206話
「討伐依頼……ですか」
「やっぱり難しいかなぁ?」
紋章本部へとやってきたマグネを、受付嬢ルミアは上から下まで観察する。
おしゃれに特化したゴシック調の防具と、初期レベルでも装備できる低スペックな刀。
本人のレベルは9と元引きこもりにしては高い方だが、見た目重視な装備を鑑みて、フィールド戦闘の経験が乏しいと判断した。
「失礼ですが戦闘の経験はありますか?」
「デスゲーム後は、クエスト中に一度と森の敵を何匹か……」
「クエスト、というのは討伐クエストですか?」
「ええと、なんか猫から宝物を奪い返す最中に、変な男と戦うクエストだったかな……」
「ど、泥棒猫クエスト!?」
あり得ないと言わんばかりに驚愕するルミア。
要注意クエストに名を連ねる泥棒猫は、分かっているだけでも12人の犠牲者を出している。以前は魚屋の前に警備を置いて、クエスト中のプレイヤーを未然に保護していたくらいだった。
(バタバタしている間にまた犠牲者が出てただなんて……でもこの人は、今の装備で生き残ったということよね)
マグネへの認識を改めるルミア。
「恐ろしかったでしょうに……それならもう戦闘の怖さを教える必要はありませんね。重々理解できていると思いますし」
「痛いほど理解してる……」
振り下ろされた斧に体を割られる感覚――マグネはそれを死ぬまで忘れないだろう。
「できれば定期的にやってる自立セミナーに参加していただけると安心なんですが……」
「あー、えと、気が向いたら」
そう言って他所行きの笑顔を見せるマグネ。
未だ身内のゴタゴタで体制が整っていないため、ギルド未所属の人に深入りする余裕がなく、引き留めるのを堪えるルミア。
せめてもの選別にと、ルミアは自立セミナーで教えている事をかいつまんで説明する。
「貴女は一定のレベルに達していますが、森の奥やイリアナ坑道に行かない範囲のクエストを受ける事をオススメ致します。それと、しっかりとした防具を持っていらっしゃらないので、うちの初心者用防具をレンタルしてください。そして夜遅くには出歩かないこと、不自然なモンスターを見かけたら迷わず逃げること。これらを守っていただきたいです」
早口だが、非常に聞き取りやすい。
こうやって何度も説明してきたんだろうなと、マグネはルミアに尊敬の眼差しを向けた。
「それと、先の話になりますが、ウル水門まで行った際はぜひ教会を利用してください」
「教会?」
紋章ギルドにとっては、解放者の件もあって因縁の場所だ。ただ、教会や修道院で得られる恩恵は絶大で、無視することはできない。
「教会で〝天使様〟に祈りを捧げることで、経験値ボーナスをはじめステータスに大きなアドバンテージを得ることができます。戦闘がグッと楽になると思いますよ」
と、説明を終えたルミアは微笑みかけた。
マグネは「頼るべきはやっぱり紋章だな」などと考えながら、可愛くない防具をレンタルしたのち、本部を後にした。
「――ってことらしいよ」
建物の外で待っていたガララスに説明しながら、可愛くない防具に装備を変更するマグネ。
「これで自立するまでにやるべき事は決まったね。というか、最初からガララスじゃなく紋章に頼れば……」
「教会か」
彼女の呟きをガララスが遮る。
マグネが見上げてみると、そこには真剣な顔で考え込むガララスの姿があった。
「少し気になることがある」
そう言ってマグネの体をむんずと掴むと、ズンズンと門の方へと駆け出した。
「なになに、どうしたの!?」
彼女の声が聞こえていないのか、ガララスはどんどん速度を上げてゆき、エリアに入り、モンスター達を轢き潰しながら、それでも尚走り続けた――そして。
「これが教会とやらか」
「ちょ……ちょっと……なんなの……」
辿り着いたのはウル水門の中にある教会だ。
それはルミアが説明していた教会であり、はるか昔、ミサキ達が寄った時は廃墟だった場所。
しかし外観から見て廃墟というほどボロくはなく、周りにモンスターの姿もないため、教会としての機能も復活しているように見えた。
「いだっ!」
マグネを地面にポイと投げると、抗議する彼女を無視する形で、ガララスは教会の中を指差した。
「その恩恵とやらを受けてこい」
「へ? なんなのいきなり……」
「悪いが我の主に関わることだ。急げ」
急に態度の変わったガララスに気圧される形で、マグネは渋々中へと入ってゆく。
その場所は、かつて彼女が住んでいた町にもあったソレと同じ、長椅子がずらりと並んだ先に祭壇が見える構造となっていた。
(普通の教会って感じだけど……)
モンスターが出ない事は分かっているが、刀の柄頭に手を置いたまま奥へと進むマグネ。
祭壇の前には数名のシスターらしき人物がお祈りを捧げており、ネームは全て「ウル教会のシスター」で統一されていた。
「ごきげんよう。冒険者様」
マグネを迎える形で一人のNPCが微笑んでいた。ネームには〝tria〟と書かれている。
「ご、ごきげんようシスターさん」
不慣れな様子で挨拶するマグネに、その女性は柔和な笑みを崩さず続ける。
「私はトリアと申します。冒険者様は、お祈りに来られたんでしょうか?」
「はい、恐らく」
無理やり連れてこられたからか、曖昧な返事をするマグネ。トリアは特段気を悪くした様子もなく「それは結構なことでございます」と、胸の前で手を組んだ。
◇
しばらくしてマグネが戻ってきた。
建物の外で待っていたガララスと合流する。
「ちょっと、なんなのいきなり」
口を尖らせて不満を漏らすマグネ。
「大事なことだ。それに我は入れないからな」
「そっか、モンスターだもんね」
言った先でマグネは「モンスターと外に出歩いてるのって危険では?」などと考えたが、ガララスなら信用できると頭を振って霧散させる。
「恩恵は受けられたのか?」
「うん、バッチリだよ。すごいよこれ、経験値取得量アップにステータス増強が24時間持続するんだって!」
そう言ってクルッとターンを決めるマグネ。
ガララスは険しい表情を崩さず続ける。
「……恩恵で死ぬわけではないようだな」
「え、なんか物騒なこと言ってない?」
「いや、こちらの話だ」
修太郎に貢献できるかもと期待して来てみたが空振りに終わり、分かりやすく落胆するガララス。
「我の主はとある修道院で起こった大量殺人および行方不明について調べている。ここにも何か接点があればと思ったんだがな」
そう呟きながら再びマグネを拾い上げる。
マグネはなんとかガララスに恩を返したいと、先程見たことを事細かく思い出していた。
「修道院と教会は違うけど、祭壇には椅子があって、シスターがいて、恩恵が受けられて……あれ、そういえばあのシスターの名前……」
そこまでの情報は、修太郎から聞かされていた内容とほぼ一緒だ。しかし、続くマグネの言葉で――ガララスは急に足を止めた。
「シスターの名前が気になったかも」
シスターの名前。
それは、聞かされていた内容では特段注目されていない部分であった。
気になったガララスは聞き返す。
「名前?」
「うん。トリアって名前だったんだけど、データ上ではtriaって書いてあったのね。これってラテン語で〝3〟って意味なんだ」
ラテン語という意味が分からないガララス。それを察してか、マグネが自分語りを始める。
「私って週に20通はすきピに手紙書くのね? 手紙って最後にP.S.って書くんだけど、何でだろーって思って調べたらラテン語から来てるって書いてあって、そこから少しだけ勉強したんだ」
ラテン語っていうのは私の世界にある言語ね――と、補足しながら続けるマグネ。
「でも初期地点に一番近い教会で、唯一名前のあるキャラが3って意味なのが、偶然なのか何なのか引っかかって……」
彼女の言うように、マップ上でアリストラスを最初の地点として見た時に、最も近い教会はこの場所になる。
「だからなんだって話だけどね」
そう言いながら頬をかくマグネ。
ガララスは「いや、助かった」と呟いたのち、各地に散っている魔王達へ念話を飛ばした。
『それは……』
全てを話し終えたガララス。
一番に反応したのはバンピーだった。
『何か一つ謎が解けたような気はするわね』
『でもそれが何かの解決になるって訳でもなァ』
バンピーとバートランドの反応は鈍いものだったが、一人だけ違う反応を見せる者がいた。
『主様が確認したオルスロット修道院の修道長の名前は〝duo〟、コアネ修道院の修道院長の名前は〝quattuor〟でした。これの意味も分かりますか?』
エルロードの質問内容をそのままマグネに伝えると、マグネはキョトンとした顔で「分かるよ」と答えた。
「ドゥオの意味は〝2〟、クァットゥオルの意味は〝4〟だよ」
「どうやら繋がっているようだな」
再びガララスがそれを伝えたところ、エルロードから念話が返ってきた。
『主様の友人が修道院で消えたのなら、関係施設をもっとよく調べるべきかもしれませんね』
ひと呼吸置いて、エルロードが続ける。
『我々は次の祈りまでの道に教会および修道院があるかを調べてみます。エリア内部には入れませんが、他は分かりませんし』
過去に修太郎とエルロードは、最初の祈りを偵察するにあたって、上空からエリアを超え、未到達の場所まで行ったことがある。その際モンスターによる邪魔が入ったのだが、エルロードの魔法で迎撃されている。
『仮に次のシスターの名が〝5以降〟であれば、1の行方が気になりますね』
しばらく沈黙が流れる。
そして話し始めたのは修太郎だった。
『ガララス達防衛組は拠点内に教会の類が無いかをもう一度調べてほしい。僕らは次の祈りの前まで行って調べてみる』
風を切る音と共に修太郎の念話がブツリと切れると、遅れてバンピーの声が続いた。
『妾はちょうど主様の同郷の者達と行動している。これからオルスロット修道院に向かう』
てっきりセオドールと一緒にいるものだと思っていたガララスは、意外そうな声を漏らす。
『どういう風の吹き回しだ?』
『人間というものを知るためよ』
そう言って、バンピーとの念話も切れた。
『……セオドールの旦那の入れ知恵かァ?』
『奴の意志だ』
『ふゥん。姉御も変わろうとしてるってことかなァ?』
連続して念話が切れると、ガララスはグハハハと愉快そうに笑った。
いきなりの大声に、白目になりながら耳を押さえるマグネ。
ひとしきり笑ったのち、ガララスはアリストラスへと急ぐのだった。




