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210話

  


 ガラスの向こう側には箱型に繰り抜かれた地下の部屋があり、その部屋の底、数メートル先で悍ましい光景が広がっていた。


 夥しい数のモンスターの群れ。


 種類はバラバラで、そのどれもがこの〝箱〟の中に無理やり詰め込まれ、共食いをさせてるような光景であった。

 唸り声が地響きの如く轟いている。


「このモンスターの量は一体……」


 入り口も出口もないこの空間に、なぜこれほどの量がと不審に思うシルヴィア。


 そんな疑問を焼き払うかのように、眼前に炎の海が広がった。

 全てを燃やし尽くす凄まじい熱量の炎。

 中心には自らを焦がし、溶かしながらも魔法を行使し続ける少女の姿があった。



「ケットル!!!」



 誠の叫び声がこだまする。

 彼女は無事だ――!

 修太郎の瞳にも光が戻ってゆく。


 しかしケットルは何の反応も示さない。

 先端のない杖を、ただ無造作に振るっている。


 怯えたように逃げるモンスターの群れ。


 壁に爪を立てる者も、

 穴を掘って隠れる者も、

 無謀にも向かってゆく者も――


 その全てが一瞬のうちに焼かれ、灰となる。


「《怨念の炎(ペインフレア)》」


 誰もいない空間に構わず少女は炎を撒く。

 再生したモンスター達が再び焼かれた。

 モンスター達の叫びやうめきが炎に溶ける。

 彼女の体も炎によって音を立てて焼ける。


 さながらそれは炎熱地獄のようだった。


「ッ!」


 自然に動きだすシルヴィアの体。

 生き残ったモンスター達を細切れにしながら、ボロボロのケットルを抱き止める。


「ケットル……無事か……!」


 叫ぶようなシルヴィアの声が響く。

 心配した面持ちで、何度も体を揺する。


 ケットルは腕の中でも、杖だったものを振るっていた。

 もはや木片となった杖を振るうその手が次第にゆっくりとなっていき、ついには止まる。


 曇った瞳がシルヴィアに向けられた。


「あ……う……」


 まるで言葉を忘れてしまったように、口をぱくぱくとさせる。

 紋章の隊服は炎によって焼き尽くされ、帽子や眼鏡も消え、焼けたざんばら髪と、煤に汚れた初期装備だけの姿となっている。

 ケットルの瞳が徐々に光を取り戻していくと、そこには見たことのない女性が、自分の名を呼ぶ姿が見えてきた。


「しる……ゔぃ……あ……?」

 

 絞り出すようなケットルの声。

 人型の彼女を知らないはずなのに、その体温、その匂い、その雰囲気から、目の前にいるのがシルヴィアだとケットルは思った。


 不意をつかれ、シルヴィアの目に涙が滲む。

 遅れて誠も駆け寄ってくる。


「ケットル、おいケットル……!」


 ケットルはゆっくりと顔を動かすと、誠の顔を見て安心したように微笑んだ。


「お……そいよ……」


 誠の両目からとめどなく溢れる涙。

 ごめん、ごめんなと謝り続ける。


 塵になって消えていくモンスター達の残光は、皮肉にも、星空にも似た幻想的な光景を生み出していた。

 シルヴィアに抱かれたまま首だけ動かし、隣に立つ少年の存在に気付く。



「迎えに来たよ」



 そう言って、修太郎は微笑んだ。

 冷徹さが消え、元の柔和な顔に戻っていた。


 涙を浮かべるケットル。


 闇の中、繰り返される苦痛の中で、彼女が精神を保てていたのは修太郎が来てくれることを信じたからだ。


「帰ろう」


 修太郎が差し伸べた手を彼女は大事そうに握り、安心したように目を閉じると、そのまま気を失った。


 感極まって涙を流すミサキ。


 腕に抱かれて眠る少女は、無数のモンスターに囲まれながらも、今こうして生きている。

 絶望的な状況からの救出劇。

 それを奇跡と呼ばずして何と言う?


(貴方は、私達(プレイヤー)の希望です……)


 修太郎の後ろ姿を見ながら、ミサキは一人静かに涙を流し続けるのであった。

 




 研究室で睨み合うバンピーと天使。

 禍々しい杖を相手に向け、彼女が微笑んだ。


「簡単には死なせないから」


 周囲にあった魔法陣から現れたのは、幾重にも絡み合う人々の手が〝一つの手〟になって蠢くモノ。


 天使が難なく切り刻むと、その手はボトボトと落ちてゆく――そして落ちた先から、今度は芋虫やムカデなど、様々な形に変わって迫ってくる。


 どれだけ破壊しても、別れた先から増える異形。


 天使は幾つかの人型に捕まると、異形達は引き寄せられるようにくっ付いてゆき、天使の自由を奪ってゆく。


「さようなら」


 天使が沈む。

 もがけばもがくほど異形達は絡み合い、足元に現れた底なしの〝闇〟へと引き摺り込まれる。


『我々ニ、危害ヲ加エレバ、必ズ報復ガ……』


「天使でも神でも連れてきなさいな。覚えておくことね――お前達が全て死ぬ、死に絶えるまで殺し続けてあげる。生まれたことを後悔するまで……永遠に」


 やがて天使の全身が闇の中へと消え、周りに静寂が落ちた。

 バンピーはそれを一瞥することもなく、ガラス張りの部屋を見下ろす。そこにはシルヴィアに抱かれた少女が修太郎の手を握り、安心したように眠る光景があった。


「……」 


 修太郎は救われたかのように表情を変えた。

 涙ぐむその顔は、初めて見る主の顔だった。


(この気持ちはなに……?)


 胸の前に手を置き、ジッとその光景を見守るバンピー。


(主様に触れるモノ全てが憎く、殺したいとさえ思えて仕方なかったのに、今はそれよりもホッとしている自分がいる)


 本人は自覚できない程度に、ミサキ達と旅をしたことで心境に変化があったようだ。

 そんな自分が理解できないまま、バンピーはただ、その光景を見下ろし続けたのだった。

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