わかったわ。その場で消せばいいかしら?」

「あっ、んーと、モンスターならまぁ……」

「? それ以外はどうするの?」

 被害が出る前に対処すべきだと思っているミサキだが、相手がPKだと話がややこしくなる。友好的とはいえモンスターが人を殺せば角が立ちそうで、ミサキはひとつ決心した。


「相手が人なら私が殺すよ」


 覚悟を決めたミサキ。

 人を手にかける罪悪感よりも、フラメ達やバンピー達を守りたいという気持ちが勝った。

「そう……」とだけ呟くバンピー。

 決意した言葉とは裏腹に、葛藤するようなミサキの顔を見て、心の中で小さく笑う。

(妾の立場まで気にしてるなんて、生意気ね)

 お見通しだと言わんばかりに鼻を鳴らす。

 彼女の見せる誠実さと弱さに、バンピーは居心地の良さを感じていた。

「さて、始めるね――」

 そう言ってミサキは生命感知を発動させる。

 マップがグググと広がっていくと同時に、表示される青と緑の点が小さく多くなっていく。その範囲は拠点を超え、ぐるりと囲む荒野の中腹くらいまでを俯瞰する形で止まった。

(数匹で徘徊するモンスターは一旦無視かな……)

 警戒すべきは侵攻の発生、そしてPKだ。

 PKはかつてイリアナ坑道でも確認したように、普通のプレイヤーと同じ青の点で表示されるため区別が付かない。ただこの時間、一人で外を動いているような青点には注意が必要である。

 高い確率で〝PK〟か〝自殺志願者〟だから。

 とはいえ目立った赤点も青点もなく、ミサキはひとまず安心した。しかし、再びマップに目を落としたところで不審な点を見つけてしまう。

(衛兵NPCは復活してないって聞いたのに、なんであんなところに……?)

 それは、サンドラスからずいぶん離れた場所に孤立する、緑の点であった。よく見るとそれは少しだけ動いているようで、徐々に拠点に近付いているのがわかる。 

 重要度が低いとは分かりつつも、気になったミサキはバンピーに声をかけた。

「ごめん、早速お願いしてもいい?」

「……また謝る」

「あ、えと……」

「いいわ。どこに向かえばいいのかしら」

「向こうの方角。私も一緒に行くよ」

 邪魔だから待ってなさいと言いそうになり、でも自分がいる限り安全かと口を閉じるバンピー。

 ミサキに先導されながら現場に向かうと、そこには無惨にも散らばった機械兵士の残骸が横たわっていた。

「これって……」

 大規模侵攻の余波というべきか。

 あの侵攻で破壊された兵士達の骸であった。

(遺体が消えないのはどうして……?)

 本来、NPCが死ぬと、一定時間後に同じ個体が同じ場所に復活するのだが、その際遺体もその場から消えるというのがプレイヤー間での常識。しかし、この兵士達は違うようだ。

(王様が言ってた〝動力〟に関係あるのかな?)

 ザウロン王が言っていたのは『機械の修復は不可能』『城の核が壊れてしまった』『機械達の動力が失われた』『奴さえいれば』という四点。

 城の核を復活させれば兵士達が復活するとアルバ達は読み解いたが、肝心の城の核というものの手掛かりが見つからない。だから城内の聞き込みと関連クエスト探しに奔走しているという説明だった。

「動く気配はないわね」

「完全に壊れてるみたいだけど……」

 そう言って再び生命感知を行ったミサキは、緑点がもう少し先にあることに気付き、更に歩を進める。

 すると――。

「子供?」

 そこには小さな女の子の姿があった。

 何かを引きずるように「うんしょ、うんしょ」と声を上げているが、物が重すぎて全く進めていない。

「どうしたの?」

 声をかけるミサキに女の子が振り返る。

 瞳が螺旋のようにぐるぐるのその少女は、ミサキを見るなり「手伝って」と言った。

「これをワシの研究室に持ち帰るんじゃ」

 そう言いながら再び荷物を引きずり始める。

 少女が持っているのは朽ちた機械兵なのだが、それに関する疑問よりも、こんな場所に置いていくのはかわいそうという気持ちで運ぶのを手伝うミサキ。

 少女が血走った目でバンピーを睨む。

「おい、お前も手伝うんじゃ」

「妾に指図するな」

「うるさい! 早く手伝うんじゃ!」

「わかった。なら運びやすいようにしてあげる」

 バンピーが巨大な斧を取り出すと、少女は慌てた様子で手をバタバタさせ「そんな事したら直せんじゃろ!」などと喚いている。

 直せない?

 ミサキはそれを聞き逃さなかった。

「直すって、これ直せるの?!」

 ミサキの言葉に得意げな顔を見せる少女。

「勿論じゃ。そのために回収しとるんじゃよ」

 王が修復不可能だと言った機械兵を直せる謎のNPC――ミサキは光明が見えたような気がした。





 少女は名前をレキアと言った。

 少女の家はなんと荒野にある岩の下で、階段を降りた先にはサイバーパンクな光景が広がっていた。

 中央にある研究机に機械兵を横たえると、レキアは感謝するように手を取った。

「いやー助かったわい! これでまた助手を増やすことができる!」

 そう言って喜ぶレキアの周りには、せっせと部屋を片付ける機械兵達の姿があった。その数実に12体。問題なく動いているように見える。

「なんで直せるの!? 王様は無理って言ってたのに」

「なんでってワシが作ったからなコイツらは」

 あっけらかんと答えるレキア。

「ザウロンの奴とワシは昔戦友だったんじゃよ」

 ガチャガチャと何かを直すように、研究机の上の機械兵と向かい合いながら、レキアは忌々しそうに語り始めた。

「その昔、この辺は争いの絶えない不毛な土地でのぉ、沢山の人が死んでおった。各国の仲はもう話し合いではどうにもならんくらいに最悪じゃった。じゃから、ワシが再現した古代の技術と、ザウロンの卓越した戦術で、傲慢な王達の国を悉く滅ぼしたんじゃ」

 滅ぼしたらもっと人が死んだのではと、横槍を入れたくなったミサキだが、レキアは淡々と語っていく。

「次に目指したのは空じゃった。なにせ地上に敵はいないからの。陸海空、全てを手に入れるつもりじゃった――しかし、塔の建設は天使によって頓挫した。強かったなぁ、たくさん人が死んだ」

 しみじみと思い出しながら続けるレキア。

 この人も善人ではないのだと、ミサキは理解しながら聞いた。バンピーはつまらなそうに壁にもたれている。

「だからワシは最後の技術に着手した。天使を殺すためにの! 機械の竜と砲台! あれはすごかった、凄まじい威力じゃった。まさに天下無双の技術! 天使に使う機会はついぞ来なかったがの……」

 全てが終わってしばらくした頃じゃ――と、怒気の籠った声でレキアは続ける。

「奴は機械の力を自分だけのものにしようと画策した。技術は全てワシが確立させてたからの、ワシがいなくても充分に運用できたんじゃ」

 そう言いながらテキパキと機械兵を直していくレキア。壊れた箇所が修復されているのを見て、ミサキは少女の話が本当だと確信した。

「それが見ろ、結果がこのザマじゃ! 壊れてしまえば奴には何もできん! しかし、まさか機械兵を壊せる敵がいるとは思わなんだ!」

 そう言ってケタケタ笑うレキアは、徐に紫色の塊を手に持つと、直した機械兵の胸にあてがった――するとそれは兵士の中に吸い込まれるように消え、兵士の目に光が灯る。

「よし、いいペースじゃ! しかし困ったのう、素材が尽きてしまった……」

 おずおずと声をかけるミサキ。

 その素材が、フラメが見せてくれた鉱石に酷似していたからだ。

「それってもしかして、ソーン鉱石?」

「ほう! そなたソーン鉱石を持っておるのか!?」

 食い気味に身を乗り出すレキア。

「あ、いや、私は持ってないけど……」

 ここでソーン鉱石に繋がるのかと納得するミサキ。レキアがつまらそうに呟く。

「なんじゃそうなのか。あれさえあれば城の核も直せるというのに」

 思わず肩を掴むミサキ。

「本当!?」

「それなりの大きさがいるがの」

 ミサキはサンドラスを復興するにあたり、このレキアこそがキーマンであると確信する。ソーン鉱山のクエストで、他のNPCが鉱石を集めさせていた理由にも繋がるからだ。

 しかして、鉱石を持ってくることで本当に事態が変わるというのだろうか? 王とレキアが仲違いしている状態でいいのかとミサキは迷う。

「時が来た、ということかの……」

 勝手に話し始めるレキア。

 NPC特有の会話の唐突さを感じる。

「かつての戦友に貸しを作るという意味でも、ここらでヨリを戻しておこう。ワシにとってもあそこは故郷じゃからな」

 そう言いながら、遠い目をしてサンドラスに思いを馳せるレキア。なんと義理に厚い人なんだと感動するミサキとは違い、バンピーの表情は実に冷ややかなものだった。

「ただ寂しかっただけでしょ」

「……」

「忘れられるって、死ぬより怖いものね」

 バンピーは寂しそうにそう続けた。

 レキアは何も答えなかったが、それがNPC故の反応なのか、あえて無視したのかは分からなかった。

 レキアは何かを決意したように大きく頷く。

「手を貸してやろう」

 手を差し伸べてくる彼女を見て、バンピーは呆れたように肩をすくめた。

 突如、ミサキの目の前にクエストが届く。

 


○○○○○○○○○


グランドクエスト


依頼内容:壊れた甲鉄城の直しかた

依頼主名:レキア・ペンダロス

有効期間:48:00:00


依頼詳細:機械兵を修復できる謎の研究者レキアはソーン鉱石を集めよと号令をかけた。しかし、城の核とするには通常よりも大きな鉱石が必要不可欠だという。


目的:ソーン鉱石(0/169,885)

   ソーン結晶鉱石(0/1)


※城の損傷度合いによって数が変動します


※規定数が満たされると、サンドラス甲鉄城のセーフティが復活します。


報酬内容: ??????/G

    : ??????/exp


○○○○○○○○○



 復興のための重要クエストが遂に発生したのだ。

「これだ……!」

 グランドクエストは、人数無制限で参加できるクエストの名称。かつてゴブリン侵攻の際に同じクエストがギルドから発令されている。

 グランドクエストはギルドの掲示板から参加することができる。なるべく大勢の参加を募るため、ミサキは急いでフラメにメールを送る。

「ワシは先にあのアホウの所に行っておるわ」

 そう言って煙のように消えるレキア。

 ミサキもぐずぐずしてはいられない。

「やることが決まったの?」

 無表情でそう尋ねるバンピー。

「うん! これから忙しくなるよ!」

 希望に満ちた目を輝かせるミサキを見て、バンピーも楽しそうに微笑んだ。

「そう。じゃあ急がなきゃね」

「行こう!」

 レキアの隠れ家から飛び出すと、ひんやりとした風が二人を包んだ。確かな希望を胸に、ミサキ達は真夜中の荒野を走った。

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― 新着の感想 ―
お久しぶりのWEB版、更新ありがとうございます。 直前まで重すぎる展開の中、ミサキ・バンピー・プニ夫の掛け合いは癒し。
更新ありがとうございます!!!
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