204話
ガララスは行き詰まっていた。
「金が欲しいだの武器が欲しいだの、そんなのばかりで話にならんな」
広場の中心で不服そうに呟く。
何か困っていることはないかと尋ねるガララスに、大抵の人は「お金をくれ」と要求してきた。しかしお金を持っていない彼にその願いを叶えることはできないし、武器もセオドールに頼むでもしない限り手元にはない。
「もっと我に相応しい頼み事はないのか」
退屈そうにあくびを噛み殺すガララスの元へ、一人の男がやってきた。
「お、おいそこのデカブツ!」
彼は以前、マグネとのデートをぶち壊された元引きこもり勢のプレイヤー紅騎士であった。
「なんだ?」
「お、俺のレベル上げを手伝え!」
「……」
態度が気に食わなかったが、バートランドに言われたことを未だ一件も達成できていない。食わず嫌いしている場合ではないかと、ガララスは重い腰を上げる。
「……貴様はレベルが上がったら嬉しいのか?」
「は? 嬉しいに決まってるだろそりゃ」
「そうか。レベルが上がるのは嬉しい事なのだな」
そうブツブツと呟きながら何かを書き留めるガララス。痺れを切らしたように、男は大声で捲し立てる。
「早くしろよ! 人間様の命令だぞ」
「まぁ待て。今書き留めているであろう」
皮肉なことに、あまりにもレベルの差がありすぎると、相手の力量は分からなくなる。この場に最前線組がいればガララスの〝強大さ〟に気付けただろうが、男にはただの無害なNPCにしか見えていなかった。
アリストラスの門から出ると、男は森の方角を指差してガララスを見上げる。
「あの場所まで連れて行け! 俺がそうだな、10になるまであそこで鍛える!」
そしたらまたマグたんに……などと言っている男を無視する形で掴み上げると、ガララスは大股に森の方へと歩いていく。
「いでッ!!」
森の入り口付近までくると、ガララスは男をポイと投げ、不服そうに見下ろした。
「我は何をすればいいんだ」
「……とりあえず森の奥まで行って帰ってこいよ。NPCなんだから死んでも平気だろ」
「ふむ? 往復して何になるんだ」
「お前を攻撃するモンスターが何匹か釣れるだろ! そしたら俺が殺してを繰り返すんだよ!」
そこまで聞いて納得したガララスは、何も反論せず森の奥へと進んでいった。固有スキル(相手の攻撃を受けると、自分の攻撃力を上乗せして跳ね返す効果)を抑えることも忘れてはいけない。
「よおしいいぞ! フロストエッジ!!」
男は無茶苦茶な太刀筋で剣を振るう。
着いてきた蜂型モンスターの羽に命中し、敵視が移ったのか、男に蜂が襲い掛かる。
「お前! ちょ、敵視の管理しろよ!」
「貴様はなぜ通常攻撃に妙な名前をつけているんだ?」
「い、いまはそんな事いいだろ! はやく!」
ガララスはため息混じりに蜂に平手打ちを繰り出すと、蜂は触れた先から木っ端微塵になって消え去った。
「俺に経験値が入ってないだろ!」
「一体どうすればいいというのだ」
「お前が殺したら意味がないんだよ!」
「もういい。我は戻る」
そう言って踵を返すガララス。
ガララスとの力量差を見たモンスターの群れは、近くにいた弱そうな男に標的を定めた。
「お前どこにッ……う、うわあああ!!!」
剣を振り回すも獣の牙によって弾かれ、無数のモンスターが男に喰らいつく。
(やはり人間の気持ちなど理解できんな)
男の言動にほとほと嫌気がさしたのか、ガララスは絶叫を聞かぬふりして歩みを止めない。
「《 強化付与・脚力」
「《 強化付与・武器」
どこからともなくそんな声が響くと、ガララスの横を凄まじい速度で何かが横切った――その影は弾丸の如くモンスターの群れへと突っ込み、赤色の光が舞う様に踊った。
「マグ、たん?」
気の抜けた様な声でそう呟く男。
そこには刀を持ったマグネの姿があった。
「紅騎士くん」
「ぼ、僕のフロストエッジ見た? すごいだろう? あまりの速さに敵が凍りつくような……」
剣を振りながらそう力説する男にマグネは微笑みかける。
「技名が寒いかな」
辛辣な言葉に固まる男。
そこに、かつて何かに依存しなければ生きられなかった彼女の面影はなかった。
マグネは気にせず踵を返す。
「もう一度貴方に頼んでもいいですか」
その言葉ははるか前方のガララスに向けられていた。
「私は一人で戦えるようになりたい」
強い意志の篭った瞳で彼女はそう言った。
ガララスは「人に寄生する前提だったマグネ」が自分の足で立っているように思えた。
あれほど他者に依存していた彼女が短期間でどうやってここまで成長できたのか――それを興味深く思ったガララスは豪快に笑う。
「いい顔もできるではないか」
「貴方に冷たくされたから変われたのかも」
悪戯っぽく笑うマグネ。
ガララスはそのまま再び歩き出す。
「強くなるには実戦あるのみだ。着いてこい、マグネ」
マグネは嬉しそうに頷くと、巨人の後ろ姿を追いかけていく――。
◇
「モンスターが!?」
紋章ギルドに届いた緊急の報告……それは、「広場の中央で巨人型モンスターが人を傷付けている」というものだった。
(こんな時に結界まで破られただなんて……!)
ルミアとキャンディは急いで招集した部隊と共に現場に向かうと、騒ぎの渦中にある例の巨人を見つけた。
「それは貴様の顔が悪いせいだ」
「僕が不細工だって言いたいのか!?」
「? そう答えたつもりだが?」
「ちょ、ちょっと待って! 言葉を選ぼうよ!」
他に、怒りながら去っていく男性と、巨人を諌める女性もいた。見た限りでは〝人生相談〟をしているだけのように思える。
(傷付けたって、ひどいことを言った……って意味だったの?)
取り越し苦労だったと安堵するルミアとは対照的に、キャンディの表情は険しいままだ。
「アレは……私達では手に負えないわ」
「手に負えないというか、放っておいても大丈夫だと思いますけどね」
「違う。あの巨人はモンスターよ! それに、そこら辺の侵攻とは比較にならないくらい……強い」
キャンディの言葉に他のメンバーも警戒心を上げ、敵意に気付いたガララスがそちらを睨んだ。
「やめておけ」
ひと言だ――。
たったひと言で、ガララスはその場を制圧した。
キャンディをはじめ、武器を持っていた面々は戦意を喪失する。
そんな両者の間にマグネが割って入った。
「やめて! この人に敵意は無いの!」
彼女の必死の呼びかけで、紋章の面々は落ち着きを取り戻してゆく。
そもそもモンスターが結界を破壊すれば、紋章はそれを察知できるし、入ってきたモンスターが町を破壊した報告も届いていないのだ。
「味方……という事なら、心強いことこの上ないわ」と、ガララスの反応を見るキャンディ。
「我が貴様らに害を成すことはない」
そう答えるガララス。
ガララスの頭上にはパーティ所属を意味するAcMの文字があり、テイミングモンスターかサモンモンスターかという推測が立った。
「この人は貴女が召喚したんですか?」
「ううん、主様は別のどこかにいるみたい」
ルミアとマグネのやり取りを聞きながら、キャンディはある一つの仮説を立て、しかしそれを言葉にすることはなかった。
思い浮かべた少年の姿を霧散させる。
(既にあんな味方を二人も連れていたのに、まだ他にもいる……なんて、ちょっと考えられないけど)
ガララスはこの場に集まっているのが都市を守護する代表であることを思い出し(修太郎から聞いていた)、これ幸いと口を開く。
「しばらくの間は我がここを守護することになっている。主様から、害を成す者を問答無用で排除しろとのご命令だ。安心して眠るがいい」
その宣言に紋章の面々は喜んだが、震える者もいた――それは、アリストラスで好き勝手振る舞っていた元最前線組のメンバー達だ。
「害を成すってどこからを言うんだ……?」
「そりゃ、人を殺すとかだろ……」
「秩序を乱すとかなら俺達もアウトなんじゃ……」
そう、元最前線組であった彼等は、ガララスのその強さを認識できていたのだ。故に、ガララスが声高らかに宣言したことで、図らずもアリストラスの治安回復に繋がっていったのである。
「! そうだ!」
その流れでマグネがルミアに声をかける。
「安全に稼げるクエストを教えて欲しいの」
「え、ええと、それなら本部の方に寄ってもらえればと思います」
「そうだよね。最初から紋章に頼んでたらあんな目には……」
などとぶつぶつ呟くマグネ。
ほどなくして、紋章メンバー達は解散していき、ルミアとキャンディも一礼してその場を後にする。
(どこまでアテにしていいのか分からないけど、都市の防衛力が上がったと捉えてもいいのでしょうか)
嫌な報告続きだったルミアは、ようやく少し心が救われたような気持ちになれた。
「おいマグネ!」
広場に響くような怒号。
そこには彼女の想い人の姿があった。
「お前! 何で来なかったんだ!」
ズンズンと大股でマグネに迫ると、興奮した様子で更に続ける。
「せっかく迎えに来てやったのに、無視するなんていい度胸してんじゃねえか!」
恵介が拳を振り上げるも、マグネは顔色ひとつ変えずに彼と向かい合っていた。
「今更迎えに来てももう遅いの」
自信に溢れた彼女を見るのは初めてだった。
恵介は初めて見るその姿に一瞬たじろぐ。
マグネは何でも言うことを聞く便利な女であったが、デスゲームになってからは、単なるお荷物に感じていた。
だから、恵介は自由と優越感を求め前線を目指した。
とはいえ、よりレベルが高く、より強い男に女は引かれるもの――キレン墓地攻略で躓き、カロア城下町で燻っているような彼を慕う女はおらず、マグネがどれだけ貴重だったのかを思い知る結果となる。
(元最前線くらいの強さがないと、ここでもあんまり幅利かせられねぇし……)
そんなことを考える恵介を他所に、興味を失ったようにその場から去ろうとするマグネ。
「て、てめぇ! 新しい依存先ができたからってそんな態度とっていいのかよ!? どうせまた捨てられて、惨めな想いするだけだろ!」
その言葉はマグネの胸に棘のように刺さる。
戦う意志を得たところで、ガララスに頼った今の自分は本当に成長できたと言えるのだろうか? ガララスに捨てられたら、昔の自分に戻るだけでないだろうか――と。
二人の間にガララスが立ち塞がる。
あまりの迫力に、恵介は尻餅をついた。
「依存先などではない」
そう言いながら、泣きそうな顔で佇むマグネのほうを見下ろす。
「互いに助け合う同盟を結んだ――同士だ」
紋章も認める怪物と同盟を結んでいる。
その事実が信じられず、黙り込む恵介。
マグネは自分を〝対等な存在〟と認めてくれたガララスの言葉が耳から離れず、感極まって涙を流していた。
ガララスがマグネの横に立つ。
「何をしている。早く我を助けろ」
気遣いではなく、己の目的のため催促するガララス。
マグネは大きく頷くと、二度と恵介の方を振り返ることはなかった。




