196話 s
激しい痛みによって彼女は目を覚ました。
「ッ……わ、たしは……?」
悲鳴を上げる体を無理矢理起こす少女。
ここはどこだろうか。
直近の記憶が曖昧だった。
まるで、体が思い出すのを拒んでいるかのようだ。
雑多な音が響くように聞こえてくる。
「みんな……どこ……?」
今にも泣き出しそうな様子で立ち上がる少女――ケットルは、ここで初めて、自分の置かれた状況を理解することができた。
じめじめとした多湿の空間。
周囲に生えた苔が唯一の光源だが、苔に照らされる形で蠢く何かが見てとれる。
それは無数のモンスターだった。
数を正確に測ることはできないが、見える範囲でも50はくだらない。
「な……なん……なんで……?」
彼女が再起したのを確認したモンスター達が、じりじりと彼女に迫ってくる。
ケットルは刺激しないよう後退るも、そこにはすぐに壁があった。
見渡してみても、出口らしいものは見当たらない。
(倒す、しかない!)
反射的に武器を取り出す。
「《高速詠唱》」
とっさに動いた彼女の頭は冴えていた。
怜蘭達との訓練の成果が現れていた。
高速詠唱は次に発動する魔法の詠唱時間をなくす技で、詠唱が必須の上級魔法職は「真っ先にこれを使う」のが常識となっている。
「《炎の波動》!」
火力に定評がある炎魔法使いのケットル。
生み出された炎の波は目の前の有象無象を飲み込み――同時に、空間内を照らし出した。
彼女が通っていた中学校の体育館ほどある広い円形の空間に、まるで鮨詰めの状態で蠢くモンスターの軍勢。
種族も武器もバラバラ。
大小様々なモンスターがおよそ千匹はいた。
ケットルは腰を抜かし、その場に座り込む。
何匹かは炎に炙られ散っていくが、それは全体のほんの数パーセントにも満たない。
「ショウキチ!!!」
彼女は叫んだ。
声の限り、叫んだ。
「バーバラ! キョウコ! 怜蘭! ラオ! みんなどこにいるの!! 助けて!!!」
自分の居場所。自分の全て。
「修太郎、くん……!」
しかし――いくら待っても、いつも隣にいてくれた戦友達は来てくれない。
弾かれたように駆け出すモンスターの軍勢は、泣きじゃくる無防備なケットルに群がった。
「い、、、い、、あああああ!!!!?!」
剣が貫き、牙が食い込む。
引きちぎるように、食い散らかすように。
彼女の体は無数のモンスターに裂かれた。
鮮血にも似たエフェクトが視界を染めた。
抵抗しようにも痛みで両手が動かない。
腹部に突き立てられた短剣が、縦に割くように胸元へと走った。
「が、、が、、!」
猛烈な勢いで減ってゆくLPバー。
元々半分ほどしかなかったそれは、瞬く間に0へ迫った。
(ここで死ぬのかな)
痛みが徐々に遠のいてゆく――
なぶられる自分の姿が遠くに見えるような感覚の中、ケットルの視界が徐々に暗転してゆく。
10秒。20秒。1分。10分――
地獄の痛みが戻ってきては遠ざかり、手放した意識も痛みによって覚醒する。
(なんで……)
ケットルのLPは『1』から減らなかった。
身も心もボロボロなのに、死が訪れない。
死ぬことだけが許されない、それはまるで呪いのよう。
ほどなくすると、モンスター達は引き潮のように反対側の壁へと戻ってゆき、その場にはボロ切れのように打ち捨てられたケットルだけが残っていた。
時間経過とともに徐々に自然回復するLP。
放心状態のまましばらくそこに倒れていたケットルは、痛みと恐怖に震えながらヨロヨロと立ち上がった。
「ここはなに……どこ……出して!! 出してよ!!!」
薄暗い洞窟を必死に叩いて回る。
扉らしいものも、横穴すらない。
唯一あるのは天井の丸穴で、しかし数メートルほどの距離をジャンプしなければ到底届きそうになかった。
彼女のLPが半分まで回復すると、モンスター達が再びカサカサと音を立てて動き出す。
まるで何かをプログラムされた機械のように、再び彼女を壊すために距離を詰めてくる。
「こんな……こんなの死んだ方がマシ!!」
拳が砕けるほどの力で壁を殴り続けるケットルは、投げつけられた剣に貫かれ、壁へ串刺しとなった。
「いやあああああ!!!!!!」
断末魔の叫びを上げる彼女へ飛び掛かるようにして、無数のモンスターが再び群がったのだった。
薄暗い牢獄の中に希望はない。
友人も、保護者も、憧れる人も。
彼女は誰もいない空間で、ただただなぶられ、喰らい尽くされ続けてゆく――。




