198話 s
その場所に着いたミサキは、目の前の光景に愕然とした。
城の外れにある廃墟の中で、数名の男女が戦っているではないか。
「てめぇらがPKかぁ!!」
男の怒号がこだまする。
襲われている側にはaegisの制服を着たプレイヤーの姿もあり、襲ってる側は不気味な黒いマントに身を包んでいた。
「ッ!」
「ちょい待ち」
咄嗟に弓に手を伸ばすミサキを制す天草。
反射的にミサキは短剣を抜いた。
その間――僅か0.5秒の出来事。
壁際に押さえつけながら短剣を走らせる。
「貴方が……バーバラさん達を……ッ!」
「わ、わーわーー違う違うよ待ってくれ!」
喉元に刃物を突きつけられ慌てる天草。
ミサキは冷めた瞳で彼の言葉を待っている。
「ほらアレ見てよ」
そう言われた方向に目をやると、襲われてたうちの二人が逃げおおせたようで、遠くへ駆けていく姿が見えた。
その後、襲っていた人影が闇に溶けるようにして消えると、電子音と共に廃墟の様相がぐにゃりとねじれ、訓練所でよく見る四角い部屋へと姿を変えてゆく。
残った4人がペタリとその場に座り込むと、物陰から現れた紋章のメンバーが労うような口調で話し始める。
「騙してすまなかった。これは入隊させるための試験のような――」
ミサキはその言葉がどこか遠くに聞こえた。
(入隊希望者を騙し討ちするフリをして試した、ということ?)
あまりのショックに言葉が出てこない。
「勝てない敵を前にした時の行動を見させてもらってたんだ」
飄々とした様子で天草が語り出す。
「逃げた奴は入隊させられないからね」
そう言いながら、短剣の刃をつまむようにしてどかし、4人の方へと視線を移す。
「大規模侵攻のことは正直思い出したくもないね。あんな状況じゃ、命を優先して逃げる選択しても仕方がない――でも、その状況で逃げるような連中に背中を任せられるだろうか」
沈黙するミサキを他所に天草は続ける。
「18人。これが何の数字かわかる?」
ミサキは無言で首を振った。
天草は表情を曇らせながら、さらに続ける。
「陣形が崩れたことで死んだ同胞の数ね」
「!」
陣形は敵を倒すためにはもちろん、命を守るためにも非常に重要だ。
一般的な配置で言うと、盾役が先頭で食い止め、後ろに魔法使い、その後ろに回復役といった並びなら、全ての役職が強みを活かせる。
盾役が守ることだけを考えられるのは、攻撃役が相手を倒してくれること、そして回復役が回復してくれることを前提としているから――各役割が前提のもと動いて、初めて戦闘は安定するのだ。
もし戦闘の途中で回復役が逃げてしまったら?
もちろん盾役がずっと持ち堪えることはできないし、気付かず死ぬ可能性もある。そして盾役による敵視の管理がなければ、攻撃役はそのまま襲われ簡単に死んでしまう。
一人が逃げることで生まれる死の連鎖。
18名は実質〝味方に殺された〟ことになる。
「先に進めば、今回以上に過酷な状況に何度も遭遇する可能性がある。力が足りず劣勢になることもあるだろうね。そんな時――臆した誰かが逃げたら?」
間違いなく全滅する。
答えを聞かずとも分かることだった。
ミサキの目線の先では、引き続き4人への説明が続けられていた。
そのうち2人は憤慨して去った。
納得して残ったのは2人だけ。
「1/3も残れば上出来だね。大規模侵攻を乗り越えてなお、逃げなかったあの2人は本当に強いよ」
そう言いながら天草は小さく笑う。
「僕はね〝死者が出てから考える〟っていう、後手後手なワタルの方針には従えないんだよ」
ミサキの脳裏で、寂しく去っていったワタルの後ろ姿がフラッシュバックする。
『自分の采配によって人が死ぬのはどうやっても慣れません。慣れるべきでもありません。僕は見送ってくれた彼等の顔を一生忘れないでしょう』
そう言って唇を噛み締めたワタルの悔しそうな顔が、今もなお目に焼き付いている。
(死者が出てから考える……? ワタルさんがどんな気持ちで指揮を取っていたのか、この人には全く伝わってないんだ)
激情を身に宿すミサキに気付いているのかいないのか、天草は調子を崩さず続けた。
「その点キミは自分を駒として使える。後一撃で敵が死に、後一撃で自分も死ぬような状況で――キミは迷わず弓を射れる人だ」
だからこの先、ミサキちゃんはきっと大きな戦力になる……と、天草が言い終えるよりも前に、堰を切ったようにミサキは声を上げた。
「それが正しいとしても、平気で味方を試すような人達に背中を預けるのも恐ろしいです」
試されていたメンバー達にも聞こえたのか、皆が二人の様子を注視していた。
「切り捨てるのは簡単ですよ……選別した後の部隊はさぞ強いでしょうね。ですが、ワタルさんは弱い人を見捨てたりしなかった。挫けた人にも等しく手を差し伸べた。全てを背負って戦うワタルさんへの侮辱は許さない」
あまりの剣幕に天草は黙って聞いている。
「あなたの部隊には入りません。それでは」
吐き捨てるようにそう言いながら、ミサキは足早にその場から去っていった。
黙って彼女の背中を見送る天草。
「そっちの勧誘は失敗ですか?」
声のする方へ視線を向けると、そこには先程の残った2人に説明をしていたメンバーの姿があった。
再びミサキの消えた方向へと視線を向ける天草。
「綺麗事ばかりじゃ生き残れないのにね」
悲しげな顔でそう呟くと、天草達は廃墟の奥へと消えていった。
◇
鋼の酒場――
薄暗くて狭いその酒場で、男は飲んでいた。
くたびれた様相は更に酷くなり、それでも飲むのを止めずグラスに酒を注いでゆく。
観音扉がキィと開き、微かに光が差し込んだ。
男は気にせずグラスに口を付ける。
「ここにいたんですか……」
優しい声色でそう声を掛けたミサキは、真っ直ぐに誠の隣へとやって来る。
「何しに来たんだ?」
憔悴し切った様子で尋ねる誠。
「一杯やりに」
無理やりに微笑むミサキ。
そのまま誠の酒瓶を引っ掴むと、ミサキは自分のグラスに注いでいく。誠は驚いたように「おいおい未成年だろ!」と声を上げるが、ミサキは気にせず酒をあおった。
コンッとグラスを置き、沈黙が流れる。
「なんかもう、頭ぐちゃぐちゃで」
絞り出すような声でそう呟くミサキ。
頬は涙に濡れ、目の周りは腫れていた。
「まぁゲーム内だし合法だな」
涙の跡には何も触れず彼女に酒を注いでゆく。
「聞いたよ。ワタルさんが離脱したんだってな」
「……はい。でもあの方は色々なものを背負いすぎてましたからね。アルバさん達は大変ですけど、これで良かったのかもしれません」
「だな」
ポツポツと会話を交わしながら酒を飲む。
ほどなくして再び扉が開かれると、ミサキとは反対側の席に白蓮が腰を掛けた。
大規模侵攻を食い止めた祝杯を上げる気にはなれず、白蓮もまた、無言で酒を注いでいる。
「調査部隊の奴らがよぉ……」
誠がそう切り出した。
「カロアを調査した奴らが言うには、バーバラ達は解放者に殺された人達の遺留品を探すために修道院に向かったきり帰って来なかったって言うんだよ」
言葉を続ける誠の手は震えていた。
「レイド合計30人のうち死者29人、行方不明1人、目撃者0人ってそんな馬鹿な話あるのかよ! あの場には白蓮のダチとか支部長とかも居たっていうじゃねぇか!」
ギュッと唇を結んで何かを堪える白蓮。
ミサキも曇った瞳でグラスを眺めている。
それだけじゃねえよ――と、誠が続ける。
「アイツらよ、あろうことか行方不明のケットルを犯人だって疑ってやがる。唯一の生き残りだからって、アイツがそんな残忍なことできるわけねぇのによ……」
誠はケットル達の知らせが届いたその日の夜に、一人で拠点を出ようとした。そして、彼を止めるべく駆け付けたプレイヤー達と一悶着あり、今まで宿屋に軟禁状態にあった。
調査報告を受け取ったのがつい1時間ほど前。カロアに戻る人を募ってはみたが、誠の他には誰もいなかった。
そこからずっと飲み続けていたようだ。
「俺は今夜カロアに発つぜ」
誠の意志は固いように思えた。
ミサキが止めに入る様子もない。
「そんなベロベロじゃ道中死ぬわ」
呆れたように呟く白蓮。
「酔っちゃいねえよ」
強い口調で誠はそれを否定した。
そのまま俯き、グラスへと目を落とす。
中の氷がカランと音を立てる。
「酔えねぇんだよ……」
酒という麻酔すら効かなくなっている誠の様子に、ミサキと白蓮は顔を見合わせ頷いた。
「あのね誠さん。私もカロアに発つつもりなの」
「!!」
誠が目を見開いてミサキの肩を掴んだ。
「ほ、本当か!?」
「私もケットルちゃんを探したいんです。私のスキルがあれば、少なくとも人の居ない場所を探す無駄が省けると思いますし」
百人力だと感謝する誠。
誠の変わり様に苦笑する白蓮。
「リタイア組について行けば良かったんじゃないの?」
「招集は掛かってましたが、誠さんは神経衰弱で会話ができませんでしたからね……」
そういう事情もあって、誠はワタルが護衛する便に参加することができなかったのだ。
誠は不服そうな顔で白蓮を見た。
「お前はいいのかよ……その……最後の友人だったんだろ」
「そんなの、いいわけが……ッ!」
強く手を握り締め、白蓮は必死に冷静さを保つ。
「この拠点の復興と次の拠点の確保・強化と課題が山積みなの。それに私の力が無いと攻略がかなり遅れてしまうし、既に地図が開示されたエリアに私の力は不必要だから」
言い終えた白蓮はミサキと誠を見つめた。
瞳からは涙が溢れ、それにつられたミサキの目にも涙が滲む。
「お願い……私達の友達がどうなったのか……仇を……それにケットルちゃんを……無事……見つけ……!」
彼女を繋ぎ止めていた何かが切れたように、白蓮は大声をあげてその場に泣き崩れた。
駆け寄るミサキと、佇む誠。
暗く、深く、夜は更けていく。




