201話
いたる所から悲鳴が聞こえてくる。
マグネは顔を覆うように隠しながら、悠然と歩く巨人の横顔をチラ見した。
(なんでこんな堂々としてるんだろう……)
アリストラスの門付近には、ネズミを相手に奮闘している元引き篭もり組達が大勢いる。そんな彼等はガララスを見るなり、この世の終わりかのように泣き叫んだ。
「やばい! 化け物が来てるぞ!」
「侵攻発生じゃない?! 紋章の人に伝えなきゃ……!」
「に、逃げろ! 逃げろ!!」
巨体を気味悪がる声も少なくなかったが、ガララスはどこ吹く風と歩みを止めない。
誰でもすぐに信用してしまうマグネだが、自分をつまみ上げるこの巨人だけは、簡単に信用してはいけないと強く心に誓っていた。
(だって普通の人間じゃないもん……)
見た目こそ人っぽいが、明らかに4メートル近くはある。
「おい貴様」
「ひっ!」
その声量に思わず体をビクつかせるマグネ。
至近距離でのガララスの声は、もはや爆音の域であった。
「名前は何と言う」
「わ、私はMagNeと言い、ます」
「マグネか。我はガララス。主の命によりこの都市を守護している」
はぁ、と気のない様子で相槌を打つマグネ。
この都市を守護しているのは紋章ギルドだ。
防衛力という意味では、かつて紋章ギルド一強だった頃よりも、元最前線組が好き勝手やっている今の方が戦力としては整っているかもしれない。
それに、都市を覆う結界があるから何もせずともモンスターは侵入できないはず。
「しかし貴様。先ほどの戦闘、あれは実に滑稽だったな」
ガハハと愉快そうに笑うガララス。
木陰で乱暴されそうになった時のことを言っているんだと分かるや否や、マグネは顔を赤くして巨人を睨みつけた。
「別に戦闘じゃないし……」
「女が男に勝つには正確に弱点を突けばいいだろう。あの形からなら金的が最も――」
などと話している内に、門の前へと差し掛かった。
「そろそろ降ろして……」
「おお、そろそろか」
そう言ってガララスはポイと捨てるようにマグネを落とすと、マグネは「きゃっ!」と声を上げて尻餅をついた。
「ぅう……優しくしくない……」
「口うるさい女だな」
マグネが先にくぐり、ガララスは街中を興味深そうに眺めながら、ズンと一歩踏み出す。
その足は、抵抗もなく都市内部を踏み締めた。
(入れたってことは、やっぱり人間? それともNPCとか?)
普通に入ってきたガララスを見上げながら、そんなことを考えるマグネ。
結界は問題なく作動している。
ガララスは現在、修太郎のパーティメンバーとして登録されているため、すんなり中へと入ることができる。そもそも、彼という存在を弾き出せるほど、結界というのは万能なものではなかった。
「な、なんだあれ!」
「モンスターが中に入ってるぞ!!」
「で、でもモンスターは入れないはず……」
「でかすぎる……」
注目を集めるのは当然で、側から見れば、巨大な男と地雷系の女が並んで歩く奇妙な絵面である。
そんな叫び声も意に返さず進むガララスと、不思議そうな顔で横を歩くマグネ。
「モンスターって呼ばれてるね」
「ふん。モノを知らぬ愚者共が。我がそんな下等な存在に見えるか?」
「よく分からないけど、喋れるモンスターなんているはずないもんね……」
4メートルの人間もいない。
「あなたはどうして外にいたの? 迷子?」
「迷子とはなんだ?」
「道に迷った子のことを言うの」
「そうか。なら迷子だな」
「迷子かぁ」
深く考えずにそう相槌を打つマグネ。
ガララスは大規模侵攻の残党処理の名目で送られた際、フィールドで待機していた(スキルの関係上敷地外の方が都合いい)ため町中に入る必要がなく、入り口の場所さえ知らなかった。
「目的は守護の他にもう一つある。我は人間をよく知る必要がある。主様以外の人間と関わるのは不本意だがな……」
面倒そうにため息を吐くガララス。
「マグ達を知るため?」
ここでようやくマグネはガララスの情報に目をやった。
[AcM ガララス]
(AcMって確か……誰かの仲間のモンスターって意味だったような?)
以前仲良くしてもらっていたサモナー系職業の男がそんなモノを連れていたっけなと思い出しながら、マグネはガララスがモンスターであることを理解する。
それにしては意思疎通に違和感ないなぁなどと考えつつ〝自分を肯定してくれる男〟という存在に依存しているからか、〝主という存在に従うガララス〟に妙な親近感を覚えていた。
「ご主人さんが大切なんだね」
「命よりもな」
そう言って誇らしげにするガララス。
眩しいモノを見るかのように見上げるマグネ。
己の命よりも大切な存在――そんな言葉を迷いなく言える関係性が、マグネには羨ましかった。
「我は人間の〝気持ち〟というものを理解したい。大勢と対話し、答え合わせをする必要がある」
そう語りながら、アリストラスのちょうど中央に位置する噴水広場へとたどり着くと、ガララスは「この辺でいいだろう」などと呟き、胡座をかいた。
「え、ここでいいの?」
てっきり明確な目的地があるのかと思っていたマグネがそう尋ねると、ガララスは余裕の笑みでゆっくりと頷く。
「我はここで人間の悩みとやらを聞き、そして解決に導く。そうすれば気持ちというモノを理解できるかもしれん。これなら都市を守りつつ己の目的も果たすことができるからな」
全てバートランドからの助言であるが、不器用ながらも実践に移すガララスは、修太郎を本気で理解しようと奔走していることがわかる。
不本意だが修太郎の為なら何でもする。
心境的にはそんなところだろうか。
「十夜戦争の時もこうして町の真ん中に座り、兵達と対話したものだ。一国の王が兵と会話し士気を上げるなど、我ほどの器がなければ発想すら及ばんかっただろうな」
がはははと豪快に笑うガララス。
通行人は怯えた様子で避けるように通り過ぎてゆく。
ガララスの言う「十夜戦争」というのは、彼の世界で起こった大規模な戦争のこと。しかし、度重なる戦争で王となった彼もここでは単なるモンスター。威厳や栄光は意味を成さないのだが……彼はそれに気付いていない。
どことなく世間知らずな様子を見抜いたマグネが、おずおずといった様子で声をかける。
「マグがいなくても大丈夫?」
「? 貴様がいてなんになる?」
純粋な眼差しでそう聞き返すガララスに腹が立ったのか、マグネは言葉を選びながらも勇気を出して反論した。
「……マグのお陰でここに来れたのに」
「それには感謝している。だが目的地に着いた以上、貴様にもう用はない」
腕組みをしながら、通行人を吟味するように見つめるガララス。
(私にだって悩みがあるのに)
彼がここへ来たのは「人間の悩みを聞くため」だと言ったのに、どうして私の悩みは聞いてくれないの――と、心の中で抗議する。
「マグを助けてほしい」
絞り出すような声だった。
俯きがちにマグネは呟くようにそう言った。
ガララスは訝しげに彼女を観察する。
「助ける?」
「マグは人を待ってるの。待ち続けてるの。でも、でも彼はいつまで経っても迎えに来てくれない」
黙って聞いていたガララスは冷めた瞳でマグネを見た。
「貴様は他力本願もいいところだな」
やれやれと言った様子で語り出す。
「貴様は待つしか脳がないのか? 逆転の発想だ。迎えに来ないなら、貴様が行けばいい」
「行くっていっても、マグ戦えない……」
「貴様は戦えないのではなく、戦う気がないのだろう。手足があれば子供でも戦える。我の国には乳飲み子に剣を持たせて戦わせた歴史があるほどだ」
「それってどちらかというと隠しておいた方がいい歴史なんじゃ……」
「追い込まれれば子供ですら戦えるということだ。その点貴様はどうだ?」
消沈したように黙り込むマグネ。
辛辣な意見だが、至極正論に聞こえた。
「我は貴様のように主体性のない奴が嫌いでな。そんな奴の悩みを解決したところで、貴様が満足感を得るだけで何も成長せん。我の経験値には繋がらん」
案内させておいてこの言い草である。
マグネは顔がカーッと熱くなるのを感じた。
ぞんざいに扱われるのは慣れていた。
ただ、自分を知っているかのような口ぶりが、どうしても許せなかったのだ。
「マグだって……私だって好きでこうなったわけじゃない! 私の過去を何も知らないくせに、貴方の物差しで私を測らないでよ!」
そして、自分が信じられないほどの大声で叫んでいたことに気付く。
弾かれるようにその場から去っていくマグネを、ガララスは興味深そうに見送った。