表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
195/219

195話

シルヴィア過去編 後編

 



 無名の戦士。

 この世界の住人はそう呼ばれている。

 名前はなく、「個」すらない。

 あるのは戦いへの「飢え」と「信念」。


 戦わない者、戦士に在らず。

 信念なき者、戦士に在らず。

 戦士でない者、混沌とひとつになる。

 

 無名のNo.3550。

 それが名前なのか、記号なのか、彼女(・・)には分からない。けれど、他の戦士を斬り殺す度に彼女の一部は返ってきた。


「ここは……?」


 闇の中の無限墓地。そんな場所に彼女はいた。

 相変わらずボロボロの布切れと剣だけの体だが、今までまどろみの中にいた彼女は、ここで初めて目を覚ました。


 何人を殺した? 何年経った?

 それすらも思い出せなかった。

 ただ、目の前に横たわるNo.1998が消えてゆくと同時に、彼女の中で失われていた何かが蘇る。


「お前の(つるぎ)はこの世界に無いものだ」


 横たわるNo.1998が語り出す。


「それこそこの世界に必要なものかもしれないな」


 それだけ言うと、No.1998は涙を浮かべた若い男性の姿となり、一瞬のうちに砂のように消えてなくなった。


 No.1998を殺した彼女の名前が変わる。

 これからはNo.3550ではなく、No.1998として生きていくことになる。


「私の、剣?」


 光を集めたようなまばゆい剣。

 コレが何なのか、彼女はまだ(・・)思い出せない。


 思い出せたのは自分の「信念」。

 ふらふらと歩き出し、次の戦士を探す。


「帰らなきゃ……」


 なぜ? それは思い出せない。

 どこへ? それも思い出せない。


 彼女は戦士を倒し続けた。

 倒した相手は様々な姿に変わり、消える。


 ある者は一振りの刀に。

 ある者は巨大な樹に。

 ある者は老いた人族に。


 無名の戦士を倒すたび、彼女の中の何かが返ってくる。

 およそ百数年も戦い続けた彼女がNo.94の名前を得ると同時に、彼女はようやく「シルヴィア」としての自我を取り戻した。





「分かるだろう? この世界から出るにはNo.0を倒すしかない。僕は進むのを止めたんだ」


 そう語ったのはNo.23。

 彼と焚き火を囲いながら物思いに耽るシルヴィア。

 この時シルヴィアはNo.8の名前を得ており、この世界の仕組みを完全に理解していた。


 無名の戦士は全ての者にNo.が振り分けられ、そのNo.を若い数字に「上げて」行くことで自分を取り戻していくことができる。

 しかしそれまでの間に何千何万との時間が流れてしまうと、自分の名前はおろか「信念」すら思い出すことができなくなる。


 信念なき者、戦士に在らず。

 信念がなくなれば消えて無くなるだけ。


「いくのか?」


 No.23が顔を上げた。

 ボロ布の奥に人族の少年の顔が覗いている。


 立ち上がったシルヴィアの姿は既に狼のそれではなく、美しい人族の女性の姿となっていた――それは剣を用いた戦闘において最も合理的な体が人型だからであり、現にNo.100以下の豪傑達は皆、人の姿となっている。


「ああ。世話になったな」


 凛とした声が響く。

 No.23は泣きそうな顔で俯いた。


「No.2から7はNo.1の仲間だ。もういいだろ、ここまで取り戻せた(・・・・・)んだから! 一度負ければ砂になって世界に喰われちまうんだぞ!」


 シルヴィアは歩き出す。

 その背中をNo.23は追いかけ、倒れながらも声を大にして叫んだ。


「負けたら全て終わるんだぞ!」


 シルヴィアは振り返らない。

 両手に光の剣を携え、背中に円を描くようにして光の剣が現れる。

 

 迎え撃つNo.達を物ともせず、一撃の下に倒してゆく。

 もはやシルヴィアに敵はいない。


 そして遂に彼女はNo.1となり、玉座の前へとたどり着いた。


「ほう、お前はいつぞやのガキ狼か。お前の親父は強かったなぁ」


 玉座の人型にシルヴィアは見覚えがあった。

 かつて父を圧倒したあの冒険者だ。


「なぜこの世に留まっている」


 シルヴィアの言葉を受け嬉しそうに笑うNo.0。


「実力のみで成り立つこの世界、居心地いいじゃあねえか。俺が求めていたのが正にこんな世界さ」


 だから俺から奪うなよ――と、ゆらりと立ち上がるNo.0。

 かつての彼がそうだったように、腰に携えた長剣をスラリと抜き放つ。


「せいぜい楽しませてくれよお!」


 No.0の斬撃が迫る!

 その一撃は神をも殺す威力があった。


 キィイン!


 光の剣がそれを弾き、No.0の体を何本もの剣が貫いた――ロイヤは自分の体が消えてゆくのを見て、初めてそこで「攻撃された」ことに気付いた。


「なん……俺が、こんな簡単に……?」


 消えてゆくかつての宿敵。


 シルヴィアの閃剣はこの世界によって鍛えられ、光の速度を手に入れている。

 光の剣は物理的干渉を受け付けない。

 今や彼女のスキルは、まさに剣スキルの頂点に君臨していたのだった。


「お前の信念が私より〝弱かった〟それだけだ」


 ロイヤを討ったことで世界の頂点に君臨することとなる。

 シルヴィアが玉座に腰をかけると、門の時に聞こえた声が脳内に響いた。


『全てを望め 全てが叶う』


 目の前に浮かぶ、かつて捧げた目玉を受け取ると、彼女は迷わず「それ」を願ったのだった――。


 鳥の囀りで目を覚ます。

 むくりと体を起こすと、ここが遺跡の真ん中であることが見て取れた。


「帰らなきゃ……」


 シルヴィアは流行る気持ちを抑えながら二本の足(・・・・)で立ち上がると、足早に自分の家へ向かった。





「そっか、そうだな」


 シルヴィアは寂しそうに笑った。

 目の前には一際巨大な大樹と、その根本に少しだけ空いた穴――我が家の名残りだけが残っていた。


 樹齢から目算するに、およそ数百年もの時が感じられる。アーチの奥で流れた時間と同じだけ、こちらでも時間が経過していたのだ。

 我が家の前で、まるで幻影のように父、母、兄弟達が駆け回る姿が浮かぶ。


 シルヴィアの心は完全に折れてしまった。


「私は何のために……」


 家族の元へ帰りたい一心だった。

 それだけのために、あの過酷な世界を生き延びた――のに。


 茫然と座り込むシルヴィアの視界に何かが映り、シルヴィアは大樹の根本、かつて我が家があった場所を凝視した。


 窪みの奥、まるで大樹を支えるような形で立つ二人の狼。

 紛れもなくシルヴィアの父と母であった。


「父様! 母様!」


 駆け寄るシルヴィアは二人の〝状態〟に気付き、立ち止まる。彼女に気付いた父が顔を上げ、嬉しそうに微笑んだ。


『よく戻ったな』


 そして母も優しく微笑む。


『おかえり、シルヴィア――』


 二度と聞けないと思っていた二人の声。


 震える手で二人の体に触れる――と、二人の体は砂のように消えてゆき、そこにはかつての我が家が、当時の姿のまま現れたのだった。

 父と母は数百年もの間、シルヴィアの帰りを待っていたのだ。体が朽ち果て、魂だけの存在となろうとも、ずっと待っていたのだ。


 シルヴィアは再び寂しそうに笑った。


「ただいま」


 彼女の長い長い旅が、ここで終わったのだ。





 この数百年で森はかなりの範囲が削られており、住処を追われた獣達をよく見かけるようになった。そんな様子をアーチの上に腰掛けながら、シルヴィアは眺めていた。


 もはや彼女に生きる上での目標はない。


 彼女は家と遺跡の近くに現れた人族だけを徹底して排除した――そんな彼女の圧倒的な強さが森に知れ渡ると、彼女の元に獣の長達が募った。


「どうかこの森を守ってくださらんか」


「我々の長に、獣の王に、どうか!」


 シルヴィアは獣達から王だの神だのと崇められはじめていたが、彼女からすれば他種族を守る義理などなかった。

 長達に紛れ、小さな狼が歩み出る。


「お願い、します」


「……」


 シルヴィアは、かつて家族が愛したこの森そのものを守る事にした。といってもやることは単純で、森へ侵入した人族をひたすら皆殺しにするだけ。彼女にとって、守る範囲が多少広がろうが関係なかったのだ。


 一年が経ち、三年が経ち。


 大勢の死者を出したことで人族はシルヴィア達の森を〝不可侵領域〟として区分し、金輪際侵略してくることはなかった。


 シルヴィアは名実ともに獣の王となった。





 シルヴィアは初めて自分が「勝てないかもしれない」と思える存在と出会った。

 その人物は何食わぬ顔でアーチをくぐり、何事もなかったように彼女の前に立つ。


「悪いけど、この世界を〝世の理〟から切り離すことにしたから」


 軽薄そうに笑うその男は闇の神と名乗った。

 シルヴィアは興味無さそうに片膝を抱きながら、アーチの上で家を見守っている。


 闇の神ヴォロデリアが一瞬、シルヴィアの家の方へ視線を向ける。そして戻したその刹那――首元に無数の剣が突き付けられていることに気付いた。


「家に何かしたら殺す」


 淡々とした口調でそう忠告するシルヴィア。

 ヴォロデリアは嬉しそうに頭を掻いていた。


 そしてこの世界は〝Motherの支配下〟から外れ、別の場所へと隔離されることになる。


 それからは同じことの繰り返しだ。

 ロス・マオラ城の魔王達と邂逅し、時にぶつかり、認め合い、最終的には〝互いに干渉しない〟という結論に至る――そんな中で、修太郎が現れたのだ。


(なぜ私がこんな者の支配下に……)


 城内ですれ違う度に、シルヴィアの憎悪の気持ちは増してゆく。それこそスライムへの合成を見せつけられ上下の関係こそハッキリしたが、心からの忠誠など立てるものかと考えていた。


 力だけでは完全な支配などできない。

 シルヴィアの支えは後にも先にも家族だけ。

 他の魔王や修太郎に付け入る隙などない。


(無い、はずなのに……)


 主を心から慕うバンピーを見た。


 主と楽しそうに笑うバートランドを見た。


 主を想い、集まってゆく魔王達の姿と、父や母の周りで駆ける兄弟達とを重ねた。


(父様、母様……)


 修太郎が優しい言葉をかける度、

 修太郎が気遣う態度を見せる度、

 修太郎が弱った姿を見せる度に――シルヴィアの心は揺れ動き、最愛の家族達が薄らぐような感覚に襲われる。


「あぁ、父様、母様……」


 私ももう一度、もう一度だけ――

 大事な人に心を委ねていいですか。



◇◆◇◆◇



 闇夜を疾走する銀色の影。

 何度踏破したかも分からない幾つかのエリアのどこにも彼女の匂いは残っていない。


「どこだ……ケットル」


 一心不乱に走り続けるシルヴィア。

 無尽蔵であるはずの体力にも、僅かながらに消耗が見られた。


 敬愛する主に媚びへつらう者。

 自分と主の旅路を阻害する者。


 主の同郷の者とはいえ、最初は邪魔にしか感じていなかったシルヴィア。しかし、彼女達と旅を重ねるにつれ、いつしか仲間意識を持つようになっていた。


『シルヴィアちゃんは何でも食べて偉いです』

『俺のアイスも分けてやるよ!』

『この手触り最高すぎるわぁ……』


 主の準備が終わるまでだと思っていた。

 それまで我慢すればいいだけだと思っていた。


『マジ? 私よりガードも強くない?』

『盾役もシルヴィアちゃんにやってもらったら?』

『それじゃあ私の仕事なくなるだろーが!』


 何でもないはずの光景が今になって何度も頭に浮かんでくる。シルヴィアは基本的に修太郎にしか靡かなかったが、居心地が悪いとは感じなくなっていた。

 

 自分がこうも必死になる理由は、主のためだからと思っていた。 

 しかし違った――この体は自分の意思で動いている。


『この子を抱いてる時だけは、嫌なことぜーんぶ忘れられるんだ』


 そう言って笑った少女は、今もまだ見つかっていない。


「待っていろ……!」


 シルヴィアは更に速度を上げて駆け抜ける。

 エリアの端から端まで探し回った。


 一通り探し終わり、また最初から。


 何度も、何度も――。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ