197話 s
大規模侵攻から2日が経った。
サンドラス甲鉄城冒険者ギルド内には、4大ギルドの幹部達が集まっていた。
絶望的な戦力差の中辛くも勝利した最前線組だったが、ギルド内の雰囲気は三者三様だ。
「俺達は先に進む」
地下迷宮の先のエリア攻略に名乗りを挙げたのは八岐の面々だ。
彼等は先の大規模侵攻でメンバーの数名を失ってはいるものの、主力の八人は健在。ギルドとしての機能に支障が出ることもなく、攻略ギルドとしての務めを果たすという結論に至っていた。
しかし、マスターのHiiiive、サブマスターのアランの表情は暗く曇っている。
「ここでウジウジしていても仕方ねぇからな。俺は、俺達はトコトン開き直らせてもらう。死んだ奴らの意志を継いで先に進む」
一部の人間から反感を買いそうな物言いだった。
しかし彼を感情論にかまけて非難する者はここには居らず、皆、ただ黙ってその言葉を聞いていた。
続くようにアランが口を開く。
「次の拠点までは俺たちで開拓しておくからよ。身内のゴタゴタを終わらせてから合流するんだな」
そう言って、二人は立ち上がると冒険者ギルドを後にする。
店の外で会議が終わるのを待っていたミサキに気付くと、アランは肩に手を置き、そのまま去っていった。
「……」
ミサキはギルド内に視線を向ける。
ギィギィと音を立てながら揺れる観音扉の奥で、残った幹部達の姿が見えた。
八岐は先の大規模侵攻で最も被害の少なかったギルドだ。逆に、aegisと紋章の被害は甚大であった。
「aegisは解散になる可能性が高い」
口を開いたのは松だ。
そこにマスターの姿はなく、サブマスターの松が一人で座っている。
「知っていると思うが、祈りの破壊に伴い、我々の半数以上が大規模侵攻の波に飲まれて死んだ。ギルドの軸だった白門さんがいなければ、我々が同じ方向を見ることはないだろう」
ある種の宗教的にギルドメンバーからの支持を一身に受けていたシロカドの死。そして主力メンバーの半壊によって、ギルドの統率力が著しく失われた。
「aegisから派生し独立したいくつかのギルドが、アリストラス、エマロ、そしてカロアに向かったと聞いている。まぁ、先に進む意味を見出せなくなった者がいるのも当然だな」
そう言いながら松は自嘲気味に笑った。
大規模侵攻で得た経験値は、生き残った最前線組のレベルを+10近く上昇させる結果となった。加えて、天使の恩恵を受けられた者は既にレベルが+6されている。
レベル60を超えれば、仮にキングゴブリンクラスの侵攻が発生したとしても問題なく対応ができる。低レベル帯の主要都市に移住すれば不自由なく生活できるだろう。
「今の我々はaegisの搾りかすだ」
抜け殻のような顔でそう呟く松。
彼女もまた、心の支えを失っている。
「微力ながら残った我々は皆のサポートに回ろうと思う。それが最前線を崩壊させた我々ができる唯一の罪滅ぼしだと思っているから」
それだけ言うと松は俯き、沈黙した。
「私達は八岐と同意見よ」
そう話し出したのは白蓮だ。
「新しい拠点の確保と要塞化は急を要する。ただ次の祈りには不用心に近付かず、しばらくは各拠点の強化に努めるべきだと思う――私達はもう、立ち止まりたくない」
彼女の頬は涙に濡れていた。
勝利の後に知らされた親友の訃報。
5人でゲームを始めたのに、残ったのは自分1人だけ。
かつて親友を失った際に、残ったメンバー全員を蔑ろにした過去を持つ彼女。白蓮は『デスゲーム』を終わらせることこそが、親友達の弔いになると考えていた。
そう考えなければ正気を保っていられなかった……という方が正しいのかもしれない。
「流石に八岐みたいな戦力がないから、準備してから出発するわ。しばらくはサンドラスで祈りとは何か、精霊とは何かについて調べようと思う」
「……」
そして沈黙を貫く最後のギルド――紋章。
大規模侵攻、大量PKに加え、カロア城下町での詳細不明事件により、彼等は多くを失った。
「……指標を失ったのは我々とて同じです」
呟いたのは参謀のフラメだ。
隣に座るのは憔悴した顔のアルバ。
そこにワタルの姿はない。
「支部長及び常駐していたメンバーの殆どが亡くなったことで、紋章カロア支部は中級者の支援が難しくなり、未だ活動できていません。今後は最前線組とアリストラスからメンバーを送る予定を立てています。私達は黄昏さんと共にサンドラスの復興と、祈りについて調査を進める予定です」
先のPK事件も相まって紋章への不信感、そして紋章でいることの不安感(K達の死亡は紋章を狙ったPKの仕業ではという噂が立っているため)に拍車をかけ、カロア支部の機能はほぼ失われていた。
支部が崩壊したまま最前線攻略などできるはずもなく、アルバとフラメは堅実に『ギルドの再建』に注力する方針を固めたのだった。
「あの……ワタルさんの姿が見えませんが……」
おずおずと切り出す黄昏サブマスターのkagone。
フラメはアルバに不安げな視線を向けた。
「……カロア支部に友がいたメンバーが多く、彼等をそこまで送り届ける役目を買って出てくれたんだ」
それを聞いたカゴネは安堵の表情を浮かべる。
しかし、白蓮と松はアルバの雰囲気から裏の事情を察していた。
「大きな苦難を乗り越えて……色んなものを失いましたが、ようやく我々は同じ場所を目指せるようになったと思います」
最前線崩壊の原因の一端を担ったことを自覚し、協力体制に同意した八岐。
統率力を失いながらも、他のギルドを支援する意向を示したaegis。
結束力を失わず、堅実に攻略を再開した黄昏の冒険者。
そしてリーダーを失いながらも、歩みを止めず進み出す紋章。
各ギルドの方針はバラバラだったが、自分達の営利を優先していたかつての姿はなかった。皮肉なことに、大量の死者を出した大規模侵攻を乗り越えたことで、4大ギルドの絆が深まったのかもしれない。
◇
青空を飛んでゆく鳥の数を数えながら、会議が終わるのをボーッと待っていたミサキ。
「おぉー、いたいた」
声のする方に視線を向けると、そこには軽薄そうな笑みを浮かべた天草の姿があった。
「確か……天草、さん?」
「ひっどいなぁ。僕だって紋章の一員なのに」
などと言いながらカタカタと笑う。
ミサキはどうにも楽しくお喋りする気にはなれなかった。
『誰も貴方の責任だなんて思ってませんよ!』
『貴方を失えば紋章は道を見失ってしまう!』
あの日の晩のことを思い出すミサキ。
カロア城下町に向かう大勢の中にワタルの姿を見つけ、事情を聞いたミサキは必死に引き留めた――しかし彼の意志は固かった。
ボロマントを着た後ろ姿が忘れられない。
そこからミサキは自分にできることは何なのかをずっと考えていた。本当なら八岐の最前線攻略に同行し、スキルによるサポートを行うのが一番〝皆のため〟に繋がるのだが……。
「私は……」
「もしもーし。大丈夫?」
「!」
必死に顔を振りながら我に帰るミサキ。
天草は微笑を崩さずその場に留まっていた。
「聞いてた?」
「あ、いえ、ごめんなさい……」
「んじゃあもう一回言うけど、ミサキちゃん――僕の部隊に入らん?」
なぜいきなり部隊への勧誘を? と、ミサキはその脈絡のなさに違和感を覚えた。しかし、考えごとをしていた所為で前後の説明を聞き逃した可能性もあるため、顔には出さずに尋ね返す。
「どうして私を?」
「いやーミサキちゃんてさぁ、他の人とはモノが違うんよね」
「モノ、とは?」
「んーなんて言うんだろ。戦闘に対する心構えとか、自分の命の使い方とか?」
「はぁ」としか答えられないミサキ。
「これからサンドラス甲鉄城を防衛するにも、先を目指すにも強い人が必要だし。僕的にはあの介入してきたバケモン達が残っててくれれば最高だったんだけど――ミサキちゃんて知り合いなの?」
相手が不信感を抱いていることに気付いていながら、自分の言いたいことを優先する天草。そんな彼に不快感を覚えつつも、バンピー達について説明するのは自分の義務だと思い、淡々と答えた。
「知り合いですが、私から連絡を取ったりはできません。ただひとつ言えることは、彼等は命の危機を二度救ってくれた恩人で、我々の味方です」
ミサキが知っていることはこれだけだ。
修太郎の従者であることは知っていたが、彼のことを誰かに言うつもりはなかった。
「ふーん」と、面白そうに顎をさすりながら、天草の視線はミサキ――ではなく、ミサキの背負う弓と矢に注がれていた。
俯くミサキはそれに気付いていないようだ。
「あの白い女の子の技さぁ、キングゴブリン達が消えた時によく似てたよね。あれは偶然だったのかな?」
「さぁ、私にはよく分かりません」
明らかに怒気を含んだ声色のミサキ。
天草は素知らぬ顔で話題を変える。
「まぁなんでもいいや。実は君にやってもらいたいことがあるんよ」
「私に?」
天草は「そうそう」と答えながら「ちょっと来てくれない?」と続けた。
ただのメンバーなら無視していたかも知れないが、今や彼は紋章のNo.2。本人への不信感はあるが、信頼するアルバとフラメが選出したという経緯を尊重し、素直に付いていくことにした。




