207話
「カロアを素通りする?」
「何か分かったことがあるの?」
急に予定を変更したことを不審がる二人に、バンピーは歩みを止めないまま答えた。
「アナタ達に早急に調べてもらいたい場所があるの。アナタ達の探し物に関係するかもしれない」
バンピーの言葉を聞いて、ミサキと誠は追及するのをやめ、黙って後を追いかけた。
オルスロット修道院の前まで辿り着くと、バンピーはガララスから聞いた一連の話について説明し、こう続けた。
「全ての始まりであるこの場所に手がかりが残っているはず。どんな些細なことでもいい。何か分かったら報告してほしい」
ミサキの方へと視線を向け、バンピーは小さく頷いた。
「頼んだわ」
ミサキも小さく頷くと、誠と共に修道院の中へと入ってゆく。
「コアネ修道院と同じ、だよな?」
形は同じでも、解放者によるPKと謎の大量死が起こった場所だ。誠は拳に血が滲むほど力を込めると、黙って周囲を探し始めた。
忙しなく動く修道女達。
夕焼けの空が次第に夜の闇に包まれていく。
(あれ……?)
室内に入ったミサキは、まるで金縛りにあったかのように一点を見つめて動かない。
「……ミサキちゃん?」
心配になった誠が声をかけると、ミサキは視線を動かさないまま、その一点を指差した。
「何ですかね、アレ」
ミサキが指差す方向には――何もない。
正確には、他との違いが見受けられなかった。
空が見える天井や、誰もいない椅子、祭壇近くの色々があるのだが、ミサキがそのうちの〝何〟を指差しているのかが分からない。
「どれのこと?」
ミサキと指先との間を行ったり来たりさせる誠。
ミサキは誠が気付かないことに疑問を覚えながらも、ほらアレですと更に近付く。
「あの変な紋様ですよ」
「変な紋様?」
聞いた上で見てもそこには何もない。
そんな二人に気付いたのか、一人の修道女がやって来た。
「お祈りに参られたんですか?」
ネームには〝 duo〟とある。
「いえ、ただあの紋様が私にしか見えないようで……」
「まぁ! それは素晴らしい!」
いきなり態度を急変させる修道院長。
ミサキと誠は互いに顔を見合わせた。
「貴女は天使様から寵愛を受けております」
「寵愛……ですか?」
「貴女の真摯なお祈りに応えてくださったんでしょうね」
そう言って嬉しそうに微笑む修道院長は、自分も紋様が見えているようで、その場所の方へと視線を向けた。
「これは天使様が降臨された時に現れる紋様です」
「天使様が?」
「はい。私達でいう所の〝足跡〟みたいなものでしょうか。この紋様が刻まれることで、神聖かつ誉れ高い修道院として認められるのです」
誇らしげにそう語る修道院長。
ミサキは挨拶する暇もなく修道院から飛び出すと、待っていたバンピーに詰め寄った。
「ケットルちゃん達は天使と接触した可能性がある」
それを聞いて、何かを考え込むバンピー。
やっとの思いで合流した誠が尋ねた。
「なんだそりゃ。天使様が襲ったって事か?」
「そこまでは分かりません。ただ、教会が機能し始めたのは祈りが壊れた後の話ですよね。祈りが壊れた時、侵攻の他に現れたもの――それこそ天使だったじゃないですか」
八岐とaegisの合同部隊が精霊を倒した後、何処からともなく現れた天使達が精霊にトドメを刺し、その場にいた全員がレベル上昇の恩恵を受けた。その後、教会にNPCが現れるようになり、全プレイヤーも様々な恩恵を受けられるようになっている。
「天使様が実は悪者でしたって……そりゃそういうおとぎ話もなくはないけどよ……」
「シオラ大塔での説明文を思い出してください。天使は〝断罪者〟と呼ばれていたじゃないですか」
「ケットル達が何かしでかして、天使様が裁いたってことか?」
バンピーがそこへ割って入る。
「天使が悪なら悪でそれでいいわ。あの場所で大量に人が死んだのなら、天使の琴線に触れる何かがあったのかもしれない――でも今重要なのは、なぜか一人だけを連れ去った天使の足取りよ」
足取り――。
そのワードによって、ミサキは先ほどの修道院長の言葉が呼び起こされていた。
『はい。私達でいう所の〝足跡〟みたいなものでしょうか』
「あの紋様……どこかで見たことある……」
祈っていない誠に見えなかったように、紋様が見られるようになるのは、祈りを捧げて恩恵を受けた後だ。つまりサンドラスから出発して、コアネ修道院で祈った後に行った場所――。
「クリシラ遺跡……」
誠が躓き、一度休憩を取った場所。
台座らしき物に同じ紋様が刻まれていた。
結論に至るや否や走り出すミサキ。誠もそれに続いた。
『我々は先に向かいます』
伝え終えたバンピーもその後を追いかける。
日は沈み、辺りは漆黒の闇に包まれていた。
◇
その場所に着くと、ミサキの記憶通り、台座の上で光る〝天使の足跡〟があった。
「ここにあります!」
必死にそう主張するミサキ。
誠はもどかしそうに辺りを見渡しながら、捲し立てるようにミサキへと詰め寄った。
「ここからどうすればケットルに繋がる!?」
「それは! それは……」
勢いで来たはいいものの、それはミサキ中の謎が解けただけ。頭が真っ白になる二人を尻目に、どこからか斧を取り出したバンピーが台座の前へと歩み寄る。
「天使が本当に隠しているなら、彼女はこの下にいるかもしれないわ」
そう言って迷わず斧を振り下ろすバンピー。
凄まじい破壊音と砂煙が駆け抜け、徐々に視界が晴れていくと、眉間に皺を寄せるバンピーの姿が現れてきた。
台座には傷一つ付いていない。
(教会と同じような仕組みかしら……?)
単純にバンピーの膂力が足りていない可能性もあるが、非力な彼女でも、指先一つで地面を砕くほどの力はある。そして彼女の武器を持ってしても傷一つ付かないとなると、何か特殊な方法で守られていると考えるのが普通だ。
例えば、精霊の祈りに近い性質の何か――。
「ズラせるか試してみます!」
そう言って台座に手をつくミサキ。
不思議そうにその光景を見守るバンピーは、台座が音を立ててズレてゆき、地下へと続く階段が現れるのを見た。
天使の紋様には〝天使の寵愛を受けた者だけが視認・干渉ができる〟という特性がある。もしあの時ミサキが祈りをしていなければ、この場所を開くことも、発見することさえできなかっただろう。
「ミサキちゃんコレ!」
「は、はい! すぐ降りましょう!」
この下にケットルがいる――。
確信めいた予感に突き動かされ、銀の武器を構える二人。地下への道は狭く、そして暗い。
「待ちなさい」
短くそう言いながらバンピーが手で制した。
「なぜ……」
「説得してる時間がないから簡潔に言うわ。これから先、妾よりも前に出ないことを約束して頂戴。間違っても攻撃なんてしないこと。必ず守って頂戴」
物々しい雰囲気にミサキは黙って頷いた。
バンピーは二人にステータス増強の加護を与え、地下への階段をジッと見つめている。
納得できない様子の誠に気付くと、バンピーは更に強い眼光を向けて睨み付けた。
「これはお願いじゃない〝命令〟よ」
それは、彼女から二人へ初めて向けられた殺意にも似た重圧――凄まじい気迫を受けた誠は、まさに蛇に睨まれた蛙のように、ただ首を縦に振るしかできなかった。




